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3.The Pink Cheeked Parakeet
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──侑子さんに出会ったとき、文字通り世界の常識が引っくり返った。
いきなり知らない世界に飛ばされて(まあ、《知ってる》ところだったんだけれど)、知らない人たち(《知ってる》人以下略)に囲まれて今までの日常は崩れ落ちた。
不安はあった。あったとも。オレは橙亜や璃鎖と違って《元の世界》にもそれなりの愛着はあるから、「戻れるだろうか」という不安は当たり前にあった。
だって、唯和ちゃんは普通の女の子ですから。好きなもの、かわいいものをいっぱい集めてきた我が家に帰れないのは悲しいことでしょう?
あそこにはオレの人生、全てが詰まっていた。それを置いてきてしまった今のオレは、一度死んだようなものだと思う。
だけど、《ここ》はオレの大好きな世界だった。なら、楽しまなきゃ損でしょ。
好きに生きて好きに死ぬ。そういう生き方をすると決めた。オレが決めた。
誰にも邪魔はさせない。させてやるもんか。オレの人生だ。オレの命だ。オレ以外の誰も、オレの中には入れたくない。
だから、もしもその邪魔をするヤツがいるのなら、オレは────。
*
「────は?」
我慢しきれず、声がこぼれた。想定外で、驚きすぎて、素直に感情が出てしまった。
眼前の石田君の表情は真剣だ。そういえば、キミは「死神」を憎んでいるんだったな。
そんなキミの前に「死神と関係がある人間」が現れたら、そりゃあ敵意の一つも向けてくるよな。
「君は死神とどういう関係だい? それとも、まだしらを切るつもりかな?」
石田君は右手を上げた。袖口に銀色のアクセサリーが見える。実力行使も辞さないってか。
──しらを切るも何も……。
知らねーよ。いや、本当に知らないんだよ。こっちは。
死神由来の何かって、何それ? オレが持ってるの? それとも、オレの
どちらにしろ、心当たりはまるでねーんだが?
──オレがもし死神……なんだったら、「一護と同じ」って言い方になるよな。
頭のいい石田君なら解釈の余地がある言い回しはするまい。知らずに爪先が地面を叩いていた。
つまり、オレは一護のような状態ではない。死神の力を譲渡されたわけではない。そんなことになっていたらルキアがまず何か言ってきそうだしな。
いや、そもそもの前提を考えろ。
「…………それ、
「気づいていたかって? 『最初』からだ。入学式の日かな。同じような状態の人間が
おっと、棚ぼた。拡大解釈して勝手にベラベラ喋ってくれたことには感謝しよう。おかげで倍の情報が手に入った。
前髪をかき上げ、地面を睨みつける。石田君のことは知らない。勝手に一人で整理するから、キミも勝手に考えてね。
──オレたちがもともと死神の力を持っていたのなら話は単純だけど、可能性は低い。
だってオレは、《ここ》に来るまで幽霊の一つも見たことがなかった。
橙亜だけに力があったならまだ理解できる。でも、オレと璃鎖に霊力とやらが芽生えたのは《ここ》に来てからなのだ。少なくとも、生まれつきのものじゃない。
──逆か? 「死神由来の何か」を得たから、幽霊が見えるようになった。霊力が上昇した。うん、理屈に合いそう。
橙亜は、侑子さんがオレたちの霊力を上昇させたのではないかと考えていた。
でも、それはおかしい。侑子さんは願いを叶える魔女だ。「誰かの願い」を受けてそれを叶えるだけ、理性ある願望器のようなもの。彼女の意志ではない。
仮に彼女の手が加えられていたとしても、それを「願った人間」は他にいる。侑子さんは「
──動機がある者、現状で得をしているのは誰か。
そんなものはわからない。どんな予想も妄想の域を出ない。だって現状、オレたちには明らかに情報が足りていない。
足りないから、きっとまだ真実には届かない。
届かないけれど、現状、一番容疑者に近い人間といえば──。
「…………あのクソボケ店主」
「ん、何だって?」
オレの呟きに石田君が聞き返す。が、返事をしてやる気はない。唯和ちゃんは意地が悪いのでね。
浦原喜助。オレたちが一護やルキア、虚に関わってもひたすらに静観し続けている男。誰よりも世界を俯瞰できている存在。
オレたちの「異変」に最初に気づけるとしたら彼以外にいない。ところが、彼からそんな話は聞いていない。
そりゃ、無関係の赤の他人なんだからわざわざ教える義理はないだろうさ。
──あぁ、ムカつく。
自分のことなのに何も知らない。知ることすら、できない。
オレは世界全てを支配下に置いて、てっぺんで操りたいのに。実際は真逆だ。
誰の思惑で《こんなこと》になっているのかもわからない。知らぬ間に「自分」が作り変えられていても、気づくことができない。気に入らない。
もしかしたら、実はオレたちはとっくに死んでいて、夢を見ているだけなのかもね。
──ムカつく。ムカつく。
奥歯が鳴る。手のひらに爪が食い込んでいる。
体の中心も、頭の奥も熱い。血管が切れているんじゃないだろうか。いや、確かにキレてんだけどさ。
──このオレ様を、どうこうしようとしてるヤツがいるなんて。
本当に、心底、魂の奥底から、ムカつく。ムカつきすぎて、もうどうにかなってしまいそう。
──……
ふと、頭蓋骨に響くような、甲高く耳障りな少女の声が聞こえた。
周囲を見回せどそれらしい人影はない。石田君の不審げな視線が刺さる。
声の方向は特定できない。そもそも指向性があるような響きではなかった。
そう、まるで本当に、
──滑稽ですわね。いつ死んでも満足できる刹那主義のお方が、多少
それは鼓膜の奥にねっとりと張りつくような嘲笑を伴って、全身の皮膚の裏を這い回った。
──いえ、自分が
は? 何の話? てか、誰だよオマエ。
口には出さなかったが、声の主には十分言いたいことが伝わったらしい。不愉快な笑い声が聞こえ、頭が痛くなる。
──《こちら》に来てしばらく、「自分に戦う力はないから」とあっさり虚に襲われるご友人を見捨ておいて、よくもまあ今さら心配などできるものです──
いや、意味わかんねーよ。友達って、もしかして橙亜と璃鎖のことを指してる?
──だとして、何?
ここ数ヶ月の記憶がフラッシュバックする。まずは黒崎家で、虚に食われかける橙亜の姿が蘇った。次に織姫の家で襲われる橙亜の姿。橙亜ばかりだな。
それに比べると璃鎖はなんていい子だろう。
──で? そのときにオレが何もしなかったのが気に入らないの?
もしかして、感情のまま、怒りのままに虚に突っ込んでいくのが正解だとでも思ってる? 戦う力もないヤツがそれやって、何か一つでも事態が好転すると?
あの場でなりふりかまわず泣き喚いて抵抗したら、虚は引いてくれたのかよ。立ち向かったら偶然にも、奇跡的に! 火事場の馬鹿力でも発揮して、虚に対抗できたのかよ。
それとも、一緒に死んでやるのが友情ですか? おあいにく様! オレは一人でも逃げて生き残るし、残りの人生を橙亜の分まで楽しんでやるよ。
あぁ、当然「逃げてごめんね」なんて謝らないよ。泣いて謝ったら逃げたことがチャラになるか? それならいくらでも泣いてやるけど。
──ペラペラとよく回るお口ですこと。ま、図星を突かれれば当然ですわね──
ぱちん、と扇子を閉じたような音がした。てっきりオレの堪忍袋がキレた音かと思ったが、残念ながら違うらしい。
──ウソでしか自分を守れぬ弱くて哀れな人。哀れで憐れで、見苦しくて、あまりにお労しいので、私が力を
心底楽しそうな声に、きっとオレの怒りは閾値を超えた。
煽られていることなど最初からわかっている。神経を逆撫でするような言葉選びをわざわざしている。本っ当に、性格が悪い。
──だって、私は「あなた様の力」ですもの、わかっていたでしょう?──
「そんなことだろうと思ったよ、クソ女」
思わずこぼれた言葉に続くように、何かが体からあふれ出す感覚があった。
「……おい、君。どうした!?」
石田君が、不思議そうにオレの顔を覗き込んでいる。
──思えば、この一ヶ月はイラつくことしかなかった。
突然なじみのない場所で寝泊まりすることになって。自由にネットサーフィンもできなくて。同部屋だからプライバシーなんて皆無で。食事は似たようなものばかりで代わり映えもしなくて。
面倒な二人のお守りをする羽目になって。一人は身の丈に合わないバカな願いを真顔で宣って。もう一人はのんきにそれに賛同して。《知識》を活用すれば安全圏から世界をも操れるのに、くだらない縛りまで設けちゃって。
そのうえ自業自得で死にかけて、ホント笑っちゃうよね。
「おい、この霊圧を止めろ……!」
他人を助ける前に、まずは自分が助からなきゃだろ。
他人を心配する前に、まずは自分の心配だろ。
なのになんで橙亜は、何度も自分を見捨ててきたオレを、「虚から遠ざけようとして」んだよ。
ひどい仕打ちを受けたならやり返せよ。仇を恩で返そうとしてんじゃねーぞ。クソが。
──だから、それに反抗するために家出などという幼稚な手段を取った、と──
ちげーわ、ボケ。
否定と反抗の意味を込めて耳元の辺りを払った。しかし、きっと鼓膜を潰してもこの不快な声はやまないのだろう。
振り払うように顔を上げると、石田君は警戒するように距離を取っていた。バカなの? どう考えてもキミのほうが戦力あるのにさ。
「──あ、そうだ~。勘違いされてると困るんだけど~、橙亜も璃鎖も、別に友達なんかじゃねーから~!」
とびきりの、心からの笑顔を浮かべてオレは言った。
なのに、石田君は眉を寄せる。何? その「何を言ってんだコイツ」みたいな表情。美少女に向かって失礼だろ。
──「友達はいらない。人間強度が下がるから」というヤツですわね。病を拗らせるのもほどほどにしていただきたいものです──
うるさ。喋れば喋るほど神秘的という化けの皮が剥がれるのに、頭が悪いね。
改めて拳を握ると、右手の中になにやら硬い感触があった。
何ぞやと思いながら視線を落とせば、そこには「日本刀」が握られていて。
「あれまあ」
一体いつから持っていたのか。会話の最中にいきなり刃物を取り出すヤツには、石田君も警戒してしかるべきわけだね。
「これ、どうやら死神の『斬魄刀』っぽいんだけれど~。本物だと思う~?」
「やはり死神と繋がっていたな」
「あ、斬魄刀取り出しても『オレが死神』って判断にはならないんだ~。死神じゃないらしいのにアンタ、『オレの力』を自称してんの? どういうことやねん」
「……?」
「まあいいや。とりあえず、虚が斬れたらこれが本物かは確定するよね~?」
推定斬魄刀を太陽に掲げてみる。霊子で構成されていて普通の人には見えないはずのものから、ズシリと金属の重さが伝わってきた。
──今、虚を試し斬りできる手っ取り早い場所はもちろん、「インコを追い回してる虚」のところだよね?
ちょうどいい。自らの享楽のために事件に首を突っ込んでいたヤツが、今さら日和って距離を置こうなんて都合がよすぎるのだ。
思わず、笑みがこぼれる。
橙亜がオレを虚から遠ざけようとするなら、そんな
それに、本当に力があるのなら、使ってみなきゃ面白くない。もったいないでしょ。
「虚の場所はわからんけど~、一護の家に向かう途中で騒がしいヤツらが見つかれば当たり~。外れても、妹を連れ帰ってきた一護に会えば問題ナシ。ん~、完璧な作戦っすねぇ~!」
刀を肩に担いで石田君を振り返った。
──それにしても不運だったね。ここにいたのが橙亜や璃鎖だったら、もう少しマシなお喋りができただろうに。
「じゃあ、オレは虚でストレス発散しに行ってくるわ~」
「逃がすと思うのかい?」
石田君が右手首に手を伸ばす。
勘弁してよ。弓と刀じゃ、リーチが違いすぎるんだから。つか、初めて真剣を持った美少女が敵うわけなくない? 卑怯だなぁ~。
「キミが憎しみを向ける相手が、本当にオレでいいと思うなら殺しにくればぁ~?」
「……本気で言ってるのか?」
「唯和ちゃん、いつ死んでも満足できる刹那主義らしいので~!」
「呆れたな……」
石田君は眉をひそめ、両腕を下ろした。オレの命を脅かすタイプの脅しが効かないと素直に信じたらしい。
まったくダメだぞ~、こんなウソつきの言葉を簡単に信じてちゃあ。
「そもそも、将来医者になるような人間がそんな脅し方をしてんじゃねーよ。それはオレみたいなヤツらがやる最低の手段なんだから、人生踏み外すぜ~?」
「──は?」
「んふふ、じゃあね~!」
手の代わりに刀を振り、黒崎家の方向へ走り出した。
後ろから矢が飛んでくることもなく、オレは軽やかに町内を走り抜けていく。
──それにしても、マヌケな顔だったな。
去り際の驚いたような石田君を思い返し、こらえきれない笑い声を漏らした。
*
「──で、クソ虚が見つからねーんですけど~?」
道路の真ん中で仁王立ちをしながら、オレはどデカい溜め息をついた。
あれから数時間、すでに黒崎家周辺を何周もしながら探し回っている。なのに虚の手がかりどころか、チャドを探している一護にもルキアにも出会えやしない。世間って広いのね。
──おほほほ、霊圧知覚を鍛えていない人間ならこんなものですわね──
楽しげな声が響き、舌打ちする。
コイツ、ナチュラルにずっと話しかけてくるんですけど。ヒマなの? 缶ビール片手に寝転がって、画面越しのオレをツマミに楽しんでる様子がありありと思い浮かんでくるんですけど。
──ヒマなのはあなた様でしょう? 本気で虚を探すわけでもなく、無意味に時間を浪費しているではありませんか──
「あら~、何もわからないなりに頑張って探している努力を嘲笑うなんて、性格わっる~」
──結果の伴わない努力ほどムダなことはありませんわ。頑張る程度ならバカでもできますもの──
「唯和ちゃん、『努力』も『頑張る』もキラ~イ」
──だから、あなた様は
「は? 人の内心を勝手に捏造してんなよ。妄想力がたくましいでちゅねぇ~?」
──だいたい、斬魄刀が本物かを確かめたいのなら、虚を斬るなんて危険なことをせずともその辺りの魂魄でも適当に斬ってみればいいではありませんか──
「聞けよ。オレの話を。相手の話を聞かずに一方的に自分の都合を喋り続けるのはクソコミュニケーション以下なんですけどぉ~?」
──あら、鏡に向かって喋ってらっしゃる? 自らを省みるのは確かに大事ですわね──
「…………」
クスクスと耳障りな笑い声に対して顔をしかめた。
めんどくさい。もうコイツの話は無視だ。聞かなくていい。オレに有益な情報をもたらさないヤツは等しく役立たずだ。
いつの間にか速くなっていた足にようやく気づいたが、緩める理由もないのでそのまま住宅街の道を進んでいく。
たぶん、戦闘はすでに始まっている。……いや、チャドたちにとってはとっくに戦闘中だったか。
橙亜や璃鎖がオレを探しに来る気配もない。橙亜の霊圧知覚ならオレの発見など容易だろう。それをしていないということは、二人はすでにルキアないし一護と合流していて、オレを探すヒマがないってところかな。
「見事にオレだけ蚊帳の外かい」
世界を俯瞰したいなら籠の外にはいるべきだ。けれど、蚊帳の外では干渉できない。そんなのはつまらない。
オレたちは──オレは、ようやくあの《居心地の悪い世界》を抜け出せたんだ。《ここ》にいる誰一人としてオレたちのことを知らない。「過去」を知らない。
本来なら得られなかったはずの
「ウワァ……!」
路地の向こうから声が聞こえた。子供のような、動物のような、甲高い悲鳴だ。
ただでさえ悪かった気分が急降下する。気持ちを振りきるように角を曲がった。
路地の先に人間はいない。いたのは例の鳥籠に入ったインコと、虚の手先の
コンクリートの塀の上で、小虚は鳥籠を担いでどこぞに向かおうとしているように見える。もしかしなくとも虚のところだろう。
「いい試し斬り対象はっけ~ん」
他のことは考えない。助走をつけ、向こうが反応するよりも先に小虚に斬りかかった。
まっすぐに振り下ろした刃が、小虚の真ん中を通る。霊体なのに肉を斬ったような感覚が手のひらに伝わってきた。思わず口角が上がる。
真っ二つになった小虚は短い悲鳴を上げ、体内に詰まったヒルを撒き散らした。しばらく放置していれば、それらは塵のようになって消える。
うん。ちゃんと斬れてしまったな。
「やっぱ斬魄刀か~、これ」
改めて手元の刀を睨み上げた。表情は見えないのに、どこからかドヤ顔が浮かんでいる気がしてならない。
しかしまあ、ともかく、目的は達成した。あとは橙亜たちと合流して、降って湧いた斬魄刀の自慢でもして気分を落ち着ければいい。
そんなことを考えながら歩き出した。その背中に、甲高い声が飛んでくる。
「タスケテクレテ、アリガトウ!」
足が止まった。塀の上に放置したままの鳥籠から、インコが話しかけている。
オレは喋るつもりなどなかった。だって必要がない。無視すればいい。
けれど、不本意なことを言われては文句の一つも言いたくなる。だから、振り返らずに冷たく言い放った。
「助けてない。オレはコイツの試し斬りがしたくて、そしてたまたま斬れるものがあっただけ。オマエを斬ってもよかったんだ。勘違いすんな」
オレはインコを助けたんじゃない。助けたいとか、思うわけがない。
誰かを助けたい、そんな感情はただの自己満足だ。相手によっては侮辱になりかねない地雷行為で、トラブルの元である。見返りでもなきゃやってられない。
つまりオレが誰かを助けるとしたら、それはオレにとって益がある面白い事象だ。橙亜の「人助け」を手伝っているのもそういう理由、シンプルでしょ?
そして、このインコを助けることは一ミリもオレの得にはならない。だって、何も面白くないから。
「デモ、タスカッタカラ、アリガトウ!」
のんきな声に、奥歯が音を立てた。ほら、本当に面白くない。
他でもないオレ様が「助けてない」と言っているのに、言葉が理解できないのかこのクソガキは。
「助かった、って……何? 別にオレがアレを始末しなくてもキミは《助かった》し、だとすればキミが礼を言うべきはチャドや一護やルキアであって、オレじゃないだろ。間違えるなよ」
「……?」
「そもそもだ、オマエのどこが助かってんの? 母親は殺されて、オマエも殺されてインコの中に閉じ込められて、何ヶ月も犯人に追い回されて、オマエを助けようとしたヤツらは次々殺されて! これのどこが助かってんだよ! おめでたい頭してんね!? 面白くって吐きそうだよ……!」
──子供に当たるなんて、大人げのない──
「わかってるよそんなこと!!」
叫んだせいか、息が上がる。頭に血が上って目元が熱くなる。
なんで、なんでなんでなんでなんで、こんなにイラついているのかわからない。どうでもいいだろう、無関係な他人の人生なんて。
──虚を斬れば、この苛立ちは収まるのかな。
──あら、極端に飛躍させた思考。「そうはならんやろ」、というヤツですわね──
オレが言えばなるんだよ。「なっとるやろがい」。理屈はそれ以外に必要ない。
──しかし、相手は死神を二人も食べている虚でしょう? 素人が戦える相手ではないのではなくて?──
「関係ない。オレがイラついてるの。それが解消されるなら返り討ちにあってやられるのでも同じことだろ?」
──それは自己犠牲、ですか?──
「んなわけねーじゃん」
そんな気色の悪いこと、するはずないでしょ。オレはワガママ自分勝手な蜜江唯和だぞ。
他人のために自分を使い潰すのは、橙亜みたいな大馬鹿がやることだ。オレは橙亜とは違う。璃鎖とも違う。
好きに生きて好きに死ぬの。誰にも文句は言わせない。
振り返って、インコの鳥籠を掴んだ。左手にぶら下げ、小虚が向かおうとしていた方向に歩き出す。
鳥籠の中では、インコがなにやらキーキー騒いでいた。
「オネエチャン、アレルギーナンジャナイノ? ナラ、チカヅイチャダメダヨ」
「そうだよ。アンタみたいな『いい子ちゃん』、大っ嫌い。気持ち悪い」
──アレルギーなんて、ないくせに──
「もう喋るなって」
頭の中の声に向けての言葉だったが、インコも籠の中で大人しくなった。
──バカな子供だ。いや、子供はバカなものか。
従う必要のない存在の言うことをバカ正直に聞いて、一体何が楽しいのだろう。弱い立場だから従うしかない? そうだね。弱肉強食は自然の摂理だもの。強くなければ生き残れないんだよね。
ほんと、バカみたい。
「──お母さん殺されて、アイツを殺してやろうとか思わなかったの?」
「エ……?」
「恨むことも知らないくらい幼かった? じゃ、仕方ないね」
口をついて出た言葉にインコが首を傾げた気配がしたが、オレは気づかないふりをした。
*
「へへへ……!! 驚いたかァ? 死神!! そのヒルは小型爆弾よ!! この俺の舌から出る音にのみ反応して炸裂する!!」
住宅街を進むと、やがて物騒な爆発音が聞こえてきた。
塀の陰から盗み見た先には、大きな虚の背中がある。その向こうにはチャドと血まみれのルキアがいて、さらにその後ろには橙亜と璃鎖もいるようだった。お揃いだな薄情者。
──さて、どのタイミングで乱入するのが一番面白いかな~、っと。
どのみち、インコを狙う小虚に囲まれるのも時間の問題だろう。あぶり出されるくらいなら自分から飛び出すほうがマシだな。
──…………ん?
虚の図体が邪魔で見えづらいが、よく見ると橙亜が左手を押さえている気がする。おいおい、ちょっと待てよクソボケ野郎。
あのバカ、まさかまたケガしてるわけ?
──ルキアに張りついたヒルを取ろうとでもしたのかにゃ?
「いっぺん死んで懲りたほうが早いんじゃねーの」
舌打ち混じりに吐き出して、物陰から飛び出した。
でき得る範囲で音を殺し、一直線に虚に向かって走る。刀は横に構え、狙うのは虚の頭。
踏み込んで、刀を払い上げる。たったそれだけの動作だったが、しかしなにぶん素人なもので、あっさりと虚に気づかれた。
「何ッ!?」
「チッ、勘のいいヤツ……」
寸前で身を翻した虚のコウモリのような翼に少し切れ目が入った。奇襲の成果はたったそれだけ、ほぼ無意味だったな。
虚と場所を入れ替わるようにルキアたちの前に立つ。チャドに鳥籠を放り投げると難なく受け止められた。そして、橙亜が非難の声を上げる。
「唯和!? 急に現れて……今まで何をしていたんですか!? というか、どうしたんですかその刀は!?」
「拾った~。そっちこそ何してんのぉ~? よっぽど他人のケガを肩代わりするのが大好きなんだねぇ~? 橙亜さんは~?」
「好きではありませんが……」
橙亜は血の滴る左手を無表情で背後に回した。マジでケガしてやがる。よかったね? 利き手じゃなくて。
気を取り直し、空に飛び上がった虚に刀を向ける。ルキアもオレが持つ斬魄刀に驚いているようで。
「唯和……それは本当に拾ったのか?」
「やだ素直~! いや、でもわりと本当だよ。気がついたら手元にあっただけだから~、詳しいことは知りませ~ん」
なので、説明を求められても困る。というか、そもそも戦闘中にムダなお喋りなんてするべきではない。これ常識。
一歩、足を踏み出した。不遜にも空からオレたちを見下ろす虚に向け、宣戦布告のように笑みを浮かべる。
「んじゃ、ひとまずあの虚はオレが殺すから」
「唯和、何を……!?」
「鬼ごっこしようぜ~! せいぜい逃げ回れやコウモリ野郎」
「逃げ回るのはアンタのほうだぜ! お嬢ちゃん!」
橙亜の言葉を無視し、虚に向かって走り出す。斬魄刀の影響か、普段より多少は体が軽く感じられた。
虚への進路を邪魔するように小虚たちが立ち塞がる。避けつつ斬りつつ、路地を回りながら虚を追いかけた。
しかし、相手は空を飛んでいる。空中戦におけるアドバンテージは高さ、高度だ。飛行能力もなく、平面にしか動けないオレは圧倒的に不利なわけである。
「ちょっとはやれるようだが、同時に別方向からの攻撃は避けられるかァ!?」
そのうえ、小虚は無尽蔵に湧いてくる。虫かよ。あぁいや、虫以下だな。
並走する小虚が三匹、正面に待ち構えるのが一匹。そして、空から放り投げられたのが二匹。
とりあえず正面の一匹を斬り伏せ、走り抜ける。上と背後から同時にヒルが吐き出された。
「キッモ」
右足を軸にしながら振り返り、刀で斬り払う。そのまま背後へ飛びのいて、爆発の射程圏内から避難する。
「そこに逃げるしかないよなァ?」
ニヤリと虚が口を開けた。
着地地点にはさらに三匹の小虚がいて、ヒルを吐き出してきた。捌ききれなかったヒルが数匹、刀を振り抜いた腕やら足に吸着する。
「クソッ……」
「ほらかぶったなァ!!」
これ見よがしに舌を出した虚が、耳障りな音を鳴らした。
右腕が三箇所、足に二箇所。吸いついていたヒルが音に反応して爆発し、皮膚が裂けた。真っ赤な血が吹き出る。
「──ッてぇな!」
いたい。痛い。こんな大ケガ、生まれて初めての経験だぜ。痛すぎて泣いちゃうわ。
でも、動きは止めない。オレを煽りたいがために虚は地面スレスレまで降りてきていた。チャンスじゃないか。この期を逃すな。やり返せ。
「あッはははは!」
地面を踏み切り、虚の顔面に向かって突きを放つ。なんだか楽しくなってきて、ついつい笑顔がこぼれてしまった。
「おっと!」
虚は近くの小虚を投げ、逃げようとする。
しかしこちとら、それを避けられるだけの戦闘の経験はないのだ。正面からのヒルは避けられない。
なら、突っ込むしかないよね?
「死ねよ! クソ野郎!」
刃に全体重を乗せて踏み込んだ。眼前でヒルが弾ける。虚は目を細め、口角を上げた。
そして、虚の舌が周囲に鳴り響いた。
*
次の瞬間、視界は暗転した。
殺る前に殺られてしまったか。
そんな溜め息をつきそうになったが、その前に頭上に声が降ってきた。
「──大丈夫か? 蜜江」
「……登場がおそ~いぞ~、一護ちゃ~ん」
すっかり聞き慣れた《主人公サマ》の声に脱力する。オレは一護の腕に抱えられているようだった。
おそらく、爆発直前に横から割って入ってオレの体ごとかっさらったのだろう。そのときの勢いのせいか、腹の辺りにそれなりのダメージがある。朝食を食べてなくて助かったぜ。
すでに死覇装姿に着替えて登場した一護は、虚から距離を取った。周囲には爆発の余韻の土埃がまだ漂っている。
「状況はルキアたちに聞いてきた。悪かったな、一人で任せて」
「任された覚えはないんですけど~」
一護は道路の端に寄り、オレを地面に下ろした。ジロジロと頭から足の先まで見られた気配がする。
目を細め、口元を隠した。
「エッチ……」
「なんでだよ!」
「普段、調子に乗ってるヤツが無様にボロボロになってるのはいい気味ですかぁ~?」
「残念ながら、俺はお前ほど性格悪くはねェよ。こんなにケガしてまでよく頑張ったな。意外と根性あるのな、お前」
「ねーよ、んなモン」
オレの抵抗をくぐり抜けた一護にワシワシと頭を揺らされる。やめろやめろ、せっかく整えた髪が崩れるだろうが。
一護からの生暖かい視線が気持ち悪い。あ~あ、内心で勝手にオレの印象を美化でもしているんだろうな。それ勘違いだから、マジでやめてね?
「あとは俺に任せてくれるか?」
オレのことを聞き分けのない子供だとでも思っているのか。ポンポン、と言い聞かせるように頭に手を置かれた。
言われなくても、オレがキミの邪魔なんてできるわけないじゃん。だって、これはキミの仕事だろう?
「どうせ、橙亜に『オレには戦わせるな』って言われてるんでしょ~」
「よくわかったな……」
「唯和ちゃんは橙亜のことなら何でも知ってるから~」
一度座り込んでしまったので、正直もう二度と立ち上がれそうにない。怒りも殺意も途切れてしまった。根性のない体だ。
端的に言うなら「萎えた」というヤツである。
「じゃ、あとはお任せしま~す」
「おう。その刀のこと、終わったらじっくり聞かせろよ」
「イタタタタタタタ~、出血多量で意識が朦朧としてきた~、もうダメで~す」
「テメェ……案外元気そうじゃねェか」
そうだよ、超元気。だから、オレのことなんて気にしないで。
そんな内容の言葉をからかい混じりに告げ、一護の背中を見送った。一護は人間離れした跳躍を見せ、虚に向かっていく。
──やっぱ、オレには経験が足りてないか。
ズルズルと体を引きずり、近くの塀に寄りかかった。
浅い呼吸を整えるように大きく息を吸う。皮膚が熱い。傷痕がジンジンして、刀を持つ右手が震えていた。
ガシャン──と、斬魄刀が道路に落ちる。
「今回は……失敗しちゃったな……」
膝を抱えて、目を閉じる。
先ほどの戦闘が脳裏に蘇ってきて、喉から引きつったような笑い声が漏れた。
*
「唯和、大丈夫ですか?」
「…………あれ、橙亜じゃん」
ガクッと頭が落ちたような感覚で目を開けた。目の前には無表情でオレを心配しやがっている橙亜がこちらを覗き込んでいる。
もしかして寝ていた──いや、気絶してたなこれ。ともかく、しばらく意識が飛んでいたらしい。五分か十分か、一時間ってことはないだろうけれど。
周囲を見回しても橙亜以外の人影は見当たらない。頭上では、太陽が傾き始めたような空の色をしていた。
「虚は黒崎さんが地獄に送り、シバタさんの魂葬も終わりました。今は二人で茶渡さんの記憶置換をしていると思います」
「璃鎖は~?」
「鸚哥の様子を見ていますね」
「あの子、動物好きだよね~。波長が合うんだろうな~」
欠伸混じりに伸びをしようとしたが、負傷の影響で中途半端なところで止まった。そのまま動けずにいると、橙亜が冷たく見下ろしてくる。
「──それで? 『アレルギー』だと言っていたのにどうして来たんですか?」
「はぁ~? オレを置いて虚を追いかけてたのは橙亜たちでしょ~?」
「あなたが先に出かけたからじゃないですか。茶渡さんの霊圧から離れているので大丈夫かと思っていたら、急に霊圧を上げてこちらに向かってくるし……」
「誰かさんにムカついたので、ついね~。つか、そもそも昨日、『遠目から見学』って話になったのは何だったんですかぁ~?」
「それは……成り行きで仕方なく…………それより、あの斬魄刀はどうしたんですか? まさか本当に拾ったわけじゃないでしょう?」
当然の疑問に、視線を下げる。
先ほどまであったはずの斬魄刀は、オレの手元にはなかった。近くに転がっていたりもしない。気絶しているあいだに盗まれたか、はたまた消えてしまったようだ。
「『拾ったわけじゃない』ってわかってるなら答えもわかってるんでしょ~。『オレの中から出てきた』でファイナルアンサ~」
「…………本気ですか? 斬魄刀の
「だから~、それを
「そんなの………………ん? 『オレたち』とはどういう──」
橙亜が首を傾げたところで話は一旦途切れた。一護たちがやってきたからだ。
一護とルキア、そして璃鎖がオレたちの周りに集まってくる。聞くところによるとチャドとインコは帰宅したらしい。
ルキアに手当てをしてもらいながら、壁に背中を預ける。渋い顔でオレを見下ろす一護の表情がよく見えた。
「──で、お前たちが持ってる刀は何なんだよ? 死神の刀なのか?」
オレ、そして橙亜に視線を向けながら単刀直入に尋ねてきた一護に思わず笑ってしまう。橙亜は「え?」と困惑して一護をガン見した。
「あれ~? 一護、橙亜も持ってるの知ってるんだ~。ビックリ~」
「この前の井上の兄貴のときに使ってたんだけど……どうやら鐘威はまったく覚えてないみたいだな」
「そうだったんですか……!?」
溜め息をつく一護に、橙亜さんは無表情で蒼白になった。効果音をつけるなら「ガーン!」という感じである。
「なに? つまり『先輩』が持ち出してきたってわけ~? じゃあ橙亜由来かどうかもわからんじゃ~ん」
「えっ……僕……え……?」
「待て! それは本当に斬魄刀だったのか?」
ルキアが困惑している橙亜を押しのけて尋ねてくる。が、この場でルキアが欲しい回答を持ち合わせている人間はいない。
橙亜には推定斬魄刀を使っていた記憶は残っていならしいし、オレも《知識》以外に出せる確証はない。璃鎖に至っては会話の内容にまったくついてこられずに、首を傾げすぎて地面に落ちてしまいそうだ。
「どこから発生したのかは知らんけど虚は斬れるし、まあほぼほぼ斬魄刀ってことでいいんじゃないっすかね~?」
「あり得るのか……そんなことが……」
「それを今一番思ってるのはなんならオレと橙亜だからね~?」
薄ら笑いを浮かべて言う。これ以上の進展は見込めないと判断したのか、ルキアは不服そうにしつつも引き下がった。
そのままルキアからの治療を受け終わると、オレたちは現地解散となった。
とりあえず、斬魄刀の件はしばらくは経過観察されるらしい。まあ、ルキアからすればオレたちは浦原さんの保護下(支配下とも言う)にいるので、彼に直接話をするほうが有意義と判断したのだろう。実にムカつくね。
帰り道、橙亜と璃鎖と三人でのんびりと歩いていた。
会話はない。たぶん、気を遣われているのだろうとわかり、自然と舌打ちが出る。
それに対して橙亜は溜め息をつき、夜空を見上げながら口を開いた。
「大丈夫、ですか?」
「見ての通りケガはルキアたんに治していただきましたがぁ~?」
「……僕の言いたいことはわかっているでしょう?」
橙亜はこちらを向いた。その表情は相も変わらず無表情なのに、純粋な心配が滲み出ていてイヤになる。
オレは足を止め、今日一番のかわいい笑顔を浮かべた。
「ぜ~んぜんわっかんないなぁ~! 仮に、もしも、オレもあのインコと同じように
「……シバタさんと自分を重ねていたのでは? だから虚に対してもあんなに──」
「ねーよ。オレとアイツは同類ですらない」
ピシャリとはねつけ、再び歩き出す。
スキップ交じりに、しがらみから逃げるように。
「オレの
笑って橙亜と璃鎖を振り返ると、二人は揃って眉を寄せていた。そっくりかよ。
──その自覚がありながら「生き直せる」思っているなんて、ひどいウソつきですこと──
ふと、夜風の隙間にそんな言葉が聞こえた気がする。
「うるせーよ~」
唯和ちゃんはウソつきですから、そんなものは罵倒にもならないのです。
たまらなくなって、思わず笑い声がこぼれた。そんな愉快な空気の中、オレたちは浦原商店へと歩くのでした。
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