君の生きる理由になりたい
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side.A
警戒心があってもどこか危機感の無いみおさんからのいつもの近況報告
安室の存在に気付いた、と言うことは漸く何か動きがあるかもしれない、何て思って居た矢先の話であった
超絶インドアのみおさんは、休みの日であっても家から出ないことは多い
確実に外出するのは出勤日
みおさんのシフトを奴が手に入れているかどうかはまだ不明ではあるが、知ることが可能だと仮定して
みおさんの出勤日と奴の休日が重なったこの日は、俺も警戒はしていた
みおさんは日勤であるため、世間体を気にするタイプのアイツが朝に動くとは考えにくい
なので、就業時間に間に合うように俺の方も調節していたのだがそう言う日に限って別件が入るモノで
漸く終わりが見えてきたときに見えたその通知に、思わず舌打ちをしたくなった
“家バレた”
“近くの路地裏”
“連絡先消す”
短いけれど、必要最低限の情報が伝わるそのメッセージ
見事にタイミングが被ったというモノで
急いで仕事を片付け、車を走らせる
何度も通った道、人を連れ込めそうな場所はもう既にピックアップしている
マンションの駐車場に車を停めて、そこからは虱潰し
まぁ、そんなに隠れられそうな場所は多くないため、その姿はすぐに見つけることが出来た
「みおさん…!」
拒むに拒めず、受け入れるように、諦めるように目を閉じるその姿は、見覚えのあるモノ
けれどあの時と違うのは、身を固くして拒絶の意思が感じられたと言うこと
その姿に焦燥を感じて思わず声を上げれば、伏せられた瞳が開き、俺を捉える
その瞬間、彼女の瞳に宿ったモノは安堵で
一先ず強制的に男を引き離し、自身の背にみおさんを庇う
背に触れた手が震えていたのは、恐らく気のせいではない
「な、なんでお前が…!
美音、俺の事を裏切ったのか…!」
「裏切りも何も、勝手に彼氏面してる貴方にそんな権利は始めからありません」
「彼氏面?俺は美音の彼氏だ!なぁ、美音そうだろう?」
『…生憎と彼氏彼女の関係になった記憶は無いし、あの日以外直接会話をした記憶もありません』
「何を言って…?あの後君の方から告白してきて、何度も体を重ねただろう?」
『いいえ』
「はは、美音、どうしたんだい?そんなに俺と会えないのが寂しかった?」
『いい加減にしてください、この勘違い野郎』
今までの鬱憤を晴らしたいのか、硬い口調に苛立ちが混ざる
それでも俺の背から出てこない辺り、まだ警戒はしているし恐怖心を抱いていると見てもいいのだろう
強い瞳で睨みつけるようにきっぱりと否定をする
甘い態度であるとつけあがると言うことを、彼女はきっと身を以て知っている
だからはっきりと最初から断っていたし、相手にもしていなかったというのに
以前みおさんは飽きると思っていたと言った
確かに普通の感性を持った人間なら、これ程相手にされていなければ脈なしと判断して離れて行くものである
ただ、それが通用しない相手だって世の中には居るモノで
これだけはっきりと拒絶されていても懲りずに、2人がどれだけ甘い時間を過ごしてきたかを1人で語っている
それはあのメッセージにも通知されていた内容で、この男の中では全て実際に起こった出来事になっているのだろう
その全てにみおさんははっきりとその事実はないと否定し続けている
聞く度に歪んでいくその表情は、見ていて痛々しい
『何度でも言います
私は貴方とは一度しか会っていないし、ましてやお付き合いなんてしていません
連絡も取り合っていません
妄想するのは勝手ですが、貴方の不埒な欲求を私に押しつけないでください
迷惑です』
これ以上無いはっきりとした拒絶の言葉
きっと俺が居なくともこれくらいはっきりと意見を述べることは出来る人
けれどそれをしてしまうとどう転ぶか分からなかったので、大人しく話を合わせていたのだろう
俺が助けに来ると信じて
通知した場所から逃げなかったのも恐らくその為
俺が少しでも早くこの場に駆けつけることが出来るようにと
自分は多少のことは我慢して、傷付いて
「ふざけるな…!」
頭に血が上ったのであろうその男は、分かりやすく逆上して殴りかかってくる
けれど、素人の拳を避けるなんて俺からしたら造作も無いことで
「みおさん、警察に通報を
暴行の実行犯です」
『今しています』
利き手とは逆の手で携帯を持つ姿に違和感
何かメモを取る、と言うのなら確かにその方が自然
普段からその癖が付いている、と言う可能性だってある
けれど…
『今から来るそうです
それまで抑えられますか?家から何かビニール紐みたいなモノ持ってきましょうか?ガムテープとか』
「そうですね、僕の車にガムテープが置いてあるので取ってきてもらえますか?
マンションの駐車場お借りしてます」
『…勝手に入っても大丈夫ですか?』
「信用してますから
はい、これ鍵です、よろしくお願いします」
ポケットに携帯を滑り込ませて、左手で鍵を受け取る
やはり庇っているようだな…
暗くなって分かりにくいが、頬にも殴られた跡がある
鍵を持って立ち去ったみおさんを見送って、自身の下にいる男を見遣る
未だに現状を受け入れられないのか、受け入れることを拒んでいるのか、なぜ、どうして、と譫言のように繰り返している
厄介な奴に好かれましたね、みおさん…
その後戻ってきたみおさんからガムテープを受け取り拘束
暫くしたら警察も到着し男の身柄を引き渡す
時間もあるし、事が事だ
事情聴取は後日でも、と気を遣う警察相手にさっさと済ませて終わったことにしたい、と言う旨を随分まろやかに伝えて、そのまま警察署へ
調書を取り終え帰宅する頃には21時を回っていた
「みおさん、明日は?」
『夜勤です』
「それは…、休めませんね」
『日勤でもこの程度の事じゃ休みませんよ』
「けれど、傷が…」
『傷、あぁ、顔
確かにこれは患者さんにも突っ込まれちゃうなぁ…』
「それもありますが」
見える部位での怪我は、恐らく顔のみ
けれど気付いた違和感を放っておくことも出来ない
なるべく優しく右腕を取ると、怯えるように震える
それでも放さずゆっくりと袖を捲ればくっきり着いた手形に、三日月状に残る赤い跡と血が擦れて乾いた跡
『…気付かれてましたか』
「右手を庇っていたようなので」
『流石探偵さんですね』
「この手で仕事出来るんですか?」
『夜勤な分、清潔ケアは殆ど無いですし、何とかなります』
「ですが…」
『夜勤を休むのは、日勤を休むのとは訳が違います
迷惑のかけ方が違う
一晩頑張れば幸いなことに2連休ですのでその間に傷も癒えるでしょう
それに、何かしていた方が気が紛れる』
「みおさん…」
『流石に慣れているとはいえ、舐めてましたね』
その言葉は本音なのだろう
困ったように笑う様子に、なんとも言えない気持ちになる
みおさんは最初から拒んでいた
甘さを見せたらつけあがると知っていたから、期待を持たせるようなことは始めからしなかった
完全に彼女は被害者
それなのに彼女は全て自分だけのモノとして抱え込んで飲み込んでしまう
きっとこの事を誰かに語るなんて事はしないのだろう
「みおさん、終わらせることは出来ますが無かったことには出来ません」
『…そうですね』
「すべて、1人で抱え込む必要もありません」
『けど…』
「当事者は、ここにも居ます」
安室という存在に気付かなければ、きっとズルズルと長引いた
妄想だけでは物足りなくなった奴が動く未来だってあったはず
そうなったら、彼女は1人だった
誰にも頼る事なんてせず、1人でこの出来事と向き合う羽目になった
なんでも1人で出来てしまうが故の弊害
ずっとそうやって生きてきたのであろう
「みおさん、その傷の手当てをさせてください」
『大丈夫です、そこまで迷惑を掛けるわけにはいきません』
「最初に迷惑を掛けたのは僕の方です
この程度の事じゃ、釣り合いが取れない」
『そんなこと無いです』
「そんなことあるんです」
人に頼ることをしない人間というのは、こう言う時に厄介だ
人の好意を甘受しない
出来てしまうが故に、拒む
けれど、それでは今一緒に居る意味が無いのだ
頭の中で声がする
ここまでしてやる必要が無いという僕と、なんとかしてやりたいという俺と
深く関われば関わるほどリスクは増す
奴等に彼女の存在を知られるかもしれない、俺の正体に勘付かれるかもしれない
そんなことは分かっている
けれどあの日から
関わりを持ってしまったあの日から
この人の隣は息がしやすいと感じる俺が居るのも確かなモノで
「みおさん、先程も言いましたが、終わったことには出来ても、無かったことには出来ない
今貴女の感じている気持ちは貴女のモノで、僕が完全に理解することは出来ない
だから、貴女が自分で折り合いをつけなければいけない」
『はい』
「飲み込むだけが方法ではないです
当事者として、彼氏として、今ここに居る間は、少しでもそのお手伝いをさせてもらえませんか?」
『…探偵って、アフターフォローまでがお仕事でしたっけ』
「今は探偵では無く、彼氏としてここに居ますので」
そう言って笑えば、みおさんも困ったように笑う
本当に、甘えることが下手な人だ
『本当に、甘やかすのが上手な人ですね』
「甘えベタな人ほど甘やかしたくなるモノです」
『それ、私のこと言ってます?』
「みおさん以外に他に誰が?」
『意地悪な人だなぁ』
「そうですかね?」
くすくす、と小さく笑う彼女に釣られて笑う
大人しく車に乗り込んだ彼女に行き先は告げずに走り出す
家への進行方向とは違う道を走る車に、何も言わず身を任せる
疲れたように瞳を閉じて
まぁ、仕事終わりにこれだ
疲労しないはずも無い
「みおさん」
『はい』
「気持ちに折り合いがつくまで、この関係を続けてみませんか?」
『…何のメリットが?』
「やだなー、僕そんな損得勘定で動くような人間に見られてます?」
『…多少は』
「酷いなー
お互い異性避けになって良いでしょう?暫くはこういったことは遠慮したいかと思いまして」
『あぁ、まぁ、そうですね…
安室ファンの反感凄そうだなー…』
「何言ってるんですか、黙らせるくらい簡単でしょう?」
『なんです?私そんな絶世の美女か何かです?』
「僕にとってはそうですが?」
『口達者だなー…』
目は閉じられたまま続く会話
冗談の応酬の様な軽いこの会話のどのくらいを本気として捉えているのか
口元には僅かに笑みが浮かんでいるため、悪い話では無いとでも思って居るのだろう
『けど、そうですね
暫くは、心穏やかに生活したい…』
「でしょう?」
『契約延長ですね』
「何かその言い方嫌ですねー」
そんな話をしていると家に着く
みおさんの家では無く、あの日みおさんと共に戻ってきたセーフハウス
停車を知覚して目を開けたみおさんは、見覚えの無い場所であろうが何も言わず車を降りる
と大人しく僕の後ろに続いて家の中へ
さっきの今で警戒心が無い、とも言われ兼ねない行動ではあるが名目上彼氏であるため目を瞑って貰おう
先にシャワーを浴びたいだろうと勧めると、遠慮しながらもその申し出を受ける
その間に簡単な軽食を作って、手当ての準備もする
シャワーを終えたみおさんはその光景に苦笑をしたが、大人しく手当てを受け入れ、食事を口にする
『安室さん』
「どうしました?」
『…隣に行っても良いですか?』
「どうぞ」
食事を終えたみおさんはソファーに座る僕に声を掛ける
その内容に同意すると、遠慮がちに隣に腰掛ける
そのまま膝を抱えるように小さくなって、膝に顔を埋める
細く息を吐き出す彼女の頭をゆっくり撫でると、少しだけ肩の力が抜けたような気がした
『安室さん』
「はい」
『少しだけ、くっついても良いですか?』
「どうぞ」
座り位置を少し変え、肩に寄りかかるように頭を預ける
目を閉じて、ゆっくり呼吸することを意識して、気持ちを落ち着かせるように
本当に、甘えるのが下手な人だ
何のために一緒に居ると思って居るのか
無器用な人だな、と気付かれないように小さく笑う
「それで足りますか?」
『…どうなんですかね』
「足りていないようですね」
『…そうなんでしょうね』
どこまでも他人事のように話す彼女に、これ以上は難しいのだろうと判断して、勝手に甘やかすことにする
こういうタイプは、少し強引なくらいがちょうど良い
寄りかかってくる僅かな重み
そんなモノでは傷が癒えること何てない
目を閉じていることを良いことに、何も言わずその細い体を抱き上げ、膝の上に横向きに座らせる
そうして頭を抱き込むように引き寄せ、一定感覚でリズムを取るように背を叩く
暫くの間黙ってそれを続けていれば、耳に届く静かな寝息
漸く張り詰めていた糸が切れたようだ
「おやすみなさい、みおさん」
どうか、安らかな眠りであるように
もう少しだけ楽にして
(何でも抱え込んでしまうことが、正解じゃ無いと知って)
警戒心があってもどこか危機感の無いみおさんからのいつもの近況報告
安室の存在に気付いた、と言うことは漸く何か動きがあるかもしれない、何て思って居た矢先の話であった
超絶インドアのみおさんは、休みの日であっても家から出ないことは多い
確実に外出するのは出勤日
みおさんのシフトを奴が手に入れているかどうかはまだ不明ではあるが、知ることが可能だと仮定して
みおさんの出勤日と奴の休日が重なったこの日は、俺も警戒はしていた
みおさんは日勤であるため、世間体を気にするタイプのアイツが朝に動くとは考えにくい
なので、就業時間に間に合うように俺の方も調節していたのだがそう言う日に限って別件が入るモノで
漸く終わりが見えてきたときに見えたその通知に、思わず舌打ちをしたくなった
“家バレた”
“近くの路地裏”
“連絡先消す”
短いけれど、必要最低限の情報が伝わるそのメッセージ
見事にタイミングが被ったというモノで
急いで仕事を片付け、車を走らせる
何度も通った道、人を連れ込めそうな場所はもう既にピックアップしている
マンションの駐車場に車を停めて、そこからは虱潰し
まぁ、そんなに隠れられそうな場所は多くないため、その姿はすぐに見つけることが出来た
「みおさん…!」
拒むに拒めず、受け入れるように、諦めるように目を閉じるその姿は、見覚えのあるモノ
けれどあの時と違うのは、身を固くして拒絶の意思が感じられたと言うこと
その姿に焦燥を感じて思わず声を上げれば、伏せられた瞳が開き、俺を捉える
その瞬間、彼女の瞳に宿ったモノは安堵で
一先ず強制的に男を引き離し、自身の背にみおさんを庇う
背に触れた手が震えていたのは、恐らく気のせいではない
「な、なんでお前が…!
美音、俺の事を裏切ったのか…!」
「裏切りも何も、勝手に彼氏面してる貴方にそんな権利は始めからありません」
「彼氏面?俺は美音の彼氏だ!なぁ、美音そうだろう?」
『…生憎と彼氏彼女の関係になった記憶は無いし、あの日以外直接会話をした記憶もありません』
「何を言って…?あの後君の方から告白してきて、何度も体を重ねただろう?」
『いいえ』
「はは、美音、どうしたんだい?そんなに俺と会えないのが寂しかった?」
『いい加減にしてください、この勘違い野郎』
今までの鬱憤を晴らしたいのか、硬い口調に苛立ちが混ざる
それでも俺の背から出てこない辺り、まだ警戒はしているし恐怖心を抱いていると見てもいいのだろう
強い瞳で睨みつけるようにきっぱりと否定をする
甘い態度であるとつけあがると言うことを、彼女はきっと身を以て知っている
だからはっきりと最初から断っていたし、相手にもしていなかったというのに
以前みおさんは飽きると思っていたと言った
確かに普通の感性を持った人間なら、これ程相手にされていなければ脈なしと判断して離れて行くものである
ただ、それが通用しない相手だって世の中には居るモノで
これだけはっきりと拒絶されていても懲りずに、2人がどれだけ甘い時間を過ごしてきたかを1人で語っている
それはあのメッセージにも通知されていた内容で、この男の中では全て実際に起こった出来事になっているのだろう
その全てにみおさんははっきりとその事実はないと否定し続けている
聞く度に歪んでいくその表情は、見ていて痛々しい
『何度でも言います
私は貴方とは一度しか会っていないし、ましてやお付き合いなんてしていません
連絡も取り合っていません
妄想するのは勝手ですが、貴方の不埒な欲求を私に押しつけないでください
迷惑です』
これ以上無いはっきりとした拒絶の言葉
きっと俺が居なくともこれくらいはっきりと意見を述べることは出来る人
けれどそれをしてしまうとどう転ぶか分からなかったので、大人しく話を合わせていたのだろう
俺が助けに来ると信じて
通知した場所から逃げなかったのも恐らくその為
俺が少しでも早くこの場に駆けつけることが出来るようにと
自分は多少のことは我慢して、傷付いて
「ふざけるな…!」
頭に血が上ったのであろうその男は、分かりやすく逆上して殴りかかってくる
けれど、素人の拳を避けるなんて俺からしたら造作も無いことで
「みおさん、警察に通報を
暴行の実行犯です」
『今しています』
利き手とは逆の手で携帯を持つ姿に違和感
何かメモを取る、と言うのなら確かにその方が自然
普段からその癖が付いている、と言う可能性だってある
けれど…
『今から来るそうです
それまで抑えられますか?家から何かビニール紐みたいなモノ持ってきましょうか?ガムテープとか』
「そうですね、僕の車にガムテープが置いてあるので取ってきてもらえますか?
マンションの駐車場お借りしてます」
『…勝手に入っても大丈夫ですか?』
「信用してますから
はい、これ鍵です、よろしくお願いします」
ポケットに携帯を滑り込ませて、左手で鍵を受け取る
やはり庇っているようだな…
暗くなって分かりにくいが、頬にも殴られた跡がある
鍵を持って立ち去ったみおさんを見送って、自身の下にいる男を見遣る
未だに現状を受け入れられないのか、受け入れることを拒んでいるのか、なぜ、どうして、と譫言のように繰り返している
厄介な奴に好かれましたね、みおさん…
その後戻ってきたみおさんからガムテープを受け取り拘束
暫くしたら警察も到着し男の身柄を引き渡す
時間もあるし、事が事だ
事情聴取は後日でも、と気を遣う警察相手にさっさと済ませて終わったことにしたい、と言う旨を随分まろやかに伝えて、そのまま警察署へ
調書を取り終え帰宅する頃には21時を回っていた
「みおさん、明日は?」
『夜勤です』
「それは…、休めませんね」
『日勤でもこの程度の事じゃ休みませんよ』
「けれど、傷が…」
『傷、あぁ、顔
確かにこれは患者さんにも突っ込まれちゃうなぁ…』
「それもありますが」
見える部位での怪我は、恐らく顔のみ
けれど気付いた違和感を放っておくことも出来ない
なるべく優しく右腕を取ると、怯えるように震える
それでも放さずゆっくりと袖を捲ればくっきり着いた手形に、三日月状に残る赤い跡と血が擦れて乾いた跡
『…気付かれてましたか』
「右手を庇っていたようなので」
『流石探偵さんですね』
「この手で仕事出来るんですか?」
『夜勤な分、清潔ケアは殆ど無いですし、何とかなります』
「ですが…」
『夜勤を休むのは、日勤を休むのとは訳が違います
迷惑のかけ方が違う
一晩頑張れば幸いなことに2連休ですのでその間に傷も癒えるでしょう
それに、何かしていた方が気が紛れる』
「みおさん…」
『流石に慣れているとはいえ、舐めてましたね』
その言葉は本音なのだろう
困ったように笑う様子に、なんとも言えない気持ちになる
みおさんは最初から拒んでいた
甘さを見せたらつけあがると知っていたから、期待を持たせるようなことは始めからしなかった
完全に彼女は被害者
それなのに彼女は全て自分だけのモノとして抱え込んで飲み込んでしまう
きっとこの事を誰かに語るなんて事はしないのだろう
「みおさん、終わらせることは出来ますが無かったことには出来ません」
『…そうですね』
「すべて、1人で抱え込む必要もありません」
『けど…』
「当事者は、ここにも居ます」
安室という存在に気付かなければ、きっとズルズルと長引いた
妄想だけでは物足りなくなった奴が動く未来だってあったはず
そうなったら、彼女は1人だった
誰にも頼る事なんてせず、1人でこの出来事と向き合う羽目になった
なんでも1人で出来てしまうが故の弊害
ずっとそうやって生きてきたのであろう
「みおさん、その傷の手当てをさせてください」
『大丈夫です、そこまで迷惑を掛けるわけにはいきません』
「最初に迷惑を掛けたのは僕の方です
この程度の事じゃ、釣り合いが取れない」
『そんなこと無いです』
「そんなことあるんです」
人に頼ることをしない人間というのは、こう言う時に厄介だ
人の好意を甘受しない
出来てしまうが故に、拒む
けれど、それでは今一緒に居る意味が無いのだ
頭の中で声がする
ここまでしてやる必要が無いという僕と、なんとかしてやりたいという俺と
深く関われば関わるほどリスクは増す
奴等に彼女の存在を知られるかもしれない、俺の正体に勘付かれるかもしれない
そんなことは分かっている
けれどあの日から
関わりを持ってしまったあの日から
この人の隣は息がしやすいと感じる俺が居るのも確かなモノで
「みおさん、先程も言いましたが、終わったことには出来ても、無かったことには出来ない
今貴女の感じている気持ちは貴女のモノで、僕が完全に理解することは出来ない
だから、貴女が自分で折り合いをつけなければいけない」
『はい』
「飲み込むだけが方法ではないです
当事者として、彼氏として、今ここに居る間は、少しでもそのお手伝いをさせてもらえませんか?」
『…探偵って、アフターフォローまでがお仕事でしたっけ』
「今は探偵では無く、彼氏としてここに居ますので」
そう言って笑えば、みおさんも困ったように笑う
本当に、甘えることが下手な人だ
『本当に、甘やかすのが上手な人ですね』
「甘えベタな人ほど甘やかしたくなるモノです」
『それ、私のこと言ってます?』
「みおさん以外に他に誰が?」
『意地悪な人だなぁ』
「そうですかね?」
くすくす、と小さく笑う彼女に釣られて笑う
大人しく車に乗り込んだ彼女に行き先は告げずに走り出す
家への進行方向とは違う道を走る車に、何も言わず身を任せる
疲れたように瞳を閉じて
まぁ、仕事終わりにこれだ
疲労しないはずも無い
「みおさん」
『はい』
「気持ちに折り合いがつくまで、この関係を続けてみませんか?」
『…何のメリットが?』
「やだなー、僕そんな損得勘定で動くような人間に見られてます?」
『…多少は』
「酷いなー
お互い異性避けになって良いでしょう?暫くはこういったことは遠慮したいかと思いまして」
『あぁ、まぁ、そうですね…
安室ファンの反感凄そうだなー…』
「何言ってるんですか、黙らせるくらい簡単でしょう?」
『なんです?私そんな絶世の美女か何かです?』
「僕にとってはそうですが?」
『口達者だなー…』
目は閉じられたまま続く会話
冗談の応酬の様な軽いこの会話のどのくらいを本気として捉えているのか
口元には僅かに笑みが浮かんでいるため、悪い話では無いとでも思って居るのだろう
『けど、そうですね
暫くは、心穏やかに生活したい…』
「でしょう?」
『契約延長ですね』
「何かその言い方嫌ですねー」
そんな話をしていると家に着く
みおさんの家では無く、あの日みおさんと共に戻ってきたセーフハウス
停車を知覚して目を開けたみおさんは、見覚えの無い場所であろうが何も言わず車を降りる
と大人しく僕の後ろに続いて家の中へ
さっきの今で警戒心が無い、とも言われ兼ねない行動ではあるが名目上彼氏であるため目を瞑って貰おう
先にシャワーを浴びたいだろうと勧めると、遠慮しながらもその申し出を受ける
その間に簡単な軽食を作って、手当ての準備もする
シャワーを終えたみおさんはその光景に苦笑をしたが、大人しく手当てを受け入れ、食事を口にする
『安室さん』
「どうしました?」
『…隣に行っても良いですか?』
「どうぞ」
食事を終えたみおさんはソファーに座る僕に声を掛ける
その内容に同意すると、遠慮がちに隣に腰掛ける
そのまま膝を抱えるように小さくなって、膝に顔を埋める
細く息を吐き出す彼女の頭をゆっくり撫でると、少しだけ肩の力が抜けたような気がした
『安室さん』
「はい」
『少しだけ、くっついても良いですか?』
「どうぞ」
座り位置を少し変え、肩に寄りかかるように頭を預ける
目を閉じて、ゆっくり呼吸することを意識して、気持ちを落ち着かせるように
本当に、甘えるのが下手な人だ
何のために一緒に居ると思って居るのか
無器用な人だな、と気付かれないように小さく笑う
「それで足りますか?」
『…どうなんですかね』
「足りていないようですね」
『…そうなんでしょうね』
どこまでも他人事のように話す彼女に、これ以上は難しいのだろうと判断して、勝手に甘やかすことにする
こういうタイプは、少し強引なくらいがちょうど良い
寄りかかってくる僅かな重み
そんなモノでは傷が癒えること何てない
目を閉じていることを良いことに、何も言わずその細い体を抱き上げ、膝の上に横向きに座らせる
そうして頭を抱き込むように引き寄せ、一定感覚でリズムを取るように背を叩く
暫くの間黙ってそれを続けていれば、耳に届く静かな寝息
漸く張り詰めていた糸が切れたようだ
「おやすみなさい、みおさん」
どうか、安らかな眠りであるように
もう少しだけ楽にして
(何でも抱え込んでしまうことが、正解じゃ無いと知って)