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10.TATTOO ON THE SKY
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『西方郛外区に歪面反応! 三号から八号域に警戒令!』
その日、瀞霊廷中に警戒令が鳴り響いた。
朝食を終え、隊舎でのんびりしていたオレは、緊急事態に慌ただしく駆け回る三番隊隊士たちを横目に隅っこでじっとしていた。
窓から晴れた青空を見上げて、ようやくやってきた旅禍御一行に思いを馳せる。
オレたちが尸魂界にやってきてから、まあざっくり10日ほどが経っていた。現世との時間のズレもあるのだろうから正確なところは知らないが。
「お早いご到着だぁね~」
嫌みったらしく吐き捨てる。
オレたちが付け焼刃で必死に特訓して微々たる成長を見せている隣で、《主人公様》たちは堂々とやってきた。なんとも頼もしいことこの上ないじゃないか。
オレたちの成果? ま、想定通りって感じじゃないっすかね。
一番ネックだった橙亜は無事に斬魄刀の名を把握したし、六人全員が斬魄刀を手にしてスタートラインには立った。
戦闘に関しては藍染隊長を筆頭にいろんな人に教わってみたものの、モノにできたかと聞かれれば微妙なところだろう。所詮は素人に毛が生えた程度だ。
そんなわけなので、オレは一護たちがやってきても隊舎に閉じこもっているつもりだった。だって出て行ってもやることねーもん。
橙亜さんが助けたい十二番隊士の件までは大人しくしているくらいしかマジでやることがない。あ~、残念残念。唯和ちゃん、ヒマすぎて隊長たちの裏切り発覚まで隊舎でおねんねし続けちゃうかもなぁ~。
「警戒令やって。唯和ちゃん、一緒に様子見に行こ」
「…………」
そんなオレの前に、市丸隊長が飄々と現れた。なんでやねん、が口から飛び出て行くのをギリギリで耐える。
「警戒令だっつってんのに足手まといを連れていく必要があるんですか~?」
「ん? せやからボクのそばが一番安心やろ? 大丈夫。ちゃんと守ったるから」
「言う相手間違ってますよぉ~?」
オレの文句など聞かず、市丸隊長はオレの二の腕を掴んで外に引っ張っていく。抵抗したいが、男女の体格差の前には無力だった。クソッ、これだから力ばかりが強い男ってヤツは……!
あれよあれよという間に三番隊の敷地から抜け出し、オレは瀞霊廷の西にある瀞霊門――白道門の近くまで連れ出されてしまった。
「や~だ~! か~え~る~!」
「大丈夫大丈夫、ここの門番は尸魂界一の豪傑やねんて」
「だったら隊舎にいても変わらんでしょ~!? せめて副隊長んとこ行きたいんですけど~!」
「イヅルは他のみんなまとめるのに忙しいんやから、邪魔したらあかんよ?」
「えっ、オレがここにいるほうが断然隊長の邪魔じゃん」
マジレスしたが、隊長はニヤニヤと笑うだけだ。オレは堂々と中指を立てて抗議するが、無視される。
――マ~ジで、なんでオレを連れ出したんだこの男。
わかりやすいところでは、オレの監視だろう。が、そんな面倒なものはそれこそ副隊長たちに押しつければいい。ご覧の通り、力尽くで来られればオレに抵抗できる力はないのだ。至極残念なことにな!
と、なると。他に考えられるのは、旅禍――もとい一護たちと接触させて反応が見たいとか? ……なんで?
まあ……ルキアの話題を振ってきたから、その延長で旅禍どもとオレ(たち)になんらかの関係があると思っている可能性はある。市丸隊長は特に、他の隊長さんたちよりは
だとすると、どう振る舞うのが正解なんだ? 知り合いだと知られると面倒くさいことになりそうではある。難癖つけられて旅禍の一味だと思われたら最悪だな~。
オレが考え込んでいるあいだにも、門の向こうからはドッカンドッカンと轟音が響いている。人間が相手にしていい音じゃなさすぎるだろ。
「工事でもしてんのか~?」
しゃがみ込むと、ガシャンと腰に差していた斬魄刀の鞘が地面に触れた。コスプレ以外でそんなことをしたのは初めてだったので、実はまだちょっと慣れていない。
「唯和ちゃん、実戦は初めてやろ? 怖ないん?」
「隊長が守ってくれるんなら怖いことないんじゃないっすか~?」
「わからへんよ? 相手がとんでもない悪人かもしれへんし」
「隊長より悪人なヤツとか想像つかないなぁ~」
「あら、ひどい言われようや」
市丸隊長は相変わらずニヤニヤと笑うばかりだ。か弱い女の子を最前線まで連れ出す男が悪人じゃないわけねーだろうが。
そんな、大した手応えもない文句を飛ばしていると、不意に門の向こうが静かになった。決着がついたのかしら。
屈伸をするように立ち上がる。ぐっと伸びをして肩を回した。隊長に強めに引っ張られたことを当てつけるように大げさな動作を繰り返す。
隊長は横目で見ていたようだが、門が動く気配を見せてからは視線をそちらに移した。たぶん。糸目だからわかりづらいんだよな。
そして、門が開く。人間にはとても開けられないような大きな門扉が、10メートル近い身長の門番――兕丹坊の手によって勢いよく持ち上げられた。
凄まじい開門の音と気合いの雄叫びで、思わず上体が後ろに反れる。風圧で乱れた前髪を整えつつ、オレは門の外に目を向けた。
門を開けて固まっている兕丹坊の後ろに、いるわいるわ。旅禍こと、黒崎一護御一行がちゃ~んと来ている。
「おやおやぁ〜、なんだか見覚えのあるメンバーだねぇ〜!」
オレは左手を目の上にかざし、腹から声を飛ばした。
いの一番に反応を見せたのは織姫だ。
「唯和ちゃん! 無事だったんだ!」
「蜜江唯和!? と……」
「…………誰だ?」
嫌そうな表情を見せる石田君に続いて、一護の険しい視線は隣の隊長に取られる。
チャドの反応はよくわからん。この距離では無表情と区別がつかない。猫の夜一さんは――当然、オレよりも隊長を警戒しているだろう。
隊長の姿を認めた兕丹坊は、初見のオレには目もくれずに動揺をこぼす。一瞬で張り詰めた緊張感の中、隊長は普段と変わらぬ調子で口を開いた。
「あァ、こらあかん」
一瞬だった。
来るとわかっていたのに、確かに視界に収めることができなかった。ただ、事が済んだあとの空気の揺らぎでその技術の恐ろしさを実感しただけだった。
「……あかんなぁ……門番は門開けるためにいてんのとちゃうやろ」
事を終えても、やはり隊長の調子は変わらない。
今の一瞬で、門を支えていた兕丹坊の左腕が、後方に吹き飛んでいた。斬り落とされ、門の向こうの流魂街の建物の屋根にドスンと落ちる。
それを認識したのと同時に、切断面からは大量の血液が噴き出した。
「こっわ~。今んとこ隊長が一番怖いっすよ~?」
血飛沫がかからないよう、隊長の背後に入って盾にする。辺りには血のにおいが漂っていて大変居心地が悪い。
「せやけど、門番としたら失格なんやからボクがその尻拭いをせんと」
「拭うどころか感染性廃棄物を周囲にまき散らしてるんですけどぉ~? 誰が掃除すんの~? もしかして
「唯和ちゃん、意外とそういうとこ真面目なんやね」
「は? 事実誤認やめてください。本気で尻拭いする気なら腕じゃなくて首を飛ばすか、心臓を貫くかできたと思うんですけどぉ~?」
そう言うと、隊長は笑みを深めた。
なんすか。今の隊長が手加減していることは別に旅禍一行ですらわかっていると思いますけど。一応、門番の弁明を聞いといてやろう、みたいな気遣いだったんですか? そんなわけないよねぇ?
そんなオレたちの雑談が聞こえたのか、片腕で門を支え続ける兕丹坊は門を開けた理由を述べる。自分が負けたのだから、勝った者を通すのは当たり前とのことだ。
しかし、残念ながら。隊長はその返答がどうにもお気に召さなかったらしい。彼は今度こそ、本当に兕丹坊を殺すつもりで刀を抜く。
それを止めるために斬りかかったのはもちろん、一護であった。
――ギィン!
刀を弾く音が響く。隊長と一護はお互いに距離を取りつつも、向かい合った。
一護はビシッと切っ先を隊長に向け、高らかに叫ぶ。
「何てことしやがんだこの野郎!!!」
一護の後ろでは夜一さんが青ざめていた。あ~あ、かわいそ。ちゃんと手綱を握っておかないからこういう――。
「蜜江も蜜江だ! 止めろよ!」
「ムチャ言うな~! これでも上司だぞ、一応!」
ほらクソ、オレにまで矛先が飛んできやがった。こっちは立場がマジで複雑すぎて下手なことできねーんだぞ、これ以上巻き込むなよ。
「一応て……ひどいなァ、その上司が刀向けられてんのに……」
隊長はオレを見ながらニヤニヤと笑う。
そう言われると、
「はいはい、やればいいんでしょやれば~。仕え奉れ~、狐木」
斬魄刀を抜き、解放する。隊長からは「へぇ」という声が聞こえた。満足ですかぁ?
すっかり手になじむようになった愛銃を旅禍一行に向けると、唯一オレの斬魄刀に見覚えがある石田君が一護たちに警戒を呼びかけた。
「彼女は容赦なく人の脳天を狙えるからな、気をつけろよ!」
「んじゃ、お望み通り石田君から殺しまぁ~す!」
頭を庇うように手を上げる石田君に向かって、とりあえず一発。しかし、残念ながら織姫の三天結盾に阻まれる。
「チッ……女に守らせるとかダッセーの~」
「ほんとに撃ちやがった……!」
「っ、やめて……! 唯和ちゃん!」
驚く一護は無視。嘆く織姫のかわいさを堪能しつつ、狐木に霊圧を込めて次弾を装填する。
オレの弾丸は性質上、ペイント弾に近いものだ。相手にオレの霊圧を浴びせることが目的の弾丸だからね。
つまり、殺傷力や貫通力に関してはゴミも同然なのである。意志を持つ盾舜六花本体ならば操れるかもしれないが、盾の部分に当たっても無意味なのだった。
――あれ、じゃあ「斬魄刀」に当てたらどうなるんだ?
疑問に思ったなら、《その時スデに行動は》終わらせないとなッ!
「『狙い撃つぜ!』」
今度は銃口を一護に向け、発砲する。予想通り、一護は斬月を盾にして受けてくれた。やったね!
一護は斬月越しにオレを睨んだ。
「いい加減にしろ蜜江! お前と遊んでる暇はねぇんだ! 俺はこのキツネ野郎に――」
「コラーーーー!!」
夜一さんの怒声が響いた。ひとまず退けと、こちらに聞こえるのもかまわずに叫んでいる。
その内容を聞いていた隊長は、こちらに首を傾けた。
「彼が黒崎一護?」
「……なんでオレに聞くんですかぁ~?」
「知り合いに聞くんが確実やろ?」
「本人に聞くのがもっと確実っすよ~」
「ほんまやね」
そう言って、隊長は笑った。案の定、一護が「知ってんのか俺のこと?」と反応を見せる。
隊長は一護に背を向け、大幅に距離を取った。オレもそそくさと端の建物近くに避難する。狐木で操ってみるのは次の機会にいたしましょう。
さて、一護は怪訝な顔だ。そんなに離れてどうするのかと尋ねる一護に、市丸隊長は斬魄刀の解放で答える。
「射殺せ『神鎗』」
瞬間、斬魄刀の刀身が伸びた。凄まじい速度と威力で伸びるそれは、一護どころか背後にいた兕丹坊もまとめて突き飛ばす。
支えがなくなったことで門が下りた。隊長は笑いながら門の向こうを覗き込み、どこか煽るように手を振っている。
「……」
門が完全に閉じる寸前、石田君と目が合った気がした。キッと睨まれたような、そんなかわいげの欠片もない目と。
わぁ、怖い怖い。怖くて怖くて、思わず口角が上がってしまったのは仕方のないことだよね!
そんな刹那の交錯は、巨大な門扉により強制終了と相成った。
門は閉じ、周囲は静まり返った。
まあ、ひとまず。橙亜さんが頭を抱えるような事態にならなかったのはよかったのだろう。オレとしては全然物足りなくて、実につまらんけどネ。
袴を払い、仕事を終えた隊長を振り返る。隊長は離れたところにいた副隊長に歩み寄って何事かを告げ、そしてまたオレのところまでやってきた。
「ほな、あとはご自由に」
顔の前でわざとらしく手を振って、隊長はいずこかへと消え去った。
「………………」
――わっかんねぇ~……。
何を考えているのかがまったく読めない。一連の行動はオレの何かを見極めたかったのか、それともただの気まぐれか。
オレたち六人を怪しんでいるのは確実。今のところ脅威にはなり得ないから「排除」の選択肢の優先順位が低いだけだ。
一護たちと顔見知りなのはバッチリ知られたし、旅禍を手引きしたとかの濡れ衣を着せるとか? まさか藍染殺害の容疑者に仕立て上げようなんてことはあるまい?
――んまぁ、何をやってきてもおかしくないのが藍染サマの怖いところなんだけど。
あくまでも、それは藍染についての話。市丸隊長の思惑はまたちょっと違う。
素直に藍染隊長に有利なように動いているとは思えないが、だからって信用を失うまでの行動は取らない。はずだ。
オレたちを試していたりは、するのか? 藍染の思惑をめちゃくちゃにしてくれるかもって?
いや~、ナイな~……。現時点でも一護のほうがまだ確度がある。
やっぱり、様子見と監視の意味合いが大きいだろう。隊長たちはこのあと忙しくなるから、オレたちにかまってる暇もなくなるしな。
「なんで《オチ》まで知ってんのに相手の動きを《メタ読み》できねーんだよ、めんどくせ~!」
「わけのわからないことを喚いてないで……行くよ、蜜江さん」
呆れた様子の副隊長に促され、三番隊隊士の集団に交ざる。
ここには三番隊以外にも九番隊が来ていた。九番隊の人込みから顔を覗かせた璃鎖と戯れながら、オレたちは白道門前から離れていく。
「ねぇ、唯和。みんながさっきから言ってる『りょか』って何?」
足りない身長を補うようにぴょこぴょこと跳ねながら、璃鎖が尋ねてきた。
前を歩いていた檜佐木副隊長にも聞こえたのか、睨むように振り返られる。これはあれだな、一度璃鎖に説明したのに忘れたか、そもそも聞いてないと見たぜ。
「何だっけ~? 死神の導きなしに不正に尸魂界に来た魂魄のこと、だったかな~? あらゆる災厄の元凶とされているんだってさぁ~」
ここへ来る前に副隊長から聞き齧った知識を、自信満々に披露する。しかし、璃鎖はやはりよくわかっていないような顔だ。
「つまり?」
「侵入者ってこと~」
「なんで入ってきたの?」
「さて、なんででしょうなぁ~?」
「唯和、りょかさんの顔見たの?」
「すんごい凶悪な顔してたよ~! あれは過去に相当ケンカしてきたツラだね、間違いないね!」
「そうなんだ!」
あぁ、まったく。璃鎖と話していると余計なことを考えなくていいから楽でいい。
「璃鎖ちゃんだけがオレの癒しだよぉ~」
「……唯和、頭押すのやめて! 縮む!」
「持ち運べるくらいに縮んでくれ~。オレの精神衛生上のために~」
「やだー!」
璃鎖の頭をポンポンと叩きながら、オレたちは隊舎へと戻るのでした。
*
*
昨日、尸魂界に旅禍が現れた。言わずもがな、黒崎さんたちだ。
僕は五番隊隊舎にいたので詳しい状況までは知らない。わざわざ知らされる立場でもないので、漏れ聞こえてくる噂話が一番の情報源だった。
迎撃したのは市丸さんに変わりないだろうが、璃鎖や唯和も白道門まで出向いたのだろうか。何事もなければいいのだが。
話を聞きに行きたいけれど、警戒令が出された瀞霊廷内において一般隊士が自由に動き回ることはできない。それでなくとも難しい立場にいるのだ。下手に目立つような動きは、本当に必要なときの妨げになる可能性もあるので避けるべきだろう。
そんなわけで、僕は昨日からやきもきとした気持ちを抱えながら、隊舎内で大人しく過ごしていた。
今頃は、ルキアさんが懺罪宮に移されているのだろうか。廊下の窓から嫌みなほどに晴れ渡っている青空を眺めていると、誰かの足音が近づいてきた。
「おや、鐘威くん。浮かない顔だね? 心配事かな?」
「…………」
――あれ、てっきり阿散井さんに会うために今日はもう懺罪宮のほうに向かったと思っていたのに。
目の前に現れた藍染さんの姿に、思わず「なんでここにいるんですか?」と口にしそうになったのを呑み込んだ。ここは彼が隊長を務める隊舎なのだから、いること自体は別におかしくはない。
旅禍の侵入騒ぎで浮き足立つ隊舎内の空気を気にした様子もなく、藍染さんはいつも通りのにこやかな態度だ。
もう少しシリアスな雰囲気を纏うべき状況のような気もするが……あれかな、隊士たちが不安に思わないようにという気遣いなのかな。
「旅禍が現れたと聞けば、浮かない顔にもなりますよ」
答えてから、「……いや、そもそも無表情では?」というツッコミが浮かんだ。これも緊張感を和らげるためのジョークか。なるほどな。
「やっぱり不安だよね。僕がずっとそばにいてあげられればいいんだけど……調べることがまだまだあってね。雛森くんと一緒のほうが安心できるだろう」
「いえ、別にそんなことは。副隊長もお忙しいでしょうし……」
不安そうな様子の雛森さんが頭を過ぎる。
近頃の藍染さんの不可解な行動を心配している彼女についてよくもそんな、白々しい言い方ができるものだ。副官は、僕や他の隊士たちよりも真っ先に気を遣うべき相手だろうに。
そもそも、旅禍の侵入の件だっておおむね藍染さんのせいではないか。嫌みの一つでも投げつけたい気分だ。
「……今朝も、隊長の様子がおかしいことを心配しているようでしたよ。僕なんかにはかまわず、まずは彼女を安心させるべきだと思いますけど」
「雛森くんなら大丈夫だよ。必要なことなんだ……すぐに僕の行動の意図もわかってくれるさ」
素知らぬ顔でぬけぬけと。一周回って感心してしまう。
「わかってほしいのならわかりやすく口にしないと伝わりませんよ……?」
思わず出た言葉に、藍染さんはニコリと笑みを深めるだけだった。これは……わかってほしくないのか? それとも、言わずともわかってほしいのか……?
本当に、藍染さんの考えることはよくわからない。少なくとも、彼について僕がわかることはきっとこの先も一つもないのだろう。この一週間と少しのあいだで、そんな諦めの境地に至り始めたところである。
――まあ、わからないものはわからないままにしておいてもいいのだけれど……。
「鐘威くんは、現世にいた頃……朽木ルキアさんとは親しかったのかな?」
不意に、藍染さんは話題を変えた。まるでこのあと、阿散井さんにするような話題だ。
「普通のクラスメイトでしたよ。僕たちは虚や死神が見えていたので、それらについて丁寧に教えていただきはしましたけど」
尸魂界に来てすぐに簡単な事情聴取をされたときにも、似たようなことは伝えてある。隊長がわざわざ、改めて聞く必要はない。
それなのにルキアさんの話題を振ってくるのは――。
「君はどう思う? 彼女は死ぬべきだろうか?」
――一体、どういう意図なのだろう。
ルキアさんの処刑について疑問を持たせたいのか。それとも、僕たち六人がなんらかの動きを見せることを警戒しているのか。ただ、からかわれているだけなのか。
「どうしてそんなことを僕に聞くんですか?」
「単なる興味……いや、思考の整理かな。この件について……僕は厭な予感がしていてね。誰かと話して考えをまとめたかったんだ」
率直に尋ねると、藍染さんはルキアさんの処刑についての不審な点を丁寧に丁寧に説明してくれた。自分が仕組んでいるのだから当然ではあるが、スラスラスラスラ。
もしかしてあらかじめ原稿を用意していて、阿散井さん以外の人にも実はこんな風に吹聴していたのか? そう思うくらいには一言一句、阿散井さんに話す内容と変わらない言葉であった。
「僕にはこれが、全て一つの意志に動いているような気がしてならないんだ。だから、君の意見も聞いてみたくてね。考えすぎなら……それに越したことはないんだ」
僕の意見など聞いたところで、何も変わらないだろうに。
そんな溜め息を呑み込んで、「そうですね……」と思考を巡らせる。
僕の意見、というほど立派なものはない。僕はこの世界にとって《部外者》なのは間違いないので、当事者ではないのに何らかの意見を表明するのは少々抵抗があった。
だから、世間一般における無難な共通認識しか、即座に出せる返答はない。
「ルールを破ったのなら、罰は与えられてしかるべきです。秩序を維持するためには必要なことですから」
当たり前のことすぎて、何の面白味もない解答だと我ながら思う。それでも、変に目立つよりはいいだろう。偉そうなことを言える立場ではないし。
眼前の藍染さんを見上げた。彼はにこやかなまま、特に表情は変えない。
変えないまま、少しだけ身を屈めて、「では、それが仕組まれた処刑なら?」と続けた。
「……」
――本当に、どういう意図を持って、そんなことを聞くのだろう。
わからない。彼の考えることは僕には全然、わからない。
ただ、にこやかにそう尋ねた彼が、どこか面白がっているように見えたから。――きっと、そんなことはないのだろうが、人が死ぬ、命が失われる話をしているときに笑顔など浮かべているから。
崩玉を手に入れる、たったそれだけの、くだらないことのためにルキアさんの命を損なおうとしている張本人が。ましてやその必要がない方法も見つけられるのに、真っ先に「殺す」手段を選んだ人が、そんなことを軽々しく口にするから――。
「……それが、正当なものではなく、誰かが仕組んだものなら……許されることではありません。そのうえ、必要のない命まで奪おうというのなら――」
涼しげな藍染さんの両目を射抜くように見て、僕は心の底から答えた。
「僕の命と引き換えにしてでも、彼女を助けたいと思います。たとえ彼女自身が死を望んでいたとしても」
僕個人の意見としては、それが全てだ。たとえ黒崎さんがいなくてもそうするだろう。藍染さんが敵でなくても、そうするだろう。
当然だ。だって僕は、誰の死も見たくはないのだから。
「……変わらないね、君は」
藍染さんは目を伏せて、息を吐いた。
もしここにいるのが過去の僕だったなら、彼女も同じように答えたのだろうか。……そうだろうな。
本当に過去の僕が「鐘威橙亜」であるなら、他の考えなど持ちようがない。
「……今回は、『許してくれ』とは言わないのですね」
「言ったところで、君は僕を許しはしないんだろう?」
「どうでしょう。僕は当事者ではないので、あなたが反省し、心を改めれば僕個人は許すかもしれませんけれど……」
こんな口の聞き方をして、ただで済むとは思えない。隊長相手には過ぎた言葉だ。あまつさえ、ルキアさんの処刑を仕組んだ黒幕相手にこの啖呵は、僕が彼の立場にいてもそれなりに腹が立つと思う。
それでも――これで彼に殺されるとしても、後悔はなかった。彼のやり方が許せないのは、間違いないのだ。
「申し訳ありません。少々頭に血が上りましたので、外で冷やしてきます」
「うん、気をつけて。僕はこのあと出かけるから」
手を振る藍染さんに頭を下げてから、背中を向ける。
僕の発言を咎めもしないのか。――まあ、蟻の戯れ言をいちいち本気にはしないか。僕が何を言ったところで、ほんの少しも彼には影響しないのだろう。
――…………悔しい、な……。
この怒りが届かないことが、歯痒いばかりだ。
「自らを犠牲にしてまで他人を助ける……か。出会ったときと少しも変わらないままだね、君は」
足早に歩き出すと、後ろから彼の静かな声が聞こえた。
独り言のようだったので、僕は振り返らず、そのまま五番隊隊舎を出る。どうせ、何を言い返したところで暖簾に腕押しなのだから。
――だから、そのあとに続いた藍染さんの言葉は、僕の耳には届かなかった。
*
*
「本当に愚かだよ。目眩さえするようだ」
藍染惣右介は眼鏡を押し上げ、遠ざかる鐘威橙亜の背を冷たく見つめる。
「だが……だからこそ君は
その口元は右手に隠され、本人以外に窺い知ることはできない。
「それで君が死ぬことになってもね――――橙亜」
視線は変わらず、橙亜の背を見つめている。彼女が廊下を曲がり、視界から消え失せてから、藍染は踵を返して歩き出した。
