君の生きる理由になりたい
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「漸くあの胡散臭いのと別れたらしいわね」
休日、用事があって赴いた博士の家で不敵な笑みを浮かべた哀ちゃんにそう言われ苦笑を返す
詳しい理由は知らないけれど、どうやら哀ちゃんは安室さんを胡散臭い人間呼ばわりしていて、警戒しているようであった
私と安室さんの交際(契約関係ではあったが)を快く思っていなかったようで、顔を合わせる度にいつあの男と別れるのか、と聞いてきていた
内情は知っているはずなのに、毎度そうやって問い掛けてくるのは一種の挨拶のようであって、お互い本気では取り合っていなかったのだが
「…もう大丈夫なの?」
『大丈夫だよ、心配ありがとね』
哀ちゃんは新ちゃんが小さくなって暫くした頃、いつの間にか博士の家に住むようになった女の子
見た目の年の頃は小学低学年程度、コナンくんと同い年と言える
けれど、その立ち振る舞い、考え方、話し方は年不相応で、あぁ、この子も訳ありか、と何となく察した私は、彼女をあまり子供扱い出来なかった
彼女の実年齢がどの程度か分からないから距離の取り方は少々悩んだけれど、恐らく新ちゃんとそう年は変わらないだろうと目星を付けて、不自然にならない程度に接していたら比較的気を許してもらえたようで
今では見た目こそかなり年は離れているものの、それなりに仲の良い友達のような関係で過ごせている
「けど、随分急だったわね
何か合ったの?」
『んー、ちょっとだけ』
「それはちょっとじゃない奴ね」
『あはは』
笑って誤魔化せば、哀ちゃんからのジト目を頂いた
まぁ、こんな返答じゃ何かありました、と言っているようなものなのは分かっているけれど
そろそろ新ちゃんが突撃してきそうで、ちょっと憂鬱
「…その様子じゃ、原因は向こうかしら?」
『んー、どっちとも言えない感じかなぁ』
「あら、みおさんに落ち度がある自覚あるの?」
『あると言えばあるけどないと言えばない』
「何よ、それ」
呆れたような様子の哀ちゃんに苦笑を零す
私のあの日の態度のせいで、関係が終わったと言う事だけにスポットを当てたならば、原因は私になる
そもそも、そう言った状況を作った根本を辿れば安室さんになる
けれど、何かあると分かっていながらも心地よさに浸って、問題を先延ばしにしていたのも事実で、そう考えると私に原因があるとも言えなくもない
『とても微妙な感じなの』
「私は安心したけれどね、あの29歳探偵アルバイターと別れることになって」
『そうやって聞くと紐感半端ないね、安室さん』
あのルックスとスペックと、関わった人ならそんなものに目が眩んで彼の肩書きを忘れてしまうけれど
確かに改めてその字面を目の当たりにすると、駄目男まっしぐらだなぁ
駄目男という言葉があまりにも似合わなさすぎて、逆に笑えてくるけれど
「みおさんには公務員くらいの、しっかりとした職業を選ぶ人がお似合いよ」
そうやって言って笑う哀ちゃんに苦笑を零す
私の推測なら、それに安室さんも該当してしまいそうなのだけれど
真実はどうであるのか知らないので、そこはそっとしておく
そうやって哀ちゃんと雑談をしていれば、最近工藤家に、これまた安室さんに負けず劣らずの胡散臭い大学院生が住み始めたらしいことを聞く
哀ちゃんの様子が、胡散臭いから警戒していると言うよりも、怯えているような様子に見えたのは黙っておく
何でもこの間のアパート全焼事件があったアパートの住民で、コナンくんとシャーロックという共通の話題で意気投合してしまったらしい
…聞いてないぞ、新ちゃん
居候と言えど、あそこは私の家でもあるのだけれど
急に家を無くしたと言う人を追い出すようなことは流石にしないけれど
あそこには細々した自身の私物はある
まぁ必要な物は持ち出しているし、部屋にさえ入られなければそれはそれでいいのだけれど
ただ新ちゃんがわざわざ家に連れ込んだと言うのならば、ただのシャーロキアンと言う事ではなさそうだけれど
あそこは秘密がたくさんある
信用できない人間を住まわせるには随分リスキーな場所
それでも案内したと言う事は、新ちゃんとしては信用に足る人間だと判断されたから、だと言う事は分かるのだけれど
「…江戸川君、みおさんに話通してなかったのね」
『初耳だね
恐らく私が拒否するとは思っていないから頭から抜けてたんだろうけど』
「甘えすぎよ」
『まぁ、急に住むところ無くなってしまったのはその人のせいではないからね』
それらしい理由を羅列してみたけれど、それだけが新ちゃんが私に話さなかった理由ではない
私がこの強引な新ちゃんの行動の裏を察することを察しているから、何も言わないのだろう
それを甘えと表現するのならば、間違ってはいないのだけど
『哀ちゃんはその人に会ったの?』
「もう二度と会いたくないけれどね」
『めっちゃ嫌ってるやん…』
「それだけ胡散臭いのよ、あの人より酷いと思うわ」
『安室さんをどの程度の胡散臭い人に位置づけてるかは分からないけど、余程嫌がってるのだけは伝わった』
元々警戒心が強い子ではあると思う
けれど、それだけでここまで難色を示しているわけではないのだろう
きっと、直感は鋭そうだし、観察眼もある
その哀ちゃんが、駄目だ、と判断するのにはそれなりに理由があるはず
新ちゃんとの認識に差があるのはいまいち理由付けできないけれど
多分きっと、その人も色々背景がありそうな人、と言う事で良さそうだ
最近身の回りに怪しい雰囲気が漂って、なんだか落ち着かない
変化を望んではいないのだけれど…
「そういう訳だから、一人であの男に会うことしないようにね」
『面識無いから、避けようがないけれど』
「一人であの家に行くようなことしちゃ駄目って事よ」
『私の家でもあるんだけどなぁ…』
実家に帰るのさえ気を遣わないと行けないとは何事だ
まぁ、そんな頻繁に帰ってはいないし、お目通りするのは随分と先のことになりそうだけど
あぁ、でも、今日ここまでやって来たのだから挨拶して帰るのも手かもしれない
それを言ったら目の前のこの小さな友人はそれはそれは嫌そうな顔をすることだろうけど
繰り返し言うが、あの新ちゃんがそこまで信用している人間なのだとしたら、悪い人ではない
追っかけている“ナニカ”を捕まえるために必要な人材
一高校生、何なら今は小学生の新ちゃんに協力してくれるような人、と言う事は余程柔軟な人か、利を優先する人か
害なす人、でなければ私は文句を言うつもりは無い
いつも通り見守って、傍に居て
もう、一人になる事が無いように守るだけのことで
「みおくん、終わったぞ」
『あぁ、ありがと博士』
「最近また巻き込まれたらしいのう
ちゃんと警戒するんじゃよ」
『結構ガード堅い方だと思うんだけどなぁ、私』
「まぁ、緩くは無いと思うけど、どこかほわほわした雰囲気があるからね、みおさんは」
『してるかなぁ…』
あぁ、でもなんか、うん
似たような事幼馴染みにも、安室さんにも言われた様な気がするな
話してると気が抜ける、とは度々言われてきた言葉だ
悪い意味で使われていないことを知っているから、特に深く捉える事無く流してきたけれど
この性格のせいで巻き込まれていると言うのならば直した方が良いのだろうか
それこそ今更な気がしなくもないのだけれど
『博士も会ったの?私の家の居候さん』
「沖矢君か?あぁ、会ったぞ
優作さんにも話を通してあるとは言っておったが」
『私だけ除け者にするとは良い度胸ね、コナンくん』
「あら博士、どうやら余計なこと言ったようね」
そう言って不敵に笑う哀ちゃんに苦笑を返す
なるほど、つまり優作さんと有希子さんはコナン=新一と言う事を知っているのか
新ちゃんの事だから自分から言い出すことは無い、のでつまりは博士が流石に親に黙っておくのは、と気を利かせて話を通したと言う事で
博士もあの両親も新ちゃんが追っている“ナニカ”について知っていて協力していると言うのなら、確かに私はこの程度の踏み込みでちょうど良いのだろう
多分私の察しが色々よすぎて、そこの辺りは新ちゃんにとっては想定外だったんだろうけど
『さてと、私はこの辺りでお暇しようかな』
「送っていこうか?みおくん」
『大丈夫、ここからそう遠いとこでもないのだし』
哀ちゃんには怒られるだろうけど、このまま工藤家に寄って帰ろうと思っているからね
その居候に会いに行くためではない、元々その予定で今日はここまでやって来ているのだからそんなイレギュラーは知ったこっちゃない
連絡を寄越さない新ちゃんが悪いんだ、私が私の家に帰って何が悪い
どうやら私はちょっと怒っているらしい
そりゃそうだ
私が1つ2つ秘密を作ったら何で教えないんだ、と怒るクセにそっちは秘密だらけじゃないか
よし、今度新ちゃんが乗り込んできて文句を言ってきたならこれで返そう、きっと何も言えなくなるはず
そんなことを思いながら玄関で二人に見送られ、そのまま足は工藤家へ
さてさて、どれだけ胡散臭い人が居ることやら
*****
Side.O
カチャリ
玄関の扉が開く音がする
ボウヤが来る場合は事前に連絡が入るはず、だが今日はそんな連絡は来ていない
と言う事は…
先程まで聞いていた阿笠家での会話を思い起こせば、みおさん、と呼ばれていた彼女だろう
時間的にもその線しか考えられないほど早く
部屋から出て階段を下りたら、ちょうど靴を脱ぎ終わった彼女がこちらを見上げていた
俺という存在をつい先程聞いたばかりの彼女の表情には驚愕はなく、少しばかり笑みを浮かべている
『初めまして』
「初めまして、あの…」
『ここの元居候、白峰美音です』
「それは…、現居候の沖矢昴です」
ボウヤから彼女の話は聞いていない
元居候、と言っていたが当たり前に今もこの家の鍵を手にしていて自由に出入りをしている様子から見るに、家を借りていただけ、ではないことが分かる
私の家でもある、という言い方
何か事情があってこの家に引き取られ、生活をしていた、と言う事か
「それで、あの」
『先程阿笠家で新しく居候が出来た、と聞いたものでご挨拶に
と言いたい所ですが、普通にこの家に置いてある私物を取りに来ただけです
この家を出てそれなりに経ってはいますが、私物全てを持ち出してはいませんから』
淡々と言葉を紡ぐその声音に、感情はない
何も知らされていない間に、赤の他人が住み着いているなんて本当は怒っても良いような事象であるのに
俺に怒ったところで仕方ない、と思っていたとしても普通はもっと、何かしらの感情をぶつけてくることは普通に有り得ることで
『なにか?』
「いえ、あの、知らない男が住んでいる、と言うのに平然とされているもので…」
『あぁ…
家を火事でなくした、と聞きました
それは貴方のせいではないですし、家主の許可が出ているのであれば何も問題ないでしょう?
私が今ここに住んでいる訳では無いのだし、怒りを貴方にぶつけるのはお門違いですから』
「…怒ってはいるんですね」
『まぁ、この家に帰ってくる頻度としては優作さん達より私の方が高いのに、黙っているとは何事か、とは思ってますね』
「それは、その、すみません」
『だから別に、貴方には怒ってないですって』
彼女の話していることは誰がどう考えても正しくて
この場に非がある人間は居ないのだから空気を悪くするのは、という事なのだろうか
『沖矢さん、院生って言うことは私よりは年上でしょう?そこまで畏まらなくても良いですよ』
「この話し方は癖みたいなものなので」
『まぁ、そう言う事なら』
初対面の人間とそう話すことは多くないのだろう、そのまま階段を登って行く背中を見送る
ボウヤから彼女について聞いておく必要があるかもしれない、何て考えていると、あ、と言う小さな声
『あの、沖矢さん』
「はい」
『この家で好きに過ごされて良いんですが、私の部屋には入らないでくださいね
何かあるわけではないですけど、何となく…』
「女性の部屋に断りもなく入るほど、不躾ではないと思っていますが」
『だったら良いです、すみません』
気にするのはそれだけなのか
家主からの許可が出ているからと言って、そう簡単に受け入れられる様なことではないだろう
随分と物わかりがよすぎる
下手に首を突っ込みたくないのか、或いは
一応、と思って手早くボウヤに白峰美音が家にやって来たと言う旨を伝えるメールを入れる
返信は来ないがその代わり彼女が消えていった部屋から着信音が聞こえる
なるほど、直接彼女に話を付ける方を選んだのか
『だから、別に怒ってないし、今更弁明聞いた所でどうにかなるような話じゃないでしょ
わざわざ君の弁解聞く必要なんて無いって言ってるの
あ、こら、ちょっと…、切りやがった』
そんな話し声が聞こえ、リビングから顔を出すと少しだけ不機嫌そうな顔をした彼女がこちらを見つめてきていて
『言わなくても良かったのに』
「いや、流石にそういう訳にはいかないでしょう」
『今からコナンくんがこっちまで来て、経緯の説明とかお互いの紹介とかをするから、ここで待っててくれって』
「そうですか、ではお茶でも淹れますね」
『え、いや、自分でやりますよ
沖矢さんはコーヒーですかね?』
「えぇ、ではお言葉に甘えて」
俺は、と言う事は彼女はコーヒーを苦手としているのだろうか
だから自分がやると言い出したのか、自身の家で淹れてもらうのを待つという状況が気まずかったのか
表情はまだ少々納得がいってない、と言う感情が滲み出ているが、大人しく家に残るという選択を取る辺りお人好しなのだろう
「みお姉!」
『はっや』
「近くにいたからスケボー飛ばしてきた、ってそうじゃなくて!
マジで忘れてた!」
『ほう、優作さんや有希子さんよりも顔合わせているのにねぇ?』
「いや、まぁ、そうなんだけど!何て言うかみお姉は許してくれるかなって…」
にっこり、と笑った彼女は握り拳を作り、それをボウヤの頭上に落とす
鈍い音を立てたそこを両手で押さえて、涙目のボウヤには悪いがフォローは出来ない
非があるのは誰がどう見てもボウヤであることは火を見るよりも明らかだ
『経緯は哀ちゃんから聞いた
やっぱり私は甘過ぎるみたいね、もう少し厳しくしないといけないかしら?』
「マジでごめんって、みお姉」
『まぁ、今更どうこう言うつもりは無いけど、私にも多少関係するようなことはちゃんと話してもらわないとこっちだって困る
今日は事前に哀ちゃんから聞いていたからよかったけど、何も知らずに来てたら速攻通報したよ、私』
「仰るとおりで」
大きく溜息を吐いた彼女は出来上がった飲み物を盆に乗せてキッチンから出てくる
その後ろで顔色を窺いながら、半歩遅れてついてくるボウヤは、母親から叱られている子供そのもので
俺の目の前にコーヒーを置き、その横にももう一つティーカップ
その対面に紅茶を置いた彼女はソファに腰掛け、目線だけでボウヤに座るように促す
「えっと…」
『今更何を言ったって仕方ないでしょ
さっさと紹介してくれる?私明日も仕事だから、早く帰って家のことしたいんだけど』
「おう」
これ以上機嫌を損ねる事は悪手と察したボウヤは、簡単に経緯を話した後、お互いの紹介を始める
なるほど、彼女は工藤新一の従姉、と言うわけか
沖矢昴の紹介をする際に、何でそうなる、と言わんばかりの顔をした彼女に、それはその通り、とマスクの下で苦笑してしまう
他人も他人、シャーロキアンと言うことで気があったから家を貸す、何てそんな発想には普通ならない
そして両親がそれを納得している、と言う事にも本当は苦言を呈したい所だろう
大きな溜息を吐き出した彼女は頭が痛い、と言わんばかりに片手で顔を覆う
『分かりたくは無いけど、取り敢えず分かった
今度有希子さんにも連絡してそっちからも話は聞かせてもらうからそのつもりで
後コナンくん、次同じようなことあったら…、流石にもう分かるよね?』
「はい」
『じゃあ、もう帰るわ
何かどっと疲れた…』
「送っていきます、荷物も多そうですし」
『…ではお言葉に甘えて』
一瞬だけ視線を彷徨わせた彼女は、疲れを隠さずにその顔に乗せたまま頷いた
気まずそうに目を逸らしているボウヤに一瞥をくれ、立ち上がる
その手から荷物を預かると、少しだけ表情を崩して笑みを作る
俺に対しても何か思うところはあるのだろうが、それを態度にも口にも出すことをしない彼女の対応は年齢の割には大人びていて
ボウヤもこのまま家に送っていく事になり、三人で車に乗り込む
道中車内は静まり返っていて、後部座席に身を任せて目を瞑っているその姿を見ると話し掛けるのも憚られて
ボウヤが道案内する声だけが響く車内の空気は重く、居心地は悪い
恐らくそれは態とな部分はある
車を降りた彼女が薄ら笑っていたから
それに気付いて灸を据えるつもりでこの態度だったのか、と合点がいく
大人びた対応と、子供みたいに不機嫌を表に出すその態度の差に違和感を覚えていたから
口元に人差し指を立て、悪戯に笑った彼女を見て、どうやら彼女もなかなかに手強い相手である、と再認識した
「随分肩身が狭そうだな、ボウヤ」
「いや、まぁ、みお姉には何て言うか、頭上がんないんだよね…」
「…彼女はどこまで知ってるんだ?」
「何も知らないはず、でも“ナニカ”を追っていると言う事には気付いてる
それが危険だって事も分かってて、知らないフリをしてくれてる
自分のためにも、俺のためにも」
「随分と物わかりが良いんだな」
「察しが良いんだよ」
知らない人間が家に住み着いても、どうにもならないから受け入れたと言う訳では無く、そうする必要がある、と言うことを察して受け入れたと言う事か
「末恐ろしいな」
「マジで隠し事出来ねぇんだよ…」
「ある意味天敵の様な存在だな」
「ある意味ね」
一度彼女としっかり話をする必要があるかもしれない
察する能力が余りにも高い彼女が、一体どこまで把握しているのか
この姿が変装だとは一目では気付かれないだろう
けれど、このボウヤに察しがよすぎると評されるほどだ
そこの確認は最優先事項であるだろう
さて、次に会うのはいつになることやら
連絡先でも交換しておけばよかったか、なんてそんなことを考えながら車を走らせた
押し殺しの文句
(「全部話して」なんて言っても仕方ないと知ってるのよ、君にも、貴方にも)
休日、用事があって赴いた博士の家で不敵な笑みを浮かべた哀ちゃんにそう言われ苦笑を返す
詳しい理由は知らないけれど、どうやら哀ちゃんは安室さんを胡散臭い人間呼ばわりしていて、警戒しているようであった
私と安室さんの交際(契約関係ではあったが)を快く思っていなかったようで、顔を合わせる度にいつあの男と別れるのか、と聞いてきていた
内情は知っているはずなのに、毎度そうやって問い掛けてくるのは一種の挨拶のようであって、お互い本気では取り合っていなかったのだが
「…もう大丈夫なの?」
『大丈夫だよ、心配ありがとね』
哀ちゃんは新ちゃんが小さくなって暫くした頃、いつの間にか博士の家に住むようになった女の子
見た目の年の頃は小学低学年程度、コナンくんと同い年と言える
けれど、その立ち振る舞い、考え方、話し方は年不相応で、あぁ、この子も訳ありか、と何となく察した私は、彼女をあまり子供扱い出来なかった
彼女の実年齢がどの程度か分からないから距離の取り方は少々悩んだけれど、恐らく新ちゃんとそう年は変わらないだろうと目星を付けて、不自然にならない程度に接していたら比較的気を許してもらえたようで
今では見た目こそかなり年は離れているものの、それなりに仲の良い友達のような関係で過ごせている
「けど、随分急だったわね
何か合ったの?」
『んー、ちょっとだけ』
「それはちょっとじゃない奴ね」
『あはは』
笑って誤魔化せば、哀ちゃんからのジト目を頂いた
まぁ、こんな返答じゃ何かありました、と言っているようなものなのは分かっているけれど
そろそろ新ちゃんが突撃してきそうで、ちょっと憂鬱
「…その様子じゃ、原因は向こうかしら?」
『んー、どっちとも言えない感じかなぁ』
「あら、みおさんに落ち度がある自覚あるの?」
『あると言えばあるけどないと言えばない』
「何よ、それ」
呆れたような様子の哀ちゃんに苦笑を零す
私のあの日の態度のせいで、関係が終わったと言う事だけにスポットを当てたならば、原因は私になる
そもそも、そう言った状況を作った根本を辿れば安室さんになる
けれど、何かあると分かっていながらも心地よさに浸って、問題を先延ばしにしていたのも事実で、そう考えると私に原因があるとも言えなくもない
『とても微妙な感じなの』
「私は安心したけれどね、あの29歳探偵アルバイターと別れることになって」
『そうやって聞くと紐感半端ないね、安室さん』
あのルックスとスペックと、関わった人ならそんなものに目が眩んで彼の肩書きを忘れてしまうけれど
確かに改めてその字面を目の当たりにすると、駄目男まっしぐらだなぁ
駄目男という言葉があまりにも似合わなさすぎて、逆に笑えてくるけれど
「みおさんには公務員くらいの、しっかりとした職業を選ぶ人がお似合いよ」
そうやって言って笑う哀ちゃんに苦笑を零す
私の推測なら、それに安室さんも該当してしまいそうなのだけれど
真実はどうであるのか知らないので、そこはそっとしておく
そうやって哀ちゃんと雑談をしていれば、最近工藤家に、これまた安室さんに負けず劣らずの胡散臭い大学院生が住み始めたらしいことを聞く
哀ちゃんの様子が、胡散臭いから警戒していると言うよりも、怯えているような様子に見えたのは黙っておく
何でもこの間のアパート全焼事件があったアパートの住民で、コナンくんとシャーロックという共通の話題で意気投合してしまったらしい
…聞いてないぞ、新ちゃん
居候と言えど、あそこは私の家でもあるのだけれど
急に家を無くしたと言う人を追い出すようなことは流石にしないけれど
あそこには細々した自身の私物はある
まぁ必要な物は持ち出しているし、部屋にさえ入られなければそれはそれでいいのだけれど
ただ新ちゃんがわざわざ家に連れ込んだと言うのならば、ただのシャーロキアンと言う事ではなさそうだけれど
あそこは秘密がたくさんある
信用できない人間を住まわせるには随分リスキーな場所
それでも案内したと言う事は、新ちゃんとしては信用に足る人間だと判断されたから、だと言う事は分かるのだけれど
「…江戸川君、みおさんに話通してなかったのね」
『初耳だね
恐らく私が拒否するとは思っていないから頭から抜けてたんだろうけど』
「甘えすぎよ」
『まぁ、急に住むところ無くなってしまったのはその人のせいではないからね』
それらしい理由を羅列してみたけれど、それだけが新ちゃんが私に話さなかった理由ではない
私がこの強引な新ちゃんの行動の裏を察することを察しているから、何も言わないのだろう
それを甘えと表現するのならば、間違ってはいないのだけど
『哀ちゃんはその人に会ったの?』
「もう二度と会いたくないけれどね」
『めっちゃ嫌ってるやん…』
「それだけ胡散臭いのよ、あの人より酷いと思うわ」
『安室さんをどの程度の胡散臭い人に位置づけてるかは分からないけど、余程嫌がってるのだけは伝わった』
元々警戒心が強い子ではあると思う
けれど、それだけでここまで難色を示しているわけではないのだろう
きっと、直感は鋭そうだし、観察眼もある
その哀ちゃんが、駄目だ、と判断するのにはそれなりに理由があるはず
新ちゃんとの認識に差があるのはいまいち理由付けできないけれど
多分きっと、その人も色々背景がありそうな人、と言う事で良さそうだ
最近身の回りに怪しい雰囲気が漂って、なんだか落ち着かない
変化を望んではいないのだけれど…
「そういう訳だから、一人であの男に会うことしないようにね」
『面識無いから、避けようがないけれど』
「一人であの家に行くようなことしちゃ駄目って事よ」
『私の家でもあるんだけどなぁ…』
実家に帰るのさえ気を遣わないと行けないとは何事だ
まぁ、そんな頻繁に帰ってはいないし、お目通りするのは随分と先のことになりそうだけど
あぁ、でも、今日ここまでやって来たのだから挨拶して帰るのも手かもしれない
それを言ったら目の前のこの小さな友人はそれはそれは嫌そうな顔をすることだろうけど
繰り返し言うが、あの新ちゃんがそこまで信用している人間なのだとしたら、悪い人ではない
追っかけている“ナニカ”を捕まえるために必要な人材
一高校生、何なら今は小学生の新ちゃんに協力してくれるような人、と言う事は余程柔軟な人か、利を優先する人か
害なす人、でなければ私は文句を言うつもりは無い
いつも通り見守って、傍に居て
もう、一人になる事が無いように守るだけのことで
「みおくん、終わったぞ」
『あぁ、ありがと博士』
「最近また巻き込まれたらしいのう
ちゃんと警戒するんじゃよ」
『結構ガード堅い方だと思うんだけどなぁ、私』
「まぁ、緩くは無いと思うけど、どこかほわほわした雰囲気があるからね、みおさんは」
『してるかなぁ…』
あぁ、でもなんか、うん
似たような事幼馴染みにも、安室さんにも言われた様な気がするな
話してると気が抜ける、とは度々言われてきた言葉だ
悪い意味で使われていないことを知っているから、特に深く捉える事無く流してきたけれど
この性格のせいで巻き込まれていると言うのならば直した方が良いのだろうか
それこそ今更な気がしなくもないのだけれど
『博士も会ったの?私の家の居候さん』
「沖矢君か?あぁ、会ったぞ
優作さんにも話を通してあるとは言っておったが」
『私だけ除け者にするとは良い度胸ね、コナンくん』
「あら博士、どうやら余計なこと言ったようね」
そう言って不敵に笑う哀ちゃんに苦笑を返す
なるほど、つまり優作さんと有希子さんはコナン=新一と言う事を知っているのか
新ちゃんの事だから自分から言い出すことは無い、のでつまりは博士が流石に親に黙っておくのは、と気を利かせて話を通したと言う事で
博士もあの両親も新ちゃんが追っている“ナニカ”について知っていて協力していると言うのなら、確かに私はこの程度の踏み込みでちょうど良いのだろう
多分私の察しが色々よすぎて、そこの辺りは新ちゃんにとっては想定外だったんだろうけど
『さてと、私はこの辺りでお暇しようかな』
「送っていこうか?みおくん」
『大丈夫、ここからそう遠いとこでもないのだし』
哀ちゃんには怒られるだろうけど、このまま工藤家に寄って帰ろうと思っているからね
その居候に会いに行くためではない、元々その予定で今日はここまでやって来ているのだからそんなイレギュラーは知ったこっちゃない
連絡を寄越さない新ちゃんが悪いんだ、私が私の家に帰って何が悪い
どうやら私はちょっと怒っているらしい
そりゃそうだ
私が1つ2つ秘密を作ったら何で教えないんだ、と怒るクセにそっちは秘密だらけじゃないか
よし、今度新ちゃんが乗り込んできて文句を言ってきたならこれで返そう、きっと何も言えなくなるはず
そんなことを思いながら玄関で二人に見送られ、そのまま足は工藤家へ
さてさて、どれだけ胡散臭い人が居ることやら
*****
Side.O
カチャリ
玄関の扉が開く音がする
ボウヤが来る場合は事前に連絡が入るはず、だが今日はそんな連絡は来ていない
と言う事は…
先程まで聞いていた阿笠家での会話を思い起こせば、みおさん、と呼ばれていた彼女だろう
時間的にもその線しか考えられないほど早く
部屋から出て階段を下りたら、ちょうど靴を脱ぎ終わった彼女がこちらを見上げていた
俺という存在をつい先程聞いたばかりの彼女の表情には驚愕はなく、少しばかり笑みを浮かべている
『初めまして』
「初めまして、あの…」
『ここの元居候、白峰美音です』
「それは…、現居候の沖矢昴です」
ボウヤから彼女の話は聞いていない
元居候、と言っていたが当たり前に今もこの家の鍵を手にしていて自由に出入りをしている様子から見るに、家を借りていただけ、ではないことが分かる
私の家でもある、という言い方
何か事情があってこの家に引き取られ、生活をしていた、と言う事か
「それで、あの」
『先程阿笠家で新しく居候が出来た、と聞いたものでご挨拶に
と言いたい所ですが、普通にこの家に置いてある私物を取りに来ただけです
この家を出てそれなりに経ってはいますが、私物全てを持ち出してはいませんから』
淡々と言葉を紡ぐその声音に、感情はない
何も知らされていない間に、赤の他人が住み着いているなんて本当は怒っても良いような事象であるのに
俺に怒ったところで仕方ない、と思っていたとしても普通はもっと、何かしらの感情をぶつけてくることは普通に有り得ることで
『なにか?』
「いえ、あの、知らない男が住んでいる、と言うのに平然とされているもので…」
『あぁ…
家を火事でなくした、と聞きました
それは貴方のせいではないですし、家主の許可が出ているのであれば何も問題ないでしょう?
私が今ここに住んでいる訳では無いのだし、怒りを貴方にぶつけるのはお門違いですから』
「…怒ってはいるんですね」
『まぁ、この家に帰ってくる頻度としては優作さん達より私の方が高いのに、黙っているとは何事か、とは思ってますね』
「それは、その、すみません」
『だから別に、貴方には怒ってないですって』
彼女の話していることは誰がどう考えても正しくて
この場に非がある人間は居ないのだから空気を悪くするのは、という事なのだろうか
『沖矢さん、院生って言うことは私よりは年上でしょう?そこまで畏まらなくても良いですよ』
「この話し方は癖みたいなものなので」
『まぁ、そう言う事なら』
初対面の人間とそう話すことは多くないのだろう、そのまま階段を登って行く背中を見送る
ボウヤから彼女について聞いておく必要があるかもしれない、何て考えていると、あ、と言う小さな声
『あの、沖矢さん』
「はい」
『この家で好きに過ごされて良いんですが、私の部屋には入らないでくださいね
何かあるわけではないですけど、何となく…』
「女性の部屋に断りもなく入るほど、不躾ではないと思っていますが」
『だったら良いです、すみません』
気にするのはそれだけなのか
家主からの許可が出ているからと言って、そう簡単に受け入れられる様なことではないだろう
随分と物わかりがよすぎる
下手に首を突っ込みたくないのか、或いは
一応、と思って手早くボウヤに白峰美音が家にやって来たと言う旨を伝えるメールを入れる
返信は来ないがその代わり彼女が消えていった部屋から着信音が聞こえる
なるほど、直接彼女に話を付ける方を選んだのか
『だから、別に怒ってないし、今更弁明聞いた所でどうにかなるような話じゃないでしょ
わざわざ君の弁解聞く必要なんて無いって言ってるの
あ、こら、ちょっと…、切りやがった』
そんな話し声が聞こえ、リビングから顔を出すと少しだけ不機嫌そうな顔をした彼女がこちらを見つめてきていて
『言わなくても良かったのに』
「いや、流石にそういう訳にはいかないでしょう」
『今からコナンくんがこっちまで来て、経緯の説明とかお互いの紹介とかをするから、ここで待っててくれって』
「そうですか、ではお茶でも淹れますね」
『え、いや、自分でやりますよ
沖矢さんはコーヒーですかね?』
「えぇ、ではお言葉に甘えて」
俺は、と言う事は彼女はコーヒーを苦手としているのだろうか
だから自分がやると言い出したのか、自身の家で淹れてもらうのを待つという状況が気まずかったのか
表情はまだ少々納得がいってない、と言う感情が滲み出ているが、大人しく家に残るという選択を取る辺りお人好しなのだろう
「みお姉!」
『はっや』
「近くにいたからスケボー飛ばしてきた、ってそうじゃなくて!
マジで忘れてた!」
『ほう、優作さんや有希子さんよりも顔合わせているのにねぇ?』
「いや、まぁ、そうなんだけど!何て言うかみお姉は許してくれるかなって…」
にっこり、と笑った彼女は握り拳を作り、それをボウヤの頭上に落とす
鈍い音を立てたそこを両手で押さえて、涙目のボウヤには悪いがフォローは出来ない
非があるのは誰がどう見てもボウヤであることは火を見るよりも明らかだ
『経緯は哀ちゃんから聞いた
やっぱり私は甘過ぎるみたいね、もう少し厳しくしないといけないかしら?』
「マジでごめんって、みお姉」
『まぁ、今更どうこう言うつもりは無いけど、私にも多少関係するようなことはちゃんと話してもらわないとこっちだって困る
今日は事前に哀ちゃんから聞いていたからよかったけど、何も知らずに来てたら速攻通報したよ、私』
「仰るとおりで」
大きく溜息を吐いた彼女は出来上がった飲み物を盆に乗せてキッチンから出てくる
その後ろで顔色を窺いながら、半歩遅れてついてくるボウヤは、母親から叱られている子供そのもので
俺の目の前にコーヒーを置き、その横にももう一つティーカップ
その対面に紅茶を置いた彼女はソファに腰掛け、目線だけでボウヤに座るように促す
「えっと…」
『今更何を言ったって仕方ないでしょ
さっさと紹介してくれる?私明日も仕事だから、早く帰って家のことしたいんだけど』
「おう」
これ以上機嫌を損ねる事は悪手と察したボウヤは、簡単に経緯を話した後、お互いの紹介を始める
なるほど、彼女は工藤新一の従姉、と言うわけか
沖矢昴の紹介をする際に、何でそうなる、と言わんばかりの顔をした彼女に、それはその通り、とマスクの下で苦笑してしまう
他人も他人、シャーロキアンと言うことで気があったから家を貸す、何てそんな発想には普通ならない
そして両親がそれを納得している、と言う事にも本当は苦言を呈したい所だろう
大きな溜息を吐き出した彼女は頭が痛い、と言わんばかりに片手で顔を覆う
『分かりたくは無いけど、取り敢えず分かった
今度有希子さんにも連絡してそっちからも話は聞かせてもらうからそのつもりで
後コナンくん、次同じようなことあったら…、流石にもう分かるよね?』
「はい」
『じゃあ、もう帰るわ
何かどっと疲れた…』
「送っていきます、荷物も多そうですし」
『…ではお言葉に甘えて』
一瞬だけ視線を彷徨わせた彼女は、疲れを隠さずにその顔に乗せたまま頷いた
気まずそうに目を逸らしているボウヤに一瞥をくれ、立ち上がる
その手から荷物を預かると、少しだけ表情を崩して笑みを作る
俺に対しても何か思うところはあるのだろうが、それを態度にも口にも出すことをしない彼女の対応は年齢の割には大人びていて
ボウヤもこのまま家に送っていく事になり、三人で車に乗り込む
道中車内は静まり返っていて、後部座席に身を任せて目を瞑っているその姿を見ると話し掛けるのも憚られて
ボウヤが道案内する声だけが響く車内の空気は重く、居心地は悪い
恐らくそれは態とな部分はある
車を降りた彼女が薄ら笑っていたから
それに気付いて灸を据えるつもりでこの態度だったのか、と合点がいく
大人びた対応と、子供みたいに不機嫌を表に出すその態度の差に違和感を覚えていたから
口元に人差し指を立て、悪戯に笑った彼女を見て、どうやら彼女もなかなかに手強い相手である、と再認識した
「随分肩身が狭そうだな、ボウヤ」
「いや、まぁ、みお姉には何て言うか、頭上がんないんだよね…」
「…彼女はどこまで知ってるんだ?」
「何も知らないはず、でも“ナニカ”を追っていると言う事には気付いてる
それが危険だって事も分かってて、知らないフリをしてくれてる
自分のためにも、俺のためにも」
「随分と物わかりが良いんだな」
「察しが良いんだよ」
知らない人間が家に住み着いても、どうにもならないから受け入れたと言う訳では無く、そうする必要がある、と言うことを察して受け入れたと言う事か
「末恐ろしいな」
「マジで隠し事出来ねぇんだよ…」
「ある意味天敵の様な存在だな」
「ある意味ね」
一度彼女としっかり話をする必要があるかもしれない
察する能力が余りにも高い彼女が、一体どこまで把握しているのか
この姿が変装だとは一目では気付かれないだろう
けれど、このボウヤに察しがよすぎると評されるほどだ
そこの確認は最優先事項であるだろう
さて、次に会うのはいつになることやら
連絡先でも交換しておけばよかったか、なんてそんなことを考えながら車を走らせた
押し殺しの文句
(「全部話して」なんて言っても仕方ないと知ってるのよ、君にも、貴方にも)