君が生きた世界を守ろう
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Side.M
『…手が早い』
ぽつり、と九条の口から不満の色を灯した言葉が零れる
新調されたとすぐ分かる、真新しいソファーの上で膝を抱えるように座り小さくなっているその顔は、いつも通りの無表情
緩く一纏めにされていた髪は今は解かれ、長い髪は背中に流れている
俺の視線に気付いたのか、こちらを見遣るその目には抗議の色が宿っていた
「4年間一人の女口説き落とした男に向かって、それはねぇだろ」
『私も松が諦めるの4年待ったんだけど』
「お前が根負けしたんだろ」
『…松のそういう所嫌い』
「おーおー、言うじゃねぇか」
他人なんてどうでもいい、自分でさえもどうでも良かったこの九条が、他者に好き嫌いの感情を抱く
それが、どれだけ特別で、どれだけの変化であるのかは、きっと親しくなった者にしか分からない
そう言った感情を向けられただけで、九条の特別になれたということが分かって、少しだけ浮かれる
俺の口元に浮かんでいるだろう笑みが不満なのか、立てた膝に顔を埋めてしまう
少し子供っぽいと評されるだろうこの行動は、昔から大人びすぎていた九条からしたらいい変化である
そんなこと言えば、嫌そうに顔を歪めるだろうけど
「お前は本気で嫌がったら梃子でも動かねぇだろ」
『…抵抗する暇も無く諸々手筈整えていたのはどこのどいつ』
「一応話には出てただろ?」
『…あれが本気だとは思わんじゃん』
「俺ならやりかねないとか思わなかったか?」
『…思った自分が悔しい』
「分かってんじゃねぇか」
ケラケラと笑ってやれば、顔を上げた九条がジト目でこちらを見遣る
けれどそれも長くは続かず、呆れた顔に変わり溜息を吐き出す
以前萩も言っていたが、コイツは懐に入れた人間には基本甘い
コイツの懐に入れる人間がそもそも少ないのは事実であるが、結局は放ってはおけないお人好しな部分はどこかあって
以前、九条が自身のマンションの更新が近いと話していた時の事
そのタイミングで同棲の話を出した
その時は九条は本気で取り合うこともなく流していたのだけれど
『…まぁ、松はそう言う男だよね』
「待った分取り返さねぇとな」
『…待っててとはお願いしてないけど』
「こうなる未来は見えてただろ?」
『…腹立つ』
そうは言っても否定しない
そこに答えは結局あって、可笑しくなってまた笑う
俺が死ぬかもしれない未来を変えた自分を恨むんだな、九条
それを口に出せば、凄く嫌そうな、不満そうな顔をして
『松を見殺しにするほど落魄れてはない』
と言い放つのは目に見えている
まぁ、そんなこんなで九条の更新時期に新居を提案し、引っ越しの手筈を整えたのは俺の勝手で
それに文句を言いながら、結局勢いに押されて流されてこうして新居のソファーの上で不満を垂れ流している
「家に不満は?」
『…その辺に拘りがあるように見える?』
「見えねぇな」
『なら聞かないで』
「じゃあ、何が不満なんだ?オヒメサマ」
『………』
「すっげぇ睨むじゃん」
大体いつも無表情の九条にしては、この短時間でよく表情筋が動いている
ソファーに座る九条の前にしゃがみ込み見上げるその顔は、誰がどう見ても不満を抱えているのが分かるほどで
大体、何となく分かっている
他人と共に時間を過ごしてこなかった九条が、家という本来なら安らげる場所でも誰かと過ごすことが不安である事
曖昧な返事しかして無く、関係すら曖昧なこの状況での同棲に戸惑っている事
不満と言うよりは、不安だと言うこと
「別に四六時中一緒って事にはなんねぇだろ」
『それは、そうだけど』
「俺もお前もシフト制で、夜勤もあって不規則勤務だ
一緒の家に居たって、そう顔を合わせる時間は多くねぇよ」
『…じゃあ、何で』
「俺の我儘」
『?どういう事』
「九条はもう逃げないと言ったし、逃げないだろうと言うことは俺だって分かる
けど、ちゃんと捕まえておきたい」
『…』
「誰かと一緒に居る時間も悪くないって、お前にも分からせてやるよ」
家族とさえ、一緒に過ごしてこなかった
家では殆ど一人で、外の世界で他者と過ごして、そのストレスから解放される場所だった
けれど、そうじゃない
特別な、大切な誰かと共に過ごす時間は、安穏をもたらすと言うことをちゃんと知って欲しい
そうやって少しずつ温かい感情に馴れていって欲しい
今まで受け取って来なかった、与えられなかった愛情を、少しずつ感じて欲しい
そうして、ちゃんと自分が愛されていると言うことに気付いて欲しい
『…松はほんと変わってるね』
「それくらいじゃ無きゃお前を扱いきれねぇだろ」
『…それはそうだ』
そう言って、此処に来て初めて笑う
ここ数日はずっとふて腐れたような顔をしていたから、その笑みは随分久しぶりなような気がして
昔からコイツは、自分の意見を押し通す事は無い
寧ろ自分の意見など述べることすらない
それでもこうやって自身の不満を、不安を表してぶつかってくる
喧嘩にもならぬ程のささやかな衝突
そういうモノが、九条には必要なのだ
部屋はそれぞれ別けた
一人になれる場所が、九条にはまだ必要だと言うことは流石に分かる
荒療治と言っても良いほどの強引さで話を進めた自覚もある
けれど結局九条はそれを受け入れてくれるという打算もある事は確かで
「九条」
『ん?』
「嫌なことがあったら、その時はそう言え
自分を飲み込むな」
『…難しいことを言うね』
「それに馴れる練習だ」
『…、まぁ、松に今更遠慮とか気持ち悪いもんね』
「おーおー、その意気だ」
『…、ほんと面倒なの捕まえたね』
「惚れたんだからしょうがねぇだろ」
『…そういうの、止めてほしいんだけど』
「ヤだね」
舌を出して笑う
それを見た九条は眉を寄せて、けれどすぐに破顔する
昔とは違う、作った笑みではない自然体
再会して4年
あの頃見せていた夕闇を孕んだような暗いあの瞳は、ずっと見ていない
俺達と離れた数年の間に何かあったのかもしれない
けれど、俺達が、俺が傍に居たからだとどこかで思いたくて
ずっと自然に、笑っている姿が増えた
あの仮面のような、完璧に作り上げられた笑みは、俺達の前では見せない
それが、当たり前になって欲しい
ごく自然に笑って、愛されて愛して、平穏だと笑われるような幸せを手にして
その時に、俺が傍に居たい
そう思ったのがきっかけだった
常に消えることを考えている、消えても良いと思っている、その悲しさが気にくわなくて
その悲しさを受け入れていることが気にくわなくて
誰だって、愛されていい
幸せになっていい
全てを諦めた瞳など、もうさせない
俺の隣で、幸せだと笑わせてやる
迷惑だと、余計なお世話だと、あの頃の九条はきっと言う
けれど今の九条はきっと
『松』
「おう」
『ちゃんと責任取ってね』
「お前の隣で死んでやるよ」
『…そこまでは求めてない』
「求めろよ」
『でも、そうだね
幸せになって欲しいと願った、私の願いは叶えてね』
「だったら、お前も幸せにならなきゃいけねぇな?」
『…そういうのは求めてなかったんだけど』
「要らねぇつっても、幸せにしてやるよ」
『…、それは楽しみしておくよ、一応』
そう言って、少しだけ呆れたように笑う
この言葉に笑えるなら、それでいい
怯えずに、諦めずに、拒まずに、幸せになる未来を選ぼうとしてくれるなら
作り物でない笑顔で、幸せだとその口が紡ぐ日を俺は傍でずっと待っているから
すべて奪われた後だから
(一つずつ拾って、紡いで、幸せになろう)
『…手が早い』
ぽつり、と九条の口から不満の色を灯した言葉が零れる
新調されたとすぐ分かる、真新しいソファーの上で膝を抱えるように座り小さくなっているその顔は、いつも通りの無表情
緩く一纏めにされていた髪は今は解かれ、長い髪は背中に流れている
俺の視線に気付いたのか、こちらを見遣るその目には抗議の色が宿っていた
「4年間一人の女口説き落とした男に向かって、それはねぇだろ」
『私も松が諦めるの4年待ったんだけど』
「お前が根負けしたんだろ」
『…松のそういう所嫌い』
「おーおー、言うじゃねぇか」
他人なんてどうでもいい、自分でさえもどうでも良かったこの九条が、他者に好き嫌いの感情を抱く
それが、どれだけ特別で、どれだけの変化であるのかは、きっと親しくなった者にしか分からない
そう言った感情を向けられただけで、九条の特別になれたということが分かって、少しだけ浮かれる
俺の口元に浮かんでいるだろう笑みが不満なのか、立てた膝に顔を埋めてしまう
少し子供っぽいと評されるだろうこの行動は、昔から大人びすぎていた九条からしたらいい変化である
そんなこと言えば、嫌そうに顔を歪めるだろうけど
「お前は本気で嫌がったら梃子でも動かねぇだろ」
『…抵抗する暇も無く諸々手筈整えていたのはどこのどいつ』
「一応話には出てただろ?」
『…あれが本気だとは思わんじゃん』
「俺ならやりかねないとか思わなかったか?」
『…思った自分が悔しい』
「分かってんじゃねぇか」
ケラケラと笑ってやれば、顔を上げた九条がジト目でこちらを見遣る
けれどそれも長くは続かず、呆れた顔に変わり溜息を吐き出す
以前萩も言っていたが、コイツは懐に入れた人間には基本甘い
コイツの懐に入れる人間がそもそも少ないのは事実であるが、結局は放ってはおけないお人好しな部分はどこかあって
以前、九条が自身のマンションの更新が近いと話していた時の事
そのタイミングで同棲の話を出した
その時は九条は本気で取り合うこともなく流していたのだけれど
『…まぁ、松はそう言う男だよね』
「待った分取り返さねぇとな」
『…待っててとはお願いしてないけど』
「こうなる未来は見えてただろ?」
『…腹立つ』
そうは言っても否定しない
そこに答えは結局あって、可笑しくなってまた笑う
俺が死ぬかもしれない未来を変えた自分を恨むんだな、九条
それを口に出せば、凄く嫌そうな、不満そうな顔をして
『松を見殺しにするほど落魄れてはない』
と言い放つのは目に見えている
まぁ、そんなこんなで九条の更新時期に新居を提案し、引っ越しの手筈を整えたのは俺の勝手で
それに文句を言いながら、結局勢いに押されて流されてこうして新居のソファーの上で不満を垂れ流している
「家に不満は?」
『…その辺に拘りがあるように見える?』
「見えねぇな」
『なら聞かないで』
「じゃあ、何が不満なんだ?オヒメサマ」
『………』
「すっげぇ睨むじゃん」
大体いつも無表情の九条にしては、この短時間でよく表情筋が動いている
ソファーに座る九条の前にしゃがみ込み見上げるその顔は、誰がどう見ても不満を抱えているのが分かるほどで
大体、何となく分かっている
他人と共に時間を過ごしてこなかった九条が、家という本来なら安らげる場所でも誰かと過ごすことが不安である事
曖昧な返事しかして無く、関係すら曖昧なこの状況での同棲に戸惑っている事
不満と言うよりは、不安だと言うこと
「別に四六時中一緒って事にはなんねぇだろ」
『それは、そうだけど』
「俺もお前もシフト制で、夜勤もあって不規則勤務だ
一緒の家に居たって、そう顔を合わせる時間は多くねぇよ」
『…じゃあ、何で』
「俺の我儘」
『?どういう事』
「九条はもう逃げないと言ったし、逃げないだろうと言うことは俺だって分かる
けど、ちゃんと捕まえておきたい」
『…』
「誰かと一緒に居る時間も悪くないって、お前にも分からせてやるよ」
家族とさえ、一緒に過ごしてこなかった
家では殆ど一人で、外の世界で他者と過ごして、そのストレスから解放される場所だった
けれど、そうじゃない
特別な、大切な誰かと共に過ごす時間は、安穏をもたらすと言うことをちゃんと知って欲しい
そうやって少しずつ温かい感情に馴れていって欲しい
今まで受け取って来なかった、与えられなかった愛情を、少しずつ感じて欲しい
そうして、ちゃんと自分が愛されていると言うことに気付いて欲しい
『…松はほんと変わってるね』
「それくらいじゃ無きゃお前を扱いきれねぇだろ」
『…それはそうだ』
そう言って、此処に来て初めて笑う
ここ数日はずっとふて腐れたような顔をしていたから、その笑みは随分久しぶりなような気がして
昔からコイツは、自分の意見を押し通す事は無い
寧ろ自分の意見など述べることすらない
それでもこうやって自身の不満を、不安を表してぶつかってくる
喧嘩にもならぬ程のささやかな衝突
そういうモノが、九条には必要なのだ
部屋はそれぞれ別けた
一人になれる場所が、九条にはまだ必要だと言うことは流石に分かる
荒療治と言っても良いほどの強引さで話を進めた自覚もある
けれど結局九条はそれを受け入れてくれるという打算もある事は確かで
「九条」
『ん?』
「嫌なことがあったら、その時はそう言え
自分を飲み込むな」
『…難しいことを言うね』
「それに馴れる練習だ」
『…、まぁ、松に今更遠慮とか気持ち悪いもんね』
「おーおー、その意気だ」
『…、ほんと面倒なの捕まえたね』
「惚れたんだからしょうがねぇだろ」
『…そういうの、止めてほしいんだけど』
「ヤだね」
舌を出して笑う
それを見た九条は眉を寄せて、けれどすぐに破顔する
昔とは違う、作った笑みではない自然体
再会して4年
あの頃見せていた夕闇を孕んだような暗いあの瞳は、ずっと見ていない
俺達と離れた数年の間に何かあったのかもしれない
けれど、俺達が、俺が傍に居たからだとどこかで思いたくて
ずっと自然に、笑っている姿が増えた
あの仮面のような、完璧に作り上げられた笑みは、俺達の前では見せない
それが、当たり前になって欲しい
ごく自然に笑って、愛されて愛して、平穏だと笑われるような幸せを手にして
その時に、俺が傍に居たい
そう思ったのがきっかけだった
常に消えることを考えている、消えても良いと思っている、その悲しさが気にくわなくて
その悲しさを受け入れていることが気にくわなくて
誰だって、愛されていい
幸せになっていい
全てを諦めた瞳など、もうさせない
俺の隣で、幸せだと笑わせてやる
迷惑だと、余計なお世話だと、あの頃の九条はきっと言う
けれど今の九条はきっと
『松』
「おう」
『ちゃんと責任取ってね』
「お前の隣で死んでやるよ」
『…そこまでは求めてない』
「求めろよ」
『でも、そうだね
幸せになって欲しいと願った、私の願いは叶えてね』
「だったら、お前も幸せにならなきゃいけねぇな?」
『…そういうのは求めてなかったんだけど』
「要らねぇつっても、幸せにしてやるよ」
『…、それは楽しみしておくよ、一応』
そう言って、少しだけ呆れたように笑う
この言葉に笑えるなら、それでいい
怯えずに、諦めずに、拒まずに、幸せになる未来を選ぼうとしてくれるなら
作り物でない笑顔で、幸せだとその口が紡ぐ日を俺は傍でずっと待っているから
すべて奪われた後だから
(一つずつ拾って、紡いで、幸せになろう)
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