手を伸ばしかけて躊躇って
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『やっぱおっきー…
中学もなかなかだったけど、高校は更にデカいかも?』
桜舞う4月某日
1人の女子生徒が、海常高校の門を括った
きっちりと着こなされた制服
真っ直ぐ伸びる長い茶髪
涼やかな瞳には、わずかな好奇心
『あいつとは初めて違う学校になったけど…
やらかしてないと良いけどなぁ』
小さな苦笑を洩らして、雑踏の中に消えていった
*****
『(五月蠅いなぁ…)』
入学式を終え、HRが始まるまでのわずかな空き時間
きゃあきゃあ、と黄色い声を上げる女子生徒を、冷たい目で見やる者が1人
「…すっごい怖い顔してるよ?」
『五月蠅いの嫌いなんだよねぇ』
「でも琉梨ちゃん、中学一緒って言ってなかったっけ?」
『一緒だけど…、同じクラスになったことは無かったからねぇ』
「あぁ、なるほどそう言う事ね
一緒になって初めて分かる騒がしさ、と言う奴
でも、黄瀬君だから仕方ない、とも思えちゃうかな」
『わんこのクセに』
「琉梨ちゃん、それ絶対ファンの子の前で言っちゃ駄目だよ?」
『分かってる、うちもまだ命は惜しい』
頬杖をついたまま琉梨、茶月琉梨は冗談めかしてそう返答した後、騒音の根源を横目で見やって大きな溜息を吐き出した
目の前に座る少女、小堀唯歌はその様子に、小さく苦笑を返した
高校で知り合った2人
先程の入学式を経て、一緒にわずかばかりであるが共に過ごし息が合ったよう
騒ぐ女子達から離れるように教室の隅で穏やか、とは言い難いがそれなりに会話を交わし過ごしていた
『これからの1年この調子なのか…』
「ファイトだよ、琉梨ちゃん」
『ありがと、唯歌』
琉梨は唯歌に弱々しい笑みを送り、声援に応える
それを受けた少女は、小さな笑みを浮かべた
「ねぇ、琉梨ちゃん
部活とかってもう決めてる?」
話題転換、とばかりに新入生らしい話題を持ちかける
唯歌の意図に気付いた琉梨も、先程の怠そうなポーズを解いてその話に乗る
『んー、中学もそうだったからバスケ部のマネージャーやろうかなって思ってるけど
テニスも好きなんだけど、最近喘息がちょっとね
唯歌こそどうなの?』
「え?喘息って大丈夫なの?」
『激しい運動しなきゃ問題ないよ
排気ガスとか、寒気…、冷たい空気が苦手だなぁ
あと埃』
肩を竦めやれやれ、とでも言いたげな様子で唯歌に答える
それを受けた唯歌も、安心したように破顔する
「よかった
私も兄さんがこの学校のバスケ部で、その影響で詳しくなっちゃって
だからバスケ部かなぁ、運動音痴だから私は出来ないし」
『あら、一緒
運動音痴とはまた可愛らしいことで』
「可愛くないよ、鈍臭いだけで」
『女の子はそれくらいが可愛いよ
んじゃ、今日一緒に見学行かない?』
「え、いいの?」
『(あ、流した)
良いも何も一緒なんだし、行こうよ』
「ありがとう」
にこにこ、と笑う唯歌に先程の心の声は飲み込んだ
そしてその笑みに呼応するように笑い返す
スッと目線を流すと教室に入ってくる担任(になるであろう)教師の姿を捉えた
その目線の流れに気付いた唯歌も、琉梨の視線の先を追って、前を向く
特に言葉が交わされること無く、いったんお開き
気が付けば黄色い声も止んでいた
「よーし、HR始めるぞー」
担任の少し怠そうな低めの声が響いて新生活が始まる
*****
『………』
「琉梨ちゃん、落ち着いて…
折角の美人が凄いことになってるよ」
『大丈夫、落ち着いてるよ
今すぐこのギャラリーを蹴散らしたい気分だけど、うちの理性が頑張ってくれてるから』
「う、うん、そのまま頑張って…!」
真顔で言い切った琉梨に唯歌は引きつった笑みで声援を飛ばした
放課後
約束通り体育館へ向かった2人
目的の場所に辿り着いたは良いものの、女子生徒で溢れかえったその場所
言わずもがな、黄瀬目当てであろう女子生徒の数々
その様子を目の当たりにし、琉梨の顔から表情が消え、先程のやり取りである
『これ、もしかしなくても全員マネージャー志望とか言う?』
「分かんない、けど…
マネ志望の子は居ると思う」
『ここでもテストか…』
「ん?」
『いや、帝光でもテスト受けたから…』
「あぁ…」
若干疲れた顔をした琉梨に、苦笑しか返すすべが見つからない唯歌
その様子は容易に想像出来た
2人同時に溜息を吐いたとき、マネージャー志望者が招集された
その数約30
『頭痛い…』
「頑張って、琉梨ちゃん…」
その数に琉梨はついに頭を抱えた
それを励ます唯歌であるが、自身もまた呆然としていた
琉梨とは違って、こんな体験したことが無いのだから当たり前である
「集まってくれてありがとう
私がバスケ部顧問の竹内だ
早速だがテストを開始する」
そう言って話し始めたのは小太りな中年男性
ひげの生えたその姿から清潔感はない
琉梨は少し嫌そうにその男性を見やり、気付いた唯歌が肘で小突く
「今から通常練習を開始する
君達にはマネージメント、つまりマネージャーとして仕事を実際に行って貰う
制服での参加は認めない
女子更衣室を開放しているので、そこで着替えること
では始め」
淡々と説明をする男性教諭、顧問の声を聞き琉梨は頭の中で更衣室の場所を思い出していた
新入生に更衣室の場所の案内が無いのは意地悪で無いか、そんな文句を心の中で呟きながら
『やっぱりこの展開か』
「琉梨ちゃん…」
『唯歌、ジャージは?』
「あるよ
兄さんがこっそり教えてくれたから」
『ん、なら問題ないね
んじゃさっさと移動しよう
今から通常練習を始めるなら、迅速さは求められてるだろうし』
ざわつく周囲に冷めた視線を送りながら更衣室へと向かう
マネージャーをやろうというのにジャージを持ってきていない意味が分からない、その目にはそんな言葉が乗せられていた
更衣室の中には数人の姿
あそこに居た何人かはジャージを持って居たようだ
話の内容から、知り合いの先輩から聞いて、と言う少々反則気味な手法らしいが
和気藹々とゆったり会話をしているその姿に見向きもせず、さっさと着替えを済ませ髪を一纏めにする
『唯歌、今日は一緒に行動しようね』
「え、うん
私としてもその方が助かるけど」
『最初の内は何があるか分からないからね
単独行動は避けるべきだからね
よし、戻ろうか』
「え、何するか分かってるの?」
『まー、任せなさいって
経験者は強いもんだよ』
そう言って、琉梨は不適な笑みを浮かべた
*****
『唯歌、キャプテン分かる?』
「ごめん、そこまでは」
『じゃあ、お兄さんは?』
「兄さんならそこに居るよ」
体育館に戻ってきた2人は、早速行動に出る
余談であるがジャージを持ってきていなかった生徒達は追い返されたらしく、静かになっていた
その事に琉梨はざまぁ、と心の中で嘲笑い、唯歌は琉梨の機嫌が治った事に安堵した
『あの』
「ん?」
『キャプテンはどちらに居られますか?今日のメニューを確認したいのですが…』
「あぁ、あそこに居る2人の内、足にサポーターつけてる奴がそうだよ
キャプテンの笠松、その隣が森山な
笠松は女の子が苦手だから、森山に聞いた方が良いかもな」
『分かりました、ありがとうございます』
「あぁ、頑張れ」
にこやかに教えてくれた彼に頭を下げて、紹介された2人の元へと向かう
『お話中失礼します
今日の練習メニューについて確認したいのですが』
「あ、あぁ…」
「ごめんねー、コイツ女の子苦手でさ
はいこれ、練習メニュー」
顔を合わせずに返事をする笠松に対し、にこやかに応対する森山
渡された練習メニューを二人して覗き込む
「わ、ハード」
『………、覚えた
すみませんマネージャーの仕事はどちらで?』
「取り敢えず部室に行ってもらえれば分かるよ」
『分かりました、では失礼します』
「え、琉梨ちゃん?
し、失礼します」
くるり、と背を向けて立ち去る琉梨を慌てて追いかける唯歌
そんな2人を呆然と眺める森山
「覚えたって、この練習メニューを?」
「それがホントなら、凄ぇ奴が来たな」
「だな
…それに見たか、笠松」
「何をだ」
「さっきの2人めっちゃ綺麗だし可愛かった…!
俺今日あの2人のために練習する!」
「自分のためにやれ、ド阿呆!」
*****
「すっごかったね!」
『何が?』
「何がって、琉梨ちゃんがだよ
このテスト琉梨ちゃんのお陰で合格したようなもんだって」
『そう?唯歌も普通にマネ業身についてたじゃん
普通に即戦力』
「まぁ、私だって経験者だしね
それより、あのメニューホントにあの一瞬で覚えたの?」
『まぁ、大体内容は中学の時と似たようなもんだったし
大体の流れを把握して、仕事に必要な物の場所が分かれば中の様子見ながらその都度動けば何とかなるでしょ
マネなんて、臨機応変出来てなんぼ』
「まぁ、確かにそうなんだけど
それが出来るのは絶対少数派だよ」
『まぁ、そう言うもんか』
テストも終わり更衣室
先程の会話の通り無事の合格した2人
むしろこの2人しか合格しなかったのだが
実際テストに参加した者達の中には何も出来ず立ち往生となった者や、仕事量の多さに根をあげた者も居り、自ら辞退した者も居たらしい
らしいというのも2人は自身の仕事に集中していたため、周りなど気にする余裕が無かったとも言うが
と言うか、そもそも気にしていなかったとも言う
『今日なんてテストで随分軽いメニューだったのにこんなので根をあげられたらこっちだって迷惑』
「今日知り合ったばっかりだけど、琉梨ちゃんって見た目の割には毒舌だよね」
『よく言われる』
唯歌の言葉に特に気にした様子も無く笑って返す
するり、と髪を解きゴムを自身の手首に付けてから手ぐしで整える
そしてそのまま帰り支度
『着替えたら体育館に集合だっけ
行こ、唯歌』
「わ、待って」
着替えを済ませた琉梨は鞄を肩に掛け、さっさと更衣室を後にしようとする
その後を唯歌は慌ただしく付いていった
*****
「改めて入部テスト合格おめでとう
来週から仮入部期間に入る
その時から活動して貰うのでそのつもりで居てくれ」
『はい』
「は、はい」
「じゃあ、今日は自己紹介をして解散してくれ」
それだけ言うと竹内は踵を返して体育館を後にする
目の前にはスタメンであろう5人の姿
「じゃあ、先輩らしく俺等から
ほれ、部長頑張れ」
「うっせーよ
3年笠松幸男だ
ポジションはPG、キャプテンを務めている」
「じゃあ次は俺、森山由孝
同じく3年でポジションはSGだよ、よろしく」
「3年小堀浩治
ポジションはCだ、よろしくな」
「2年早川充洋ッス!ポジションはPF、よろしくお願いしゃす!」
「お前はもっとゆっくり話せよ…
2年中村慎也、ポジションはSGです、よろしくね」
既存のメンバーの自己紹介が終わり、空気で琉梨達の自己紹介を促される
2人で目配せをし、先に口を開いたのは琉梨で
『1年、茶月琉梨です
中学時代もバスケ部のマネージャーをしてました
よろしくお願いします』
「1年の小堀唯歌です
私もマネージャーをしてました、よろしくお願いします」
「あれ、小堀と同じ名字?
何となく顔も似てる…?」
「あぁ、妹だ」
『先程はお世話になりました』
「いや、こちらこそ
唯歌がお世話になったようで」
「ちょ、兄さん!」
ぺこり、と頭を下げる琉梨にそう返す小堀
それを見て、唯歌は若干居心地が悪そうに顔を歪めた
そんな唯歌を見て琉梨は小さく笑い、肘で小突いておく
「…さっき竹内先生がおっしゃった通り、本格的な活動は来週からだ
見る限りマネの仕事は教えるまでもなさそうだから朝練からの参加を頼む
詳細はまた追って連絡する」
自己紹介に区切りが付いたところでキャプテンである笠松が口を開く
しっかり目は逸らしているが
「…、笠松、マネージャーとの連携は大切だぞ
ちゃんと話せるようになっとけよ」
「うっせーよ」
そんな笠松の様子を見て、森山が尤もなことを言う
流石の笠松悪態を吐きながらも、図星であるためバツが悪そうに森山を蹴る
『わぉ、バイオレンス』
「琉梨ちゃん…、そうじゃない」
「まぁ、女の子に手をあげることは無いから…」
『むしろ会話が成立しなさそうです』
「あはは…」
琉梨の真っ当な意見に、思わず苦笑いの小堀
その様子に図星であることが窺えて、琉梨は小さく肩を竦めた
「ところで茶月さん」
『はい』
「君を見た瞬間、俺は運命を感じたよ
体を電流が駆け巡ったような、そんな衝撃が…」
「初っ端から女口説いてんじゃねぇよ!」
『わぉ、見事な飛び蹴り』
琉梨の手を取り、至極真面目な顔をしてなかなかクサい台詞を吐く森山
の背後から見事な飛び蹴りを喰らわした笠松
当事者の琉梨は、真顔で拍手を送っていた
『てゆーか、あれ口説いてたんですか
何かの罰ゲームかと』
「琉梨ちゃん…」
「なかなか言うんだね、茶月さん」
『よく言われます
自分に正直に生きているもんで』
と変わらずの真顔で返事をする琉梨
先輩が目の前で足蹴にされている状況下で、表情が変わらないのは如何なものかと思うが
『そう言えばキャプテン』
「…何だ」
『追って連絡すると言ってましたが、直接ですか?
必要でしたらアドレス登録して置いた方が効率が良いかと思いますが
あと、呼ばれたくらいで構えないでください』
「あ、あぁ…」
『必要ですか?不必要ですか?』
相変わらずしっかりと目を逸らしている笠松に、若干詰め寄りながら問い掛ける
近づくだけジリジリと後退していく笠松に、琉梨は小さな笑みを浮かべているが、顔を見ていない笠松がそれに気付くはずも無く
現状を楽しんでしまっている新人に振り回されていると、気付けない
『はっきりおっしゃってくれないと、私には分かりかねます』
「わぁ、琉梨ちゃん意外とドS」
『ありがとうございます』
「え、今の褒め言葉…?」
森山が思わずと言った風に呟いた言葉に笑みを添えて返答する
相変わらず笑みを浮かべたまま詰め寄る琉梨
僅かずつ後退する笠松
周りの部員(一部)は、それを面白そうに傍観していた
『それでどうしましょう、キャプテン』
しっかり顔の前に回り込み、顔を覗き込み琉梨
対する笠松は、顔を真っ赤に染め上げて固まってしまった
『…ありゃ、やり過ぎたかなー
今時の高校生がこんなに初で大丈夫ですか?
もしや男色の気でも?』
「あるかっ!」
『おぉ、初めてまともな反応が帰ってきた
その調子で頑張って下さい
取り敢えずアドレスは小堀先輩と交換しておきますので』
「え、俺とは!?」
『いきなり口説いてくる様な殿方とは…』
「殿方って…」
『それに小堀さんなら唯歌経由でも問題なさそうですからね』
「あぁ、そうだな
じゃあ、家に帰ったら唯歌に教えて貰うよ」
『お手数お掛けします』
「琉梨ちゃん、俺とも…」
『私、誠実な男性が好みです
今日話してみた感じですと、森山さんは浮気性の気があるでしょう?
可愛い子、綺麗な子を見かけるとすぐに気が移る
そう言う移り気な人、私嫌いです
あとさり気に名前呼びになっているんですけど』
「是非とも由孝と呼んでくれ!」
『全力で遠慮します』
と、笑顔で言い放った
後輩2人は密かに肩を震わせ、小堀兄弟は苦笑
恐らく琉梨の指摘は的確であったのだろう
ズーン、と分かりやすく肩を落とす森山に対し琉梨は態度を変えない
『それだったらキャプテンの方がタイプですね、私』
とまだ完全復活を果たしていない笠松に追い打ちを掛けるように、言い放った
それを聞いて笠松はまたも固まる
その様子を見て琉梨は満足げに笑みを零す
「なぜだ…!
なぜ女子はみんな、笠松が良いと口を揃えて言うんだ…!
顔だけなら俺も負けていない!」
『顔だけ勝ってもねぇ?
あと純粋にタイプじゃ無いです』
「そこから!?」
にっこり、と今日見せた中で最上級の笑みを浮かべる
これには思わず小堀兄妹も噴き出していた
『それにキャプテンみたいな男性は、特別になった人をとても大事にするタイプですよ
そういうのも、女の子には分かっちゃいますからねぇ』
「俺だって大事にするぞ!」
『森山さんはあれですよ、大事にはしてくれても目移りしちゃうじゃ無いですか
それってかなり減点ポイントですよ
あと、やっぱりタイプじゃ無いです』
「そこに戻る!?」
『戻ります
やっぱり顔って大事ですよ』
必死な様子の森山を、のらりくらりと躱していく
なかなかに酷いことをつらつらと述べているが、実はこの2人本日初対面である
「茶月さん」
『はい』
「そこまでにしてやってくれるか?
笠松が沸騰しそうだ」
『それは困りますねぇ
この中で断トツ好みなのに』
「こらこら」
『ふふ、分かりました
あ、小堀さんは2番目ですよ?』
「ありがとう」
にこやかに冗談か否か分かりかねる言葉を紡ぐ
それに苦笑を返し、小堀はこの話を終わらせることにした
『ではキャプテン
私の連絡先はいずれ小堀さんが知ることになりますので、連絡手段は確保お願いしますね?』
「あ、あぁ…」
『では解散で構いませんか?』
「…あぁ」
『分かりました』
自ら話さない笠松の代わりに話を進める
笠松から解散の指示を受け、それぞれが散り散りになっていく
帰り支度を終わらせている女子2人は、そのまま体育館に残り談笑をしていた
『唯歌はお兄さんと?』
「あ、うん
多分これから先もそうなると思う
琉梨ちゃんは?」
『まぁ、最近は何かと物騒だからなー、その方が良いよね
うちは電車、家は都内だしね』
「普通に家から通ってるんだ?」
『通えない距離じゃないしね
一人暮らしより負担少ないでしょ?
んじゃ解散って事だから、うちももう帰るね』
「え、駅まで一緒に行こうよ」
『今日はちょっと急ぎの用事あるから遠慮する!また誘ってー!』
それだけ言い残し、琉梨は背を向けて体育館を後にした
*****
そして月曜日
今日から新入生も本格的に部活に参加することとなる
朝練には明日からの参加であるが、本日放課後から本格始動
因みにマネは朝練、基土日も部活に参加していたが
そうして放課後
『うっわー、流石名門校
集まるねぇ』
「だね
て言うか、女子の数…」
『うっさいよねー
唯歌、気を付けないと目ぇ付けられるようち等
あの競争率高いマネのポジ勝ち取ってしまったんだから』
「あ、やっぱり?」
『うん、中学でもやっかみ酷かったし
特に黄瀬絡みはね
まぁ、唯歌は小堀さんの妹だしうちよりは安全かもだけど』
「え、どうして?」
『どうしてって…
唯歌に何かあったらバレる可能性うちより断然高いじゃん
見張りの目がない家でちくれるし』
「それもそうか…」
『唯歌、喧嘩慣れしてなさそうだし何か合ったら言いなよ?
うち、口喧嘩には負けたこと無いんだよねー』
「あはは、確かに強そう
琉梨ちゃんも何か合ったらちゃんと言ってよ?」
『はは、りょーかい
さて、大体の準備は終わったかな
体育館行ってコートの準備でもしてよっか』
「そうだね」
放課後の体育館には、新入生(部活外)が集まっていた
いや、何なら新入生以外の上級生もぞろぞろと
あのキセキの世代であり、モデルの黄瀬涼太の姿を一目見んと
部活生が外周に言っている間に黙々と作業をこなす2人
もちろん、大勢集まっているギャラリーの視線は2人にも注がれては居るのだが
「何て言うか…、琉梨ちゃんって逞しいね」
『何それ、嬉しくない』
全く視線を気にしていない琉梨を見て、唯歌が思わずと言った感じに呟く
それを受けて、琉梨は苦笑しながら返す
言わんとすることは分かっているのだろう
注がれている視線の主達に、チラリと視線をやって肩を竦めた
「普通は少しは気になるよ…」
『まぁ、この視線の中学3年間仕事してたんでねぇ』
「…あぁ」
呆れを交えた溜息交じりに琉梨が告げると、唯歌は納得したとでも言うかのような感嘆
それに琉梨も笑って作業を再開した
*****
通常練習が終わり、体育館に残るのは居残り練習組の少人数
自主練に励むのはレギュラーを含む2、3年とマネージャー
ハードな練習に疲れ切り、1年は早々に帰路についていた
たった1人を除いて
「お疲れ様、唯歌、茶月さん」
「お疲れ、兄さん」
『お疲れ様です、小堀さん』
「練習どうだった?
まぁ、土日も来てくれてたから初って訳では無いけど」
『そうですね…
初日って事で今日はまずまず軽めだったので、何も問題なく終わりました』
「琉梨ちゃんが裏方の仕事ほとんどやってくれるから、すっごいスムーズに仕事できたよ
効率重視って感じだった」
「今年は随分有能なマネージャーが入ってくれたんだな」
そう笑いながら琉梨の頭をぽんぽん、と撫でる
小堀も自主練のため残っているのだが、本格始動した初日と言うこともあり、2人を気にしてくれているようだ
因みに土日も両日労ってくれていた
流石海常の良心
『私、基本的に裏方の仕事しかしたくないので
中学でもそうでしたし』
「それまたどうして?
普通女の子って、ドリンク渡したり、タオル渡したり、に憧れるもんじゃ無いの?」
『どこから湧いて出たんですか、森山さん』
「琉梨ちゃんって結構俺に冷たいよね」
『当たり前ですね』
「ははっ、辛辣だなー
でも、どうしてなんだ?」
さり気なく話題の修正を図る小堀
悄気ていた森山も、すぐに聞く姿勢を取る変わり身の早さ
『、それは…』
「頑張ってる姿を人に見られたくないんスよねー、琉梨っちは」
その声と共に、琉梨の体が浮く
急なことに、咄嗟に体が強張る琉梨だったが、その声の主に心当たりがあり、すぐに呆れた顔を作る
『降ろせ、わんこ』
「相変わらずッスねー、琉梨っち」
慣れた様子で琉梨を抱き上げたのは黄瀬
片腕に座らせる様に抱き上げ、さも当たり前の様に会話をする
『降ろせ』
「えー、いいじゃないッスか
紫原っちがしたら何も言わないのに」
『お前とゆかりちゃんを一緒にするな』
「そんなに駄目ッスか!?」
「ちょ、お前等知り合い!?」
『あれ、先輩方には言ってませんでしたっけ?
私、一応帝光出身ですよ』
驚いて間に入ってきた森山に、なんて事無いと言った感じで返答する琉梨
その言葉に、周りが一瞬沈黙する
あのキセキの世代と呼ばれる彼等を輩出した、帝光中学校
そこのバスケ部でマネージャーをしていた新入生
つまりキセキの世代と、同じ世代を過ごしたマネージャー
大型新人が2人も入ったようなものだ
『まぁ、私は二軍担当でしたけど』
「でも琉梨っち一軍から何度もお誘い合ったじゃないッスかー」
『うちが入る必要性が無かったでしょ?
琉帆も桃井ちゃんも居たんだから』
「ほんと琉梨っちってば理屈っぽいんだから…」
『五月蠅いよ
てかいい加減降ろせ、殴る』
「断定!?」
拳を作って笑顔で殴る宣言をされた黄瀬は、大人しく琉梨を降ろす
念願叶ってようやく降ろされた琉梨は、再び担がれることが無いように少し距離を取った
「帝光ってやっぱマネも凄いのか…
その桃井?って子はあのピンク髪の子だよね?」
『はい』
「それともう1人、やたら元気な子いたけどその子が?」
「琉帆っちッスねー
琉帆っちは主にメンタル面のサポートを任されていたッス」
『因みに私の双子の妹です』
再び辺りが沈黙した
それに首を傾げる琉梨
黄瀬を見上げるが、どうやら黄瀬も現状理解出来ていないようで、同じように首を傾げていた
「私見たことあるけど、あんまり似てないね…?」
『あぁ、そう言う…
まぁ、二卵性で正反対な性格してるからね
割と真逆』
「そうッスねー
琉帆っちは凄い元気なタイプだし」
「妹さん紹介してください!」
『ははは、そんなに死に急がなくても』
「ごめんなさい」
ぶれない森山に琉梨は呆れを全面に出して大きく溜息を吐く
これだからいけないんだとなんで気付かないのだろうか
小堀兄妹も同じく呆れ顔
「にしても、姉妹揃ってハイスペックなんだな」
『そうですか?
私なんてまだまだ未熟者ですし、琉帆に至ってはただの阿呆ですよ』
「あはは…、否定出来ないッスね
まぁ、凄く良い人だし、魅力ある人ッスよ」
『まぁ、悪い奴では無いけどね』
呆れ顔のまま肩を竦める
この中で唯一琉帆を知っている黄瀬は苦笑していた
『あ、キャプテン』
帝光時代やら、琉帆の事でやら盛り上がっていると、そこに笠松が通り掛かった
琉梨は1人輪の中から抜け出すと、笠松に駆け寄っていく
『あの、今日の練習について伺いたいのですが』
「あぁ」
『今日の練習で何か不手際とかありました?改善点などもあれば』
「…いや」
『そうですか、不手際がなかったのなら良かったです
これから気が付いたことあれば何でも教えてくださいね
小さな事でも』
「あぁ」
『あと、今日の練習のことなんですけど…―』
あぁ、といや、しか言わない笠松に怯むこと無く、ぺらぺらと語りかける琉梨
その様子を離れたところから、森山達が眺めていた
「めげないなぁ」
「あぁ、そうだな」
「?兄さん、どういう事?」
「いや、笠松ってあんなだからさ
大抵の女子は、会話が続かないからさっさと離れて行くんだ
それで余計笠松が女子に慣れるきっかけを失っているんだが」
「でも、琉梨ちゃんは試行錯誤しながら、何だろうけど上手にコミュニケーションを図ろうとしているよな、って」
「琉梨っち、そういうの得意ッスからねー」
「得意?」
「琉梨っち相手に気を遣うの上手いんスよ
相手に合わせるって言うんスかね?
マイペースではあるんスけど、周りが置いてけぼりにならないんスよね」
そんな2人を見ながら黄瀬が呟く
自身にも心当たりがあるのか、どこか懐かしそうに
2人を眺めているため、その表情を見た者は居ないようであるが
『?先輩方、練習しないのなら帰られた方が良いのでは?
わんこも練習しないなら帰りな』
そんな視線に気付いたらしい琉梨が振り向き、至極真っ当なことを言い放つ
その言葉に一同は顔を見合わせ、止まっていた練習を再開させた
これが僕らの日常さ
(汗まみれ、それも青春、と言うものでしょう)
中学もなかなかだったけど、高校は更にデカいかも?』
桜舞う4月某日
1人の女子生徒が、海常高校の門を括った
きっちりと着こなされた制服
真っ直ぐ伸びる長い茶髪
涼やかな瞳には、わずかな好奇心
『あいつとは初めて違う学校になったけど…
やらかしてないと良いけどなぁ』
小さな苦笑を洩らして、雑踏の中に消えていった
*****
『(五月蠅いなぁ…)』
入学式を終え、HRが始まるまでのわずかな空き時間
きゃあきゃあ、と黄色い声を上げる女子生徒を、冷たい目で見やる者が1人
「…すっごい怖い顔してるよ?」
『五月蠅いの嫌いなんだよねぇ』
「でも琉梨ちゃん、中学一緒って言ってなかったっけ?」
『一緒だけど…、同じクラスになったことは無かったからねぇ』
「あぁ、なるほどそう言う事ね
一緒になって初めて分かる騒がしさ、と言う奴
でも、黄瀬君だから仕方ない、とも思えちゃうかな」
『わんこのクセに』
「琉梨ちゃん、それ絶対ファンの子の前で言っちゃ駄目だよ?」
『分かってる、うちもまだ命は惜しい』
頬杖をついたまま琉梨、茶月琉梨は冗談めかしてそう返答した後、騒音の根源を横目で見やって大きな溜息を吐き出した
目の前に座る少女、小堀唯歌はその様子に、小さく苦笑を返した
高校で知り合った2人
先程の入学式を経て、一緒にわずかばかりであるが共に過ごし息が合ったよう
騒ぐ女子達から離れるように教室の隅で穏やか、とは言い難いがそれなりに会話を交わし過ごしていた
『これからの1年この調子なのか…』
「ファイトだよ、琉梨ちゃん」
『ありがと、唯歌』
琉梨は唯歌に弱々しい笑みを送り、声援に応える
それを受けた少女は、小さな笑みを浮かべた
「ねぇ、琉梨ちゃん
部活とかってもう決めてる?」
話題転換、とばかりに新入生らしい話題を持ちかける
唯歌の意図に気付いた琉梨も、先程の怠そうなポーズを解いてその話に乗る
『んー、中学もそうだったからバスケ部のマネージャーやろうかなって思ってるけど
テニスも好きなんだけど、最近喘息がちょっとね
唯歌こそどうなの?』
「え?喘息って大丈夫なの?」
『激しい運動しなきゃ問題ないよ
排気ガスとか、寒気…、冷たい空気が苦手だなぁ
あと埃』
肩を竦めやれやれ、とでも言いたげな様子で唯歌に答える
それを受けた唯歌も、安心したように破顔する
「よかった
私も兄さんがこの学校のバスケ部で、その影響で詳しくなっちゃって
だからバスケ部かなぁ、運動音痴だから私は出来ないし」
『あら、一緒
運動音痴とはまた可愛らしいことで』
「可愛くないよ、鈍臭いだけで」
『女の子はそれくらいが可愛いよ
んじゃ、今日一緒に見学行かない?』
「え、いいの?」
『(あ、流した)
良いも何も一緒なんだし、行こうよ』
「ありがとう」
にこにこ、と笑う唯歌に先程の心の声は飲み込んだ
そしてその笑みに呼応するように笑い返す
スッと目線を流すと教室に入ってくる担任(になるであろう)教師の姿を捉えた
その目線の流れに気付いた唯歌も、琉梨の視線の先を追って、前を向く
特に言葉が交わされること無く、いったんお開き
気が付けば黄色い声も止んでいた
「よーし、HR始めるぞー」
担任の少し怠そうな低めの声が響いて新生活が始まる
*****
『………』
「琉梨ちゃん、落ち着いて…
折角の美人が凄いことになってるよ」
『大丈夫、落ち着いてるよ
今すぐこのギャラリーを蹴散らしたい気分だけど、うちの理性が頑張ってくれてるから』
「う、うん、そのまま頑張って…!」
真顔で言い切った琉梨に唯歌は引きつった笑みで声援を飛ばした
放課後
約束通り体育館へ向かった2人
目的の場所に辿り着いたは良いものの、女子生徒で溢れかえったその場所
言わずもがな、黄瀬目当てであろう女子生徒の数々
その様子を目の当たりにし、琉梨の顔から表情が消え、先程のやり取りである
『これ、もしかしなくても全員マネージャー志望とか言う?』
「分かんない、けど…
マネ志望の子は居ると思う」
『ここでもテストか…』
「ん?」
『いや、帝光でもテスト受けたから…』
「あぁ…」
若干疲れた顔をした琉梨に、苦笑しか返すすべが見つからない唯歌
その様子は容易に想像出来た
2人同時に溜息を吐いたとき、マネージャー志望者が招集された
その数約30
『頭痛い…』
「頑張って、琉梨ちゃん…」
その数に琉梨はついに頭を抱えた
それを励ます唯歌であるが、自身もまた呆然としていた
琉梨とは違って、こんな体験したことが無いのだから当たり前である
「集まってくれてありがとう
私がバスケ部顧問の竹内だ
早速だがテストを開始する」
そう言って話し始めたのは小太りな中年男性
ひげの生えたその姿から清潔感はない
琉梨は少し嫌そうにその男性を見やり、気付いた唯歌が肘で小突く
「今から通常練習を開始する
君達にはマネージメント、つまりマネージャーとして仕事を実際に行って貰う
制服での参加は認めない
女子更衣室を開放しているので、そこで着替えること
では始め」
淡々と説明をする男性教諭、顧問の声を聞き琉梨は頭の中で更衣室の場所を思い出していた
新入生に更衣室の場所の案内が無いのは意地悪で無いか、そんな文句を心の中で呟きながら
『やっぱりこの展開か』
「琉梨ちゃん…」
『唯歌、ジャージは?』
「あるよ
兄さんがこっそり教えてくれたから」
『ん、なら問題ないね
んじゃさっさと移動しよう
今から通常練習を始めるなら、迅速さは求められてるだろうし』
ざわつく周囲に冷めた視線を送りながら更衣室へと向かう
マネージャーをやろうというのにジャージを持ってきていない意味が分からない、その目にはそんな言葉が乗せられていた
更衣室の中には数人の姿
あそこに居た何人かはジャージを持って居たようだ
話の内容から、知り合いの先輩から聞いて、と言う少々反則気味な手法らしいが
和気藹々とゆったり会話をしているその姿に見向きもせず、さっさと着替えを済ませ髪を一纏めにする
『唯歌、今日は一緒に行動しようね』
「え、うん
私としてもその方が助かるけど」
『最初の内は何があるか分からないからね
単独行動は避けるべきだからね
よし、戻ろうか』
「え、何するか分かってるの?」
『まー、任せなさいって
経験者は強いもんだよ』
そう言って、琉梨は不適な笑みを浮かべた
*****
『唯歌、キャプテン分かる?』
「ごめん、そこまでは」
『じゃあ、お兄さんは?』
「兄さんならそこに居るよ」
体育館に戻ってきた2人は、早速行動に出る
余談であるがジャージを持ってきていなかった生徒達は追い返されたらしく、静かになっていた
その事に琉梨はざまぁ、と心の中で嘲笑い、唯歌は琉梨の機嫌が治った事に安堵した
『あの』
「ん?」
『キャプテンはどちらに居られますか?今日のメニューを確認したいのですが…』
「あぁ、あそこに居る2人の内、足にサポーターつけてる奴がそうだよ
キャプテンの笠松、その隣が森山な
笠松は女の子が苦手だから、森山に聞いた方が良いかもな」
『分かりました、ありがとうございます』
「あぁ、頑張れ」
にこやかに教えてくれた彼に頭を下げて、紹介された2人の元へと向かう
『お話中失礼します
今日の練習メニューについて確認したいのですが』
「あ、あぁ…」
「ごめんねー、コイツ女の子苦手でさ
はいこれ、練習メニュー」
顔を合わせずに返事をする笠松に対し、にこやかに応対する森山
渡された練習メニューを二人して覗き込む
「わ、ハード」
『………、覚えた
すみませんマネージャーの仕事はどちらで?』
「取り敢えず部室に行ってもらえれば分かるよ」
『分かりました、では失礼します』
「え、琉梨ちゃん?
し、失礼します」
くるり、と背を向けて立ち去る琉梨を慌てて追いかける唯歌
そんな2人を呆然と眺める森山
「覚えたって、この練習メニューを?」
「それがホントなら、凄ぇ奴が来たな」
「だな
…それに見たか、笠松」
「何をだ」
「さっきの2人めっちゃ綺麗だし可愛かった…!
俺今日あの2人のために練習する!」
「自分のためにやれ、ド阿呆!」
*****
「すっごかったね!」
『何が?』
「何がって、琉梨ちゃんがだよ
このテスト琉梨ちゃんのお陰で合格したようなもんだって」
『そう?唯歌も普通にマネ業身についてたじゃん
普通に即戦力』
「まぁ、私だって経験者だしね
それより、あのメニューホントにあの一瞬で覚えたの?」
『まぁ、大体内容は中学の時と似たようなもんだったし
大体の流れを把握して、仕事に必要な物の場所が分かれば中の様子見ながらその都度動けば何とかなるでしょ
マネなんて、臨機応変出来てなんぼ』
「まぁ、確かにそうなんだけど
それが出来るのは絶対少数派だよ」
『まぁ、そう言うもんか』
テストも終わり更衣室
先程の会話の通り無事の合格した2人
むしろこの2人しか合格しなかったのだが
実際テストに参加した者達の中には何も出来ず立ち往生となった者や、仕事量の多さに根をあげた者も居り、自ら辞退した者も居たらしい
らしいというのも2人は自身の仕事に集中していたため、周りなど気にする余裕が無かったとも言うが
と言うか、そもそも気にしていなかったとも言う
『今日なんてテストで随分軽いメニューだったのにこんなので根をあげられたらこっちだって迷惑』
「今日知り合ったばっかりだけど、琉梨ちゃんって見た目の割には毒舌だよね」
『よく言われる』
唯歌の言葉に特に気にした様子も無く笑って返す
するり、と髪を解きゴムを自身の手首に付けてから手ぐしで整える
そしてそのまま帰り支度
『着替えたら体育館に集合だっけ
行こ、唯歌』
「わ、待って」
着替えを済ませた琉梨は鞄を肩に掛け、さっさと更衣室を後にしようとする
その後を唯歌は慌ただしく付いていった
*****
「改めて入部テスト合格おめでとう
来週から仮入部期間に入る
その時から活動して貰うのでそのつもりで居てくれ」
『はい』
「は、はい」
「じゃあ、今日は自己紹介をして解散してくれ」
それだけ言うと竹内は踵を返して体育館を後にする
目の前にはスタメンであろう5人の姿
「じゃあ、先輩らしく俺等から
ほれ、部長頑張れ」
「うっせーよ
3年笠松幸男だ
ポジションはPG、キャプテンを務めている」
「じゃあ次は俺、森山由孝
同じく3年でポジションはSGだよ、よろしく」
「3年小堀浩治
ポジションはCだ、よろしくな」
「2年早川充洋ッス!ポジションはPF、よろしくお願いしゃす!」
「お前はもっとゆっくり話せよ…
2年中村慎也、ポジションはSGです、よろしくね」
既存のメンバーの自己紹介が終わり、空気で琉梨達の自己紹介を促される
2人で目配せをし、先に口を開いたのは琉梨で
『1年、茶月琉梨です
中学時代もバスケ部のマネージャーをしてました
よろしくお願いします』
「1年の小堀唯歌です
私もマネージャーをしてました、よろしくお願いします」
「あれ、小堀と同じ名字?
何となく顔も似てる…?」
「あぁ、妹だ」
『先程はお世話になりました』
「いや、こちらこそ
唯歌がお世話になったようで」
「ちょ、兄さん!」
ぺこり、と頭を下げる琉梨にそう返す小堀
それを見て、唯歌は若干居心地が悪そうに顔を歪めた
そんな唯歌を見て琉梨は小さく笑い、肘で小突いておく
「…さっき竹内先生がおっしゃった通り、本格的な活動は来週からだ
見る限りマネの仕事は教えるまでもなさそうだから朝練からの参加を頼む
詳細はまた追って連絡する」
自己紹介に区切りが付いたところでキャプテンである笠松が口を開く
しっかり目は逸らしているが
「…、笠松、マネージャーとの連携は大切だぞ
ちゃんと話せるようになっとけよ」
「うっせーよ」
そんな笠松の様子を見て、森山が尤もなことを言う
流石の笠松悪態を吐きながらも、図星であるためバツが悪そうに森山を蹴る
『わぉ、バイオレンス』
「琉梨ちゃん…、そうじゃない」
「まぁ、女の子に手をあげることは無いから…」
『むしろ会話が成立しなさそうです』
「あはは…」
琉梨の真っ当な意見に、思わず苦笑いの小堀
その様子に図星であることが窺えて、琉梨は小さく肩を竦めた
「ところで茶月さん」
『はい』
「君を見た瞬間、俺は運命を感じたよ
体を電流が駆け巡ったような、そんな衝撃が…」
「初っ端から女口説いてんじゃねぇよ!」
『わぉ、見事な飛び蹴り』
琉梨の手を取り、至極真面目な顔をしてなかなかクサい台詞を吐く森山
の背後から見事な飛び蹴りを喰らわした笠松
当事者の琉梨は、真顔で拍手を送っていた
『てゆーか、あれ口説いてたんですか
何かの罰ゲームかと』
「琉梨ちゃん…」
「なかなか言うんだね、茶月さん」
『よく言われます
自分に正直に生きているもんで』
と変わらずの真顔で返事をする琉梨
先輩が目の前で足蹴にされている状況下で、表情が変わらないのは如何なものかと思うが
『そう言えばキャプテン』
「…何だ」
『追って連絡すると言ってましたが、直接ですか?
必要でしたらアドレス登録して置いた方が効率が良いかと思いますが
あと、呼ばれたくらいで構えないでください』
「あ、あぁ…」
『必要ですか?不必要ですか?』
相変わらずしっかりと目を逸らしている笠松に、若干詰め寄りながら問い掛ける
近づくだけジリジリと後退していく笠松に、琉梨は小さな笑みを浮かべているが、顔を見ていない笠松がそれに気付くはずも無く
現状を楽しんでしまっている新人に振り回されていると、気付けない
『はっきりおっしゃってくれないと、私には分かりかねます』
「わぁ、琉梨ちゃん意外とドS」
『ありがとうございます』
「え、今の褒め言葉…?」
森山が思わずと言った風に呟いた言葉に笑みを添えて返答する
相変わらず笑みを浮かべたまま詰め寄る琉梨
僅かずつ後退する笠松
周りの部員(一部)は、それを面白そうに傍観していた
『それでどうしましょう、キャプテン』
しっかり顔の前に回り込み、顔を覗き込み琉梨
対する笠松は、顔を真っ赤に染め上げて固まってしまった
『…ありゃ、やり過ぎたかなー
今時の高校生がこんなに初で大丈夫ですか?
もしや男色の気でも?』
「あるかっ!」
『おぉ、初めてまともな反応が帰ってきた
その調子で頑張って下さい
取り敢えずアドレスは小堀先輩と交換しておきますので』
「え、俺とは!?」
『いきなり口説いてくる様な殿方とは…』
「殿方って…」
『それに小堀さんなら唯歌経由でも問題なさそうですからね』
「あぁ、そうだな
じゃあ、家に帰ったら唯歌に教えて貰うよ」
『お手数お掛けします』
「琉梨ちゃん、俺とも…」
『私、誠実な男性が好みです
今日話してみた感じですと、森山さんは浮気性の気があるでしょう?
可愛い子、綺麗な子を見かけるとすぐに気が移る
そう言う移り気な人、私嫌いです
あとさり気に名前呼びになっているんですけど』
「是非とも由孝と呼んでくれ!」
『全力で遠慮します』
と、笑顔で言い放った
後輩2人は密かに肩を震わせ、小堀兄弟は苦笑
恐らく琉梨の指摘は的確であったのだろう
ズーン、と分かりやすく肩を落とす森山に対し琉梨は態度を変えない
『それだったらキャプテンの方がタイプですね、私』
とまだ完全復活を果たしていない笠松に追い打ちを掛けるように、言い放った
それを聞いて笠松はまたも固まる
その様子を見て琉梨は満足げに笑みを零す
「なぜだ…!
なぜ女子はみんな、笠松が良いと口を揃えて言うんだ…!
顔だけなら俺も負けていない!」
『顔だけ勝ってもねぇ?
あと純粋にタイプじゃ無いです』
「そこから!?」
にっこり、と今日見せた中で最上級の笑みを浮かべる
これには思わず小堀兄妹も噴き出していた
『それにキャプテンみたいな男性は、特別になった人をとても大事にするタイプですよ
そういうのも、女の子には分かっちゃいますからねぇ』
「俺だって大事にするぞ!」
『森山さんはあれですよ、大事にはしてくれても目移りしちゃうじゃ無いですか
それってかなり減点ポイントですよ
あと、やっぱりタイプじゃ無いです』
「そこに戻る!?」
『戻ります
やっぱり顔って大事ですよ』
必死な様子の森山を、のらりくらりと躱していく
なかなかに酷いことをつらつらと述べているが、実はこの2人本日初対面である
「茶月さん」
『はい』
「そこまでにしてやってくれるか?
笠松が沸騰しそうだ」
『それは困りますねぇ
この中で断トツ好みなのに』
「こらこら」
『ふふ、分かりました
あ、小堀さんは2番目ですよ?』
「ありがとう」
にこやかに冗談か否か分かりかねる言葉を紡ぐ
それに苦笑を返し、小堀はこの話を終わらせることにした
『ではキャプテン
私の連絡先はいずれ小堀さんが知ることになりますので、連絡手段は確保お願いしますね?』
「あ、あぁ…」
『では解散で構いませんか?』
「…あぁ」
『分かりました』
自ら話さない笠松の代わりに話を進める
笠松から解散の指示を受け、それぞれが散り散りになっていく
帰り支度を終わらせている女子2人は、そのまま体育館に残り談笑をしていた
『唯歌はお兄さんと?』
「あ、うん
多分これから先もそうなると思う
琉梨ちゃんは?」
『まぁ、最近は何かと物騒だからなー、その方が良いよね
うちは電車、家は都内だしね』
「普通に家から通ってるんだ?」
『通えない距離じゃないしね
一人暮らしより負担少ないでしょ?
んじゃ解散って事だから、うちももう帰るね』
「え、駅まで一緒に行こうよ」
『今日はちょっと急ぎの用事あるから遠慮する!また誘ってー!』
それだけ言い残し、琉梨は背を向けて体育館を後にした
*****
そして月曜日
今日から新入生も本格的に部活に参加することとなる
朝練には明日からの参加であるが、本日放課後から本格始動
因みにマネは朝練、基土日も部活に参加していたが
そうして放課後
『うっわー、流石名門校
集まるねぇ』
「だね
て言うか、女子の数…」
『うっさいよねー
唯歌、気を付けないと目ぇ付けられるようち等
あの競争率高いマネのポジ勝ち取ってしまったんだから』
「あ、やっぱり?」
『うん、中学でもやっかみ酷かったし
特に黄瀬絡みはね
まぁ、唯歌は小堀さんの妹だしうちよりは安全かもだけど』
「え、どうして?」
『どうしてって…
唯歌に何かあったらバレる可能性うちより断然高いじゃん
見張りの目がない家でちくれるし』
「それもそうか…」
『唯歌、喧嘩慣れしてなさそうだし何か合ったら言いなよ?
うち、口喧嘩には負けたこと無いんだよねー』
「あはは、確かに強そう
琉梨ちゃんも何か合ったらちゃんと言ってよ?」
『はは、りょーかい
さて、大体の準備は終わったかな
体育館行ってコートの準備でもしてよっか』
「そうだね」
放課後の体育館には、新入生(部活外)が集まっていた
いや、何なら新入生以外の上級生もぞろぞろと
あのキセキの世代であり、モデルの黄瀬涼太の姿を一目見んと
部活生が外周に言っている間に黙々と作業をこなす2人
もちろん、大勢集まっているギャラリーの視線は2人にも注がれては居るのだが
「何て言うか…、琉梨ちゃんって逞しいね」
『何それ、嬉しくない』
全く視線を気にしていない琉梨を見て、唯歌が思わずと言った感じに呟く
それを受けて、琉梨は苦笑しながら返す
言わんとすることは分かっているのだろう
注がれている視線の主達に、チラリと視線をやって肩を竦めた
「普通は少しは気になるよ…」
『まぁ、この視線の中学3年間仕事してたんでねぇ』
「…あぁ」
呆れを交えた溜息交じりに琉梨が告げると、唯歌は納得したとでも言うかのような感嘆
それに琉梨も笑って作業を再開した
*****
通常練習が終わり、体育館に残るのは居残り練習組の少人数
自主練に励むのはレギュラーを含む2、3年とマネージャー
ハードな練習に疲れ切り、1年は早々に帰路についていた
たった1人を除いて
「お疲れ様、唯歌、茶月さん」
「お疲れ、兄さん」
『お疲れ様です、小堀さん』
「練習どうだった?
まぁ、土日も来てくれてたから初って訳では無いけど」
『そうですね…
初日って事で今日はまずまず軽めだったので、何も問題なく終わりました』
「琉梨ちゃんが裏方の仕事ほとんどやってくれるから、すっごいスムーズに仕事できたよ
効率重視って感じだった」
「今年は随分有能なマネージャーが入ってくれたんだな」
そう笑いながら琉梨の頭をぽんぽん、と撫でる
小堀も自主練のため残っているのだが、本格始動した初日と言うこともあり、2人を気にしてくれているようだ
因みに土日も両日労ってくれていた
流石海常の良心
『私、基本的に裏方の仕事しかしたくないので
中学でもそうでしたし』
「それまたどうして?
普通女の子って、ドリンク渡したり、タオル渡したり、に憧れるもんじゃ無いの?」
『どこから湧いて出たんですか、森山さん』
「琉梨ちゃんって結構俺に冷たいよね」
『当たり前ですね』
「ははっ、辛辣だなー
でも、どうしてなんだ?」
さり気なく話題の修正を図る小堀
悄気ていた森山も、すぐに聞く姿勢を取る変わり身の早さ
『、それは…』
「頑張ってる姿を人に見られたくないんスよねー、琉梨っちは」
その声と共に、琉梨の体が浮く
急なことに、咄嗟に体が強張る琉梨だったが、その声の主に心当たりがあり、すぐに呆れた顔を作る
『降ろせ、わんこ』
「相変わらずッスねー、琉梨っち」
慣れた様子で琉梨を抱き上げたのは黄瀬
片腕に座らせる様に抱き上げ、さも当たり前の様に会話をする
『降ろせ』
「えー、いいじゃないッスか
紫原っちがしたら何も言わないのに」
『お前とゆかりちゃんを一緒にするな』
「そんなに駄目ッスか!?」
「ちょ、お前等知り合い!?」
『あれ、先輩方には言ってませんでしたっけ?
私、一応帝光出身ですよ』
驚いて間に入ってきた森山に、なんて事無いと言った感じで返答する琉梨
その言葉に、周りが一瞬沈黙する
あのキセキの世代と呼ばれる彼等を輩出した、帝光中学校
そこのバスケ部でマネージャーをしていた新入生
つまりキセキの世代と、同じ世代を過ごしたマネージャー
大型新人が2人も入ったようなものだ
『まぁ、私は二軍担当でしたけど』
「でも琉梨っち一軍から何度もお誘い合ったじゃないッスかー」
『うちが入る必要性が無かったでしょ?
琉帆も桃井ちゃんも居たんだから』
「ほんと琉梨っちってば理屈っぽいんだから…」
『五月蠅いよ
てかいい加減降ろせ、殴る』
「断定!?」
拳を作って笑顔で殴る宣言をされた黄瀬は、大人しく琉梨を降ろす
念願叶ってようやく降ろされた琉梨は、再び担がれることが無いように少し距離を取った
「帝光ってやっぱマネも凄いのか…
その桃井?って子はあのピンク髪の子だよね?」
『はい』
「それともう1人、やたら元気な子いたけどその子が?」
「琉帆っちッスねー
琉帆っちは主にメンタル面のサポートを任されていたッス」
『因みに私の双子の妹です』
再び辺りが沈黙した
それに首を傾げる琉梨
黄瀬を見上げるが、どうやら黄瀬も現状理解出来ていないようで、同じように首を傾げていた
「私見たことあるけど、あんまり似てないね…?」
『あぁ、そう言う…
まぁ、二卵性で正反対な性格してるからね
割と真逆』
「そうッスねー
琉帆っちは凄い元気なタイプだし」
「妹さん紹介してください!」
『ははは、そんなに死に急がなくても』
「ごめんなさい」
ぶれない森山に琉梨は呆れを全面に出して大きく溜息を吐く
これだからいけないんだとなんで気付かないのだろうか
小堀兄妹も同じく呆れ顔
「にしても、姉妹揃ってハイスペックなんだな」
『そうですか?
私なんてまだまだ未熟者ですし、琉帆に至ってはただの阿呆ですよ』
「あはは…、否定出来ないッスね
まぁ、凄く良い人だし、魅力ある人ッスよ」
『まぁ、悪い奴では無いけどね』
呆れ顔のまま肩を竦める
この中で唯一琉帆を知っている黄瀬は苦笑していた
『あ、キャプテン』
帝光時代やら、琉帆の事でやら盛り上がっていると、そこに笠松が通り掛かった
琉梨は1人輪の中から抜け出すと、笠松に駆け寄っていく
『あの、今日の練習について伺いたいのですが』
「あぁ」
『今日の練習で何か不手際とかありました?改善点などもあれば』
「…いや」
『そうですか、不手際がなかったのなら良かったです
これから気が付いたことあれば何でも教えてくださいね
小さな事でも』
「あぁ」
『あと、今日の練習のことなんですけど…―』
あぁ、といや、しか言わない笠松に怯むこと無く、ぺらぺらと語りかける琉梨
その様子を離れたところから、森山達が眺めていた
「めげないなぁ」
「あぁ、そうだな」
「?兄さん、どういう事?」
「いや、笠松ってあんなだからさ
大抵の女子は、会話が続かないからさっさと離れて行くんだ
それで余計笠松が女子に慣れるきっかけを失っているんだが」
「でも、琉梨ちゃんは試行錯誤しながら、何だろうけど上手にコミュニケーションを図ろうとしているよな、って」
「琉梨っち、そういうの得意ッスからねー」
「得意?」
「琉梨っち相手に気を遣うの上手いんスよ
相手に合わせるって言うんスかね?
マイペースではあるんスけど、周りが置いてけぼりにならないんスよね」
そんな2人を見ながら黄瀬が呟く
自身にも心当たりがあるのか、どこか懐かしそうに
2人を眺めているため、その表情を見た者は居ないようであるが
『?先輩方、練習しないのなら帰られた方が良いのでは?
わんこも練習しないなら帰りな』
そんな視線に気付いたらしい琉梨が振り向き、至極真っ当なことを言い放つ
その言葉に一同は顔を見合わせ、止まっていた練習を再開させた
これが僕らの日常さ
(汗まみれ、それも青春、と言うものでしょう)
1/15ページ