終わりさえあればそれでいい
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
昼休み
人々が昼食を終え、思い思いの時間を楽しんでいるそんなありふれた時間での幕間
物語は静かに動きを見せ始めていた
「橙夜」
『あら、貴女から声を掛けてくるなんて珍しいこともあるモノですね
どうされました?』
橙の少女の目の前には、今渦中にある緋色の髪を持つ緋雨優姫
女子トイレで向き合う2人の纏う空気は、気軽さなんてモノはなく何処か張り詰めていた
真っ正面から睨みつける緋雨優姫に対し、橙の少女は変わらず笑みを浮かべたまま、穏やかにその視線を受け止めていた
「…はぁ?何、余裕ですよって態度
そういうとこがホント腹立つのよ、アンタって」
『余裕も何も、私は焦ったりしていませんし
全て予定通りに事は進んでいますので、普通に毎日を過ごしているつもりなのですが』
「吐き気がするくらい気持ち悪いわね、アンタ」
『吐くならちゃんと便器に向かってどうぞ
そんなところで吐かれると、後から使う人が不快な思いされますので』
目の前には思い切り嫌悪を滲ませて睨みつけてくる緋雨優姫
それに対面している橙の少女は、いつもの笑みを浮かべ、緋雨の横にある便器を指し示す
そんな態度に緋雨は、更に眉間の皺を濃くし鋭く睨みつけた
「アンタさ、この状況でなんとも思わないわけ」
『この状況とは?ただ女生徒が昼休みに女子トイレに居る、というなんて事無いシチュエーションですが?』
見るからに苛立っている緋雨に対し、更にその神経を逆撫でするように、静かに煽っていく
分かりやすい苛立ちも見せる緋雨は、一度自身を落ち着かせるように息を吐き出す
けれど、視線は鋭いまま橙の少女を見据えていた
それを受ける橙の少女は涼しい顔、それが更に煽っていく
「ムカつく…!アンタなんか消えたらいいんだ」
『消える、ねぇ…
そんな方法があるのなら、是非とも教えて頂きたいモノですね』
「一々腹立つものの言い方しないで、私の邪魔ばっかり…!」
『邪魔をしたことなど一度も無いのですが…、覚えが無いだけでもししていたのならそれは申し訳ありません
意図的では無かった、と弁明だけさせて頂きます』
淡々と、交わされる会話
弁明、と言いながらも悪びれる様子の無い橙の少女に、言葉を交わすだけ無駄と思ったのか緋雨は不意に目線を逸らす
その視線の先、緋雨の足元には水の入ったバケツ
それを見た橙の少女は、バレないように僅かに笑みを深くした
「さっさと、舞台から降りてよね」
そう笑って言い放った緋雨は、そのバケツを持ち上げ、自身の頭から水を被る
そしてバケツを橙の少女の方へと蹴り飛ばし、一瞬辺りは静寂が支配する
転がったバケツは橙の少女の足に辺り動きを止めた
「…なにー?今なんか、凄い水音しなかった?」
そう言いながら、数人の女生徒が入ってくる
中にはずぶ濡れの少女と、笑みを浮かべたまま佇みそんな少女を真っ直ぐ見遣る橙の少女
そしてその足元にはバケツ
簡単に想像の出来る出来事は、普通に考えれば橙の少女に不利なモノ
「…どうしたの、橙夜さん」
「何で緋雨ずぶ濡れ?」
『さぁ?暑かったのでしょうか』
「あははー、言うねー
なに緋雨、学校で水浴びなんかしないでよ」
「それとも何、橙夜さんのこと陥れようとでもしてんの?ウケるんだけど」
「なにそれ、笑えない
頭足りてないんじゃ無いの?」
緋雨に良い感情を抱いていない女生徒は、その現場を正しく理解する
笑いながら言う女生徒の反応は分かっていたもので、そんな彼女等に目もくれず小走りで女子トイレを去って行く
「何しに行くの、アイツ」
「男子に泣き付きに行くんじゃ無いのー?」
「あー…、橙夜さんに水掛けられたーって?そんなの誰が信じるの?」
「信じてもらえると思ってんでしょ?アイツ頭悪そうじゃん」
「橙夜さん達を敵に回すことがどんなに恐ろしいか、分かってないんだよねぇ」
そんな会話を繰り広げる彼女等に橙の少女は何も言わない
口を開けば、笑いが零れてしまいそうだったから
何とか自身を鎮めた橙の少女は、一応弁明に向かいます、とその場を立ち去っていく
それを見送った彼女等は、声に喜色と僅かな畏怖を滲ませた
「…馬鹿だね緋雨、何したか知らないけどさ」
「ホントだよ
相手がウチ等みたいな人間だったら、同じく馬鹿な男子共も騙されただろうけどさー」
「相手が橙夜さんじゃあねぇ、逆に自分の取り巻き失う羽目になるんじゃ無いの?最高じゃん」
「凄かったもんね、去年
橙夜さん達何もしてないのにさ、日に日に2人に怯えていって衰弱って言うのかな、していって
気付いたら転校していたんだもん」
「何が起こるのか気になって2人のことみんな見てたけど、何にも動いてなかったのに」
何が起こったかなんて、当人達にしか分からずじまい
けれど注目していた2人に何も大きな動きが無かったにも関わらず見るからに怯えを見せ、仕舞いには転校していった元生徒
その出来事は、2人を敵に回すまい、と判断するに値する出来事として記憶に刻まれた
脅しなんかじゃ無い、言ったからには本当に実行に移してしまう2人なのだ、と本能で感じ取った恐怖
「その内緋雨も消えるねー」
「精々するわ、感謝しか無い」
「怒らせさえしなきゃ、2人は無害だからねー
害悪な緋雨と違って」
「それな」
全てが全て、橙の少女が思い描いたシナリオ
目的のためには手段を選ばない、いざという時に自身が快適に動けるような環境作りに余念が無い
こうなることを予見していたかのような、過去の布石
この心理的圧迫が橙の少女の目的
完全に術中に嵌まっている事には、気付いても抜け出す術は無い
*****
昼休みが終わる15分前
静かなわけでは無かった教室をまた別の意味でざわつかせる存在が飛び込んできた
そこにはタイミング良く〈キセキの世代〉と呼ばれる彼等も存在した
まるで図ったかのようなシチュエーション
「優姫ちゃん!?どうしたの?何があった?呼び出し?」
「誰かに水掛けられたのか?」
ずぶ濡れのまま教室に飛び込んできた緋雨に一瞬辺りは動揺し、直ぐさま緋雨を中心として男子の輪が出来る
そこに〈キセキの世代〉である彼等の姿はない
その事に緋雨は気付き一瞬険しい顔をするが、直ぐさま泣き出しそうな表情を作る
そうしてそのままポロポロ、と涙を零せば周りを取り囲む彼等は必死になって彼女を慰めようと声を掛けたり、肩に手を置いたり
それに気をよくして口角が上がりそうになったが何とか耐え、怯えたような表情をする
「誰にされたの?優姫ちゃん」
その質問に、待ってました、とでも言わんばかりに大袈裟に肩を震わせる
そうして質問してきた男子を恐る恐る、と言った様子で見上げて小さく震える唇を動かして
「…と、橙夜、さん…」
小さくな震えた声が、その名を告げた
途端にざわつき出す、取り巻きの男子達
緋雨は言ってしまった、とでも言わんばかりに顔を青くさせて、顔を俯かせる
「…橙夜さん?」
「何か、言われたりしたの?」
「…バスケ部のみんなと、仲良くするな、って…」
如何にも怯えています、とでも言うかの様に顔を伏せ、目を逸らしたそんな様子で話す
その言葉に、取り巻きの男子達の顔に浮かぶのは戸惑い
彼等の知る橙の少女からは、想像出来ない言葉であった
『…あら、私はそんなこと一言も言った記憶が無いのだけれど
一応弁明させて貰うけれど、私はやっていないわ』
響いたソプラノ
その声に肩を震わせた緋雨は近くに居た男子の背に隠れるように身を寄せる
弁明などされなくても、彼等は最初から橙の少女と藍の少女その2人は候補になど入っていなかったのだ
彼等はそんな2人を、知らない
コツ
ローファーの音を響かせて、一歩前へ
その視線は一直線に、緋雨へと向いていて
『私の言葉は、信用できないでしょうか?』
なんて事無い、穏やかな声
それなのに感じる、とてつもない威圧感
見えない何かが重く体にのし掛かり、緩く首に手を回されているかのような、そんな圧迫感
いつも通りの笑みを浮かべて緋雨から目を逸らした橙の少女はぐるり、と取り巻きを見渡す
『別に信じろ、とは言わないわ
信じてもらえるほど、私は貴方達と交友を深めていないから』
コツ
また一歩、前へ
『私が知りたいのはただ一つ』
コツ
響いていた靴音が止む
緋雨を取り巻く男子生徒の前で止まって、その顔を見上げる
対する彼は体を強張らせ、幾分か低い橙の少女を見下ろしている
そう、見下ろしている
それなのに酷い顔色、怯えの読み取れる表情
『貴方は…、私の敵?』
穏やかに紡がれた言葉は、彼にとっては最早脅迫であった
じっと下から彼の目を見据えて、涼やかな笑みを浮かべて、何の感情もこもっていない声で
逸らしたくても、逸らせない
まるで縫い止められたかのように、動きを止めて
「…て、敵になりたくない、です…」
紡がれた、少し震えた声
それを聞いた緋雨は、信じられないモノを見るかのように目を見開く
そこには、先程までの怯えなど見られず
『そう』
コツ
穏やかに頷いた橙の少女は、彼から目を逸らし中心へと向かっていく
そう、緋雨の居る場所に向けて
緊張状態にあった先程の彼は、気の抜けたように膝をついていた
そうして橙の少女は緋雨の前、最初庇うような立ち位置に着いた男子生徒の前までやってくると座り込んでいる彼等に合わせて膝を抱える
そうして、また穏やかに問い掛ける
『ねぇ、貴方は?』
緩やかに浮かべられた笑み
優しささえ感じられる声音は、その対象に恐怖を与える
「…敵じゃ、ないです」
紡がれた声は、明らかに震えていた
目の前にある恐怖と、今自身の背で守っていた彼女を裏切ることとなる罪悪感から
板挟みになった彼は、それでも我が身可愛さに恐怖に負ける
それを受けた緋雨の表情は、驚愕から怒りに変わる
彼の背後でキツく、橙の少女を睨みつけた
『そう』
そんな視線を受けて笑みを深めた橙の少女は、立ち上がりくるりと背を向けると彼等から少し距離を取る
と、全体をぐるり、と見渡して綺麗に微笑んだまま口を開いた
『でも彼女は、私の敵になると宣言したわ』
大きな声ではなかった
此処に居る者に言い聞かせる為に張った声ではないのに、緊迫が支配したこの場には、そのソプラノはよく響いた
そうしてゆっくりその言葉を飲み込んだ取り巻きの顔色は青くなり、それより早く意味を理解した女子生徒達は声に喜色を滲ませてちいさなざわめきとなる
『あれ、だったら可笑しいですね
彼女は私の敵、そんな彼女の味方ってことは私の敵になると言うことでしょうか?』
僅かに揶揄するような色を乗せて、独り言のように呟く
勿論静かなこの空間で、その声が取り巻きに聞こえないはずも無く
怯えたように肩を震わした彼等は橙の少女からも緋雨からも、目を逸らす
『ねぇ、皆は私の敵なの?』
それは、最終宣告
1年共に過ごしてきた彼女とやって来たばかりの緋雨
問うまでもなく、答えは出ているようなもので
「て、敵じゃない…」
誰かが呟くように放った一言
1人、また1人と緋雨の傍から人が遠ざかる
中心に1人残された緋雨は、現状が理解出来ない、とでも言うかの様に目を見開き、自身の取り巻きだった彼等を見遣る
その視線の先には勿論〈キセキの世代〉である彼等もいる
けれど彼等の視線は一様に冷たく、こちらに興味が無いと言うことがありありと窺えた
小さく震える唇は、今度こそ演技ではなかった
ただし唇を震わせる原因は恐怖からではなく、怒りからで
『そう、良かった
あら、そろそろ昼休みも終わってしまいますので、私はコレで失礼します
あぁ、早く着替えないと風邪を引いてしまいますよ?』
ふと時計を見上げた橙の少女は、他クラスに遊びに来たかのようなそんな気安さで言葉を紡ぐ
こんな非日常を繰り広げておきながら、1人当たり前の様に日常へと戻って行く
緊迫した空気に当てられた、居合わせてしまったメンバー達は立ち去る背中をただ眺めるしか無かった
そうして授業を終えた休み時間、緋雨の傍には誰1人寄りつかなかった
*****
『…派手にやったねー』
『先に仕掛けてきたのはあちらですよ?』
『どの口が』
その日の放課後
噂は瞬く間に広がり、緋雨の傍からは手駒が消え失せることとなる
いつものように文芸部の部室、ではなく橙の少女と藍の少女は授業が終わると当たり前の様に学校を後にした
『ラストスパート、って奴?』
『相手にもならなかったですけどね』
『…何年掛けた復讐だと思ってんのさ』
『あぁ、そうでした
私のこの生は、この為だけに与えられたモノでしたね』
『まぁ、あたしもだけどさ』
溜息を吐いた藍の少女は自身の横で穏やかに微笑む橙の少女を見遣る
やっと、終わる事が出来るのだと
『早く、全部片付くと良いね』
『片付けますよ、今度こそ大団円です』
小さく、けれど強く呟いたその言葉
2人の望む終わり
それを迎えるために、2人は今日も息をする
いずれ来るべき日のため爪を研ぐ
(もうそれの切っ先は貴女の首元よ、お姫様)
人々が昼食を終え、思い思いの時間を楽しんでいるそんなありふれた時間での幕間
物語は静かに動きを見せ始めていた
「橙夜」
『あら、貴女から声を掛けてくるなんて珍しいこともあるモノですね
どうされました?』
橙の少女の目の前には、今渦中にある緋色の髪を持つ緋雨優姫
女子トイレで向き合う2人の纏う空気は、気軽さなんてモノはなく何処か張り詰めていた
真っ正面から睨みつける緋雨優姫に対し、橙の少女は変わらず笑みを浮かべたまま、穏やかにその視線を受け止めていた
「…はぁ?何、余裕ですよって態度
そういうとこがホント腹立つのよ、アンタって」
『余裕も何も、私は焦ったりしていませんし
全て予定通りに事は進んでいますので、普通に毎日を過ごしているつもりなのですが』
「吐き気がするくらい気持ち悪いわね、アンタ」
『吐くならちゃんと便器に向かってどうぞ
そんなところで吐かれると、後から使う人が不快な思いされますので』
目の前には思い切り嫌悪を滲ませて睨みつけてくる緋雨優姫
それに対面している橙の少女は、いつもの笑みを浮かべ、緋雨の横にある便器を指し示す
そんな態度に緋雨は、更に眉間の皺を濃くし鋭く睨みつけた
「アンタさ、この状況でなんとも思わないわけ」
『この状況とは?ただ女生徒が昼休みに女子トイレに居る、というなんて事無いシチュエーションですが?』
見るからに苛立っている緋雨に対し、更にその神経を逆撫でするように、静かに煽っていく
分かりやすい苛立ちも見せる緋雨は、一度自身を落ち着かせるように息を吐き出す
けれど、視線は鋭いまま橙の少女を見据えていた
それを受ける橙の少女は涼しい顔、それが更に煽っていく
「ムカつく…!アンタなんか消えたらいいんだ」
『消える、ねぇ…
そんな方法があるのなら、是非とも教えて頂きたいモノですね』
「一々腹立つものの言い方しないで、私の邪魔ばっかり…!」
『邪魔をしたことなど一度も無いのですが…、覚えが無いだけでもししていたのならそれは申し訳ありません
意図的では無かった、と弁明だけさせて頂きます』
淡々と、交わされる会話
弁明、と言いながらも悪びれる様子の無い橙の少女に、言葉を交わすだけ無駄と思ったのか緋雨は不意に目線を逸らす
その視線の先、緋雨の足元には水の入ったバケツ
それを見た橙の少女は、バレないように僅かに笑みを深くした
「さっさと、舞台から降りてよね」
そう笑って言い放った緋雨は、そのバケツを持ち上げ、自身の頭から水を被る
そしてバケツを橙の少女の方へと蹴り飛ばし、一瞬辺りは静寂が支配する
転がったバケツは橙の少女の足に辺り動きを止めた
「…なにー?今なんか、凄い水音しなかった?」
そう言いながら、数人の女生徒が入ってくる
中にはずぶ濡れの少女と、笑みを浮かべたまま佇みそんな少女を真っ直ぐ見遣る橙の少女
そしてその足元にはバケツ
簡単に想像の出来る出来事は、普通に考えれば橙の少女に不利なモノ
「…どうしたの、橙夜さん」
「何で緋雨ずぶ濡れ?」
『さぁ?暑かったのでしょうか』
「あははー、言うねー
なに緋雨、学校で水浴びなんかしないでよ」
「それとも何、橙夜さんのこと陥れようとでもしてんの?ウケるんだけど」
「なにそれ、笑えない
頭足りてないんじゃ無いの?」
緋雨に良い感情を抱いていない女生徒は、その現場を正しく理解する
笑いながら言う女生徒の反応は分かっていたもので、そんな彼女等に目もくれず小走りで女子トイレを去って行く
「何しに行くの、アイツ」
「男子に泣き付きに行くんじゃ無いのー?」
「あー…、橙夜さんに水掛けられたーって?そんなの誰が信じるの?」
「信じてもらえると思ってんでしょ?アイツ頭悪そうじゃん」
「橙夜さん達を敵に回すことがどんなに恐ろしいか、分かってないんだよねぇ」
そんな会話を繰り広げる彼女等に橙の少女は何も言わない
口を開けば、笑いが零れてしまいそうだったから
何とか自身を鎮めた橙の少女は、一応弁明に向かいます、とその場を立ち去っていく
それを見送った彼女等は、声に喜色と僅かな畏怖を滲ませた
「…馬鹿だね緋雨、何したか知らないけどさ」
「ホントだよ
相手がウチ等みたいな人間だったら、同じく馬鹿な男子共も騙されただろうけどさー」
「相手が橙夜さんじゃあねぇ、逆に自分の取り巻き失う羽目になるんじゃ無いの?最高じゃん」
「凄かったもんね、去年
橙夜さん達何もしてないのにさ、日に日に2人に怯えていって衰弱って言うのかな、していって
気付いたら転校していたんだもん」
「何が起こるのか気になって2人のことみんな見てたけど、何にも動いてなかったのに」
何が起こったかなんて、当人達にしか分からずじまい
けれど注目していた2人に何も大きな動きが無かったにも関わらず見るからに怯えを見せ、仕舞いには転校していった元生徒
その出来事は、2人を敵に回すまい、と判断するに値する出来事として記憶に刻まれた
脅しなんかじゃ無い、言ったからには本当に実行に移してしまう2人なのだ、と本能で感じ取った恐怖
「その内緋雨も消えるねー」
「精々するわ、感謝しか無い」
「怒らせさえしなきゃ、2人は無害だからねー
害悪な緋雨と違って」
「それな」
全てが全て、橙の少女が思い描いたシナリオ
目的のためには手段を選ばない、いざという時に自身が快適に動けるような環境作りに余念が無い
こうなることを予見していたかのような、過去の布石
この心理的圧迫が橙の少女の目的
完全に術中に嵌まっている事には、気付いても抜け出す術は無い
*****
昼休みが終わる15分前
静かなわけでは無かった教室をまた別の意味でざわつかせる存在が飛び込んできた
そこにはタイミング良く〈キセキの世代〉と呼ばれる彼等も存在した
まるで図ったかのようなシチュエーション
「優姫ちゃん!?どうしたの?何があった?呼び出し?」
「誰かに水掛けられたのか?」
ずぶ濡れのまま教室に飛び込んできた緋雨に一瞬辺りは動揺し、直ぐさま緋雨を中心として男子の輪が出来る
そこに〈キセキの世代〉である彼等の姿はない
その事に緋雨は気付き一瞬険しい顔をするが、直ぐさま泣き出しそうな表情を作る
そうしてそのままポロポロ、と涙を零せば周りを取り囲む彼等は必死になって彼女を慰めようと声を掛けたり、肩に手を置いたり
それに気をよくして口角が上がりそうになったが何とか耐え、怯えたような表情をする
「誰にされたの?優姫ちゃん」
その質問に、待ってました、とでも言わんばかりに大袈裟に肩を震わせる
そうして質問してきた男子を恐る恐る、と言った様子で見上げて小さく震える唇を動かして
「…と、橙夜、さん…」
小さくな震えた声が、その名を告げた
途端にざわつき出す、取り巻きの男子達
緋雨は言ってしまった、とでも言わんばかりに顔を青くさせて、顔を俯かせる
「…橙夜さん?」
「何か、言われたりしたの?」
「…バスケ部のみんなと、仲良くするな、って…」
如何にも怯えています、とでも言うかの様に顔を伏せ、目を逸らしたそんな様子で話す
その言葉に、取り巻きの男子達の顔に浮かぶのは戸惑い
彼等の知る橙の少女からは、想像出来ない言葉であった
『…あら、私はそんなこと一言も言った記憶が無いのだけれど
一応弁明させて貰うけれど、私はやっていないわ』
響いたソプラノ
その声に肩を震わせた緋雨は近くに居た男子の背に隠れるように身を寄せる
弁明などされなくても、彼等は最初から橙の少女と藍の少女その2人は候補になど入っていなかったのだ
彼等はそんな2人を、知らない
コツ
ローファーの音を響かせて、一歩前へ
その視線は一直線に、緋雨へと向いていて
『私の言葉は、信用できないでしょうか?』
なんて事無い、穏やかな声
それなのに感じる、とてつもない威圧感
見えない何かが重く体にのし掛かり、緩く首に手を回されているかのような、そんな圧迫感
いつも通りの笑みを浮かべて緋雨から目を逸らした橙の少女はぐるり、と取り巻きを見渡す
『別に信じろ、とは言わないわ
信じてもらえるほど、私は貴方達と交友を深めていないから』
コツ
また一歩、前へ
『私が知りたいのはただ一つ』
コツ
響いていた靴音が止む
緋雨を取り巻く男子生徒の前で止まって、その顔を見上げる
対する彼は体を強張らせ、幾分か低い橙の少女を見下ろしている
そう、見下ろしている
それなのに酷い顔色、怯えの読み取れる表情
『貴方は…、私の敵?』
穏やかに紡がれた言葉は、彼にとっては最早脅迫であった
じっと下から彼の目を見据えて、涼やかな笑みを浮かべて、何の感情もこもっていない声で
逸らしたくても、逸らせない
まるで縫い止められたかのように、動きを止めて
「…て、敵になりたくない、です…」
紡がれた、少し震えた声
それを聞いた緋雨は、信じられないモノを見るかのように目を見開く
そこには、先程までの怯えなど見られず
『そう』
コツ
穏やかに頷いた橙の少女は、彼から目を逸らし中心へと向かっていく
そう、緋雨の居る場所に向けて
緊張状態にあった先程の彼は、気の抜けたように膝をついていた
そうして橙の少女は緋雨の前、最初庇うような立ち位置に着いた男子生徒の前までやってくると座り込んでいる彼等に合わせて膝を抱える
そうして、また穏やかに問い掛ける
『ねぇ、貴方は?』
緩やかに浮かべられた笑み
優しささえ感じられる声音は、その対象に恐怖を与える
「…敵じゃ、ないです」
紡がれた声は、明らかに震えていた
目の前にある恐怖と、今自身の背で守っていた彼女を裏切ることとなる罪悪感から
板挟みになった彼は、それでも我が身可愛さに恐怖に負ける
それを受けた緋雨の表情は、驚愕から怒りに変わる
彼の背後でキツく、橙の少女を睨みつけた
『そう』
そんな視線を受けて笑みを深めた橙の少女は、立ち上がりくるりと背を向けると彼等から少し距離を取る
と、全体をぐるり、と見渡して綺麗に微笑んだまま口を開いた
『でも彼女は、私の敵になると宣言したわ』
大きな声ではなかった
此処に居る者に言い聞かせる為に張った声ではないのに、緊迫が支配したこの場には、そのソプラノはよく響いた
そうしてゆっくりその言葉を飲み込んだ取り巻きの顔色は青くなり、それより早く意味を理解した女子生徒達は声に喜色を滲ませてちいさなざわめきとなる
『あれ、だったら可笑しいですね
彼女は私の敵、そんな彼女の味方ってことは私の敵になると言うことでしょうか?』
僅かに揶揄するような色を乗せて、独り言のように呟く
勿論静かなこの空間で、その声が取り巻きに聞こえないはずも無く
怯えたように肩を震わした彼等は橙の少女からも緋雨からも、目を逸らす
『ねぇ、皆は私の敵なの?』
それは、最終宣告
1年共に過ごしてきた彼女とやって来たばかりの緋雨
問うまでもなく、答えは出ているようなもので
「て、敵じゃない…」
誰かが呟くように放った一言
1人、また1人と緋雨の傍から人が遠ざかる
中心に1人残された緋雨は、現状が理解出来ない、とでも言うかの様に目を見開き、自身の取り巻きだった彼等を見遣る
その視線の先には勿論〈キセキの世代〉である彼等もいる
けれど彼等の視線は一様に冷たく、こちらに興味が無いと言うことがありありと窺えた
小さく震える唇は、今度こそ演技ではなかった
ただし唇を震わせる原因は恐怖からではなく、怒りからで
『そう、良かった
あら、そろそろ昼休みも終わってしまいますので、私はコレで失礼します
あぁ、早く着替えないと風邪を引いてしまいますよ?』
ふと時計を見上げた橙の少女は、他クラスに遊びに来たかのようなそんな気安さで言葉を紡ぐ
こんな非日常を繰り広げておきながら、1人当たり前の様に日常へと戻って行く
緊迫した空気に当てられた、居合わせてしまったメンバー達は立ち去る背中をただ眺めるしか無かった
そうして授業を終えた休み時間、緋雨の傍には誰1人寄りつかなかった
*****
『…派手にやったねー』
『先に仕掛けてきたのはあちらですよ?』
『どの口が』
その日の放課後
噂は瞬く間に広がり、緋雨の傍からは手駒が消え失せることとなる
いつものように文芸部の部室、ではなく橙の少女と藍の少女は授業が終わると当たり前の様に学校を後にした
『ラストスパート、って奴?』
『相手にもならなかったですけどね』
『…何年掛けた復讐だと思ってんのさ』
『あぁ、そうでした
私のこの生は、この為だけに与えられたモノでしたね』
『まぁ、あたしもだけどさ』
溜息を吐いた藍の少女は自身の横で穏やかに微笑む橙の少女を見遣る
やっと、終わる事が出来るのだと
『早く、全部片付くと良いね』
『片付けますよ、今度こそ大団円です』
小さく、けれど強く呟いたその言葉
2人の望む終わり
それを迎えるために、2人は今日も息をする
いずれ来るべき日のため爪を研ぐ
(もうそれの切っ先は貴女の首元よ、お姫様)