花京院典明は春に戻る
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1月、花京院はDIOとの戦いで腹部に深い傷を負った。大量出血はあったが、SPW 財団の緊急処置で一命を取り留めた。
承太郎たちより少し遅れて帰国したが、両親の待つ家にはまだ帰れていない。両親には海外で特殊な症状が見つかり、専門の医療機関で治療を受けていたと説明されている。
帰国後も財団の医療機関でリハビリと経過観察が続いた。短い距離なら歩けるが身体はまだ戻りきっていない。
ーーーー
3月末。
財団の医療機関から同じ敷地内にある滞在用の一室へ移った。ここから学校へ通うことになる。
財団から届いた荷物を確認していく。教科書、書類、着替え。それから黒い制服。
転校前の深緑の制服は好きな色に近かった。いま手元にある黒は、承太郎と同じものだ。
袖を通して鏡の前で襟元を直しても、どこか借り物のようで身体になじんでいない。
胸ポケットに深い緑色のペンを差しておく。細い金具が控えめに光り、黒い制服の中にも静かに収まった。ひとつだけ知っている色が入って、自分のものになりきれていない制服でも少し呼吸がしやすくなった。
両親には承太郎が近くにいることと財団の支援を理由に、この町で学校へ通うと伝えた。申し訳なさはある。財団が用意した仮住まいは、それでも都合がよかった。
あの50日で得たものは確かにあった。それでも、あの旅のあとでいつものように机に向かう自分は、まだうまく想像できなかった。
新学期。
財団の車で校門の少し手前で降ろされる。送迎まで受けることには少し落ち着かなさがあるが、この身体では必要な配慮なのだろう。
登校初日、教室はざわついていた。
体調のこともあり、スタンドの使用は控えるよう念を押されている。周囲は気になるが、今は目で見るだけにした。
担任に呼ばれて教壇の上に立つ。教室中の視線がこちらへ集まった。遮光眼鏡越しに教室を見る。窓側の女子生徒が小さく息をのみ、後ろの男子生徒は見定めるようにこちらを見ていた。
「え、きれいな顔……」
「目、どうしたのかな」
「ジョジョの知り合いって本当?」
前の方、廊下側寄りの席に一人だけ机に視線を落としている生徒がいた。女生徒だ。額に手を添え、何かをこらえるように少しうつむいている。具合が悪いのだろうか。そう思った瞬間、教室の空気がほんの少しだけ引っかかったような気がした。
すぐに消えた。スタンドの気配だと判断するには弱すぎる。それでも、その生徒だけが少し気になった。
担任が教卓を軽く叩き、ざわめきを一度止めた。
「前に少し顔を合わせた者もいるだろうが、花京院典明くんだ。療養のため休んでいたが、今日から登校する。目の治療の関係で色付きの眼鏡をかけているが、必要以上に聞いたりしないこと」
教室の何人かが、小さく返事をする。
強い光を避けるため、席は廊下側に用意されていた。案内された席は、先ほど額を押さえていた生徒の二つ後ろだった。
体育館での話を終えて教室に戻る。授業らしい授業はまだなく、配布物と簡単な連絡だけで初日は滞りなく終わった。
あとは母に電話をかけるだけだ。登校初日だけは、学校が終わったらすぐ連絡すると約束していた。体調のこともあって、無事に終えたと早く伝えた方がいい。
電話を借りる許可をもらい、番号を押す。呼び出し音を聞きながら、受話器を持つ手の位置を直した。受話器の向こうで母の声がする。
「はい、花京院でございます」
「典明です。今、学校からです」
「典明なのね。学校、終わったの?」
「はい。無事に終わりました」
「身体は大丈夫です。問題ありません」
先生方に配慮してもらえたこと、体調に問題はなかったことを言葉を選びながら伝える。余計な心配を増やす言い方は避けたかった。答えながら指先が胸元の緑に触れた。確かめるというより位置を直すような動きだった。
その途中で職員室の扉が開いた。視界の端に、今朝と同じように額へ手を添える仕草が入る。最前列でうつむいていた女生徒だった。彼女は電話中のこちらを邪魔しないように、教師の机へそっとプリントを置いた。その時、彼女の視線が一瞬だけ胸元に落ちた。
「無理はしていません。……はい。明日も、また連絡します」
通話を終え、一呼吸置いて受話器を戻す。振り返ると女生徒がそっと一礼しているところだった。
電話を借りた礼を伝えて職員室を出る。廊下に出ると先ほどの女生徒が少し前を歩いていた。プリントを届け終えたらしく、もう手には何も持っていない。横を通り過ぎようとしたところで、彼女が足音に気づいたように振り返った。
「あ、花京院くん」
彼女は声をかけてから少しだけ迷うように口を閉じた。
「……体調、大丈夫?電話、ちょっと聞こえちゃって」
聞くつもりはなかったのだろう。声は少し気まずそうだった。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
そう答えると、彼女はほっとしたように笑った。
その顔を見て、今朝の様子を思い出す。
「君こそ、今朝は具合が悪そうでしたが、大丈夫なんですか」
「え!? あ、そっか。目の前だったし見えるよね。自己紹介の時に俯いててごめんね」
「責めているわけではありません」
「ん。最近たまになるんだよね。もうヘーキ!」
彼女は明るい声でそう言って片手で小さく親指を立てたが、その明るさは気まずさを急いで消そうとしているようにも見えた。
それから、少しだけ首をかしげる。
「花京院くんって、誰にでも丁寧なんだね」
返答に迷った。先ほどの電話が少し聞こえていたなら、そう思えたのかもしれない。
彼女の視線がふと胸元に落ちる。
「……それ、綺麗な色だね」
「ああ。……気に入っているんです」
そう答えると彼女は「そっか」と短く笑った。その声だけは少し素直に聞こえた。
承太郎たちより少し遅れて帰国したが、両親の待つ家にはまだ帰れていない。両親には海外で特殊な症状が見つかり、専門の医療機関で治療を受けていたと説明されている。
帰国後も財団の医療機関でリハビリと経過観察が続いた。短い距離なら歩けるが身体はまだ戻りきっていない。
ーーーー
3月末。
財団の医療機関から同じ敷地内にある滞在用の一室へ移った。ここから学校へ通うことになる。
財団から届いた荷物を確認していく。教科書、書類、着替え。それから黒い制服。
転校前の深緑の制服は好きな色に近かった。いま手元にある黒は、承太郎と同じものだ。
袖を通して鏡の前で襟元を直しても、どこか借り物のようで身体になじんでいない。
胸ポケットに深い緑色のペンを差しておく。細い金具が控えめに光り、黒い制服の中にも静かに収まった。ひとつだけ知っている色が入って、自分のものになりきれていない制服でも少し呼吸がしやすくなった。
両親には承太郎が近くにいることと財団の支援を理由に、この町で学校へ通うと伝えた。申し訳なさはある。財団が用意した仮住まいは、それでも都合がよかった。
あの50日で得たものは確かにあった。それでも、あの旅のあとでいつものように机に向かう自分は、まだうまく想像できなかった。
新学期。
財団の車で校門の少し手前で降ろされる。送迎まで受けることには少し落ち着かなさがあるが、この身体では必要な配慮なのだろう。
登校初日、教室はざわついていた。
体調のこともあり、スタンドの使用は控えるよう念を押されている。周囲は気になるが、今は目で見るだけにした。
担任に呼ばれて教壇の上に立つ。教室中の視線がこちらへ集まった。遮光眼鏡越しに教室を見る。窓側の女子生徒が小さく息をのみ、後ろの男子生徒は見定めるようにこちらを見ていた。
「え、きれいな顔……」
「目、どうしたのかな」
「ジョジョの知り合いって本当?」
前の方、廊下側寄りの席に一人だけ机に視線を落としている生徒がいた。女生徒だ。額に手を添え、何かをこらえるように少しうつむいている。具合が悪いのだろうか。そう思った瞬間、教室の空気がほんの少しだけ引っかかったような気がした。
すぐに消えた。スタンドの気配だと判断するには弱すぎる。それでも、その生徒だけが少し気になった。
担任が教卓を軽く叩き、ざわめきを一度止めた。
「前に少し顔を合わせた者もいるだろうが、花京院典明くんだ。療養のため休んでいたが、今日から登校する。目の治療の関係で色付きの眼鏡をかけているが、必要以上に聞いたりしないこと」
教室の何人かが、小さく返事をする。
強い光を避けるため、席は廊下側に用意されていた。案内された席は、先ほど額を押さえていた生徒の二つ後ろだった。
体育館での話を終えて教室に戻る。授業らしい授業はまだなく、配布物と簡単な連絡だけで初日は滞りなく終わった。
あとは母に電話をかけるだけだ。登校初日だけは、学校が終わったらすぐ連絡すると約束していた。体調のこともあって、無事に終えたと早く伝えた方がいい。
電話を借りる許可をもらい、番号を押す。呼び出し音を聞きながら、受話器を持つ手の位置を直した。受話器の向こうで母の声がする。
「はい、花京院でございます」
「典明です。今、学校からです」
「典明なのね。学校、終わったの?」
「はい。無事に終わりました」
「身体は大丈夫です。問題ありません」
先生方に配慮してもらえたこと、体調に問題はなかったことを言葉を選びながら伝える。余計な心配を増やす言い方は避けたかった。答えながら指先が胸元の緑に触れた。確かめるというより位置を直すような動きだった。
その途中で職員室の扉が開いた。視界の端に、今朝と同じように額へ手を添える仕草が入る。最前列でうつむいていた女生徒だった。彼女は電話中のこちらを邪魔しないように、教師の机へそっとプリントを置いた。その時、彼女の視線が一瞬だけ胸元に落ちた。
「無理はしていません。……はい。明日も、また連絡します」
通話を終え、一呼吸置いて受話器を戻す。振り返ると女生徒がそっと一礼しているところだった。
電話を借りた礼を伝えて職員室を出る。廊下に出ると先ほどの女生徒が少し前を歩いていた。プリントを届け終えたらしく、もう手には何も持っていない。横を通り過ぎようとしたところで、彼女が足音に気づいたように振り返った。
「あ、花京院くん」
彼女は声をかけてから少しだけ迷うように口を閉じた。
「……体調、大丈夫?電話、ちょっと聞こえちゃって」
聞くつもりはなかったのだろう。声は少し気まずそうだった。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
そう答えると、彼女はほっとしたように笑った。
その顔を見て、今朝の様子を思い出す。
「君こそ、今朝は具合が悪そうでしたが、大丈夫なんですか」
「え!? あ、そっか。目の前だったし見えるよね。自己紹介の時に俯いててごめんね」
「責めているわけではありません」
「ん。最近たまになるんだよね。もうヘーキ!」
彼女は明るい声でそう言って片手で小さく親指を立てたが、その明るさは気まずさを急いで消そうとしているようにも見えた。
それから、少しだけ首をかしげる。
「花京院くんって、誰にでも丁寧なんだね」
返答に迷った。先ほどの電話が少し聞こえていたなら、そう思えたのかもしれない。
彼女の視線がふと胸元に落ちる。
「……それ、綺麗な色だね」
「ああ。……気に入っているんです」
そう答えると彼女は「そっか」と短く笑った。その声だけは少し素直に聞こえた。
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