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7.THE DEATH TRILOGY OVERTURE
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辺りは静まり返っていた。
真夜中の時間帯であるからだけではない。その場の全員──特に橙亜たちが状況を理解できずに言葉を失っていたからだ。
中心にいる三人と一人の様子を、死神と滅却師は静観する。最初に声を上げたのは、素直に現状を呑み込んだ璃鎖だった。
「結斗!? 結斗だ!? なんで死神のカッコしてるの!? 死神になったの!?」
結斗に駆け寄り、ぐるぐると彼の周りを回る。どうやら、彼が「自分の知る狭稲結斗本人」であると本能で理解したらしい。
自分の足元をうろちょろする小柄な璃鎖を、結斗は「相変わらずだなァ」と見下ろした。
「貸してもらってるだけで、別に死神になったわけじゃねェぞォ」
「なんで死神のお偉いさんと一緒にいんのぉ~?」
次に口を開いたのは唯和。動き回る璃鎖の頭を掴んで止め、結斗を睨みつけて詰問する。
結斗は眉間にしわを寄せ、明後日の方向を見た。
「かくかくしかじか」
「面倒くさがってんじゃねーよ、クソ男」
「じゃあ、お前らもなんで《ここ》にいるのかを今この場で説明できるのかよ? クソ女」
「あ?」
「んだよ、やんのか?」
売り言葉に買い言葉。自分から喧嘩を売っておきながら結斗の態度にムカついた唯和は、殴りかかろうと拳を握る。
が、別の声が彼らの再会を遮った。
「結斗、そいつらで間違いねェのか? お前の
阿散井恋次の言葉に、再び緊張が走る。唯和は言葉の意味を測りかね、眉を寄せた。
一方、結斗は冷や汗を流し、視線を右往左往させる。
「えェ……いやァ……まァ、同期と言えば同期ではあるんですけど……そのォ……たぶん俺たちのあいだには致命的な認識の齟齬があってェ……」
「あん? ハッキリしねーな……今しがた仲良く話してただろーが!」
「『仲良く』だぁ~? どこに目ぇつけてんですか~? サングラスかけてるその変な模様が入ったデコですかぁ~?」
「……あぁ?」
恋次は目元をヒクリとさせ、唯和を見た。唯和は鋭い視線を物ともせず、狐木を肩に担いで仁王立ちを決めている。
結斗は焦った。黙らせようと、とっさに手を伸ばす。
「おいバカ! なんで煽るんだよ! 殺されてェのか!?」
しかし、唯和はその手を払った。そして、結斗に向かって中指を立てる。
──唯和と結斗は、とにかく
ただでさえ何事にもとりあえずで反発してしまうのが唯和なのだ。それが性根の気に食わない男に言われたのならなおさら。たとえ自分たちの不利になるとしても、反発せずにはいられない天の邪鬼なのであった。
「そんな風に目が節穴だから、大事な女を殺さなきゃいけない状況に陥ってるんじゃないっすかぁ~? その八つ当たりを無関係なオレたちに向けるの、勘弁してほしいなぁ~!」
結斗は顔を覆った。怖くて後ろが振り向けなかった。
璃鎖は二人のあいだでおろおろと顔を振り、石田雨竜は呆れと諦めが混ざったような溜め息をつく。
唯和は舌を出し、明後日の方向を向いた。が、「おや?」と思う。いつもなら、この辺りで「何をやってるんですか!?」と、母親のような煩わしいツッコミが飛んでくるはずなのだが──。
「決定だ! てめーも殺す!! 後ろの男と
「止せ! 恋次!! その者たちは本当に関係が……!」
ルキアの制止も聞かず、恋次は斬魄刀を構えた。唯和は結斗の腕を掴んで後退する。
「よっしゃ、テメーは肉壁になれ」
「なんっでだよ!! 副隊長のヘイトを石田から逸らしたかったんだろ!? 最後まで責任持てよ!」
結斗の叫びに雨竜は眉をひそめた。唯和も、今にも吐き出しそうな顔で結斗のふくらはぎを蹴り飛ばす。
「はぁ!? キッショ! 誰がそんなキメーことするか! ただの《メタ読み》だわ、クソボケ!」
「あん? あー……」
振り向きざま、結斗は視線を空に飛ばした。
斬魄刀を天に掲げる恋次の背後。暗い夜空を、何かが駆けてくる。
璃鎖と唯和は斬魄刀を構えながらも、もはや攻撃の意思はなかった。必要がなくなったのだ。
「阿散井恋次、てめーらを殺した男の名だ。よろしくっ!!」
そう叫んで斬りかかろうとした恋次の足元が、ひび割れる。
思わず恋次は飛びのいた。近くの塀の上に着地し、それを引き起こした人物を見やる。
結斗は「なるほどな」と納得した。現れた人物は、初対面の彼ももちろん一方的に《知っている》男で──。
「黒崎一護! テメーを倒す男だ!! よろしく!!」
巨大な斬魄刀で道路を叩き割ったのは、死覇装に身を包んだ黒崎一護その人だった。
一護は恋次から唯和たちを庇うようにあいだに立つ。その頼もしい背中に、唯和は少しだけ緊張が解けた。力が抜けて、思わず地面に座り込みそうになったのをどうにか踏み留まる。
しかし──どさり、と彼女たちの背後で音がした。
「──え?」
一護たちがルキアのために争っている外側でそれは起こっていた。
唯和たちはその物音に振り返る。自分たちの後ろにいたのは雨竜と、その手当てをしていた橙亜だけだ。──まさか見学に徹していた朽木白哉がこちらを狙ってくることはあるまい。
振り返った先、雨竜の後ろでは予想通りと言うべきか、橙亜が倒れていた。サッと血の気が引くが、唯和の見た限りでは外傷は見当たらない。
次の瞬間、彼女たちに重い衝撃が降りかかった。
「────!?」
「何……これ!?」
「この霊圧は……鐘威さんの体からだ……!」
雨竜の言葉を聞きながら、璃鎖たちは膝をつく。橙亜の肉体から流れ出た霊圧が彼女たちを押し潰していた。
霊圧は橙亜を中心に渦を巻いている。凄まじい風圧に目を開けているのも難しかったが、彼女たちは確かにそれを見た。
──橙亜の胸の中心から、何かが伸びている。
徐々に、まっすぐに、それは橙亜の体から出てきていた。
死神たちには大変なじみの深いもの。深紅の柄、金の鍔、赤い鞘に収められているのは、死神の武器である日本刀──。
「あれ、まさか────斬魄刀……!?」
唯和は叫んだ。──あれが橙亜の斬魄刀、なのか? ……だとして、なんでこんな状況になんの?
自分では判断がつけられないと悟った彼女は死神たちを振り返るが、答えをくれる者はいない。
ルキアは呆気に取られ、一護と恋次は鍔迫り合いの最中に視線を寄越すだけ。白哉は興味深そうな様子だが、静観の姿勢を崩さない。
そうこうしているうちに、刀が外へ出た。ぐったりと倒れ込む橙亜の上に斬魄刀が浮かんでいる。
すると、不意に斬魄刀が向きを変えた。鞘の先が唯和たちの後ろで眺めていた結斗を向き、磁石のようにまっすぐ飛んでくる。
「えっ、ちょ……はァ!?」
とっさに手を前に出して止めようとするが、斬魄刀はすり抜け、結斗の胸に刺さった。
斬魄刀はそのまま、貫通するのではなく胸に沈んでいく。痛みはないが、体内に異物が入っていく感覚には目眩がした。引きずられるように結斗の意識も途切れ、倒れる。
「何何何!? 何が起きてるの!? 血は出てないけど……結斗、無事!? どういうこと!?」
璃鎖が駆け寄り、ペチペチと頬を叩いて生存を確認する。
混迷を極める現状に、唯和は眉間を押さえて空を仰いだ。情けない声を上げ、優秀なクラスメイトに助けを求める。
「石田く~ん、解説くれ~……」
「知るか!! 思考を放棄して僕に投げるな!」
真っ当な反論にガクリと肩を落とした。一方、急に声を張り上げたせいか、雨竜は腹を押さえて痛みに呻いている。
そんな唯和たちの背後から、一護の攻撃を振り払った恋次が怒鳴り散らした。
「てめーら……結斗に何しやがった!?」
「だぁ~から~、こっちが聞きたいっつってんでしょうが~! そちらのほうが死神や斬魄刀についてお詳しいんじゃないですかねぇ~! グズマニア副隊長さぁ~ん」
「ぐっ、愚図だと……!?」
「あ、グズマニアは花の名前です~。副隊長様に大変よく似たお花ですよ~。ググってどうぞ~」
「ワケわかんねーことばかり言いやがって……!」
唯和へ向けられた文句に対し、「そこだけは同意できるな」と雨竜は静かに頷いた。彼が死神に同情を示した歴史的瞬間であった。
「…………ん?」
ふと、雨竜は目をこすった。負傷の痛みで視界が霞んでいるのかと思ったのだ。
しかし、視界はどんどん霞んでゆく。周囲を見渡した。目の問題ではないようだった。
「なんだ? 霧……?」
あっという間に視界を埋め尽くす白、白、白。一寸先も不明瞭なほどの濃霧だった。
不自然な霧の出現に、警戒しながら出どころを探る。
一番霧の濃い場所は、先ほどまで橙亜が倒れていたところだった。
「──■■■■『■■』」
霧の中心で何かが動いた。
具体的な文言は聞き取れなかったが、一護以外の死神たちはすぐにそれが何を意味する言葉だったのかに思い当たる。
ガシャン、と鎖の音がした。身の丈ほどのそれが空を斬ると、少しだけ霧が晴れる。
「ったく……どいつもこいつも橙亜の体を便利に使いやがって……」
現れたのは、先ほどまで倒れていた橙亜だ。夜空まで届くような大鎌を肩に担ぎ、根元に連なる鎖をジャラジャラと振り回している。
その表情は、大層不機嫌であった。
「おいおい……この状況でさらにややこしくなんの~?」
唯和は冷や汗を流す。こんなことなら浦原商店で大人しくしていればよかったと後悔が過った。
「『先輩』じゃ~ん。さっき斬魄刀、先輩の仕業なのぉ~?」
唯和は努めて軽い口調で尋ねる。このまま橙亜を自由にさせてはいけないという確信を、この場の誰よりも彼女は感じていた。下手に暴れられては白哉にまとめて処理される可能性が高まるからだ。
そんな唯和に、橙亜は不機嫌なままで答える。
「さてね。『持ち主のところに帰った』だけだろう? あたしじゃなくて向こうに聞きなよ」
「……はぁ~? 橙亜の斬魄刀ってわけじゃないの~?」
──しかし、そうか。唯和は思考する。
先ほど結斗の中に入ったものが橙亜の斬魄刀であったなら、今彼女の持っている「大鎌」は何だという話だ。
先ほど霧の中から聞こえた声は斬魄刀の解号だろう。で、あるならば結斗に飛んでいった斬魄刀は橙亜のものではなく──。
「橙亜の肉体は許容量が
「何の話なのか全然わかんねーけど~、もしやバケモノ記憶力のタネってそういうことなの~?」
「だが、入るからといって便利に使われるのは不愉快だ」
「聞けよ──っ!」
独り言のように呟く橙亜に文句を言おうと、まばたき一つ。次の瞬間、橙亜の姿は唯和のすぐ目の前にあった。
──声を上げる。身を引く。迎撃する。それらの選択肢を取る前に、橙亜の行動は終わっていた。
「っ蜜江唯和!!」
雨竜の焦る声をからかう時間もなく、橙亜は唯和の横を通り過ぎていく。冷たい刃が体を通り抜けた、そんな感覚だけがあとに残っていた。
「…………え?」
──斬られた? 唯和は自分の体を見下ろし、触れて確かめる。
痛みはない。出血もない。だが、確かに大鎌の刃が肉を通り抜ける感覚はあって、中途半端な現実感だけが肉体に残留している。
何をされたのかわからぬまま、雨竜を振り返った。客観的視点なら自分よりも状況を把握できているかもしれないとわずかな期待を抱いたのだ。
しかし、唯和の目に映ったのは同じように大鎌を振るわれた雨竜の姿だった。すでに刃は彼を通り抜け、体の向こうにある。
──アイツ……瞬歩も使えるわけ!?
いくら負傷しているとはいえ、正面から近づく相手に雨竜が無抵抗のはずがない。そんな彼が弓を構える前の中途半端な姿勢で固まっていたということは、相手のスピードが想定を上回ったのだろうと唯和は結論づける。
そして、その結論は正解だった。橙亜は死神の歩法「瞬歩」を用い、璃鎖や倒れる結斗にも通り魔的に大鎌を振るっていく。
何を目的とした行動なのか、唯和たちには皆目見当もつかなかった。おそらく斬魄刀の能力に関係する行動だと予想するしかない。
そんな橙亜の行動に、一人だけ納得した声を上げた男がいた。
「──成程、貴様は『鐘威橙亜』……で間違いないようだな」
「あぁ?」
ずっと静観を続けていた白哉の静かな言葉に、橙亜は不愉快そうに顔を引きつらせる。
「そちらの二人も『白坂璃鎖』、『蜜江唯和』……容姿、斬魄刀の形状、能力ともに
その言葉に唯和たちは疑問符を浮かべた。しかし、橙亜に気にした様子はない。
彼女は自分を取り巻いている状況などどうでもいいのだ。自分の苛立ちを発散できるのなら、誰を敵に回そうが関係ないのである。
「ふん……むかつくな、お前。『妹を切り捨てるような兄貴』は……ここで死んどけよ!」
橙亜は大鎌を振りかぶった。次に狙いを定めたのは白哉──ではなく、道路脇で立ち尽くしていたルキアだ。
橙亜の斬撃が次もすり抜けるとは限らない。恋次と戦っている一護を筆頭に、唯和たちもルキアの名前を叫んだ。だが、義骸に入る今の彼女の運動能力では、橙亜の攻撃を避ける術はない。
ルキアはとっさに目を伏せた。次に来る衝撃を予想し、覚悟を決める。
しかし、別の声がそれを遮った。
「──焼け失せろ……
朝焼けのように周囲が明るくなる。
ルキアは目を見張った。橙亜の大鎌を弾くように、炎の斬撃が眼前を通過したのだ。
皆の視線は一斉に攻撃の出どころに向く。そこには先ほどまで気絶していた男が、大型の剣を手にして立っていた。
「結斗!」
そばにいた璃鎖は声を上げ、結斗の姿を見上げた。彼は周囲に火の粉を散らしながら、大剣を構えている。
その姿に、恋次は目を見張った。
「まさか……結斗の奴まで始解を……!?」
「いやァ、俺も状況は全然まったくわけわかんねェんですけど……とりあえず、そいつは止めます」
ヘラヘラとした口調で答えた結斗だったが、鋭い視線で橙亜を睨みつける。
大剣を振りかぶり、橙亜に斬りかかった。重量感のある金属音が深夜の住宅街に響き渡る。
「よォ! 久しぶりだな、橙亜!」
「あたしは橙亜じゃない!」
「知らねェよ、てめェの事情は! 橙亜たちに三人に関しては『生きたまま連れ帰る』のが隊長たちの仕事なんだ! だからややこしくすんな!」
大剣を振り回し、打ちつけるたびに火花が散る。橙亜は鬱陶しそうに受けながらも重い斬撃に後ずさった。
「それは、上からの命令か?」
「そりゃそうだろ。中央四十六室……でしたっけ? そこの指示っすよね?」
結斗が白哉を振り返ると、彼は静かに首肯する。
橙亜はそれをじっと睨みつけ、少し考えてから大鎌の刃を地面につけた。
「橙亜を害さないならいい。好きにしろ」
橙亜はすっかり怒気を引っ込める。どうやら彼らの言葉を信用したようだった。
しかし、それで納得できる人間ばかりではない。怒りを露わにしたのは、さんざん振り回された唯和のほうだった。
「はぁ~~~~? 好き勝手暴れてオレたちにも攻撃しておいてなぁ~にが『好きにしろ』じゃ! だいたい、尸魂界に連れ帰ったあとに処刑、みたいなことにならない保証がねーんですけどぉ~? 勝手に一人で決めないでもらえますぅ~?」
「橙亜を処刑? ──あの
「……え、は?」
不思議そうに首を傾げた橙亜に、唯和は素で困惑してしまった。おかげで怒る勢いも削がれて不完全燃焼だ。結斗は憐れみの視線を向けた。
一方、橙亜はきょとんとした顔で頭を押さえた。自分でも「なぜそう思ったのか」、不思議に思ったらしい。
「──ん……なんだ? いつの記憶だ、これ」
うんうんと唸る橙亜に、唯和のイライラは募った。これ以上、理解できない状況にするなという怒りだ。「意味深な言動をするくらいならさっさと全部言えよ!!」と、叫び出す寸前だった。
だが、橙亜は気を取り直したようで、ケロッとしたように笑う。
「まあ、いいや。そうなったらそうなったで、あたしが全部ぶっ壊してやるから」
「はぁ~? できんのぉ~? アンタ、次に出てきたときには全員殺す、とかなんとか言ってなかったっけ~?」
「言ったかな? 忘れたよ」
「コイツ……橙亜の記憶力を分けてもらえ!」
「あたしの記憶なんて、保存しておく必要はない。じゃ、おやすみ」
そう言うと、橙亜は斬魄刀をしまって目を閉じた。そのまま脱力した橙亜の体を、結斗が抱きかかえる。心配そうな璃鎖も近寄ってきた。
静かに眠る橙亜を見て、唯和は長い溜め息をつく。
「マ~ジでわけわから~ん……」
「安心しろォ、俺もだから」
「できるか。何、オレたちってこれから本当に尸魂界に行くわけ~?」
唯和の質問に、結斗は橙亜を肩に担ぎながら答えた。
「え、逆に来ねェの? 橙亜はともかく、お前や璃鎖なら来たがると思うんだけど」
「身の安全が保証されてるなら喜んで~」
「なら大丈夫だって、『過去に行方不明になった隊士が現世で発見されたので保護してこい』ってのが隊長たちに下された命令だから」
「…………いや、それ『オレたち』ではねーだろ。確実に」
「だよなァ。だけど、
引っかかりを覚えた唯和だが、隣で続く一護と恋次の戦いを前にして悠長に疑問を挟むどころではなかった。
とりあえず、璃鎖が飛び出していかないように首輪をつけておく。至近距離なら外すほうが難しい弾丸を璃鎖の首元に撃ち、「『ここでじっとして、騒がないで』」と唯和が命令した。
璃鎖は撃たれた場所をさすりながら、不服そうに唯和を振り返る。
「別に撃たなくてもー……」
「璃鎖は『考えるより先に体が動くタイプ』だろ~? たぶん、このあと《飛び出すような事態》になると思うから~」
唯和が適当な誤魔化しを考えていると、結斗が唯和の斬魄刀を覗き込んできた。
「その銃が唯和の斬魄刀か? かっけーな。どんな能力なんだよ、教えろよ」
「やだね。先に自分の能力を開示してから言えよなぁ~? つか、どんな早さで始解を習得してんだよテメーは」
「あァ、刀が入ってきた衝撃で気絶してたらなんか声が聞こえてきて、流れでなァ……能力はシンプルに炎とかじゃねェの? お前みたいなややこしい能力とかめんどくせェしな」
「詳しく聞く前から断定してんじゃねーよ」
刃を交える音が辺りにも響いている。戦いの中で一護の霊圧が急激に上がり、周囲にまで飛んできていた。
空気がビリビリと揺れる感覚に眉をひそめながらも、唯和は思考を続ける。
──はたして……結斗の野郎を信頼していいものかね。
狭稲結斗という人間は、裏表などない言動通りの素直な男だ。そこに疑いはない。唯和と違い、嘘をついて騙すようなことは基本的にはしない人間である。
しかし、結斗が自分の置かれている現状をきちんと把握できているかと言えば、唯和は「NO」だと考える。橙亜や唯和ですら全容を把握できていない《異世界トリップ》というこの状況を、結斗の頭で理解しきれているとはとても思えなかった。言葉を選ばずに言えば「バカ」だからだ。
そういうわけなので、結斗自身に悪意がなくとも、他の悪意に操られている可能性は否めない。
それでなくとも自分たちが尸魂界にとってどうやら保護対象になっている事態を、結斗に理路整然と説明してもらえるとは欠片も思えなかった。自分たちで調べて結論を出すしかない。そのためには、尸魂界に行くのがやはり一番確実で手っ取り早いだろう。
──橙亜の身柄が人質に取られてる以上、抵抗は無意味だしにゃ~……。
橙亜を担いだままの結斗を横目で見た。もはや大人と変わらぬ体格は、女子高生一人を担ぐ程度は朝飯前のようである。
斬魄刀を使えば抵抗できるだろうが、その場合は自動的に隊長格二人を相手にせねばならなくなるので一考の余地もなかった。
「白哉兄様!!!」
ルキアの悲痛な叫び声が耳に突き刺さり、唯和は意識を現実へと戻した。
戦いから視線を外したのはほんの一瞬のことだったが、その一瞬で一護は胸に二撃も食らい、ゆっくりと地面に倒れていく。
白哉に敗れた一護を前に、案の定、璃鎖は飛び出していこうとした。その場でジタバタともがく様子に、唯和は隣で溜め息をつく。
「一護もああなったし~、オレたちは結斗についていこうねぇ~。璃鎖~」
「でも一護は!? あのままじゃ死んじゃうよ!」
「オレたちの力じゃどうにもならないでしょ~。どこかの駄菓子屋の店主ならともかくぅ~」
「……駄菓子屋…………はっ!」
そこまで言って、唯和のわざとらしいまでの目配せに璃鎖はようやく気づいたようだった。浦原喜助なら確かに一護を助けられるだろうと、唯和の薄情さに納得する。
「そのためにもさっさとオレたちは尸魂界に行きましょうね~」
「尸魂界……って、死神の世界? 行けるの!?」
「今さらかよ……話聞いてなかったのか? 相変わらずバカだなァ、璃鎖」
「結斗には言われたくないけど!?」
「んだとォ!?」
「どっちもバカだよ、おめでと~う」
唯和は投げやりに手を振った。その甲にポツリと水滴が落ちる。それを皮切りに雨が降り出した。
ルキアたちの話は済んだようで、白哉が結斗を振り返る。その表情は相変わらず冷たい威圧感を放っていたが、結斗に気にした様子はなかった。
「そちらはまとまったのか? 結斗」
「はい、ばっちりです! 喜んでついてくるそうですよ!」
「別に喜んではねぇっす~」
特に興味も示さず、白哉は視線を戻す。自分たちが大した脅威ではないと判断されたことに唯和はむかついたが、事実なので文句は言わずにおいた。
始解を解き、斬魄刀を身の内に片付ける。それに伴って璃鎖への命令も解除されたようだった。
恋次が穿界門を開く。その後ろに立つ白哉、ルキアの背後に唯和たちも移動した。
璃鎖が白哉たちにバレないよう、こっそりと一護に応援のようなジェスチャーを送っている。「そんなのんきな気分じゃねェだろ……」と結斗が璃鎖の頭をチョップした。
唯和はそんな二人を見つつも、一護には一切目を向けない。しかし、視界の端を雨竜がかすめた。雨が降り出した道路に伏せたままで、じっと成り行きを窺っている。
そんな彼に、唯和はニヤリと笑って、片手を上げた。煽るようにクイクイと指を折り曲げ、「バイバ~イ」と口パクで告げる。
「ねぇ、唯和。一護、ほんとに大丈夫? すごい血だよ……?」
璃鎖は背伸びをして、唯和の耳元に口を寄せた。やはり唯和は振り返ることなく、穿界門の向こうを見据える。
周囲を地獄蝶が飛んでいた。その数は、唯和たちのものを含めた六匹だった。
「他人じゃなくて、自分の身も考えなよ~? オレたちは一体誰の手のひらの上にいるのか、ちゃんと見極めてぶん殴らないとね~」
「悪い人なら私、においでわかるよ? たぶん」
「まったく素直で愚かだね~、璃鎖は。最高にかわいいよ~!」
「……褒めてる?」
「全然。人間、単純に善悪でキッパリ分けられるなら苦労しないだろうね~?」
はたして、この道の先には何が待ち受けているのだろう。
唯和は眉間のしわを隠しきれないまま、歩き出した。その後ろを璃鎖が追いかけ、橙亜を担いだ結斗が最後尾を歩く。
背後で門が閉じるのを感じた。それでも唯和は振り返らない。璃鎖は周囲を興味深そうにキョロキョロと見回している。
そんな二人の様子に小さく息を吐き、結斗は橙亜の体を抱え直して、前に進むのだった。
