君の生きる理由になりたい
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“美音”
ごめんなさい
“みおちゃん”
ごめんなさい
“お姉ちゃん!”
ごめんなさい
あの日、貴方達を置いて行ってしまってごめんなさい
あの日、我儘を言ってごめんなさい
あの日、突き放してごめんなさい
あの日、酷いことを言ってごめんなさい
あの日、一緒に居なくてごめんなさい
「みおさん!」
『!!』
「良かった…
大丈夫ですか?物凄く魘されてましたよ」
『…安室、さん』
「はい」
『安室さん』
「はい」
『すみません、抱き着いても、いいですか…?』
「えぇ、構いませんよ」
また、あの悪夢を見ていた気がする
動悸が凄い、汗もかいている
けれど体が震えて、怖くて、寒くて、苦しくて
上手く息が出来ない
震える体を起こして腕を伸ばして
触れるぬくもりに、漸く息が出来た気がした
今触れているこの人は、生きている
あの日みたいに、赤く染まっていない
動かない訳じゃない
冷たくなってもいない
首に腕を回して、首筋に顔を埋める
背中に回った腕に、圧迫感に、心底安心して
「…少し、落ち着きましたか?」
『…はい、すみません』
「でしたら、体も冷えている事だろうし、温かい飲み物でもいかがですか?
みおさんの好きな、甘いココア用意しますよ」
『…いいですね』
けれどそうなると、このぬくもりを一度手放さなければならなくなる
そんな事が一瞬頭を過ぎり、思わず腕に力が篭る
すぐにそれに気付いて力を緩めたが、それを見落とす彼ではなく
「みおさん、そのまま掴まっていてくださいね」
『はい…?』
なんの事だ、と顔を上げる前に襲う浮遊感
片腕に私を座らせる様な形で抱え上げられたと気付くのにそう時間は掛からず
え、この人約50kgを片腕で支えてんの?
そのままお湯を沸かし、私のココアと安室さんが飲むであろうコーヒーの準備をして、リビングのソファに腰を下ろす
勿論、私は彼の膝の上で、体が垂直になるような感じで横向きに
『あの…』
「寒かったのでしょう?
雪が降るほどの気温の中長時間外に居た訳ですし
布団に入ったくらいじゃぬくもりませんよね」
『そう、ですね…』
「服は濡れていたので着替えさせました
すみません、なるべく見ないようにはしましたので…」
『いえ、ありがとうございます』
「いえいえ
ほら、ちゃんとココア飲んで温まってください」
素直じゃない、上手に甘えられない私を見抜いて、この人は私が抵抗しないレベルで甘やかす
この心地いい優しさに、つい私は身を委ねてしまう
本来なら彼にここまでする義務はないのに
『美味しい…』
「それは良かった
みおさん、ココアにはうるさいですからねぇ」
『どうせ飲むなら、美味しいココアがいいじゃないですか』
「まぁ、それもそうですね」
この人はとても優しくて、聡い人
気になって居るだろうに、私が話すまでは絶対に聞かない
彼の職業柄、気にならないはずがないのに
『…聞かないんですね』
「それはみおさんもでしょう?」
『?』
「貴女も僕について気になる事が色々ある筈なのに、絶対に聞いてこないじゃないですか」
『…だって貴方は、話せないでしょう?』
「貴女を巻き込む訳には、いかないから」
『だから、聞いたら困らせる』
「僕も同じですよ
わざわざ貴女に悲しい想いをさせる必要は、ないでしょう?」
あぁ、やっぱり知っているんだ
この人は、私の過去を
分かっていた、事ではあった
はっきり明言された訳ではないから、ただの推測で確証なんてないけど
この人は、他人についての情報を簡単に得ることができる立場の人間だ
ちょうどいい温度のそれを、ゆっくり飲み込む
冷えた体を通っていく感覚がよくわかる
温かいカップを持っているのに、ぬくもりに触れていのに、寒くないのに
どんどん体が、冷えていく感覚がする
「みおさん?まだ寒いですか?」
そう言いながら、近くにあったタオルケットを手繰り寄せ、膝に掛ける
カップを奪われ、反対の手で体を引き寄せられ凭れるように寄りかかる
「大丈夫ですか?もしかして熱でも…」
『ねぇ、安室さん』
「はい」
『何で、なのかな』
「…」
『私の、せいなのかなぁ
だから今、こんなに苦しいのかな
あの日、私が出掛けなかったら…、何か変わってたと思いますか…?』
「みおさん…」
『…違うんです、ホントは分かってる
あの日あそこに居たら私も殺されただけだって
でも、その方が楽だったかもしれない
今こんなに苦しくなるくらいなら、あの時私も一緒に居たかった』
「残される方は、辛いですからね…」
『…あの日、私酷いことを言ってしまった
ずっとずっと後悔してる
謝りたいのに、伝えたいことがあるのに、何処を探してもあの人達は居ない』
優しいぬくもりが頭に触れる
ゆっくり撫でられて、いつもなら落ち着くのに
父さんの手のぬくもりを思い出してしまって、涙が滲む
『私、小さい頃から鍵っ子だったんです』
「はい」
『両親は仕事で家を空けることが多くて、ほとんど一人きりで過ごしてたんです』
「はい」
『妹が産まれて、しばらく両親は家に居たけど、やっぱりまた不在が続く様になって
家の事に加えて、妹の世話もするようになって』
「はい」
『手の掛かる子じゃなかった
泣き虫で、人見知りで、内気で、でも優しくて、可愛くて、あったかい子だった』
「…はい」
『…あの頃、思春期と反抗期が同時にきていて
そんな自分に気付いていたけど、感情のコントロールなんか出来なくて
あの日、遂に言ってしまったの』
「…なんて?」
『いつもいつも、家の事も私の事も放っておいて仕事ばっかり
そんなに仕事が大事なら、子供なんか産まなきゃ良かったのに
私の事何か、どうでもいいんでしょ
あんたもいつもお姉ちゃん、お姉ちゃんって
友達と遊ぶ時もずーっと一緒で、面倒見なきゃいけないから遊んだ気にもならない
友達にも気を遣わせてばっかり
私の時間なんて、無くていいってこと?私はずっと我慢して、この生活を続けなきゃ駄目なの?私は、この家の家政婦か何か?
こんな家、大っ嫌い』
忘れたくても忘れられない、私の罪
そんな事ないって、分かってた
十分愛されていたって、分かってた
どうでもいいなんて思っていないって、大切に思ってくれてるって、知ってたのに
妹の事も可愛くて、大切に思って居たのに
親が居なくて寂しいんだって事、分かってたのに
『ずっと謝ってる
ホントは大好きなんだって抱き締めたい
けど、もうどうする事も出来ない』
一緒に居る時間は短かったけど、十分過ぎるくらい愛してくれた
何であんな事言ってしまったんだろう
逃げる様に家から飛び出して参加した友達の家のクリスマスパーティー
心ここに在らず状態で、殆ど覚えていない
帰り道、気まずくて足が思う様に進まなくて
段々近付いて来た家に溜め息を吐いて
角から走って来た人を咄嗟に避けて、不意に鼻についた鉄の匂い
思わず振り返って、ふと下を見た時に飛び込んで来た赤い跡
嫌な予感がして走って家に帰れば、荒らされた部屋と、血の海に沈む家族の姿があって
『安室さん』
「はい」
『私が酷いことを言ったから、みんなを奪われてしまったの?
愛されていたって知ってたのに、大切に思ってくれてるって分かってたのに
あんな事言ったから、罰が当たったの?』
「…そんな事、ある筈ないでしょう」
『だったら何で、あの人達は死ななきゃいけなかったの?』
犯人は捕まっていない
捜査線上に被疑者は数人上がったが、どれも外れ
目撃者も無く、犯人を特定する痕跡は何一つ残されて居なかった
あの走り去る人が犯人かどうか、それすら分かっていない
滅多刺しにされた様子から相当恨まれていたのではないかと言う声もあったらしい
けれど、誰に聞いてもあの人達の評価は
“恨まれるなんて…
そりゃ美男美女で仕事も出来て、ちょっと僻んだりとかもあるだろうけど…
でも、みんな彼等を慕っていたし、尊敬していました
恨まれて殺されるなんて、ありえません”
優しいあの人達は、たくさんの人に愛されていた
部屋も荒らされては居たが、無くなっていた物なんて無く
動機も犯人も分からずじまいで、この事件はお蔵入りしたわけである
『何で、あの人達だったの…』
「みおさん…」
『分かってる、別に悲劇のヒロインだなんて思ってない
世の中にはもっと苦しんでる人が居る、理不尽に押し潰されそうな人も、明日の平和を約束されてないような人も、もっとたくさんの人を失った人だっている
分かってる、私はそんな出来事、物語の一つの登場人物でしかない』
こんな無意味な独白、意味が無い
分かってる、過去を悔やんだところで巻き戻す事なんて出来ない
分かってるのに、たらればを考えてしまうと…
『本当は、貴方にこんな話したくなかった』
「…何故?」
『…貴方はたくさんのモノを失って来た人だから
たくさんのモノを手放してきた人だから』
私なんかよりずっと
危険な場所に身を置いて
仕方ないと、全てを守りきれるはずが無いと、覚悟を決めて
最悪自分の命すら仕方ないと割り切って投げ出せるほどに
「…まるで見てきたかのように話されるんですね」
『分かりますよ
大切なモノを作ることを拒むように、貴方は独りになりたがる
けど、安らぎを求めるように、私に触れるんだもの』
ただ、怯えてる
大切なモノを作って、またそれが消えてしまうのを
だから貴方は大切なモノなど要らない、作らないと壁を作るのに
無意識に心にできた穴を埋めてくれるモノを探してしまっている
『ごめんなさい、安室さん』
「…謝らなくていいです」
『きっと貴方の哀しみに比べたら、私のなんて大したことないから
だから、明日にはいつも通りに戻るから
今日だけは、見なかったことにしてください』
私なんかよりずっと辛い思いをしてる人
家族を全員亡くした人なんて、世の中探せばきっと幾らでも居る
私よりひどい境遇の人達だって、たくさんいる筈
でも、今日だけは
失った日である、今日だけは
あの人達を思って泣くことを許して欲しい
この悲しみのまま泣くことを、許して欲しい
「みおさん」
『…?はい』
「悲しみの大きさなんて比べるものじゃないです
辛いと思ったなら、悲しいと思ったなら、その気持ちを否定する必要なんてないんです
いつも通りに戻らなくたっていい、自分の中で気持ちに折り合いが着くまで
思っていていいんですよ」
『…はい』
ずっと苦しかった
謝りたくても居ないあの人達に向けて届かない謝罪を繰り返して
許されたいとは思わない
けれど、一つだけ訂正させて欲しいの
この家に生まれてよかった、家族になれてよかった、大好きなんだって
もう何年も前のこと
それでもやっぱり悲しみは癒えることは無いし、涙も枯れそうにない
ごめんなさいと何回言っても足りない
何年経とうが、この悲しみが消えることは一生ない
だから、私は小さな箱庭で生きるの
大切な人は、選りすぐって、自分の手の、目の届く範囲だけの人達を守りたくて、失いたくなくて
失うのが怖いから、気づけば人にも、物にも執着しない人間になってしまった
奪わないで、壊さないで
そうやって祈りながら毎日を生きるのは苦しくって
今あるのこのぬくもりも、腕も、ホントは私のモノなんかじゃないから
いつ消えるか分からないから
本当は、こんな風にしがみついて、縋りついてしまってはいけないのに
消えないで、と願う私は、我儘なのだろう
この夜が明けるまで
(私を抱き締めて、ぬくもりを分け合って、安心させて)
ごめんなさい
“みおちゃん”
ごめんなさい
“お姉ちゃん!”
ごめんなさい
あの日、貴方達を置いて行ってしまってごめんなさい
あの日、我儘を言ってごめんなさい
あの日、突き放してごめんなさい
あの日、酷いことを言ってごめんなさい
あの日、一緒に居なくてごめんなさい
「みおさん!」
『!!』
「良かった…
大丈夫ですか?物凄く魘されてましたよ」
『…安室、さん』
「はい」
『安室さん』
「はい」
『すみません、抱き着いても、いいですか…?』
「えぇ、構いませんよ」
また、あの悪夢を見ていた気がする
動悸が凄い、汗もかいている
けれど体が震えて、怖くて、寒くて、苦しくて
上手く息が出来ない
震える体を起こして腕を伸ばして
触れるぬくもりに、漸く息が出来た気がした
今触れているこの人は、生きている
あの日みたいに、赤く染まっていない
動かない訳じゃない
冷たくなってもいない
首に腕を回して、首筋に顔を埋める
背中に回った腕に、圧迫感に、心底安心して
「…少し、落ち着きましたか?」
『…はい、すみません』
「でしたら、体も冷えている事だろうし、温かい飲み物でもいかがですか?
みおさんの好きな、甘いココア用意しますよ」
『…いいですね』
けれどそうなると、このぬくもりを一度手放さなければならなくなる
そんな事が一瞬頭を過ぎり、思わず腕に力が篭る
すぐにそれに気付いて力を緩めたが、それを見落とす彼ではなく
「みおさん、そのまま掴まっていてくださいね」
『はい…?』
なんの事だ、と顔を上げる前に襲う浮遊感
片腕に私を座らせる様な形で抱え上げられたと気付くのにそう時間は掛からず
え、この人約50kgを片腕で支えてんの?
そのままお湯を沸かし、私のココアと安室さんが飲むであろうコーヒーの準備をして、リビングのソファに腰を下ろす
勿論、私は彼の膝の上で、体が垂直になるような感じで横向きに
『あの…』
「寒かったのでしょう?
雪が降るほどの気温の中長時間外に居た訳ですし
布団に入ったくらいじゃぬくもりませんよね」
『そう、ですね…』
「服は濡れていたので着替えさせました
すみません、なるべく見ないようにはしましたので…」
『いえ、ありがとうございます』
「いえいえ
ほら、ちゃんとココア飲んで温まってください」
素直じゃない、上手に甘えられない私を見抜いて、この人は私が抵抗しないレベルで甘やかす
この心地いい優しさに、つい私は身を委ねてしまう
本来なら彼にここまでする義務はないのに
『美味しい…』
「それは良かった
みおさん、ココアにはうるさいですからねぇ」
『どうせ飲むなら、美味しいココアがいいじゃないですか』
「まぁ、それもそうですね」
この人はとても優しくて、聡い人
気になって居るだろうに、私が話すまでは絶対に聞かない
彼の職業柄、気にならないはずがないのに
『…聞かないんですね』
「それはみおさんもでしょう?」
『?』
「貴女も僕について気になる事が色々ある筈なのに、絶対に聞いてこないじゃないですか」
『…だって貴方は、話せないでしょう?』
「貴女を巻き込む訳には、いかないから」
『だから、聞いたら困らせる』
「僕も同じですよ
わざわざ貴女に悲しい想いをさせる必要は、ないでしょう?」
あぁ、やっぱり知っているんだ
この人は、私の過去を
分かっていた、事ではあった
はっきり明言された訳ではないから、ただの推測で確証なんてないけど
この人は、他人についての情報を簡単に得ることができる立場の人間だ
ちょうどいい温度のそれを、ゆっくり飲み込む
冷えた体を通っていく感覚がよくわかる
温かいカップを持っているのに、ぬくもりに触れていのに、寒くないのに
どんどん体が、冷えていく感覚がする
「みおさん?まだ寒いですか?」
そう言いながら、近くにあったタオルケットを手繰り寄せ、膝に掛ける
カップを奪われ、反対の手で体を引き寄せられ凭れるように寄りかかる
「大丈夫ですか?もしかして熱でも…」
『ねぇ、安室さん』
「はい」
『何で、なのかな』
「…」
『私の、せいなのかなぁ
だから今、こんなに苦しいのかな
あの日、私が出掛けなかったら…、何か変わってたと思いますか…?』
「みおさん…」
『…違うんです、ホントは分かってる
あの日あそこに居たら私も殺されただけだって
でも、その方が楽だったかもしれない
今こんなに苦しくなるくらいなら、あの時私も一緒に居たかった』
「残される方は、辛いですからね…」
『…あの日、私酷いことを言ってしまった
ずっとずっと後悔してる
謝りたいのに、伝えたいことがあるのに、何処を探してもあの人達は居ない』
優しいぬくもりが頭に触れる
ゆっくり撫でられて、いつもなら落ち着くのに
父さんの手のぬくもりを思い出してしまって、涙が滲む
『私、小さい頃から鍵っ子だったんです』
「はい」
『両親は仕事で家を空けることが多くて、ほとんど一人きりで過ごしてたんです』
「はい」
『妹が産まれて、しばらく両親は家に居たけど、やっぱりまた不在が続く様になって
家の事に加えて、妹の世話もするようになって』
「はい」
『手の掛かる子じゃなかった
泣き虫で、人見知りで、内気で、でも優しくて、可愛くて、あったかい子だった』
「…はい」
『…あの頃、思春期と反抗期が同時にきていて
そんな自分に気付いていたけど、感情のコントロールなんか出来なくて
あの日、遂に言ってしまったの』
「…なんて?」
『いつもいつも、家の事も私の事も放っておいて仕事ばっかり
そんなに仕事が大事なら、子供なんか産まなきゃ良かったのに
私の事何か、どうでもいいんでしょ
あんたもいつもお姉ちゃん、お姉ちゃんって
友達と遊ぶ時もずーっと一緒で、面倒見なきゃいけないから遊んだ気にもならない
友達にも気を遣わせてばっかり
私の時間なんて、無くていいってこと?私はずっと我慢して、この生活を続けなきゃ駄目なの?私は、この家の家政婦か何か?
こんな家、大っ嫌い』
忘れたくても忘れられない、私の罪
そんな事ないって、分かってた
十分愛されていたって、分かってた
どうでもいいなんて思っていないって、大切に思ってくれてるって、知ってたのに
妹の事も可愛くて、大切に思って居たのに
親が居なくて寂しいんだって事、分かってたのに
『ずっと謝ってる
ホントは大好きなんだって抱き締めたい
けど、もうどうする事も出来ない』
一緒に居る時間は短かったけど、十分過ぎるくらい愛してくれた
何であんな事言ってしまったんだろう
逃げる様に家から飛び出して参加した友達の家のクリスマスパーティー
心ここに在らず状態で、殆ど覚えていない
帰り道、気まずくて足が思う様に進まなくて
段々近付いて来た家に溜め息を吐いて
角から走って来た人を咄嗟に避けて、不意に鼻についた鉄の匂い
思わず振り返って、ふと下を見た時に飛び込んで来た赤い跡
嫌な予感がして走って家に帰れば、荒らされた部屋と、血の海に沈む家族の姿があって
『安室さん』
「はい」
『私が酷いことを言ったから、みんなを奪われてしまったの?
愛されていたって知ってたのに、大切に思ってくれてるって分かってたのに
あんな事言ったから、罰が当たったの?』
「…そんな事、ある筈ないでしょう」
『だったら何で、あの人達は死ななきゃいけなかったの?』
犯人は捕まっていない
捜査線上に被疑者は数人上がったが、どれも外れ
目撃者も無く、犯人を特定する痕跡は何一つ残されて居なかった
あの走り去る人が犯人かどうか、それすら分かっていない
滅多刺しにされた様子から相当恨まれていたのではないかと言う声もあったらしい
けれど、誰に聞いてもあの人達の評価は
“恨まれるなんて…
そりゃ美男美女で仕事も出来て、ちょっと僻んだりとかもあるだろうけど…
でも、みんな彼等を慕っていたし、尊敬していました
恨まれて殺されるなんて、ありえません”
優しいあの人達は、たくさんの人に愛されていた
部屋も荒らされては居たが、無くなっていた物なんて無く
動機も犯人も分からずじまいで、この事件はお蔵入りしたわけである
『何で、あの人達だったの…』
「みおさん…」
『分かってる、別に悲劇のヒロインだなんて思ってない
世の中にはもっと苦しんでる人が居る、理不尽に押し潰されそうな人も、明日の平和を約束されてないような人も、もっとたくさんの人を失った人だっている
分かってる、私はそんな出来事、物語の一つの登場人物でしかない』
こんな無意味な独白、意味が無い
分かってる、過去を悔やんだところで巻き戻す事なんて出来ない
分かってるのに、たらればを考えてしまうと…
『本当は、貴方にこんな話したくなかった』
「…何故?」
『…貴方はたくさんのモノを失って来た人だから
たくさんのモノを手放してきた人だから』
私なんかよりずっと
危険な場所に身を置いて
仕方ないと、全てを守りきれるはずが無いと、覚悟を決めて
最悪自分の命すら仕方ないと割り切って投げ出せるほどに
「…まるで見てきたかのように話されるんですね」
『分かりますよ
大切なモノを作ることを拒むように、貴方は独りになりたがる
けど、安らぎを求めるように、私に触れるんだもの』
ただ、怯えてる
大切なモノを作って、またそれが消えてしまうのを
だから貴方は大切なモノなど要らない、作らないと壁を作るのに
無意識に心にできた穴を埋めてくれるモノを探してしまっている
『ごめんなさい、安室さん』
「…謝らなくていいです」
『きっと貴方の哀しみに比べたら、私のなんて大したことないから
だから、明日にはいつも通りに戻るから
今日だけは、見なかったことにしてください』
私なんかよりずっと辛い思いをしてる人
家族を全員亡くした人なんて、世の中探せばきっと幾らでも居る
私よりひどい境遇の人達だって、たくさんいる筈
でも、今日だけは
失った日である、今日だけは
あの人達を思って泣くことを許して欲しい
この悲しみのまま泣くことを、許して欲しい
「みおさん」
『…?はい』
「悲しみの大きさなんて比べるものじゃないです
辛いと思ったなら、悲しいと思ったなら、その気持ちを否定する必要なんてないんです
いつも通りに戻らなくたっていい、自分の中で気持ちに折り合いが着くまで
思っていていいんですよ」
『…はい』
ずっと苦しかった
謝りたくても居ないあの人達に向けて届かない謝罪を繰り返して
許されたいとは思わない
けれど、一つだけ訂正させて欲しいの
この家に生まれてよかった、家族になれてよかった、大好きなんだって
もう何年も前のこと
それでもやっぱり悲しみは癒えることは無いし、涙も枯れそうにない
ごめんなさいと何回言っても足りない
何年経とうが、この悲しみが消えることは一生ない
だから、私は小さな箱庭で生きるの
大切な人は、選りすぐって、自分の手の、目の届く範囲だけの人達を守りたくて、失いたくなくて
失うのが怖いから、気づけば人にも、物にも執着しない人間になってしまった
奪わないで、壊さないで
そうやって祈りながら毎日を生きるのは苦しくって
今あるのこのぬくもりも、腕も、ホントは私のモノなんかじゃないから
いつ消えるか分からないから
本当は、こんな風にしがみついて、縋りついてしまってはいけないのに
消えないで、と願う私は、我儘なのだろう
この夜が明けるまで
(私を抱き締めて、ぬくもりを分け合って、安心させて)