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6.QUINCY ARCHER HATES YOU
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虚退治に駆け回った忙しない数週間がどうにか終わり、期末テストが行われた。
ま、駆け回っていたのはあの二人ばかりなのでオレは別に目に見えた苦労はない。はたから見れば二人の後ろにくっついていって傍観してるだけだもの。まだ浦原商店でテスト勉強していたほうが有意義だっただろう。やらなかったけどな。
オレは優等生な橙亜ちゃんとも、赤点ギリギリな璃鎖ちゃんとも違いますから、平均点さえ取れていれば及第点なので~す。
そして、本日はその結果発表だった。
廊下に貼り出された「期末考査上位成績者」の一覧表の前で、オレたちは一番上に君臨している橙亜の名前を発見する。
二位の石田君とはたったの4点差、900点満点を獲得したというのに、橙亜の興味は一喜一憂に騒がしい男子どもに向いている。オレだったら間違いなく自慢して練り歩くのだが、橙亜にしてみればこれが普通なのだ。天才様ってこれだから。
オレと璃鎖の名前は、この一覧には当然ない。が、オレは目標通り平均点に収まったし、璃鎖もどうにか赤点は回避できたそうだ。めでたしめでたし。
これで本業である高校生の面目は、一応保たれるであろう。《この世界》での成績が将来に役立つとはみじんも思えないしな。
「相変わらずすごいね、鐘威さん」
一護&チャドの上位成績者ランクインについて一通り騒ぎ終わったのか、廊下の壁に寄りかかってみんなを眺めていたオレの隣に水色がやってきた。
若干顔色が悪く見えるのはまだ成績格差ショックを引きずっているのだろうか。そういうところは案外、年相応に子供っぽい男である。
「オレじゃなくて、本人に言ってあげれば~?」
「悪い人じゃないのはわかってるけど、まだちょっと軽口を投げるには威圧感がね……」
「そういうの、別に全然気にせず話しかけられるクセに~」
「あはは。じゃあ、不名誉な噂を流したことへの申し訳なさってことで」
やはり、全然思っていなさそうな顔で水色は笑った。かわいい笑顔じゃなきゃ殴ってたぜ。
「──でも、唯和は友達を褒められるほうが嬉しいタイプでしょ?」
「あ?」
な~にを言っとんじゃ。と怪訝な目を向ければ、上目遣いのしたり顔がこちらを見ている。
「……不名誉な憶測はやめてくれな~い? そのかわいい顔面をボコボコにしたくないんですけど~」
「おぉ、怖い怖い。けど、あんまり強がってると、ちょっと泣かせてみたくなっちゃうね」
「同年代は興味ないんだろ~……」
「そうだね。だからキミはぼくと仲良くしてるんだ」
「……」
──踏み込まれた。そう思って、反射的に体が引く。
入学以来、程よい距離感を保ってオレたちは付き合ってきた。と思う。悪友的なクラスメイトとして、ビジネスライクの付き合いだ。
どうせ今だけの、一時的な高校生活なのだ。まさか三年間、きっちり通いきって卒業できるなどと楽観的には到底思えない。だってオレたちは《部外者》だからね。
だから、そう。クラスメイトと仲良くしているのはあくまでも上辺だけ。《好きなキャラクター》と絡んでみたいという好奇心を発端とした交流であって、彼らの人間関係に本気で割り込もうなんてことは考えていなかった。まあ、引っかき回すのはやぶさかではないんだけど。
「親密な関係にはなりようがないから、キミは特にぼくと仲良くしているように見せた。ぼくと一番仲がいいってことになれば、他の人たちとはぼくほど仲良くない──つまり、『全然仲良くなかった』って結論にできるからね」
「勝手な理論をペラペラと……そんなデコイみたいに使われて、ボクちゃん悲しいです~って被害妄想ですか~?」
「別にぼくはかまわないけどさ。鐘威さんたちにはそうもいかないでしょ。ぼくより断然、付き合いも長いみたいだし」
「オレの話聞いてる?」
「キミが聞かないんだよ、唯和」
不満があるわけでもなく。怒りがあるわけでもなく。悲しみがあるわけでもなく。水色は淡々と、普段と変わらぬ笑顔で述べる。
「何にイラついてるのか知らないけどさ。冷徹な人間ぶるの、唯和には向いてないからやめたほうがいいよ。これは『友達』としてのアドバイスね」
ビキリ、と頭のどこかで血管が切れたような音がした。
イラつく。ものすごくイラつく。オレを見透かしているような態度には腹が立つ。──けれど、心の本当の内側はそうでもなかった。
他の人間に──例えば橙亜とかに同じことを言われたら、オレは確実に手が出ている。殴りかかっている。ボコボコにして、よくもオレを侮辱したなと叫んでいる。
どうして彼相手にはそうならないのだろう。……わかってる。たぶん、あれだ。
認めたくないけれど、おそらくオレたちは──。
「性格わっる~。こんなヤツと仲良くしてるヤツの気が知れねーぜ」
盛大に顔を歪めて、嘲笑うように言ってやる。
すると、水色は目を細めて笑った。
「同感だね。きっととんでもなくバカな物好きだよ」
「かわいくねー」
「えぇー、こんなにかわいいのに」
小悪魔のような笑みを浮かべたまま、水色は壁から腰を浮かした。オレに背を向けたまま、離れた場所からこちらをチラチラ見ていた啓吾のほうに歩いていく。
「唯和もたまには素直になりなよ。そのほうがかわいげあるよ」
「そんなもんに頼らなくても、唯和ちゃんは最高にかわいいですぅ~」
後ろ手に手を振られたので、こちらも親指を下に向けて返事をした。水色の向こうでは啓吾が怪訝な顔でオレたちを交互に見る。
啓吾のことは無視して、壁に寄りかかったままで伸びをした。溜め息をつきそうになったが、どうにか呑み込んでゴツンと後頭部を壁に預ける。
──ダッサ……。
さすが、人のことをよく見ている男だ。もしかして、今のは本当に元気づけてるつもりだったのか? そこまで親しくなっていた覚えはないのだけれど。
それとも、放っておくと啓吾あたりに八つ当たりしそうだと思われたかな? うんうん、そっちのほうがオレ好みだ。友達思いで大変いいね。不愉快だよ。
──……やっぱ、「根っこ」が似てんのかね~。最悪。
ともかく、ちゃんと仮面をかぶり直さなければ。同族にバレるのは仕方ないかもしれないが、だとしても内側を見透かされるのはオレのプライドが許さない。
蜜江唯和は強くてかわいくて、何にも傷つけられない。冷徹に世界を俯瞰する。見下ろして、見下して、嘲笑ってやる。
お前らの好きにはさせない。オレを操るのはお前らじゃない。オレの人生はオレだけのものだ。他者の介在など許さない。オレ一人で完結させる。
施しは受けない。憐れみもいらない。欲しいものは自分で手に入れるし、そもそも一人で完結しているなら後付けのもろもろは必要ない。
誰かに助けを求めるくらいなら、死んだほうがマシだ。命を預けるくらいなら、自分で投げ捨てるほうが有意義だ。
そう、これは「誇り」なのだ。そうありたい、そう生きると決めた誇り。できないのなら死ぬ以外にない。「誇り」と「命」なら断然「誇り」のほうが重いのは、ルキアならわかってくれるでしょう?
「だから、邪魔をするヤツらは殺すさ。
右手をギュッと握り込む。開いてみると、爪の痕がくっきりと残っていた。
橙亜たちのバカげた虚退治に付き合うのも、そろそろ終わりだ。これ以上、オレの貴重な命を懸けてやる義理はない。戦う力もないし、誰が死のうが生きようがオレの人生には関係ない。
石田君と一護の虚退治対決を一番安全な特等席で眺めて、楽しむ。それだけでいい。それだけのことだ。
オレは何一つ苦労などせず、みんなが必死になって駆け回るさまを上から眺めるだけさ。それって最っ高の娯楽だよね!
口角を上げる。目尻を下げる。綺麗でかわいい笑顔を浮かべて、オレは騒がしい廊下を歩き出す。
教室に戻れば、クラスメイトたちはおのおの帰り支度を始めていた。すれ違う友人たちに軽やかに別れの挨拶を投げ、自分の席までたどり着く。
「唯和、何をしていたんですか?」
「ただのトイレだよ~。言わせんな、恥ずかしい」
もはや下校準備万端の橙亜の横を通り過ぎ、カバンを手に取った。くるりと身を翻し、無表情の鉄面皮を睨みつける。
「で、マジでやるんですかぁ~? 絶対石田君本人を止めるほうが早いと思うんですけどぉ~」
「今日止めても、明日似たようなことをされては意味がありません。それなら《知っている行動》の中で動くほうがまだ確実でしょう」
橙亜はいつものように答えた。──あぁ、せっかく笑顔の仮面をかぶり直したのに、また崩れてしまいそう。
「頑張るのは璃鎖だろぉ~? 足手まといは浦原さんのところで待ってればいいのに~」
「橙亜がいないと、私だけじゃホロウを見つけられないよ」
「そうですね。唯和だけでも帰っていていいですよ? 浦原さんのところが間違いなく一番安全でしょうから」
わざとらしい嫌みも、この鈍感どもには効きゃしない。やってらんねーよな、こんなのさ。
「璃鎖~、本当にいいの? このままじゃアンタの人生、オレと橙亜に使い潰されるぜ~?」
「んー?」
璃鎖は一瞬、首を傾げたが、すぐにケロッとした笑顔を見せた。
「別にいいよ。私、二人のこと好きだし、私にできることならやるよ」
「……死んでも祟るなよ~」
「祟らないよ、好きでやってるんだから。唯和もそうなんでしょ?」
ガツンと、思いっきり椅子を机の中に蹴り込んだ。橙亜が「行儀が悪いですね……」と小言を呟いている。
「そうだよ。オレも好きで、勝手に苦労を背負い込んでるアンタらを見て楽しんでるんだからね~」
「僕たちはあなたを満足させるための娯楽ではないんですけどね……」
「そう思うんならやめたらいいのにぃ~」
「残念ながら、好きでやっていることですので……」
「あっそ。じゃ、行こうぜ~」
カバンを引っ掴んで、颯爽と教室を出た。逃げたわけじゃない。居心地が悪かっただけだ。
そのまま三人で学校を出る。橙亜の案内で、一護と石田君が向かった道筋をたどった。
閑静な住宅街を歩く。オレは霊圧知覚なんてまともにできないから、現況がどうなっているかもろくに把握できていない。
しばらく歩いて、歩き続けた頃、ふと橙亜が足を止めた。そろそろ「賽は投げられた」のかな。
橙亜はおもむろに振り返り、璃鎖を見た。
「最初に現れる虚は、
「うーん、矢のほうなら止められるかもだけど……」
「では、璃鎖はまずそちらの対応をお願いします。石田さんがいるのはあちらの方角なので……」
「オッケー!」
璃鎖は慣れた手つきで斬魄刀を取り出し、橙亜が指す方向へと走り出した。
オレは頭の後ろで手を組み、橙亜を見下ろす。
「璃鎖が石田君の矢をどうこうしてるあいだ、虚に襲われない保証はないと思うんですけど~」
「はい。ですので、僕が引きつけておきますね」
「…………は?」
オレが何かを言う前に、橙亜はすでに駆け出していた。
────は、いや、あのバカ、何つった?
橙亜が目指す先の先。天気のいい青空にヒビが入る。
空が割れた。割れ目から、獣のように虚が叫び声を上げながら現れる。
そして、自分に向かってくる橙亜を、ギョロリと見下ろした。おいおい、ウソだろ。
「まさか……自分を囮に?」
──昔から、橙亜が悪霊に取り憑かれやすかったという話は聞いていた。
それでなくても小学生の頃──橙亜の家族が亡くなって間もない頃はしょっちゅう「先輩」が表に出てきていたのだ。悪霊にとっては本当に居心地のいい体なのだろう。
生まれつき悪霊に好かれる体質ならば、悪霊に近しい虚にも同様に好かれる。実際、今までも真っ先に虚が狙っていたのは橙亜だ。狙われやすい体質なのは間違いない。
だが、それとこれとは話が別だろ。
「自分から狙われに行くのは……ただのバカだろ……!?」
怒りで、声は震えていた。指の先までジンジンと、血液がよく巡っている。
向こうから先に襲いかかってくるならまだしも、あの虚は橙亜の存在に気づいていなかった。そこに、橙亜は自分に注意を向けるために自ら突っ込んでいった。
そりゃ、璃鎖が万全に虚を倒すための時間稼ぎは必要だ。だが、だとして。それは橙亜がやることか?
──何の力も持たない、まともに斬魄刀を使いこなせていないオレよりもさらに運動能力の低いオマエが、やることか?
「そんなに死にたいの……? ねぇ──橙亜」
虚が橙亜の上から、大口を開けて降ってくる。
橙亜はどうにかそれをかわし、地面を転がった。また、制服を汚している。浦原さんだって、いい加減にしろと文句を言う頃合いだ。
体勢を立て直した橙亜に、また虚は襲いかかる。その仮面に璃鎖の攻撃が飛んできた。間一髪。虚の体は橙亜に噛みつく寸前の格好のままで、ボロボロと消えていった。
しかし、安堵したのもつかの間。虚は次々と現れる。石田君が砕いた撒き餌によって、どんどんどんどんそこかしこに湧いて出てくる。
もはや群れのような虚の中に、橙亜はかまわず突っ込んでいった。璃鎖の攻撃も間に合っていないのに──たぶん、自分を盾にして石田雨竜の判断をわずかでも惑わせるために──あのバカは無謀にも突っ走っている。自分の命すら、捨て石にして。
「ふざっけんなよ……!」
信じられない。信じられない。
あぁ、そう……そうなの。「そう」だろうとは思っていたけれど、そこまで筋金入りだとは思わなかった。
目元にぐっと力を入れる。全身が熱いのに、体が震えている。
呼吸が上手くできない。視界が、赤い。
──このままだと、また、なくすぞ。
目眩がする。寒気がする。頭の裏側で警鐘が鳴っている。
──いくら自分の中で言い訳を並べたところで、現実が優しくしてくれるわけないだろ。
わかってるよ。わかっていたよ。
だけど、弱い
──まだ、現実から目を逸らすのか?
「…………っ!」
息を吸って、吐き出す。心臓に手を当て、爪を立てる。顔を上げて、空を睨みつける。
誰かの思い通りになるのはイヤだ。自分じゃどうにもできない状況に流されるのも、巻き込まれるのも、操られるのだってイヤなんだ。
「…………おい。どうせ聞こえてんだろ、斬魄刀」
オレを嗤うヤツも、蔑むヤツも、憐れむヤツも、軽んじるヤツも、嫌い。
理不尽を撒き散らす神サマとやらも、高いところから見下ろすオマエらも大嫌い。
だけど、一番嫌いなのは、さ。
「あのバカどもを助ける力を、貸せ。貸さないのなら用はない。オマエもろとも死んだほうがまだマシだ! オレにその道を選ばせるのか?」
弱いまま、何もできずに死に逃げる。まるで悲劇のヒロインだ。きっと世界中が同情してくれるね。憐れんでくれる。
──あぁ、なんて気持ちが悪い。吐き気がするほど気色が悪くて……腹が立つ。
そんな、弱い
──大事なものはつくらない、という話だったのでは?──
愉しそうな声が響く。やっぱりずっと聞いてたな。
きっと親に似て、性根が腐り曲がった最悪な女だ。
「ハッ、オレの言葉を真に受けるとか、バカなの?」
オレはウソつきなの。好きなものは好きじゃないし、キライなものは大嫌いなの。
「オレの邪魔をするヤツは、誰だろうと殺す。プライドもどきの虚栄心だろうが、泣いてるばかりの昔の
吐き捨てるのと同時に、体から霊圧があふれ出した。
目を閉じる。真っ暗な瞼の裏に広がるのは──懐かしき愛しの我が家。
鮮やかに蘇る青い空、白い洋館、緑の庭。色とりどりの草花が並ぶ小道を抜けた先には、見慣れぬ大きな鳥籠があった。
ツタに絡まれた鳥籠の中には、オレと同じくらいの一人の少女が腰かけている。
彼女はオレを認めて、花のように笑った。
『ふふふ、それでこそ
「違う。これはそんな綺麗なものじゃない」
『ですから、私は綺麗だと申し上げるのです』
「ひねくれ者」
『それはあなた様も、です。見栄など張らずに素直に手を伸ばしてくだされば、私は喜んであなた様のために世界を手に入れて差し上げたのに』
「うるせーな。オレがオレの力でやらなきゃ意味ねーんだよ」
籠の扉を蹴り飛ばせば、簡単に開いた。そんなことだろうと思った。
どうせ、鍵などはかかっていない。自分で閉じこもっているだけなのだ。
「だから、黙ってオレに従え。泣くほどこき使ってやる」
籠の中に土足で踏み入って、洋服の胸ぐらを掴んで彼女を立たせる。
オレと変わらぬ身長の彼女はスカートの裾を払い、恭しく頭を下げた。
『はい、それでこそ。おかえりなさい、愛しいあなた。そして初めまして。あなた様が望む力を、あなた様が望むだけ献上いたします』
立たせてから気づいた。彼女の服装は──メイド服のようだと。
「ハッ、生意気なメイドもいたもんだ」
そうこぼせば、彼女は狐のように笑って応えた──。
視界が白くなる。目を開けていられないくらい、風が周囲を取り囲んでいる。
ここからは、誰に気を遣う必要もない。そもそも最初から遣っていないけれど、オレはオレのやりたいようにやる。
振り回すのは、オレだ。オマエらじゃない。
一人になった橙亜を拾ったのはオレだ。璃鎖を連れ帰ったのもオレだ。じゃあ、オマエらの命だってオレのものだ。勝手にいなくなるなんて、許すはずがない。
これは自己満足だ。己の欲望を満たすための、オレのための行い。
──もう、オレから何も奪うなよ。奪わせるかよ。
手の中にある確かな実感を握り締め、目を開く。
まっすぐに敵を──橙亜と璃鎖を狙う虚どもを見据え、オレはその名を呼んだ。
「──仕え奉れ、『
霊圧が膨れ上がり、周囲に流れ出す。
解号とともに手の中に現れた刀は形を変えた。全体的にぎゅっと小さくなり、感触も変化する。
思わず眉をひそめた。土煙が晴れ、視界が戻ってくる。
手のひらの中にあるのはどう見ても刀の形からかけ離れたもの。着物姿の死神が使うとしたら大変違和感のある、異国由来の携帯武器。
「………………銃?」
それは、ハンドガンと言うにはちょっと大きいサイズの銃だった。
銃口の下にはナイフが備えつけられているが、比率で言うなら銃が圧倒的に占めている。どこぞの《弓兵のオルタ》がこんな感じの武器を使っていた気がしたが、はてさて。
──いや、刀要素が皆無……。
唯和ちゃんもツッコミに回るレベルの事態だ。なんやねん銃て。刀なら剣道の心得程度はあるけれど、銃はゲームでしか使ったことのないガチの初心者なんですけど?
見た目の大きさのわりには女学生の片腕で取り回せるほどの重さしかない。まあ、おそらくこんな形状の銃は現実には存在していないのだろうし、あくまでも斬魄刀として能力を使用するのに特化した形ってところかな。知らんけど。
「とりあえず、一発撃てばわかるだろ」
踏み切って、走り出す。ちょうどこちらに背中を向け、橙亜を追いかけている虚をめがけて銃口を向ける。
狙いをつけ、引き金を引いた。弾が発射され、虚の背中に着弾する。発砲の反動も大してない。ファンタジー銃だな。
「ん──?」
オレの攻撃に虚は一瞬動きを止めたが、しかし再び橙亜を追いかけ始めた。虚の背中に傷は見当たらず、大したダメージは入ってなさそうである。
「チッ……お~い、能力説明~!」
──あら、必要なのですか? てっきりすでにご存知のものと……──
「わかるわけねーだろ、初見だぞ!」
虚たちの元へと走りながら、非協力的な斬魄刀へ文句をこぼす。
しかし、人間の足と虚の足が互角なわけがない。璃鎖のように身体能力がブーストできるタイプの斬魄刀でもなさそうなので、今のオレが虚より先に橙亜たちの元へ行くのは絶望的だった。
──だいたい、銃は遠距離攻撃が主体のはずだろ、なんで敵に近づいてんだ! 本末転倒がオレらしいと言えばそうなんだろうが、くそったれ! こんなクソみたいな火力でどうやって戦えって…………。
「…………もしや、攻撃用じゃない? 鬼道系の、デバフの類か?」
呟けば、耳元で含み笑いがした。この感じは図星かな。
いや、鬼道系だとしても何だよ。それこそ能力のルールを知らなきゃまともに戦えねーだろうが!
そうこうしているうちにも虚は橙亜を追い詰めていた。
虚が橙亜に手を伸ばす。あと数メートルもせずに接触する。橙亜に死が、迫る──。
「──『きったねー手で橙亜に触んじゃねーぞ!』クソがっ!」
気づけば、反射的に叫んでいた。──最悪だ。これじゃあ負け犬の遠吠えもいいところ。かっこ悪いにも程がある。
いっそのこと役立たずの斬魄刀でも投げつけてやろうかと腕を振り上げ、虚を睨みつけ、そこでオレは、ようやく異変に気がついた。
「────なんだ?」
虚の動きが、止まっている。いや、相変わらず橙亜を追いかけているが、橙亜に手を伸ばそうとするとその手が「止まる」。
麻痺、にしては挙動がおかしい。橙亜の周りに何かがあって、それに阻まれるというわけでもない。
自発的に、虚は橙亜へ伸ばす手を止めているように見えた。
「おい……まさか──」
──あれがもし、オレの手によるものだとしたら。
あの虚に何かしたのはオレしかいない。璃鎖は橙亜とは別のところで必死に戦っていて、こちらまで攻撃を届ける余裕はない。だとすれば、やはりこれはオレが引き起こしたこと。
オレがあの虚にやったことは「銃を撃ったこと」。それから────。
「──オレが『触るな』、って言ったからじゃねーだろうな」
──ふふ、やはりお教えする必要はございませんのでは? その通り、私の力は「霊子を浴びせたものを操る」ものです──
あー、はいはい。わかった。わかりました。唯和ちゃんは完全に理解しました。
「つまりナムシャンデリアと同じ能力ってことじゃねーか!! あんな趣味悪オバさんと同じとか最悪なんだが!?」
今頃、校舎内で織姫たちが相手をしているであろう胸クソ虚を思い浮かべて叫んだ。
あんなヤツと同類に見られるなんてクソほど不愉快だし、尊厳陵辱まっしぐらの悪趣味な能力が発現するような人格だと喧伝して回るようなもんだろ。不名誉すぎるわ!
──あらあら、狂人を気取った常人の地が出ていますわ。いえ、「狐」にかけて化けの皮が剥がれた、と申しましょうか。愉快ですね──
「うるせーよ。これのどこが『狐木』なわけ〜?」
──斬魄刀を使ってあなた様の霊圧を相手に浴びせますと、霊子が「根」のように魂魄に張り巡ります。根の張ったものはあなた様の声には絶対に逆らうことができない──
斬魄刀から説明を受けながら、周りの虚にも弾丸を撃ち込んでいく。
弾丸はオレの霊力で作られているから無限に近い有限だ。これはさっさと鍛えて霊圧量を上げないとまずい。すぐにガス欠になるヤツだ。
「え、待って〜? 『オレの声』には絶対逆らえないって言った〜? じゃあ、耳が聞こえないヤツはどうなんの~?」
──おほほほ、まあ、あなた様が書いたとわかる文字なら効果はあるでしょうが……──
「はいはい、オレ由来の命令だと『聞く側が』認識しないと効果がないのね〜!? あっぶね、ちゃんと確認しといてよかった〜! ルールの把握大事〜!」
つまり、認知機能を潰されたり、そもそも命令を理解する知能のないヤツには効かないということだ。
この様子では言語が通じないヤツにも効かなさそうである。えっ、もしかしてこれから存在するあらゆる言語を全て学習しなきゃならない? そんな~。
「弾丸を撃ち込む場所は~? どこでもいいならこんなに楽なことはないんですけど~?」
──当然、「脳」に近いほうが支配下に置きやすいですわね──
「…………それ、やってることはゾマリ野郎じゃねーの~?」
──確かにこれは支配ですが、意識ではなく肉体を操るだけです。あなた様に好意的なほうが効きが強いですが、究極的には関係ありません。口ではあなた様への憎悪を撒き散らしながらも、肉体は従順に言うことを聞いてしまう。あぁ! なんて無様な奴隷でしょう!──
「んじゃ、支配下に置いたヤツがオレにメロメロになるとかではないわけね~。そりゃ助かる。ぺぺよりはマシか? つか、他人を操る能力持ってるヤツにまともなヤツいねーな」
──私は野蛮で狭量な存在ではありません。相手に傷を負わせては人形本来の能力を活かせませんし、意志を奪ったり、洗脳して侍らせても面白くない。複数の存在を「限度なく」同時に華麗に、そして「半永久的に」支配下に置き続けるのが私です。世界を従えられる力ですわ──
「やだ不遜〜」
しかしまあ、オレにぴったりだと言われてしまえば反論はできない。
自分の人生には誰にも介入させたくないくせに、他人を意のままに操る能力が発現する。ひどいダブスタだ。人間らしいワガママさだね。
「で、これは藍染隊長には効くのかな〜?」
──あなた様が彼より強ければ、いくらでも──
「ですよね~〜〜!」
強くなるのは大前提。悪いヤツを操って即終了、なんて楽な手は使わせてくれない。どのみち話の通じない輩は実力で屈服させるしかないのだ。
しゃーない。ならば地道にレベル上げを頑張りましょう。一番強くなれば、問題はないのだろう?
──それでこそ、我が主──
楽しげな声が脳内に響いた。周囲の虚たちの動きは完全に沈黙している。
「『昇華』」
指を鳴らして告げれば、虚は一斉に消える。消えゆく彼らの真ん中を堂々と、踊るような足取りで進む。
つか、虚って自発的に昇華できるのか? 無理だよな? それともこれは命令ではなく、単に「虚を昇華する」斬魄刀の性質由来の能力だから支配能力とはちょっと違っているのかしら。
どちらにしろ、安全圏から一方的に虚退治ができるという点に関しては申し分ない。まるで滅却師みたいだね。
「んじゃ、石田君操ってこんなバカげた遊びは終わりにしますか~」
橙亜と璃鎖に背を向け、歩き出す。正確な位置はわからないけれど、矢の飛んできた方向に向かえば出会えるだろう。
橙亜たちが何か叫んでいるけれど、知らないね。勝手にやってればいいさ。オレも、勝手にやるんだから。
