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6.QUINCY ARCHER HATES YOU
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──彼女の第一印象は、正直に言えばよくわからない。
入学式の日からその特異な体質には意識を向けざるを得なかったが、しかし、それは彼女一人に対して向けたものではなかった。同じ特徴のある者が他にもいたからだ。
霊圧の高さでは圧倒的な鐘威橙亜に劣る。普段の学校生活ですら滲み出ている白坂璃鎖ほど運動能力も高くない。
そういう意味で、彼女は普通の人間だった。脅威にはならないだろう、と思った。
それからすぐに、印象は最悪へと塗り変わった。教室の後ろから人を苛立たせる下品な笑い声を響かせて、素行の悪い生徒ともよくつるんでいる。いつもふざけた様子で、不真面目で、人を嘲るような態度を憚らない。
そういうところは嫌いだ。間違いなく、反りが合わないと断言できる。実際、会話を試みたときはコミュニケーションを取るのに苦労した。あれと仲良くできる人間は同類か、相当の聖人に違いない。
だから、今の印象は最底辺。それでなくとも、生きた人間なのに死神の気配もわずかに漂わせている。
黒崎一護のように魂魄が死神化しているわけではなく、体の
その考えは正解だった。実際、彼女は死神の持つ武器を目の前で取り出してみせた。死神の関係者であることは間違いないだろう。
──だけど、あのときの表情は……。
気のせいだったのだろうか。俯いていたからよくは見えなかったが、どこか戸惑うような、泣きそうな表情にも見えた気がした。
迷子の子供のように不安そうな、そんな────。
「──虚を止めたいのなら、僕のところに来ても無意味だよ」
矢を番える僕の前に彼女は、蜜江唯和は姿をさらしていた。──銃口を、こちらに向けて。
「知ってるよ。だから来たんじゃん」
走ってきたのか、軽く息が上がっている。けれど、疲れなどは感じさせない姿勢のよさだ。
彼女は相変わらず話が通じない。が、その表情はいつになく真剣だ。普段のふざけている様子は見受けられない。
それに、その行動を見れば薄っぺらな言葉よりよほどわかりやすかった。
「君たちの目的は虚退治だろう? だからここしばらく、僕の邪魔をしていたんじゃないのか?」
「虚退治とかオレはどうでもいいの~。こだわってるのは橙亜だけで~す」
確かに、直接邪魔をしていたのは白坂璃鎖だ。指示を出していたのが鐘威橙亜ならば、嘘の発言にはならないのだろう。
実際、霊圧の動きから感じ取ったのは、蜜江唯和の非協力的な動きだけだった。
「オレはただ、ムカついてるの。その八つ当たりに、キミの顔面を殴りに来ただ、け!」
「────!」
彼女は躊躇なく引き金を引いた。どうにかかわした顔の横を霊圧の弾丸が通り過ぎる。
「かわしてんじゃねーよ! 《京極さん》か!?」
「殴りに来たと言いながら飛び道具を使うな! いきなり頭を狙う胆力には感心するが……!」
「唯和ちゃんってば、こう見えて人殺しってヤツが得意なものでね!」
近くの路地に転がり込む。制服の汚れを払い、コンクリートの塀の陰から彼女を窺った。
弾丸は彼女の霊力を消費しているようで、乱発はしてこない。さすがにそのあたりの頭は回るか。無駄打ちして自滅してくれれば楽なのだが。
「僕を殺すより虚を倒すほうが賢明だと思うがな!?」
「うるせーよ! 勝手に町中を巻き込んだ八つ当たりを一護にけしかけちゃってさぁ~!」
「っ、君に何が……!」
「わっかんないなぁ~! 全然わかんな~い! 目の前で両親を殺されたような恨みなのかなぁ~? それとも、目の前で起きた惨劇に何もできなかった弱い弱い自分自身への怒りなのかなぁ~?」
甲高い笑い声が辺りに響いている。本当に、人の神経を逆撫でするためだけに存在しているかのような女だ。
しかし、わかりやすい挑発に乗るべきではない。特に、今は。
「僕は黒崎一護との勝負で忙しいんだ! 邪魔をするなら────!?」
飛び出して、霊弓を構える。しかし、先ほどまでいたはずの場所に彼女はいない。
「──上か!」
頭上に影がかかる。どうやって跳び上がったのか、視界から外れるほどの高さから、蜜江唯和は銃口を向けている。
そして、彼女は引き金を引いた。こちらも矢で応戦し、二人のあいだで弾丸は弾け飛ぶ。
「ぐっ……!」
そのまま蜜江唯和が落ちてきて、避けきれずに彼女の下敷きになった。というか、着地のことをまったく考えていない体勢だった。僕がいなかったら彼女は顔面からコンクリートの地面に激突していただろう。
「むちゃくちゃだな……君は……」
頭を押さえながら体を起こそうとする。だが、額に銃口が押し当てられた。
馬乗りのような姿勢のまま、彼女は先に体を起こした。だるそうに首を傾げながら、両手で銃を持っている。
「アンタの事情なんて知らない……興味もない。これはただの八つ当たりで、正当性なんて欠片もない。だからキミも、殴り返してきていいんだぜ。今ならオレの顔面、殴れるでしょう?」
うっそりと、彼女は笑った。
よく見れば肩で息をしているし、いつの間にか霊圧も底をつきそうな弱々しい状態である。僕が突き飛ばせば簡単に上からどかしてしまえそうだ。
「……君はもっと、自分本位な人間だと思っていたけどね」
「だから八つ当たりしてるんですけどぉ~?」
「君、本当に嘘つきだな。いや……適当に喋っているだけなのか?」
「今さら気づいたのぉ~? 橙亜に負けて学年二位の学力のキミがぁ~?」
その煽りには少しだけムッとした。別に自分が一番頭のいい人間だと思っているわけではないが、純粋に点数勝負で負けたことはそれなりに悔しかったのである。
だから、こちらの言葉にも彼女ほどではないにしろ、棘が乗る。
「その鐘威さんや白坂さんが僕の呼び寄せた虚で危険な目に遭っているからそんなに怒っているんだろう? 『友達』だから」
瞬間、蜜江唯和は目を見開いた。その表情から笑みは抜け落ち、「あ、キレたな」と短時間の浅い間柄でも理解できた。
「──『相手のために死ねないのなら、私はその人のことを友達とは呼ばない』」
「それは……君の持論か?」
「だったらよかったけれど、残念。これは《巨乳猫耳メガネ委員長様》のお言葉」
何を言ってるんだと怪訝な気持ちで彼女を見上げた。
くだらない会話をしている暇はない。急いで虚退治に戻らねば、町の人間に被害が出てしまう。
「橙亜はオレのためには……いいや、オレ以外のヤツらのためにも簡単に死んでしまう。璃鎖もたぶん、オレにだけ特別なんてことはない。アイツら博愛寄りなんだよね、オレと違ってさ」
心底うんざりした様子で、蜜江唯和は顔を歪めた。それは、前にも見かけた今にも泣き出しそうな表情で──。
「だからオレも、橙亜のためには死んでやらない。璃鎖のためにも死んでやらない。他人のために自分を犠牲にするなんて、死んでもやらない。ね? だから友達じゃねーの、おわかり?」
「君は…………バカだ、な……!」
銃口を払い、勢いをつけて体を起こす。潰れた蛙のような「ぎゃっ」という声とともに、蜜江唯和の体は三回転ほどしてひっくり返った。本当に疲れきっていたようだ。
「君の勝手な八つ当たりに付き合う気はない。大人しくそこで寝ていろ。虚は全て、僕が
「クソ……これだからかわいくねー男は……!」
立ち上がろうとするが、手足に力が入らないのか。地面に這いつくばる蜜江唯和を、僕は見下ろした。
無様な姿で地面に転がりながらも、彼女は鋭い目つきで僕を睨んでいる。
「女の子の扱いが雑。そんなんじゃモテねーぞ」
「八つ当たりで襲ってきた人間を丁寧に扱う必要が?」
「ケガ一つしてねーじゃん。食らえよ、少しはッ!」
再び彼女の銃口がこちらを向いた。が、ボロボロの状態ではまともに当てられるはずもない。弾丸は明後日の方向に飛んでいく。
蜜江唯和は脱力し、手足を地面に投げ出した。
「クソゲーすぎ。やってられん」
「じゃあ、僕は行くよ」
背中を向け、歩き出す。一応、背後から襲われないかを警戒していたが、彼女は文字通り指一本も動かせないほどに消耗しきっていた。先ほどの弾丸で正真正銘、霊力が尽きたのだろう。
「オレの操り人形になってよ……石田雨竜君」
背後から届いたのは、攻撃ではなく溜め息混じりの呟きだった。
「そんなものは、死んでもごめんだ」
僕は歩く。振り返ることなく歩き続ける。虚を
許しは請わない。言い訳もしない。これはただ、証明するための戦いだ。
そのための、戦いなのだから。
*
*
「おや、起きましたか」
目覚めると、すっかり見慣れた天井。
視線だけで見回せば、浦原商店の一室だった。入り口のところには家主が立っていて、オレはそれを逆さまに見上げている。
「道路で倒れていたのをテッサイさんに運んでもらいました。一連の騒動は黒崎サンのおかげで収束し、橙亜サンたちには後片付けを手伝ってもらってますよ」
聞きながら体を起こそうとするが、両足に激痛が走ってオレは布団の中に逆戻りした。
タオルケットをめくれば、足の先から太ももまで綺麗に包帯が巻かれている。スカートの裾ギリギリまで巻かれていたので、最高の絶対領域ができ上がっていた。天才?
「両足の筋肉から血管、神経までズタズタに切れてましたよ。唯和サンにしてはムチャをしましたねぇ」
「璃鎖みたいに斬魄刀の力で身体能力を底上げできるかと思ってやってみた。やっぱ肉体スペック以上の無理はできないことがわかりました~。ざ~んねん」
足に響かないように上体だけをのそのそと起こす。
斬魄刀の弾を自分に撃ち、「飛び上がれ」と命令してみた結果がこれだった。あれは命令を聞かせる能力であって強化が付与されるものではないので、飛び上がったはいいものの物理限界で肉体がぶっ壊れたというわけである。二度とやらんわ。結局石田君も操れなかったし。
オレの失敗談に、浦原さんはケラケラと笑っている。斬魄刀の件については当然のようにスルーか。
笑っていても、浦原さんの表情は読めない。ニコニコしている風で、心の底ではきっと別のことを考えている。まだ橙亜の無表情のほうが何を考えているかわかるというものだ。
「……アンタは全部わかってるんだろうね。中途半端に全部《知っている》オレたちよりも、よほど全部をさ」
睨みつけてみても、相変わらず胡散くさい笑顔は崩れない。返事がないのは肯定の印ではないか。
──あぁ、ムカつく。適当にあしらって、それで済むと思われている。事実なのがまたたちが悪い。
しかし、それでも。助けられていることは事実なのだ。衣食住を与え、学校に通わせて、こうしてケガまで治療してもらっている。
オレだったら他人を自分のテリトリーには入れたくない。まあ、一応ここは駄菓子屋で不特定多数の人間が出入りできるし、本当に入られたくない場所には厳重に鍵をかけているのだろうけれども。
それでも、それでもだ。オレから見ればろくでなしの非人間が、保護者の苦労を背負い込んでいる。相当、面倒だと思う。見返りでもないとやってられないくらいには。
だから全てに感謝を……とまでは思わないが、行動への礼は尽くすべきである。癪だけどね。
「治療、ありがとうございました」
「お礼を言われるほどのことじゃないっスよ」
「放任主義なのも感謝してるよ~。感謝してるのでいつかそのスカした顔面を殴るときは一発だけにしといてあげる~。避けんなよ」
突拍子もない提案だったのか、浦原さんは目を見開いて、それからへらりと笑った。
「痛いのは、遠慮したいっスねぇ。皆さんと仲良くしていたいと思っているのは本心なんスけど……」
「こっちだって仲良くしてたいんですけどぉ~? そっちが勝手に警戒してるんじゃん。ま、異世界から来たとか抜きにしても、初対面の人間は警戒して当然だけどね~」
オレは再び布団に横になった。そういえば霊力も使い果たしていたので疲労困憊である。これはマジで早急に霊圧を底上げしなければならない。めんどくさ。
「それは唯和サンも同じだと思いますけど、よくアタシのことを信用できますね? ユーコさんから聞いた……んでしたっけ?」
「え? あー……そんなこと言ったんだっけ。橙亜じゃないんだからいちいち覚えてらんねーんですけど」
枕に頭を預け、瞼を閉じる。疲労のおかげか、速やかに眠気がやってくる気配を感じた。
「ま、そうですよ。アンタの輝かしく頼もしいまでの《活躍》を聞いているから、素直に利用されてやってるの~。何に利用する気かはわかんねーけど~」
「人聞きが悪いっスねぇ……」
「利用価値がなきゃ面倒なんて見ねーでしょうが~」
片目を開け、じっと浦原さんを見上げる。浦原さんは腕を組み、入り口のところに寄りかかったままだ。
「傷ついた~?」
「いいえ? 傷つけるつもりで言ったんスか?」
笑顔で返されたので、オレは舌打ちをし、口をへの字に曲げて布団に潜った。やっぱ人でなしだよこの人。
少しだけ笑い声が聞こえたあと、「夕飯の時間にまた起こしに来ますね」という言葉を最後に、オレの意識は落ちていった。
翌日、珍しく熟睡はしたけれどアクビの止まらないオレは、橙亜の説教を聞き流しながら登校した。
璃鎖も橙亜も目立ったケガはなかったらしい。もしかしたらオレが寝ているあいだにしていてテッサイさんたちに治療されたのかもしれないが、こうして元気に存在しているのだから今はもうどうでもいいわけである。
ちなみにオレの足は「めちゃくちゃ痛い筋肉痛」くらいまで回復していた。骨が折れたわけではないのでどうにか歩けはする。めちゃくちゃ痛いけれど。という塩梅である。
霊体ではない肉体が昨日の今日でここまで回復できるもんなのかと思いはするが、そこは浦原さんだ。こうしてできているのだからできるのだろう。
学校に着き、普段と変わらぬ授業を受ける。
テストも終わって夏休みも目前の時期だ。気の抜けた授業態度の生徒たちも多い。ご多分に漏れずオレもそうだった。机に突っ伏し、先生の言葉を聞き流しながら、窓の外を眺めるばかりである。
途中、両腕に包帯を巻いた石田君が遅刻してきたが、オレは見向きもしない。ソックスで包帯を隠せるオレのケガと違って大変っすね~、と着席した彼の背中に一度視線を送ったくらいだった。
昼休みになると、クラスメイトのほとんどが教室を出ていった。女子たちは外に出てみんなで昼食を取るようで、織姫が橙亜たちも誘っている。
その誘いは当然、オレの元にもやってきた。
「唯和はどうします?」
「オレは食欲ないのでパ~ス」
机に頭を預けたままで橙亜に手を振った。橙亜は特に何も言わず、心配そうな表情の織姫に「いつものことですから」と言って一緒に教室を出て行く。こういうところは察しがいいのにね? 橙亜さん。
断った理由の一番の本音は、歩きたくないからだった。昼食は人が少なくなったあとの教室で食べればいい。橙亜ちゃんの手作り弁当ですもの、残さずにちゃんと食べますよ~、オレは。
早速カバンに手を伸ばし、弁当箱を取り出す。すると、机に誰かが近づいてきた。
「君も一緒にどうだい?」
顔を上げると、石田君がオレを見下ろしている。
彼の背後には驚いた顔の一護と水色。そして状況がまったく呑み込めずに、もはや泣いている啓吾の姿があった。
一護に昼食を一緒に取ろうと誘われた石田君が、どういうわけかオレのことまで誘いに来たらしい。──いや……なんで? 男子水入らずで仲良くやりなよ。さすがに浮くだろ、オレが。
「歩きたくないのでヤダ」
「僕が背負ってやる。それでいいだろう?」
そう言うと、石田君はしゃがんでオレに背中を向けた。
オレは頬杖をつき、溜め息を吐く。助けを求めて一護を見るも、怪訝な顔で困惑していて役には立ちそうにない。
「キミは、バカだね」
「僕の勝手だ」
何を気に病んでいるのか知らないが、この足はオレがオレの意志で負ったケガ。彼のせいではない。自業自得だ。
心配される筋合いはない。お門違いというヤツだ。
昨日の虚退治バトルに巻き込んだことについての謝罪だというなら、それも違う。それを謝罪するなら彼は空座町に住む全ての人間に謝罪するべきだ。でなければ不公平だろう。
──まあでも、本人がそうしないと気が済まねーんだろうな~。
教室で問答するのも面倒だ。一護に似て、言い出したなら引かないのだろうし、ここは素直に乗ってあげよう。唯和ちゃんってば、相手のプライドを尊重できてとっても優しい~。
優しいので、彼への負担はでき得る限り最小限にしてあげなきゃね。ケガ人に背負わせるなんて、そんな性格の悪いことはできません。できませんとも。
そんなことをするくらいなら、自分の足で歩きます。
「言い方が気に食わない。ので、杖代わりにしま~す」
「おいっ……」
石田君の右手を取り、立ち上がった。抱きつくように腕に寄りかかり、二の腕の部分をしっかりと胸の谷間に挟み込む。
「なっ!? ……っ!」
驚いた石田君はすぐさま状況を察し、顔を赤らめてこちらを睨んだ。オレはすっとぼけるように首を傾げる。
「背負うよりこっちのほうが楽でしょ~? 感謝してよね~」
「……君のそういうところが嫌いだ」
「えぇ~、ひどぉ~い」
織姫や璃鎖ほどはなくとも、たつきくらいにはあるというのに。ぐっと押しつけると、石田君はイヤそうに首を反らした。
「……珍しいね、唯和がそういうことするなんて」
「そんなことないでしょ~」
「えぇ? だってキミ、しょ──」
「どぉい!! 憶測でものを言うなよ水色さぁ~ん?」
「あぁ、うん。ごめんね。唯和は意外と慎ましいのにねって言いたかったんだ」
笑顔で述べられた水色の言葉に、石田君は「どこがだ……」と小さく呟いた。水色のヤツ、楽しんでいやがるな。あとで覚えとけよ。
まあ、そんなわけで、昼食を食べるためにオレたちは屋上を目指す。
一歩踏み出すたびに両足がズキズキと痛むが、それは朝からずっとなので別にいい。問題は、他人の腕に密着しながら歩くのは意外と難しいということだ。
いや、マジで歩きづらい。嫌がらせのためだけに軽率にやったことをほんの少し後悔していた。たまにすれ違う生徒たちのギョッとした表情だけがオレを愉快な気分にさせてくれる。
「足、大丈夫なのかい?」
ふと、隣の石田君がそんなことを言う。オレは正面の廊下を見据えたまま、特に表情を変えずに返した。
「腕、大丈夫なのか~い?」
「…………」
「大丈夫じゃなかったら休んでるよ~。つか、オレが勝手にしたケガをなんで君が気にかけるの~? やっぱり医者の卵だから~?」
「……勘違いしているようだから言っておくが、僕は医者になる気はないよ」
「ありゃ、そうなんだ」
そういえば、彼は父親と何か確執があったような気がする。大変だね~、世の中の親子ってものは。
「反抗期は親がいるあいだしかできないからな~。和解にしろ訣別にしろ、決着はつけておかないとあとあと拗らせるぞ~」
「……実体験かい?」
「いんや~。サンプルケースが身近に何人かいただけ~。オレは反抗期の前に二人ともいなくなっちゃったからね~」
石田君は一瞬だけ視線をこちらに寄越し、そして外した。
「だから普段から反抗的なのか……いろいろと」
「世の中の全てに中指を立てていくぞぉ~」
「本当にろくでもないな、君は」
そうとも。だから、オレのことを気にかける必要なんてこれっぽっちもないんだぜ。
屋上への階段の前まで来る。ここからさらに足に負荷をかけるの~? 嫌がらせやんけ。石田君に全体重を預けてやろうか。
気合を入れ、一歩ずつ上る。上りながら、石田君はポツポツと言葉をこぼした。
「君は不真面目で、不愉快で、およそ関わり合いになりたくはない人間だが……」
「おっ、ケンカか~? 今ならオレでもここから突き落としてやれるんだぜ~?」
「──友達のために命を懸けられるところだけは……尊敬するよ」
タン! と、最上階の廊下を靴底が叩いた。足がビリビリしているが、そのまま歩いて石田君に向き直る。
「テメー、人を見る目がまるでねーな。メガネ新調しろ! ハゲメガネ!」
「は、ハゲではないだろう! 君の目こそ節穴だな!」
「ただの罵倒にマジレスしてんなよ~」
屋上の扉を開け、青空の下に駆け出した。
足は痛いし、直射日光は眩しいし、気分だって最悪だ。
だけど吹く風は心地よくて、屋上からの景色は眩くて、青春ってこんな感じなのかもだなんて悟ったようなことを考えてみたりもして。
結局、どうなろうが楽しいし、楽しめるのだろう、オレという人間は。いつ死んでも満足できる刹那主義、なんだもんね。
石田君をぶん殴ることは叶わなかったけれど、多少はおちょくってやれたので今回はそれでよしとしよう。まあ、このあともからかい倒してやるつもりだけど。
──しかし、そんなお気楽な時間も今日までだ。楽しい楽しい死神代行業務を眺める生活も、今夜で終わる。
オレは一体、どうしようね。橙亜は一体、どうするのだろうね。
「とりあえず、今夜の夜更かしは確定かなぁ~?」
遠くの空には雲が見える。それに気づかないふりをして、オレはどさりと屋上に腰を下ろす。
「両手をケガしてる石田君~、大変そうだからオレが食べさせてあげるよぉ~」
「いらない。一人で食べられる。かまわないでくれ」
「アンタが誘ったんだから、責任持ってオレをかまえよ~。一緒にご飯食べたかったんでしょ~? オレをオカズに食べるんでしょぉ~? むっつりスケベな石田くぅ~ん?」
「……黒崎、彼女をどうにかしろ!」
「無理だよ……ホント、なんでコイツを連れてきたんだお前……」
賑やかな昼休みは、あっという間に過ぎていく。足の痛みなんて忘れるくらい、楽しい楽しいお昼ご飯だったのでした。
