手を伸ばしかけて躊躇って
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side.琉梨
『…いい加減説明願いたいんだけど?』
「目的地着いたッスよ?」
『よーし、わんこ
歯ぁ食いしばれ?』
「すんません!」
放課後、いきなりわんこに手を引かれやって来た場所は何故か誠凛
確かに練習試合の申し出を受けたとは聞いたけども
えぇ、此処にわんこのお気に入りが居ることももちろん知ってますが?
だからって、放課後すぐに連行してきますかね?
休み時間に1人でトイレ行けない女子か、お前は
まぁいいですけどね
相手は新設校、何せ情報が少ない
情報収集の機会だと思えば
ただ説明くらいは欲しかった
『来たもんはしょうが無い
さっさと行ってさっさと帰ろう
さっきから注目浴びて鬱陶しい、お前のせいだ』
「怖いッス」
*****
side.K
「しかも黄瀬って、モデルもやってるんじゃなかった?」
「マジ!?」
「すげー!!」
「カッコよくてバスケも上手いとか酷くね!?」
監督が取り付けてきた練習試合相手、海常高校
そこに進んだ嘗ての仲間、黄瀬君の話題で体育館内はざわついていた
そのざわつきとは別の、所謂黄色い声というものが耳に届き不思議に思いながら目を向ける
中学時代はよく耳にした、しかし高校では久方ぶりのその感覚
「あーもー……
こんなつもりじゃなかったんだけど…」
「……アイツは…」
目を向けた先にはまぶしい金髪
体育館のステージ上に腰掛けたその姿は、つい数ヶ月前まではよく見かけていたもの
今は、同じ服を身に纏って居ないだけ
「……お久し振りです」
「黄瀬涼太!!」
投げかけた挨拶は、部員の叫びで消されたかも知れない
けれど、受け取ったその人はヒラリ、と手を振ってきた
「スイマセン
マジであの…、え~と…
てゆーか5分待ってもらっていいッスか?」
女生徒に囲まれているその人は、片手にペン、片手に色紙と言ったスタイルで、サイン会の真っ只中であった
思わず白けた目を向けてしまった自覚がある
『ほんと、アイツってこう言うとこ決まらないのが残念だよねぇ
なーにしにやって来たんだか、全く
これだからわんことの散歩は嫌なんだよねぇ』
状況が掴めず混乱する空気の中、どこか間延びした声が響いた
この場の誰よりも高く、そして聞き馴染んだその声の持ち主に僕は心当たりがある
『よ、黒くん
久しぶりだねー、元気してる?』
僕の後ろからひょい、と現れた彼女は、中学時代とは変わらない笑みを浮かべて手を上げている
黄瀬君に呆れた目を向ける様子は、随分と見慣れたもの
「琉梨さん…!お久し振りです
珍しいですね、黄瀬君となんて」
『不幸なことに、進んだ学校がわんこと同じだったもんでねぇ
今日はお散歩』
「お疲れ様です」
『おっきな犬の散歩は骨が折れるよ』
「琉梨さんは軽いですからね」
『褒め言葉?』
「勿論」
『ならありがと』
くすくす、と悪戯に笑う
黄瀬君と同じ制服に身を包んでいる琉梨さんは新鮮で見慣れない
楽しそうに、高校での生活などを話していると黄瀬君が指定した5分は気が付けば経っていた
「よっ」
軽やかにステージから飛び降りた黄瀬君
黄瀬君を取り囲んでいた女生徒たちはいつの間にか居なくなっていた
ほんとに5分であの量を捌いたようだ
「…なっ、なんでここに!?」
「いやー、次の相手誠凛って聞いて
黒子っち入ったの思い出したんで
って、琉梨っちなんでそっち!?」
『わんこの傍は目立つからね』
「琉梨っち1人でも目立ってるッスよ!?」
『うん?』
「悪い意味じゃ無いッスよ、決して!
だからこっち!」
『はいはい、ほんと寂しがり屋なんだから』
「そう言う事じゃ無いッスけど、来てくれるなら何でもいいッス…」
ばいばい、と僕に手を振ってから、黄瀬君の傍へと寄っていく
そして黄瀬君の横に並ぶと、話を進めるように促す
「あいさつに来たんスよ
中学の時、一番仲良かったしね!」
「フツーでしたけど」
『そうだっけ?』
「ヒドッ!
ってか琉梨っちまで!?」
『うちは基本わんこには味方しない』
「今は味方ッスよね!?」
『不覚だわ…』
「そこまでっ!?」
淡々と黄瀬君と会話を交わす
周りはその会話を気にしている者も居れば、好き勝手に話を進めている者もいる
「中2から!?」
そんな中、驚きの声が体育館に響く
どうやら先程も見ていた黄瀬君が特集された雑誌を読み進めていたらしい
「いやあの……
大袈裟なんスよ、その記事ホント
〈キセキの世代〉なんて呼ばれるのは嬉しいけど
つまりその中で俺は一番下っ端ってだけッスわ~
だから黒子っちと俺はよくイビられてたよ」
「僕は別に無かったです
てゆーかチョイチョイ、テキトーな事言わないでください」
「あれ!?俺だけ!?」
『あん中でイビられるのはわんこくらいなもんでしょ
黒くんターゲットなんて、うちが許しません』
「相変わらず黒子っち贔屓ッスね!」
『もちろん』
「いい笑顔!」
「嬉しいです」
『やった、両思いー
やーい、フラれっ子ー』
「ヒドッ!」
何て情けない声を出していた黄瀬君であったが、急に目つきを鋭くさせる
そしてそのまま、琉梨さんを右手で抱え込み、左手で飛んできたバスケットボールを弾く
「っと!?った~
琉梨っち、当たんなかったッスか?」
『問題ない
ちょっとびっくりしたけど』
「なら良かったッス
で、誰ッスか?」
真っ先に琉梨さんも無事を確認した黄瀬君
その腕からするり、と抜け出した彼女はボールが飛んできた方向を見ていた
流石にあの一瞬で判断できるとは、相変わらずである
「せっかくの再会中にワリーな
けどせっかく来て挨拶だけもねーだろ
ちょっと相手しくれよ、イケメン君」
『この短い文で“折角”を2回も…』
「琉梨さん、そこじゃ無いです」
火神!?と驚きの声が響く中、見当違いな事を言う琉梨さん
小さく突っ込むと、小さく笑いながら肩を竦めていた
冷静さがウリな方ではあるけど、相変わらず過ぎます
「えー、そんな急に言われても…
あー、でも君さっき…
琉梨っち、どうする?」
『うん、間近で見られるのは正直有り難い
見たところ、彼が一番ポテンシャル高いようだしね
押さえておくべき核の部分、って感じがする』
「…、相変わらずの観察眼ですね
一瞬で押さえていたんですか?」
『まぁ、これ衰えちゃね』
火神君のバスケを見たのはほんの一瞬の筈
それでもしっかりプレーを見ているし、分析までしているなんて
昔からその観察眼には目を見張るものがあったけど、相変わらずのようだ
「んー…、よしやろっか
いいもん見せてくれたお礼
琉梨っち、ちょっとこれ持ってて」
『わんこのクセにうちに荷物持ちさせるとか…』
「後で何か奢るッス!」
『ならばよし』
相変わらず尻に敷かれている黄瀬君に呆れる
まぁ恐らく、いつまで経ってもこの位置関係が変わることは無いだろう
黄瀬君からブレザーとネクタイを受け取り、持っているのは面倒なのか、ネクタイは首に掛け、ブレザーは羽織った
完全にやる気になった黄瀬君
琉梨さんが火神君のバスケを見ていると言うことはすなわち黄瀬君も見ていて
「………もう!」
「マズいかもしれません」
「え?」
頬を膨らませている(比喩表現)監督の隣に立ち、思わず呟く
きょとんとした様子でこちらをみる監督には申し訳ないが始まった1 on 1から目を離せなかった
そして黄瀬君が見せたプレ-に、その場に居た者は目を見張った
そう、それは…
先程火神君が見せたプレーと全く同じモノであった
驚いた様子の火神君は一瞬反応が遅れたものの即座に反応し対応する
けれど、黄瀬君の方がパワーもキレも上回っており、結局は力負けしてしまう
ボールはネットを括った
『ふむ…』
「えーと、琉梨、さん?」
『あぁ、はい、何でしょう?』
「えっと、黄瀬君、何だけど…」
「やっぱ黒子っちください」
監督が琉梨さんに話しかけ、対応しようとしたとき、黄瀬君のその言葉は響いた
驚愕を示すメンバーの中で、琉梨さんのみ唯一呆れた視線を送っていた
「マジな話、黒子っちのことは尊敬してるんスよ
こんなとこじゃ宝の持ち腐れだって
ね、どうスか?」
「そんな風に言って貰えるのは光栄です
丁重にお断りさせていただきます」
「文脈おかしくね!?」
『丁重にお断りされてるよ、流石フラれっ子』
黄瀬君をからかうだけからかって、再び監督に向き直る
こちらのやり取りにはもう興味を無くしたらしい琉梨さん
『すみません、うちの駄犬が』
「い、いいえ、別にそれはいいのだけれど…」
『今日は別に伺う予定など無かったのですが…
寂しがり屋の駄犬が嘗ての級友に会いたがったので
いきなり押しかけてすみません』
「…貴女、なかなか言うのね」
『よく言われます』
「琉梨っち、帰るッスよ!」
『無理矢理連れてきておいて、偉そうだな、お前』
「ちょ、そんな怒んないで!」
言いたいことだけ言うと、黄瀬君は琉梨さんを引き連れて帰っていく
文句を言いながらも結局は付き合っている琉梨さんはホントに人がいい
今回は火神君のプレーが見れたと言うことで、少し多目に見ている所もあるようだけれど
僕には手を振り、他の部員たちに頭を下げた琉梨さんはそのまま体育館を後にした
嵐のような出来事に、慣れてない誠凛のメンバーは少々疲れたような顔をしていたが
*****
side.琉梨
そして練習試合当日
「琉梨ちゃん、落ち着いて…」
『嫌な性格だとは思ってたけど、思ってたけどさぁ…
流石にこれは無くない?あり得んくない?あの人ホントにバスケしてた人?』
「うん、これは失礼だよね…」
『かなりね』
練習試合に為にあてがわれたのは片面コートのみ
もう一方では試合に出ないメンバーが練習をしていた
あり得ない、練習試合を受けた立場としてもこれはなし
これが同級生なら盛大に頭をしばいていたよ、うちは
「茶月」
『はい、キャプテン』
「黄瀬が誠凛を迎えに行った
何かやらかしてないか、見てきてくれないか」
『…私、わんこの飼い主じゃ無いんですけどね…
まぁ、アイツは前科ありますので仕方ないですけど』
笠松さんに言われた言葉に肩を竦める
単独で誠凛に乗り込んだ事は、あの後盛大に笠松さんにしごかれていた
うちに対しては知らなかったと言うこともあり、多目に見られていたのだが
あと、女であるうちには手出しできなかったみたいである
唯歌に後のことを託して、わんこを探しに行く
あのでっかいわんこはホントに目立つため、すぐに見つかるのだが
「女の子にもフラれたことないんスよ~?」
「…サラッとイヤミ言うの、やめてもらえますか」
『ほんとそれな
黒くんもっと言ってやって、コイツ甘やかされてる(主に女子)から、自覚無いの』
「琉梨さん」
『逃げ出したわんこを回収しに
先日振りだね』
「2人して俺いじめて楽しいんスか!?」
『「別にそんなことはありませんが」』
「琉梨っちは敬語やめて!」
『ほら、さっさと行きますよー』
わんこの腕を引き歩き出す
どうやらこのわんこは、火神くんを完全にロックオンしているらしい
火神くんが居るから、黒くんがこっちに来ないとでも思っているのだろうか
そう言う事ではないのだと何故気付かない
「オレもそこまで人間できてないんで…
悪いけど本気で潰すッスよ」
「ったりめーだ!」
先程まで火神くんを挑発していたらしい
一人前に挑発をかまして、体育館への案内を再開する
ほんと、コイツ等は…
「あ、ここッス」
「…って、え?」
『…すみません、監督阿呆で』
誠凛バスケ部の皆さんの目に映ったのは、片面コート
しかももう片面は練習中と来た
これが待っている間のアップ、ならまだ分からなくも無いが
再びこの光景を見て、怒りが沸々と蘇ってくる
「あぁ、来たか
今日はこっちだけでやってもらえるかな」
驚く誠凛のメンバーを前にしても、なんて事無いという顔で話す監督にさすがにキレそうだ
この人の勝手に相手を格下と決めつけて、見下す態度はホント嫌い
「琉梨っち、落ち着くッス」
『無理、何なのアイツ
キセキ手に入れたからって天狗になってんじゃないの
馬鹿なの、死ぬの
あぁ言う傲慢なタイプって、ホント嫌い、大っ嫌い』
「無表情で毒吐くの止めてくださいッス…!それめっちゃ怖いんスよ?」
『知らねぇよ』
「お口が悪いッス」
小声でのやり取りに気付いた一部の誠凛メンバーから視線を感じる
まぁ、自軍の監督ぼろくそに言ってるマネなんてほとんど居ないしね
しかも内容が内容だしね
あと、うちの見た目的にここまで言うタイプには見えないんだろうね
よく言われる
『…取り敢えず、わんこは着替えといたら
アイツ、あんた出す気なくても、出る気で居るでしょ?
てかそんなことさすがにうち許さないし』
「…分かったッスけど
くれぐれも暴走しないでくださいッスよ」
『アンタよりは理性的だと思うんだけど』
「真顔で返さないで欲しいッス…」
そう言いながら、言われた通りに着替えに向かう
ホントにコイツは忠犬だな
その後ろ姿を見送って、大きく溜息を吐き出す
わんこにはあぁ言ったが正直苛立ちが収まらない
一度自分を落ち着かせ再度誠凛の傍に行く
更衣室まで案内したら、そのまま仕事に戻ろう
何かしてたら余計なこと考えなくて済むし
『ご案内します』
「…琉梨さん」
『ごめんね、黒くん
あの人超失礼、ホント殴りたい
もうガンガンやっちゃって!ゴール壊す勢いで!』
「…自分のとこの監督よね?」
『だって私嫌いですもん』
「相変わらず清々しいです」
『まぁ、うちとしては正直誠凛さんに勝っていただきたいので』
「…はぁ?」
うちの発言に分かりやすく、意味が分からないと言う顔をする
そりゃそうだ、こんな事を言うマネなんていない
でも、負けることが必要な時ってやっぱりあるじゃん?
それも分からないの?
『海常(うち)を強くするために必要な敗北ですから
伸びきったアイツ等の鼻、へし折っちゃってください
こんな事を言うのは失礼ですが、海常は元々それなりに強豪、基盤は出来上がっているんです
後はそこにあのわんこを馴染ませるだけ
それだけでうちはかなり強くなります
私大切なのは今じゃ無くて、この先だから』
そう言って笑いかけると、戸惑っていた表情をしていたメンバーの顔つきが変わる
今回は負けたっていい
あの長く伸びた鼻をへし折ることがうちの目的だから
傲慢な男は嫌いなの、知ってるでしょわんこ
自分の身の程を知りなさい
その為に必要なことならば、うちは非道なことでもやる
それくらいの覚悟は出来てるんだ
誠凛からドリンクボトルを受け取り、仕事を開始する
試合は見なくても分かる
うちの仕事は情報収集と、分析・解説
ただ、その情報には今後の成長、それぞれのポテンシャル、そこから予測できる予見の様なモノも組み込まれているだけ
分析した結果、未来が分かるとまでは行かないけど何となく予想くらいは出来る
この試合は負ける
そうなるように、わざと手出ししなかったから
さぁ、試合開始
*****
『お疲れー、りょーた』
「…琉梨っち
何スか、真剣な話する割には口調が軽いッスけど」
『いんや?敗北を味わったわんこの顔を拝みに来ただけだし?』
「最低ッスね!」
『まぁね!』
「どや顔するとこじゃないッス!」
水道
頭から水を被っているわんこに近寄る
声を掛けて先程のやり取り
ここだけ切り取ったら、うちただの極悪人
まさしく最低
「お前の双子座は、今日の運勢は最悪だったのだが…
まさか負けるとは思わなかったのだよ」
「…見に来てたんスか」
『やほー、緑くん
何だね、君達ホント仲間大好きだよね
嘗ての仲間が試合するとなってわざわざ見に来るなんて仲良しかよ』
「…五月蠅いのだよ」
『大丈夫、今更照れ隠ししなくたって緑くんがツンデレなのは分かってるから!』
「五月蠅いのだよ!」
「…相変わらずッスね、2人とも」
ケラケラと笑いながら緑くんの背中を叩いていると、わんこに呆れられた
お前等だって相変わらず仲間大好きっ子だろうがよ
背中を叩かれている緑くんはいつも通り不快そうな顔をするが結局はされるがまま
うちに何を言っても聞かないと言うことを3年間で学んだらしい
「サルでも出来るダンクの応酬
運命に選ばれるはずも無い」
『出た、運命!
あと、ダンクが出来るサルは一部だよ?選ばれしサルだよ
きっとあの2人も選ばれしサルなんだよ』
「五月蠅いのだよ!話が進まん!」
「何スか、選ばれしサルって!突っ込むならサルに突っ込んでくださいッス!」
双方から突っ込まれた
ピリピリするのやだから茶々入れしてんだけどなー
肩を竦めてみせると、緑くんが怒りでプルプリし始めた
ホント短気なお人だ
うちも短気な方だけど、こう言ったノリではキレないためうちの方が多分まだマシである
「つか別に、ダンクでも何でもいーじゃないスか、入れば」
「だからお前は駄目なのだよ
近くからは入れて当然
シュートはより遠くから決めてこそ、価値があるのだ」
『はいはい、人事を尽くして天命を待つ、でしょ
もう聞き飽きたよー、耳たこ』
「略すな」
『通じてるじゃーん
いいから話続けてくださいな』
ちょいちょい煽ってるせいで、緑くんがそろそろおこだ
まぁ、怖くは無いんだけど
「…俺は人事を尽くしている
そして、おは朝占いのラッキーアイテムは必ず身につけている
だから、俺のシュートは落ちん!」
あ、続けるんだ
うちに構ってる暇無いんだね、そんなにいつのも台詞言いたかったんだね
座右の銘だもんね、言いたいよね
その理屈はいつものごとく意味分からんけど
そんなことを思いながらケラケラ笑っていると、緑くんは青筋を浮かべ、わんこは苦笑いしていた
『あー、笑った
相変わらず面白いねぇ、緑くんは
黒くんとは話していかないの?あ、2人仲悪かったっけ』
「仲が悪い訳ではない
B型の俺とA型の黒子は相性が最悪なのだよ」
『血液型と言うか、性格の問題じゃない?』
「…五月蠅いのだよ」
『あ、間があった
ちょっとは自覚あり?ん?』
「五月蠅いのだよ!」
『図星指されたからって怒んないでよー』
あー、ホント緑くんって素直で分かりやすいなぁ
そんなんだからうちにこんな遊ばれてんだよ?お分かり?
「…アイツのスタイルは認めているし、むしろ尊敬すらしている」
『はい、デレ来ましたー』
「琉梨…!少し黙っててくれないか…!」
『…はーい』
最初からそう言ってくれたら黙ったのにー
なんて屁理屈は飲み込んで、緑くんの手からラッキーアイテムであろうカエルの玩具を奪う
黙ればそれでいいとでも思ったのか、大人しく渡してくれた
いやー、カエルの玩具をこんな堂々持って歩けるとか、こっちこそ尊敬するわー
「地区予選で当たるので、気紛れで来てみたが…
正直、話にならないな」
「テメー!渋滞で捕まったら1人で先に行きやがって…
なんか超恥ずかしかっただろうがー!!」
「まぁ、今日は試合を見に来ただけだ
…だが、先に謝っておくよ
秀徳高校(俺達)が誠凛に負けるという運命は有り得ない
残念だが、リベンジは諦めた方がいい」
「…………」
え、なんで乱入者居て普通に話し続けられるの?
わんこもなんで突っ込まずに居られるの?
突っ込みどころ多すぎてうちちょっとパニックよ?
もう終わり?終わったよね?口開いていい?
『…終わった?もう突っ込んでいい?
なんでリアカー…!』
取り敢えずそこからでしょ
自転車の後ろ、リアカーを引いている自転車に乗った学ランの男子生徒
そりゃ恥ずかしいでしょうよ、え。途中まで緑くんそれに乗ってきたの?マジで
その図写真に収めたいんだけど…!
バシバシ、と緑くんの背中を叩きながら爆笑
緑くんの顔が段々不愉快そうになっていくが、今はそんなことどうでもいい
『どうせこれもラッキーアイテムの一環なんだろうけどさー…
相変わらず徹底しすぎ!リアカーなんてどこで手に入れるの?』
これ過去一じゃない?
今までそりゃ多種多様なラッキーアイテム持ってきてたけどさ
リアカーって…、リアカーって!
マジツボなんですけど
『てか、緑くん』
「何なのだよ」
『友達出来たんだね、良かったよ安心した』
「ブフォッ!」
その次に気になっていたことを言えば、秀徳生に笑われた
これにはさすがにわんこも笑ってる
『いやー、心配してたんだよ?
緑くんって奇人変人だし、我儘だし、女王様だし?
よかったねー、リアカー引いてくれるほど寛容な友達が出来て
……リアカー…!』
やっぱ駄目だ
リアカーは反則だ
これ帰ったら琉帆にも話そう、絶対笑う
『ねぇ、君名前は?うちは茶月琉梨
帝光でバスケ部マネしてたんだ』
「高尾和成!今は真ちゃんの相棒やってまっす!」
『相棒だって、真ちゃん!良かったねぇ』
「さっきからお前は俺をなんだと思ってるのだよ!」
『変人』
「ブフォッ!」
間髪入れずに即答したら高尾くんに笑われた
しょうが無い、緑くんは変人だもの
にこり、と緑くんを見上げて笑いかけると、青筋が増えた
挑発しすぎた
『ね、高尾くん!アドレス交換しようよ
高校での真ちゃん節聞きたい!』
「真ちゃん節…!」
『…笑い上戸だね?』
「いやいや、茶月ちゃんが面白いんだよ」
『えー?うち?』
「ん、じゃあ中学時代の真ちゃんについて教えてよ!
コイツ自分のこと話さねぇからさー」
『あー、そう言うかっこつけたがりなトコあるよねぇ
いいよ、真ちゃんの我儘抑制に役立ててくださいな』
「マジで!超助かる!」
『ごめんねー、我儘で』
「いや、茶月ちゃんのせいじゃねぇっしょ」
「お前は俺の母親か」
『やだなー、母親ポジは緑くんでしょー?』
「ちょ、詳しく!」
「話さんでいい!高尾さっさと帰るのだよ!」
「もうちょっとくらいいいじゃん」
「五月蠅いのだよ!」
『今晩メールする』
「待ってる」
「何スか、そのカレカノみたいなやり取り」
さっさと1人立ち去る緑くん
その後ろを追いかけていく高尾くんを見送って
なんだ、意外と上手くやってるんだね
キセキはみんな一癖も二癖もあるような奴ばっかりだからみんな心配だったんだけど
随分、人には恵まれるねぇ、みんな
『ちょっとは元気出た?』
「琉梨っち…」
そんな後ろ姿を見送って、ずっと放置してたわんこに向き直る
てか、緑くんの乱入がなかったらこんなに長引く場面じゃ無かったのにな
『…負けることは悪いことじゃないよ
人は負けて、今以上に勝利に貪欲になれる
その狭まったアンタの世界も、ちょっとは広くなったかな』
君達は強くなりすぎたから
自分達以外を軽視しすぎなんだよ
確かに強いよ、そんじょそこらの奴になんて、万が一にでも負けることは無い
『負けることだって、時には必要なんだよ
勝ち続けてきた人には分からない、負けることの恐怖
より強くなる為には必要な恐怖心だ
だからさ、りょーた
もういい加減過去に縋るのは止めようよ』
進学して、バラバラになって
そんなに時は経っていない
でも、君達がバラバラになってしまってからは、もう随分と時間が経ってしまった
もう、あんなのは見たくない
『もう、みんな敵だよ
今周りに居る人達は、言っちゃ悪いけど確かにりょーたより劣ってる
でも、その人達が今のりょーたの味方だよ』
風が吹く
随分と伸びた髪を風が攫っていく
りょーたの綺麗な金髪も風に揺れる
ついでに瞳も
『ちゃんと、チームになろうよ
向こうはもう受け入れる準備は出来てるよ』
仲間思いの、優しい人達だから
壁作ってないで、りょーたも素直になってごらん
もともとアンタは素直な子じゃんか
言いたいことだけ言ってその場を立ち去る
場は整えた
後は、当人達次第
これ以上は、うちは踏み込んじゃいけないから
親友かって?悪友です
(多分、これくらいの距離感が正しい)
『…いい加減説明願いたいんだけど?』
「目的地着いたッスよ?」
『よーし、わんこ
歯ぁ食いしばれ?』
「すんません!」
放課後、いきなりわんこに手を引かれやって来た場所は何故か誠凛
確かに練習試合の申し出を受けたとは聞いたけども
えぇ、此処にわんこのお気に入りが居ることももちろん知ってますが?
だからって、放課後すぐに連行してきますかね?
休み時間に1人でトイレ行けない女子か、お前は
まぁいいですけどね
相手は新設校、何せ情報が少ない
情報収集の機会だと思えば
ただ説明くらいは欲しかった
『来たもんはしょうが無い
さっさと行ってさっさと帰ろう
さっきから注目浴びて鬱陶しい、お前のせいだ』
「怖いッス」
*****
side.K
「しかも黄瀬って、モデルもやってるんじゃなかった?」
「マジ!?」
「すげー!!」
「カッコよくてバスケも上手いとか酷くね!?」
監督が取り付けてきた練習試合相手、海常高校
そこに進んだ嘗ての仲間、黄瀬君の話題で体育館内はざわついていた
そのざわつきとは別の、所謂黄色い声というものが耳に届き不思議に思いながら目を向ける
中学時代はよく耳にした、しかし高校では久方ぶりのその感覚
「あーもー……
こんなつもりじゃなかったんだけど…」
「……アイツは…」
目を向けた先にはまぶしい金髪
体育館のステージ上に腰掛けたその姿は、つい数ヶ月前まではよく見かけていたもの
今は、同じ服を身に纏って居ないだけ
「……お久し振りです」
「黄瀬涼太!!」
投げかけた挨拶は、部員の叫びで消されたかも知れない
けれど、受け取ったその人はヒラリ、と手を振ってきた
「スイマセン
マジであの…、え~と…
てゆーか5分待ってもらっていいッスか?」
女生徒に囲まれているその人は、片手にペン、片手に色紙と言ったスタイルで、サイン会の真っ只中であった
思わず白けた目を向けてしまった自覚がある
『ほんと、アイツってこう言うとこ決まらないのが残念だよねぇ
なーにしにやって来たんだか、全く
これだからわんことの散歩は嫌なんだよねぇ』
状況が掴めず混乱する空気の中、どこか間延びした声が響いた
この場の誰よりも高く、そして聞き馴染んだその声の持ち主に僕は心当たりがある
『よ、黒くん
久しぶりだねー、元気してる?』
僕の後ろからひょい、と現れた彼女は、中学時代とは変わらない笑みを浮かべて手を上げている
黄瀬君に呆れた目を向ける様子は、随分と見慣れたもの
「琉梨さん…!お久し振りです
珍しいですね、黄瀬君となんて」
『不幸なことに、進んだ学校がわんこと同じだったもんでねぇ
今日はお散歩』
「お疲れ様です」
『おっきな犬の散歩は骨が折れるよ』
「琉梨さんは軽いですからね」
『褒め言葉?』
「勿論」
『ならありがと』
くすくす、と悪戯に笑う
黄瀬君と同じ制服に身を包んでいる琉梨さんは新鮮で見慣れない
楽しそうに、高校での生活などを話していると黄瀬君が指定した5分は気が付けば経っていた
「よっ」
軽やかにステージから飛び降りた黄瀬君
黄瀬君を取り囲んでいた女生徒たちはいつの間にか居なくなっていた
ほんとに5分であの量を捌いたようだ
「…なっ、なんでここに!?」
「いやー、次の相手誠凛って聞いて
黒子っち入ったの思い出したんで
って、琉梨っちなんでそっち!?」
『わんこの傍は目立つからね』
「琉梨っち1人でも目立ってるッスよ!?」
『うん?』
「悪い意味じゃ無いッスよ、決して!
だからこっち!」
『はいはい、ほんと寂しがり屋なんだから』
「そう言う事じゃ無いッスけど、来てくれるなら何でもいいッス…」
ばいばい、と僕に手を振ってから、黄瀬君の傍へと寄っていく
そして黄瀬君の横に並ぶと、話を進めるように促す
「あいさつに来たんスよ
中学の時、一番仲良かったしね!」
「フツーでしたけど」
『そうだっけ?』
「ヒドッ!
ってか琉梨っちまで!?」
『うちは基本わんこには味方しない』
「今は味方ッスよね!?」
『不覚だわ…』
「そこまでっ!?」
淡々と黄瀬君と会話を交わす
周りはその会話を気にしている者も居れば、好き勝手に話を進めている者もいる
「中2から!?」
そんな中、驚きの声が体育館に響く
どうやら先程も見ていた黄瀬君が特集された雑誌を読み進めていたらしい
「いやあの……
大袈裟なんスよ、その記事ホント
〈キセキの世代〉なんて呼ばれるのは嬉しいけど
つまりその中で俺は一番下っ端ってだけッスわ~
だから黒子っちと俺はよくイビられてたよ」
「僕は別に無かったです
てゆーかチョイチョイ、テキトーな事言わないでください」
「あれ!?俺だけ!?」
『あん中でイビられるのはわんこくらいなもんでしょ
黒くんターゲットなんて、うちが許しません』
「相変わらず黒子っち贔屓ッスね!」
『もちろん』
「いい笑顔!」
「嬉しいです」
『やった、両思いー
やーい、フラれっ子ー』
「ヒドッ!」
何て情けない声を出していた黄瀬君であったが、急に目つきを鋭くさせる
そしてそのまま、琉梨さんを右手で抱え込み、左手で飛んできたバスケットボールを弾く
「っと!?った~
琉梨っち、当たんなかったッスか?」
『問題ない
ちょっとびっくりしたけど』
「なら良かったッス
で、誰ッスか?」
真っ先に琉梨さんも無事を確認した黄瀬君
その腕からするり、と抜け出した彼女はボールが飛んできた方向を見ていた
流石にあの一瞬で判断できるとは、相変わらずである
「せっかくの再会中にワリーな
けどせっかく来て挨拶だけもねーだろ
ちょっと相手しくれよ、イケメン君」
『この短い文で“折角”を2回も…』
「琉梨さん、そこじゃ無いです」
火神!?と驚きの声が響く中、見当違いな事を言う琉梨さん
小さく突っ込むと、小さく笑いながら肩を竦めていた
冷静さがウリな方ではあるけど、相変わらず過ぎます
「えー、そんな急に言われても…
あー、でも君さっき…
琉梨っち、どうする?」
『うん、間近で見られるのは正直有り難い
見たところ、彼が一番ポテンシャル高いようだしね
押さえておくべき核の部分、って感じがする』
「…、相変わらずの観察眼ですね
一瞬で押さえていたんですか?」
『まぁ、これ衰えちゃね』
火神君のバスケを見たのはほんの一瞬の筈
それでもしっかりプレーを見ているし、分析までしているなんて
昔からその観察眼には目を見張るものがあったけど、相変わらずのようだ
「んー…、よしやろっか
いいもん見せてくれたお礼
琉梨っち、ちょっとこれ持ってて」
『わんこのクセにうちに荷物持ちさせるとか…』
「後で何か奢るッス!」
『ならばよし』
相変わらず尻に敷かれている黄瀬君に呆れる
まぁ恐らく、いつまで経ってもこの位置関係が変わることは無いだろう
黄瀬君からブレザーとネクタイを受け取り、持っているのは面倒なのか、ネクタイは首に掛け、ブレザーは羽織った
完全にやる気になった黄瀬君
琉梨さんが火神君のバスケを見ていると言うことはすなわち黄瀬君も見ていて
「………もう!」
「マズいかもしれません」
「え?」
頬を膨らませている(比喩表現)監督の隣に立ち、思わず呟く
きょとんとした様子でこちらをみる監督には申し訳ないが始まった1 on 1から目を離せなかった
そして黄瀬君が見せたプレ-に、その場に居た者は目を見張った
そう、それは…
先程火神君が見せたプレーと全く同じモノであった
驚いた様子の火神君は一瞬反応が遅れたものの即座に反応し対応する
けれど、黄瀬君の方がパワーもキレも上回っており、結局は力負けしてしまう
ボールはネットを括った
『ふむ…』
「えーと、琉梨、さん?」
『あぁ、はい、何でしょう?』
「えっと、黄瀬君、何だけど…」
「やっぱ黒子っちください」
監督が琉梨さんに話しかけ、対応しようとしたとき、黄瀬君のその言葉は響いた
驚愕を示すメンバーの中で、琉梨さんのみ唯一呆れた視線を送っていた
「マジな話、黒子っちのことは尊敬してるんスよ
こんなとこじゃ宝の持ち腐れだって
ね、どうスか?」
「そんな風に言って貰えるのは光栄です
丁重にお断りさせていただきます」
「文脈おかしくね!?」
『丁重にお断りされてるよ、流石フラれっ子』
黄瀬君をからかうだけからかって、再び監督に向き直る
こちらのやり取りにはもう興味を無くしたらしい琉梨さん
『すみません、うちの駄犬が』
「い、いいえ、別にそれはいいのだけれど…」
『今日は別に伺う予定など無かったのですが…
寂しがり屋の駄犬が嘗ての級友に会いたがったので
いきなり押しかけてすみません』
「…貴女、なかなか言うのね」
『よく言われます』
「琉梨っち、帰るッスよ!」
『無理矢理連れてきておいて、偉そうだな、お前』
「ちょ、そんな怒んないで!」
言いたいことだけ言うと、黄瀬君は琉梨さんを引き連れて帰っていく
文句を言いながらも結局は付き合っている琉梨さんはホントに人がいい
今回は火神君のプレーが見れたと言うことで、少し多目に見ている所もあるようだけれど
僕には手を振り、他の部員たちに頭を下げた琉梨さんはそのまま体育館を後にした
嵐のような出来事に、慣れてない誠凛のメンバーは少々疲れたような顔をしていたが
*****
side.琉梨
そして練習試合当日
「琉梨ちゃん、落ち着いて…」
『嫌な性格だとは思ってたけど、思ってたけどさぁ…
流石にこれは無くない?あり得んくない?あの人ホントにバスケしてた人?』
「うん、これは失礼だよね…」
『かなりね』
練習試合に為にあてがわれたのは片面コートのみ
もう一方では試合に出ないメンバーが練習をしていた
あり得ない、練習試合を受けた立場としてもこれはなし
これが同級生なら盛大に頭をしばいていたよ、うちは
「茶月」
『はい、キャプテン』
「黄瀬が誠凛を迎えに行った
何かやらかしてないか、見てきてくれないか」
『…私、わんこの飼い主じゃ無いんですけどね…
まぁ、アイツは前科ありますので仕方ないですけど』
笠松さんに言われた言葉に肩を竦める
単独で誠凛に乗り込んだ事は、あの後盛大に笠松さんにしごかれていた
うちに対しては知らなかったと言うこともあり、多目に見られていたのだが
あと、女であるうちには手出しできなかったみたいである
唯歌に後のことを託して、わんこを探しに行く
あのでっかいわんこはホントに目立つため、すぐに見つかるのだが
「女の子にもフラれたことないんスよ~?」
「…サラッとイヤミ言うの、やめてもらえますか」
『ほんとそれな
黒くんもっと言ってやって、コイツ甘やかされてる(主に女子)から、自覚無いの』
「琉梨さん」
『逃げ出したわんこを回収しに
先日振りだね』
「2人して俺いじめて楽しいんスか!?」
『「別にそんなことはありませんが」』
「琉梨っちは敬語やめて!」
『ほら、さっさと行きますよー』
わんこの腕を引き歩き出す
どうやらこのわんこは、火神くんを完全にロックオンしているらしい
火神くんが居るから、黒くんがこっちに来ないとでも思っているのだろうか
そう言う事ではないのだと何故気付かない
「オレもそこまで人間できてないんで…
悪いけど本気で潰すッスよ」
「ったりめーだ!」
先程まで火神くんを挑発していたらしい
一人前に挑発をかまして、体育館への案内を再開する
ほんと、コイツ等は…
「あ、ここッス」
「…って、え?」
『…すみません、監督阿呆で』
誠凛バスケ部の皆さんの目に映ったのは、片面コート
しかももう片面は練習中と来た
これが待っている間のアップ、ならまだ分からなくも無いが
再びこの光景を見て、怒りが沸々と蘇ってくる
「あぁ、来たか
今日はこっちだけでやってもらえるかな」
驚く誠凛のメンバーを前にしても、なんて事無いという顔で話す監督にさすがにキレそうだ
この人の勝手に相手を格下と決めつけて、見下す態度はホント嫌い
「琉梨っち、落ち着くッス」
『無理、何なのアイツ
キセキ手に入れたからって天狗になってんじゃないの
馬鹿なの、死ぬの
あぁ言う傲慢なタイプって、ホント嫌い、大っ嫌い』
「無表情で毒吐くの止めてくださいッス…!それめっちゃ怖いんスよ?」
『知らねぇよ』
「お口が悪いッス」
小声でのやり取りに気付いた一部の誠凛メンバーから視線を感じる
まぁ、自軍の監督ぼろくそに言ってるマネなんてほとんど居ないしね
しかも内容が内容だしね
あと、うちの見た目的にここまで言うタイプには見えないんだろうね
よく言われる
『…取り敢えず、わんこは着替えといたら
アイツ、あんた出す気なくても、出る気で居るでしょ?
てかそんなことさすがにうち許さないし』
「…分かったッスけど
くれぐれも暴走しないでくださいッスよ」
『アンタよりは理性的だと思うんだけど』
「真顔で返さないで欲しいッス…」
そう言いながら、言われた通りに着替えに向かう
ホントにコイツは忠犬だな
その後ろ姿を見送って、大きく溜息を吐き出す
わんこにはあぁ言ったが正直苛立ちが収まらない
一度自分を落ち着かせ再度誠凛の傍に行く
更衣室まで案内したら、そのまま仕事に戻ろう
何かしてたら余計なこと考えなくて済むし
『ご案内します』
「…琉梨さん」
『ごめんね、黒くん
あの人超失礼、ホント殴りたい
もうガンガンやっちゃって!ゴール壊す勢いで!』
「…自分のとこの監督よね?」
『だって私嫌いですもん』
「相変わらず清々しいです」
『まぁ、うちとしては正直誠凛さんに勝っていただきたいので』
「…はぁ?」
うちの発言に分かりやすく、意味が分からないと言う顔をする
そりゃそうだ、こんな事を言うマネなんていない
でも、負けることが必要な時ってやっぱりあるじゃん?
それも分からないの?
『海常(うち)を強くするために必要な敗北ですから
伸びきったアイツ等の鼻、へし折っちゃってください
こんな事を言うのは失礼ですが、海常は元々それなりに強豪、基盤は出来上がっているんです
後はそこにあのわんこを馴染ませるだけ
それだけでうちはかなり強くなります
私大切なのは今じゃ無くて、この先だから』
そう言って笑いかけると、戸惑っていた表情をしていたメンバーの顔つきが変わる
今回は負けたっていい
あの長く伸びた鼻をへし折ることがうちの目的だから
傲慢な男は嫌いなの、知ってるでしょわんこ
自分の身の程を知りなさい
その為に必要なことならば、うちは非道なことでもやる
それくらいの覚悟は出来てるんだ
誠凛からドリンクボトルを受け取り、仕事を開始する
試合は見なくても分かる
うちの仕事は情報収集と、分析・解説
ただ、その情報には今後の成長、それぞれのポテンシャル、そこから予測できる予見の様なモノも組み込まれているだけ
分析した結果、未来が分かるとまでは行かないけど何となく予想くらいは出来る
この試合は負ける
そうなるように、わざと手出ししなかったから
さぁ、試合開始
*****
『お疲れー、りょーた』
「…琉梨っち
何スか、真剣な話する割には口調が軽いッスけど」
『いんや?敗北を味わったわんこの顔を拝みに来ただけだし?』
「最低ッスね!」
『まぁね!』
「どや顔するとこじゃないッス!」
水道
頭から水を被っているわんこに近寄る
声を掛けて先程のやり取り
ここだけ切り取ったら、うちただの極悪人
まさしく最低
「お前の双子座は、今日の運勢は最悪だったのだが…
まさか負けるとは思わなかったのだよ」
「…見に来てたんスか」
『やほー、緑くん
何だね、君達ホント仲間大好きだよね
嘗ての仲間が試合するとなってわざわざ見に来るなんて仲良しかよ』
「…五月蠅いのだよ」
『大丈夫、今更照れ隠ししなくたって緑くんがツンデレなのは分かってるから!』
「五月蠅いのだよ!」
「…相変わらずッスね、2人とも」
ケラケラと笑いながら緑くんの背中を叩いていると、わんこに呆れられた
お前等だって相変わらず仲間大好きっ子だろうがよ
背中を叩かれている緑くんはいつも通り不快そうな顔をするが結局はされるがまま
うちに何を言っても聞かないと言うことを3年間で学んだらしい
「サルでも出来るダンクの応酬
運命に選ばれるはずも無い」
『出た、運命!
あと、ダンクが出来るサルは一部だよ?選ばれしサルだよ
きっとあの2人も選ばれしサルなんだよ』
「五月蠅いのだよ!話が進まん!」
「何スか、選ばれしサルって!突っ込むならサルに突っ込んでくださいッス!」
双方から突っ込まれた
ピリピリするのやだから茶々入れしてんだけどなー
肩を竦めてみせると、緑くんが怒りでプルプリし始めた
ホント短気なお人だ
うちも短気な方だけど、こう言ったノリではキレないためうちの方が多分まだマシである
「つか別に、ダンクでも何でもいーじゃないスか、入れば」
「だからお前は駄目なのだよ
近くからは入れて当然
シュートはより遠くから決めてこそ、価値があるのだ」
『はいはい、人事を尽くして天命を待つ、でしょ
もう聞き飽きたよー、耳たこ』
「略すな」
『通じてるじゃーん
いいから話続けてくださいな』
ちょいちょい煽ってるせいで、緑くんがそろそろおこだ
まぁ、怖くは無いんだけど
「…俺は人事を尽くしている
そして、おは朝占いのラッキーアイテムは必ず身につけている
だから、俺のシュートは落ちん!」
あ、続けるんだ
うちに構ってる暇無いんだね、そんなにいつのも台詞言いたかったんだね
座右の銘だもんね、言いたいよね
その理屈はいつものごとく意味分からんけど
そんなことを思いながらケラケラ笑っていると、緑くんは青筋を浮かべ、わんこは苦笑いしていた
『あー、笑った
相変わらず面白いねぇ、緑くんは
黒くんとは話していかないの?あ、2人仲悪かったっけ』
「仲が悪い訳ではない
B型の俺とA型の黒子は相性が最悪なのだよ」
『血液型と言うか、性格の問題じゃない?』
「…五月蠅いのだよ」
『あ、間があった
ちょっとは自覚あり?ん?』
「五月蠅いのだよ!」
『図星指されたからって怒んないでよー』
あー、ホント緑くんって素直で分かりやすいなぁ
そんなんだからうちにこんな遊ばれてんだよ?お分かり?
「…アイツのスタイルは認めているし、むしろ尊敬すらしている」
『はい、デレ来ましたー』
「琉梨…!少し黙っててくれないか…!」
『…はーい』
最初からそう言ってくれたら黙ったのにー
なんて屁理屈は飲み込んで、緑くんの手からラッキーアイテムであろうカエルの玩具を奪う
黙ればそれでいいとでも思ったのか、大人しく渡してくれた
いやー、カエルの玩具をこんな堂々持って歩けるとか、こっちこそ尊敬するわー
「地区予選で当たるので、気紛れで来てみたが…
正直、話にならないな」
「テメー!渋滞で捕まったら1人で先に行きやがって…
なんか超恥ずかしかっただろうがー!!」
「まぁ、今日は試合を見に来ただけだ
…だが、先に謝っておくよ
秀徳高校(俺達)が誠凛に負けるという運命は有り得ない
残念だが、リベンジは諦めた方がいい」
「…………」
え、なんで乱入者居て普通に話し続けられるの?
わんこもなんで突っ込まずに居られるの?
突っ込みどころ多すぎてうちちょっとパニックよ?
もう終わり?終わったよね?口開いていい?
『…終わった?もう突っ込んでいい?
なんでリアカー…!』
取り敢えずそこからでしょ
自転車の後ろ、リアカーを引いている自転車に乗った学ランの男子生徒
そりゃ恥ずかしいでしょうよ、え。途中まで緑くんそれに乗ってきたの?マジで
その図写真に収めたいんだけど…!
バシバシ、と緑くんの背中を叩きながら爆笑
緑くんの顔が段々不愉快そうになっていくが、今はそんなことどうでもいい
『どうせこれもラッキーアイテムの一環なんだろうけどさー…
相変わらず徹底しすぎ!リアカーなんてどこで手に入れるの?』
これ過去一じゃない?
今までそりゃ多種多様なラッキーアイテム持ってきてたけどさ
リアカーって…、リアカーって!
マジツボなんですけど
『てか、緑くん』
「何なのだよ」
『友達出来たんだね、良かったよ安心した』
「ブフォッ!」
その次に気になっていたことを言えば、秀徳生に笑われた
これにはさすがにわんこも笑ってる
『いやー、心配してたんだよ?
緑くんって奇人変人だし、我儘だし、女王様だし?
よかったねー、リアカー引いてくれるほど寛容な友達が出来て
……リアカー…!』
やっぱ駄目だ
リアカーは反則だ
これ帰ったら琉帆にも話そう、絶対笑う
『ねぇ、君名前は?うちは茶月琉梨
帝光でバスケ部マネしてたんだ』
「高尾和成!今は真ちゃんの相棒やってまっす!」
『相棒だって、真ちゃん!良かったねぇ』
「さっきからお前は俺をなんだと思ってるのだよ!」
『変人』
「ブフォッ!」
間髪入れずに即答したら高尾くんに笑われた
しょうが無い、緑くんは変人だもの
にこり、と緑くんを見上げて笑いかけると、青筋が増えた
挑発しすぎた
『ね、高尾くん!アドレス交換しようよ
高校での真ちゃん節聞きたい!』
「真ちゃん節…!」
『…笑い上戸だね?』
「いやいや、茶月ちゃんが面白いんだよ」
『えー?うち?』
「ん、じゃあ中学時代の真ちゃんについて教えてよ!
コイツ自分のこと話さねぇからさー」
『あー、そう言うかっこつけたがりなトコあるよねぇ
いいよ、真ちゃんの我儘抑制に役立ててくださいな』
「マジで!超助かる!」
『ごめんねー、我儘で』
「いや、茶月ちゃんのせいじゃねぇっしょ」
「お前は俺の母親か」
『やだなー、母親ポジは緑くんでしょー?』
「ちょ、詳しく!」
「話さんでいい!高尾さっさと帰るのだよ!」
「もうちょっとくらいいいじゃん」
「五月蠅いのだよ!」
『今晩メールする』
「待ってる」
「何スか、そのカレカノみたいなやり取り」
さっさと1人立ち去る緑くん
その後ろを追いかけていく高尾くんを見送って
なんだ、意外と上手くやってるんだね
キセキはみんな一癖も二癖もあるような奴ばっかりだからみんな心配だったんだけど
随分、人には恵まれるねぇ、みんな
『ちょっとは元気出た?』
「琉梨っち…」
そんな後ろ姿を見送って、ずっと放置してたわんこに向き直る
てか、緑くんの乱入がなかったらこんなに長引く場面じゃ無かったのにな
『…負けることは悪いことじゃないよ
人は負けて、今以上に勝利に貪欲になれる
その狭まったアンタの世界も、ちょっとは広くなったかな』
君達は強くなりすぎたから
自分達以外を軽視しすぎなんだよ
確かに強いよ、そんじょそこらの奴になんて、万が一にでも負けることは無い
『負けることだって、時には必要なんだよ
勝ち続けてきた人には分からない、負けることの恐怖
より強くなる為には必要な恐怖心だ
だからさ、りょーた
もういい加減過去に縋るのは止めようよ』
進学して、バラバラになって
そんなに時は経っていない
でも、君達がバラバラになってしまってからは、もう随分と時間が経ってしまった
もう、あんなのは見たくない
『もう、みんな敵だよ
今周りに居る人達は、言っちゃ悪いけど確かにりょーたより劣ってる
でも、その人達が今のりょーたの味方だよ』
風が吹く
随分と伸びた髪を風が攫っていく
りょーたの綺麗な金髪も風に揺れる
ついでに瞳も
『ちゃんと、チームになろうよ
向こうはもう受け入れる準備は出来てるよ』
仲間思いの、優しい人達だから
壁作ってないで、りょーたも素直になってごらん
もともとアンタは素直な子じゃんか
言いたいことだけ言ってその場を立ち去る
場は整えた
後は、当人達次第
これ以上は、うちは踏み込んじゃいけないから
親友かって?悪友です
(多分、これくらいの距離感が正しい)