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7.THE DEATH TRILOGY OVERTURE
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満月の夜空に、三匹の黒い蝶が飛んでいる。
それは眼下を歩く人影の周囲を飛び回っていた。とはいっても、その人影たちも地面ではない中空を歩いていたのだが。
「『捕らえよ。さもなくば殺せ』、死神の仕事じゃないスよね」
そのうちの一人──死覇装を纏った赤髪の男が、指令書を片手に前を歩く上官の男に尋ねる。
上官は静かな声で「……そうでもないさ」と答えた。ただならぬ空気に、後ろの男もそれ以上の言葉を持ち合わせない。
しかし、そのさらに後ろを歩いていた
「あのォ、なんで俺まで連れてこられたんすかァ?」
場にそぐわぬ気の抜けた緩い声音に、赤髪の男は眉を寄せる。
「捕縛対象にお前の同期の奴らもいるんだよ。その確認のためだ」
「絶対人違いですってェ、いや……
「またワケのわかんねーことを……まだ記憶が混乱してんだな」
「いやもうほんとに。
「ブツブツ言ってると、隊長に置いてかれるぞ」
「あ、待ってくださいよ副隊長! だから俺ほぼ素人なんだって! 空を歩くのとかマジで初めてで……!」
月明かりの中、前の二人は軽やかに空を駆けていく。
最後尾の男は「副隊長」と呼んだ男にしがみつきながら、どうにかついていくのだった。
*
*
石田さんが黒崎さんに持ちかけた虚退治の対決は、皆さんの頑張りでどうにか無事に終結した。
璃鎖は言わずもがな、唯和も斬魄刀の始解を会得して虚を退治していた。僕たちを置いて一人で突っ走ったことには怒ったけれど、斬魄刀を使いこなせたこと自体は素晴らしい成果である。
さすがは唯和だ。昔から何だって卒なくこなしてしまう。数少ない唯和の長所だ。その要領のよさは、ぜひとも見習いたい。
すっかり慣れた通学路を三人で登校する。明日にはもう、終業式が迫っていた。
この世界に来て、三ヶ月半。一日一日が濃厚で未知の体験ばかりだったはずなのに、思い返せばあっという間の時間だった。
いろいろなことがあった。《知っていること》がたくさんあって、思いも寄らないこともたくさんあった。
黒崎さんは着実に力をつけた。それだけの時間が過ぎた。璃鎖も唯和も同じように新たな力を得た。それなのに──。
──僕だけが……斬魄刀を使いこなせていない。
焦りが増す。不安が募る。恐怖が過る。
璃鎖も唯和も頑張っているのに、僕だけが同じようにできていない。一人だけ斬魄刀の名前も知らないどころか、手にした自覚も記憶もないのだ。
もうすぐ、今夜にもルキアさんを捕らえに尸魂界からの追っ手が来る。それなのに、僕はいまだ自分の身を守ることすらできない。何もできない。
これでは役立たず以下だ。ただでさえない存在意義が、本当になくなってしまう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
学校に着いても、授業中もずっとずっとそのことばかりが頭の中にあった。
昼休みにはクラスメイトたちと一緒に昼食を食べたけれど、やはり気分は沈んだまま。楽しげな会話に交ざることもできない。
まあ、どんなに落ち込んだところで表情には一切出ないのだ。周りに気兼ねなく落ち込めるという点で、僕の無表情もたまには役に立つ。
そんな調子のまま学校を終え、下校する。放課後には唯和の足も限界が来たようで、璃鎖と二人で担ぎながら浦原商店へと帰宅した。
すると、店先にこの辺りでは見かけない黒猫が座っている。
「あ、ネコだー! にゃあにゃあ!」
真っ先に駆け寄ったのは璃鎖だ。僕は唯和に肩を貸したままで顔を見合わせる。
璃鎖は黒猫を持ち上げ、頭上に掲げてクルクルと回り出した。普通の猫に対していきなりそんなことをし始めたら制止の言葉をかけたかもしれないが、しかしあの猫は──。
「なんかきみ、すっごく落ち着いてるね! もしかして頭がいいネコさん?」
──それは……そうだろうな。
猫の名前は「四楓院夜一」、浦原さんの無二の親友だ。もともとは猫の姿に変身できる死神なので、もちろん本物の猫ではない。
──のだが、そんな説明をここで何も知らない璃鎖にできるはずもなく、僕は口を閉ざした。
夜一さんは、どこかしたり顔で璃鎖を見下ろしているような気がする。喋り出さないところを見ると、僕たちの前では猫のふりを続けるらしい。
「璃鎖~、オレもネコちゃんにかまいた~い」
ワキワキと指を動かしながら唯和が駆け寄った。今ならあの夜一さんを好きにできると考えたようだ。
しかし、璃鎖は唯和から夜一さんを遠ざけた。
「なんか嫌がってるみたい」
「なして!? まだ何もしてないじゃん!」
「漏れ出ているんじゃないですか? 邪な心が」
「えぇ~? 純粋な気持ちなのにぃ~」
「純粋に邪なんですよ、あなたは」
溜め息をつき、浦原商店の中に入る。唯和は文句を言いながらもあとに続いた。璃鎖も夜一さんを下ろし、「バイバーイ」と言って扉を閉める。
浦原さんたちに帰宅の旨を報告し、あてがわれた自室に向かった。後ろからは「店の前にネコいた!」、「あー、夜一サンっスね」なんて会話が聞こえてくる。
畳に腰を下ろし、鞄を置いた。遅れてやってきた唯和も同じように座り、璃鎖はゴロンと寝転がる。
中央のちゃぶ台を囲みながら、僕は唯和を見た。
「今夜、どうします?」
今日の夜、尸魂界から二人の追っ手がやってくる。それについて僕たちはどうするのか、どうすべきか。
僕一人では答えが出せない問いを唯和に投げかけた。すると、唯和は呆れたように溜め息をつく。
「自分の中ですでに決まってる答えを他人に求めるのは、決断の責任を押しつける卑劣な行為だと思いまぁ~す」
「別にそういうわけでは……」
ぐ、っと。指揮者が曲を止めるように目の前で唯和の拳が握られた。
「オレたちの置かれている状況は不透明だ、最初からずっとね。いきなり《この世界》に飛ばされたはいいものの、何をしろとも言われていないし……あぁいや、橙亜さんは何かを見つけなきゃいけないんだっけ~。知らんけど~」
からかうように笑った唯和は姿勢を正し、順を追って状況を整理していく。
「だから、オレたちには『何もしなくていい』という選択肢だってある。いろいろな陰謀が渦巻いてる気配はあるけれど、全部無視してどこか外国に行ってみたっていいわけさ~。叶うかは別としてね~」
「そうですね……」
「だ・け・ど、オレたちは《ここ》で『やること』を最初に決めたよねぇ~?」
コンコンと、唯和の人差し指がちゃぶ台を叩いた。
そう、「やりたいこと」は決めたのだ。「人助け」、人命救助だ。
これから先、僕が《知る》通りのことが起こるなら、大勢の人が死ぬ。それを見過ごすことはできないし、したくない。
「なら、次の行きたいところも決まっている。《次の死人》が出るところだ。可能かどうかは置いておいてね~」
くるくると眼前で指先が回される。「行きたいところ」は僕の記憶が《知っている》と言いたいわけか。
目を閉じて、記憶をたどる。頭の中にある《エピソード》を時系列通りに並べ替える。
──《次》に死ぬのは……あぁ。
尸魂界の中央四十六室だ。彼らは、現世でルキアさんが発見された直後に藍染惣右介によって殺されている。はすだ。確実にルキアさんを捕らえるために、四十六室に扮して命令を出す必要があったはず。
──まあ、「彼」の発言の信用度は低いけれど、日番谷さんが彼らの死体を発見している以上、現時点で四十六室の人間がすでに殺されているのはほぼ確実なのだろう。
現世にいる僕たちにはどうあっても手出しできない。そもそも、もう終わってしまったことだ。
わかっていたくせに、自力では尸魂界に行く手段がないからと最初から諦めていた。見ないふりをしていた。顔も名前も知らないから、なんて言い訳は無意味だ。だって僕は阿万門ナユラさんを《知っている》のだから。
「いや、四十六室の連中とかぶっちゃけ死んどいてもらったほうがよくな~い?」
「なんてことを言うんですか。どれだけ醜悪で愚かな人間だったとしても、理不尽に命を奪われていい理由にはなりませんよ」
「オマエも相当言っとるやんけ~! ま~、『やったヤツ』がヤツだからな~。息をするようにウソつきまくるし、オレたちが《この世界》に来た時点ですでにやっていてもおかしくはないよなぁ~?」
「唯和みたいですね」
「えっ、名誉毀損?」
落ち込みかけた気分を唯和が誤魔化そうとしてくれている。ならば僕も気持ちを切り替えなければ。
「──その《次》は、十二番隊士の皆さんです。旅禍を捕まえるための爆弾として、涅さんに使われます」
まっすぐに唯和を見て言う。唯和は瞼を閉じ、仕方なさそうに笑った。
「んじゃ、目標は尸魂界行きね~。ルキアと一緒に連れ帰ってもらうのが一番楽そうかにゃぁ~?」
「出自のわからない存在を都合よく無傷で連れ帰ってくれると?」
「ま、そこだよねぇ~」
唯和もゴロンと畳の上に寝転がる。スカートもかまわず、仰向けになり両足を放り出した。まったく、揃いも揃ってはしたない。
「どうあれ、尸魂界側からオレたちの存在がどう認識されるのかは知っておきたいし、何より面白そうだからオレは今夜行くのに賛成ではあるよ~。味方判定だとラッキー、敵判定は妥当すぎてつまらんけどね~」
「敵判定の場合、隊長格二名の前にノコノコ出て行くのは憚られますが……」
「なんかあったら浦原さんが守ってくれるかも~?」
「期待できるんですか?」
「大博打だねぇ~」
「分が悪いですね……」
璃鎖のほうへと目を向ける。どうするかと尋ねると、彼女はいつものように笑った。
「私は橙亜についていくよ!」
「……では今夜、とりあえずルキアさんたちに会いに行くということで」
方針は決まった。僕も二人にならって寝転がる。
このまま今夜に向けて仮眠を取ろうか。布団も敷かずに畳の上で雑魚寝とか、子供の頃に戻ったようだ。
「最悪あの穿界門だっけ? それに飛び込めば尸魂界に行けるんじゃないの~?」
「地獄蝶がいなければ強制的に断界に飛ばされるのでは……?」
「マジかよめんど! まあでもオレらが人間なのは本当ですし~? あの二人の性格を考えてもいきなり斬りかかられるとかはないと思うんだよね~。よっぽど機嫌が悪くない限りは~」
「ルキアさんのことで気が立っているのでは……? 一応、霊法で指定外の人間を殺してはいけないという決まりはあるみたいですけど……」
「んじゃ、案外大丈夫なんじゃね~?」
「根拠は?」
首だけを唯和のほうへ向ける。唯和はニタリと、嫌らしい笑みを浮かべた。
「だって、白哉お兄様はもう、掟を破らないんでしょぉ~?」
*
「すんなり出てこられたね~?」
夜になり、すっかり世界が寝静まった頃。僕たちは浦原商店を抜け出してルキアさんの霊圧を追いかけていた。
そんな中、不満そうな唯和が愚痴をこぼす。僕は走りながら視線をそちらに向けた。
「手間取ったほうがよかったんですか?」
「放任主義にも限度があるだろって話~。かわいいオレたちが補導でもされたら浦原さんだって困るだろうにさぁ~!」
「困るのかなぁ?」
「そうですね。それに浦原さんは今、黒崎さんのところに行っているのでは?」
「そういうのは霊圧でわかるんじゃないんすか~? 橙亜さん」
「浦原さん本人は霊圧を隠しているみたいなのでなんとも……」
「そりゃ隠すか。見つかったら面倒だもんな~。じゃあ、びゃっくん隊長たちの気配は~?」
「それはわかります。抑えていても、隠れていたいわけではないようですね」
実際、死神の霊気を感じた石田さんが現場に向かって──いや、すでに到着しているし。
前方からはルキアさんと石田さん、そして見知らぬ二人の霊圧を感じる。霊圧を抑えた隊長格と言えど、ルキアさんたちとの差は明確だ。今の状態では敵わな────ん……?
──あれ…………霊圧が一つ、多い……?
気のせいか? いや霊圧は間違いなくある。ならば通りすがりの人間? それにしては動きが妙な感じだ。
そして不思議なことに、僕はこの霊圧を知っているような気がした。
「角曲がるぞ~。出会い頭に攻撃が飛んできませんよ~うに~!」
「一応私、構えとくよ!」
「あ、攻撃するなら派手な赤髪のほうな~?」
「こちらから先制攻撃するのはどうかと……!」
ぼんやりと考え事ばかりはしていられない。走りを維持したまま、目の前の角を曲がった。
少し広い道に出る。道の先では石田さんと赤髪の死神──阿散井恋次がお互いに武器を構えて、そして阿散井さんが斬りかかろうとしていた。
「吹き荒べ! 風狗!」
「仕え奉れ! 狐木!」
璃鎖と唯和の声が重なった。参加できずに足を止める僕を残し、二人は阿散井さんに向けて解放した斬魄刀を向ける。
「な……!? てめーらは……!?」
「璃鎖! 唯和! 橙亜まで……!?」
二人の遠距離攻撃を、阿散井さんは体を反らして避けた。攻撃の合間にルキアさんの驚いた声が聞こえる。石田さんへの踏み込みも浅くなったのか、刃は彼の服を切り裂き、脇腹をかすめた。
阿散井さんは身軽な動きで距離を取る。一方、ふらついて膝をついた石田さんに僕は駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「平気だよ……これくらい。なんで来たんだ、三人とも」
石田さんの服は真っ赤に染まっていた。《本来》よりは軽くなっていそうだが、それでも刀傷など日常生活で負うものではない。とりあえず持っていたハンカチで心許ないが止血を試みる。
冷や汗を流す石田さんの言葉に答えたのは、僕たちを見下ろす唯和だった。
「無様っすねぇ〜? 石田く~ん。クラスメイトのために体を張るなんて、キミもバカだなぁ~?」
「君にだけは、言われたくないね……」
「だいたい敵の懐に入りすぎ~。遠距離武器の利点を活かさないとさぁ~」
「……鏡を見たらどうだい? 蜜江唯和」
「毎日穴が空くほど見てますけどぉ~? 唯和ちゃんってば美少女ですから~」
軽口を叩く程度には余裕があるらしい。羨ましいことだ。
そんなやり取りを横目に、体勢を立て直した阿散井さんは僕たちを睨みつける。
「斬魄刀……それも始解だと!? ルキアの
「ありゃ、そういう勘違いが起きるのか~。めんどくさぁ~。オレたち、ただのか弱いパンピーなんですけどぉ~。クラスメイトが不審者に襲われていたから助けに入っただけの心優しい通りすがりで事情なんてまるで知らねーんですけどぉ~?」
か弱い一般人が斬魄刀を所持して使えるものか。璃鎖以外の全員が思ったことだろう。
阿散井さんの後ろには、もう一人。朽木白哉が静かに立っている。彼の判断次第では、僕たちの胸にはこれから穴が空けられる可能性も──。
「橙亜──?」
──突然、思いも寄らない声に名前を呼ばれた。
慣れ親しんだ聞きなじみのある声だったが、しかし《こんな場所》で聞くとは夢にも思っていなかった声で、小さく困惑の息が漏れる。
「えっ……あれ、なんで!?」
「……は? どういうこと?」
璃鎖と唯和も、同じようにその声に驚愕していた。
声の出どころを探る。白哉さんのさらに奥に、人影が見える。
阿散井さんと変わらない体格の男だ。死覇装に身を包んでいる。短髪の黒髪が風に揺れ、面倒くさそうに眉を寄せている、その男は──。
「マジもんか……? それとも、『顔が同じだけの別人』だったりすんのか?」
ズキリ、と頭が痛む。
男はスタスタとこちらに歩み寄りながら、璃鎖と唯和を交互に見た。そして、さんざん見慣れた怪訝な顔で、僕を見下ろして。
「お前らも一緒なら、やっぱ俺の知ってる奴でいいのか?」
──いるはずがない。会えるはずがない。
でも、どういうわけかこうして目の前にいる。だから、僕は確かめるように彼の名前を呼ぶ。
「結斗……?」
声は小さくなってしまったけれど、しかし彼は、ニヤリと笑って右手を上げた。
「よォ、三ヶ月ぶりか? 高校の入学式以来だな、橙亜」
──知っている。確かに僕たちは、彼を知っている。
彼の名前は
