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──暗い。
──体が動かない。冷たい。暗い。
──何も、ない。
──私には、何も。
何もない。ただ真っ暗なだけの空間。
自分の体もよく見えない。自分があるのかもわからない。存在の確信すら、持てない。
ふと、隣を見る。
何も見えない。何も聞こえない。何も届かない。
だけど。
──誰かがいる気がして、手を伸ばした。
*
──あたたかい。
体が温かい。右手が、温かい。何かが触れている、実感がある。
誰かに、手を握られている……?
「────ん……」
ゆっくりと、目を開ける。いつの間に、僕は寝ていたんだっけ。
確か、尸魂界の追っ手が迫るルキアさんを追いかけて。そこで、なぜか結斗と会って。そこから、記憶が──。
ここは薄暗い室内のようだった。日本風の造りの天井だけれど、浦原商店のものとは違う。見知らぬ天井なのは間違いなかった。
「──鐘威くん?」
不意に、右側から声がした。寒気がするほど優しい声音だった。
「え…………?」
知らない声だ。いや、まあ、《知っている》といえば知っていたのだけれど、「初対面」という意味で知らない声だった。
だから、初対面の人に、そんな親しみがこもったような呼び方をされる心当たりがまるでなくて、とても混乱した。寝起きの頭を差し引いても、状況がまったく理解できなかった。
「体の調子はどうかな? 卯ノ花隊長の話では、肉体に問題はないそうだけど……」
背筋が粟立った。本当に、意味がわからなくて。
錆びついたロボットのように、ぎこちない動きで声の主を見た。想像と違う人物であれ、唯和のふざけたドッキリであれ、と祈るものの、現実は非情である。
軟らかな茶髪に、黒縁の眼鏡。黒い死覇装の上に白い羽織を身に着けた彼は、目が合うと、穏やかな笑みを浮かべた。
「会いたかった。ずっと君を探していたんだよ」
心臓が、とびきり音を立てる。緊張でとっさに手を握り込むが、完全には叶わなかった。
彼は、震えそうな僕の手を取って、そっと右手を重ねる。
「君がいないのは寂しくてね。また会えて嬉しいよ、鐘威くん」
「…………ぁ……い────」
引きつる喉から声が漏れた。変な言葉を口走らないよう、必死に口を引き結ぶ。
────藍染、惣右介……。
藍染惣右介。瀞霊廷中を陥れ、
そんな人が、僕に気遣うような言葉を吐いている。確かに、現時点ではまだ本性を隠しているのだから気遣うという言動におかしな点はないのだが、その相手が接点のない僕であるのがおかしい。敵対行動ならまだしも、なんでこんな状況になっているのかがまったくわからない。
なんで? どうして? まさかもう彼の完全催眠にかかっているのか? そんなバカな。「ブック・オブ・ジ・エンド」じゃあるまいし、僕たちに関係性など欠片もない。助けてほしい。誰か、この状況を説明してくれ。だいたいここはどこなんだ。そう、それ。まずはそこから──。
「大丈夫かい? まだ少し顔色が悪いね」
ゆらりと彼の腕が伸びてきてドキリとする。が、優しく僕の頭部に触れるだけで、攻撃だとか乱暴は素振りは一切見られない。
それはそうだ。もしも僕を害するのが目的なら、目覚める前にさっくりとやられている。
「気分が悪いならもう少し寝ていてもいいよ。かなり魂魄に負担がかかったようだから……」
他人の表情を窺うのが苦手な僕でもはっきりとわかるほどの、心配そうな表情。こちらを気遣う台詞の数々。
親しくない僕でもわかる。というか、《知っている》。動悸がずっと、治まらない。
────怖い。
この状況からしてそうなのだが、それ以上に彼の一挙手一投足、全てが恐ろしかった。
彼の言動は演技だ。彼の本性は知っている。きっと、ほんの少しだって僕に関心はない。こういう立ち振る舞いが、「優しい藍染隊長」としての正解なのだ。
──怖い。
それをわかっているはずなのに、偽物の優しさに触れて、心のどこかで「安心」を覚えてしまった。思ってしまったことが、何より恐ろしかった。
ここまで人畜無害を擬人化したような人から悪意を汲み取るのは至難の業だろう。僕には無理だ。知らなかったら当たり前に信用して、人間不信に陥っていたと思う。唯和の家で《原作》を読んだときも種明かしで普通にびっくりしたし。まあ、「生きていてよかった」という嬉しさもあったといえばあったのだけれど……。
「……? あぁ、そうか……もしかして君も、記憶の混濁があるのかな? それじゃあ、僕のこともわからないか……」
黙りこくっていた僕の態度をそろそろ不審に思ったのか、藍染さんは困ったように首を傾げた。
「こ、混濁というより……気絶していてここに至るまでの記憶がないだけだと……思うのですが……?」
同じように、ぎこちなく首を傾げる。対面の衝撃で上手く呑み込めていなかったけれど──そういえば彼は、僕のことを知っているような言い回しを、していなかったか?
凄まじいまでの冷や汗が出てきた。藍染さんは居住まいを正し、深刻な様子で僕の顔を覗き込む。
「でも、僕のことがわからないんだろう?」
「えっ……いやぁ……? でも、初対面……です、よね……?」
おそるおそる尋ねた。この際、嘘でもいいから肯定してほしかった。
しかし、藍染さんは途端に悲しそうな表情になる。そんな自由に表情筋を操れるなんていっそ羨ましい、なんて現実逃避が頭を過った。
彼は肩を落として俯いた。まるで本当に悲しみを背負っているように見えて、こちらが余計に焦ってしまう。その才能を役者などの表現者として平和に活用すべきでは?
「やはりそうか……君とは結構、親しくしていたつもりだったんだけど……」
「ひぇっ、どっ……何か、壮大な勘違いをされてはいませんか……? とりあえず、ここまでの経緯を確認したいのですが……」
逃げるように周囲を見回した。僕の隣にはベッドがたくさん並んでいる。それなりに広い屋内だ。
清潔感のある雰囲気から、ここが病室であることをなんとはなしに察する。──そういえば、先ほど「卯ノ花隊長」の名前が出ていたな……。
というか、藍染さんがいる時点で答えはとっくにわかっていただろう。
「………………ここは……尸魂界、ですか?」
「よかった。そこは把握できているんだね。その通り、朽木隊長が君たちを現世から連れ帰ったんだ」
──あの状況から何がどうなってそうなったの……?
僕たちは白哉さんたちに敵対行動を取っていたと思うのだが、どうやって穏便な話し合いに持っていったのだろう。いや、藍染さんが濁しているだけで実はみんな満身創痍とか?
僕がいるのは瀞霊廷の中にある四番隊隊舎──綜合救護詰所だろう。負傷したなら間違いない行き先であるのが怖いところだ。
しかし、ひとまず僕の身柄はルキアさんのように牢に入れられてはいない。体も拘束されていないし、僕たちの言動が捕縛対象になったというわけでもないのか。
──あぁ、もう……全然わからない。
璃鎖と唯和はどこだろう。藍染さんの口ぶりから一緒に来ているのだろうが、はたして無事だろうか。というか、そもそもどうして結斗までが《この世界》にいるんだ? わからないことだらけだ。
わからないことばかりで、一周回って落ち着いてきた。脳がいよいよキャパシティを超えたのだろうか。
「はぁ……」
深く溜め息をつき、上体を起こした。藍染さんが体を支えようと、背中に腕を回してくれる。おそれ多くて左手で彼の胸元を押し返そうとしたが、成人男性の力に敵うわけはなかった。
起き上がると、藍染さんと視線の高さが近くなった。柔和な顔だ。眼鏡があるだけで、こんなに親しみやすい印象になるのだろうか。無表情で怖がられる身としては参考にしたいところだ。
彼に向き直り、とりあえず挨拶でもするかと頭を下げた。もはややけくそであった。
「現状は何もわからないのですが、どうやらご迷惑をおかけしたようです。申し訳ありません」
「いいや、君が謝ることじゃないよ。僕も性急だったね」
「ひとまず、僕の認識ではあなたとは初対面なので、そのつもりで挨拶をさせていただきますね」
そうして僕は、黒崎さんにとって当面の敵である男と、なんとも締まらない形で邂逅したのだった。
「初めまして、鐘威橙亜です。あなたのお名前を伺っても、よろしいですか?」
*
どうにか自己紹介で相手の名前を聞き出し、うっかり知り得ないはずの情報を漏らしてしまう事態は避けられた。
そこから雑談などで必要な情報をそれとなく引き出せればよかったのだが、そんな器用な真似はできない。唯和や結斗なら上手くやれるのだろうが、そもそも藍染さん相手に小手先のやり方が通じるとも思わなかった。
会話も弾まず、いたたまれない空間にそろそろ限界が来たところで、開け放たれていた部屋の入り口から複数の足音が聞こえてくる。
「失礼しまぁ~す。橙亜~、そろそろ起き……とるやないか~い!」
「ほんとだ! おはよう、橙亜!」
入ってきたのは唯和と璃鎖だ。二人に怪我らしい怪我はなく、最後に見たときと変わらぬ姿である。
「二人とも、元気そうでよかったです……!」
「橙亜が一番元気じゃないんだよ?」
「そうだぞ~。つか、橙亜が起きたんなら知らせに来いよ~。何か変なことを企んでいるんじゃないでしょうね~?」
唯和が藍染さんを睨みつけながら言うものだから、僕の体は数ミリメートルほど浮き上がった。
内心であわあわと慌てる僕を尻目に、藍染さんは笑いながら立ち上がる。
「そうだね、すまない。じゃあ、僕は卯ノ花隊長に報告してくるよ」
隊長に通すほど大げさな話なのか? と戦々恐々としつつも、藍染さんがこの場からいなくなってくれること自体は申し訳ないが大変喜ばしい。
唯和のじっとりとした視線を受けながら、藍染さんは二人の横を通り過ぎる。彼の姿が部屋の外に消え、しばらく経ったところで、僕はようやく息を吐けた。
「よりにもよってなんて人になんてことを言うんですか、唯和……」
「にゃははは~! オレみたいなタイプは気を遣って遠慮した物言いをするほうが逆に警戒してるのがバレるからな~」
そういうものだろうか。それはそれで敵を増やす言動だと思うのだが。
「そんなに警戒しなきゃいけない人だった? 今の人」
「おや、璃鎖的には安全判定~?」
「んー……?」
唯和の問いかけに、璃鎖はムッと顔をしかめて首をねじった。可もなく不可もなくという感じだろうか。
まあ、第一印象で簡単に本性が見抜けるのなら、彼の企みはとっくの昔に暴かれていただろう。わかりやすい悪人でないのが恐ろしくも手強いところだ。
「とはいえ、起き抜けに見る顔ではないですよね……めちゃくちゃ心臓に悪かったです……」
「オレたちなんて
「……俺たちなんて最初、隊首会してるところのど真ん中に落ちたんだぞ。死ぬかと思ったわ……」
溜め息とともに、入り口の陰から男の声がした。意識がなくなる寸前に僕が見たものは、やはり現実だったらしい。
ひょっこりと顔を出した幼なじみに、驚いた声を上げる。
「結斗……!」
「よォ、寝坊助。なんであんな騒がしい中で眠れたんだよお前は……そういうところは図太いよな」
死覇装に身を包んだ結斗が、入り口の壁に寄りかかった。続けて、さらに二人の人物が現れる。
それは、結斗同様に見知った男たちであった。
「えっ……な…………えっ……!?」
驚きで言葉にならない声をこぼす僕に一人は苦笑いで、一人は無感動に答える。
「やぁ、橙亜。まさかここで会えるなんて……ボクたち、案外強い絆で結ばれてるのかもね! ……なーんてふざけないとやってらんないね、琲眞……」
「俺は鏡哉についていくだけだ。どうでもいい。だが、再会が叶うとは思っていなかった。お互い、生きていてよかったな」
「──鏡哉と、琲眞……!?」
胃の辺りをさすりながら情けない声を上げる気弱そうな男──
僕にも負けないほどの無表情で静かに冷たくこちらを見下ろす男──
彼らも結斗と同じく、《元の世界》の同級生だった二人だ。二人とも、結斗と同じように死覇装を纏っている。
「ど、どうして《ここ》にいるんですか?」
「ねー、びっくりだよね!」
ぴょこんと璃鎖が隣に来た。唯和は僕のベッドに腰かけ、腕を組んで結斗たちを睨みつける。
「橙亜も起きたんだし、そこら辺の話を改めて詳しく聞きましょうかぁ~? 藍染隊長殿が卯ノ花さんを連れてくる前にさ~」
五人は僕のベッドを囲むように集まった。久しぶりに見る顔をつい、まじまじと見てしまう。
話を切り出したのは、結斗と琲眞の視線を受けた鏡哉だった。
「うーんと……一言で言うなら、ボクたちは橙亜たちに巻き込まれたのかな?」
「え?」
困ったように笑う鏡哉に、結斗が言葉を続ける。
「あの日お前ら、入学式前に抜け出しただろ? サボりなら俺たちも便乗しようと思ってさァ」
「結斗がね。ボクと琲眞は止めようとついていっただけ」
「俺は鏡哉についていっただけだ。お前らの行動はどうでもよかった」
結斗と琲眞は、それぞれ鏡哉から顔を逸らした。相変わらず仲がいいね、君たちも。
「まあ……それで、橙亜たちが占い師に会ったところも後ろから見てて……たぶん、そのときの《世界移動》に巻き込まれたんだと思う……」
「でもオレたちが侑子さんのところに行ったとき、アンタらはいなかったじゃん」
唯和の疑問はもっともだ。しかし、僕は《似た事例》を知っている。
「《世界移動》は同じ魔法陣だとしても、入るタイミングが数秒ずれるだけで到着時に半年もラグが出る場合がありますからね……」
僕の言葉に、璃鎖は目を見開いた。
「じゃあ、結斗たちは私たちの半年あとに来たの?」
「バァカ、さすがにそこまではズレてねェよ。俺たちが《こっち》に来たときも《元の世界》とそんなに日付はズレてなかったし」
「まあ、《こっち》に送るときに侑子さんが調整したのかもしれないけどね」
結斗の言葉にムッとした璃鎖の頭を鏡哉が撫でる。璃鎖は途端にご満悦な表現になった。
一方、鏡哉はガックリと肩を落とす。その様子からは、ここに至るまでの苦労が垣間見えた。
「それでボクたちも侑子さんのところに行ったんだけど……『橙亜を追いかけていけ』って説明もなく《この世界》に送られて……」
「ちなみにオレたちも詳しい説明はされてないので期待しないでね~」
「そ、そんなぁ……」
泣きそうな声が部屋に響いた。彼は心配性で少しだけ気が小さいのだ。
唯和は慣れた様子でそれを無視し、話を進める。
「で~? それで《この世界》に来たら現世じゃなくて尸魂界で、しかも隊首会やってるど真ん中に出ちゃったと?」
「そうなんだよ……」
「よく生きてましたね……」
彼らに比べれば、浦原商店の前に出た僕たちは幾分かマシだったようだ。
「つか、なんで隊首会やってたの? 定例か何か?」
「それがなんか、技術開発局の計器が変な数値を出したんだってさ……侵入者がどうのこうので世界が揺らいでるとかなんとか」
「それは……」
鏡哉はゆっくりと首を縦に振る。どうやら、僕の予想は間違っていないらしい。
つまりはこうだ。──僕たちが《異世界》からやってきたときの余波が原因で、隊首会を召集するほどの事態になった可能性が高い、と。
「黒崎さんたちが流魂街に現れただけでも大騒ぎでしたから……遮魂膜を越えて瀞霊廷の中に人間が現れれば大事でしょうね……」
「別に遮魂膜を通過したんじゃなくて内部に出現しただけなんだけどね……」
「それこそ問題だろ。つ~か、侑子さんのせいじゃんそれ~」
「まあ、あくまでも『かもしれないね』って話だよ。確かめようにも今のボクたちには再現できないし……」
確かに、あくまでも《次元移動》は侑子さんの《魔法》によるものであり、僕たちにはそれに至る手立てはない。その点について糾弾されたとしても鏡哉たち──ひいては僕たちに証明する方法は存在しないわけだ。
「それにしてはタイミングがタイミングなわけだけど、ホントよく殺されなかったね~? 状況的にはどう見ても真っ黒な不審者を~」
「それがねぇ……隊長たちの中にね、ボクたちを知ってる人がいたんだよ」
「え?」
それはおかしい。僕たちは《別の世界》から来た以上、《この世界》に知人はいない。いるはずがない。そんなことが、あり得ていいわけがない。
しかし──もしやそれは、先ほど藍染さんが口走った不可解な言葉の答えに当たるのだろうか。
「どうやら昔、護廷十三隊に所属してたみたいなんだ。橙亜たちも含めた、ボクたち六人が」
その言葉に、僕は天を仰いだ。そんなバカな。
「護廷十三隊に、僕たちの在籍記録がある……?」
「三人とも、心当たりは? ボクたち三人はもちろんないけど」
「いや~、ないない」
「私もないよ?」
「あるわけないじゃないですか……」
わけがわからない。誰だそれは。どういうことだ。
僕には一応、生まれてから今現在までの記憶が一通り揃っている。もちろん、心当たりなどあるはずがない。
あまりのことに寒気がした。今まで無邪気に、無根拠に信頼していた《未来》が遠のいていくようだ。
──知らない。本当に……こんな《展開》は、《知らない》。
まさか、僕たちが迷い込んだのは、実は《
そうだ。むしろ、どうして同じ世界だと思ったのだ。僕たちが存在し、介入している時点で、それは
イレギュラーはあって当然。どころか、まったく《逆の結末》にたどり着く可能性も同じだけある。だって《ここ》はすでに、《僕たちの知る世界》とは変わってしまった事象があるのだ。
突然、宇宙空間に生身で放り出されたような気分だ。いや、経験はないのだが、それくらい途方もない恐怖にさらされた。
そんな僕の恐怖を知ってか知らずか、鏡哉は神妙な顔で続ける。
「でね。ボクはこれ、魂が同じ別人なんじゃないかって思ってさ」
「魂が同じ?」
「そう、異世界の同一人物、同じだけど違う人間。ようは、《この世界》におけるボクたちってこと」
よくわかっていない璃鎖に対し、唯和は納得したように手を叩いた。
「あ~、はいはい。《カードキャプターさくら》の《桜ちゃん》と《ツバサ》の《サクラちゃん》、《ジョジョ》の《ディオ》と《ディエゴ》みたいな話ね~。つまりは平行世界の自分ってことよ~」
平行世界の僕たち。そう考えればいくらか心は落ち着くが、あくまでも鏡哉の推測である。確証はない。
「仮にそうだとして……その、《この世界》における僕たちはどこにいるのでしょう? 対面したらまずいのでは……」
「ドッペルかな~?」
「……行方不明らしいよ。だから隠密機動がずっと捜していたし、見つかったボクらはこうして保護されてるってわけ」
「ルキアとの扱いの違いを見るに、少なくとも罪人ってことはなさそうだね~」
「なんなら、死んでる可能性のほうが高そうだよなァ。どいつもこいつも危なっかしいから」
からかうように結斗が言った。お前が言うのか、と思ったが口に出さずに留める。
すると、ずっと黙って話を聞いていた琲眞が口を挟んだ。
「死んでいるならまだいい。本当は殺されていて、その犯人が今も生きている可能性もある。常に周囲を警戒しておけ」
「怖いこと言わないでよ、琲眞……」
「相変わらずヘタレビビリだなぁ~、鏡哉君は~」
「当たり前でしょ、ボクらは何の力もない一般人なんだから」
鏡哉の抗議に同意しつつ、話を戻す。
「失踪時の状況はわからないんですか?」
「当時からいる隊長たちは知ってるみたいだけど、教えてくれないんだよね……『記憶が戻るまでは慎重に』ってはぐらかされてる」
「あ、『記憶喪失』って設定にして言動の整合性をうやむやにしてんだぁ~? 本人じゃないってバレたら確かにやばそうだもんな~」
「まあ……事実を述べたところで正気を疑われるのは変わらないから……」
「よく通せたな~。護廷十三隊って意外とザルかぁ~?」
「警戒されなかっただけだろ。最初の頃は俺たち、斬魄刀も持ってなくてほぼ人間と変わらねェんだから、その気になれば一般隊士でも始末できたろうしな」
「え、結斗たちも斬魄刀を持っているんですか?」
当然の疑問だと思って口にしたわけだが、しかし全員の視線が僕に集まった。意図がわからず困惑する僕に、唯和は深い溜め息を吐く。
「結斗の斬魄刀は気絶した橙亜から出てきたんだぞ~」
「はぁ? どういうことですか?」
「こっちが聞きてェよ。どうなってんだァ? お前の体。斬魄刀生産機か?」
「普通の人間だし、そんなことは不可能だと思うんだけどね……あ、ボクと琲眞の斬魄刀も橙亜が
「えっ………………えぇ……?」
身に覚えのないことばかりが起きている。なんだって? 結斗たちの斬魄刀が僕の中から出てきた? 本当にマジで知らない。えっ、どういうこと? どういう理屈でそんなことが起きるの? ただでさえ自分の斬魄刀の出どころも定かではないのに、他人の斬魄刀が出てくるのはもう意味がわからないよ。
「先輩が『複数入る』みたいなことは言ってたから、そうだろうなとは思ってたけどね~」
しかもあのはた迷惑な悪霊は把握していたのか? それはいつの話だ。おい、ちょっと。他人の体を勝手に使っているなら情報共有くらいはしてくれよ。勝手に使われた上に鞄代わりにされていたというのか? 僕の肉体を何だと思っているんだ?
「橙亜って、もしかしたら《こっち》だと特殊なのかもね。《元の世界》にいたときから霊感あったんでしょ?」
「霊感があることと斬魄刀が出てくることに因果関係はないのでは……?」
「どうせ浦原さんの仕業な気はするけどね~。あの人、勝手に他人の魂魄に物隠すのがお得意なようだからさぁ~」
唯和の言葉で、少しだけ冷静になった。
確かに浦原さんならば──ルキアさんの魂魄に崩玉を隠していた浦原さんならば、僕の中に斬魄刀を入れておくくらいは造作もないのかもしれない。
しかしそうなると、なぜ浦原さんが結斗たちの斬魄刀を所持していたのかという疑問が湧いてくるわけだが。
結局のところ、僕たち全員の斬魄刀の確かな出どころはわからない。ということだけが今、僕たちに理解できたことだった。
「で、この斬魄刀の情報が過去のものと一致したから、ひとまずほぼ本人だろうってことになったらしいよ」
「嘘から出た真かぁ~? あれ、でもさ~。同じ斬魄刀が出現するって事例なかったっけ~?」
「だとしても、六人同時に現れるのは天文学的確率な気はするけど……」
それよりは、「《この世界》の僕たちと魂が同一だから使える」というほうがすんなり理屈が呑み込める気がする。いやまあ、「《この世界》の僕たち」という前提からして仮定の話なのだが。
「つか、俺たちの斬魄刀を持ってた奴が過去の俺たちのことも知ってんじゃねェの?」
「浦原さん? あり得る~。あり得すぎて一番つまらん展開まであるぅ~」
「自分が巻き込まれてんのによく楽しめるな……この変態」
「んだよクソ野郎。そんな何でもかんでも他人事じゃあ一生、人生なんて楽しめないねぇ~?」
「こんなときにやめてね……二人とも。浦原さんが斬魄刀を持ってたってのも仮定の話なんだから」
喧嘩に発展しそうになった結斗と唯和を鏡哉が仲裁する。冷たい視線に、二人は「うっす」と大人しくなった。僕の言うこともそのくらい素直に聞いてくれないかな。
「そもそも、僕たちと浦原さんはあのときが初対面だったのでは?」
「あの人が完全初見の見知らぬ不審者を自分ん家に住まわせるわけないだろ。常識的に考えろよ~」
「…………」
唯和にだけは常識を説かれたくなかった。しかし特に反論が思いつかず、歯噛みすることしかできない。
「とりあえず、事実だけをまとめようか」
そう言うと鏡哉は時系列順に出来事を並べていく。
まず、僕たち六人は侑子さんの魔法によって《この世界》に来た。その際、僕と璃鎖と唯和の三人は現世の浦原商店前に、結斗と鏡哉と琲眞の三人は尸魂界の瀞霊廷内に出現した。
時期は今から三ヶ月前の4月のこと。日付は多少ずれていたようだが、ほぼ同時期に僕たちはそれぞれやってきたわけだ。
そして、過去に僕たちが護廷十三隊に所属していたという記録が残っていた。だからこそ僕たちは現在、正体不明の不審人物ではなく、記憶喪失の護廷隊士として保護されている。嘘みたいな話だけれど、実際そうなっている。
そんな中、現世で行方不明になっていたルキアさんとともに僕たちの存在も発見され、白哉さんたちが保護に向かったというわけだ。
斬魄刀については、とりあえずみんな自分のものとして使えているらしい。僕だけ記憶も実感もないのだが、みんながそうなのならば僕だけまったく違うということもないだろう。おそらく。
わかっていることはそれだけだ。わからないことのほうが遥かに多い。
特に僕から結斗たちの斬魄刀が出てきた件とか。僕の体はどうなっているのだ。悪霊が住み憑いている時点でまともではないだろと言われてしまえば反論はできないのだが……。
「ボクたちの肉体についての詳しいことは後日、技術開発局で検査されるみたいだから、頑張ろうね……」
げんなりとした顔で鏡哉は言った。聞けば、《こちら》に来てすぐの頃にも一度、検査をされているらしい。それはそうか。
一通りの検査で怪しい点がないとわかっていたから、彼らもこの三ヶ月間、尸魂界で平穏無事にやってこられたのだろう。
話が一段落ついたところで、結斗が大きな欠伸をした。
「んじゃ、そろそろ戻るか。俺んとこ、隊長も副隊長もピリピリしてて戻りたくねェけど」
だるそうに背伸びをしてゴキゴキと骨を鳴らす結斗に、唯和は目を細める。
「あ~……もしかしてオレたち、過去に所属してた隊に行かなきゃいけない感じ?」
「そうだぜ。客人って扱いでもねェしな。そんでもって隊士としても使い物にならねェから、下っ端以下の雑用係やってるよ」
「だからあんまり変なことは言わないように気をつけてね、璃鎖。一緒にはいてあげられないから……」
「ん、わかった! みんなが話してた話は何もわかんなかったけど!」
元気に手を上げて宣言する璃鎖の頭を、鏡哉は遠い目をしながらよしよしと撫でた。
「まあ……璃鎖のところはまだ大丈夫かな……問題は橙亜と唯和だと思うから、本当に気をつけてね」
「なぜ僕たちが?」
「それは──」
言い淀んだところで、外から人の気配が近づいてきた。鏡哉は肩を跳ねさせて振り返る。
「お待たせ、連れてきたよ」
「気分はどうですか? 橙亜さん」
どうやら、藍染さんが卯ノ花さんを連れてきたようだ。室内の空気が一気に引き締まる。
一応、初対面なのでそれぞれ簡単に挨拶を交わした。それが終わると、卯ノ花さんは僕の肉体を一箇所ずつ確認していった。
一通りの確認が終わり、ひとまず異常はないとのお墨付きが出た。
ベッドから降り、スカートの裾を払う。そういえば私服がないので制服で出てきたのだった。……間違いなく深夜に出歩く格好ではないな。
「ありがとうございました。お世話になりました」
卯ノ花さんにお礼を言い、みんなで病室をあとにする。異常がないのならいつまでここにいるわけにはいかない。
流れで歩き出しはしたが、行き先をまだ把握できていない。はてさて、僕は一体どこの隊に行けばよいのだろう。
なんとはなしに隣を歩く藍染さんを見上げると、どうやら僕の無表情から何かを察せたのか、彼はにこりと微笑んだ。怖いなぁ。
「じゃ、隊舎に戻ろうか。二人のところも、隊長格の誰かが迎えに来てくれると思うけど……」
藍染さんは璃鎖たち二人を振り返って言った。──……おや? では、前半の言葉は誰にかかるんだ?
冷や汗がぶり返してきた僕に、藍染さんは「あぁ、そうか」と言ってまた笑った。
「もしかして、まだ聞いていなかったかな? 君は僕と同じ、五番隊に所属しているんだよ。鐘威くん」
