君が生きた世界を守ろう
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あれから数年
予想通り彼等と出会うこと無く、穏やかな日常だけが私を取り巻いていた
巻き込まれるだろうと思っていたさざ波は案の定参加し、久し振りに兄さんとも顔を合わせた
心配などしていなかったが元気そうで何よりであるが、目の前でメアリーさんとの殴り合いが始まった瞬間の対応はどうすればいいのだろうか
取り敢えず真澄を退散させた
そう言えば、記憶には無かった女の子が居たなぁ
私よりは年下、主人公達よりは年上、と言ったくらいの子が
なんて事は置いておいて、今年は最初の犠牲者、というのは聞こえが悪いが萩原が亡くなったとされる年になった
私は専門学校卒業なので、今年は社会人2年目
前世も看護師として働いていた身であるので、同期の中では正直頭一つどころか二つくらいは抜きん出ている自覚はある
卒業から、私が彼等に連絡することは無かった
あの預言書と言う名の手紙について言及するメッセージは来ていたが、その言葉の通りだよ、と返事したきりである
今年の11月7日
運命の日と言えるその日は、目前まで迫ってた
運がいいのか悪いのか、別段休みの希望は出していないにも関わらずその当日は休み
しかも三連休の初日、というなんとも動きやすい勤務
まぁ、かといって態々こちらから連絡をしたり、その場に赴いたり、なんて事はするつもりはない
死なないで欲しい、生きていて欲しい、と思えるようになってもそれでも何かをしようと言う気にはなれなかった
と言うか、既に私としては十分動いているのだ
これ以上何かするのは正直そこまでの義理は無いと思って居る節もあって
『まぁ人間死ぬときは死ぬし、生きるときは生きるんだよなぁ』
私がそうであったように
私だって、今までの課程でいつ死んだって可笑しくない生活をしていた
ネグレクトを受けていた、身体的虐待も受けていた
栄養失調気味だったことは事実だし、学校でも訝しがられていた事だってあるくらいだった
事故に巻き込まれて死ぬ人間だって少なくは無い
結局、運みたいなモノだ
どこまでも他人事
そう言う風にしか生きれない
何て数日を過ごして、いよいよ当日
いつも通り休みの日は朝寝坊をして、起きたのはちょうどお昼を回った頃
眠い目を擦りながらのっそりと起き上がり大きく伸びをしてカーテンを開ける
まぶしさに目を細めて、時間を見るために携帯に手を伸ばす
そこにはメールが一通
随分と見ていなかったその名前を、小さく口に出した
“このメールが届いてるなら、返信ください”
たったそれだけ書かれたその内容
随分と使っていなかった連絡先、届くかどうかすら分からないそれ
アドレス変更が面倒な私は、あの頃から何も変えていない
それを彼が知ることはないから、こう言う内容になるのも仕方ない
長々と長文を打って、届きませんでした、は笑えないしね
“久し振り、元気?”
なんて、何も知らないようなフリを今更して返したそれ
皮肉にも取られるだろうその言葉は敢えての選択
水分を摂ろうとベットから離れた瞬間震える携帯は、暫く鳴り止まなくて
あ、これ電話だ、と諦めて再びベットに戻る
『もしもし?』
《もしもし、萩原です
久し振りだね》
『ホントに』
《声掠れてる、寝起き?》
『そう、水飲もうとしてたとこ』
《それはタイミング悪かったね、飲んでくる?》
『ううん、いい
それでご用件はなにかしら、萩』
《分かってるクセに》
『何のこと?』
敢えてとぼけてみせると、萩はこの電子機器の向こうで苦笑した
それが分かってこちらも小さく笑ってみせると、溜息が聞こえたのでふざけるのは止めにしようと思う
携帯を少しだけ離して咳払いして、再び耳に当てる
『信じてくれてありがとう』
《こちらこそ、守ってくれてありがとう》
深掘りするつもりが無いのかあるのか分からない萩のその声音
取り敢えずこちらから切り出せば、素直に返ってきたお礼の言葉
少し騒がしいBGMにまだ仕事中であることが窺える
きっと長電話は出来ないだろう
《九条ちゃん、今日か明日空いてる?》
『運がいいのか悪いのか、意図せず両日休みなんですよ、これが』
《じゃあ明日、ご飯に行こう》
『2人で?』
《だけだと思う?》
『全く』
《よく分かってる
あと、今日夜遅くなるかもしれないけど、少しでもいいから会えない?
ちゃんと、お礼を言いたいから》
『別に時間はあるけど、そんな改まってお礼言われるほどのことはしてないよ』
《でも、お陰でこうして生きてるから》
『…分かった
また時間の都合付いたら教えて』
《うん、ありがとう
じゃあ仕事戻るね、また後で》
『うん、後で』
それだけの短い通話を終えて、携帯を放り出す
そっか、ちゃんと信じてくれたのか
『…よかった』
小さく呟いたそれが震えていたような気がするのは、きっと喉が渇いているからに他ならない
*****
side.H
仕事を死ぬ気で終わらせて車に乗り込んだのは日付が変わる30分ほど前
思ったより掛かってしまった事に眉を顰めるも、それより今は早く車を走らせることにしないと
通話を切ったあと送られてきた位置情報
何の言葉も添えられていないそれは、恐らく九条ちゃんの現在の住処で
メールで住所を送るのは個人情報の漏洩に繋がるとか、男にこんな簡単に教えちゃいけません、とか言いたいことは沢山あるけど、取り敢えず今はそれを頼りに車を走らせる
数分前に送ったメールには、ただ一言だけ、了解、と返ってきて
そのたった二文字だけでは全然感情は読み取れないけど
別段気にしてはいないだろうな、なんて事は分かるくらいには彼女はその辺は無頓着
夜も遅い時間だというのに明るい東都の街を法定速度ギリギリのスピードで走る
急いで事故、何て笑えない
そんなことを考えながら走らせること数十分
漸く目的の場所に着いた
ハザードランプをつけて停車、九条ちゃんにメールを送ると数秒で今から降りる、という返答
これ確実にバッチリ待機してた奴だよな
何て苦笑をしていると、一分も経たないうちにマンションのエントランスを抜けて現れた九条ちゃん
あの頃から変わっていない真っ黒な黒髪は記憶より伸びていて
綺麗に切りそろえられた前髪はあの頃のまま
少しだけ大人びたその姿は、相変わらず綺麗と評される容姿をしていた
そう言えば私服を見るのは初めてかもしれない
『こんばんは』
「こんばんは、少しドライブデートに付き合って貰ってもいいかな?」
『こんな時間に呼び出すなんて、悪い人だね?』
「明日休みだって言う言質貰ってるからね」
何て笑ってみせると肩を竦める
そのまま助手席まで回り込んで、当たり前の様に乗り込むのだから警戒心はどこに行ったのだと突っ込みたい
まぁ、信頼の証と思って納得するけども
シートベルトを締めたのを確認して、ゆっくり車を走り出させる
車内は無言だが、気まずさは無い
九条ちゃんと二人きり、という状況になることはそんなに無かったけど、結構無言の時間が多かった様な気がする
元々口数が多くない九条ちゃんだから、俺が話さなければ大体無言
それでも気まずさは感じないのだから、これも慣れなのか
『どこに行くの?』
「うーん、海かな」
『…随分季節外れな所に行くんだね?』
「人がいないでしょ?」
『…人気の無いところに連れ込むの?』
「…九条ちゃんもそんな冗談言うようになったんだね」
『成長したでしょ?』
何てふざけたように笑って
そうだね、確かにあの頃より人間らしい気がする
何て随分失礼なことを言っている自覚はあるけど口には出してないから許して欲しい
それからまた目的地に着くまで無言の車内に戻る
大人しく助手席に収まっている九条ちゃんは別段眠そうな様子も見せない
夜には強いタイプなのだろうか
「着いたよ」
『運転お疲れ様』
「嫌いじゃ無いから苦じゃ無いよ」
車を降りて大きく伸びをする
11月、日中は暖かくとも、夜になると冷える
海風が頬を掠めて、思っていたより冷たいそれに顔を顰める
確か九条ちゃんは寒がりだった記憶があるんだけど
そう思って九条ちゃんを見るが、薄着、という感じではない
寒くなることも加味してか、ストールまで準備してあるという用意周到さ
流石である
俺の視線には気付かなかったのか、気付かないフリをしているのか、そのまま俺に背を向けて砂浜へと向かっていく
さく、ざく
歩幅の違う二つの足音と、波音だけの空間
暫く歩いて、くるり、と振り向いた九条ちゃんは、悪戯っ子の様な笑みを浮かべていて
見慣れないそれはこの数年で九条ちゃんが身につけた、自然、なのだろうか
『で、私の予言は当たりました?』
「…分かってるクセに」
『まぁ、一応聞いておこうかと思って』
そう言ってくすくす、と笑うその姿はあの3年で見慣れたモノ
楽しそうに口元を隠して小さく笑う
あの頃は少し大人びて見えたその仕草は、今ではもう年相応なそれで
『これでも少しだけ不安があったんだよ』
「え?」
『今まで私が予言と言って未来を話したのは3人、いや間接的なのを含めると4人かな
でも、一番最初は萩だったからどうなるか、分からなかったし』
「そう、だったの?手紙には断定的に書かれてたから…」
『私親しくなった人の、人生で一番危険な瞬間を一度だけしか見れないの
そもそも親しくする人自体居ないから、確信なんてモノ私も無かったよ』
何て言って肩を竦める
それでもこうして俺達には話してくれたと言う事は、生きていて欲しいと思ってくれたからだと思ってもいいのだろうか
『だから、生きていてくれてありがとう』
そう言われて、俺は本当に死ぬ運命にあったんだと言うことをはっきり自覚した
確かに九条ちゃんのあの予言という忠告が無ければタイマーが止まったときに防護服を脱いでいたかもしれない
時間に余裕があるからと、遠隔操作なんてモノは考えずゆっくりと解体していたかもしれない
そんな自分が容易に想像出来て、背中に冷たいモノが伝った
「九条ちゃん」
『ん?』
「ありがとう」
『どう致しまして』
「ねぇ」
『うん?』
「…ちょっとだけ、触れてもいい?」
『…急に実感した?』
「…ホント心でも読めるの?」
『そんなこと無いよって、昔から言ってるんだけどなぁ』
そう言って苦笑している九条ちゃんに同じように苦笑を返して、そっと手を伸ばす
何の抵抗もなく受け入れる九条ちゃんは、警戒心というモノをちゃんと持っているのだろうか
そうしてそのまま腕の中に収める
抵抗の色を示さない九条ちゃんは警戒心というモノをどっかに落としてきたようで
感じるぬくもりに、生きている、と言う事を実感して
少し強張ってしまっていた肩から力が抜けたのが分かったのか、下から小さな笑い声が届く
「ありがとう」
『どう致しまして』
腕を解いて解放する
近い距離から見上げてくる真っ黒な瞳は、あの頃見掛けていた光のないものではなくて
会わなかったこの数年で、きっと九条ちゃんは自分なりに生き方を模索したんだと思う
「明日さ、俺の友達紹介するよ」
『松以外に仲いい子出来たんだ?』
「じんぺーちゃん以外に友達居ないように言わないでくれるかな」
『似たようなモノだったじゃん』
「そんなこと無いと思うんだけどな」
『べったりだったじゃん』
「気持ち悪い事言うな、って怒られるよ」
『萩は怒んないの?』
「怒りはしないかな」
くすくす、と楽しそうに笑う九条ちゃん
作り笑顔で無いその笑顔は、随分久し振りに見たモノだけど随分自然で、本当に楽しそうで
松田から少しだけ聞いたことがある九条ちゃんの昔話
俺が昔感じたあの違和感は、きっとそれが原因なんだろうと確信が持てたその話
随分重たいモノを背負っていたのに、あんな風に普通に過ごせていた九条ちゃんは努力家なんだろう
「明日は俺達の仕事終わり時間に合わせて貰うことになるけど、大丈夫?」
『休みだから気にしなくていいよ、場所は?』
「こっちで手配する予定だけど、どこか希望はある?」
『どこでもいいけど、中華は辛いから苦手かな』
「辛い物駄目だっけ?」
『出来ることなら食べたくないかな』
「居酒屋でも平気?」
『あんまり行ったこと無いかも』
「…お酒飲まない?」
『すぐに眠くなっちゃうから止めときな、って同期に止められた』
「…飲みに行けるような友達出来たんだ?」
『失礼だなぁ、友達普通に居たんだけど私』
楽しそうに笑いながら肩を竦める九条ちゃんは、こちらを見上げてまた笑う
そうか、会わない間に成長したんだね、なんてそんな偉そうなこと思ったりして
それが顔に出ていたのか、下からジト目を頂いた
ホント、随分と人間らしくなったモノで
「分かった、少しオシャレなお店探しとく」
『別に居酒屋でも気にしないけど』
「俺等レベルの顔が集まったら九条ちゃん大変でしょ?」
『わぁ、ナルシスト』
軽口を叩きながら車へと戻る
大した時間外に居たわけではないが、体は冷えてしまっている
風に靡く長い髪は、随分と冷たくなっていた
「九条ちゃん」
『うん?』
「ありがとう」
『…もう聞いたよ』
肩を竦めて助手席に乗り込んだ九条ちゃんを追って、俺も車に乗り込んだ
星空のもとで祝福しよう
(変わった未来、君の鼓動が聞こえること)
予想通り彼等と出会うこと無く、穏やかな日常だけが私を取り巻いていた
巻き込まれるだろうと思っていたさざ波は案の定参加し、久し振りに兄さんとも顔を合わせた
心配などしていなかったが元気そうで何よりであるが、目の前でメアリーさんとの殴り合いが始まった瞬間の対応はどうすればいいのだろうか
取り敢えず真澄を退散させた
そう言えば、記憶には無かった女の子が居たなぁ
私よりは年下、主人公達よりは年上、と言ったくらいの子が
なんて事は置いておいて、今年は最初の犠牲者、というのは聞こえが悪いが萩原が亡くなったとされる年になった
私は専門学校卒業なので、今年は社会人2年目
前世も看護師として働いていた身であるので、同期の中では正直頭一つどころか二つくらいは抜きん出ている自覚はある
卒業から、私が彼等に連絡することは無かった
あの預言書と言う名の手紙について言及するメッセージは来ていたが、その言葉の通りだよ、と返事したきりである
今年の11月7日
運命の日と言えるその日は、目前まで迫ってた
運がいいのか悪いのか、別段休みの希望は出していないにも関わらずその当日は休み
しかも三連休の初日、というなんとも動きやすい勤務
まぁ、かといって態々こちらから連絡をしたり、その場に赴いたり、なんて事はするつもりはない
死なないで欲しい、生きていて欲しい、と思えるようになってもそれでも何かをしようと言う気にはなれなかった
と言うか、既に私としては十分動いているのだ
これ以上何かするのは正直そこまでの義理は無いと思って居る節もあって
『まぁ人間死ぬときは死ぬし、生きるときは生きるんだよなぁ』
私がそうであったように
私だって、今までの課程でいつ死んだって可笑しくない生活をしていた
ネグレクトを受けていた、身体的虐待も受けていた
栄養失調気味だったことは事実だし、学校でも訝しがられていた事だってあるくらいだった
事故に巻き込まれて死ぬ人間だって少なくは無い
結局、運みたいなモノだ
どこまでも他人事
そう言う風にしか生きれない
何て数日を過ごして、いよいよ当日
いつも通り休みの日は朝寝坊をして、起きたのはちょうどお昼を回った頃
眠い目を擦りながらのっそりと起き上がり大きく伸びをしてカーテンを開ける
まぶしさに目を細めて、時間を見るために携帯に手を伸ばす
そこにはメールが一通
随分と見ていなかったその名前を、小さく口に出した
“このメールが届いてるなら、返信ください”
たったそれだけ書かれたその内容
随分と使っていなかった連絡先、届くかどうかすら分からないそれ
アドレス変更が面倒な私は、あの頃から何も変えていない
それを彼が知ることはないから、こう言う内容になるのも仕方ない
長々と長文を打って、届きませんでした、は笑えないしね
“久し振り、元気?”
なんて、何も知らないようなフリを今更して返したそれ
皮肉にも取られるだろうその言葉は敢えての選択
水分を摂ろうとベットから離れた瞬間震える携帯は、暫く鳴り止まなくて
あ、これ電話だ、と諦めて再びベットに戻る
『もしもし?』
《もしもし、萩原です
久し振りだね》
『ホントに』
《声掠れてる、寝起き?》
『そう、水飲もうとしてたとこ』
《それはタイミング悪かったね、飲んでくる?》
『ううん、いい
それでご用件はなにかしら、萩』
《分かってるクセに》
『何のこと?』
敢えてとぼけてみせると、萩はこの電子機器の向こうで苦笑した
それが分かってこちらも小さく笑ってみせると、溜息が聞こえたのでふざけるのは止めにしようと思う
携帯を少しだけ離して咳払いして、再び耳に当てる
『信じてくれてありがとう』
《こちらこそ、守ってくれてありがとう》
深掘りするつもりが無いのかあるのか分からない萩のその声音
取り敢えずこちらから切り出せば、素直に返ってきたお礼の言葉
少し騒がしいBGMにまだ仕事中であることが窺える
きっと長電話は出来ないだろう
《九条ちゃん、今日か明日空いてる?》
『運がいいのか悪いのか、意図せず両日休みなんですよ、これが』
《じゃあ明日、ご飯に行こう》
『2人で?』
《だけだと思う?》
『全く』
《よく分かってる
あと、今日夜遅くなるかもしれないけど、少しでもいいから会えない?
ちゃんと、お礼を言いたいから》
『別に時間はあるけど、そんな改まってお礼言われるほどのことはしてないよ』
《でも、お陰でこうして生きてるから》
『…分かった
また時間の都合付いたら教えて』
《うん、ありがとう
じゃあ仕事戻るね、また後で》
『うん、後で』
それだけの短い通話を終えて、携帯を放り出す
そっか、ちゃんと信じてくれたのか
『…よかった』
小さく呟いたそれが震えていたような気がするのは、きっと喉が渇いているからに他ならない
*****
side.H
仕事を死ぬ気で終わらせて車に乗り込んだのは日付が変わる30分ほど前
思ったより掛かってしまった事に眉を顰めるも、それより今は早く車を走らせることにしないと
通話を切ったあと送られてきた位置情報
何の言葉も添えられていないそれは、恐らく九条ちゃんの現在の住処で
メールで住所を送るのは個人情報の漏洩に繋がるとか、男にこんな簡単に教えちゃいけません、とか言いたいことは沢山あるけど、取り敢えず今はそれを頼りに車を走らせる
数分前に送ったメールには、ただ一言だけ、了解、と返ってきて
そのたった二文字だけでは全然感情は読み取れないけど
別段気にしてはいないだろうな、なんて事は分かるくらいには彼女はその辺は無頓着
夜も遅い時間だというのに明るい東都の街を法定速度ギリギリのスピードで走る
急いで事故、何て笑えない
そんなことを考えながら走らせること数十分
漸く目的の場所に着いた
ハザードランプをつけて停車、九条ちゃんにメールを送ると数秒で今から降りる、という返答
これ確実にバッチリ待機してた奴だよな
何て苦笑をしていると、一分も経たないうちにマンションのエントランスを抜けて現れた九条ちゃん
あの頃から変わっていない真っ黒な黒髪は記憶より伸びていて
綺麗に切りそろえられた前髪はあの頃のまま
少しだけ大人びたその姿は、相変わらず綺麗と評される容姿をしていた
そう言えば私服を見るのは初めてかもしれない
『こんばんは』
「こんばんは、少しドライブデートに付き合って貰ってもいいかな?」
『こんな時間に呼び出すなんて、悪い人だね?』
「明日休みだって言う言質貰ってるからね」
何て笑ってみせると肩を竦める
そのまま助手席まで回り込んで、当たり前の様に乗り込むのだから警戒心はどこに行ったのだと突っ込みたい
まぁ、信頼の証と思って納得するけども
シートベルトを締めたのを確認して、ゆっくり車を走り出させる
車内は無言だが、気まずさは無い
九条ちゃんと二人きり、という状況になることはそんなに無かったけど、結構無言の時間が多かった様な気がする
元々口数が多くない九条ちゃんだから、俺が話さなければ大体無言
それでも気まずさは感じないのだから、これも慣れなのか
『どこに行くの?』
「うーん、海かな」
『…随分季節外れな所に行くんだね?』
「人がいないでしょ?」
『…人気の無いところに連れ込むの?』
「…九条ちゃんもそんな冗談言うようになったんだね」
『成長したでしょ?』
何てふざけたように笑って
そうだね、確かにあの頃より人間らしい気がする
何て随分失礼なことを言っている自覚はあるけど口には出してないから許して欲しい
それからまた目的地に着くまで無言の車内に戻る
大人しく助手席に収まっている九条ちゃんは別段眠そうな様子も見せない
夜には強いタイプなのだろうか
「着いたよ」
『運転お疲れ様』
「嫌いじゃ無いから苦じゃ無いよ」
車を降りて大きく伸びをする
11月、日中は暖かくとも、夜になると冷える
海風が頬を掠めて、思っていたより冷たいそれに顔を顰める
確か九条ちゃんは寒がりだった記憶があるんだけど
そう思って九条ちゃんを見るが、薄着、という感じではない
寒くなることも加味してか、ストールまで準備してあるという用意周到さ
流石である
俺の視線には気付かなかったのか、気付かないフリをしているのか、そのまま俺に背を向けて砂浜へと向かっていく
さく、ざく
歩幅の違う二つの足音と、波音だけの空間
暫く歩いて、くるり、と振り向いた九条ちゃんは、悪戯っ子の様な笑みを浮かべていて
見慣れないそれはこの数年で九条ちゃんが身につけた、自然、なのだろうか
『で、私の予言は当たりました?』
「…分かってるクセに」
『まぁ、一応聞いておこうかと思って』
そう言ってくすくす、と笑うその姿はあの3年で見慣れたモノ
楽しそうに口元を隠して小さく笑う
あの頃は少し大人びて見えたその仕草は、今ではもう年相応なそれで
『これでも少しだけ不安があったんだよ』
「え?」
『今まで私が予言と言って未来を話したのは3人、いや間接的なのを含めると4人かな
でも、一番最初は萩だったからどうなるか、分からなかったし』
「そう、だったの?手紙には断定的に書かれてたから…」
『私親しくなった人の、人生で一番危険な瞬間を一度だけしか見れないの
そもそも親しくする人自体居ないから、確信なんてモノ私も無かったよ』
何て言って肩を竦める
それでもこうして俺達には話してくれたと言う事は、生きていて欲しいと思ってくれたからだと思ってもいいのだろうか
『だから、生きていてくれてありがとう』
そう言われて、俺は本当に死ぬ運命にあったんだと言うことをはっきり自覚した
確かに九条ちゃんのあの予言という忠告が無ければタイマーが止まったときに防護服を脱いでいたかもしれない
時間に余裕があるからと、遠隔操作なんてモノは考えずゆっくりと解体していたかもしれない
そんな自分が容易に想像出来て、背中に冷たいモノが伝った
「九条ちゃん」
『ん?』
「ありがとう」
『どう致しまして』
「ねぇ」
『うん?』
「…ちょっとだけ、触れてもいい?」
『…急に実感した?』
「…ホント心でも読めるの?」
『そんなこと無いよって、昔から言ってるんだけどなぁ』
そう言って苦笑している九条ちゃんに同じように苦笑を返して、そっと手を伸ばす
何の抵抗もなく受け入れる九条ちゃんは、警戒心というモノをちゃんと持っているのだろうか
そうしてそのまま腕の中に収める
抵抗の色を示さない九条ちゃんは警戒心というモノをどっかに落としてきたようで
感じるぬくもりに、生きている、と言う事を実感して
少し強張ってしまっていた肩から力が抜けたのが分かったのか、下から小さな笑い声が届く
「ありがとう」
『どう致しまして』
腕を解いて解放する
近い距離から見上げてくる真っ黒な瞳は、あの頃見掛けていた光のないものではなくて
会わなかったこの数年で、きっと九条ちゃんは自分なりに生き方を模索したんだと思う
「明日さ、俺の友達紹介するよ」
『松以外に仲いい子出来たんだ?』
「じんぺーちゃん以外に友達居ないように言わないでくれるかな」
『似たようなモノだったじゃん』
「そんなこと無いと思うんだけどな」
『べったりだったじゃん』
「気持ち悪い事言うな、って怒られるよ」
『萩は怒んないの?』
「怒りはしないかな」
くすくす、と楽しそうに笑う九条ちゃん
作り笑顔で無いその笑顔は、随分久し振りに見たモノだけど随分自然で、本当に楽しそうで
松田から少しだけ聞いたことがある九条ちゃんの昔話
俺が昔感じたあの違和感は、きっとそれが原因なんだろうと確信が持てたその話
随分重たいモノを背負っていたのに、あんな風に普通に過ごせていた九条ちゃんは努力家なんだろう
「明日は俺達の仕事終わり時間に合わせて貰うことになるけど、大丈夫?」
『休みだから気にしなくていいよ、場所は?』
「こっちで手配する予定だけど、どこか希望はある?」
『どこでもいいけど、中華は辛いから苦手かな』
「辛い物駄目だっけ?」
『出来ることなら食べたくないかな』
「居酒屋でも平気?」
『あんまり行ったこと無いかも』
「…お酒飲まない?」
『すぐに眠くなっちゃうから止めときな、って同期に止められた』
「…飲みに行けるような友達出来たんだ?」
『失礼だなぁ、友達普通に居たんだけど私』
楽しそうに笑いながら肩を竦める九条ちゃんは、こちらを見上げてまた笑う
そうか、会わない間に成長したんだね、なんてそんな偉そうなこと思ったりして
それが顔に出ていたのか、下からジト目を頂いた
ホント、随分と人間らしくなったモノで
「分かった、少しオシャレなお店探しとく」
『別に居酒屋でも気にしないけど』
「俺等レベルの顔が集まったら九条ちゃん大変でしょ?」
『わぁ、ナルシスト』
軽口を叩きながら車へと戻る
大した時間外に居たわけではないが、体は冷えてしまっている
風に靡く長い髪は、随分と冷たくなっていた
「九条ちゃん」
『うん?』
「ありがとう」
『…もう聞いたよ』
肩を竦めて助手席に乗り込んだ九条ちゃんを追って、俺も車に乗り込んだ
星空のもとで祝福しよう
(変わった未来、君の鼓動が聞こえること)