落乱
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俺が所属する火薬委員会の委員長は、どこか独特な雰囲気を持つ人だ。
どこが違うと聞かれても明確には答えられないけど、ただ何となく他の人とは違うと俺は思う。
その事を級友の尾浜勘右衛門に言ってみたら、そうかな?と首を傾げていたけれど…
久々知兵助の見解
今日の授業が終わり、俺は教室を出て長屋へと歩いていた。
ふわり、と前の曲がり角から青が混じったような黒髪が現れる。
少し癖があるのかふわふわとした髪は、一見ごわついた様に見えるけれど実はとても綺麗で手触りがいい。
「名字先輩」
呟く様に呼んだ俺の声に気付いたのか、先輩はゆっくりと振り向いた。
髪が揺れて、整った顔が俺の方を向く。その顔に表情と言う表情は無いけれど、 この数年で慣れてしまった。
「どうかしたか」
「…あ、えっと、授業はもう終わられたのですか?」
「あぁ」
小さく頷いて見せた先輩を見て、なんでこんなわかりきった事を聞いたんだろうと後悔する。
他に何かないか、他に…と俺が内心慌てていると、丁度良かったと先輩が呟いた。
「今日の委員会は行けそうにない。火薬庫の点検任せたぞ」
「えっ!?あ、いえ…わかりました。皆にも伝えておきます」
「あぁ、頼む」
「はいっ」
俺の挙動不審な言動を気にすることなく先輩は俺が頷いたのを確認すると、踵を返して歩き出す。
そんな先輩の後ろ姿に一礼して俺は、ほっと一息ついた。
名字名前先輩は俺が所属する火薬委員会の委員長だ。
気軽に世間話をするような 仲ではないけれど、俺はこの学園の中では先輩とよく話す方に入ると思っている。
俺の知っている限りでは、先輩が他の六年生と一緒に話している所を見たことがない。
他の六年生と特別不仲と言うわけではないらしいけれど、先輩は大概一人で行動している。
何故かと一度聞いてみたことがあるが、その時先輩は滅多に変えない表情を変えて、自分の為だと一言だけ告げてくれた。
その理由の意味はいまいち理解出来ていないけれど、俺と先輩の関係は全く変わる事はなかった。
「…委員会に行くか」
先輩に任されたからと思うと自然と頬が緩むのが自分でわかる。
まずは土井先生に火薬庫の鍵を貰いに行かなければいけないな。そう考えて足を進める。
「あ、久々知!」
ふい に名前を呼ばれて、声がした方を向く。が、声の主を探し当てる事が出来なかった。
もしやと思い、地面の方に顔を向ければ、案の定、善法寺伊作先輩が地面の落とし穴からひょっこり顔を覗かせていた。
保健委員会、通称不運委員会に所属している善法寺先輩は稀に見る不運の持ち主だ。
現に落とし穴に嵌まっているが、これが日常茶飯事だ。誰かを巻き込んでいない分は些細な不運である。
「手をお貸しいたしましょうか?」
「ぜ、是非お願いするよ」
そう答えた先輩の瞳が若干潤んでいる。まさか、長時間ここに嵌まっていたわけでは…と考えて、慌てて先輩を引き上げにかかった。
片手を掴んで、引きますよと声を掛ける。先輩が頷くのを確認して腕を引っ張った。
「助かっ たよ。ありがとう」
落とし穴から這い出てすぐに、先輩は俺に向かってそう言った。
服に付いてしまった土の汚れを手で払いながら、先輩は口を開く。
「久々知、名前が何処にいるか知らない?」
出てきた名前に思わず驚きを隠せず、目を見開く。
名を呼んでいるとは思わなかった。というのが正直な感想だ。
「…名字先輩ですか?」
そんな些細な変化に気付いたのか、先輩は苦笑いを浮かべる。
「そう、久々知は名前とは仲がいいだろう?委員会の事も含めて、授業終わりに一回は会っているだろうから知っているかと思ってね」
「先ほど、すぐそこでお会いしましたが…」
俺がそう答えると、先輩はぐんと俺に近付いた。
そして、俺の肩を掴んで勢いよく喋り 始める。
「本当!?何処に行っていた!?もう、用事があるから待っていて、と伝えた筈なのに!先に教室を出て!……っと、悪い」
言いながら我に返った先輩は、居心地が悪そうに暫く視線をさ迷わせて、最後には俺を捉えた。
「名前が何処に行ったかわかるかい?」
「いえ、今日は委員会に行けないとの言伝てを受けただけですので。何処に行くとも言われていません」
「そうか、なら仕方ないね」
残念だと肩を落とした先輩に、俺はどうしたものかと思考を巡らせる。
このまま土井先生の所に行っても構わないのだが、今なら善法寺先輩から名字先輩の事を何かしら知ることが出来るかもしれない。
「先輩から見て、名字先輩はどんな方ですか」
咄嗟に出た言葉がそれだっ た。もっと他の聞き方があったかも知れないが、言った言葉は戻らない。
先輩は突然の質問に嫌な顔ひとつせず、そうだなと呟くと空を仰いだ。
「なんとなく無理をしているし、人付き合いが苦手と言うよりどうしていいかわからないって言う方がしっくりくる。少し世間知らずで、年下に弱い。困った人は放っておけなくて、以外と面倒見がいい」
けど、と言葉を切って先輩は六年生の長屋の方へ視線を向けた。
その瞳に僅かに色が付いたが、何かを判別する前にすぐに消えてしまう。
「掴もうとしても掴めない。大切なものはひた隠しで、共有する事なんてまずない。何故あんなに閉じ籠っているかわからないけど…でも」
それでも有事の際には駆け付けてあげたい人かな?そう言っ て微笑んだ先輩に、俺は言葉を発することが出来なかった。
「答えになっていないかもしれないね」
「いえ、お答え頂きありがとうございました」
「君は、久々知はどう思っている?」
「…俺は」
「善法寺」
柔らかく笑んだ先輩に俺が答えようと口を開くと、背後から声が聞こえて口を閉じた。
後ろを振り返ると、名字先輩が無表情のまま俺と善法寺先輩を見ていた。
「あ、名前!用があると言ったのに先に教室を出るなんて!」
真っ先にそう言い放つと、善法寺先輩は名字先輩の腕を引っ付かんだ。逃がしはしない、と言いたげな雰囲気だ。
そんな善法寺先輩の勢いを何事も無いように名字先輩は見つめ返す。
「この後外せない用が出来たんだ。久々知に委員会を任せ た後でも良いかと思って」
「僕は放課後教室で待っていてと言ったんだ」
「放課後の何時とは言わなかっただろう」
「…まあ、そうだけど」
「時間がかかるなら、明日にしてくれるか」
「いや、すぐに終わるから医務室に行こう」
「わかった」
矢継ぎ早に繰り出される言葉に俺は二人の先輩を前に目を瞬かせる。
不仲と言うわけではない様子で、少し安心する。
俺が心配する必要は無いだろうが、気にはなっていた名字先輩の友人関係。
でも何だか面白くないと思ってしまうのだ。
「名字先輩」
「なんだ」
「名前先輩とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「えっ」
俺の言葉に、一番始めに反応したのは善法寺先輩だった。
善法寺先輩はどうするの?と言いたげに 俺と名字先輩を見比べて、落ち着かない様子だ。
「ああ、構わない」
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ、本当に!?僕たちの時はかなり渋ったくせに!」
薄情者!僕たちがどれだけ…なんて言っている善法寺先輩を見なかったことにして、俺は名前先輩に近付いた。
「あ、あの、よろしければ、わ、私の事を…な、名前で呼んで頂けないでしょうか」
しどろもどろな言い方になってしまったが、断られたらどうしようという思いの方が強く言い直す気にもならなかった。
自分の手を強く握って、俺より幾分か背の高い先輩を見上げる。
もし、断られたら暫く部屋に籠ってしまうかもしれない。でも、先輩には心配や迷惑はかけたくないから授業や委員会は出るだろうな…
ぐるぐるとそん な事を考えていると、名前先輩は思案するように視線をさ迷わせた。
一拍、二拍と間が空く。
やっぱり駄目だったかと思った所で、名前先輩は小さく頷いた。
「え…」
ぽろりと溢れた言葉は何の意味を持たない音だった。
名前先輩の隣で、善法寺先輩がこれでもかと目を見開いていた。
「…え、あ、あの」
「さっき土井先生とお会いして、火薬庫の鍵を預かってきた。無理をしない程度に活動してくれ。頼んだぞ、兵助」
へいすけ、と頭のなかで何度も繰り返される。
じわりと顔に熱が集中するのがわかって、何だか恥ずかしい。
「は、はい」
消え入るような声で返事をすれば、名前先輩は俺の手に火薬庫の鍵を乗せると踵を返した。
「ず、ずるい!名前、僕の 事も伊作って…」
「善法寺煩い。用がないなら俺はもう出る」
「あぁ、待って!用はちゃんとあるよ!…あるから待って!医務室はこっち!」
ぎゃいぎゃいと善法寺先輩が言うのを聞きながら、俺はその場にしゃがみ込んだ。
嬉しくて嬉しくて、口角が上がるのを止められない。
名前一つでこんなに嬉しいなんて…俺はそんなに名前先輩の事が好きだったのかと、再確認させられた様だ。
先輩たちの声が聞こえなくなって暫くして、俺はゆっくりと立ち上がった。
名前先輩は独特な雰囲気があると思っていたが、もしかして俺の偏見でそう感じていたのかもしれない。そう考えると再び頬に熱が集中した。
は、早く落ち着いて先輩に任された委員会に行かなければ!そう思うけれど、頬の赤みは暫く取れなかった。
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