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9.THE BLADE AND ME
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尸魂界にやってきて、一週間が経った。
ルキアさんの処刑が決まり、黒崎さんたちがこちらにやってくるタイムリミットがいよいよ近づいている。
僕たち六人は相変わらず稽古に勤しんでいた。
璃鎖は凄まじい成長速度で戦闘技術を会得しているし、唯和も簡単な鬼道くらいなら連発してもバテなくなっていた。
結斗は持ち前の運動神経もあり、一般隊士たちに交ざって試合形式での稽古を頑張っている。鏡哉と琲眞に至ってはさっくりと始解にこぎつけ、璃鎖たち同様、使いこなすための練習をしていた。
一方、落ちこぼれの僕だ。相変わらず斬魄刀は解放できないし、非力な腕では刀での打ち合いなど大した意味はない。
鬼道に関しては雛森副隊長の教えもあり、三十番台のものを撃てるようにはなってきた。しかしそれでも霊力量がまだまだ少ない上に、威力も低い。
何もかも、実戦では使い物にならない体たらくだった。自分があまりに不甲斐ない。
こんなありさまで、どうして唯和や鏡哉にあんな偉そうなことが言えたのだろう。日に日に二人と目が合わせられなくなっていく。まあ、二人は僕のことなど気にかけず自分たちがやるべきことを頑張って立派に成果を出しているのだが……。
「はぁ……」
「疲れたよね。今日もお疲れ様」
もはや恒例となった居残り練習を終えた帰り道、思わずこぼれた溜め息に藍染さんが反応した。
「大した成果も出ていないのに、体はしっかり疲れるので複雑です……」
「焦っても仕方ないさ。ゆっくりと君の調子で進めていけばいい」
それができないから悩んでいるのだ。主にあなたが原因で。
「早く斬魄刀を提出しろと、涅隊長からせっつかれていたりはしませんか?」
「ははは、君が気にすることじゃないよ」
「されているんじゃないですか」
藍染さんはわかりやすく顔を逸らした。嘘が上手い人がそんな下手な誤魔化しをするものか。
こういうところでわざと失敗したように見せて親しみを感じさせているのだろうか。それとも、のろまな僕に対する当てつけか。どちらにしろ背筋が伸びる思いだ。
「君の斬魄刀は素晴らしい能力を持っていた。何かきっかけでもあれば、すぐに始解までこぎつけると思うよ」
「きっかけ、と言われましても……」
斬魄刀の成長に関わるきっかけなんて、実戦にでもならないと無理ではないのだろうか。
一般に、霊力は魂魄が消滅の危機に瀕したときにもっとも上昇しやすいので、斬魄刀の解放も近しい状況になるのが一番の近道だろう。知識のサンプルが特大イレギュラーの黒崎さんだけなので詳しいことはよくわからないのだが……。
斬魄刀の始解には「対話」と「同調」が必要だ。精神世界で本体と対面できれば対話はクリアできると思う。
問題は……。
──対話はともかく、同調がなぁ……。
僕の予想が正しければ、対話よりも圧倒的に同調が難しいと思う。
単純な話、斬魄刀と同じ方向に気持ちを向けるということだろう?
──どう考えても、絶対に反りが合わない……。
だってそうだろう。もし、斬魄刀が僕と同じ気持ちでいてくれるのなら、僕はとっくに斬魄刀を自分の意志で手にしているはずだ。
できるとすれば、それは似たような思考ができる人間だ。たとえば、同じように僕と真反対の性格の人間とか──そう、たとえば唯和のような。
あぁ、そういえば。前に唯和が言っていたな。
──「どう考えても、『先輩』は橙亜を守ってるんだと思うけどぉ~?」
唯和が便宜上「先輩」と呼んでいる悪霊──ずっと昔に僕に取り憑いて、どうしてか「存在しない僕の兄」を自称している
直接顔を合わせたことはないのでわからないが、どうせ女だろう。たまに頭に声が響いてくるときの一人称が「あたし」だったし……。
──じゃあ、一人称が「僕」の橙亜はどうなるんだよ──
反射的に顔を上げた。勢いが強かったのか、隣の藍染さんが身動いで「どうかした?」と尋ねてくる。
「いえ、すみません。不愉快な幻聴が聞こえた気がして」
「頑張りすぎたかな? 今日は早く眠るといい」
藍染さんの腕が僕の肩に回される。労るような素振りで、自然と僕たちは向かい合った。
静かな月明かりの下、僕は藍染さんを見上げた。耳を澄ませば吐息が聞こえそうな距離だ。
「……あの」
「ん?」
肩に回る手に、自分の手を重ねる。──どうしよう。これ、思考を誘導されているとかではないよな。
まあ、それでも。一番
「一度、僕を殺すつもりで戦ってもらえませんか?」
「────」
藍染さんは少しだけ目を見開いた。それから僕の両肩に手を置いて、しっかりと視線を合わせるように身を屈める。
「理由を聞いてもいいかな?」
「始解のきっかけになるかもと思いまして」
「そうまでして、焦る理由があるのかい?」
「いつまでも隊長さんに負担を強いるわけにはいかないでしょう」
「負担ではないよ。隊長として当然のことだ」
意外としっかり反対されている。てっきり、不審人物を処理する体のいい理由とばかりに乗り気になってくれるのではと期待していたが、そこまで軽率ではなかったようだ。
しかしながら、ここは「優しい藍染隊長」のロールを一旦横に置いてほしい。本当に僕には時間がないのだ。他でもない、藍染さんのせいで。
だから、多少のリスクは取らねばならない。いつまでも悠長に時間はかけられない。
藍染さんが相手なら、万が一僕を殺してしまったとしても全然気にしないだろうし、護廷十三隊に対しても上手く誤魔化してくれるだろう。過去には三席を市丸さんに殺させて平然としていたのだ。一般隊士の僕の死亡記録をどうこうするのは容易いだろう。
まあ、璃鎖たち五人を誤魔化すのは不可能だろうが……僕が死んだところで彼ら彼女らの人生にさしたる影響があるはずもなし。僕を惜しみつつもたくましく自分たちの人生を生きていくことだろう。
「鐘威くん、僕は真剣に話しているんだ。ちゃんと聞いているかい?」
「もちろん、聞いていますよ」
「本当に、これは命をかけてまでやることかい? どうしてそこまでする必要があるんだ」
「そう言われましても」
それこそ、「あなたに対抗するために」なんて言えたらいいけれど。
そんな強い言葉は使えない。僕は、彼の両目を射抜くように見上げた。
「やりたいことをやり遂げるためには、必要なことです。今、戦う力を手に入れられないのなら、それは『やり遂げられない』と同義で、僕は死ぬよりつらい思いをするでしょうし」
だから、そうなるくらいならここで命をかけてみるほうがいい。
「もちろん、死にたくはないので全力で抵抗しますよ。これはあくまで、斬魄刀を手にするための荒療治なのですから」
──あの悪霊が本当に「僕を守っている」のなら、「鐘威橙亜を生かそうとすること」が僕たちが同調できる唯一の着地点だろう。
藍染さんはしばらく沈黙を保っていたが、僕が引く気がないことがわかると、顔を覆って溜め息をついた。
「君が頑固なのは知っていたつもりだけど……ここまでとは」
「引き受けてくださいますか?」
「わかったよ……僕が断っても、陰でこっそり他の人に頼まれては敵わないからね」
彼は困ったように笑い、再び歩き出した。遅れて僕もついていく。
「じゃあ、明日時間を作るよ。雛森くんたちには……内緒にしておこうか。心配させるといけないから」
「そうですね。僕も怒られそうなので、唯和たちには内緒にしておきます」
「うん、それがいい」
そんなわけで、我ながらとんでもない約束を取りつけた僕たちは、何食わぬ顔で隊舎へと戻ったのだった。
*
そして、翌日。
僕と藍染さんは瀞霊廷を離れ、郛外区──通称・流魂街の外れにやってきていた。
「瀞霊廷内だと、誰かに止められるかもしれないからね。それは君も本望じゃないんだろう?」
「そうですね。やるなら思いっきりやったほうが逃げ道もなくなり、覚悟も決まるのではないでしょうか」
鬱蒼とした森を抜けた先にある、小高い丘。ルキアさんが海燕さんに稽古をつけてもらった西流魂街の鯉伏山ではないけれど、似たような場所だ。戦うには十分な広さがある。
周囲に人の気配は一切ない。近くの集落までは歩いて30分ほどかかるだろう。
まあ、僕はここまで藍染さんに抱えられ、瞬歩で連れてきていただいたのだが。
「申し訳ありません。お手数をおかけして」
「そんなことはないよ。たまにこういうことでもないと鈍ってしまうからね」
そう言うと藍染さんは周囲に結界を張り始めた。念入りなことだ。
「そんなにじっと見つめられるとやりづらいな」
「そうなんですか?」
「斬魄刀の件が上手くいったら、今度は結界の張り方を教えようか」
「……フラグみたいですね」
「うん?」
何でもないです、と首を振り、僕は広場の中心に向かった。結界を張り終えた藍染さんも後ろに続く。
中心で僕たちは向かい合った。僕は手ぶらで、藍染さんは自らの斬魄刀──鏡花水月をその手に持って。
「本当に、いいんだね?」
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」
僕はまだここで死ぬわけにはいかないわけだが、それ以上に、藍染さんの始解を警戒せねばならない。
彼が少しでも解放の素振りを見せたら、どんな状態であれ目を閉じるぞ。たとえ目の前に刃が迫っていようとも。
「…………」
刀を構える藍染さんを前に、やはり、ちょっと無謀だったような気がしてきた。
いや、今さらやめてくださいとはとても言い出せないのだが、人選はもう少し熟考すべきだったのではないだろうか。本当に、どうして昨夜の僕はあんな提案をしてしまったのだろう。なんだか、こう……むしゃくしゃしていたというか、ついつい勢いで思わず──。
「うわっ」
眼前で振り下ろされた藍染さんの一太刀をとりあえず右に避ける。稽古歴一週間未満の僕でも視認できる速度だった。おおいに手加減されている。
体勢を立て直そうとしたところに、続けて攻撃。転がるようにまた避けて、その先にもまた攻撃があって、避けて、避けて、避けて、避けて。
障害物競走とマラソンを同時にやっている気分だった。しかも、攻撃の速度はどんどん上がっていく。マラソンではなくシャトルランだったかもしれない。
体が重い。息が上がる。僕は、あっという間に極限まで追い詰められた。
この稽古が始まってからまだ五分も経っていない? そんなバカな。もう三時間は走ったような疲労感だ。
足を止めたら、その瞬間に命が終わる。藍染さんから感じる霊圧のプレッシャーがそう言っている気がする。
殺される。このままでは、本当に殺される。
早く出てこい、僕の斬魄刀。ここまでやっても出る気配もないのなら手詰まりだ。
これ以上、一体、何をすればいい?
「──あっ……!」
足先が、何かに躓いた。地面に転がる小石だ。疲労で想定より足が上がらなかった。
眼前にはすでに藍染さんが待ち構えている。右手で刀を振り上げ、感情の読めない無表情で見下ろしている。
避けられない。避けるにはもう一拍遅い。振り下ろされる刃がこちらに近づいてくる。いや、そもそも僕の体が前に倒れている。
──斬られる。
しかし、刀は僕の左に逸れていった。疑問に思う間もなく、藍染さんの左手が────僕の喉元に、届いた。
「え────」
呼吸が止まる。体が硬直する。目の前が、真っ暗になる。
「ぐっ、が……ぁ!」
地面に崩れ落ちるところだった体は、喉を掴まれて中途半端に止まる。
息ができない。そんなに強い力じゃないのに、呼吸が阻害されるほど強く絞められているわけじゃないのに。
それでも、僕は息ができなかった。彼のせいじゃない、
頭痛がする。頭が、割れるように痛い。暴れている。中で、
意識が引きずり込まれる。アシッドワイヤーさんのときのように。
最後の力を振り絞って、無我夢中で手を伸ばした。別に目的なんてない。苦しみから逃れるための反射的な行動だった。
不明瞭な視界に、ぼんやりとその光景が見えた。目を閉じる、意識が途切れる、その一瞬に。
右手で僕の手を取った藍染さんが、確かに微笑んだのを──。
*
──バシャン。
水に落ちたような感覚があった。
ゆっくりと、沈むように体が降りていく。
けれど、呼吸は苦しくない。先ほどまでの反動で、深く深く深呼吸を繰り返す。
……《L.C.L.》の中って、たとえばこんな感じなのだろうか。いや、それにしては月面のような浮遊感だから違うのか。
月面も、別に経験したことはないのだけれど。
落ちていく。落ちていく。
水底へ。中心へ。
周りには他に何もない。深海のような闇が周囲に広がっている。そんな真っ暗な底に、誰かがいる。
黒い着物に、橙色の袴。全身には鎖が巻きついている。白い髪を後頭部でまとめてなびかせ、顔面には──虚のような白い仮面をつけていた。
足裏に床のような感覚があって、着地する。
向かい合ってみるとよくわかる。間違いなく、僕と変わらない背丈の少女だった。
「よくも……そんな風貌で『兄』を自称できましたね……」
『おや、人を見た目で判断するのはよくないよ。橙亜』
彼女の仮面は顔の上半分が隠れるタイプだった。なので、僕とは対照的な楽しげに笑う口元がよく見える。
「偉そうなことを言わないでもらえますか?」
『なんだよ。直接言葉を交わすのは初めてだっていうのにつれないね。お兄ちゃんは寂しいよ』
「僕に兄はいません」
『知っているよ。だって、あたしが持ってる記憶だからね』
意味がわからない。やはり「悪霊」とまともに会話が成り立つわけもないか。
「単刀直入に聞きます。あなたが僕の斬魄刀の本体ですか?」
『そうらしいね。あたしは橙亜の斬魄刀に取り憑いて、そのまま本体の位置に置かれたらしい』
「どういうことなんですか……」
『別に、おかしな話でもないんだろう? 黒崎一護の斬魄刀だって、元をたどれば外から取り憑いた悪霊みたいなものだ』
「黒崎さんとは事情が違うと思いますけど……」
まあ、ともかく。彼女が僕の力の源らしいのは確かだろう。こうして僕の精神世界(なのかどうかは知らないが)にいるわけだから。
「あなたが僕の斬魄刀に類するものだと言うなら、さっさと名前を教えてください。僕には時間がないんです」
『やだね。そもそも、あたしに
「あなたにはなくとも、斬魄刀にはあるのでしょう? あなたが始解をしたのは聞いていますよ」
そう言うと、彼女はそっぽを向いた。
『今の橙亜が始解のために必要なのはあたしとの同調だろう? けど、無理だよ。今のあたしは、今さっき橙亜を殺そうとした藍染惣右介を殺したい気持ちでいっぱいだ。これに同調できるのかい?』
「藍染さんに殺す気でやってくれと頼んだのは僕ですよ」
『そうだよ! あたしは橙亜にムカついてるの! あたしと橙亜の感情は、いつだって正反対だ! 同じ方向を向くことなんて一生ないんだ!』
先ほどまでの落ち着いた態度とは一変、感情的に叫ぶ彼女の姿に一歩、後ずさる。
しかし、僕も負けてはいられない。
「あの、あなたが力を貸してくれないとそれこそ僕は殺されてしまうんですけど、それでいいんですか?」
『いいわけないだろ!?』
「じゃあ早く名前を教えてください」
『やだやだやだやだ! 橙亜の嘘つき! 人助けとか、本当はどうでもいいくせに!』
「子供ですか、あなたは!?」
『橙亜は他人を助けて、あわよくば自分が死ねばいいと思ってるんだ! そういう死に方なら褒めてもらえるって! 自分が死ぬために他人を利用してるんだ!』
ビクリ、と目元の血管が疼いた気がした。
「誰にも死んでほしくないと思ってるのは本心ですよ」
『そうだね! 自分が誰よりも死ぬべきだと思っているから、他の人間が自分よりも生きているべきだもんね! 何それ!? 全然助ける相手のこととか考えてない!』
「知った風な口を……!」
『知ってるよ! 決まってる! あたしは橙亜が生まれたときからずっと一緒だったもん!』
そうだとして、それの何が問題なのか。
いいじゃないか。僕がそうしたいのだから。
僕の人生なのだから、僕の好きなように生きていいじゃないか。
そうやって生きて死ぬのが、僕にとっての幸せなのだ。
「悪霊のくせに、僕の生き方にケチをつけるな……!」
『橙亜の頭にあるのは立派な死に方だけだ! 生き方じゃない!』
彼女は床を蹴って、こちらに飛んできた。水中のように緩慢な動きで、僕の両肩に飛びつく。
『本当に、ちゃんと生きるつもりがあるのか!? 橙亜が幸せに生きていてくれることが、お兄ちゃんの願いなのに!』
「だったら、文句ばかり言ってないで僕を手伝ってくださいよ!」
『橙亜が嘘をつくから!』
「……!」
この悪霊は、本当に。自分の感情を叫ぶばかりで、こちらの話を全然聞いてくれない。
僕は彼女の胸ぐらを掴んだ。すると、彼女が目を見開いたのが仮面の隙間から窺える。僕の両肩を掴んでいた彼女の力が緩んだ。
彼女が怯んだのをいいことに、僕も苛立ちを彼女にぶつける。
「嘘なものか! みんなが生きていてくれるほうが幸せだって、どうしてわからないの!? あなただって……!!」
『っ……! あたしはどうでもいい!』
「うるさい! この、わからず屋!」
突き放すと、彼女は後ろに倒れ込んだ。仮面の隙間から、こちらを睨み上げる鋭い瞳が見える。
『わからず屋なのは橙亜だ……。橙亜は、自分のことだけを考えていればいいのに……!』
「だから、僕はずっと自分の都合しか考えていませんよ。あなたが言ったんでしょう? 『相手のこととか考えてない』と」
そう言うと、彼女は口をつぐんだ。普段は唯和に口で負ける僕に、こんなに呆気なく言い負かされるとは……。
────本当に、バカな■だ。
僕はスタスタと歩み寄った。座り込んでいる彼女に向かって、右手を差し出す。
「いいじゃないですか、人助け。たったそれだけのことで僕は幸せになれるって、言ってるんです。だからさっさと、僕の幸せのために手を貸してください」
しばらく、沈黙が続いた。
たっぷりと視線をさ迷わせたあと、彼女は大きく溜め息をついた。
『…………はぁ……しょうがないな。あたしが手を貸さなきゃ、生きられないなんて……』
「人間は一人では生きられないものですよ」
『死んだ人間の手なんか借りるな』
「死神が存在する世界で、それを言うんですか?」
『……それもそうだね。じゃあ《ここ》だけ、特別だ』
そして彼女は、僕の手を取る。
『橙亜の斬魄刀の、名前はね』
次いで、その名を口にした──。
*
「──写し取れ、『
水面に上がったように、視界が明るくなる。
周囲に自分の霊圧が渦巻いて、土煙が舞っている。いやそれだけではなく、霧も出てるのか。
右手の中には硬い感触。黒い柄が伸びる先には、大きな刃がついている。反対側には黒崎さんの天鎖斬月のように鎖が伸びているが、彼のものよりは少々長い。
「わぁ……」
地面に突き立ててみるとよくわかる。僕の身長よりも大きな大鎌だ。
話には聞いていたが、これで刃を交えるのは戦闘初心者の僕には無理ではないだろうか。両手でなければまともに扱えない気がする。そもそも直接戦闘タイプなのかなこれ……。
「──おめでとう。上手くいったようでよかった」
周囲に漂う霧の向こうから拍手の音が聞こえた。徐々に大きくなり、そして、藍染さんが目の前に現れる。
藍染さんは腕を組みながら、僕の斬魄刀を上から下まで見やった。
「斬魄刀の能力は、思い出したかな?」
「いえ、それはまだ……」
そういえば、悪霊は能力についての説明はしてくれなかったな。面倒くさがったか?
横目で斬魄刀を睨んでいると、その柄に藍染さんの手が触れた。
「君の斬魄刀は、霧に紛れて刈り取った相手の姿や霊圧を写し取って、そっくりそのまま自分の体に再現することができる。写し取るときに殺傷能力はないみたいだ。鐘威くんらしいね」
つまり、それは。
「相手の姿をコピーする能力、ってことですか?」
「そういうことになるね」
もう一度、まじまじと「水猫」を見た。
藍染さんの説明が全て真実かどうかはあとで悪霊本人にどうにかして尋ねて確かめるとして、コピー能力。コピー能力かぁ。
「姿を写し取った相手でなければ再現はできないんですよね?」
「そうだね」
「写し取るためには相手に接近して一太刀浴びせる必要がある……んですよね?」
「うん」
「…………普通に攻撃したほうが、早いのでは?」
「実はそうなんだ」
たまらず、といったように藍染さんは噴き出した。肩を震わせて笑っている。……ちょっと笑いすぎでは?
「えぇ……どうやって戦うのがセオリーなのでしょう……そもそも戦闘向きではないんでしょうか?」
「そうだね……どちらかと言えば集団戦のほうが向いていると思うよ。昔の君は、解放時に現れる霧を乱反射させて敵を撹乱し、霧に紛れて写し取った敵の姿を利用して同士討ちのようなこともしていたね」
「それは……また、何と言うか……」
僕は視線を落とした。それはまるで、「霧と水流の乱反射で敵を撹乱させ同士討ちさせる」と瀞霊廷中に喧伝していた藍染さんの偽りの斬魄刀の能力のようではないか。
僕の斬魄刀についてやたらと褒めていたのはそのせいだろうか。なんとも複雑な気分だ。
「鐘威くんはまだ思い出せていないだろうけど、実は僕の斬魄刀と君の斬魄刀は似ているんだ。だからか、親近感が湧いてしまってね。よく君に稽古をつけていたんだよ」
「へぇー……一緒に戦っていたりとか……していたり、したんですか?」
「そういうこともあったかな」
藍染さんはにこやかに言った。
──まずい。この話が本当ならば、過去の僕はがっつり鏡花水月の解放を見ているはずだ。
もしも今、鏡花水月の能力を使われていたら、完全催眠に陥る条件を満たしていない僕には効果がない。今の僕が過去の僕と別人である証拠になってしまう可能性がある。
昔の僕の戦い方を教えてくれたのは、あるいはカマかけの一種だろうか。あぁもう。藍染さんの考えなど僕にわかるはずもないのだから考えても仕方がないことは十分に理解しているのに、事あるごとに疑念が過ってしまう。
「せっかくなら、僕で試してみるかい? 今のうちに感覚を掴んでおいたほうがいいだろう」
「……え? 何をですか?」
「相手の姿を写し取って、再現してみることさ」
藍染さんは笑みを深めた。僕が返事をする前に、大鎌が引っ張られる。
彼は峰の部分を持ち、おもむろに自分の喉元に刃をあてがった。
「な……!? 何を……!」
「大丈夫。写し取るだけなら、相手を傷つけることはないよ」
藍染さんは笑顔を浮かべたまま、「もっとも……」と続けた。
「君が僕を殺したいと思っているのなら、能力を発動させずにこのまま首を刎ねることも可能だろうね」
──何を、言っているんだ。この人は。
柄を握る手に、嫌でも力がこもる。少しでも動かせば、彼の首筋に刃が食い込むのだろう。僕たちの霊圧差を考慮しなければ、の話だが。
僕をからかっているのだろうか。目的がよくわからない。まさか、殺されたいというわけではないだろう。
「さぁ、早く斬りたまえ」
「…………」
睨め上げるような気持ちで藍染さんを見る。
僕は、左手を彼の前に差し出した。藍染さんはわずかに首を傾げる。大鎌のほうに傾けたので、柔らかそうな髪が刃に触れた。
「……手を。できれば利き手ではないほうで」
そう言うと、藍染さんは眉を上げた。ゆっくりと左手が僕の斬魄刀を離れ、握手をするかのように差し出される。
その左手を小指だけ残して握り、僕は大鎌を彼の首から離した。片手で峰の部分を持ち、刃先を藍染さんの小指に添える。
小指の先のほんの少し、爪の横の薄皮一枚を狙って刃を当てる。斬魄刀の刃が数ミリメートルほど彼の中に沈んだことを確認し、僕は彼の手を放した。
「お手伝いいただき、感謝します。感覚がよく掴めました」
「君は……まったく……」
藍染さんは、仕方なさそうに肩を竦めた。そして、右手を僕の頭の上に乗せ、左右に動かす。
「鐘威くんは優しいから、たとえ怪我をしないとわかっていても他人を斬るのには抵抗があるだろう? そこを少しでも解消できないかと思ってね……」
だとすれば試し斬りの意図は理解できたが、わざわざ首に刃を向けたのはなぜなのか。
──僕が藍染さんを殺したいと思っていると、思っていたのか?
仮に藍染さんを殺しても、僕が得することは何もない。直近のルキアさんの処刑や彼の反乱におけるゴタゴタは止められるかもしれないけれど、そのあとに待ち構える戦いには藍染さんの力が必要不可欠だ。
そもそも、僕は誰かを殺して何かを解決しようという短絡的な考え方が好きではない。そう、これは藍染さんにしてもそうだ。どうして悪い人というのは、誰も彼もを殺して済ませてしまうのだろう。その人間が重要な人物だったらどうするのか。自分一人で全てに対応できるから必要ないとでも? なら無人島か、他の生命のない星にでも移住して一人で暮らしていけばいいのに……。
「すまない……君を怒らせたいわけではなかったんだ……許してくれないだろうか」
「……別に僕の許しなんて必要ないのでしょう?」
「そう言わずに……あぁ、ほら。僕の姿を再現してみるといい」
空気を変えるように藍染さんは提案してきた。
言いたい文句はたくさんあったが、残念ながら軽口を叩けるような間柄ではない。文句は全て呑み込んで、僕は斬魄刀に霊圧を込めた。
「目を閉じて、頭の中に僕の姿を思い浮かべて……」
言われた通りにやってみる。目を閉じて、体中に霊力が行き渡っていく。
全身が霊力の薄い膜のようなもので覆われた感覚があった。目を開ける。──視線が、高い。
「お見事。まるで鏡を見ているようだ」
藍染さんは拍手をしながら笑った。先ほどまで見上げていた藍染さんの顔が、真ん前に見えている。
自分の姿を見下ろすと、黒い死覇装に白い隊長羽織を着た男性の体が見えた。腰には彼の斬魄刀もある。
触ってみると、実体を感じた。しかし、手のひらの感覚は手袋を着けているようにぼんやりとしている。感覚としては、人間の着ぐるみを纏っているような感じなのだろうか。視界が高いのはVR空間のようである。
「これって……僕の表情は反映されていますか?」
「うん、とても無表情だね」
「ちなみに、人間の顔は実は左右非対称なので、鏡で反転したものを見るのと、写真などで反転していないものを見るのとでは違和感を感じるそうですよ」
自分の口から発せられる藍染さんの声に違和感を感じつつ、表情を動かしてみる。といっても、普段から無表情な僕だ。まともに反映はされないのだろうが……。
「鐘威くん……僕の顔で遊ぶのはちょっと……やめてもらえないかな……」
「あれ、反映されているんですか?」
困ったような顔の藍染さんに苦言を呈された。ペタペタと顔を触って確かめてみると、確かに普段の僕よりも大幅に表情筋が働いている。
「僕の肉体の動きというより、動こうという意志に反応して再現している形なのでしょうか」
「そういうことだね。ちなみに、斬魄刀は持ち主が解放している状態のときに写し取れば、解放後の再現は可能だ。能力は使えないけどね」
なぜ藍染さんのほうがこんなに僕の斬魄刀の能力に詳しいのだろう。
同じ隊に所属しているのならこのくらいは当たり前なのだろうか。まあ、普通は共闘する仲間なのだから情報共有するのは当然か。それ以外の理由があったら……嫌だなぁ。
「これって、霊圧も再現されているんですよね? 僕の霊圧量では、とても隊長のものを再現できないと思うのですが……」
「確か、周囲から霊子を吸収して使っているんじゃなかったかな」
「それは……」
──ぐきゅるるる~……。
「…………」
「…………」
奇妙な虫の鳴き声のような音がして、沈黙が下りた。奇妙な虫というか……その、腹の虫というか……。
サッと、自分の腹を押えた。にっこりと笑っている藍染さんから目を逸らし、始解を解く。腰に収まる自分の斬魄刀を凝視して、この気まずい空気をどうやり過ごしたものかと必死に頭をひねった。
まあ、そんな努力も空しく。藍染さんは容赦なく口を開いた。
「あれだけ頑張ったんだ、空腹だよね。お昼にしようか」
「はい……」
朝食を食べてからそんなに時間は経っていないのだが、始解を会得するためにこんなにエネルギーが必要だったとは。仕事量で言えば藍染さんのほうが大変だろうに、真っ先にこちらが音を上げるのはちょっとばかり恥ずかしい。
藍染さんは近くの木陰に腰かけた。手招きをされたので、僕もその隣に腰を下ろす。
すると、藍染さんは懐から包みを取り出した。
「それは……」
「簡単なものだけど、用意しておいたんだ。口に合うといいけど……」
そう言って、手渡される。包みの中はおにぎりだ。シンプルながらも形が整っている。
両手で持って、口に運ぶ。一瞬だけ、毒か何かを盛られる可能性が頭を過ぎるが、そんな手間をかけるくらいなら初日のうちに斬り殺したほうが早い。遠慮なく口内に放り込んだ。
「……美味しいです」
「それはよかった」
笑って、藍染さんもおにぎりを手に取った。二人揃ってもぐもぐとおにぎりを頬張る。美味しい。空腹であるからか、よりいっそう美味しい。
誰に作らせたのだろう。まさか藍染さんの手作りというわけではないよな。いやしかし、他人にやらせるくらいなら自分の手でやるのか? わ、わからない……。
一週間程度を一緒に過ごしただけで人となりが把握できるなら、人間関係の苦労などこの世には存在しない。しかし、それにしたって藍染さんの考えはよくわからない。わからなすぎる。
僕のような人間には、一生理解できないのだろうか。それはそれで、ちょっとばかり寂しい気持ちにはなる。
なんて、そもそも僕なんかに理解されたくはないか。その役目は、将来的に黒崎さんが果たしてくれるだろう。
おにぎりを食べ終わってほどなく、僕たちは瀞霊廷へと戻った。
たかだか数時間離れていただけだというのに、隊舎前までやってくると懐かしいような感覚に包まれる。それなりに濃い時間だったせいだろうか。
何にせよ、僕にとって五番隊隊舎は落ち着ける場所になってきているようだった。
隊舎に入ろうと入り口に向かう。しかし、藍染さんは途中で足を止めた。
振り返ると、彼は片手を上げて身を翻した。
「僕はちょっと出かけてくるよ。もし雛森くんに会ったら、そう伝えておいてもらえるかな」
「具体的な内容は伝えなくて大丈夫ですか?」
「うん、気になることがあってね。調べ物をしてくるだけだから……」
そう言うと、藍染さんは瞬歩で姿を消した。
これからのことに関わる用事か、はたまたなんてことのない用事なのか。
相変わらず僕には判断がつかない。だから、僕は僕の知る《未来》を信じて、頑張るしかない。
「……よし、自主練をしますか」
呟いて、道場に向かって歩き出す。
ルキアさんの処刑日まで、残り──一週間。
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