手を伸ばしかけて躊躇って
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side.K
昼休憩の体育館
笠松先輩を中心に騒ぐ先輩達を、どこか冷めた気持ちで眺めていた
…あぁ、遂に
遂に、来てしまったみたいだ
いろいろ先延ばしにしてきた、この気持ちに終止符を打つ日が、来てしまった
思ったより、冷静で居るみたいだな、俺
あぁ、考えたくないだけかもしれない
目を瞑って、大きく息を吐き出す
俺も、心を決めなくちゃいけない
大丈夫だ、笠松先輩はいい人だから
ちゃんと、幸せになる
守ってくれるだろう、琉梨っちを
目を開けて、ポケットから携帯を取り出す
メール作成画面を開いて、文字を打ち込んでいく
あぁ、なんだか上手く指が動かない
それでもいつも通りの、軽い口調で
きっと何もかもお見通しなんだろうけど
でも、今は精一杯強がらせて
送信完了しました、の文字を見て、携帯を再びポケットにしまい込む
これでもう、後戻りは出来ない
すぐに震えた携帯に、気付かないフリをした
*****
『おぉ、懐かしいねこの公園』
「そうッスね
中学ん時はよく、部活終わりにここで駄弁ってたッスねー」
『主に琉帆が先導してね』
部活後
お互い東京に帰るので、同じ電車に乗り込んで
そのままの足で、都内にあるとある公園へと赴いていた
中学時代、よく寄り道をした公園
コンビニで買ったアイスやらお菓子やらを食べながら駄弁った公園
馴染みある場所だから、この時間に人が居ないことは分かっている
だから選んだ
あぁ、ホントに、やりにくい
全て分かっているであろう相手に、改めて告白するなんて
切り出し方が、分からない
決意が鈍らないように、と直ぐさま行動に移したことが裏目に出た
あぁ、だから俺は馬鹿だって言われるんスよ
『…わんこ』
「なんスか?」
『コンビニ行こー、喉渇いちゃった』
「…そうッスね」
あぁ、これだから
これだから琉梨っちはやりにくいんスよ
時間の猶予なんて与えないで、いっそ
琉梨っちがその手で、トドメを刺してくれたらいいのに
なんて、情けない考え
一瞬頭に浮かんだその考えを振り切るように頭を振った
「ついでにアイスもどうッスか?奢るッス」
『ホント?らっき』
あぁ、ホント
どうしようも無いくらい、緊張してる
いつも通り笑うので精一杯だ
何とかいつも通りを装ってコンビニへ
真っ先に飲み物をさらって、アイスを選びにコーナーへとなれた歩調
『んー、じゃあうちこれ』
「琉梨っちそれ好きッスよねー」
『まぁね、
お気に入りはずっと買い続けるかなー、うちは』
「あぁ、確かに
琉梨っちって、いつも同じの買ってるイメージッス」
『飽きないんだからいいじゃーん
ほら、早くしないと溶けちゃうよ』
隣でいつも通り笑う琉梨っちに安堵する
琉梨っちまで変に緊張していたら、きっと言えないから
レジで会計を終えて、買ったものを渡す
受け取った琉梨っちは、飲みのもを口に含んだ後、アイスのパッケージを開ける
ゆったりとした足取りで公園に向かうけど、あっという間に辿り着く
そのまま琉梨っちはベンチなんかじゃ無くて、ブランコへ一直線
そういや、琉梨っちはいつもブランコに座ってたッスね
俺はその前の柵に軽く腰掛ける
あぁ、ここに琉帆っちと青峰っちが居たら、完璧中学時代と同じだ
琉帆っちもブランコに乗って、思いっきり漕ぐ
その上青峰っちが後ろから押すから、もう一周しちゃうんじゃ無いかってくらい凄いことになって
そんなどうでもいいことを思い出していると、琉梨っちと目が合った
…あぁ、ホント敵わない
「ねぇ、琉梨っち」
『なーに』
「俺、琉梨っちに言っとかなきゃいけないこと、あるんスよ」
『ほう?』
最後の最後まで、知らないフリを貫いてくれるんスね
食べ終わったアイスの棒を、ビニール袋に突っ込んで
一歩、踏み出す
「あのね、琉梨っち」
『うん』
「…俺、ずっと琉梨っちのこと、好きだったんスよ」
ザァッ
強い風が吹いて、琉梨っちの長い髪を巻き上げる
一瞬見えなくなる琉梨っちの顔
ガサガサ五月蠅いビニール袋
中には“ハズレ”のアイスの棒
風に靡く長い髪を、一房手にとって、軽く握り混む
風が止んで、音が消える
真っ直ぐに俺を貫く瞳から、目を逸らしたくて仕方ない
『……うん、知ってたよ』
そう言った琉梨っちは、何と表現したらいいか分からない
そんな表情をしていた
「…やっぱ、そうッスよねー」
くしゃり
前髪を乱雑に掴んで、片手で顔を隠す
ついでにしゃがみ込んで、俯くように首の力を抜く
あぁ、なんだか泣きそうだ
「好きだったんスよ、ホントに」
『…うん』
「笠松先輩と張り合えるくらい、負けないくらい、好きだったッス」
『うん』
「ホントは、誰にも渡したくない」
『…うん』
俺の言葉一つひとつに、優しく相槌を打って聞いてくれる
琉梨っちがどんな顔しているか、そんなのは見ることは出来ないけど
「でも、琉梨っちのこと好きだって思ったときに、気付いたんスよ」
『…何に?』
「琉梨っちの気持ちが俺に向くことは、絶対に無いってこと」
好きになった途端、失恋を確信した
あれは、結構苦しかった
「琉梨っちのことを、ちゃんと知ってから好きになったから、分かったんスよ」
『…そっか』
「もー、俺情けないッス」
カシャン
小さな音がして、張っていた髪が緩む
近くに、随分と馴れてしまった香り
『…情けなくなんか無いよ』
少し震えた声だった
凛とした、あの真っ直ぐな声じゃ無い、震えた声
らしくない、琉梨っちの声
『ごめんね、りょーた
ずっと、傷つけてたね』
「いーッスよ、琉梨っちは何も悪くない」
『…りょーたの気持ちに気付いた時に、うちも悩んだんだよ
離れた方がいいのかな、って』
一体いつ頃気付いたんスか
でもその言い方じゃあ、俺が自覚した時なんだろ
ホント、琉梨っちに隠し事なんて出来ないッスね
『でも、それはりょーたが望んだことじゃないと思って
傷つけると分かっていて、今まで通りを貫いてきた』
正解ッスよ、それ
俺は彼氏になれなくても傍に居たくて、告げなかったんスから
ただの臆病者
関係が終わることに怯えて、何もしないことを選んだ
『…ありがと、りょーた
ずっと、好きで居てくれて』
あぁ、なんで
この人はあっさりと、落ちていく気持ちを掬い上げていく
悪意に馴れていた琉梨っちは、好意が苦手なのだと言っていた
同時に、悪意を向けられ続けているときは、好意が支えになるとも
『真っ直ぐに想い続けてくれて、ありがとう』
ふわり
優しいぬくもりが、頬から伝わる
目尻を優しくなぞる細い指に、自分が泣いている事を自覚した
あぁ、ホント情けない
『…りょーた』
「なんスか」
『無理に過去形に、しなくていいんだよ』
「…何なんスか、もう」
どうせフるなら、優しく何てしないで欲しいッス
これで俺が諦めきれなかったら、全部琉梨っちのせいなんスから
なんて、子供じみた責任転嫁
『ごめんね、りょーた
今から、凄く意地悪なこと言う』
「…琉梨っちはいつも意地悪ッスよ」
『そっか』
掌が頬を包む
何度も何度も、細い指が目尻を往復する
口では意地悪なことを言うクセに、その行動は優しすぎる
一瞬目を逸らした琉梨っちは、正面から俺の目を見据えて口を開く
『中学の頃、うちをホントの意味で理解してくれる“友達”は、りょーただけだったよ』
優しい刃が、胸を抉る
今、言外に、しっかりと告げられた“ごめんなさい”
あぁ、ホント意地悪ッスね
特別だと告げるクセに、その特別は俺とは違うのだと
そうやって、突き放す
あぁ、でもこれで漸く
俺の恋心に終止符を打つことが、出来たのだ
ズルズルと諦めきれなくて
万が一の可能性に賭けて、想いを告げずに居た
浮ついた噂が一切無い琉梨っちを口では心配しつつ、ホントは安心していた
そんな、狡い男は琉梨っちには見合わない
万が一の可能性は、やはり現実になることはないらしい
「…これで、最後にするッス」
『…うん』
別に“友達”を止めるわけじゃない
琉梨っちの優しさに縋り付くように抱き締めるのは、触れるのは、これっきりだ
髪から手を離して、細い体を抱き込む
「…好きッス、今だって」
『…うん』
「性格も癖も好みも、絶対笠松先輩より把握してる」
『…そうだね』
「でも琉梨っちにとって“付き合う”ってそう言う事じゃ無いことも、知ってる」
背中に回された手がゆるゆると、背を撫でる
抱き締め返す事をしないのは、琉梨っちの誠意の表し方
いつだって、琉梨っちが抱き締め返す事はなかった
それが答えだと、知っていたのに
「…何で、笠松先輩なんスか」
『うん?』
「他の男だったら、無理矢理にでも奪うのに」
そこら辺の、下らない男に心惹かれる事なんて、無いんだろうけど
でも、もし仮に、そうだったとして
そうだったなら俺は、何も考えずに奪いにいけるのに
笠松先輩は、いい人だ
それは俺も身を以て実感している
無器用で、でも真っ直ぐで
素直じゃ無い琉梨っちを、丸ごと包み込めるような懐の広さがあるから
それを、知っているから
きっとあの人は、琉梨っちを泣かせるようなことはしない
傷つけるようなことはしない
宝物みたいに、大事に大事に、してくれるだろう
それが、分かっているから
お似合いだと思う
お互い大人で、自分の意見しっかり持っているけど、それを押し通そうとしない
意見がぶつかっても、それさえも受け入れる
泣きたいときは傍に居てくれるだろうし、気付いてあげられる
文句の付けようが無い
心配な点があるとしたら、女心が分かっていない所くらいであるが
そんなこと、琉梨っちはきっと気にしない
笑って、それも笠松先輩らしさだと受け入れる
ほら、やっぱりお似合いなんだ
「俺だって、好きなのに…!」
そう思って居ても、割り切れるものでは無い
クラスの奴等が騒いでいるような、軽い気持ちなんかじゃない
俺だって本気で、琉梨っちが好きなのに
あぁ、でも
琉梨っちの好きと、俺の好きは、根本的なものが違う
好きなだけじゃ、駄目なのだ
『…ありがとう』
震えた声が耳を掠める
その短い言葉に籠められた意味が、分かってしまうから
細くて小さい体を抱き締めて、嗚咽を噛み殺すしかなかった
*****
『…落ち着いた?』
「ん…、でも今は顔、見ないで欲しいッス」
『ん』
キィキィ、とブランコを小さく揺らす琉梨っちの横のブランコに座る
視線をこちらに寄越すこと無く、小さくゆっくりと揺らす
フる方も辛いと言う事を、俺は知っている
その存在が近しい人であればあるほど、辛いと言う事を
けど、諦めるには、祝福するためには
けじめを付ける必要があったから
『りょーた』
「なんスか」
『…ん、何でも無い』
視線は真っ直ぐ
声も、もう震えていない
琉梨っちはいつも通り、強く振る舞う
そうやって取り繕うことが、得意だから
そんなことを分かっているのに、知っているのに
どうして俺じゃ駄目なんだろう、なんてそんな未練がましいことを考えてしまう
「琉梨っち」
『んー?』
「…なんか、ごめん」
『なんでりょーたが謝るの』
「琉梨っちが、責めないから」
琉梨っちは、俺を傷つけてきたと言うが、それはお互い様だ
振り向くことは無いと分かっていながらも、追い続けていたのは俺で
失恋は確定していのだから、そこで断ち切れば良かったのに
でも、追い続けてしまった
1%にも満たない可能性に、縋って
琉梨っちに好きな人が出来たら、伝えると決めていた
好きな人の為に、好きな人を諦めるとか、そんな格好いいこと
俺にもできるんスよ
「琉梨っち」
『ん?』
「そろそろ、帰ろ」
『…ん』
カシャン
虚しく響く、鎖の音
これで全て終わる、終わらせる
「琉梨っち」
『うん?』
「…おめでとうッス!」
笑って、言えただろうか
目はまだ、じんわりと熱を持っているのだけれど
泣いた後だから、酷い顔だろうな
モデルなのに、決まらない
最後くらいビシッと格好良く、決めたかったッスけど
『…ありがとう』
目を見開いていた琉梨っちが、柔らかく笑う
切なさとか、申し訳なさとか、全部押し込んで
ふわり、と可愛らしく笑った
今更ながらに愛を語って
(もっと早く告げていたって、遅く告げたって、結局結果は変わらない)
昼休憩の体育館
笠松先輩を中心に騒ぐ先輩達を、どこか冷めた気持ちで眺めていた
…あぁ、遂に
遂に、来てしまったみたいだ
いろいろ先延ばしにしてきた、この気持ちに終止符を打つ日が、来てしまった
思ったより、冷静で居るみたいだな、俺
あぁ、考えたくないだけかもしれない
目を瞑って、大きく息を吐き出す
俺も、心を決めなくちゃいけない
大丈夫だ、笠松先輩はいい人だから
ちゃんと、幸せになる
守ってくれるだろう、琉梨っちを
目を開けて、ポケットから携帯を取り出す
メール作成画面を開いて、文字を打ち込んでいく
あぁ、なんだか上手く指が動かない
それでもいつも通りの、軽い口調で
きっと何もかもお見通しなんだろうけど
でも、今は精一杯強がらせて
送信完了しました、の文字を見て、携帯を再びポケットにしまい込む
これでもう、後戻りは出来ない
すぐに震えた携帯に、気付かないフリをした
*****
『おぉ、懐かしいねこの公園』
「そうッスね
中学ん時はよく、部活終わりにここで駄弁ってたッスねー」
『主に琉帆が先導してね』
部活後
お互い東京に帰るので、同じ電車に乗り込んで
そのままの足で、都内にあるとある公園へと赴いていた
中学時代、よく寄り道をした公園
コンビニで買ったアイスやらお菓子やらを食べながら駄弁った公園
馴染みある場所だから、この時間に人が居ないことは分かっている
だから選んだ
あぁ、ホントに、やりにくい
全て分かっているであろう相手に、改めて告白するなんて
切り出し方が、分からない
決意が鈍らないように、と直ぐさま行動に移したことが裏目に出た
あぁ、だから俺は馬鹿だって言われるんスよ
『…わんこ』
「なんスか?」
『コンビニ行こー、喉渇いちゃった』
「…そうッスね」
あぁ、これだから
これだから琉梨っちはやりにくいんスよ
時間の猶予なんて与えないで、いっそ
琉梨っちがその手で、トドメを刺してくれたらいいのに
なんて、情けない考え
一瞬頭に浮かんだその考えを振り切るように頭を振った
「ついでにアイスもどうッスか?奢るッス」
『ホント?らっき』
あぁ、ホント
どうしようも無いくらい、緊張してる
いつも通り笑うので精一杯だ
何とかいつも通りを装ってコンビニへ
真っ先に飲み物をさらって、アイスを選びにコーナーへとなれた歩調
『んー、じゃあうちこれ』
「琉梨っちそれ好きッスよねー」
『まぁね、
お気に入りはずっと買い続けるかなー、うちは』
「あぁ、確かに
琉梨っちって、いつも同じの買ってるイメージッス」
『飽きないんだからいいじゃーん
ほら、早くしないと溶けちゃうよ』
隣でいつも通り笑う琉梨っちに安堵する
琉梨っちまで変に緊張していたら、きっと言えないから
レジで会計を終えて、買ったものを渡す
受け取った琉梨っちは、飲みのもを口に含んだ後、アイスのパッケージを開ける
ゆったりとした足取りで公園に向かうけど、あっという間に辿り着く
そのまま琉梨っちはベンチなんかじゃ無くて、ブランコへ一直線
そういや、琉梨っちはいつもブランコに座ってたッスね
俺はその前の柵に軽く腰掛ける
あぁ、ここに琉帆っちと青峰っちが居たら、完璧中学時代と同じだ
琉帆っちもブランコに乗って、思いっきり漕ぐ
その上青峰っちが後ろから押すから、もう一周しちゃうんじゃ無いかってくらい凄いことになって
そんなどうでもいいことを思い出していると、琉梨っちと目が合った
…あぁ、ホント敵わない
「ねぇ、琉梨っち」
『なーに』
「俺、琉梨っちに言っとかなきゃいけないこと、あるんスよ」
『ほう?』
最後の最後まで、知らないフリを貫いてくれるんスね
食べ終わったアイスの棒を、ビニール袋に突っ込んで
一歩、踏み出す
「あのね、琉梨っち」
『うん』
「…俺、ずっと琉梨っちのこと、好きだったんスよ」
ザァッ
強い風が吹いて、琉梨っちの長い髪を巻き上げる
一瞬見えなくなる琉梨っちの顔
ガサガサ五月蠅いビニール袋
中には“ハズレ”のアイスの棒
風に靡く長い髪を、一房手にとって、軽く握り混む
風が止んで、音が消える
真っ直ぐに俺を貫く瞳から、目を逸らしたくて仕方ない
『……うん、知ってたよ』
そう言った琉梨っちは、何と表現したらいいか分からない
そんな表情をしていた
「…やっぱ、そうッスよねー」
くしゃり
前髪を乱雑に掴んで、片手で顔を隠す
ついでにしゃがみ込んで、俯くように首の力を抜く
あぁ、なんだか泣きそうだ
「好きだったんスよ、ホントに」
『…うん』
「笠松先輩と張り合えるくらい、負けないくらい、好きだったッス」
『うん』
「ホントは、誰にも渡したくない」
『…うん』
俺の言葉一つひとつに、優しく相槌を打って聞いてくれる
琉梨っちがどんな顔しているか、そんなのは見ることは出来ないけど
「でも、琉梨っちのこと好きだって思ったときに、気付いたんスよ」
『…何に?』
「琉梨っちの気持ちが俺に向くことは、絶対に無いってこと」
好きになった途端、失恋を確信した
あれは、結構苦しかった
「琉梨っちのことを、ちゃんと知ってから好きになったから、分かったんスよ」
『…そっか』
「もー、俺情けないッス」
カシャン
小さな音がして、張っていた髪が緩む
近くに、随分と馴れてしまった香り
『…情けなくなんか無いよ』
少し震えた声だった
凛とした、あの真っ直ぐな声じゃ無い、震えた声
らしくない、琉梨っちの声
『ごめんね、りょーた
ずっと、傷つけてたね』
「いーッスよ、琉梨っちは何も悪くない」
『…りょーたの気持ちに気付いた時に、うちも悩んだんだよ
離れた方がいいのかな、って』
一体いつ頃気付いたんスか
でもその言い方じゃあ、俺が自覚した時なんだろ
ホント、琉梨っちに隠し事なんて出来ないッスね
『でも、それはりょーたが望んだことじゃないと思って
傷つけると分かっていて、今まで通りを貫いてきた』
正解ッスよ、それ
俺は彼氏になれなくても傍に居たくて、告げなかったんスから
ただの臆病者
関係が終わることに怯えて、何もしないことを選んだ
『…ありがと、りょーた
ずっと、好きで居てくれて』
あぁ、なんで
この人はあっさりと、落ちていく気持ちを掬い上げていく
悪意に馴れていた琉梨っちは、好意が苦手なのだと言っていた
同時に、悪意を向けられ続けているときは、好意が支えになるとも
『真っ直ぐに想い続けてくれて、ありがとう』
ふわり
優しいぬくもりが、頬から伝わる
目尻を優しくなぞる細い指に、自分が泣いている事を自覚した
あぁ、ホント情けない
『…りょーた』
「なんスか」
『無理に過去形に、しなくていいんだよ』
「…何なんスか、もう」
どうせフるなら、優しく何てしないで欲しいッス
これで俺が諦めきれなかったら、全部琉梨っちのせいなんスから
なんて、子供じみた責任転嫁
『ごめんね、りょーた
今から、凄く意地悪なこと言う』
「…琉梨っちはいつも意地悪ッスよ」
『そっか』
掌が頬を包む
何度も何度も、細い指が目尻を往復する
口では意地悪なことを言うクセに、その行動は優しすぎる
一瞬目を逸らした琉梨っちは、正面から俺の目を見据えて口を開く
『中学の頃、うちをホントの意味で理解してくれる“友達”は、りょーただけだったよ』
優しい刃が、胸を抉る
今、言外に、しっかりと告げられた“ごめんなさい”
あぁ、ホント意地悪ッスね
特別だと告げるクセに、その特別は俺とは違うのだと
そうやって、突き放す
あぁ、でもこれで漸く
俺の恋心に終止符を打つことが、出来たのだ
ズルズルと諦めきれなくて
万が一の可能性に賭けて、想いを告げずに居た
浮ついた噂が一切無い琉梨っちを口では心配しつつ、ホントは安心していた
そんな、狡い男は琉梨っちには見合わない
万が一の可能性は、やはり現実になることはないらしい
「…これで、最後にするッス」
『…うん』
別に“友達”を止めるわけじゃない
琉梨っちの優しさに縋り付くように抱き締めるのは、触れるのは、これっきりだ
髪から手を離して、細い体を抱き込む
「…好きッス、今だって」
『…うん』
「性格も癖も好みも、絶対笠松先輩より把握してる」
『…そうだね』
「でも琉梨っちにとって“付き合う”ってそう言う事じゃ無いことも、知ってる」
背中に回された手がゆるゆると、背を撫でる
抱き締め返す事をしないのは、琉梨っちの誠意の表し方
いつだって、琉梨っちが抱き締め返す事はなかった
それが答えだと、知っていたのに
「…何で、笠松先輩なんスか」
『うん?』
「他の男だったら、無理矢理にでも奪うのに」
そこら辺の、下らない男に心惹かれる事なんて、無いんだろうけど
でも、もし仮に、そうだったとして
そうだったなら俺は、何も考えずに奪いにいけるのに
笠松先輩は、いい人だ
それは俺も身を以て実感している
無器用で、でも真っ直ぐで
素直じゃ無い琉梨っちを、丸ごと包み込めるような懐の広さがあるから
それを、知っているから
きっとあの人は、琉梨っちを泣かせるようなことはしない
傷つけるようなことはしない
宝物みたいに、大事に大事に、してくれるだろう
それが、分かっているから
お似合いだと思う
お互い大人で、自分の意見しっかり持っているけど、それを押し通そうとしない
意見がぶつかっても、それさえも受け入れる
泣きたいときは傍に居てくれるだろうし、気付いてあげられる
文句の付けようが無い
心配な点があるとしたら、女心が分かっていない所くらいであるが
そんなこと、琉梨っちはきっと気にしない
笑って、それも笠松先輩らしさだと受け入れる
ほら、やっぱりお似合いなんだ
「俺だって、好きなのに…!」
そう思って居ても、割り切れるものでは無い
クラスの奴等が騒いでいるような、軽い気持ちなんかじゃない
俺だって本気で、琉梨っちが好きなのに
あぁ、でも
琉梨っちの好きと、俺の好きは、根本的なものが違う
好きなだけじゃ、駄目なのだ
『…ありがとう』
震えた声が耳を掠める
その短い言葉に籠められた意味が、分かってしまうから
細くて小さい体を抱き締めて、嗚咽を噛み殺すしかなかった
*****
『…落ち着いた?』
「ん…、でも今は顔、見ないで欲しいッス」
『ん』
キィキィ、とブランコを小さく揺らす琉梨っちの横のブランコに座る
視線をこちらに寄越すこと無く、小さくゆっくりと揺らす
フる方も辛いと言う事を、俺は知っている
その存在が近しい人であればあるほど、辛いと言う事を
けど、諦めるには、祝福するためには
けじめを付ける必要があったから
『りょーた』
「なんスか」
『…ん、何でも無い』
視線は真っ直ぐ
声も、もう震えていない
琉梨っちはいつも通り、強く振る舞う
そうやって取り繕うことが、得意だから
そんなことを分かっているのに、知っているのに
どうして俺じゃ駄目なんだろう、なんてそんな未練がましいことを考えてしまう
「琉梨っち」
『んー?』
「…なんか、ごめん」
『なんでりょーたが謝るの』
「琉梨っちが、責めないから」
琉梨っちは、俺を傷つけてきたと言うが、それはお互い様だ
振り向くことは無いと分かっていながらも、追い続けていたのは俺で
失恋は確定していのだから、そこで断ち切れば良かったのに
でも、追い続けてしまった
1%にも満たない可能性に、縋って
琉梨っちに好きな人が出来たら、伝えると決めていた
好きな人の為に、好きな人を諦めるとか、そんな格好いいこと
俺にもできるんスよ
「琉梨っち」
『ん?』
「そろそろ、帰ろ」
『…ん』
カシャン
虚しく響く、鎖の音
これで全て終わる、終わらせる
「琉梨っち」
『うん?』
「…おめでとうッス!」
笑って、言えただろうか
目はまだ、じんわりと熱を持っているのだけれど
泣いた後だから、酷い顔だろうな
モデルなのに、決まらない
最後くらいビシッと格好良く、決めたかったッスけど
『…ありがとう』
目を見開いていた琉梨っちが、柔らかく笑う
切なさとか、申し訳なさとか、全部押し込んで
ふわり、と可愛らしく笑った
今更ながらに愛を語って
(もっと早く告げていたって、遅く告げたって、結局結果は変わらない)