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9.THE BLADE AND ME
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四番隊隊舎に到着したが、卯ノ花さんは留守とのことだった。そりゃあそうだ。隊長さんなのだから忙しいに決まっている。
やはり、藍染さんも隊長業務が忙しかったのだろう。そうであることを願いながら、僕たちは四番隊隊舎の一室の、応接間のような部屋に腰を落ち着けた。四番隊の方が快く貸してくれたのだった。
「ふぃ~……んじゃ、今後のことについての話し合いだっけ~? ぱぱ~っとやっちゃおうぜ~。どうせ結論は決まってんだしさ~」
六人で囲んでいたテーブルに、左隣の唯和はだらしなく寄りかかって頬杖をついた。
ちなみに僕の右隣が璃鎖で、正面には左から結斗、鏡哉、琲眞の順でソファに座っている。
鏡哉は、唯和の言葉にあからさまに顔をしかめた。
「今後のことって……そりゃもちろん、《ボクたちがいた場所》に帰るのが一番の目標でしょ? そのための方法を、一刻も早く探さなきゃ」
「あ~、ね~? ちなみに、今すぐ帰らないと死んじゃうぅ~って人~」
唯和は右手を上げ、全員の顔を見回した。しかし、手を上げる者はいない。
死ぬほど、という形容がつくほどの強い気持ちは、確かに僕も持ってはいないが。
「一刻も早い必要はないみたいっすね~」
「……でも、早いに越したことはないでしょ。死神の、あー……面倒事とかに巻き込まれたくないし、危険なことは避けるべきだし」
「だ、そうですよ? 橙亜さん」
隣から唯和の視線がグサリと刺さった。僕の「目標」を暗に非難されている。
そんな僕と唯和の様子をじっと眺めていた結斗から、深い溜め息が聞こえた。見ると、彼は目元を覆ってうなだれている。
「あァ……はいはい。橙亜がとんでもなくバカなことを考えてるのはわかったよ。ほんっとバカだよなァ、お前」
「あの、言う前から決めつけないでもらっていいですか?」
「じゃァ、俺たちを安心させるような内容か? もしもそうならどっかの屋上から飛び降りてやるよ。俺が間違ってましたってな!」
「結斗、その冗談は全然面白くないからやめて」
鏡哉に注意され、結斗は「サーセン」と悪びれない態度で顔を逸らした。
一方、僕は。結斗の言葉がまったくの的外れというわけでもなかったものだから、どう誤解なく伝えるべきかと視線を宙にさ迷わせる。
さ迷わせた結果、最終的に鏡哉の不審そうな目と視線が合致した。
「……橙亜?」
「はい……」
「何、考えてる?」
過去、こんなに怖い質問をされたことがあるだろうか。
鏡哉は笑顔だ。柔和で朗らかで、藍染さんにも負けないほど人畜無害な笑顔だ。
しかし、声が冷たい。これ以上ないほど冷たい。「余計なこと考えてないよね?」と声音が物語っている。器用な男だ。
先ほどまでの怯えた態度はどこへ行ったのか。今、この場で一番恐ろしいのが鏡哉だった。別に、過去に彼にひどい目に遭わされたとか、ひどく傷つけられたとかの経験はまったくないのに、僕の背筋は震え上がっている。
これはたぶん、鏡哉がこの場で、もっともまともな人間だからだ。当たり前に善良で、当たり前に正しい彼だから、相対している僕が、相対的に邪悪で、間違っている人間な気がしてきてしまうのだ。
──しかし、だ。たとえ僕の目指すことが邪悪で間違っているとしても、それでも。
「僕は、誰も死なせたくないです」
まっすぐと、鏡哉の目を見て口にした。
──それでも、自分の気持ちに、嘘はつけない。
誰かが死ぬのは悲しい。悲しみは、少ないほうが断然いい。みんなが幸せになれるのなら、それ以上に素晴らしいことはないはずだ。
「誰も、死なせません。《この先》、いろんな人の思惑で、いろんな人たちが巻き込まれる。皆さんの《
無茶なことを言っている。無謀なことを言っている。だけど、無理だと諦めることも、無意味だと否定されることも嫌なのだ。
「協力してほしいとは、言いません。危険なことは間違いないので、無理強いできることじゃないです。ですから、僕は一人でもやります。その邪魔だけは、しないでいただけると嬉しいです」
言い終わると、室内はしばらく静まり返った。
はっきりと言ったことに後悔はないが、大した力もないのに偉そうな発言をしたことには若干の気恥ずかしさを感じ、いたたまれなくなる。
視線を落としてテーブルを注視していると、最初に口を開いたのは結斗だった。
「はァ……諦めろ、鏡哉。このバカは言い出したら聞かねェんだから、俺たちが諦めて手伝ってやるのが結果的に一番マシになると思うぜ……最悪なことにな」
「いや、でも……無理でしょ、普通に……」
「マジレスされてや~んの。ちなみに璃鎖と琲眞の意見は?」
ずっと聞き手に徹していた二人に唯和が問いかける。二人は顔を見合わせ、即答した。
「私は橙亜のお手伝いするよ!」
「俺は鏡哉に従う。命令なら、橙亜を力尽くで拘束するが?」
「ごめん、琲眞。お願いするかも……」
「待て待て待て落ち着けって鏡哉。すぐさま《帰る》方法があるならともかく、それもまだわかってねェならさァ、わかるまでのあいだは別に橙亜を手伝ってやるのもいいんじゃねェの?」
「結斗って、文句言いながらも昔から橙亜に甘いよね……」
「いやだって、あのバカを一人にしたら早死にするに決まってんだろ! 仮に琲眞に止められて死ななかったとしても、今度は死んだ奴らのこと考えて泣いて泣いて落ち込んで、それこそ死ぬほど病むに決まってる! めんどくさすぎて絶対相手にしたくねェ!」
結斗が鏡哉に熱弁している。結斗は僕の親でも何でもないのだから、僕の相手をする必要はないと思うのだが? 放っておいてくれて全然かまわないのだが?
しかし、僕の抗議の視線はあっさり無視された。唯和がこちらを見ながら「ぷぷぷ」と笑っている。まったく面白くないよ。
「ま、実際問題。オレたちが《帰る》ためには最低限、どうにかして《侑子さん》と連絡を取らなきゃいけないわけだけどぉ~?」
唯和の言葉に、鏡哉はシュンとして溜め息をついた。
「ボクたちには、その術がない……今日明日で見つかるような手段じゃないのはわかってるよ。でも、だからって探す合間に人助けをしてる余裕なんて……」
「ちなみに、
「そうなの!?」
鏡哉は今日一番の素っ頓狂な声を上げた。左耳を押えた結斗が「よくすぐに脳内変換して反応できたな……」と感心している。
「えっ、じゃあ
「いえ……
「つか、そもそも本当に知り合いか怪しいぜ~? あの人が他人に願い事を託すとか思えないし~」
「自力で実験してた最中にうっかり時空が繋がったとかじゃねェの?」
「
それに、たとえ浦原さんから帰るための手段を聞けたとしてもだ。僕たちを《ここ》に送った侑子さん曰く、「鐘威橙亜は何かを見つける」必要がある。
その内容にまったく見当がついていない現状、帰る手段が見つかっても、帰るための条件は満たされていない可能性が高い。しかも、侑子さんに言及されたのは僕だけなので、他の五人は帰れたとしても、僕だけ除外される可能性もある。
とはいえ、帰る手段を見つけるのは早いに越したことはないのも事実だ。こんな危険な状況から一刻も早く脱したいのは当然の感情であるし、最悪鏡哉たち五人だけ帰ってもらって、僕一人で頑張るとしても全然──。
「ともかく~、
唯和の言葉に、鏡哉はしぶしぶ頷いた。
「まあね。ボクとしては、それぞれの隊で大人しく引きこもっておいてほしいんだけど?」
「でも橙亜はアレしたいんだろ? 誰かいたっけ? 次のアレでアレする奴」
「もはや言い換えでもなんでもなくただ語彙力がない人じゃん、結斗……」
鏡哉は苦言を呈したが、それでも言いたいことは伝わった。つまり結斗は、「《尸魂界篇》で死ぬ人がいたか?」を尋ねている。
唯和を見ると視線が合った。彼女は不愉快そうに笑って、僕が死なせたくない人たちを口にする。
「そりゃお前、
結斗は「あァ……」と苦い顔になった。そして、おそるおそる鏡哉を横目で見る。
鏡哉の目は、もはや据わっていた。
「あのさ……それを邪魔するのって敵対行為だよ? わかってる?」
「非人道的な行為は見過ごせません」
「それはそうなんだけどさぁ……でも、だからってボクたちに止められる力はないでしょ。やめといたほうがいいって……!」
顔を覆って嘆く鏡哉に反論したのは、ニヤリと笑う唯和だった。
「じゃあ、『止められる力がある』なら、鏡哉君も見過ごしたくはないんだね~?」
「えっ、いや……それは……」
鏡哉は明らかに「失言した」と顔をしかめた。唯和に余計な口実を与えてしまったことを後悔しているらしい。
「鏡哉君だって橙亜に負けず劣らずの善良な人間だもんなぁ~? オレや結斗は他人がどこで死のうが興味もないろくでなしだけど、鏡哉君はやっぱり違うなぁ~」
「おい唯和、俺を巻き込むんじゃねェよ。否定はしねェけど」
「しないんだ……」
「しないんですね……」
鏡哉と僕の呟きに、結斗は当然の顔で頷いた。自信満々に誇ることではない。
「帰る方法はわからない。オレたちは特にやりたいこともない。それなら、バカな橙亜に付き合って特訓するくらいはやってもいいんじゃな~い? 自分の身を守るためにも、強くなって困ることってないからね~」
「同感だな。新しい武器も手に入れた。帰るにしても、使いこなせるようにはなっておきたい」
唯和に同意したのは琲眞だ。僕に負けないくらいの無表情なのに、どこか生き生きとしているような雰囲気を感じる。
唯和は勝ち誇ったように立ち上がり、鏡哉を指さした。
「はい、琲眞君もこっち側~! 反対してるのは鏡哉君だけでぇ~す!」
「え、嘘だ! みんな別に橙亜の意見に全面賛成ってわけでもないでしょ! 『しょうがないから手伝ってあげるか……』みたいな消極的賛成でしょ!?」
「どれだけ修飾しようが賛成は賛成、反対は反対なのだよ~」
「屁理屈だ」
「事実じゃん。何、人助けするの嫌なの~?」
「それを言われると否定しづらい……!」
唯和にやり込められる鏡哉の姿は、過去にも何度か見てきたものだった。屁理屈魔人の唯和に口で勝とうというのがそもそもの間違いなのだ。憐れなり、鏡哉。複雑だけどありがとう、唯和。
もはや形勢は逆転したも同然だ。しかし、鏡哉は食い下がる。
「ねぇ、ほとんど素人のボクたちがまともに戦えるようになるって、本気で思ってる?」
「
「それは……だって……」
「運動神経がいいから~? 血筋がいいから~? それとも、《主人公》だからぁ~?」
煽るような態度の唯和を、鏡哉は睨みつける。
そんな彼を、唯和は嘲笑で笑い飛ばした。
「うだうだ言い訳ばっか考えてねーで、文句があるならリミットまで死ぬ気で努力してから言えよ。ヘタレ野郎」
言いきった唯和は、もはや真顔であった。見開かれた目の迫力がすごい。というか、そこまで言わなくても……。
鏡哉はボクの無茶振りをたしなめている側だ。彼が間違っているわけではない。どころか、なんなら鏡哉は僕たちのために止めているわけで。
鏡哉の言葉は間違いなく正論なのだ。それに対して耳を塞いでいるのは僕と唯和である。
さすがにそろそろ鏡哉に味方するか? と本末転倒な気分になったところで、鏡哉は長く盛大な溜め息を吐いた。
「…………ほんと、結斗の言う通りなのがやだ……」
「だから最初に言ったんだよ。俺たちが諦めて手伝ってやるのが結果的に一番マシになるって。逆らっても面倒なだけなんだから、受け流して頑張ろうぜ」
顔を覆って俯く鏡哉の肩を、結斗がポンポンと叩く。まるでこちらが悪者のようだ。事実ではあるが。
「なんか……すみません……鏡哉」
「本当に悪いと思ってるなら撤回してよ」
「それは無理です」
「ほんっと頑固だよね……! 橙亜も唯和も!」
対抗するように唯和がこちらに寄りかかってきた。唯和はケラケラと笑い、鏡哉を指さして笑っている。僕はその手をはたき落とした。
「では、鏡哉も手伝ってくれるということで、よろしいですか?」
「よろしくはないけど、残念ながら他にすることがないからね。でも極力安全を取るし、帰る手段が見つかったらすぐ帰るからね!」
「ありがとうございます、鏡哉」
これにて、僕たちの目標は決定された。《死んでしまう人》たちを助ける。帰る手段を見つける。
以上が当面の目標だ。それを達成するためにも、これからやらなければならないことは──。
「んじゃ、迂闊に怪我をしないためにも、レベルアップをしていきたいわね~」
「とりあえず、鏡哉と琲眞は斬魄刀を始解するところからだよな。まァ、俺がすんなりできたんだし、きっかけが掴めればたぶん簡単だと思うが……」
唯和の言葉に、結斗は隣の二人を見る。いつの間にか前のめりになっていた僕たちは、改めてソファに座り直した。
鏡哉は「そんな簡単に言わないでよ……」と困ったように結斗を見る。何となく、僕はそっと視線を床に落とした。
そんな僕の内心を知ってか知らずか、唯和は容赦なく話を振ってくる。
「そういや技術開発局に調べてもらうためにオレたちは斬魄刀を提出したけど~、橙亜はどうした~ん?」
「えっと……それは……」
自然と頭が俯いていた。璃鎖と唯和はすでに斬魄刀を使いこなしているから問題ない。結斗たちも、どうやら僕の体から出てきたらしい斬魄刀が一度彼らの体に入ったのち、その手元に現れたそうだ。
だから、僕以外のみんなはすでに斬魄刀を手にしている。そう、僕だけが、まだまともに斬魄刀をその手に持ったことすらないのだった。
頭を抱える僕に、唯和は白い目を向けている。
「斬魄刀も満足に取り出せないヤツが、一丁前に人助けっすかぁ~」
「返す言葉もありません……というか、そもそもなんでまだ肉体の中に入ってるんです? 現世ならともかく、ここは尸魂界ですよね? 霊体の中に斬魄刀が入ってるなんておかしいでしょう……!」
「さっきのついでにマユリ様に頼んでみればよかったのに~」
「いや、それはやめて正解だったでしょ……」
鏡哉がピシャリと唯和の言葉を遮った。しかし、こちらに向けられる鏡哉の目は冷たい。
「でも、早く提出しないと無理やり摘出されたりするかも……頑張って回避してね、橙亜」
「どう頑張れと……」
「やっぱ、稽古とか特訓とかで引っ張り出すしかねェんじゃねェの? みんなまとめて修行編に突入かァ?」
「だからって悠長に霊術院まで行ってる余裕はないからさ~、強くて教えるのがうま~い人に稽古つけてもらうのが手っ取り早そうだよね~」
「条件に合致して、その上俺たちに時間を割いてくれる人はそうそういねェだろ……護廷隊は実力ある人ほど忙しいんだからよ」
ルキアさんが処刑されるまで、黒崎さんたちが尸魂界にやってくるまで、約二週間。それまでに僕たちは最低限、どうにか戦うための手段を身につけなければならない。
現世にいた頃よりは伸ばす方向性がはっきりしたとはいえ、独学での習得は時間をかけなければ難しいだろう。唯和の言う通り、霊術院で教師や講師の経験がある人に師事するのが手っ取り早い。だが、現状不審者でしかない僕たちに協力してくれる人がいるとは思えない。
ましてや《これから》、尸魂界の情勢が大きく動くという時期に──。
「あ、じゃああの人とかどうよ~?」
みんなで頭を悩ませていたさなか、唯和はまったく気軽な調子で声を上げる。
へらりと笑う彼女の表情に、嫌な予感が追いつくより早く、唯和はその名を口にした。
*
大人数の足音と、木刀のぶつかる音が響いている。
五番隊隊舎にある道場に、僕たちはいた。他の隊士たちが鍛錬をしている横、隅っこに僕たち六人は集まって、木刀を振っている。
「うん、それなりに形にはなってきたかな」
そう言って笑ったのは、両腕を組みながら僕たちを監督していた、藍染さんだった。
刀の持ち方、構え方、最低限の基本的な動きを、彼は丁寧に丁寧に僕たちに指導してくれる。学校の先生と見紛うほどにわかりやすい説明で、素人の僕たちでもすんなりと呑み込めた。
呑み込めないことといえば、現在の状況くらいのものだ。
うん、もちろん。僕たちだってこの状況を不思議に思っている。どうしてこんなことになったんだろう、と頭を抱えたくて仕方がない。
発端は唯和だった。先日の作戦会議で、唯和が軽率に挙げたのが、藍染さんの名前だったのだ──。
──「いや、一番ダメな人でしょ!?」
──「いやいや、考えてもみなって~? 一番強い人から学ぶのが手っ取り早いじゃ~ん」
絶叫した鏡哉に対し、唯和はあっけらかんと答えた。
曰く、「どうせ僕たちが藍染さんを倒すわけではないから戦い方を知られたところで大局に影響はない」、「なんなら藍染さんの可処分時間を削るのは正しい行いでは」ということらしい。
僕たちに何らかの危険が迫る可能性に目を瞑れば、確かに合理的な案だ。まあ当然、僕や鏡哉は渋ったわけだが。
しかし、「そもそも藍染さんがこの提案を受ける理由はない」と唯和は主張した。そこは僕たちも同感だった。ルキアさんの処刑が迫るこんな忙しい時期に、突然現れた不審集団の面倒を見るわけがない。
なので、絶対に承諾するわけがないというダメ元で、僕たちは藍染さんの元に向かった。断られついでに、あわよくば無難な良案を紹介してくれるかもしれないとの期待もあった。
期待してしまったからよくなかったのだろうか。
──「斬魄刀を使いこなすための稽古? うん、僕でよければ協力するよ」
どうして、こんなことになったんだろう。藍染さんは二つ返事で了承した。
さて、慌てるのはこちらだ。唯和は盛大に笑ったし、僕と鏡哉は頭を抱えた。隊長業が忙しくはないのか。やはり僕たちに対してよからぬことを考えている? あぁもう、他人の見えない内面に思いを馳せることの、なんと難解で不毛な時間だろう。
ともかく、了承されてしまったものは仕方がない。忙しい業務の時間を縫って僕たちの面倒を見てくれるのだ。よからぬ思惑にしろ、はたまた「優しい藍染隊長」としての振る舞いにしろ、短時間で済ませることがお互いに最善だろう。
そういうわけで、早速、僕たちは藍染さんからの指南を受けている。
できる限り他人の目がある場所で、絶対に藍染さんと二人きりにはならないように気をつけつつ、最短最速で稽古を終わらせたい。万が一にも絶対に彼の斬魄刀の解放を目にしないためにも必要なことだ。そんな風に思いを一つにして、僕たちは張り切ってこの場に臨んでいた。
いたわけだが──。
「じゃあ、鐘威くんはもう少し残ろうか」
「はい……」
すっかり日が暮れて、夕食時も近づいてきた頃。不甲斐ない僕は居残りをさせられていた。
道場にはもう誰も残っていない。僕と藍染さん以外には。
璃鎖たちは本日分の目標をクリアしたため、一足先に帰っていった。あまり長時間、よその隊士を拘束しているのもよくないのだろう。
稽古は当然ながら一日で事足りるわけもなく、数日に渡って基礎を叩き込んでもらう予定だが、それにしたってみんな、呑み込みが大変早くて頼もしい限りだ。
六人の中では、僕が一番運動神経が劣っている。それでなくとも斬魄刀が出てくる気配もないのに、こんなことでは本当に何もできないままで《未来》を迎えてしまう……。
「鐘威くんは物覚えがいいから動きを真似るのも完璧なんだけど、それ故に僕に最適化された動きを真似しているんだ。他の人間はそこまで行く前に自らがやりやすい動きに落とし込んで自分のものにしていくが、君はそうじゃない」
「はぁ……」
「僕と君では、体格も筋肉量も違う。だから自分に合う、一番効率的に刀を振れる動きをちゃんと自分で見つけていかないといけない」
「……なるほど」
物真似ばかりで、自分で考えて学習する能力がないと言われているのだろうか。耳が痛い話だ。
藍染さんが僕の背後に回る。後ろから包み込むようにして、刀を構える姿勢を教えてくれる。
「もっと腰を落として。そう、手の位置はここがいいかな」
しかし、稽古が始まったときから思っていたが、彼は実に親身に教えてくれる。教師としてもやっていけそうだ。
藍染さんの両手が僕の肩に置かれる。耳の横に彼の顔が近づいてきた。
「力を抜いて……いい子だ」
言われた通りに体を動かしてみる。先ほどよりは動きやすくなったような、「体を動かしている」という点で労力は特に変わらないような。もっと試してみないといけないか。
納得しつつ、藍染さんの助言通りに動き続ける。
ところで、なんで彼は耳元で囁くように喋るのだろう。周りに人はいないのだから普通に発声すればいいのに。あまりその喋り方を続けられると、耳の奥がゾワゾワとして居心地が悪い。
そうして、璃鎖たち五人よりも少し長めの稽古を終えた僕たちは、道場を出た。空はしっかりと暗くなっている。
外の空気を吸うと、ドッと疲れが押し寄せてきた。こんな初歩の初歩で情けないことだ。
ぐっ、と背筋を伸ばしていると、藍染さんが笑いながら隣に並んだ。そのまま、僕たちは隊舎までの帰り道を歩く。
「鐘威くんは、剣術よりも鬼道のほうが得意だったからね。勘を取り戻すなら鬼道からやってみるのもいいかもしれない。僕が全て教えられればいいんだけど、じっくり聞くなら雛森くんのほうがいいかな……」
「すみません……お忙しいのにお時間を取らせてしまって……」
「そんなことはないよ。君と一緒に過ごせるのは僕も嬉しいんだ」
そう言って、藍染さんは綺麗な笑顔で微笑んだ。
「昔から努力家で、目標に向かって一直線で、妥協しない。君の美点だね。だから、そんな君を見ると、僕も頑張ろうと思えるんだ」
「……そう……ですかね……」
知らず知らずのうちに、視線が落ちる。歩く足が重くなる。
藍染さんの言葉を、真に受けるようなことはしない。全てを嘘だと断じてあしらうこともしないけれど、彼の言葉は社交辞令の延長線上として、話半分以下に受け取るのがきっとちょうどいい。
わかっている。わかっているのだが。
──「これで藍染隊長の言葉が全部本音だったりしたらマジでキモいなぁ~、って!」
先日の唯和の言葉が脳裏を過ぎる。いや、別に、その予想が当たっているとは思っていない。
僕と藍染さんの関係はここ数日で始まったものだ。仮に「本当」があったところで「今の僕」には関係がない。というより、関係性はこれから構築されていくものだ。全てが嘘になるのか、はたまた本当が混じることになるのかはわからない。それは、ここから先の未来の話だから。
だけど、もし。もし、これが──。
「ん? どうかしたかい?」
優しい声が、凶器のように耳に刺さる。
彼の声に、彼の一挙手一投足のどこかにほんの少しでも悪意を見出せたらよかったのに。そうすれば、こんなにも
「あの……僕は……その、あなたの知っている鐘威橙亜とは別人……だと、思うのですが……」
耐えきれずに絞り出した声は、わずかに震えていた。足は完全に止まり、僕は足先を凝視する。
──もし、彼の言葉の中に、「今の僕」ではなく、「過去の鐘威橙亜」に向けられる「本当」があったとしたら……。
だとしたら、僕は彼を騙していることになる。
今の僕は「過去の鐘威橙亜」とは別人だ。肉体的、あるいは魂は同一かもしれないけれど、「記憶の連続性がない」という点で、明確に別人だ。
今の僕は現状として、「過去の鐘威橙亜」を
藍染さんと「過去の鐘威橙亜」の関係性についての真偽はわからない。実際のところは接点は薄く、内容は本当に些細かもしれない。が、そこは重要ではない。
彼が今の僕に向ける言葉は、「過去の鐘威橙亜」との関係に起因しているはずだ。心配も、敬意も、称賛も、教授も、感慨も、愛着も、たとえ全てが嘘であっても、それは僕ではなく
それを第三者の僕が踏みにじるなんて、
「……記憶がなければそう思うのも無理はないね」
視界に、藍染さんの足元が入ってくる。僕の正面に、彼は向かい合うように立った。
「そう、かも……しれませんが……でも──」
「大丈夫」
頭上にそっと、温かいものが触れた。藍染さんの手のひらだ。
そのまま、藍染さんは撫でるように手を動かし、僕の顔を上げさせた。
「君は変わらないよ。今も昔も、僕が知る君は君だけだ」
安心させるような笑顔だが、僕の感情は真逆を行く。
違うのに。何を根拠にこの人はそんなことを言うのだろう。全てを知っているように振る舞っているだけで、実は全然そんなことはないのだろうか。
──まあ、「全知全能」なんて、それこそ神様だったな。
「今はきっと……君よりも僕のほうが、君のことを知っている。だから、安心していい。僕を信じてくれ」
藍染さんは一歩近づいて、なだめるようにもう片方の手で僕の背中をポンポンと叩いた。
信じてくれ、だなんて。それが一番できないから、僕はこんなに困っているのですけれど。
藍染さんの言葉が全て嘘であれと、こんなに強く願うことがあると思わなかった。全てが嘘であるならギリギリ、どうにかお互い様だろう。
僕は「過去の鐘威橙亜」を騙り、藍染さんは「優しい藍染隊長」を装う。それなら罪悪感も相殺されて、僕の気も楽になるのに。
「……わかりました。善処します」
ずっとこうしているわけにもいかないので、ひとまず、頭を下げて体を引く。万が一にも他人に目撃されて誤解を受けては敵わない。
僕の返事に藍染さんはニコリと笑った。実に満足げだ。余計に信用しづらいな……。
沈んだ気分のまま、隊舎に戻る。雛森さんの屈託のない笑顔に遭遇すれば、多少は気が紛れるだろうか。
ひとまず、僕が今、何にもおいて優先して考えるべきなのは斬魄刀だ。
急がなければ。急がなければ。ルキアさんの処刑が決定するのも──もう、間もなくである。
