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9.THE BLADE AND ME
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朝、僕は五番隊隊舎の副隊首室で目が覚めた。
怒涛の出来事と情報量で疲れきっていた頭も、ずいぶんとすっきりしている。慣れない環境だったが、ちゃんと熟睡はできたようだ。
「……」
隣の布団では雛森さんがまだ眠っている。
昨晩、僕のために張り切って世話を焼いてくれた分、疲れているのだろうか。もう少しゆっくり寝ていてもらおう。
物音を立てないように布団を抜け出して、枕元に置かれている死覇装に手を伸ばした。昨夜のうちに僕用のものを用意してもらったのだ。
現世から持ち込んだ空座第一高校の制服は部屋の片隅に畳んで置かせてもらい、死覇装に袖を通す。子供の頃から着物は着慣れていたので着用は問題ない。そういえば、唯和はともかく、璃鎖はまともに着物を着たことがないと思うが、大丈夫だろうか。
考えながらも帯を締め、姿見の前に立つ。上から下まで真っ黒な着物に身を包む、血色の悪い顔の女の姿が映った。……なんとも、「死神」が似合うな。
髪をまとめるかどうか逡巡し、今は結ばないことにした。静かに襖を開け、部屋を出る。
行く当てなどないが、部屋で雛森さんを見つめているのも不審な気がして、なんとなく周囲を歩き回る。どうせなら、隊舎内のマッピングでもしておこう。
早朝の散歩のつもりで周辺を散策した。薄暗い舎内は静かだ。
歩いているうちに、中庭のような場所に出た。徐々に日が昇る空を見上げて、ふと、反対側の通路に人影を発見する。
「あ……」
思わず漏れた声はかすかなものだったが、しかしその人はまるで聞こえたかのようにこちらを振り返り、にこやかに手を振った。
そして、ゆっくりとこちらに歩いてくる。僕の隣まで来て、昨日と変わらぬ笑顔を浮かべた。
「おはよう、鐘威くん。よく眠れたかな?」
「はい、おはようございます。藍染……隊長」
僕の挨拶に、藍染さんは頷いて応えた。
実態はどうあれ、名目上は護廷十三隊の隊士である以上、失礼な態度を取ってはいけない。将来的に裏切ることはわかっていても、現時点での藍染さんは僕にとって「隊長」と呼ばなければならない立場の人だった。
「言いづらいなら呼びやすいように呼んでくれてかまわないよ」
「いえ……他の人たちもそうしているのですから、僕だけ特別扱いというのはおかしいです」
「そうかな? 君の事情は特殊だ。それを考慮せずに周りと同じ言動を求めるほうがおかしいように思うけど……」
じっ……と見上げていると、彼はクスリと笑った。
「君は嫌なんだね、わかったよ。けれど、あまり無理はしないように。君が何かを耐えてまで迎合するのは誰も喜ばないよ」
わかってくれればいいのだ。変に悪目立ちするメリットはない。早く一般隊士に紛れて、藍染さんたちの視界から外れたいものだ。
「こんなに早い時間から何を?」
「隊舎内の構造を頭に入れておこうかと思いまして」
「あぁ、昨夜は最低限の説明しかしてなかったね。せっかくだ、朝の散歩がてら案内しようか」
「いえ……そろそろ戻ろうと思っていたところで……」
「じゃあ、部屋まで送ろう」
一人でも戻れるのだが? と藍染さんを見たが、視線はすれ違って終わった。先を行く藍染さんが振り返って首を傾げるので、しぶしぶあとをついていく。
特に何事もなく部屋の前まで戻ってくると、藍染さんは今日の予定について触れた。
「朝食を済ませたら出かけるよ。君を技術開発局に連れてこいと言われていてね、肉体の検査をするようだ」
昨日、結斗たちも言っていた話だ。僕としても自分たちがどんな状態にあるのかは知っておきたいところではあるし、検査自体に不満はない。
しかしながら、今の彼の言い回しには、少々引っかかるところがある。
「……隊長も一緒にいらっしゃるんですか?」
「もちろん、まだ場所もわからないだろう?」
「教えていただければ一人でも行きますし、結斗たちに案内させてもいいと思います。隊長さんはお忙しい身だと思うのですが……」
「それは君が気にすることじゃない。大丈夫だよ」
そうだろうか。過保護気味なような気もするが……ひょっとして、僕たちをできる限り監視しておきたいのかな。
だとしたら、仕方がない。僕たちの存在が怪しいのは事実だ。甘んじて受け入れざるを得ない。
あなたの思惑を覆せるほどの存在ではないので徒労にしかならないと伝えられないことが、歯痒いばかりだ。
そんなわけで、雛森さんが起床して一緒に朝食を食べたあと、僕は十二番隊の技術開発局に向かった。もちろん、藍染さんとともに。
技術開発局にはすでに僕以外の五人が揃っていた。璃鎖も唯和も死覇装を纏い、入り口の前に立っている。
「おはようございます。無事に着られたようですね、璃鎖」
「これ? 隊の人に手伝ってもらったー! ハカマっていうの? 裾がちょっと邪魔で動きづらいかも」
「おい璃鎖、まさかとは思うけど着替えの手伝いを男にさせてねーだろうな~? 檜佐木副タイチョーとか~」
「女の人だったよ!」
「そういうあなたは一人でも着れたんですか? 唯和」
「もち。唯和ちゃんは何でもできるパーフェクト美少女だからね~!」
唯和は決めポーズのようにピースを見せた。その後ろで、結斗が「うぜェ」と顔をしかめている。
「ずいぶんとのんきなことだネ。貴重な私の時間を浪費していることにもっと罪悪感を持ってもらいたいものだヨ」
「どわっ!」
そんな結斗の背後に、人影が現れた。涅マユリ、十二番隊隊長と技術開発局局長を勤めるマッドサイエンティストだ。
驚いた結斗は背中を反らしつつ、後ずさる。不服そうな表情ながらも「おはようございます……涅隊長」と挨拶を絞り出した。
僕たちも同じように挨拶をすると、マユリさんは「ついてきたまえ」と踵を返す。マユリさんの後ろには副隊長の涅ネムもいたが、彼女は何も言わずにマユリさんの後ろをついていくだけだった。
マユリさんたちのあとに続き、僕たちは怪しげな雰囲気が漏れ出す技術開発局の廊下を歩く。
道中、マユリさんがどんな検査をするのかという説明をしてくれた。ときたま「切る」とか「弄る」とか「投薬」とか、物騒な言葉が挟まれていたのが少々不安だが、結斗たちは慣れた様子なので前回もこんな感じだったようだ。
「本当に信じて大丈夫なんでしょうか……」
「心配性の鏡哉が卯ノ花隊長に念入りに確認してもらったみてェだから、大丈夫なんじゃねェの?」
僕の呟きに、隣を歩く結斗がぞんざいな調子で答えた。自分のことでもあるだろうに、どうしてそう投げやりになるかね。
「仮に何かを仕込まれるとか、解剖されるとかになったら……どうにか僕一人分とかで勘弁してもらえないでしょうかね……」
「……お前の冗談って、ほんと面白くねェよな」
「冗談ではないですが?」
「そういうところだよ、バーカ」
おもむろに結斗の右手が伸びてきた。僕の額に向かってデコピンの構えを見せたが、しかし寸前で僕の体が傾いたため、不発に終わる。
不思議に思い、反対側を振り返った。僕の体が傾いたのは、左側の藍染さんに肩を引き寄せられたからだったらしい。
「あまり騒ぐと涅隊長から小言が飛んでくるよ」
囁くように耳元で、藍染さんが笑う。やんわりとした言葉だが、遊んでいるように見えたのだろうか。
結斗と二人、「すみません」と頭を下げると、彼は満足したように体を離した。結斗が何やら不審そうにしばらく藍染さんを凝視していたが、すぐに目的地に到着したので理由を尋ねるタイミングは逃してしまった。
身体測定のようなことをしたり、かと思えば奇妙で不気味な機材を体に取りつけたり、僕たちはさまざまな検査を行った。
基本的にはマユリさんがテキパキと作業を進めていったので、全員分の検査は午前中のうちに終了した。
肉体に違和感はないけれど、グロテスクな見た目の用途のよくわからない道具が局内のあちこちにあったせいか、鏡哉は顔色を悪くして怯えていた。どうして初めての僕たちよりも気分を悪くしているのだろうか。唯和はゲラゲラと笑いながら鏡哉の背中を叩いていた。
ひとまず無事に終わって賑やかな談笑をしている同級生たちの背中を眺めながら、僕は多少乱れた死覇装を整える。そんな僕の背後に、いつの間にかマユリさんが立っていた。
「本日はお忙しいところお時間をいただき、ありがとうございました」
とりあえず、挨拶をする。下げた頭上に、マユリさんの溜め息が降ってきた。
「まったくだネ。ただの人間を調べるのは時間の無駄だヨ」
「普通の人間だと理解されたのは嬉しいですね」
「おや、君は自身が、他の連中のような普通の人間だと思っているのかネ?」
体の動きが、一瞬だけ止まる。
何のことだとマユリさんを見上げるが、彼はニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていた。
「他の連中とは違い、君の中にはもう一つ別の魂魄が存在している。そいつが君の中で何をしているのか、どんな
「えっと……」
「ぜひとも教えてほしいものだヨ。一体、どんな方法を使ってそんな
徐々に興奮を抑えられなくなっていくマユリさんから、ずりずりと後ずさる。
僕の中に存在する別の魂魄──あのはた迷惑な悪霊のことだろう。やはり見る人が見ればわかるのか。ルキアさんは気づいていなかったが、悪霊の潜み方が上手かったとかそういうことなのだろうか。
「確かに、僕としても肉体を乗っ取られるのは迷惑しています。綺麗に取り出してもらえるならお願いしたいところではありますけど……」
「そうかネ! そこまで前向きな返事を貰えるとは思わなかったヨ!」
「でもあの、安全性が考慮されているのかに一抹の疑問がですね……」
「安全性? 死神として生きるつもりがあるのなら些末なものだヨ。なぜなら、そいつは君の魂魄と──」
「涅隊長」
凛とした声に、会話は断ち切られた。
マユリさんは鬱陶しそうな表情を隠さずに声の主を振り返る。いつの間にか壁際まで追い込まれていた僕にかかっていた影が離れていった。
マユリさんが離れたことで、視界に声の主が映る。まあ映らずとも、その声を聞き間違えることは僕の記憶力に限ってはないのだけれど。
「……何かね、藍染隊長」
「検査が終わったのなら、彼女たちを帰しても問題はないかな?」
隣に歩み寄ってきた藍染さんは、僕の肩を軽く抱き寄せる。まるでマユリさんから庇うような行動だ。
もしかして「僕がマユリさんの人物像を知らない」と思ってわざわざ口を挟んだのだろうか。なんてことだ。万が一、隊長間でのいざこざの原因になってしまっては申し訳が立たない。
おそるおそる見上げると、マユリさんは鼻を鳴らして踵を返した。
「フン……好きにしたまえ。あぁ、解剖を希望するなら遠慮なく、ずっといてくれてもいいヨ。歓迎するとも」
はっきり「解剖」と言われてしまうと、残念ながら残りたくはない。せめて「検査」とか「処置」とかに言い換えてほしい……。
──まあ、悪霊のことでマユリさんを頼るのはやめておこう。取り出した代わりに別のモノを入れられた、なんてことになってはたまらない。
別室に消えていくマユリさんの背中から、藍染さんに視線を移した。おそれ多くも手間をかけさせてしまったので、平謝りをしたい気分だ。
「お手数をおかけしました……申し訳ありません」
「ん? 気にしなくていいよ。涅隊長に目をつけられるのは……ちょっと厄介だからね」
冗談めかして藍染さんは言う。愛想笑いの一つでも返せればいいのだが、冗談ではないことを理解している僕は視線を落としつつ「そうなんですねぇ」と呟くだけだった。
すると、肩に置かれていた藍染さんの手が、ゆるりと僕の髪の毛を払った。そのまま死覇装の袖を揺らし、帯を撫で、衿を整えるように動く。
不思議に思って藍染さんを見上げるも、彼は笑みを深めるだけだった。
「あの、何か?」
「死覇装に埃がついていたから」
「言っていただければ自分で払ったのですが……」
「あぁ、ごめん。女性の体に無遠慮だったね」
昨日から思っていたが、いちいち距離感が近いよな。この人。
僕は人見知りなため、あんまり近くに他人がいると少しばかり驚いてしまう。雛森さんへの対応からしても、この距離感が他人の懐に入り込むための最適なものなのだろうか。見習うべきか?
それにしても、部下の着物についた埃をわざわざ払うなんて目ざといことだ。ここまで常に細部に注意を向けるなんて疲れてしまわないのだろうか。一歩間違えると嫁をいびる姑のようになってしまいそうだ。
そんなに見えすぎて、考えすぎてしまうくらいなら、もっと気楽に生きられないものか。いや、できていたならそもそも彼は《あの未来》を選びはしないか。そうだよなぁ……。
「溜め息をついて……疲れたね。ご苦労さま。じゃあ、隊舎に戻って休もうか」
「あ、すみません。戻る前に璃鎖たちと少し話をしておきたくて……隊長は先にお戻りになられて大丈夫ですよ?」
出口へ向かう廊下を歩きながら、おずおずと口にする。僕の言葉に、藍染さんは先を歩く璃鎖たち五人の背中を見て「ふむ」と考え込んだ。
とりあえず、六人で今後の相談をしておきたいのだが、不審な行動に見えるだろうか。見張りの意味も込めて同行すると言い出されても不思議はない。なんなら、あの優しさだと「うちの隊舎で話せばいい。隊首室を使っていいよ」などと言い出す可能性も──。
「わかった。先に戻ってるよ。帰り道は覚えたかな?」
意外にも、提案はすんなりと受け入れられた。拍子抜けした僕は、パチパチとまばたきを繰り返す。
「はい……全て頭に入りましたので、一人でも戻れます……」
「そうか、相変わらず物覚えがいいね。さすが鐘威くんだ」
「……」
そうして、技術開発局の外に出たあと、藍染さんはみんなに挨拶をして本当に帰っていった。
わざわざ自分で見張り続けるほどの価値はないと判断されたのか。はたまた全然関係なく普通にお仕事が忙しいのか。内心を悟らせない柔和な笑顔を見送った僕は、しばし呆気に取られていた。
そんな僕の後ろから、鏡哉は顔を曇らせつつ、藍染さんが帰っていった方向を眺めている。
「ほんと……よく藍染隊長と仲良く話せるよね、橙亜……」
「……上辺だけなら、一番仲良くしやすい人なのでは?」
「それが怖いんじゃん!」
怯えた様子で身を竦める鏡哉を、唯和が鼻で笑う。鏡哉はムッと彼女を睨み返した。
その隣では、鏡哉ほどではないにしろ同意見らしい結斗が、うんうんと首を縦に振っている。
「確かに、マジで何考えてるか読めねェよな。善人オーラで固めてて全然裏が覗けねェの。怖いよなァ」
「じゃあ善人ってことじゃないの?」
「お前は単純でいいな、璃鎖」
素朴な呟きをこぼした璃鎖の頭を結斗はグリグリと鷲掴みにし、体重をかけた。「縮む!」と抗議する璃鎖は無視して、僕をジトリと見る。
「読めねェから確信はないんだけどさァ……橙亜、お前なんか藍染隊長にやたらとかまわれてない? 気のせい?」
「僕の立ち位置が特殊なだけで、接し方自体は雛森副隊長や他の隊士の皆さんと変わらない気がしますが……」
「あ、鈍感なお前に聞いても意味なかったな。唯和はどう思う?」
「あの」
僕のことも無視し、結斗は唯和に尋ねた。
唯和は端正な顔をこれでもかと歪め、一言。
「キモい」
「はい?」
「上っ面だけで喋り続けてるのがマジでキモ~い。自分が嘘つきですって喧伝してる感じ~」
「唯和と同じじゃん」
「んだとこの野郎」
結斗のツッコミに唯和は中指を立てて返した。結斗から「ブチリ」と何かが切れたような音がしたが、鏡哉に指示された琲眞が結斗を抑え込み、殴り合いの喧嘩には発展せずに済む。
抑え込まれる結斗を見下ろすように、唯和は腕を組んで顎を上げた。
「あの人は全てに嘘をついてる現状、橙亜相手にも嘘をつくのは当然。それは別に不思議じゃな~い」
「じゃあ、何が気に入らないの? ただ嘘つきを表明してるだけなら唯和がそんなに気持ち悪がることないでしょ」
確信を持った口調で鏡哉は言う。普段は自信がなさげな様子ばかりが目立つが、付き合いの長い唯和相手には鏡哉も遠慮がなくなるのだ。
唯和は横目で鏡哉を睨んだ。茶化したところで引き下がる気配がなかったからだろう。しぶしぶといった態度で溜め息をつき、答える。
「藍染隊長はオレが読み切れる人間じゃあないけれど──もし、オレだったらの話ね。もしもウソつきで天の邪鬼な唯和ちゃんだったとしたら、いかにもな『ウソ』の中に『本当』を混ぜるのが一番楽しいだろうなぁ~? って、思っただけ」
「嘘をつくときは事実を混ぜるとバレないって話?」
「違う違う。
「なんで嘘だと思われたいのにわざわざ言うんだよ、ひねくれてんなァ……」
結斗の呟きに無言で同意した。僕には理解できない感覚だが、そんなことをするメリットがはたして彼にあるのだろうか。唯和ほどひねくれた性格はしていないと思いたいが。
「……そうだとして、じゃあ藍染がボクたち……というか、橙亜に嘘だと思われたい本当って何?」
「いやそれは知らねーよ。あくまで『唯和ちゃんの場合は』って話だから~。これで藍染隊長の言葉が全部本音だったりしたらマジでキモいなぁ~、って!」
「勝手な憶測をして勝手に気持ち悪がるのはよくないと思いますよ……」
僕と鏡哉から揃って向けられた白い目に、唯和は「てへぺろ」と舌を出した。今のところ、ギリギリ唯和のほうが藍染さんより印象が悪いと思うぞ。
「でも当然、性格は普通に悪いと思うわよ~? あの人」
「よかったら雛森副隊長にあんな仕打ちはしねェわなァ。橙亜をからかって遊んでんのかねェ……」
「ほんとキモ~い。やっぱロリコンなんかあの隊長」
「それなら橙亜より璃鎖に興味持つから違うだろ。単に貧乳好きなだけかもしれねェ」
「あの、悪人相手だとしても根拠のない悪評やレッテル貼りはやめましょうね。二人とも」
下世話な話題で盛り上がり始めた唯和と結斗をたしなめる。こういうときばかりは意気投合するのだからたちが悪い。
鏡哉からも一言言ってやってほしい、と視線を向ける。しかし、彼はこちらを不愉快そうに見ていた。
「橙亜……君が一番近くにいて身の危険があるかもしれない話なんだから、もっと真面目に受け取ったら?」
「根拠のない妄想と変わらないものを警戒してどうするんですか、藍染隊長にも失礼ですし」
「悪人にまで気を遣ってどうするの?」
「今のところは善人の振る舞いをしているだけなのですから、問題ないでしょう」
「他人を信用しすぎだよ……悪人なのは事実なのに、なんで平気な顔で接してられるわけ?」
そう言われましても。僕としては別に彼を無条件で信用しているつもりはなく、適度に警戒していると思っているのだが。あと、平気な顔に見えるのは無表情のせいだ。
僕だって、ちゃんと藍染さんを恐れている。彼の行いが悪なのは《知っている》。しかし、まだ彼はその一面を見せていないのだから、必要以上に警戒しても仕方がないだろうという話で。
「仮に中身が悪人だとしても、はたから見てまったくわからないほどの善人に見えるのだとしたら、善人と同じように扱うべきだと思いますけど」
「大事なのは本質でしょ……人を見た目で判断するのは、ろくなことにならないし」
「う~ん、その言い方をされると、オレは『悪人のほうが善人であろうとする分、善人よりも善人らしい』とか言いたくなっちゃうなぁ~」
からかうように唯和が言った。結斗が小さく「《貝木》じゃねェか」とぼやく。「じゃあ鏡哉が《影縫さん》派で、橙亜が《忍野さん》派か~」と隣が別の話題で盛り上がり始めたので、鏡哉も気を削がれたらしい。
「ともかく、一度これからのことをみんなで話し合っておきたいんですけど、どうします? いつまでも十二番隊の隊舎の前にいるのは迷惑でしょうし……」
尸魂界に来たばかりの僕たちには本拠地となるような拠点も、心安らぐ居場所もない。数ヶ月先輩である結斗たちのほうがそういうものには詳しいだろう。
結斗と琲眞はそれぞれ首をひねり、鏡哉を見た。鏡哉は仕方なさそうに溜め息をつく。
「ボクたちの自室があるわけじゃないからあれだけど……ひとまず、四番隊隊舎の一室を貸してもらおう。他の隊よりはまだマシでしょ。ついでに卯ノ花隊長に涅隊長に変なものをつけられてないか調べてもらいたい……」
「お前こそ、よく隊長にそんなこと気軽に頼めるよな。怖くねェの?」
「結斗のところの朽木隊長と違って、卯ノ花隊長は断然話しやすいから……」
「つか、これでオレたちの体にマユリ様がこっそり盗聴器とか仕込んでたらウケるよな~」
あっけらかんと唯和が言った。その言葉に鏡哉と結斗と、そして僕はピシリと固まる。璃鎖と琲眞は不思議そうに首を傾げ、僕たちの様子を見守っていた。
──そうだった。マユリさんは一度戦った相手に監視用の菌を感染させるほどの周到さを持っていた……!
検査の過程で僕たちの肉体に仕込まれた可能性もゼロではない。というか、素性の怪しい僕たちを何の監視もなく放り出しているわけがないだろう。少し考えればわかることだった。どうしよう。万が一にも今までの会話を聞かれていたとしたら──。
「どっ、どどどどどどうしよう……! 橙亜!」
顔色を真っ青にした鏡哉が、僕の肩を揺する。しかしながら、僕の思考も見事に停止していたのでまともな返答はできなかった。
「まァまァ、落ち着けよ。そんな焦り方すると、まるで本当にやべェ失言をしたみてェになるだろ。なァ? 唯和」
「そだね~。別に大したことじゃないでしょ~。藍染隊長が実は極悪人だった~、なんて。涅隊長にしてみればみじんも興味のない話だろうし、なんなら不審者のオレたちの言葉をまるまる信用するマヌケでもないだろうしぃ~」
結斗と唯和の様子は至極落ち着いていた。僕と鏡哉の慌てふためく姿にかえって冷静になったのだろうか。唯和なんて、普段ならば自分の体に得体の知れないものを仕込まれたかもなんて事態には間違いなく発狂しているだろうに。
「藍染隊長がさっさと帰ったのも、実はこれが理由だったりしてな~? 得体の知れないものを仕込まれた奴のそばにいられるか! 部屋に帰らせてもらうぜ!」
「仮に盗聴器があったって、別に俺たちの前でボロなんか出さねェだろ、あの人……」
「気づいてたなら取り除いてくれたりとかしてほしいなぁ……」
「それはそれで怖いのでは? というか、まだ仕込まれたと確定したわけではないですよね?」
などと明るく言ってはみたが、淀んだ空気は晴れなかった。うむ、自分で言っていても気休めだとは思っている。
しかし、どうあれ僕たち自身には判断する術がないのだ。とりあえず、卯ノ花さんに調べてもらうしかない。これで彼女にも発見できなかったらお手上げではあるが……。
「ひとまず、これからは直接的な言葉で喋るのはやめましょうか……」
「筆談とかするかァ?」
「カメラまで仕込まれてたらどうするの、結斗。それに、物理的に情報を残すのは紛失とかの可能性もあるから却下だよ……」
「んじゃ、《オレたちにしか通じない言葉選び》をしよっか~! 璃鎖と琲眞はわかんねーかもだけど~」
楽しげに唯和は笑った。絶対にろくでもないことを考えていることはわかったが、他に手段もなさそうなので、彼女のアイディアに乗るしかなさそうなのが頭の痛いところだ。
「ちなみにどんなアイディア?」
「会話の《登場人物》を《中の人》に置き換える」
「くっだらねェ……」
「ただ置き換えるだけならアルファベットを代入するのと変わらないじゃん……喋れば喋るほど簡単に復号されるよ?」
「んじゃ、《中の人ネタ》でコロコロ変えよっか~!」
「俺らも大変じゃねェか? それ……」
ともかく、まずは今後についての話し合いのためにも移動をしよう。こんなところで話し込んで、万が一にも直接聞き耳を立てられてしまってはそれこそ詰みだ。
そんなわけで、ひとまず僕たちは四番隊の隊舎へ向かって重い足を踏み出したのだった。
