君とありふれた話をしよう
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それからというもの、回数はそう多くないが私がお一人様を楽しんでいるときにふらり、と現れ共に過ごすことが増えた
お互いにこの日のこの時間、何て約束はせず、気の向くまま飲みに出て偶然出会えば一緒に飲む、と言う様な奇妙な飲み仲間
お互い暗黙の了解なのか、会うのは最初に出会った居酒屋
それ以外の居酒屋やバーで出会うことは無い
逆に言うと会いたくないのならそこに行かなければいい
それほどにまでちっぽけな繋がり
現に今日は1人がいい、と思う日だってありそう言う時はその居酒屋では無く1人バーに行くことが多い
なんとも言えないこの奇妙な関係は、どちらかが通わなくなれば絶たれるようなもの
けれど未だに繋がっていると言うことは、お互い不快な思いはしていないと言うことでいいのだろう
それに萩原さんはコミュ力もさることながら話力も凄まじい
彼の口から語られるあれやそれは聞いていて退屈せず、素直に楽しかったと思えるものばかり
この人モテるだろうなー、と言うのが数回話した中での印象
そもそも文句の付けようのないくらい顔立ちが整っているのだ、モテないはずが無い
1つ言うのならば、ロン毛は嫌い、と言う女性層があるくらいで
万人受けするタイプの美形だな、なんてぼんやり思って居た
「ほんと岸辺ちゃんって大人しそうな顔してお酒強いよね…
俺これでも結構強い方なんだけどな」
『だと思います
後なんですか、大人しそうな顔してって』
「…けろっとした顔で俺以上に飲んでる岸辺ちゃんに言われてもな
それ、結構アルコール度数高いよね
そういうとこを言ってるんだよ」
『レディーキラーは全て制覇しましたね』
「そりゃ1人飲み出来るわけだ…」
この犯罪件数が異常に高いこの街で1人飲みするのは正直勇気が要ることだろう
酔っ払いに絡まれたことは幾度となくある
けれど、私が潰れるまで飲まそうとしても先に潰れるのはいつも相手の方
こちらがその気はあるけど、私に勝てたらね、なんてニュアンスで勝負を受けると、大抵の人間は先に潰れる
行きつけのバーテンさんとか、居酒屋の主人とかは最初は気にかけてくれていたけれど、私があまりにも勝ち続けるので最近では見守る姿勢のみで自由にさせてくれている
と言う訳で、私はいつも遠慮無くお一人様を楽しんでいる、と言う事だ
「岸辺ちゃんは苦手なお酒とかないの?」
『強いて言うならビールですかね、あの苦みは好きになれません』
「甘党さんだ」
『辛いのもいけますよ』
「と言うか岸辺ちゃんはいつまで俺に敬語なの?同い年でしょ?」
『…何ででしょう、癖?』
「九条ちゃんとは普通に喋ってたじゃん」
『患者さんに対してタメ語が出ないように、敬語で話す事を意識してたらこうなりました
まぁ、たまに出ますけど』
「出るんじゃん
もう俺達友達でしょ?敬語とっちゃおー!」
『…さては萩原さん、酔ってますね?今日いつもよりペース早かったですし
何かありました?』
「…流石看護師さん、よく見てるー」
『現役のお巡りさんには負けると思いますけどねぇ』
「…あれ、俺警察って言ったっけ?」
『最初の自己紹介で言ってましたよ』
「そうだっけ?」
いつもよりふわふわした萩原さんの手からグラスを奪って頼んでおいたお冷やを握らす
自身でも言っていたように元々は酒に強い人だ
体内のアルコールが薄まれば酔いも醒めることだろう
私に釣られて酒を飲まないように私もお冷やを口に運び、頼んでおいたおつまみも口にする
こうやって人のペース配分することにも馴れたものだな、なんて少し笑った
成人して3年
それまでは真面目にアルコール摂取してこなかった私がここまで強いとは
確かに母親も強かったけれど
「岸辺ちゃーん」
『はいはい、何ですか?』
「たのしーねぇ」
『そうですね』
ふにゃふにゃ、と気の緩んだ笑みは、それはそれは女性の母性本能をくすぐるもので
これは彼に気がある人間に見せてはいけないな、魅せられる
なんて1人内心でそんなことを思う
ただ一緒に飲んで、下らない話をするこの時間を楽しんでくれているというのなら、この時間も悪いものでは無いのだろう
暫くそのままふわふわした萩原さんに付き合っていると徐々に酔いは醒めてきたのか目がしっかりしてくる
その目と、目が合って
「…ごめん、忘れて」
『可愛かったですよ』
「…岸辺ちゃんの意地悪」
『随分な言われようですねぇ』
少し恥ずかしそうな萩原さんに、思わず小さく笑うとふて腐れたような顔をする
そんな様子さえ可愛らしく見えるのだからこの人はホントに何というか…
垂れ目がちな甘い雰囲気の持ち主なこの人は、そう言った仕草でさえも様になるのだから、顔面が整っているというのは素晴らしい
さゆも凄い顔整ってるし、3人が並んだ図は壮観の一言だろう
その間に割って入ろうとする人間は居なかったに違いない
そんな高校時代が容易に想像出来るから凄まじい
私の周り、顔が整いすぎてるんだけど、私大丈夫かな
『酔いは醒めたようなので、そろそろお開きにします?』
「えー、そこは仕切り直し、じゃないの?」
『お仕事は?』
「休みだから来てるんだよ?それは岸辺ちゃんも一緒でしょ?」
『それは、まぁそうなんですけど
大丈夫です?私、強いですよ?』
「知ってるよ」
何て挑発的に笑われて、なんだか私も楽しくなって
ふっかけたのはそっちだからな、何て思いながらこちらも笑って見せた
『どうせなら、場所変えません?そろそろここのお酒に飽きました』
「いいねぇ、行きつけが他にも?」
『いい感じのバーなら数件』
「よっし、そこにしよう」
そう笑って、思って居たよりしっかりとした足取りで歩く萩原さんに、やっぱりこの人は強いなー、何て思う
普通ならもう潰れていても全然可笑しくない
だから、この人と飲むのは楽しいんだと思う
これだけ女が飲むと、大抵の人は引くものなんだけどこの人はそれさえも楽しそうに笑うから
だからこちらも気にせず飲めると言うもので
さゆはアルコールが全く駄目だから、誘うのは気が引ける(誘えば来てくれるのだが)
もう1人の同期は九州女だから私と同じくらいは飲む
けど、あれと一対一で付き合うのはしんどいので毎回は勘弁して欲しいのが本音
いい奴なんだけどね、酔うとダル絡みしてくるから面倒臭い
だから、この距離感というのはとても気楽でいい
人との距離の取り方が上手いんだろうな、この人は
だから、あの警戒心の塊みたいなさゆの友達で居られるのだろう
なんてこの短い、薄い繋がりの中でも思わされるほどには、心地いいのだ
『着いたら何飲みます?テキーラショットしときます?』
「自分が強いからって余裕かましてくれちゃってまぁ…」
『ふふ、すみません
私も少し酔ってるのかもしれませんね』
「顔色1つ変えてないのによく言うよ…」
何て苦笑する萩原さんにこちらも笑って返す
うん、酔っているとまではいかずとも楽しんでいるのは間違いない
ストレスの多い仕事だ
最初はストレス発散のために飲むのもいいのかもしれない、といった思いつきで始めたもの
それがこんなに自分に合っていたなんて知らなかったけれど
ただのストレス発散がこんなに楽しくなったのだ、浮かれたって仕方ない
しかもこんなイケメンと飲めるのだ、楽しまない女がいるだろうか
あぁ、さゆは楽しまないかもしれないけど
なんて下らない事を考えていると目的のバーに着く
顔馴染みのバーテンさんが、物珍しいものを見るようにこちらを見遣るが流石と言うべきか何も言わずいつもの席が空いていることを教えてくれる
奥まったテーブル席
1人で使うには申し訳なくなる席なのだが、この席の存在を知らない人は多い
だから絡まれることなく飲めるのだ
ここに人を連れてきたことは無い
だからこそのあの反応なのだろう、分かっては居たけれどここは本当にお勧めなのだ
教えてもいいと思えるほどには、この時間を楽しませて貰っているので、そのお礼もかねて
『さて何飲みます?』
「岸辺ちゃんのお勧めは?」
『うーん、見てた限り萩原さんは甘口より辛口のお酒が好きそうなのでギムレットかホワイトレディ辺りですかね?』
「ジン好きなのがバレている、だと…!?」
『バレバレですー』
一緒に飲んでいると、大体何となく相手の好みというのは分かってくる
最初は私に合わせて甘口なのを飲んでいても、段々と自分の好みが出てくるものだ
この人は割と、ジンを好んで飲んでいることは数回飲み交わせば分かるもので
『あぁ、でもやっぱりジントニックが一番かもしれないですね
お巡りさんな、萩原さんにピッタリだと思うので
それかジンバック
アルコール度数は先程の2つより落ちますけどね』
「?それは何で?それと俺を潰そうとするのは止めてもらえると有り難いんだけど」
『覚えていたら調べたらいいですよ
勝負を先に仕掛けてきたのはそちらの方でしょう?』
何て笑ってみれば、こんにゃろ、みたいな少し子供っぽい笑顔が返ってくる
何か初めて誰かと飲むお酒が楽しいと思えた
まぁ、勝敗は言わずもがな私の勝ちでしたが
潰れる前に取りやめにしてバーテンさんに頼んで呼んで貰っていたタクシーに一緒に乗り込んで(酔っ払い1人を乗せてくれないタクシーは多いのである)
珍しいパターンだ、と笑う運転手さんにそうでしょう?とこちらも少し得意になって
以前聞いていたマンション名を告げて走って貰う(どちらが酔いつぶれてもいいように事前に情報共有はしていたのだ)
絡んできた酔っ払いでは無いため放置するのは流石に気が引ける
送り狼みたいなことしてるなー、なんて思うが断じてそう言ったつもりは無いことをここに弁明しておく
辿り着いたマンション
タクシーから降りるのを運転手さんに手伝って貰い、肩を貸して目的の部屋へ
…いいとこ住んでるなー
ぼんやり眺めてふらつきながらも歩いてくれている萩原さんを支えてマンション内へ
一応意識はあるらしいので開錠して貰い一緒に入って行く
ちょっと調子に乗りすぎたな、今後は控えよう
やっぱり今日の私は酔っていたのだ
この作業が面倒だから今までは一緒に飲む相手のペース配分をしていたというのに
『ほら萩原さん着きましたよ、そろそろ疲れました』
「…あれー?俺ん家だー
なんで岸辺ちゃんが居るのー?」
『うん、早く靴脱いで中に入ってもらえるかな?』
「岸辺ちゃんも上がってくー?」
『はいはい、そうしましょうね』
「いらっしゃーい」
ベッドに押し込むだけはするつもりなので一緒に靴を脱いで引き摺るように寝室まで一緒に行く
ふにゃふにゃ再び、なんて頭の中で思いながらベッドに転がし、ネクタイだけを緩めて外し、途中で買ったミネラルウォーターと二日酔い用の薬をベッドサイドに置いておく
ふにゃふにゃ言いながらも既に眠そうな彼に小さく笑って、こりゃ覚えてないかもな、なんて頭の片隅で思う
混乱するといけないから置き手紙を書いて再び寝室に赴いた際には既に寝息を立てていて
『お休みなさい』
肩まで布団を掛けて寝室を出る
鍵はポストにでも入れておけばいいかな、ロックしてあったらどうしよう
鍵を持って一度下まで降りて確認したら幸いロックは掛かってなかった
それでいいのか、お巡りさん
いや、面倒な気持ちは分かるのだけれど
部屋までとんぼ返りをして、鍵はポストの中だという一文を付け足してその部屋を去る
マンションを出ると先程の運転手さんが気を利かせて待っていてくれたのでありがたく自宅まで送って貰った
次再会するのはいつか分からないけれど、その時どんな顔をしているのか、を1人想像して小さく笑った
程よい関係
(ちょっとだけ、踏み込みすぎたかもしれない)
お互いにこの日のこの時間、何て約束はせず、気の向くまま飲みに出て偶然出会えば一緒に飲む、と言う様な奇妙な飲み仲間
お互い暗黙の了解なのか、会うのは最初に出会った居酒屋
それ以外の居酒屋やバーで出会うことは無い
逆に言うと会いたくないのならそこに行かなければいい
それほどにまでちっぽけな繋がり
現に今日は1人がいい、と思う日だってありそう言う時はその居酒屋では無く1人バーに行くことが多い
なんとも言えないこの奇妙な関係は、どちらかが通わなくなれば絶たれるようなもの
けれど未だに繋がっていると言うことは、お互い不快な思いはしていないと言うことでいいのだろう
それに萩原さんはコミュ力もさることながら話力も凄まじい
彼の口から語られるあれやそれは聞いていて退屈せず、素直に楽しかったと思えるものばかり
この人モテるだろうなー、と言うのが数回話した中での印象
そもそも文句の付けようのないくらい顔立ちが整っているのだ、モテないはずが無い
1つ言うのならば、ロン毛は嫌い、と言う女性層があるくらいで
万人受けするタイプの美形だな、なんてぼんやり思って居た
「ほんと岸辺ちゃんって大人しそうな顔してお酒強いよね…
俺これでも結構強い方なんだけどな」
『だと思います
後なんですか、大人しそうな顔してって』
「…けろっとした顔で俺以上に飲んでる岸辺ちゃんに言われてもな
それ、結構アルコール度数高いよね
そういうとこを言ってるんだよ」
『レディーキラーは全て制覇しましたね』
「そりゃ1人飲み出来るわけだ…」
この犯罪件数が異常に高いこの街で1人飲みするのは正直勇気が要ることだろう
酔っ払いに絡まれたことは幾度となくある
けれど、私が潰れるまで飲まそうとしても先に潰れるのはいつも相手の方
こちらがその気はあるけど、私に勝てたらね、なんてニュアンスで勝負を受けると、大抵の人間は先に潰れる
行きつけのバーテンさんとか、居酒屋の主人とかは最初は気にかけてくれていたけれど、私があまりにも勝ち続けるので最近では見守る姿勢のみで自由にさせてくれている
と言う訳で、私はいつも遠慮無くお一人様を楽しんでいる、と言う事だ
「岸辺ちゃんは苦手なお酒とかないの?」
『強いて言うならビールですかね、あの苦みは好きになれません』
「甘党さんだ」
『辛いのもいけますよ』
「と言うか岸辺ちゃんはいつまで俺に敬語なの?同い年でしょ?」
『…何ででしょう、癖?』
「九条ちゃんとは普通に喋ってたじゃん」
『患者さんに対してタメ語が出ないように、敬語で話す事を意識してたらこうなりました
まぁ、たまに出ますけど』
「出るんじゃん
もう俺達友達でしょ?敬語とっちゃおー!」
『…さては萩原さん、酔ってますね?今日いつもよりペース早かったですし
何かありました?』
「…流石看護師さん、よく見てるー」
『現役のお巡りさんには負けると思いますけどねぇ』
「…あれ、俺警察って言ったっけ?」
『最初の自己紹介で言ってましたよ』
「そうだっけ?」
いつもよりふわふわした萩原さんの手からグラスを奪って頼んでおいたお冷やを握らす
自身でも言っていたように元々は酒に強い人だ
体内のアルコールが薄まれば酔いも醒めることだろう
私に釣られて酒を飲まないように私もお冷やを口に運び、頼んでおいたおつまみも口にする
こうやって人のペース配分することにも馴れたものだな、なんて少し笑った
成人して3年
それまでは真面目にアルコール摂取してこなかった私がここまで強いとは
確かに母親も強かったけれど
「岸辺ちゃーん」
『はいはい、何ですか?』
「たのしーねぇ」
『そうですね』
ふにゃふにゃ、と気の緩んだ笑みは、それはそれは女性の母性本能をくすぐるもので
これは彼に気がある人間に見せてはいけないな、魅せられる
なんて1人内心でそんなことを思う
ただ一緒に飲んで、下らない話をするこの時間を楽しんでくれているというのなら、この時間も悪いものでは無いのだろう
暫くそのままふわふわした萩原さんに付き合っていると徐々に酔いは醒めてきたのか目がしっかりしてくる
その目と、目が合って
「…ごめん、忘れて」
『可愛かったですよ』
「…岸辺ちゃんの意地悪」
『随分な言われようですねぇ』
少し恥ずかしそうな萩原さんに、思わず小さく笑うとふて腐れたような顔をする
そんな様子さえ可愛らしく見えるのだからこの人はホントに何というか…
垂れ目がちな甘い雰囲気の持ち主なこの人は、そう言った仕草でさえも様になるのだから、顔面が整っているというのは素晴らしい
さゆも凄い顔整ってるし、3人が並んだ図は壮観の一言だろう
その間に割って入ろうとする人間は居なかったに違いない
そんな高校時代が容易に想像出来るから凄まじい
私の周り、顔が整いすぎてるんだけど、私大丈夫かな
『酔いは醒めたようなので、そろそろお開きにします?』
「えー、そこは仕切り直し、じゃないの?」
『お仕事は?』
「休みだから来てるんだよ?それは岸辺ちゃんも一緒でしょ?」
『それは、まぁそうなんですけど
大丈夫です?私、強いですよ?』
「知ってるよ」
何て挑発的に笑われて、なんだか私も楽しくなって
ふっかけたのはそっちだからな、何て思いながらこちらも笑って見せた
『どうせなら、場所変えません?そろそろここのお酒に飽きました』
「いいねぇ、行きつけが他にも?」
『いい感じのバーなら数件』
「よっし、そこにしよう」
そう笑って、思って居たよりしっかりとした足取りで歩く萩原さんに、やっぱりこの人は強いなー、何て思う
普通ならもう潰れていても全然可笑しくない
だから、この人と飲むのは楽しいんだと思う
これだけ女が飲むと、大抵の人は引くものなんだけどこの人はそれさえも楽しそうに笑うから
だからこちらも気にせず飲めると言うもので
さゆはアルコールが全く駄目だから、誘うのは気が引ける(誘えば来てくれるのだが)
もう1人の同期は九州女だから私と同じくらいは飲む
けど、あれと一対一で付き合うのはしんどいので毎回は勘弁して欲しいのが本音
いい奴なんだけどね、酔うとダル絡みしてくるから面倒臭い
だから、この距離感というのはとても気楽でいい
人との距離の取り方が上手いんだろうな、この人は
だから、あの警戒心の塊みたいなさゆの友達で居られるのだろう
なんてこの短い、薄い繋がりの中でも思わされるほどには、心地いいのだ
『着いたら何飲みます?テキーラショットしときます?』
「自分が強いからって余裕かましてくれちゃってまぁ…」
『ふふ、すみません
私も少し酔ってるのかもしれませんね』
「顔色1つ変えてないのによく言うよ…」
何て苦笑する萩原さんにこちらも笑って返す
うん、酔っているとまではいかずとも楽しんでいるのは間違いない
ストレスの多い仕事だ
最初はストレス発散のために飲むのもいいのかもしれない、といった思いつきで始めたもの
それがこんなに自分に合っていたなんて知らなかったけれど
ただのストレス発散がこんなに楽しくなったのだ、浮かれたって仕方ない
しかもこんなイケメンと飲めるのだ、楽しまない女がいるだろうか
あぁ、さゆは楽しまないかもしれないけど
なんて下らない事を考えていると目的のバーに着く
顔馴染みのバーテンさんが、物珍しいものを見るようにこちらを見遣るが流石と言うべきか何も言わずいつもの席が空いていることを教えてくれる
奥まったテーブル席
1人で使うには申し訳なくなる席なのだが、この席の存在を知らない人は多い
だから絡まれることなく飲めるのだ
ここに人を連れてきたことは無い
だからこそのあの反応なのだろう、分かっては居たけれどここは本当にお勧めなのだ
教えてもいいと思えるほどには、この時間を楽しませて貰っているので、そのお礼もかねて
『さて何飲みます?』
「岸辺ちゃんのお勧めは?」
『うーん、見てた限り萩原さんは甘口より辛口のお酒が好きそうなのでギムレットかホワイトレディ辺りですかね?』
「ジン好きなのがバレている、だと…!?」
『バレバレですー』
一緒に飲んでいると、大体何となく相手の好みというのは分かってくる
最初は私に合わせて甘口なのを飲んでいても、段々と自分の好みが出てくるものだ
この人は割と、ジンを好んで飲んでいることは数回飲み交わせば分かるもので
『あぁ、でもやっぱりジントニックが一番かもしれないですね
お巡りさんな、萩原さんにピッタリだと思うので
それかジンバック
アルコール度数は先程の2つより落ちますけどね』
「?それは何で?それと俺を潰そうとするのは止めてもらえると有り難いんだけど」
『覚えていたら調べたらいいですよ
勝負を先に仕掛けてきたのはそちらの方でしょう?』
何て笑ってみれば、こんにゃろ、みたいな少し子供っぽい笑顔が返ってくる
何か初めて誰かと飲むお酒が楽しいと思えた
まぁ、勝敗は言わずもがな私の勝ちでしたが
潰れる前に取りやめにしてバーテンさんに頼んで呼んで貰っていたタクシーに一緒に乗り込んで(酔っ払い1人を乗せてくれないタクシーは多いのである)
珍しいパターンだ、と笑う運転手さんにそうでしょう?とこちらも少し得意になって
以前聞いていたマンション名を告げて走って貰う(どちらが酔いつぶれてもいいように事前に情報共有はしていたのだ)
絡んできた酔っ払いでは無いため放置するのは流石に気が引ける
送り狼みたいなことしてるなー、なんて思うが断じてそう言ったつもりは無いことをここに弁明しておく
辿り着いたマンション
タクシーから降りるのを運転手さんに手伝って貰い、肩を貸して目的の部屋へ
…いいとこ住んでるなー
ぼんやり眺めてふらつきながらも歩いてくれている萩原さんを支えてマンション内へ
一応意識はあるらしいので開錠して貰い一緒に入って行く
ちょっと調子に乗りすぎたな、今後は控えよう
やっぱり今日の私は酔っていたのだ
この作業が面倒だから今までは一緒に飲む相手のペース配分をしていたというのに
『ほら萩原さん着きましたよ、そろそろ疲れました』
「…あれー?俺ん家だー
なんで岸辺ちゃんが居るのー?」
『うん、早く靴脱いで中に入ってもらえるかな?』
「岸辺ちゃんも上がってくー?」
『はいはい、そうしましょうね』
「いらっしゃーい」
ベッドに押し込むだけはするつもりなので一緒に靴を脱いで引き摺るように寝室まで一緒に行く
ふにゃふにゃ再び、なんて頭の中で思いながらベッドに転がし、ネクタイだけを緩めて外し、途中で買ったミネラルウォーターと二日酔い用の薬をベッドサイドに置いておく
ふにゃふにゃ言いながらも既に眠そうな彼に小さく笑って、こりゃ覚えてないかもな、なんて頭の片隅で思う
混乱するといけないから置き手紙を書いて再び寝室に赴いた際には既に寝息を立てていて
『お休みなさい』
肩まで布団を掛けて寝室を出る
鍵はポストにでも入れておけばいいかな、ロックしてあったらどうしよう
鍵を持って一度下まで降りて確認したら幸いロックは掛かってなかった
それでいいのか、お巡りさん
いや、面倒な気持ちは分かるのだけれど
部屋までとんぼ返りをして、鍵はポストの中だという一文を付け足してその部屋を去る
マンションを出ると先程の運転手さんが気を利かせて待っていてくれたのでありがたく自宅まで送って貰った
次再会するのはいつか分からないけれど、その時どんな顔をしているのか、を1人想像して小さく笑った
程よい関係
(ちょっとだけ、踏み込みすぎたかもしれない)