手を伸ばしかけて躊躇って
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『ひっさびさの学校なのに全然久し振り感ないね、唯歌』
「まぁ、ほぼ毎日来てたからねぇ」
夏休みも終わり2学期が開始となる今日
ジャージでは無く制服に身を包んだ2人は偶然校門で合流し教室へと向かっていた
ほぼ毎日顔を合わせていた2人は夏の思い出を語り合うようなことも無く、他愛も無い会話をしながら靴箱を通り過ぎ、廊下を歩く
夏休み中とは違い騒がしい廊下
ちらほらと小麦色になった生徒たちを見かけ、夏を満喫したのだな、なんて年寄り臭い事を笑って話す
始業式面倒だね、などと言いながら教室の扉をくくる
そして
「茶月琉梨!お前、俺の女になれ!!」
夏休み明け一発目の事件の、始まりだった
*****
放課後
「あれ?唯歌、琉梨ちゃんは…?」
「えっと、うん…」
「琉梨っち、ほんと不憫ッス…」
体育館
部活が始まる前、どこか緩い雰囲気のあるそこ
普段通りなら既に準備を始めあちこち動き回る琉梨の姿を見かけるそんな時間なのに、琉梨の姿が見当たらない
不思議に思って妹に問い掛けると、なんとも微妙な表情が返ってきた
それに首を傾げる
「どう言う意味だ?琉梨ちゃんみたいな完璧な子、そういないだろう?」
「うん、そうなんスけどそう言う意味じゃないんスよね」
そう言って唯歌と黄瀬は苦い顔をして顔を見合わせる
そしてそんな2人の様子に首を傾げる数人
ガラッ
「琉梨は居るか!?」
「……あのねぇ、結城君、いい加減しつこいよ?」
「これから部活なんで、部外者は出ていってくんないスかね?」
「…お前たちには用は無い、俺は琉梨を探してるんだ」
「いい加減怒るよ、結城君」
「取り合えず今日はさっさと帰れッス」
突然現れた乱入者
それだけでも疑問の種ではあるが、普段は基本的に物腰の柔らかい2人の口調が厳しく、表情にも負の感情が浮かんでいる
それがまた疑問を呼ぶ
誰だろう、何て思って居ると、2人は見事な連携プレーで結城と呼ばれた男子生徒を追い出す(むしろ締め出す)
普段では有り得ない、見慣れない光景に、周りは首を傾げる
少々偉そうではあったが、ただ琉梨を探していただけでは無いのか、なんて言う思考はその場に現れた琉梨により払拭される
『迷惑掛けるね、2人とも』
笠松の後ろに隠れるようにして現れた琉梨は苦笑を浮かべながら2人に謝る
それを受けた2人も苦笑しながら、琉梨が悪い訳では無いから…、と肩を竦める
「よし、取り敢えず説明して貰っても良いかな!琉梨ちゃん!」
『そうですね、下手すると部全体に迷惑掛けることになるかもしれませんし…
結論から言うと、私を自分の女にしようと迫ってくる男がさっきの彼、と言う事ですね』
「ざっくり言うとね」
「加えるなら勘違い野郎で、人の話聞かない奴、ッスかね」
『違いない』
頷いた琉梨は疲れたような表情をしてため息を吐き出す
そんな琉梨を労うように唯歌が肩を叩き、琉梨は再び苦く笑う
「えーと…?」
『つまり私を自分の彼女にしようと、かなり強引な手段を使ってきてる迷惑な奴って事です』
「しかも琉梨を装飾品みたいに扱うんですよ、俺にふさわしいって」
「中学でも似たような事あったッスよねぇ…」
『あったねぇ…
赤司にでも来てもらおうかなぁ』
「琉梨っち、目がマジッス」
「何というか…、確かに琉梨ちゃんは魅力的な人だからなぁ」
『フォローありがとうございます
まぁ自分で言うのも何ですけど、手軽なんでしょうねぇ、あぁ言うタイプの人間にとって
ほどよく何でも出来るから』
そう言って自嘲的な笑みを浮かべる
容姿は特別綺麗だと言う訳では無い
けれど、綺麗な方か、と問われたら大抵の人間が肯定するほどの容姿ではある
勉学の方も学業推薦を貰っているだけあって優秀
運動だってそつなくこなす
人柄もよく、人望もある
交友関係も良好で、教師からも信頼されている
と言う周りからの評価
「一種のネームバリューって言うんスかねぇ
こう言った理由で琉梨っちを手元に置きたがる連中は結構居るんスよ
中学の時もそんな勘違い野郎が居て迷惑したんス」
『まぁ、その時は赤司が彼氏役を買って出てくれたから
あんだけの完璧人間なんて、早々お目にかかれないしね』
これ以上無いほど完璧な人間
どれだけ自分に自信がある人間であっても、流石に敵わないと思わせられる相手
そう言った人材を準備することで撃退したという苦い経験
「…大丈夫か?」
『んー…、嬉しくは無いけど慣れてるから』
つい先日話したばかり
自分の有り様にコンプレックスを抱えている琉梨にとって、現状はとても好ましくない
それを分かっているのは笠松だけで
『でもまぁ、どうしようかなぁ
彼氏がいるって言っても、俺の方がふさわしいとか言っちゃうし
あぁ言うタイプって、あしらってるだけじゃ諦めないからなぁ』
「そうッスねぇ…、ホントに赤司っち呼ぶ?」
『流石に京都からこれだけのことで呼びつけるのは気が引けるなぁ
最悪峰くん引っ張ってくるよ、あんなの来たら流石にビビってくれるんじゃ無い?』
「あぁ、怖いッスもんねぇ」
そう言って笑う黄瀬に同じように琉梨も笑う
190を超える長身にあの顔だ、怖くないはずが無い
昔はもうちょっと無邪気で可愛げもあったのになぁ、何て心の中だけで付け足して
『まぁ、何とかしてみるよ』
そう言って笑う琉梨に何も言えないまま、いつも通りの時間が流れていく
*****
数日後
『琉梨さーん、ご飯出来ましたよー』
『…あぁ、うん、ごめん、ありがと琉帆』
『やっべ、琉梨が素直すぎて怖い、どうしよ青峰君』
「…だいじょーぶか」
『はは、峰くんにまで心配されちゃう程かー
だいじょーぶだよ』
本日休日
当たり前の様に茶月家、何なら琉梨の部屋に居る青峰
それに最早突っ込むことは止めているのか、こちらも当たり前の様に対応する
「…だいじょーぶって顔してねぇぞ、全く
ほらよ」
『…ん、ありがと』
力なくベッドに寝そべっていた琉梨に手を差し伸べ引き起こす
とそのまま横抱きに持ち上げ、部屋を後にしリビングへと向かっていく
対する琉梨も抵抗という抵抗もなく大人しくされるがまま
その顔には疲れが色濃く刻まれていて
『わぁ、青峰君いっけめん!惚れるわぁ―』
「うっせーぞ、琉帆
あとそれ冗談でも止めろ、今吉さんがこえーわ」
『てか青峰君、なんで琉梨にはそんな優しいの?ウチと扱いが全く違うんですけど!
ウチだと俵担ぎするクセに!』
「あ?琉梨とお前を一緒にしたら、シツレーだろ」
『ひっど!相変わらずひっど!』
2人の後ろからきゃんきゃん言いながらついてくる琉帆を軽くあしらう青峰
大人しく腕の中に居る琉梨は、面倒臭そうにしながらもどこか楽しげな青峰を見て、小さく笑う
『俵担ぎでもちゃんと運んでくれるんだ?』
「…うっせ、落とすぞ」
『やだ』
からかうように少し悪戯な笑みを浮かべた琉梨が、反撃、とでも言うかの様に言葉を落とす
対する青峰は、少々図星を指されたかのような顔をし琉梨に言い返すが、結局その手を放すことはせず
舌打ちだけ零して、琉梨を抱え直す
『…やっぱ最強は琉梨だわー』
なんて小さく呟いた琉帆は、階段が終わったことを確認し、青峰の後ろから飛びつく
それに対しびくともしない青峰は流石とも言える
もう少しウチにも優しくしろー、などと言いながらリビングに入り食事の準備
これまた当たり前の様に青峰の分まで準備されている状況に突っ込む者は誰も居ない
それでいいのか、女子高生たち
『で、ゆーきくんだっけか?そんなしつこいの?』
食事も終わったタイミングで琉帆が切り出す
青峰も興味なさそうな顔をしながらも立ち去らないところから話を聞く気はあるようだ
それに琉梨は苦笑を零し、疲れた顔のまま話し始める
『もうかなりね
しかも自信家で、顔はわんこに勝ってると思ってる』
『で実際は?』
『比較するのも失礼だよね』
『黄瀬ちん持ち上げない琉梨がそこまで言うなんてよっぽどだね』
「とんだ勘違い野郎だな」
『ホントにね』
実際学校での状況を見ていない2人であるが、滅多なことでは折れない琉梨の疲労っぷりに厄介なことになっているという認識だけはする
琉帆の言葉通り、黄瀬を滅多に褒めない琉梨がここまで言うのだ
相当に嫌気が差しているのは間違いない
『でもまぁ、黄瀬ちんに勝ってると思うなら、他のバスケ部員なんか敵じゃ無い、とか思ってそうだね』
『実際ユキ見て鼻で笑ったからね』
『…何だろう、会ったことも無い人なのに一瞬で嫌いになった
ムカつく』
「奇遇だな、俺もだ、潰すか?」
『発想が不良だよ、峰くん』
自分のことのように怒る2人に琉梨は苦笑し、口では宥めるが実際してもらえるなら助かるのだけれど、なんて思う
口にすると本気にしかねないので言わないが
たった数日で琉梨をここまで追いやる執着
珍しくメンタルをやられている琉梨に琉帆は内心首を傾げながら、よしよし、と頭を撫でる
『でもまぁ、転んでもただで起き上がる人間じゃ無いって事をそろそろ知らしめようかなぁ』
『あ、琉梨が本気でキレてる』
「琉梨って静かにキレる、一番怖いタイプだよな…」
『うん、赤司君と一緒』
もう私は十分待ってやった、と言わんばかりに反撃する気の琉梨に、2人はこそこそ、とそんなことを話していた
*****
「琉梨!今日こそ俺の女になれ!」
そして今日も今日とて朝からやってくる結城
毎日の光景になりつつあるやり取りだが、巻き込まれているクラスメイトたちもそろそろ辟易としてきている
琉梨を隠す様に周りを取り囲み、それぞれが苛立ちをぶつけるように結城に言い返す
そんな中、一番離れた位置で庇われるようにしていた琉梨はため息を吐き出し、疲れた顔を取り繕って立ち上がる
『結城くん』
静かなその声は、騒がしかった教室の中でもよく聞こえた
この事件が始まって以来、初めて琉梨が結城に対して言葉を投げかけた
『うち飾り物なんかじゃ無いんだ
俺にふさわしいとか言われても嬉しくないし、引き立て役になるつもりも無い
アクセサリーなんかじゃ無い
大体彼女にフラれた腹癒せにうちに迫ってくるのは止めてくれないかな、はっきり言って迷惑だから』
その情報は誰も知らなかったモノ
確かに結城には彼女がいたことは、殆どの人間が知っている
自分の方からフってやったのだと吹聴していたから、別れたと言う事も知っていた
けれど、立場が逆だったと言う事は誰も知らなかった
『流石に結城くんの立場もあるだろうから皆の前で言うつもりは無かったんだけど、あんまりにもしつこいから
うちはもう十分待ってあげたでしょう?
これ以上付き合う気も無いから、さっさと帰ってくれる?』
淡々と静かにそれだけ告げると琉梨は腰掛け、もう話は終わったとばかりに頬杖をついて視界から結城を追い出す
ざわざわと再び賑やかさを取り戻し始めた教室は、結城にとっては居心地の悪いモノで
突き刺さる冷ややかな視線から逃れるように、教室から走り去った
「琉梨、お前ほんっと強かな女だな…」
「どこからその情報引っ張ってくるの…」
「実際に結城逃げたって事は、事実ってことだよね」
『あんまりうちの情報網甘く見ない方が良いよ?』
「さっすがこのクラスの作戦参謀」
『そんなモノになったつもりは無いのだけれど』
わいわい、と琉梨を囲む女子生徒たちに穏やかに微笑む
逆にその笑みが怖いわ、何て楽しそうなその空間
しかし、見る者によっては分かる、まだ何か懸念している様なその表情
「琉梨ちゃん…?」
「どうしたんスかね?」
それに気付いた2人は、顔を見合わせて首を傾げた
*****
「…唯歌ちゃん」
「…はい」
「何か琉梨が怖いんですけど…!俺なんかしたかな!?」
「いえ、何もしてないです」
その日の部活
体育館にあまり顔を出すことが無い琉梨だが、その日に限り頻繁に体育館を訪れていた
しかし、纏う空気は刺々しい
森山が言うように、少し怖いとも感じられるほどピリピリとした雰囲気
「…何かあるのか?」
『…何かありましたか?』
「?いや、特には…」
『そう』
その様子を心配した笠松が尋ねたが、逆に質問を返され求める返答は得られなかった
琉梨は険しい顔つきのまま辺りをくるり、と見渡すと何事も無かったかのように自身の仕事へと戻って行く
いつも通り仕事に抜けは無い、けれどいつも通りでは無い琉梨の様子
首を傾げている内に、その日の部活は終了していた
「…琉梨ちゃん」
『顔怖いよ、唯歌』
「琉梨ちゃんが説明ちゃんとしてくれないからでしょ!」
『うん、まぁそうだよね、ごめん』
「謝る前に説明!」
片付けも終わり更衣室に向かう2人
普段おっとりしている唯歌が厳しい顔で琉梨の前に立ち塞がる
そう言われるだけの事はしている自覚がある琉梨は苦笑しながらも取り敢えず先を急ごうと唯歌に手を伸ばし
そして唯歌の背後にある人影に気付いた
『!唯…!』
「え…?きゃあ!」
『やっぱり来たね、結城くん…!』
背後の人影の正体は結城
それに気付いた琉梨は唯歌を突き飛ばし庇い、そのまま伸びてきた手は琉梨の首へ向かう
咄嗟にその手を取って避けた琉梨ではあるが、男女の力の差は歴然
バランスを崩し尻餅をつく
唯歌はその状況を見て人手、男手が必要だと判断し咄嗟に身を翻し男子更衣室の方へと向かっていく
それに気付いた琉梨は、ギラギラと血走った目でこちらを睨みつける結城に集中することにした
『プライド、たっかいもんねぇ…!』
「何で知ってる、俺がフラれたこと…!
誰にも話してない、腹癒せだと勝手に決めつけて、よくも俺に恥をかかせてくれたな…!」
『事実、でしょうが、よ…!』
体重をかけるように力を加え自身に伸びてくる手を、何とかこれ以上近付かないように、と必死に力を加える
ギリギリ、という音が聞こえそうなほど
結城の腕を掴む琉梨の手は、真っ白、と言ってもいいほどになっていた
「何で俺が…!俺はアイツを本気で好きだったのに…!」
『自分に引きつけて、おくだけのっ…、魅力が、無か、た、だけでしょうがっ…!』
「うるさいっ!」
『っ、いった…!』
遂に均衡が崩れ、琉梨の体が倒れ込む
けれどそれと同時に助けを呼びに行った唯歌が戻って来て、一緒に来ていた黄瀬が、結城を羽交い締めにする
すかさず唯歌が琉梨に駆け寄り助け起こすと、距離を取るように数歩下がる
遅れてやって来た笠松たちも、結城を抑えるのを手伝い、笠松は琉梨の元へと向かう
「…琉梨」
『お説教は後で聞きます』
へらり、といつものように笑うと、琉梨は暴れて抑えつけられている結城をしっかり見遣る
距離はあるが少し声を張れば届く距離
『結城くん、悪いけどうち黄瀬とは付き合って無いよ
だからうちを手に入れたところで黄瀬への復讐になったりしない
情報不足だったね、もう少し冷静になるべきだ』
「…付き合って、ない?」
『あのね、知らないようだから教えてあげる
黄瀬のこと好きになったから別れよう
これ、今じゃ海常の女子の中でお決まりの常套句みたいなんだよね
別れたくなった、でもそれらしい理由が無い
なら、黄瀬に惚れたということにしよう
ホントに黄瀬に惚れて別れる子もいるからね、ちょうどよかったんでしょ』
静かに告げられる真実
その言葉を理解すると共に、結城の体から力が抜けていく
それに気付いた黄瀬が腕を緩めると、力なく地面に座り込む結城の姿
哀れという言葉がよく似合う、そんな姿
『君が彼女を上手に愛せなかったその責任をうちや黄瀬に押しつけないで
彼女にその言葉を言わせてしまったのは誰なのか、よく考えて
そう言う事だからもううち等に関わらないでね』
それだけ言うと琉梨はもう興味が失せたかのように結城から視線を外す
あんぐり、と口を開けた笠松たちを見遣って苦笑
こんな展開、きっと誰も予想していなかったことだろう
『巻き込んですみません、今度こそちゃんと説明しますね』
「あぁ、うん、そうしてくれると助かる…」
流石に結城本人が居る前で話すわけにも行かない、と体育館へ逆戻りするメンバー
琉梨たちは着替えを済ませて居ないので先に済ませ、遅れて合流する
その頃には、結城の姿はもう無かった
「…えーとつまり?
結城君は彼女にフラれました
その理由が“黄瀬君のこと好きになっちゃったから”
プライドの高い結城君はそれを許せなくて?黄瀬君の彼女を琉梨ちゃんだと勘違いしたあげく、彼女を奪って吠え面かかせてやろうとムキになっていた、と」
「でも彼女の言った“黄瀬を好きになった”は、別れるための体のいい常套句で?
ただ結城と別れたいが為に使われた噓だった、と」
『パーフェクトです』
体育館に戻り事情を説明した琉梨に最終確認を取るように唯歌と森山が簡潔に内容を纏める
それに対し琉梨は真顔で頷き肯定する
「じゃああの迫り方は何だったんスか…!」
『さぁ?彼自分から女に言い寄るタイプじゃないし、どうすればいいか分かんなかったんじゃ無いの?
自信家でプライド高いから、女は勝手に自分に寄ってくるとか思ってそうだし』
「てゆーか本人に聞いたわけじゃ無いのにその情報量はなに…!」
『彼女さんからは軽く聞きましたけどねぇ、見てれば分かる分かりやすいタイプの人間だったモノで
だからあのまま引き下がるわけ無い、と警戒していた訳です』
「それであんなにピリピリしてた訳だ」
小堀のその言葉に、こくん、と肯定し頷く
納得したような、納得したくないような、そんな微妙な顔をする周り
取り敢えず一件落着、とはならない人もそこには居て
「…琉梨」
『はい』
「…お前はどうしてそう」
『…うん、ごめんなさい』
険しい顔をした笠松が、いつもより僅かに低い声で琉梨に話しかける
対する琉梨も言わんとすることは分かっている、とでも言うような顔でそれを受け止める
そんな琉梨の様子にため息を吐いた笠松は、黄瀬へと視線をやり、そして
「黄瀬、今日はコイツ連れて帰るから妹に連絡しておけ」
「…ッス」
「…帰るぞ」
『…うん
じゃあ、お先に失礼します、巻き込んでしまってすみませんでした』
といつもと変わらない、けれど少しばかり沈んだ様子で声をかけ、頭を下げる
と、先を歩いて行く笠松の後を追い、小走りで駆けていった
「…笠松先輩、めっちゃ怒ってたッスね」
「うん…、でも、琉梨ちゃんも悪い
もっと頼ってくれたっていいのに、ちゃんと教えてくれてたら防げてたかもしれないのに」
「そうだなぁ、琉梨ちゃんはいつも1人で抱え込んでしまうから」
「何がそこまで琉梨ちゃんを“そう”させてるのかねぇ…」
もう見えなくなってしまった背中
気が付けばいつも1人で全てのことを終わらせてしまっていて、それが当たり前の様に振る舞う
頼ってよ、といくらこっちが言ってもありがとう、と笑って受け流す
なんて事無かったよ、とでも言わんばかりの顔でもう終わったよ、と笑う
あぁ、ほんとどうして
「…琉梨ちゃんのばか」
小さく呟いた妹に、苦笑を零して頭を撫でた
あと一歩が伝わらない
(ねぇどうして、逃げていくの?)
「まぁ、ほぼ毎日来てたからねぇ」
夏休みも終わり2学期が開始となる今日
ジャージでは無く制服に身を包んだ2人は偶然校門で合流し教室へと向かっていた
ほぼ毎日顔を合わせていた2人は夏の思い出を語り合うようなことも無く、他愛も無い会話をしながら靴箱を通り過ぎ、廊下を歩く
夏休み中とは違い騒がしい廊下
ちらほらと小麦色になった生徒たちを見かけ、夏を満喫したのだな、なんて年寄り臭い事を笑って話す
始業式面倒だね、などと言いながら教室の扉をくくる
そして
「茶月琉梨!お前、俺の女になれ!!」
夏休み明け一発目の事件の、始まりだった
*****
放課後
「あれ?唯歌、琉梨ちゃんは…?」
「えっと、うん…」
「琉梨っち、ほんと不憫ッス…」
体育館
部活が始まる前、どこか緩い雰囲気のあるそこ
普段通りなら既に準備を始めあちこち動き回る琉梨の姿を見かけるそんな時間なのに、琉梨の姿が見当たらない
不思議に思って妹に問い掛けると、なんとも微妙な表情が返ってきた
それに首を傾げる
「どう言う意味だ?琉梨ちゃんみたいな完璧な子、そういないだろう?」
「うん、そうなんスけどそう言う意味じゃないんスよね」
そう言って唯歌と黄瀬は苦い顔をして顔を見合わせる
そしてそんな2人の様子に首を傾げる数人
ガラッ
「琉梨は居るか!?」
「……あのねぇ、結城君、いい加減しつこいよ?」
「これから部活なんで、部外者は出ていってくんないスかね?」
「…お前たちには用は無い、俺は琉梨を探してるんだ」
「いい加減怒るよ、結城君」
「取り合えず今日はさっさと帰れッス」
突然現れた乱入者
それだけでも疑問の種ではあるが、普段は基本的に物腰の柔らかい2人の口調が厳しく、表情にも負の感情が浮かんでいる
それがまた疑問を呼ぶ
誰だろう、何て思って居ると、2人は見事な連携プレーで結城と呼ばれた男子生徒を追い出す(むしろ締め出す)
普段では有り得ない、見慣れない光景に、周りは首を傾げる
少々偉そうではあったが、ただ琉梨を探していただけでは無いのか、なんて言う思考はその場に現れた琉梨により払拭される
『迷惑掛けるね、2人とも』
笠松の後ろに隠れるようにして現れた琉梨は苦笑を浮かべながら2人に謝る
それを受けた2人も苦笑しながら、琉梨が悪い訳では無いから…、と肩を竦める
「よし、取り敢えず説明して貰っても良いかな!琉梨ちゃん!」
『そうですね、下手すると部全体に迷惑掛けることになるかもしれませんし…
結論から言うと、私を自分の女にしようと迫ってくる男がさっきの彼、と言う事ですね』
「ざっくり言うとね」
「加えるなら勘違い野郎で、人の話聞かない奴、ッスかね」
『違いない』
頷いた琉梨は疲れたような表情をしてため息を吐き出す
そんな琉梨を労うように唯歌が肩を叩き、琉梨は再び苦く笑う
「えーと…?」
『つまり私を自分の彼女にしようと、かなり強引な手段を使ってきてる迷惑な奴って事です』
「しかも琉梨を装飾品みたいに扱うんですよ、俺にふさわしいって」
「中学でも似たような事あったッスよねぇ…」
『あったねぇ…
赤司にでも来てもらおうかなぁ』
「琉梨っち、目がマジッス」
「何というか…、確かに琉梨ちゃんは魅力的な人だからなぁ」
『フォローありがとうございます
まぁ自分で言うのも何ですけど、手軽なんでしょうねぇ、あぁ言うタイプの人間にとって
ほどよく何でも出来るから』
そう言って自嘲的な笑みを浮かべる
容姿は特別綺麗だと言う訳では無い
けれど、綺麗な方か、と問われたら大抵の人間が肯定するほどの容姿ではある
勉学の方も学業推薦を貰っているだけあって優秀
運動だってそつなくこなす
人柄もよく、人望もある
交友関係も良好で、教師からも信頼されている
と言う周りからの評価
「一種のネームバリューって言うんスかねぇ
こう言った理由で琉梨っちを手元に置きたがる連中は結構居るんスよ
中学の時もそんな勘違い野郎が居て迷惑したんス」
『まぁ、その時は赤司が彼氏役を買って出てくれたから
あんだけの完璧人間なんて、早々お目にかかれないしね』
これ以上無いほど完璧な人間
どれだけ自分に自信がある人間であっても、流石に敵わないと思わせられる相手
そう言った人材を準備することで撃退したという苦い経験
「…大丈夫か?」
『んー…、嬉しくは無いけど慣れてるから』
つい先日話したばかり
自分の有り様にコンプレックスを抱えている琉梨にとって、現状はとても好ましくない
それを分かっているのは笠松だけで
『でもまぁ、どうしようかなぁ
彼氏がいるって言っても、俺の方がふさわしいとか言っちゃうし
あぁ言うタイプって、あしらってるだけじゃ諦めないからなぁ』
「そうッスねぇ…、ホントに赤司っち呼ぶ?」
『流石に京都からこれだけのことで呼びつけるのは気が引けるなぁ
最悪峰くん引っ張ってくるよ、あんなの来たら流石にビビってくれるんじゃ無い?』
「あぁ、怖いッスもんねぇ」
そう言って笑う黄瀬に同じように琉梨も笑う
190を超える長身にあの顔だ、怖くないはずが無い
昔はもうちょっと無邪気で可愛げもあったのになぁ、何て心の中だけで付け足して
『まぁ、何とかしてみるよ』
そう言って笑う琉梨に何も言えないまま、いつも通りの時間が流れていく
*****
数日後
『琉梨さーん、ご飯出来ましたよー』
『…あぁ、うん、ごめん、ありがと琉帆』
『やっべ、琉梨が素直すぎて怖い、どうしよ青峰君』
「…だいじょーぶか」
『はは、峰くんにまで心配されちゃう程かー
だいじょーぶだよ』
本日休日
当たり前の様に茶月家、何なら琉梨の部屋に居る青峰
それに最早突っ込むことは止めているのか、こちらも当たり前の様に対応する
「…だいじょーぶって顔してねぇぞ、全く
ほらよ」
『…ん、ありがと』
力なくベッドに寝そべっていた琉梨に手を差し伸べ引き起こす
とそのまま横抱きに持ち上げ、部屋を後にしリビングへと向かっていく
対する琉梨も抵抗という抵抗もなく大人しくされるがまま
その顔には疲れが色濃く刻まれていて
『わぁ、青峰君いっけめん!惚れるわぁ―』
「うっせーぞ、琉帆
あとそれ冗談でも止めろ、今吉さんがこえーわ」
『てか青峰君、なんで琉梨にはそんな優しいの?ウチと扱いが全く違うんですけど!
ウチだと俵担ぎするクセに!』
「あ?琉梨とお前を一緒にしたら、シツレーだろ」
『ひっど!相変わらずひっど!』
2人の後ろからきゃんきゃん言いながらついてくる琉帆を軽くあしらう青峰
大人しく腕の中に居る琉梨は、面倒臭そうにしながらもどこか楽しげな青峰を見て、小さく笑う
『俵担ぎでもちゃんと運んでくれるんだ?』
「…うっせ、落とすぞ」
『やだ』
からかうように少し悪戯な笑みを浮かべた琉梨が、反撃、とでも言うかの様に言葉を落とす
対する青峰は、少々図星を指されたかのような顔をし琉梨に言い返すが、結局その手を放すことはせず
舌打ちだけ零して、琉梨を抱え直す
『…やっぱ最強は琉梨だわー』
なんて小さく呟いた琉帆は、階段が終わったことを確認し、青峰の後ろから飛びつく
それに対しびくともしない青峰は流石とも言える
もう少しウチにも優しくしろー、などと言いながらリビングに入り食事の準備
これまた当たり前の様に青峰の分まで準備されている状況に突っ込む者は誰も居ない
それでいいのか、女子高生たち
『で、ゆーきくんだっけか?そんなしつこいの?』
食事も終わったタイミングで琉帆が切り出す
青峰も興味なさそうな顔をしながらも立ち去らないところから話を聞く気はあるようだ
それに琉梨は苦笑を零し、疲れた顔のまま話し始める
『もうかなりね
しかも自信家で、顔はわんこに勝ってると思ってる』
『で実際は?』
『比較するのも失礼だよね』
『黄瀬ちん持ち上げない琉梨がそこまで言うなんてよっぽどだね』
「とんだ勘違い野郎だな」
『ホントにね』
実際学校での状況を見ていない2人であるが、滅多なことでは折れない琉梨の疲労っぷりに厄介なことになっているという認識だけはする
琉帆の言葉通り、黄瀬を滅多に褒めない琉梨がここまで言うのだ
相当に嫌気が差しているのは間違いない
『でもまぁ、黄瀬ちんに勝ってると思うなら、他のバスケ部員なんか敵じゃ無い、とか思ってそうだね』
『実際ユキ見て鼻で笑ったからね』
『…何だろう、会ったことも無い人なのに一瞬で嫌いになった
ムカつく』
「奇遇だな、俺もだ、潰すか?」
『発想が不良だよ、峰くん』
自分のことのように怒る2人に琉梨は苦笑し、口では宥めるが実際してもらえるなら助かるのだけれど、なんて思う
口にすると本気にしかねないので言わないが
たった数日で琉梨をここまで追いやる執着
珍しくメンタルをやられている琉梨に琉帆は内心首を傾げながら、よしよし、と頭を撫でる
『でもまぁ、転んでもただで起き上がる人間じゃ無いって事をそろそろ知らしめようかなぁ』
『あ、琉梨が本気でキレてる』
「琉梨って静かにキレる、一番怖いタイプだよな…」
『うん、赤司君と一緒』
もう私は十分待ってやった、と言わんばかりに反撃する気の琉梨に、2人はこそこそ、とそんなことを話していた
*****
「琉梨!今日こそ俺の女になれ!」
そして今日も今日とて朝からやってくる結城
毎日の光景になりつつあるやり取りだが、巻き込まれているクラスメイトたちもそろそろ辟易としてきている
琉梨を隠す様に周りを取り囲み、それぞれが苛立ちをぶつけるように結城に言い返す
そんな中、一番離れた位置で庇われるようにしていた琉梨はため息を吐き出し、疲れた顔を取り繕って立ち上がる
『結城くん』
静かなその声は、騒がしかった教室の中でもよく聞こえた
この事件が始まって以来、初めて琉梨が結城に対して言葉を投げかけた
『うち飾り物なんかじゃ無いんだ
俺にふさわしいとか言われても嬉しくないし、引き立て役になるつもりも無い
アクセサリーなんかじゃ無い
大体彼女にフラれた腹癒せにうちに迫ってくるのは止めてくれないかな、はっきり言って迷惑だから』
その情報は誰も知らなかったモノ
確かに結城には彼女がいたことは、殆どの人間が知っている
自分の方からフってやったのだと吹聴していたから、別れたと言う事も知っていた
けれど、立場が逆だったと言う事は誰も知らなかった
『流石に結城くんの立場もあるだろうから皆の前で言うつもりは無かったんだけど、あんまりにもしつこいから
うちはもう十分待ってあげたでしょう?
これ以上付き合う気も無いから、さっさと帰ってくれる?』
淡々と静かにそれだけ告げると琉梨は腰掛け、もう話は終わったとばかりに頬杖をついて視界から結城を追い出す
ざわざわと再び賑やかさを取り戻し始めた教室は、結城にとっては居心地の悪いモノで
突き刺さる冷ややかな視線から逃れるように、教室から走り去った
「琉梨、お前ほんっと強かな女だな…」
「どこからその情報引っ張ってくるの…」
「実際に結城逃げたって事は、事実ってことだよね」
『あんまりうちの情報網甘く見ない方が良いよ?』
「さっすがこのクラスの作戦参謀」
『そんなモノになったつもりは無いのだけれど』
わいわい、と琉梨を囲む女子生徒たちに穏やかに微笑む
逆にその笑みが怖いわ、何て楽しそうなその空間
しかし、見る者によっては分かる、まだ何か懸念している様なその表情
「琉梨ちゃん…?」
「どうしたんスかね?」
それに気付いた2人は、顔を見合わせて首を傾げた
*****
「…唯歌ちゃん」
「…はい」
「何か琉梨が怖いんですけど…!俺なんかしたかな!?」
「いえ、何もしてないです」
その日の部活
体育館にあまり顔を出すことが無い琉梨だが、その日に限り頻繁に体育館を訪れていた
しかし、纏う空気は刺々しい
森山が言うように、少し怖いとも感じられるほどピリピリとした雰囲気
「…何かあるのか?」
『…何かありましたか?』
「?いや、特には…」
『そう』
その様子を心配した笠松が尋ねたが、逆に質問を返され求める返答は得られなかった
琉梨は険しい顔つきのまま辺りをくるり、と見渡すと何事も無かったかのように自身の仕事へと戻って行く
いつも通り仕事に抜けは無い、けれどいつも通りでは無い琉梨の様子
首を傾げている内に、その日の部活は終了していた
「…琉梨ちゃん」
『顔怖いよ、唯歌』
「琉梨ちゃんが説明ちゃんとしてくれないからでしょ!」
『うん、まぁそうだよね、ごめん』
「謝る前に説明!」
片付けも終わり更衣室に向かう2人
普段おっとりしている唯歌が厳しい顔で琉梨の前に立ち塞がる
そう言われるだけの事はしている自覚がある琉梨は苦笑しながらも取り敢えず先を急ごうと唯歌に手を伸ばし
そして唯歌の背後にある人影に気付いた
『!唯…!』
「え…?きゃあ!」
『やっぱり来たね、結城くん…!』
背後の人影の正体は結城
それに気付いた琉梨は唯歌を突き飛ばし庇い、そのまま伸びてきた手は琉梨の首へ向かう
咄嗟にその手を取って避けた琉梨ではあるが、男女の力の差は歴然
バランスを崩し尻餅をつく
唯歌はその状況を見て人手、男手が必要だと判断し咄嗟に身を翻し男子更衣室の方へと向かっていく
それに気付いた琉梨は、ギラギラと血走った目でこちらを睨みつける結城に集中することにした
『プライド、たっかいもんねぇ…!』
「何で知ってる、俺がフラれたこと…!
誰にも話してない、腹癒せだと勝手に決めつけて、よくも俺に恥をかかせてくれたな…!」
『事実、でしょうが、よ…!』
体重をかけるように力を加え自身に伸びてくる手を、何とかこれ以上近付かないように、と必死に力を加える
ギリギリ、という音が聞こえそうなほど
結城の腕を掴む琉梨の手は、真っ白、と言ってもいいほどになっていた
「何で俺が…!俺はアイツを本気で好きだったのに…!」
『自分に引きつけて、おくだけのっ…、魅力が、無か、た、だけでしょうがっ…!』
「うるさいっ!」
『っ、いった…!』
遂に均衡が崩れ、琉梨の体が倒れ込む
けれどそれと同時に助けを呼びに行った唯歌が戻って来て、一緒に来ていた黄瀬が、結城を羽交い締めにする
すかさず唯歌が琉梨に駆け寄り助け起こすと、距離を取るように数歩下がる
遅れてやって来た笠松たちも、結城を抑えるのを手伝い、笠松は琉梨の元へと向かう
「…琉梨」
『お説教は後で聞きます』
へらり、といつものように笑うと、琉梨は暴れて抑えつけられている結城をしっかり見遣る
距離はあるが少し声を張れば届く距離
『結城くん、悪いけどうち黄瀬とは付き合って無いよ
だからうちを手に入れたところで黄瀬への復讐になったりしない
情報不足だったね、もう少し冷静になるべきだ』
「…付き合って、ない?」
『あのね、知らないようだから教えてあげる
黄瀬のこと好きになったから別れよう
これ、今じゃ海常の女子の中でお決まりの常套句みたいなんだよね
別れたくなった、でもそれらしい理由が無い
なら、黄瀬に惚れたということにしよう
ホントに黄瀬に惚れて別れる子もいるからね、ちょうどよかったんでしょ』
静かに告げられる真実
その言葉を理解すると共に、結城の体から力が抜けていく
それに気付いた黄瀬が腕を緩めると、力なく地面に座り込む結城の姿
哀れという言葉がよく似合う、そんな姿
『君が彼女を上手に愛せなかったその責任をうちや黄瀬に押しつけないで
彼女にその言葉を言わせてしまったのは誰なのか、よく考えて
そう言う事だからもううち等に関わらないでね』
それだけ言うと琉梨はもう興味が失せたかのように結城から視線を外す
あんぐり、と口を開けた笠松たちを見遣って苦笑
こんな展開、きっと誰も予想していなかったことだろう
『巻き込んですみません、今度こそちゃんと説明しますね』
「あぁ、うん、そうしてくれると助かる…」
流石に結城本人が居る前で話すわけにも行かない、と体育館へ逆戻りするメンバー
琉梨たちは着替えを済ませて居ないので先に済ませ、遅れて合流する
その頃には、結城の姿はもう無かった
「…えーとつまり?
結城君は彼女にフラれました
その理由が“黄瀬君のこと好きになっちゃったから”
プライドの高い結城君はそれを許せなくて?黄瀬君の彼女を琉梨ちゃんだと勘違いしたあげく、彼女を奪って吠え面かかせてやろうとムキになっていた、と」
「でも彼女の言った“黄瀬を好きになった”は、別れるための体のいい常套句で?
ただ結城と別れたいが為に使われた噓だった、と」
『パーフェクトです』
体育館に戻り事情を説明した琉梨に最終確認を取るように唯歌と森山が簡潔に内容を纏める
それに対し琉梨は真顔で頷き肯定する
「じゃああの迫り方は何だったんスか…!」
『さぁ?彼自分から女に言い寄るタイプじゃないし、どうすればいいか分かんなかったんじゃ無いの?
自信家でプライド高いから、女は勝手に自分に寄ってくるとか思ってそうだし』
「てゆーか本人に聞いたわけじゃ無いのにその情報量はなに…!」
『彼女さんからは軽く聞きましたけどねぇ、見てれば分かる分かりやすいタイプの人間だったモノで
だからあのまま引き下がるわけ無い、と警戒していた訳です』
「それであんなにピリピリしてた訳だ」
小堀のその言葉に、こくん、と肯定し頷く
納得したような、納得したくないような、そんな微妙な顔をする周り
取り敢えず一件落着、とはならない人もそこには居て
「…琉梨」
『はい』
「…お前はどうしてそう」
『…うん、ごめんなさい』
険しい顔をした笠松が、いつもより僅かに低い声で琉梨に話しかける
対する琉梨も言わんとすることは分かっている、とでも言うような顔でそれを受け止める
そんな琉梨の様子にため息を吐いた笠松は、黄瀬へと視線をやり、そして
「黄瀬、今日はコイツ連れて帰るから妹に連絡しておけ」
「…ッス」
「…帰るぞ」
『…うん
じゃあ、お先に失礼します、巻き込んでしまってすみませんでした』
といつもと変わらない、けれど少しばかり沈んだ様子で声をかけ、頭を下げる
と、先を歩いて行く笠松の後を追い、小走りで駆けていった
「…笠松先輩、めっちゃ怒ってたッスね」
「うん…、でも、琉梨ちゃんも悪い
もっと頼ってくれたっていいのに、ちゃんと教えてくれてたら防げてたかもしれないのに」
「そうだなぁ、琉梨ちゃんはいつも1人で抱え込んでしまうから」
「何がそこまで琉梨ちゃんを“そう”させてるのかねぇ…」
もう見えなくなってしまった背中
気が付けばいつも1人で全てのことを終わらせてしまっていて、それが当たり前の様に振る舞う
頼ってよ、といくらこっちが言ってもありがとう、と笑って受け流す
なんて事無かったよ、とでも言わんばかりの顔でもう終わったよ、と笑う
あぁ、ほんとどうして
「…琉梨ちゃんのばか」
小さく呟いた妹に、苦笑を零して頭を撫でた
あと一歩が伝わらない
(ねぇどうして、逃げていくの?)