手を伸ばしかけて躊躇って
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side.琉梨
不意に目が覚めた
辺りは暗く、隣からは静かな寝息が届く
ぼんやりする頭で現状を把握しようと思考を巡らす
『!』
ゆっくりと思考を巡らして、覚醒した頭
勢いのまま起き上がり、はっきりと思い出して頭を抱える
やっちゃった、人前で寝るとか絶対しないのに
てか先輩の膝を枕にするとか失礼すぎるだろう、自分、ふざけんな
自己嫌悪しながら、携帯を探す
唯歌がまだ寝てることから時間は大丈夫だろう
『4時…』
液晶の光に目を細めながら、時間を確認する
起きようとしていた時間よりずっと早い為安心する
そうだとは思っていたけど、実際に目にするのとは安心感が違う
安堵した途端、色んなものが押し寄せる
やってしまった、その一言に尽きる
寝顔を見られたのは、まぁいいとする
良くないけど、まぁそれは自分の落ち度だ、しょうが無い
けど、罪悪感
特定の人物に向けられた、罪悪感が胸の中に燻る
随分と酷な事をやってしまった
『…はぁ』
気付いてる
けど、応えることが出来ないから知らない振りを貫いている
それをきっと相手も分かってる
グルグルする思考を断ち切ろうとするため着替えを済ませ、準備に取りかかる
唯歌を起こさないようにそっと部屋を出て、壁に背中を預ける
『…ごめん』
ずるいなぁ、うちは
自嘲気味な笑みを浮かべて小さく呟いた
真っ直ぐな好意が、突き刺さって消えない
『…よし、動くか』
顔でも洗って気持ちを切り替えよう
洗面所まで行き、本日の部活のために準備を始める
何も考えないように仕事に打ち込んでいると知らぬ間に時間が過ぎる
キャプテンが起きてきたので昨日の事を謝る
「琉梨ちゃん!起きたなら起こしてよ…!なんで1人でやっちゃうかな」
『おはよー、唯歌』
「挨拶をして欲しい訳じゃ無い!」
『あははー』
「笑って誤魔化さない!」
暫くして起きてきた唯歌に挨拶すると突っ込まれた
段々遠慮が無くなってきたようでありがたい
気を遣われっぱなしはこっちも困るし
友達には気を遣いたくないし、気を遣われたくない
それがうち流の付き合い方である
それから2人して準備を進めていると、段々と食堂が騒がしくなってくる
まだ眠そうな者がほとんどの中、いつもと変わらない様子のレギュラー陣は流石というのか何なのか
「琉梨っち、おはよーッス」
『はい、おはよう
ミネラルウォーターは冷蔵庫の中なので勝手に取ってください』
「琉梨っち、さすが」
厨房の方へやって来たわんこに構ってる暇はないので口頭指示
それを受けて当たり前の様に冷蔵庫の中からペットボトルを取り出したわんこは、大人しく席へ着く
「さすが琉梨ちゃん、阿吽の呼吸」
『全力で止めて欲しい』
今のやり取りを見ていた唯歌が笑いながら言った言葉は全力で拒否させてもらう
あれと阿吽の呼吸とか遠慮願いたい
『よっし、唯歌
今日も一日頑張りますか』
「うん、頑張ろ!」
窓の外に広がる青空に、僅かながらうんざりして
唯歌と顔を見合わせて笑った
*****
あれから唯歌と別れ、また裏方に専念していた琉梨であったが、現在練習中であろう体育館へと向かっていた
連日の夏日
ハードな練習に合わせドリンクも多量になることは見越していたのだが、底が見え始めたのだ
本日分は事足りるが、手が空いた今買い出しに行こうと言う魂胆である
「あれ、琉梨ちゃん」
『や』
「どうしたの?」
『ドリンクの粉切れかかってて
買い出し行こうかと』
「あっついもんねー、一緒行く?」
『そんな遠くないし大丈夫』
「じゃあ、お願いしようかな
キャプテンは確かあっちの方に居たよ」
『さーんきゅ』
唯歌と短い会話を終え、体育館の中へ
全体をぐるり、と見渡して、笠松の元へ小走りで向かう
『キャプテン』
「茶月か、どうした」
『ドリンクの粉足りなくなりそうなので、買い出しに行きたくて
今手足りてますよね?』
「あぁ、それは平気だが…。もう足りなくなったのか?」
『明日の分は無いですねぇ』
「そうか、それは悪いが頼む」
『いえっさー、とその前に』
笠松からの了承を貰い、軽い返事を返す
それを気に留めるような笠松ではないが、返事もそぞろに体育館を見渡す琉梨に、不思議そうな顔をする
ゆっくりと全体を見渡した後唯歌に救急箱の準備と、予備のドリンクを持ってくるように頼むと、少し声を張ってある人物の名前を呼ぶ
『森山さーん
さっさとこっちに来やがれー、です』
「琉梨ちゃん!?なんなのかな、そのとってつけたような敬語は!」
『五月蠅いでーす
自己管理してくださーい、そんな足でバスケするようなら追い出しまーす』
「…気付いてたの?」
『私を誰だとお思いで?』
「結婚しよう」
『黙りやがれください』
呼びつけた森山を一先ず体育館の端に座らせ、戻って来た唯歌にテーピングを頼む
大人しく処置を受ける森山であるが、驚いたように琉梨を見ていた
『んでわんこもこっち』
「オレッスか?」
『アンタもちょっと休憩、オーバーペース過ぎ』
「そんなことないと思うッスけど」
『寝不足、軽く脱水だね
唯歌からドリンク貰ったら、風が当たるとこで休んでなさい
そんなんで倒れられたらこっちが迷惑』
「でも、琉梨っち…」
『気持ちは分からなくも無いけど、しんどいときに頑張っても意味ないから』
「けど…」
『りょーた』
「それは、ズルいッス」
『はいはい
んじゃ、仕事押したら嫌なんでこのまま買い出し行ってきます』
森山、黄瀬、笠松、唯歌をその場において、颯爽と体育館を出て行く
琉梨が体育館に来たのはつい先程
2人の不調を的確に一瞬で見抜く洞察眼
その場に残された人間は、呆然とその後ろ姿を見送った
*****
side.K
一日の練習を終え、各自自由な時間を過ごしているだろう頃に、俺は1人体育館に居た
恐らく談話室では茶月が目を光らせながら、課題に取り組んでいるだろう
容易に想像出来るその光景に苦笑する
そんなことを考えながら、ひとりで黙々とシュート練を続ける
合宿も残すところあと一日
この合宿を終えて暫くするとIH予選が始まる
最後のIHが始まる
各々思い入れがあることだろう
俺だって人一倍思い入れがある
去年のあの汚名を返上しなければならない
IHが近付くに連れて、少しずつ平常心を保つことを意識するようになった
肩の力が入りすぎないように
チームメイトが変に気を遣わないように
キャプテンに指名されてから、背負った覚悟
そう、覚悟は出来ていたはずなのに
『せーんぱい』
不意に響いたのは聞き慣れた声
本来なら、ここに居ないはずの存在
体育館の入り口へと目を向けると、ラフな格好をした茶月がいた
『何でここに、と言いたげな顔ですねー
と・け・い、見てくださいな』
指先には壁に掛けられた時計
その指先を辿って見た先では、既に時刻は22時半を超えていた
今まで通りなら勉強会の切り上げは22時
そのまま茶月は談話室に残り、データの纏め
それが終えた頃になっても俺が戻ってこないことに気付いた茶月が様子を見に来た、といった所か
『お夜食のお握り作ってみました
食べますか?みんなには内緒でお願いします』
「…あぁ」
そう言いながら体育館に入ってきた茶月
それを見て、持っていたボールを籠へと放つ
静かな空間に、その音はやけに響いた
なんともないような顔をして入ってきた茶月に、気を遣われている、と言う事が分かって僅かに気まずい
コイツは聡い
データ集めのために、過去に試合記録なども見ているだろう
つまりそれは、俺の過去の失態を知っていると言うことで
『あらー、一体どれだけの時間打ち込んでたんですか
汗の処理はしっかり、もう一回シャワーは浴びてくださいね』
ステージ上に皿を置いた茶月は、辺りに転がっているボールを集め始める
そんな様子を見ながらステージに近付き、ステージ上に腰掛ける
その様子を見た茶月は、くるり、と背を向けて手に持っていたボールをゴールネットへと放つ
それは綺麗な弧を描いてゴールネットを括った
『おぁ、見ました?先輩
今の綺麗に入りましたよね?』
「経験者じゃねぇのか?」
『授業でやったレベルですよー
まぁ、かなりレベル高いものは見させて貰ってますけど』
笑いながらおどけて、別のボールを手に取る
そうしてまた放ったボールは、リングに当たったがまたネットを括る
それに楽しそうに笑いながらも、シュートは止めてボール集めを再開する
不意に見えた無表情
それを瞬間的に消して浮かべたいつもの笑顔
少し、固いいつもの笑顔
『先輩』
「…何だ」
『知ってると思いますけど、私が得意としているのは情報収集と分析・解析です』
「知ってる」
『もう一つ、過去の試合データなんかも見させて貰っています』
「あぁ」
『…監督が、今年のキャプテンに先輩を採用した理由も、何となく分かっています』
「だろうな」
茶月はマネージャーとしても、人としても、優秀な奴だ
人の感情に敏感で空気が読める、子供らしくない子供
疵を抉るなんて、しない奴
からかっていいか悪いか、判断が出来る奴
短い付き合いでも分かるほどに、茶月はその線引きが上手い
だから、この話題も理由なく持ち出すわけもなくて
再び背を向けた茶月は、残っているボールを集め始める
言葉を探す間を、埋めるように
『先輩がこのIHに向けて、どれだけの気持ちで向き合っているか、何となく分かっているつもりです』
「あぁ」
『勝ちたいと、このチームを勝たせたいと、そんな気負いで向き合っているのも、察しているつもりです』
「あぁ」
『きっと、みんな分かってる
去年いなかった一年も、何となく分かっていると思います
だからみんな、先輩に付いていく』
「買いかぶりすぎだろ」
『そんなことないですよ
今の部活の雰囲気は、先輩が作ってる』
全てのボールを片付け終えて、漸く茶月と目が合う
ゆったりとした歩調で俺の元まで、近づき苦笑を浮かべる
『んー…
色々考えてきたんですけど、言いたいことが上手くまとまりません』
傍に寄ってきた茶月はステージには昇らず頬杖をつく
目線は合わない
普段より開いた身長差
『駄目ですねー、こう言う時口下手って
人をからかうときはよく回る口も、こう言う時はなかなか動いてくれない』
「それはどうかと思う」
『私も思います』
そう言いながら笑った茶月に、取り敢えず突っ込んでおく
それに対して同意した茶月は、苦笑を深めた
『先輩』
「なんだ」
『上手く言えないんですけど』
「…全部聞くから」
『ふふ、男前』
口元に小さな笑みを乗せて、言葉を紡ぐ
巫山戯たようなやり取りだが、目線は彷徨っており、自身が言ったように言葉に迷っているようで
相手の気持ちを慮らなくていいのなら、きっとスラスラと言いたいことを口にするのだろう
けれど、言いたいことを上手く纏めて、相手を傷つけない言葉選びで、何てらしくないことを考えているから、その口は重い
それが分かっているから、俺も大人しくその口が開かれるのを待つ
『…先輩は、キャプテンで
去年の叱責をその肩に背負ってて
それを受け入れて、去年果たせなかった目標を叶えようとしている』
「そうだな」
『けど、先輩はキャプテンだけど、その前にただのバスケが好きな男子高校生で
全部、自分1人で抱え込む必要なんて、無いんです』
あぁ、それで
いつもキャプテンと呼ぶくせに、今は先輩と呼んでいたのか
違和感しか無かったが、茶月の雰囲気的にそれを問うことが出来なかった
人を励ましたり、元気づけたり、と言ったことは苦手らしい
言外に伝えようと、そんな分かりにくい細工をしていたのか
『だから、ひとりで背負わないで欲しい
私だって弱くない、先輩が背負ってるもの、一緒に背負えます
みんなだって弱くない
ちゃんと先輩に応えてくれている、着いてきてくれている
先輩も分かっているでしょう?』
…真っ直ぐな茶月の目は、正直苦手だ
自分が話すときは目を逸らすくせに、人の話を聞くときや話を促すときなどは、真っ直ぐと相手の目を捉える
見透かされた気に、心の中を覗かれているような、そんな気になる
『先輩は、きっと自分が思っているよりキャプテン向きの性格です
誇れるし、誰にだって自慢できます
もっと、自信を持って欲しい
私も一緒に背負うし、ちゃんと支えます
一緒にプレイすることは出来ないけど、でも
ちゃんと、見てます
一番近いところで、先輩達の努力を、結果を
だから、1人で頑張らないで』
下から見上げてくる茶月の目を受け止める
真っ直ぐな、俺の苦手な目
真剣な、少し揺れている、そんな目
「生意気だな」
『今年の一年は、結構生意気なのばっかりですよ』
立てた片膝に、顔を隠す様に埋める
見せられない、情けない顔
ホントに、ウチのマネージャーは優秀すぎて困る
誰にもバレないように隠してきた不安さえも、あっさり見つけ出して掬う
そしてそれをそのままになんかせずに、包み込んで壊していってしまう
ステージに昇ってきた茶月が、俺の背後に回る
背中合わせに座った茶月の小さな手が、俺の手に触れて、小指だけが絡まる
夏だというのに少し冷たい手
熱い俺の手の温度を吸って、すぐに同じ温度に溶け合う
『ちゃんと、分かってますから
少しは肩の力を抜いて、周りに頼ってみてください
先輩1人に背負わそう何て、誰も思ってませんから』
ホント、コイツには敵わない
つい先日小堀と話したばかりだというのに
茶月が差し出す手に、あっさりと縋り付いてしまう
甘えてしまう、自分が情けない
背中越しのぬくもりと、俺より小さな柔らかい手
俺の手を包み込めないだろう、小さな手
俺達はこんな小さな手に支えられている
甘えている
本当に情けない話だ
けど、どうしても、この手を離せそうにない
『ほら、先輩
ご理解頂けたなら戻って休みましょう
まだ合宿は終わってませんよ』
「あぁ」
『じゃあ、私はお先に
ちゃんとシャワー浴びるんですよ?』
「俺はガキじゃねぇよ」
『それもそうですね』
背中のぬくもりが離れて行く
おやすみなさい、そう笑って背中を向けて体育館から立ち去るのを見送る
背を向けていたから、分からなかった
立ち去った茶月が、泣きそうな、苦しそうな、そんな顔をしていたという事に
ふわりと香る秘密
(もっと気を配れていたら、気付けたかもしれないのに)
不意に目が覚めた
辺りは暗く、隣からは静かな寝息が届く
ぼんやりする頭で現状を把握しようと思考を巡らす
『!』
ゆっくりと思考を巡らして、覚醒した頭
勢いのまま起き上がり、はっきりと思い出して頭を抱える
やっちゃった、人前で寝るとか絶対しないのに
てか先輩の膝を枕にするとか失礼すぎるだろう、自分、ふざけんな
自己嫌悪しながら、携帯を探す
唯歌がまだ寝てることから時間は大丈夫だろう
『4時…』
液晶の光に目を細めながら、時間を確認する
起きようとしていた時間よりずっと早い為安心する
そうだとは思っていたけど、実際に目にするのとは安心感が違う
安堵した途端、色んなものが押し寄せる
やってしまった、その一言に尽きる
寝顔を見られたのは、まぁいいとする
良くないけど、まぁそれは自分の落ち度だ、しょうが無い
けど、罪悪感
特定の人物に向けられた、罪悪感が胸の中に燻る
随分と酷な事をやってしまった
『…はぁ』
気付いてる
けど、応えることが出来ないから知らない振りを貫いている
それをきっと相手も分かってる
グルグルする思考を断ち切ろうとするため着替えを済ませ、準備に取りかかる
唯歌を起こさないようにそっと部屋を出て、壁に背中を預ける
『…ごめん』
ずるいなぁ、うちは
自嘲気味な笑みを浮かべて小さく呟いた
真っ直ぐな好意が、突き刺さって消えない
『…よし、動くか』
顔でも洗って気持ちを切り替えよう
洗面所まで行き、本日の部活のために準備を始める
何も考えないように仕事に打ち込んでいると知らぬ間に時間が過ぎる
キャプテンが起きてきたので昨日の事を謝る
「琉梨ちゃん!起きたなら起こしてよ…!なんで1人でやっちゃうかな」
『おはよー、唯歌』
「挨拶をして欲しい訳じゃ無い!」
『あははー』
「笑って誤魔化さない!」
暫くして起きてきた唯歌に挨拶すると突っ込まれた
段々遠慮が無くなってきたようでありがたい
気を遣われっぱなしはこっちも困るし
友達には気を遣いたくないし、気を遣われたくない
それがうち流の付き合い方である
それから2人して準備を進めていると、段々と食堂が騒がしくなってくる
まだ眠そうな者がほとんどの中、いつもと変わらない様子のレギュラー陣は流石というのか何なのか
「琉梨っち、おはよーッス」
『はい、おはよう
ミネラルウォーターは冷蔵庫の中なので勝手に取ってください』
「琉梨っち、さすが」
厨房の方へやって来たわんこに構ってる暇はないので口頭指示
それを受けて当たり前の様に冷蔵庫の中からペットボトルを取り出したわんこは、大人しく席へ着く
「さすが琉梨ちゃん、阿吽の呼吸」
『全力で止めて欲しい』
今のやり取りを見ていた唯歌が笑いながら言った言葉は全力で拒否させてもらう
あれと阿吽の呼吸とか遠慮願いたい
『よっし、唯歌
今日も一日頑張りますか』
「うん、頑張ろ!」
窓の外に広がる青空に、僅かながらうんざりして
唯歌と顔を見合わせて笑った
*****
あれから唯歌と別れ、また裏方に専念していた琉梨であったが、現在練習中であろう体育館へと向かっていた
連日の夏日
ハードな練習に合わせドリンクも多量になることは見越していたのだが、底が見え始めたのだ
本日分は事足りるが、手が空いた今買い出しに行こうと言う魂胆である
「あれ、琉梨ちゃん」
『や』
「どうしたの?」
『ドリンクの粉切れかかってて
買い出し行こうかと』
「あっついもんねー、一緒行く?」
『そんな遠くないし大丈夫』
「じゃあ、お願いしようかな
キャプテンは確かあっちの方に居たよ」
『さーんきゅ』
唯歌と短い会話を終え、体育館の中へ
全体をぐるり、と見渡して、笠松の元へ小走りで向かう
『キャプテン』
「茶月か、どうした」
『ドリンクの粉足りなくなりそうなので、買い出しに行きたくて
今手足りてますよね?』
「あぁ、それは平気だが…。もう足りなくなったのか?」
『明日の分は無いですねぇ』
「そうか、それは悪いが頼む」
『いえっさー、とその前に』
笠松からの了承を貰い、軽い返事を返す
それを気に留めるような笠松ではないが、返事もそぞろに体育館を見渡す琉梨に、不思議そうな顔をする
ゆっくりと全体を見渡した後唯歌に救急箱の準備と、予備のドリンクを持ってくるように頼むと、少し声を張ってある人物の名前を呼ぶ
『森山さーん
さっさとこっちに来やがれー、です』
「琉梨ちゃん!?なんなのかな、そのとってつけたような敬語は!」
『五月蠅いでーす
自己管理してくださーい、そんな足でバスケするようなら追い出しまーす』
「…気付いてたの?」
『私を誰だとお思いで?』
「結婚しよう」
『黙りやがれください』
呼びつけた森山を一先ず体育館の端に座らせ、戻って来た唯歌にテーピングを頼む
大人しく処置を受ける森山であるが、驚いたように琉梨を見ていた
『んでわんこもこっち』
「オレッスか?」
『アンタもちょっと休憩、オーバーペース過ぎ』
「そんなことないと思うッスけど」
『寝不足、軽く脱水だね
唯歌からドリンク貰ったら、風が当たるとこで休んでなさい
そんなんで倒れられたらこっちが迷惑』
「でも、琉梨っち…」
『気持ちは分からなくも無いけど、しんどいときに頑張っても意味ないから』
「けど…」
『りょーた』
「それは、ズルいッス」
『はいはい
んじゃ、仕事押したら嫌なんでこのまま買い出し行ってきます』
森山、黄瀬、笠松、唯歌をその場において、颯爽と体育館を出て行く
琉梨が体育館に来たのはつい先程
2人の不調を的確に一瞬で見抜く洞察眼
その場に残された人間は、呆然とその後ろ姿を見送った
*****
side.K
一日の練習を終え、各自自由な時間を過ごしているだろう頃に、俺は1人体育館に居た
恐らく談話室では茶月が目を光らせながら、課題に取り組んでいるだろう
容易に想像出来るその光景に苦笑する
そんなことを考えながら、ひとりで黙々とシュート練を続ける
合宿も残すところあと一日
この合宿を終えて暫くするとIH予選が始まる
最後のIHが始まる
各々思い入れがあることだろう
俺だって人一倍思い入れがある
去年のあの汚名を返上しなければならない
IHが近付くに連れて、少しずつ平常心を保つことを意識するようになった
肩の力が入りすぎないように
チームメイトが変に気を遣わないように
キャプテンに指名されてから、背負った覚悟
そう、覚悟は出来ていたはずなのに
『せーんぱい』
不意に響いたのは聞き慣れた声
本来なら、ここに居ないはずの存在
体育館の入り口へと目を向けると、ラフな格好をした茶月がいた
『何でここに、と言いたげな顔ですねー
と・け・い、見てくださいな』
指先には壁に掛けられた時計
その指先を辿って見た先では、既に時刻は22時半を超えていた
今まで通りなら勉強会の切り上げは22時
そのまま茶月は談話室に残り、データの纏め
それが終えた頃になっても俺が戻ってこないことに気付いた茶月が様子を見に来た、といった所か
『お夜食のお握り作ってみました
食べますか?みんなには内緒でお願いします』
「…あぁ」
そう言いながら体育館に入ってきた茶月
それを見て、持っていたボールを籠へと放つ
静かな空間に、その音はやけに響いた
なんともないような顔をして入ってきた茶月に、気を遣われている、と言う事が分かって僅かに気まずい
コイツは聡い
データ集めのために、過去に試合記録なども見ているだろう
つまりそれは、俺の過去の失態を知っていると言うことで
『あらー、一体どれだけの時間打ち込んでたんですか
汗の処理はしっかり、もう一回シャワーは浴びてくださいね』
ステージ上に皿を置いた茶月は、辺りに転がっているボールを集め始める
そんな様子を見ながらステージに近付き、ステージ上に腰掛ける
その様子を見た茶月は、くるり、と背を向けて手に持っていたボールをゴールネットへと放つ
それは綺麗な弧を描いてゴールネットを括った
『おぁ、見ました?先輩
今の綺麗に入りましたよね?』
「経験者じゃねぇのか?」
『授業でやったレベルですよー
まぁ、かなりレベル高いものは見させて貰ってますけど』
笑いながらおどけて、別のボールを手に取る
そうしてまた放ったボールは、リングに当たったがまたネットを括る
それに楽しそうに笑いながらも、シュートは止めてボール集めを再開する
不意に見えた無表情
それを瞬間的に消して浮かべたいつもの笑顔
少し、固いいつもの笑顔
『先輩』
「…何だ」
『知ってると思いますけど、私が得意としているのは情報収集と分析・解析です』
「知ってる」
『もう一つ、過去の試合データなんかも見させて貰っています』
「あぁ」
『…監督が、今年のキャプテンに先輩を採用した理由も、何となく分かっています』
「だろうな」
茶月はマネージャーとしても、人としても、優秀な奴だ
人の感情に敏感で空気が読める、子供らしくない子供
疵を抉るなんて、しない奴
からかっていいか悪いか、判断が出来る奴
短い付き合いでも分かるほどに、茶月はその線引きが上手い
だから、この話題も理由なく持ち出すわけもなくて
再び背を向けた茶月は、残っているボールを集め始める
言葉を探す間を、埋めるように
『先輩がこのIHに向けて、どれだけの気持ちで向き合っているか、何となく分かっているつもりです』
「あぁ」
『勝ちたいと、このチームを勝たせたいと、そんな気負いで向き合っているのも、察しているつもりです』
「あぁ」
『きっと、みんな分かってる
去年いなかった一年も、何となく分かっていると思います
だからみんな、先輩に付いていく』
「買いかぶりすぎだろ」
『そんなことないですよ
今の部活の雰囲気は、先輩が作ってる』
全てのボールを片付け終えて、漸く茶月と目が合う
ゆったりとした歩調で俺の元まで、近づき苦笑を浮かべる
『んー…
色々考えてきたんですけど、言いたいことが上手くまとまりません』
傍に寄ってきた茶月はステージには昇らず頬杖をつく
目線は合わない
普段より開いた身長差
『駄目ですねー、こう言う時口下手って
人をからかうときはよく回る口も、こう言う時はなかなか動いてくれない』
「それはどうかと思う」
『私も思います』
そう言いながら笑った茶月に、取り敢えず突っ込んでおく
それに対して同意した茶月は、苦笑を深めた
『先輩』
「なんだ」
『上手く言えないんですけど』
「…全部聞くから」
『ふふ、男前』
口元に小さな笑みを乗せて、言葉を紡ぐ
巫山戯たようなやり取りだが、目線は彷徨っており、自身が言ったように言葉に迷っているようで
相手の気持ちを慮らなくていいのなら、きっとスラスラと言いたいことを口にするのだろう
けれど、言いたいことを上手く纏めて、相手を傷つけない言葉選びで、何てらしくないことを考えているから、その口は重い
それが分かっているから、俺も大人しくその口が開かれるのを待つ
『…先輩は、キャプテンで
去年の叱責をその肩に背負ってて
それを受け入れて、去年果たせなかった目標を叶えようとしている』
「そうだな」
『けど、先輩はキャプテンだけど、その前にただのバスケが好きな男子高校生で
全部、自分1人で抱え込む必要なんて、無いんです』
あぁ、それで
いつもキャプテンと呼ぶくせに、今は先輩と呼んでいたのか
違和感しか無かったが、茶月の雰囲気的にそれを問うことが出来なかった
人を励ましたり、元気づけたり、と言ったことは苦手らしい
言外に伝えようと、そんな分かりにくい細工をしていたのか
『だから、ひとりで背負わないで欲しい
私だって弱くない、先輩が背負ってるもの、一緒に背負えます
みんなだって弱くない
ちゃんと先輩に応えてくれている、着いてきてくれている
先輩も分かっているでしょう?』
…真っ直ぐな茶月の目は、正直苦手だ
自分が話すときは目を逸らすくせに、人の話を聞くときや話を促すときなどは、真っ直ぐと相手の目を捉える
見透かされた気に、心の中を覗かれているような、そんな気になる
『先輩は、きっと自分が思っているよりキャプテン向きの性格です
誇れるし、誰にだって自慢できます
もっと、自信を持って欲しい
私も一緒に背負うし、ちゃんと支えます
一緒にプレイすることは出来ないけど、でも
ちゃんと、見てます
一番近いところで、先輩達の努力を、結果を
だから、1人で頑張らないで』
下から見上げてくる茶月の目を受け止める
真っ直ぐな、俺の苦手な目
真剣な、少し揺れている、そんな目
「生意気だな」
『今年の一年は、結構生意気なのばっかりですよ』
立てた片膝に、顔を隠す様に埋める
見せられない、情けない顔
ホントに、ウチのマネージャーは優秀すぎて困る
誰にもバレないように隠してきた不安さえも、あっさり見つけ出して掬う
そしてそれをそのままになんかせずに、包み込んで壊していってしまう
ステージに昇ってきた茶月が、俺の背後に回る
背中合わせに座った茶月の小さな手が、俺の手に触れて、小指だけが絡まる
夏だというのに少し冷たい手
熱い俺の手の温度を吸って、すぐに同じ温度に溶け合う
『ちゃんと、分かってますから
少しは肩の力を抜いて、周りに頼ってみてください
先輩1人に背負わそう何て、誰も思ってませんから』
ホント、コイツには敵わない
つい先日小堀と話したばかりだというのに
茶月が差し出す手に、あっさりと縋り付いてしまう
甘えてしまう、自分が情けない
背中越しのぬくもりと、俺より小さな柔らかい手
俺の手を包み込めないだろう、小さな手
俺達はこんな小さな手に支えられている
甘えている
本当に情けない話だ
けど、どうしても、この手を離せそうにない
『ほら、先輩
ご理解頂けたなら戻って休みましょう
まだ合宿は終わってませんよ』
「あぁ」
『じゃあ、私はお先に
ちゃんとシャワー浴びるんですよ?』
「俺はガキじゃねぇよ」
『それもそうですね』
背中のぬくもりが離れて行く
おやすみなさい、そう笑って背中を向けて体育館から立ち去るのを見送る
背を向けていたから、分からなかった
立ち去った茶月が、泣きそうな、苦しそうな、そんな顔をしていたという事に
ふわりと香る秘密
(もっと気を配れていたら、気付けたかもしれないのに)