手を伸ばしかけて躊躇って
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所変わって笠松宅
いつものように部屋に通されたモノの、漂う空気は重い
流石の琉梨も気まずいのか扉の前に立ちすくんだまま、中へ入ろうとはしない
荷物を適当なところに転がした笠松は、そのままの足でベッドへ腰掛ける
そんな様子をぼんやりと眺めながら、琉梨は動くことをせず笠松から放たれる言葉を待っていた
「…琉梨、ちょっとこっちに来い」
『え…?あ、はい』
視線は合わないまま名前を呼ばれる
琉梨は荷物をその場に置くと、そっと笠松の元へと近寄る
手を伸ばせば届く距離、そんな場所に来た瞬間伸びてきた手が琉梨の腕を掴み、ベッドに縫い付けられる
琉梨の視界に映るのは天井と、辛そうに歪んだ笠松の顔
手首を縫い付ける手は、少々身を捩ったところで解けることは無く、むしろ力が強くなるのでされるがまま流れに身を任せることにした
「…逃げられねぇだろ?
男なんざ、いざとなりゃ幾らでも力でねじ伏せることが出来る
自分の身を守る術を1つも知らないような女なら、こんな簡単に組み敷ける」
『…うん』
「何でお前は、ギリギリになっても助けを呼ばねぇんだ
自分1人で何とか出来るとでも思ってんのか?…思い上がってんじゃねぇよ」
ギリッ
笠松の手に力が籠もり、琉梨の顔が痛みに歪む
それでも笠松は手を緩めることはせず、むしろ笠松の方が痛そうな顔をするため、琉梨は大人しく甘受する
「頼ることはそんなにいけないことか?守られるのは、情けないことなのか?
どれだけ言えば分かる、どれだけ心配させりゃ気が済むんだよ…」
『ユキ…』
「アイツに襲われてるのを見たとき、心臓が止まるかと思った
ほんと、心臓に悪い
俺だけじゃ無い、小堀や森山だってお前が頼ってくるのを待ってる、迷惑なんて思って居ない、その手を振り払う奴は居ない
なのにどうしてお前は、いつだって1人で抱え込もうとするんだ…!」
苦しそうな声が、琉梨の鼓膜を震わせる
誰よりも痛そうな顔をする笠松に、手を伸ばすことも叶わず降り注ぐ言葉を受け止める
泣きそうだ、そんなことを思いながらじっと
「俺等が背負う荷は勝手に持って行くクセに、お前の荷は1つもわ渡しゃしねぇ
何も持ってないとでも言うかのように、涼しい顔して誤魔化す
いつか潰れてしまわないかとこっちはヒヤヒヤしてるのに、気付いて居たって知らないフリをする
いつだってお前は自分勝手だ、そんなモノは優しさなんかじゃねぇ、ただの傲慢だ
何でそんな、頑なに拒む
甘えることを知らないんじゃ無い、拒んでるだけだ
見ていて、怖い」
そう言って笠松は琉梨の肩に顔を埋める
触れた場所から伝わってくる震え
気が付けば解放されていた腕をその背に回し、小さくシャツを握りしめる
『ごめんなさい…』
小さく零された言葉
その声は震えていて、その瞳からは透明な雫が零れ落ちる
そうしてぽつぽつ、と自身について語る
『…うちの家共働きで、そんなの今時珍しくもなんともないんだけど
結構昔から両親は家を空けがちだった
ある程度したら自分のことは自分で、って教育方針なのか何なのか知らないけど自己責任が付きまとう
家事も自然に覚えていって、そうしたら出来ることが増えて任されることも増えて、それが当たり前になって
双子と言えどうちは姉で、面倒見るのも当たり前になって、率先して家事をするようにしたり
うちの家っていろいろオープンでさ、家計が厳しいとか隠すこともないしはっきり言われる、愚痴も聞かされる
疲れた様子を隠すこともあんまり無かったなぁ、父さんはそれでうち等に八つ当たりしたり
それで両親喧嘩しちゃったり
まぁ、仲は悪くないから寝て起きたら元通りなんだけどさ
でもそう言う環境だったからかな、思ったことを飲み込むクセがついちゃった
相談とかもあんまりしないし、言われた通りにするように心掛けたり
小さい頃は“幼稚園の先生になるんだー”ってずっと言ってたけど、母さんが言外に止めとけって言うから
他にやりたいこともないし、何となく母さんと同じ看護師目指すムーブになっちゃって
言いたいこと、いつも言えなかった
飲み込んで、波風立てないように、言う前に諦めるようになった
幼稚園の先生になりたいって言うのはホントに小さい頃からの夢で、それなのにそれも駄目って
まぁ、そこで折れるうちもうちなんだろうけど、なるためには学校行って親に迷惑かけることになるじゃん
そう考えたら反対押し切ってまで自分の意見押し通していい物か分かんなくなって、結局飲み込むんだよ
いつもいつも我慢してた
家に居るのが息苦しいって感じて、家族揃ってご飯食べたらすぐに自分の部屋に引っ込んで
母さん、うちより出来る人でさぁ
努力の人であるのも確かなんだけど、うちは母さんとは違ってそこまで自分を奮い立たせるモノも無かったから
母さんが自分と同じレベルを求めているのも分かってる、口には出さないけどがっかりされてるのも分かってる
そう言う環境で育ったらこうなっちゃうよねぇ
甘えてちゃ自分が弱くなる、自分で何とか出来なくなる
これ以上がっかりされたくない、そう思うのって普通だよね
両親から仕事の愚痴を聞いて
琉帆からも学校での愚痴や両親の愚痴を聞かされて
親から琉帆の愚痴を聞かされて、うちが居ないとこではうちの愚痴も言ってんだろうなぁ、とか思ったりして
琉帆を可愛がる両親と居たくなくて逃げて、そうしたら余計可愛げがないと思われて
褒めたら天狗になるタイプだから、って殆ど褒められることも無くって
そりゃ昔はそうだったかもしれないけど、うちだっていろいろ考えて変わったつもりだったんだけど、知らないのかな
でも、それを口に出すことは出来なかった
飲み込む癖が付きすぎてしまって、言葉が喉に突っかかって出てこなくなるの
強がることばかり上手くなるの、拳握りしめて我慢して、なんて事無いよって顔で、素直に甘えることが出来なくなっていた
そうしてる内に今の自分が出来上がって
馬鹿みたい
甘えさせてくれる人が出来た今でも、自分を上手く表現できない
中途半端にしか出来ない、隠すならちゃんと全部隠し通さなきゃいけなかったのに気付かれて
何でも、自分1人で出来るようになりたい』
「…んで、そうなるんだよ」
『…不器用だから、かな』
「…そうだな」
『でもね、ホントは誰かに認めて貰いたいだけなんだよ
頑張ったね、大丈夫分かってるよって
そう言って貰いたいだけなんだよ
だって誰にも評価されないまま1人で頑張り続けるのって疲れるでしょう?当たり前って思われたくないでしょう?
うちの努力を、無かったモノにされたくないでしょう?
もうね、疲れちゃったの、なんでこんなにも上手く生きれないかなぁ』
震える声が響く
両親にも言えなかったというこの独白は、ずっと心の内に秘められてきたモノ
涙を耐えてずっと、分かって欲しいと言葉に出来ないままずっと
「…琉梨、もう強がんなくていい
大丈夫だ、これからはちゃんとお前の努力を見ててやるから、認めるから
もう、隠すな」
『…うん、頑張ります』
「頑張るな」
『…うん』
そこからはもう、言葉は要らなかった
*****
side.K
小さな寝息が聞こえてきて体を離す
少々誤解を招きそうな状況に苦虫を噛み潰し、部屋を出てシャワーを浴びる
やっぱり原因は家庭環境か…
人格形成は幼少期の家庭環境が大きく影響する、と聞いたことがある
仲が悪い訳では無い、と言っていた
今聞かされたのは負の一面だが、何もそれだけな筈がない
愛されては居る、母親の軌道修正だって琉梨を思ってのモノでどうしてもと琉梨がぶつかれば、無碍にする様な人達ではない、と思う
けれど、琉梨にとってぶつかることより諦めることの方が簡単だった
それがもう当たり前の様に出来るようになっていた
琉梨にとっては強く言った方であるその夢を否定されたことで、何を言っても仕方ないのかもしれない、と琉梨が先に諦めてしまっただけ
ただの憶測、だけれど真実なような気がする
けど、それが琉梨の頑張り方だった
不器用に、けれど精一杯
自分なりに頑張って、いい子で居ようと我儘を飲み込んで、頼らないように、甘えないように
どう思われているのか気になって、人をよく見るようになる
そうして何となく心の内を知るようになって、それが綺麗なモノばかりでないと言うことを幼いながらに知って
最初から期待しないように、自分を守るために、マイナスのスタートからなら失うモノはないと割り切って
本当は誰よりも子供なのかもしれない
大人びた言動
同年代と比べても分かりやすく落ち着いた対応、雰囲気、考え方
同級生や、下手したら教師だって琉梨のことを子供っぽいなどとは思わないことだろう
琉梨は嫌われて元々、好かれてラッキー、ぐらいのスタンスで生きることで、折り合いを付けようとした
だから期待しない
差し出される手をあからさまに拒むことはせずさらりと躱して、大丈夫ですありがとう、と手を取らない
そうして生きていかなきゃいけない、甘えるとそれが癖になってしまう
そうやって自分を追い込んで
黄瀬が必要以上に琉梨に甘いのもその為だろう
当たり前の様に1人で頑張るから、見ているこっちは怖くなる
知らない奴なら、それだけのスペックが琉梨にはあるんだと勝手に納得して、更に負荷を増やすことだろう
でも、知れば知るほどコイツは不器用な人間だと気付く
知られたくないから琉梨は浅い関係しか築かない、クセに気付いて欲しいと思って居る
けどそんなことを自分ですら気付かないフリをしている
「っつても、どうするもんか」
甘やかす、ってのは得意な方では無い
話を聞く限りキセキの奴等も大概琉梨に甘く、甘やかしていた筈なのにそれでも甘えることは下手なまま
『お風呂行ってたんだ?ごめんね、部屋占領してたから』
「起きたのか」
『泣き疲れて寝るなんて赤ちゃんみたいだね』
風呂から上がると、ちょうど階段から降りてきた琉梨と出くわす
目元に残る赤と、手首に残るその跡に、思わず目を逸らすと、目敏く気付いた琉梨が苦笑する
『うちが悪いってのは分かってるからユキは気にしないで
何にも分かって無かったのはうちの方だから』
そう言って笑う琉梨には、いつもの覇気が無い
何となく、迷子の子供を彷彿とさせる、そんな表情をしている
きっと琉梨自身どうすればいいのか戸惑っているのだろう
今まで生きてきたその性格を変えることは難しい、けど変えろと言っている訳ではない
ただもう少し、甘えることを覚えて欲しいだけで
『…ね、ユキ』
「何だ?」
『…今ね、無性に抱き付きたい』
「、なっ…!」
『い?』
小さく首を傾げてそう問うてくる琉梨に言葉が詰まる
正直琉梨からそんな言葉が飛び出てくるとは思って居なかった
けど、今琉梨はきっと琉梨なりに一歩を踏み出そうとしていて
それを拒むと、また殻の中に逆戻りしてしまいそうで
顔が熱い、絶対赤くなっている、かっこつかない
けどそんなの今更
らしくねぇ事をしている自覚はある
小さく広げた両手、その後に感じる小さな衝撃、背中に回る腕がシャツを掴む
『あったかいね』
「…風呂入ったからな」
『ん、だね』
ちょうど胸辺りに頭が収まる
自身の腕の行き場に悩んで、結局は遠慮がちにその背に腕を回す
ドキドキしてる、なんて小さく笑う琉梨の声がくぐもっていて、小さいのによく聞こえて
9月と言えども、まだ暑い
クーラーの付いていないこのリビングは、じんわりと汗が滲むほどには暑い
風呂上がりの俺は勿論、琉梨だって暑くないはずが無い
それでも、離れようとはしなかった
『…何かね、色んな事がグルグルしてる
いつだって自分が分からなくてふわふわした存在で、ふと後ろを振り返ったときに、そこには何も無いような気がして怖くて見ないフリをした
色んなモノに押し潰されそうになった
その度気付かないフリしてやり過ごして
このモヤモヤして気持ち悪い感情は、ずっと消えてくれなくて纏わり付いて離れなくて
そう言う時はいつも誰かに抱き締めて欲しくなった
苦しくなるくらいしっかりと、うちはここに居るんだよって分かるように強く
初めてかもしれない、そう思った心のまま誰かに飛びついたのは
これだけのことなのに落ち着くんだね』
知らなかったなぁ、なんて小さく笑うその振動が直接伝わる
段々といつも通りの調子が戻ってきている琉梨に安心するべきなのか、何も解決していないことに焦るべきなのか分からない
背中に回った腕に力が籠もり、もっと、と催促されている様でこちらも力を籠めれば満足そうに擦り寄る
『全部1人では抱えきれないモノだねぇ』
「…そうだな」
『…最初から、間違ってたのかなぁ』
「…そうかもしれねぇな」
『ひとりでなんか生きれないもんだねぇ』
「そう言うもんだろ」
『うん、そう言うもんだ
1人で生まれてくることすら出来ないのに、1人で何もかも出来るはず無かったのに
ちょっと考えれば分かることなのにね』
「…まぁ、間違ってもいいだろ
間違いも失敗も、生きてりゃその内何かの糧になる
生きてりゃ、何とでもなる」
『極論、でもその通りかもね』
そう言って笑った琉梨に、何となく自分の中で落としどころを見つけたんだろうな、と思う
グルグルと勝手に自分に巻き付けていた当たり前を、1つだけであっても壊したことは、恐らく違いない
肩の力が抜けた琉梨が少しでも息が出来るようになったらいい
『どうする、ユキ』
「何がだ?」
『これでうち今以上に我儘な子になっちゃうかも』
「…はっ、上等」
『言ったね?男に二言は無しだよ?』
「当たり前だ、つかお前の我儘とか聞いたことねぇけど」
『うっそだぁ、うち結構我儘だと思ってたんだけど』
「?どの辺が?」
『知ってたけどユキってあれだね、かなり懐が深い男だったんだね、知ってたけど
琉梨さんびっくりした』
「そうか?」
『でもうん、そう言うの好き』
その言葉に、一瞬体が硬直した
それが琉梨にも伝わったのだろう、今度は分かりやすく声を出して笑う声が響く
自分は顔が見えてないからって、このやろ…
「笑ってんじゃねぇよ」
『ごめん、でもあまりにも分かりやすくって…!』
「うっせ、慣れてねぇんだよ」
『うん、知ってる
それにうち、まだユキに好きだって言って無かったな、って思って
どうやらうちね、自分が思っていた以上にユキのこと好きみたい
面倒な奴だけど、傍に置いてくれる?』
腕の中、少し距離を取って顔を覗き込むように見上げてくる
少しその顔が笑っているとこから、確信犯なのは明白
「…その台詞、そのまま返すわ」
そう言うと、きょとん、とした顔を作る
が、それも長くは続かず、じわじわとその顔に笑みが浮かぶ
ホントかっこつかねぇ
けど、その笑みが見られるならそれでいいと思うのは、惚れた弱みというモノなのだろう
『これからもよろしくね』
「あぁ」
きっと傍から見たら言葉も足らなくて、不器用で不格好なものだろう
けど、それでもちゃんと通じ合っている
俺達はこれでいい
腕の中で笑う琉梨が、ずっと笑っていられるなら、それでいい
あなたを覚えてしまった
(もうきっと知らなかった頃には戻れないから、ちゃんと責任とってよね)
いつものように部屋に通されたモノの、漂う空気は重い
流石の琉梨も気まずいのか扉の前に立ちすくんだまま、中へ入ろうとはしない
荷物を適当なところに転がした笠松は、そのままの足でベッドへ腰掛ける
そんな様子をぼんやりと眺めながら、琉梨は動くことをせず笠松から放たれる言葉を待っていた
「…琉梨、ちょっとこっちに来い」
『え…?あ、はい』
視線は合わないまま名前を呼ばれる
琉梨は荷物をその場に置くと、そっと笠松の元へと近寄る
手を伸ばせば届く距離、そんな場所に来た瞬間伸びてきた手が琉梨の腕を掴み、ベッドに縫い付けられる
琉梨の視界に映るのは天井と、辛そうに歪んだ笠松の顔
手首を縫い付ける手は、少々身を捩ったところで解けることは無く、むしろ力が強くなるのでされるがまま流れに身を任せることにした
「…逃げられねぇだろ?
男なんざ、いざとなりゃ幾らでも力でねじ伏せることが出来る
自分の身を守る術を1つも知らないような女なら、こんな簡単に組み敷ける」
『…うん』
「何でお前は、ギリギリになっても助けを呼ばねぇんだ
自分1人で何とか出来るとでも思ってんのか?…思い上がってんじゃねぇよ」
ギリッ
笠松の手に力が籠もり、琉梨の顔が痛みに歪む
それでも笠松は手を緩めることはせず、むしろ笠松の方が痛そうな顔をするため、琉梨は大人しく甘受する
「頼ることはそんなにいけないことか?守られるのは、情けないことなのか?
どれだけ言えば分かる、どれだけ心配させりゃ気が済むんだよ…」
『ユキ…』
「アイツに襲われてるのを見たとき、心臓が止まるかと思った
ほんと、心臓に悪い
俺だけじゃ無い、小堀や森山だってお前が頼ってくるのを待ってる、迷惑なんて思って居ない、その手を振り払う奴は居ない
なのにどうしてお前は、いつだって1人で抱え込もうとするんだ…!」
苦しそうな声が、琉梨の鼓膜を震わせる
誰よりも痛そうな顔をする笠松に、手を伸ばすことも叶わず降り注ぐ言葉を受け止める
泣きそうだ、そんなことを思いながらじっと
「俺等が背負う荷は勝手に持って行くクセに、お前の荷は1つもわ渡しゃしねぇ
何も持ってないとでも言うかのように、涼しい顔して誤魔化す
いつか潰れてしまわないかとこっちはヒヤヒヤしてるのに、気付いて居たって知らないフリをする
いつだってお前は自分勝手だ、そんなモノは優しさなんかじゃねぇ、ただの傲慢だ
何でそんな、頑なに拒む
甘えることを知らないんじゃ無い、拒んでるだけだ
見ていて、怖い」
そう言って笠松は琉梨の肩に顔を埋める
触れた場所から伝わってくる震え
気が付けば解放されていた腕をその背に回し、小さくシャツを握りしめる
『ごめんなさい…』
小さく零された言葉
その声は震えていて、その瞳からは透明な雫が零れ落ちる
そうしてぽつぽつ、と自身について語る
『…うちの家共働きで、そんなの今時珍しくもなんともないんだけど
結構昔から両親は家を空けがちだった
ある程度したら自分のことは自分で、って教育方針なのか何なのか知らないけど自己責任が付きまとう
家事も自然に覚えていって、そうしたら出来ることが増えて任されることも増えて、それが当たり前になって
双子と言えどうちは姉で、面倒見るのも当たり前になって、率先して家事をするようにしたり
うちの家っていろいろオープンでさ、家計が厳しいとか隠すこともないしはっきり言われる、愚痴も聞かされる
疲れた様子を隠すこともあんまり無かったなぁ、父さんはそれでうち等に八つ当たりしたり
それで両親喧嘩しちゃったり
まぁ、仲は悪くないから寝て起きたら元通りなんだけどさ
でもそう言う環境だったからかな、思ったことを飲み込むクセがついちゃった
相談とかもあんまりしないし、言われた通りにするように心掛けたり
小さい頃は“幼稚園の先生になるんだー”ってずっと言ってたけど、母さんが言外に止めとけって言うから
他にやりたいこともないし、何となく母さんと同じ看護師目指すムーブになっちゃって
言いたいこと、いつも言えなかった
飲み込んで、波風立てないように、言う前に諦めるようになった
幼稚園の先生になりたいって言うのはホントに小さい頃からの夢で、それなのにそれも駄目って
まぁ、そこで折れるうちもうちなんだろうけど、なるためには学校行って親に迷惑かけることになるじゃん
そう考えたら反対押し切ってまで自分の意見押し通していい物か分かんなくなって、結局飲み込むんだよ
いつもいつも我慢してた
家に居るのが息苦しいって感じて、家族揃ってご飯食べたらすぐに自分の部屋に引っ込んで
母さん、うちより出来る人でさぁ
努力の人であるのも確かなんだけど、うちは母さんとは違ってそこまで自分を奮い立たせるモノも無かったから
母さんが自分と同じレベルを求めているのも分かってる、口には出さないけどがっかりされてるのも分かってる
そう言う環境で育ったらこうなっちゃうよねぇ
甘えてちゃ自分が弱くなる、自分で何とか出来なくなる
これ以上がっかりされたくない、そう思うのって普通だよね
両親から仕事の愚痴を聞いて
琉帆からも学校での愚痴や両親の愚痴を聞かされて
親から琉帆の愚痴を聞かされて、うちが居ないとこではうちの愚痴も言ってんだろうなぁ、とか思ったりして
琉帆を可愛がる両親と居たくなくて逃げて、そうしたら余計可愛げがないと思われて
褒めたら天狗になるタイプだから、って殆ど褒められることも無くって
そりゃ昔はそうだったかもしれないけど、うちだっていろいろ考えて変わったつもりだったんだけど、知らないのかな
でも、それを口に出すことは出来なかった
飲み込む癖が付きすぎてしまって、言葉が喉に突っかかって出てこなくなるの
強がることばかり上手くなるの、拳握りしめて我慢して、なんて事無いよって顔で、素直に甘えることが出来なくなっていた
そうしてる内に今の自分が出来上がって
馬鹿みたい
甘えさせてくれる人が出来た今でも、自分を上手く表現できない
中途半端にしか出来ない、隠すならちゃんと全部隠し通さなきゃいけなかったのに気付かれて
何でも、自分1人で出来るようになりたい』
「…んで、そうなるんだよ」
『…不器用だから、かな』
「…そうだな」
『でもね、ホントは誰かに認めて貰いたいだけなんだよ
頑張ったね、大丈夫分かってるよって
そう言って貰いたいだけなんだよ
だって誰にも評価されないまま1人で頑張り続けるのって疲れるでしょう?当たり前って思われたくないでしょう?
うちの努力を、無かったモノにされたくないでしょう?
もうね、疲れちゃったの、なんでこんなにも上手く生きれないかなぁ』
震える声が響く
両親にも言えなかったというこの独白は、ずっと心の内に秘められてきたモノ
涙を耐えてずっと、分かって欲しいと言葉に出来ないままずっと
「…琉梨、もう強がんなくていい
大丈夫だ、これからはちゃんとお前の努力を見ててやるから、認めるから
もう、隠すな」
『…うん、頑張ります』
「頑張るな」
『…うん』
そこからはもう、言葉は要らなかった
*****
side.K
小さな寝息が聞こえてきて体を離す
少々誤解を招きそうな状況に苦虫を噛み潰し、部屋を出てシャワーを浴びる
やっぱり原因は家庭環境か…
人格形成は幼少期の家庭環境が大きく影響する、と聞いたことがある
仲が悪い訳では無い、と言っていた
今聞かされたのは負の一面だが、何もそれだけな筈がない
愛されては居る、母親の軌道修正だって琉梨を思ってのモノでどうしてもと琉梨がぶつかれば、無碍にする様な人達ではない、と思う
けれど、琉梨にとってぶつかることより諦めることの方が簡単だった
それがもう当たり前の様に出来るようになっていた
琉梨にとっては強く言った方であるその夢を否定されたことで、何を言っても仕方ないのかもしれない、と琉梨が先に諦めてしまっただけ
ただの憶測、だけれど真実なような気がする
けど、それが琉梨の頑張り方だった
不器用に、けれど精一杯
自分なりに頑張って、いい子で居ようと我儘を飲み込んで、頼らないように、甘えないように
どう思われているのか気になって、人をよく見るようになる
そうして何となく心の内を知るようになって、それが綺麗なモノばかりでないと言うことを幼いながらに知って
最初から期待しないように、自分を守るために、マイナスのスタートからなら失うモノはないと割り切って
本当は誰よりも子供なのかもしれない
大人びた言動
同年代と比べても分かりやすく落ち着いた対応、雰囲気、考え方
同級生や、下手したら教師だって琉梨のことを子供っぽいなどとは思わないことだろう
琉梨は嫌われて元々、好かれてラッキー、ぐらいのスタンスで生きることで、折り合いを付けようとした
だから期待しない
差し出される手をあからさまに拒むことはせずさらりと躱して、大丈夫ですありがとう、と手を取らない
そうして生きていかなきゃいけない、甘えるとそれが癖になってしまう
そうやって自分を追い込んで
黄瀬が必要以上に琉梨に甘いのもその為だろう
当たり前の様に1人で頑張るから、見ているこっちは怖くなる
知らない奴なら、それだけのスペックが琉梨にはあるんだと勝手に納得して、更に負荷を増やすことだろう
でも、知れば知るほどコイツは不器用な人間だと気付く
知られたくないから琉梨は浅い関係しか築かない、クセに気付いて欲しいと思って居る
けどそんなことを自分ですら気付かないフリをしている
「っつても、どうするもんか」
甘やかす、ってのは得意な方では無い
話を聞く限りキセキの奴等も大概琉梨に甘く、甘やかしていた筈なのにそれでも甘えることは下手なまま
『お風呂行ってたんだ?ごめんね、部屋占領してたから』
「起きたのか」
『泣き疲れて寝るなんて赤ちゃんみたいだね』
風呂から上がると、ちょうど階段から降りてきた琉梨と出くわす
目元に残る赤と、手首に残るその跡に、思わず目を逸らすと、目敏く気付いた琉梨が苦笑する
『うちが悪いってのは分かってるからユキは気にしないで
何にも分かって無かったのはうちの方だから』
そう言って笑う琉梨には、いつもの覇気が無い
何となく、迷子の子供を彷彿とさせる、そんな表情をしている
きっと琉梨自身どうすればいいのか戸惑っているのだろう
今まで生きてきたその性格を変えることは難しい、けど変えろと言っている訳ではない
ただもう少し、甘えることを覚えて欲しいだけで
『…ね、ユキ』
「何だ?」
『…今ね、無性に抱き付きたい』
「、なっ…!」
『い?』
小さく首を傾げてそう問うてくる琉梨に言葉が詰まる
正直琉梨からそんな言葉が飛び出てくるとは思って居なかった
けど、今琉梨はきっと琉梨なりに一歩を踏み出そうとしていて
それを拒むと、また殻の中に逆戻りしてしまいそうで
顔が熱い、絶対赤くなっている、かっこつかない
けどそんなの今更
らしくねぇ事をしている自覚はある
小さく広げた両手、その後に感じる小さな衝撃、背中に回る腕がシャツを掴む
『あったかいね』
「…風呂入ったからな」
『ん、だね』
ちょうど胸辺りに頭が収まる
自身の腕の行き場に悩んで、結局は遠慮がちにその背に腕を回す
ドキドキしてる、なんて小さく笑う琉梨の声がくぐもっていて、小さいのによく聞こえて
9月と言えども、まだ暑い
クーラーの付いていないこのリビングは、じんわりと汗が滲むほどには暑い
風呂上がりの俺は勿論、琉梨だって暑くないはずが無い
それでも、離れようとはしなかった
『…何かね、色んな事がグルグルしてる
いつだって自分が分からなくてふわふわした存在で、ふと後ろを振り返ったときに、そこには何も無いような気がして怖くて見ないフリをした
色んなモノに押し潰されそうになった
その度気付かないフリしてやり過ごして
このモヤモヤして気持ち悪い感情は、ずっと消えてくれなくて纏わり付いて離れなくて
そう言う時はいつも誰かに抱き締めて欲しくなった
苦しくなるくらいしっかりと、うちはここに居るんだよって分かるように強く
初めてかもしれない、そう思った心のまま誰かに飛びついたのは
これだけのことなのに落ち着くんだね』
知らなかったなぁ、なんて小さく笑うその振動が直接伝わる
段々といつも通りの調子が戻ってきている琉梨に安心するべきなのか、何も解決していないことに焦るべきなのか分からない
背中に回った腕に力が籠もり、もっと、と催促されている様でこちらも力を籠めれば満足そうに擦り寄る
『全部1人では抱えきれないモノだねぇ』
「…そうだな」
『…最初から、間違ってたのかなぁ』
「…そうかもしれねぇな」
『ひとりでなんか生きれないもんだねぇ』
「そう言うもんだろ」
『うん、そう言うもんだ
1人で生まれてくることすら出来ないのに、1人で何もかも出来るはず無かったのに
ちょっと考えれば分かることなのにね』
「…まぁ、間違ってもいいだろ
間違いも失敗も、生きてりゃその内何かの糧になる
生きてりゃ、何とでもなる」
『極論、でもその通りかもね』
そう言って笑った琉梨に、何となく自分の中で落としどころを見つけたんだろうな、と思う
グルグルと勝手に自分に巻き付けていた当たり前を、1つだけであっても壊したことは、恐らく違いない
肩の力が抜けた琉梨が少しでも息が出来るようになったらいい
『どうする、ユキ』
「何がだ?」
『これでうち今以上に我儘な子になっちゃうかも』
「…はっ、上等」
『言ったね?男に二言は無しだよ?』
「当たり前だ、つかお前の我儘とか聞いたことねぇけど」
『うっそだぁ、うち結構我儘だと思ってたんだけど』
「?どの辺が?」
『知ってたけどユキってあれだね、かなり懐が深い男だったんだね、知ってたけど
琉梨さんびっくりした』
「そうか?」
『でもうん、そう言うの好き』
その言葉に、一瞬体が硬直した
それが琉梨にも伝わったのだろう、今度は分かりやすく声を出して笑う声が響く
自分は顔が見えてないからって、このやろ…
「笑ってんじゃねぇよ」
『ごめん、でもあまりにも分かりやすくって…!』
「うっせ、慣れてねぇんだよ」
『うん、知ってる
それにうち、まだユキに好きだって言って無かったな、って思って
どうやらうちね、自分が思っていた以上にユキのこと好きみたい
面倒な奴だけど、傍に置いてくれる?』
腕の中、少し距離を取って顔を覗き込むように見上げてくる
少しその顔が笑っているとこから、確信犯なのは明白
「…その台詞、そのまま返すわ」
そう言うと、きょとん、とした顔を作る
が、それも長くは続かず、じわじわとその顔に笑みが浮かぶ
ホントかっこつかねぇ
けど、その笑みが見られるならそれでいいと思うのは、惚れた弱みというモノなのだろう
『これからもよろしくね』
「あぁ」
きっと傍から見たら言葉も足らなくて、不器用で不格好なものだろう
けど、それでもちゃんと通じ合っている
俺達はこれでいい
腕の中で笑う琉梨が、ずっと笑っていられるなら、それでいい
あなたを覚えてしまった
(もうきっと知らなかった頃には戻れないから、ちゃんと責任とってよね)
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