雲雀中編
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そんな出来事があってから、すっかり季節は移り変わって冬。寒さとは無縁の暖房の効いた快適な部屋で私はパソコンの前に座ってお茶を飲む。
ちらりと正面を見れば、かの雲雀恭弥が黙々と書類に目を通していた。
なぜこんな事になったのかと思うのだが、結局あの外国人たちの襲撃が原因としか言いようがない。
あの後、私は草壁くんに連れられて手当てを受けたのだが、その際連れてこられたのがこの施設。
恭弥が代表を務めるという財団だった。
そこで治療され、夜遅いのでと言う理由で泊めさせてもらったのが分かれ道だったのだと思う。
翌朝、申し訳なさそうな顔をした草壁くんがこう言ったのだ。
「申し訳ありませんが、今日から財団の事務員として働いていただく事になりました」
何の事?と思いながら出てきた疑問をぶつければ、草壁くんはそれは丁寧に説明してくれた。
曰く、雲雀恭弥を敵対視した組織から狙われた私はいつまた狙われるかわからない。
安全を確保するために、この財団施設に身を置いてほしい。だが、無料でと言うわけにもいかないので事務仕事をお願いしたいと言う事だった。
もちろん給料も出ます!外に出れない以外の不自由はありませんから!と勢いよく頭を下げられては断れなかった。
後で聞いたが、務めていた会社には退職の意向も伝えられて受理されているらしい。
私が住んでいたアパートでは全て荷物を運び出されて、次の日にはこの財団施設の一室に運び込まれていた。あまりの手際の良さに文句一つ言えなかった。
少し行動が早すぎやしないかと思ったが、指示したのが恭弥だったと聞いて納得した。遅れようものなら何を言われ何をされることか。
「これは大丈夫そうだね。じゃあ次これね」
目を通していた書類をファイルに入れて、また新たな紙の束を私の机の上に積んでいく。
決して簡単に終わりそうにない量に眉間に自然としわが寄る。
この施設に来て約半年、その言葉を何度聞いた事だろうか。
恭弥はこの施設に戻ってくると、仕事の進み具合と書類を確認して山の様に仕事を残してまた外に出て行くのだ。
そして、草壁くんからの連絡を受けてからなのかは不明だが、仕事が終わる頃になると戻ってくる。
この軟禁状態に私は少し、いやかなり飽きていた。
むしろ良く半年も何の反発もなく我慢していたと自分を褒めたいほどだ。
「ねぇ恭弥?私そろそろ外に出てもいいかな?」
じっと恭弥の様子を観察しながらそう言えば、恭弥はぱちくりと瞬きをひとつして、考えるように顎に手をやる。
「流石に半年も室内から出られないのは息がつまるんだけど?」
「そうだったの?なにも言ってこないから平気だと思ってたけど」
そんなわけあるか!と反論したいのをぐっと堪えて、咳払いをして気分を変える事にした。ここで恭弥の機嫌を悪くしてはいけない。
しかし、この施設に来てからは携帯電話は取り上げられたまま、パソコンはあるもののインターネットには繋がっていないようで、外の様子を知る事はできない。
せめてもの暇つぶしにと草壁くんに色々と注文したがいい加減飽きている。
「大体、私がここに来るきっかけになった敵対組織とやらは一体どうなったの?恭弥が何もアクションを起こさないわけないだろうし」
「ああ、そいつらなら壊滅させたよ」
「え?」
何でもないように答えた恭弥は、次の仕事をまだ見繕っているようで私に視線を向けない。
何か今聞いてはいけない言葉を聞いたような気がしたのだけど?
聞き間違いでなければ、壊滅と聞こえた。つまり私がこの施設に半年も閉じこもってた理由はないのでは?と思いながら、じとりと半目を恭弥に向ける。
「なら、私尚更ここから出たいんだけど?」
「そう?なら、家探しと就職活動しないといけないね。ここよりいい待遇の所を探すのはさぞ大変そうだ」
にやりと唇に弧を描きながら、恭弥は続ける。
「前回はたまたま連絡を受けて行ったけど、次はどうなるかわからないよ?あっという間に攫われて、君は弱いからどうなるかな?」
そう言われると何も返事を返せない。後半の攫われてはこちらの責任じゃないし、その時にならないとわからないが、多分恭弥の言う通りだろう。
力も知識もない私は格好のカモだ。
家探しと就活もこの施設の快適さを思えば少しやる気が起きない。
三食おやつ付き、仕事場までは5分とかからず、仕事は基本定時に終わる。そして給料はかなり良い。
買いたいものは全て草壁くんやこの施設の女のスタッフに頼まなければならないのが難点だけど…
「う、でも!いい加減少しだけでいいから外に行きたい!」
「そう、じゃあ来週の土曜日ね」
「来週の土曜日!本当ね?!」
「うん、詳細は追々伝えるよ。で、ここから出て行くのかい?」
出かけられる!と喜びに心を踊らせていると、どうするの?と恭弥が視線を寄越した。
心なしか表情は無表情というか冷たい。
何か不機嫌になる様な事を言っただろうかと首を捻るも理由はわからない。
とりあえず外に出る機会があるなら、その後でも大丈夫だろうと思い保留の意を伝える。
「えっ、うーん出て行くかどうかはもう少し考える事にする。恭弥たちが迷惑じゃないなら、だけど」
「僕たちはきちんと仕事をしてくれればいいよ、誰かから不満を言われた事はないだろう?」
「それはないけど」
「じゃあこの件はまだ継続でいいね」
少しだけ満足気な顔をした恭弥に頷き返せば、恭弥はスマホを操作し始めた。
「じゃあ、土曜日は10時頃に迎えを寄越すから準備しててね。ああ、この書類も終わらせておいて」
スマホを胸ポケットに入れると、恭弥はそう言った。その言葉に私は目を剥く。
これ一週間ちょっとじゃ終わりそうにないんだけど!と不満を隠しもしない私を見て、恭弥は愉快そうに目を細めた。
「頑張れば終わるさ。名前なら出来るよ」
恭弥に名前を呼ばれた事実にじわりと顔が熱くなる。
何だ、名前呼べるじゃない。と思うよりも何だかんだ嬉しいような恥ずかしいようなくすぐったさを感じた。
ここに来てから恭弥から名前を呼ばれる事なく過ごしてきたので、その不意打ちに思わず赤面してしまう。
なんだこれ、名前だけで赤面とか少女漫画か!と自分で突っ込みながらも熱は収まりそうにない。
もちろんこんな状況で恭弥の方を見れるわけもなく、私はそっと視線を外した。
「わかった。出来るだけ片付けておくね」
そう言うのがやっとで、書類を手に取って目を通す。けれど、内容は全く入ってこない。
どうしよう、なんでこんなことに!恋愛経験値は決してゼロじゃないのに!と心の中で叫びながら、自分の異常事態をどう対処したらいいか分からないでいた。
「そう、頑張ってね」
そんな私の心情を知ってか知らずか恭弥はそう言うと、あっさりと部屋の外に出て行った。
軽い音を立てて閉まった扉を確認して、私は机に突っ伏した。
私は知らず知らず初恋を拗らせていたのだろうか。
そんな事実に目を向けたくなくて、その考えを振り払うように頭を抱えた。
「いや、いやいやいやー」
待って、嘘でしょう?たかが名前を呼ばれたからってここまで動揺する事はない。
けれどこの胸がぎゅっとなる様な感覚は覚えがある。何度か経験した事があるけれど、今回が1番苦しく重症だ。
認めるの?いや、初恋は初恋で完結しているものじゃないの?なんで今頃こんな気持ちになっているんだろうと困惑する。
「え、嘘…まじかー」
胸のドキドキが止まらない。思い出すのはこの数ヶ月で見てきた恭弥の姿だ。
主に意地悪そうな笑みを浮かべた恭弥だが、ただの幼なじみだと思うには少しこの感情は不釣り合いだ。
好きなのだろう、これは間違いなく。
相手は並盛の頂点で恐怖の対象で、仕事の振り方は鬼の様だけど私の大切な幼なじみだ。
昔は可愛く笑っていた笑顔は、今では少し凶悪さが覗くこともあるけれど、嫌いではない。
恭弥が私のことをどう思っているのかは分からないが、嫌ってはいないだろうと思う。
嫌いならいくら狙われているからと言ってここまで面倒を見ないだろうし。
「来週お出かけ…私できるの?」
悶々とそんな事を考えていると、ふと先ほどした出かける約束を思い出した。
恭弥と一緒に、と言う可能性は低いがゼロではない…かもしれない。
出かけるためにはこの目の前に積まれた仕事をこなさなければならない。
「仕事、仕事しないと」
毎日残業すればきっと終わる!と希望を持って私は書類を再び手に取った。
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