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「じゃあ……ボクは四番隊だから、ここで」
救護詰所から出ると、控えめに手を上げながら鏡哉が言った。なるほど、実家が病院だった鏡哉にはぴったりな隊だ。よく似合う。
別れ際、藍染さんから少し離れたところで、鏡哉は改めて僕に忠告を伝えていった。
「《今の時期》に四十六室の命令で保護だなんて怪しすぎるでしょ? 本当に本当に気をつけてね。大人しくやり過ごして、なんとか帰る手立てを見つけよう」
「怪しまれないように通常業務に勤しんでいるだけのような気もしますが……」
そういえば、鏡哉たちにはまだ僕たちの《この世界》での「
彼らも斬魄刀を持っているなら、僕よりよほど戦力になる。協力してもらえたら嬉しいなぁ、などと考えながら、逃げるように(おそらく藍染さんから)去っていく鏡哉を見送った。僕以上に小心者だな、彼は。
「んじゃ、俺たちもここで。とりあえず元気にやれよォ、お前ら」
「結斗と琲眞はどこ所属なんですか?」
「俺は予想ついてると思うが六番隊。琲眞は……」
「二番隊だ」
結斗が六番隊で、琲眞が二番隊。璃鎖たちも僕とは別の隊のようだし、これは見事に全員バラバラに分かれる予感だ。
今までずっと一緒にいた分、少しばかり心細くなる。知らない世界に一人で放り出されるなんて、特に璃鎖辺りは不安だろうと様子を窺うが、本人は物珍しい目で周囲の景色を見回して笑っていた。全然元気だね。
オレンジ色に染まり始めた空をバックに結斗たちの背中を見送った。彼らはすっかり慣れた様子で、それぞれの隊舎への道を歩いていった。
しばらくすると、反対側の道から人影が近づいてくるのが見えた。内心で驚く僕をよそに、藍染さんがにこやかに声をかける。
「やぁ、東仙隊長に檜佐木くん。わざわざ来てもらって悪かったね」
現れたのは九番隊隊長、東仙要。そして副隊長の檜佐木修兵だ。二人は会釈して藍染さんに挨拶を返す。
十三隊のうちのどの隊が現れても驚くことに変わりないのだが、それでも藍染さんのいる場に東仙さんが現れたことに僕の心臓はおおいに跳ねた。そんな僕をよそに、東仙さんは璃鎖に近づいた。
「久しぶり、璃鎖。君の周りは変わらず、風のように純粋な空気をしているね」
「えっ、久しぶり……なんですか?」
声をかけられた璃鎖はきょとんとする。隣の唯和が声を潜めて「ナンパか?」と呟いた。真面目な東仙さんに限ってそれはないと思うが。
「君は私と同じ九番隊でね。何度か話したことがあるんだ」
「へー、そうなんだ!」
「おいコラ、隊長に向かってタメ口はやめろ。失礼だろ」
僕より先に檜佐木さんが口を開いた。璃鎖は「あ、ごめんなさい」と謝り、東仙さんが「かまわない」と笑う。
「改めて、九番隊隊長の東仙要だ。よろしく。彼は檜佐木修兵、副隊長だよ」
「よろしくお願いします! 東仙隊長と、檜佐木副隊長!」
璃鎖は元気よく頭を下げた。深々と下げたために身長が半分くらいに折り畳まれる。
それを見た檜佐木さんが、ボソリと言葉をこぼした。
「それにしても……チビだな、お前」
「チ、チビって言うなー!」
くわっ! と顔を上げ、璃鎖は飛び跳ねて全身で抗議した。僕たちに比べて小柄な璃鎖は、身長が低いことをとても気にしていた。
さすがの迫力に、檜佐木さんも「わ、悪い……」と謝罪の言葉を口にする。その光景を唯和が肩を震わせて笑っていた。普段から、唯和や結斗が事あるごとに璃鎖の背が低いことをからかっているから過剰に反応するようになってしまったのに、そこら辺の罪悪感はこの女にはないらしい。
はたして上手くやっていけるのか不安だが、璃鎖はぷりぷりと怒りながらも東仙さんたちとともに去っていった。……まあ、変に萎縮するよりはいいのかもしれないと前向きに考え、彼女の安寧を祈っておく。なんだかんだで、適応能力は高いのが璃鎖だ。
「──すんません。もしかして遅れました?」
不意に、背後から軽薄な調子の声がした。驚きと、背筋を這い回るような悪寒によって思わず肩が震える。
唯和と同時に、おそるおそる振り返った。銀髪のひょろりとした印象の男が立っている。糸目でどこを見ているのかわからない目と目が合ったように感じたとき、彼は「あれ?」と呟いて、口角をつり上げた。
「やっぱり、橙亜さん? 久しぶりやね! 元気やった?」
「えっ……と……」
予想外の「さん」づけで僕を呼んだのは、三番隊隊長の市丸ギンだ。鎌首をもたげるようにこちらを覗き込んでくるさまはまさに蛇のようで、わずかに後ずさる。
「相変わらず何考えてるかサッパリな顔やなァ、橙亜さん。懐かしいわ」
なんだか楽しげな様子だが、そんな風に親しげに声をかけられてもこちらとしては初対面なので。
「あの……あなたのほうが年上でしょうし、その呼び方はちょっと、驚くと言いますか……」
おずおずと告げると、市丸さんは笑みを浮かべたままで眉を上げた。
「あァ、すんません。ほな、橙亜ちゃんでえぇかな。なんや、変な感じやなァ……ボクが五番隊におったとき、しょっちゅう橙亜さんに日頃のちょっとした行いを注意されててん」
「うわ~、橙亜っぺ~」
つまらなそうに唯和が言い捨てた。これは、明らかに面倒なタイプの人が自分の隊長だったことでテンションが激落ちしているのだろう。そんなあからさまな態度には出さないでほしい。子供じゃないのだから……。
しかし、市丸さんは気にした様子もなく唯和に手を振った。
「こっちの子がボクの隊か。三番隊隊長の市丸ギンや、よろしゅう」
「どうも、蜜江唯和で~す。お世話になりま〜す」
「おもろい子やね、仲良うしてや」
「こちらの台詞ですかねぇ~、そちらこそおもろ……いい性格してらっしゃいますねぇ~?」
唯和はわざとらしい笑顔で返した。言ってはなんだが、二人とも性格がいいわけではないので逆に波長は合っているような気がする。会話を聞いているこちらがハラハラすることになるけれど。
お互いに笑顔で会話のラリーを続ける二人から、僕はそっと目を逸らした。これなら本性を隠している藍染さんのほうがまだマシではないだろうか。
横目で見た藍染さんは、「二人とも仲良くやっていけそうだね」みたいな様子でうんうんと頷いている。それはそれでやりすぎなのでは? と思ったが、とても指摘できる状況ではなかった。
──それにしても……市丸さんが五番隊にいたときということは……。
少なくとも、「過去の僕たち」が護廷十三隊に在籍していたのは110年前以降、ということになるのだろうか。
尸魂界の歴史で見れば最近寄りだ。資料が残っていないこともないだろうし、顔見知りの隊長格もまあまあいるだろう。その気になれば、情報は全然集められそうだ。僕たちが自由に動けるなら、の話だが。
市丸さんが僕を「さん」づけで呼んでいたということは、彼のほうが年下だったときの時系列である可能性が高い。そうなると、市丸さんが五番隊の副隊長として阿散井さんたちの現世実習に現れたときよりは前と考えていいのか? ざっとおおまかに50年前くらいだとすると──。
──僕たちが護廷十三隊に所属していたのは……110年前から50年前のあいだ。
息を吐き、首を振った。時期がわかったところで、「過去の僕たち」の行方がわからなければどうしようもない。ひとまずはここでの過ごし方に思考を注力せねば。
「ほんなら、ボクらはこれで。またね、橙亜さん。あァ、橙亜ちゃんやったっけ……どっちでもええか」
市丸さんはニヤニヤと笑いながら、わざとらしく僕の隣を通り過ぎていった。その後ろを面倒そうに唯和がついていく。
僕は返答に困りながらも二人を見送って、そして途方にくれた。藍染さんと二人きりの空間などどうすればいいのだ。
そろりと藍染さんを見上げると、彼は優しい表情で僕を見下ろしている。また、背筋に寒気が走った。
「じゃあ、五番隊の隊舎に行こう。ちょっと歩くけど、大丈夫かい?」
「大丈夫です」
「無理そうなら僕が抱えていってもいいけど」
「本当に大丈夫なので、隊長さんのお手を煩わせるわけにはいかないので」
「遠慮することはないのに……頑固なところも変わらないね、君は」
藍染さんは肩を竦めて歩き出した。なんだか弄ばれているような気さえしてくる……なんて恨めしい気持ちになりながら、僕は彼の数歩後ろをついていった。
しばらく歩くと、五番隊の隊舎が見えてきた。
ここまでの道中は藍染さんが絶えず世間話のようなものを話し続けていて、こちらは相槌程度しか返す言葉の選択肢もないというのに、会話はほとんど途切れることはなかった。こういう気配りが相手の懐に入り込む秘訣なのだろうか。
しかし、僕は美容室ではあまり会話をしない(できない)タイプなので、はたしてこれが優しさだったのかは微妙なところだ。まさか、面倒な時期に面倒なポジションの人間が現れたことへの嫌がらせの可能性? 気配りができる人なら、反対に人が嫌がることも手に取るようにわかることもあるだろう。唯和みたいに。
──いや、わざわざ僕にそんなことをしている暇も興味もないだろうな。
藍染さんにとって、僕は足元を歩く蟻以下だ。彼の脅威になる力もなければ、計画の邪魔になる存在でもない。視界にも映らないものに嫌がらせをしたところで、空気を掴むことと同じだろう。つまり、無意味だ。
そもそも、彼の考えを推し量ろうという時点で履き違えている。出会ったばかりの人間の内心を読み取れるほど、僕は器用な人間ではない。《一方的に知っていた》とはいえ、実際に顔を合わせて、話して、交流を深めなければ理解には至らない。
彼のにおいも、右手に残った温度も、感触も、心臓の鼓動の音だって、僕は今さっき、初めて知ったのだから。
「着いたよ、ここが……ん? 何か?」
僕の視線に気がついて、藍染さんは首を傾げる。
その行動だけでなく、今に至るまでの彼の行動からも悪意は読み取れなかった。悪意が混在する余地がなかっただけかもしれないが、ないならないで、それは実に喜ばしいことだ。
考えてもわからない相手の思考の裏を──ましてや悪意を想像するなんて、そもそも失礼な行為だ。相手が悪人だからとその行動のことごとくに悪意があると考えるのは、少々浅慮である。
先ほどから恐怖を感じているのだって、彼の言動にというわけではない。いわゆる「本性」と呼ばれるものと大きくかけ離れているから、全てが嘘に見えて怖いのだ。
しかし、人によって態度を変えることは誰しもが当たり前にやっていることである。本音を隠して人当たりのいい態度で接すること自体は、悪ではない。嘘をつくのはいけないことだが、円滑に社会生活を営む上では、この嘘は正しい行為であるとも言える。
見かけ上の行動が内心とはかけ離れた嘘だったとして、それを判断できるのは本人だけだ。はたから見た行動に悪意が見えないのだとしたら、それは善意を持って行動したのと起きた事象は何ら変わらない。他人の僕に理解できるのは、客観的な事実のみである。
ならばこそ、彼を怖がるのは本性を見せてからでいいのだ。悪意を持って僕に接してきてからで、いいのだ。
考えても仕方のないことを考え続けるより、素直に受け取ってしまうほうが気楽である。あんまり怯えて不審に思われるのもよくないだろうし、他人を疑う罪悪感を持ち続けるのは、結構しんどいのだ。
「いえ……そんなにずっと話し続けて、疲れないのかと思っただけです」
「気を遣わせてしまったかな? 君が気にすることじゃないよ」
「それはこちらの台詞です。僕とあなたでは共通して盛り上がる話題もないので仕方がないのかもしれませんが……一人で話してばかりで、楽しいですか?」
「もちろん。君といられて楽しいよ。盛り上がれる話題がないのなら、これから増やしていけばいい。一緒に」
「僕とあなたでは視座が違いすぎて大変だと思いますけど……ずっとこちらを見下ろしているのも首が痛くなってしまいますし……」
「はは、物理的な話なのかい?」
「僕なんかを見下ろすより、上を見ているほうが格好いいですよ。なので本当、僕のことは気にかけていただかなくても大丈夫ですので……」
「……」
じっ、と先ほどまでの笑みを引っ込めて、藍染さんはこちらを見る。──あれ? 気に障るようなことを言ってしまったか? 当たり障りのない雑談を目指したのだが……やはりこれからも美容室では話さないほうが無難か……。
「……君は、本当に──」
「隊長! おかえりなさい!」
朗らかな声とともに、五番隊隊舎から駆けてくる人影がある。
年の雰囲気は僕とそう変わらなく見えるが、死神である以上、何十年と生きている立派な年上だ。髪を後ろでお団子にしてまとめた彼女──雛森桃は、嬉しそうに藍染さんに駆け寄り、そして僕に目を向ける。
「隊長、この方が?」
「あぁ、彼女が鐘威橙亜くんだ。記憶がなくてわからないことばかりで不安だろうから、面倒を見てあげてくれるかな? 僕よりも君のほうが親しみやすいだろう」
「そんな……! 隊長ほど親しみやすい人はいないです!」
この先に起こることを《知る》僕は、一体どんな気持ちで彼らのやり取りを眺めればいいのだろう。
雛森さんは全身から藍染さんへの憧れをビシバシと発しているように見える。無表情で何を考えているのかわからないとよく言われる僕としては見習いたいくらいの素直な出力だ。そして何より、かわいらしい。僕が守らなければ、という気持ちにさせられる。
こんなに明るくて優しい空気を作り出す温かい人に、藍染さんは《あんな仕打ち》をするのか? それはちょっと、本当にどうかと思う。どうにか僕があいだに入って上手いこと収まらないか? 無理かな……。
などと思いながら藍染さんを見上げるが、当然、伝わるはずもない。なんなら、「雛森くん、まずは自己紹介をしないと彼女も困ってるよ」なんて見当違いなことを言っている。僕が困っているのはあなたがこれからやらかす事柄についてなのだが。
雛森さんは姿勢を正し、僕に向き直る。僕とは対照的な柔らかい笑顔で、僕の両手を取った。
「雛森桃です。五番隊の副隊長をしてます。困ったことがあれば何でも聞いてね?」
「初めまして、鐘威橙亜です。よろしくお願いします」
「…………」
雛森さんはポカンとして、僕と藍染さんを交互に見た。その様子に耐えかねたように藍染さんは苦笑し、手を口元に持っていく。
「彼女、あまり感情が表に出なくてね……慣れない環境で緊張しているみたいだ」
「すみません。緊張は……していなくもないですが、緊張していなくてもこの顔なので……すみません」
「ごめんなさい! あたし、本当に全然表情が動かないからびっくりしちゃって……!」
初対面の人にはだいたい似たような反応をされる。雛森さんは好意的な分、相当心が広いのだろう。やはり優しい人だ。傷つくような目には本当に遭わないでほしい……。
──そういえば、ここまで僕の無表情について藍染さんが何も言わなかったということは、彼が知る「この世界の僕」も同じように無表情だったのか。
僕の無表情は生まれつきではなく、とある出来事をきっかけにした
「鐘威くん、大丈夫?」
「え、あ……はい。すみません」
ぼーっとしていた眼前で、藍染さんの手がひらひらと舞った。気を抜いていたのなんてほんの十数秒なのに、抜け目なくよく見ている。よくも悪くも視野が広い人だ。
「謝ることじゃないよ。いろんなことがあって疲れてるんだろう。休むなら部屋に案内したいところだけど……いきなり他の隊士たちと一緒だと、やっぱり不安かな? どうだろう、雛森くん」
「そうですよね……突然知らない人たちと、何もわからない状態で生活しなきゃならないなんて……」
「わがままを言える立場ではないので、僕はそれでも全然かまいませんが……」
言ってはみるも、二人は聞いてくれる様子はなさそうだ。僕のことなのだから僕の意見を尊重してくれてもいいと思うのだが?
閉口していると、考え込んでいた雛森さんの表情がパッと明るくなった。
「じゃあ! 慣れるまではあたしの部屋で一緒に暮らさない? ちょっと窮屈かもだけど……」
「いえ、そこまでご迷惑をおかけするわけには……」
「いいんじゃないかな? 鐘威くんも雛森くんが近くにいてくれるほうが助かる場面も多いと思うよ。任せていいかい?」
「もちろんです、隊長!」
だから、僕の意見は? などと口を挟む間もなく、僕の状況が決定されていく。
確かに初対面の人間との共同空間には不安が募る僕ではある。が、それにしたって一隊士が副隊長の部屋で寝泊まりだなんて、護廷十三隊の規律的に大丈夫なのだろうか。大丈夫ではない気がする。
「あの、本当、僕は廊下で寝泊まりでも大丈夫ですので……」
「心配しないで、大丈夫。藍染隊長に頼まれたんだもん、任せて!」
雛森さんは頼もしく笑った。屈託のない笑顔が直視できず、藍染さんを睨みたい気持ちでそちらに視線をやる。彼も同じようににこやかな表情を浮かべていた。これは本当に大丈夫な措置なんですか、隊長さん。そのうちいなくなるからって適当にはやってないですよね、隊長さん。
「じゃあ、まずは部屋を案内するけど……食事はどうする? 今日一日、何も食べていないだろう?」
「あ、せっかくなら三人で一緒に食べませんか? これからのこと、三人で話し合いましょう!」
「それはいい提案だ。鐘威くん、食べ物の好き嫌いは?」
「えっ、ありませんが……いや、勝手に話を進めないでもらってもよろしいですか?」
「大丈夫、君のことはよくわかっているから」
「わかっているのならこちらの困惑も読み取ってほしいのですが?」
なけなしの抗議の声は届かず、二人に連れられ、僕は隊舎の中に足を踏み入れる。もしかしたら、それは初めて《この世界》にやってきたときよりも未知数な始まりかもしれない。
ひとまず僕は──僕たちは、ここ尸魂界で穏当に過ごさねばならない。目的のためにも、そのための力をつけるためにも、黒崎さんたちがやってくるまでの数週間で今後のことも立場もはっきりさせなければ。
考えること、やることはたくさんある。そのためにも、とりあえず今晩はぐっすり眠って落ち着きたいところだ。藍染さんが当面の上司であることは、あまり考えないことにして。
こうして、僕たちの尸魂界生活は幕を開ける。
どんなものになるのか想像もつかないが、前向きに頑張っていこう。一歩ずつ、一歩ずつ、進んでいけば今より多少はマシな現状には、なるはずだ。
──雨はまだ、やまないけれど。
*
*
橙亜たちが尸魂界に来てから数日が経ち、一番隊隊舎では隊首会が行われていた。
各隊の隊長たちが一堂に会する中、十二番隊隊長──涅マユリが、人差し指を立てながら簡潔に報告を述べる。
「全員の肉体を調べたが、霊力が衰えたような痕跡はなかったヨ」
その言葉に、数人の隊長は眉を寄せた。寄せないのは興味がない者か、もしくはあらかた予想していた者たちだ。
「それどころか、彼らは死神ですらない。斬魄刀を持ってるだけの……ただの人間だ。霊子変換されて
「人間だと……? 今回発見した鐘威たちだけではなく、まさか月隠たちも魂魄ではないというのか?」
「そう言っているだろう。一度で理解したまえヨ。彼らにはまだ、因果の鎖が存在している。過去の彼らと同一の存在だと考えるほうが難しいネ」
二番隊隊長──砕蜂は、煽るような物言いにピクリと表情を動かす。
次に口を開いたのは、十番隊隊長の日番谷冬獅郎だ。
「じゃあ、別の人間がそいつらに成りすましてるのか? 時間を巻き戻したってことでもない限り説明がつかねぇだろ」
「当時の記憶もない……という話だったな。私も月隠を問いただしたが、何も覚えていないどころか死神の知識すらなかった。偽者としても粗悪だ」
「とすると、今度は斬魄刀があそこまで一致しているのが奇妙になるネ。鐘威橙亜の能力なら、あるいは可能性があるかもしれないが……」
「それだと橙亜ちゃんは本物……ってことになるんじゃない? 堂々巡りの予感だねぇ」
目を伏せたまま、八番隊隊長──京楽春水が肩を竦める。
「個人的には、本人たちも状況がよくわかってなさそうに感じたけどね。彼らは何か、もっと大きな力を持ったものに巻き込まれただけかもしれないよ?」
「フン、そんなものは演技でどうとでもなるヨ。個人的な心証より、客観的な根拠が欲しいものだネ」
嫌みのようなマユリの言葉を「ごもっともだ」と京楽は受け流し、笠を目深にかぶり直す。
「私としては、六人のうちの誰かを手っ取り早く解剖してみたいところだヨ。特に鐘威橙亜はネ。あの奇妙な魂魄の状態をどうやって成り立たせているのか、実に興味がある」
「それは……彼女たちの正体と関係があることなのか? その言い方は、六人全員に関係のある状態ではなさそうだが……」
楽しげな様子のマユリに口を挟んだのは、藍染惣右介だ。マユリは目を細めて斜め前に立つ男を見る。
「わからないから調べるのだろう? 子供でもわかるような当たり前の話をせんでくれたまえ……」
「直に接してみた限りでは、彼女たちの人格は間違いなく過去の彼女たちと地続きだ。とても偽者とは思えない。性急な方法も、支持できない」
「今は願望を述べる場ではないヨ。それとも何か、根拠があるのかネ?」
その問いかけに、藍染は力強く答えた。
「根拠は……ない。感覚の話だからね。だが、僕は確信している。彼女たちが100年前に浦原喜助と敵対し、その後消息を絶った本人である──とね」
マユリは苦々しい顔で鼻を鳴らし、お手上げだと言わんばかりに総隊長──山本元柳斎重國を見た。
静かに隊長たちのやり取りを聞いていた元柳斎は、静かに口を開く。
「──どのみち、今の奴らに過去ほどの戦闘能力はない。ならば仮に、何か企みがあるとしても、席官クラス以上なら制圧は造作もなかろう」
「それは……それぞれの隊で彼女たちを監視しろ。ということですか?」
「処遇は一任する。護廷隊士として使い物になるなら良し。記憶が戻る気配がなければ涅に任せるも良し。企みが発覚すれば斬って捨てる。好きにせい」
元柳斎の言葉に、橙亜たち六人が所属する隊の隊長たちは各々首肯した。
隊首会が解散すると、隊長たちはそれぞれの隊へと帰り着く。帰り道を急ぐ者、ゆっくりと思考を巡らせながら帰る者とさまざまだ。
一番隊隊舎を出た藍染は、夜空に浮かぶ月を見上げる。その口元は緩やかに、しかし確かに──弧を描いていた。
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