君が生きた世界を守ろう
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ふ、と意識が浮上して目を開く
遮光のカーテンの隙間から窓の外を眺めると、随分と日は高いとこにあって目を細める
そのままカーテンで陽射しを遮れば、真っ暗とまではいかずとも暗くなる部屋でベッドから身を起こした
休みの日は、特に予定がない限り昼過ぎまで寝る
予定なんてほぼ無いけど
友達と言えるような間柄の人間も居ないのだし
冷蔵庫の中を覗いて、今日は買い出しかな、と思いながら顔を洗う
身支度を整え、チョコレートを一粒口に含み外へ出れば、あまりの眩しさに引き返したくなった
………、はて、何か寒い…?
今の暦は一応秋と言える(実質秋なんてものは無いが)
まだ暑いくらいだったのに、急に寒くなるものか、と一旦家の中に引き返す
基本的に寒がりなので、寒いと思ったら我慢ならない
携帯を取り出してこれからの天気を調べようとして
『3月…?』
ちょっと待とう、意味が分かんない
10月が急に3月になる意味が分かんない
ネットニュースを開き、過去のニュースを辿っていくと
『米花町…?』
知らない場所の筈なのに、聞き覚えがあり過ぎる地名
超大作もいいとこの、普段アニメなんて見ないような人でも知っているその物語に登場する…
混乱する頭を落ち着かせる為に、出掛ける予定なんて投げ出して家に戻る
そう言えば家の中にも違和感しかない
どれだけ寝ぼけていたのだか、と呆れしか無いが現状把握のため家中を見て回る
1DKだったはずの部屋が2LDKになっている事になぜ気付かないんだ、私
取り敢えず落ち着いて
正しく情報を集めるために家探しをしなければ
自分の家を家探しなんて変な気分だけど、しょうがない
混乱はしているがどこか冷静な自分が嫌な予感を囁いているが今は聞かない振りをした
──────
───
─
惨敗した
家探しを終えて出てくる物証にもう溜息すら出ない
結論から言うと、トリップと言うやつらしい、どんなSFだよ
寝て起きたらトリップしてました?
ちょっと意味分かんない、ついてけない
ぐるぐる、ぐるぐる、頭は回転しまくって、そして考えるのを放棄した
元の世界に残してきたなって思うものは無い
未練もない
私物はざっと見た感じ全てあった、生活には困らない
私の戸籍と、次の職場があるのなら何だっていい
大きく深呼吸をして、再び出掛ける準備に掛かる
冷蔵庫の中は空っぽなのだ、どの道買い出しは必要
まぁ、そんなに食に重きも置いてないし、基本的にそんなに食べないんだけど
全てに於いてどうでもいい
目を閉じてそのまま永遠に開かなくなると言われても何とも思わない
あぁ、そうなのかって、どこか他人事
十中八九、あの特殊な幼少期のせいで、十分に感情と言うものが育たなかったからだろう
特に何も興味をもてなかった私は、成人して持て余したお金は割りと漫画や小説に注ぎ込んだ
あれ等は感情表現が豊かだ、裏の読み合い何かも出来るいい参考書
だから、この世界のことも知っている
一体今がいつなのか、なんて知らないけど
無闇矢鱈に犯罪率の高いこの米花町で、上手く生き抜く事は出来るのだろうか
いやまぁ、死んだって構わないけども
………、え、何か幼い?
そう言えば家探し中におかしな物見なかったっけ…?
玄関で靴を履き、さぁ外へ、という直前
鏡に映し出された自分が、どうにも違和感しかなかった
嫌な予感が再来して、靴を脱ぎ捨て室内へ戻る
クローゼットを開け放ったそこに、見慣れた、と言えばおかしな話であるが、制服が掛かっていて
…退行トリップと言うやつですか、これ
中学時代の制服にそっくり何ですけど…
あまりの非常事態に、何かもうどうでも良くなった
どうせこの世界でも当たり障りなく、なるべく存在を消して生きていくだけ
と言うか、いっそこのまま消えてしまってもいいんじゃないだろうか
前の世界では人が一人消えると多少問題があった
けど、今この世界では関わりのある人なんて一人として居ないのだから
死にたいと思う程のこともなくて、惰性で生きてきた
逆に言うと生きたい理由も無くて
じゃあ、もういいかな
どこがいいかな、見つからない場所
私一人でも行けるような場所
あぁ、そうだ海がいい
全てを飲み込んでしまう、あの海が
思い立ったが吉日とは言わないが、この世界で関わりが出来てしまう前に消えてしまった方がいい
どうせ私は要らない人間なのだから
*****
side.A
家を抜け出し暗がりを歩く
まだ電車も動いているこの時間帯は、人も疎らに居る
まぁ、俺くらいの歳の奴等は居ないようだが
そんな中、ふと1人の少女を見かけた
スラリ、としたそのラインに、幼いながらも整った顔立ち
酔っ払い達が卑下た目で彼女を見ているという事に、きっと気付いて居ない
携帯を片手にきょろきょろしている様子は、正しく道に迷ったようで
恰好の獲物だ
「おい」
『…?私です?』
「お前以外周りにいるか?」
『…居ませんねぇ』
くるり、と周りを見渡した後、ふんわりと笑う
この場に不釣り合いなその笑みは、どこか作り物めいていた
何か?とでも言わんばかりにこちらを見上げるその瞳に感情が映らない
人形のようだ、そんな事を思った
「こんな時間に女が一人出歩くものじゃない」
『海に行きたくて』
「…は?」
『夜の海、好きなんです』
投げ掛けた俺の言葉と微妙に噛み合ってない返答
イキナリ話し掛けてきた俺に対し、多少不思議そうにしながらも淡々と返事を返す
好きな物を語っているにしては、何の色も見せないその声に、表情に、嫌な予感がする
もしかしてコイツは…
「なら、俺も行こう」
『…え』
「帰る気は無いようだしな、1人よりマシだろう」
『…えーと』
「俺が居たら困る事でもあるのか?」
『…話題?』
「…ふ、確かにそれは困りそうだ」
こてん、と首を傾げた拍子に真っ直ぐな黒髪が肩を滑る
戸惑いながらも返された言葉に思わず笑ってしまった
この時期のこんな時間に、1人海に行こうとする幼い彼女
俺より年下であろう目の前の少女は、少し細すぎる気がした
俺に気にせずさっさと切符を買って電車に乗り込んでいく
ICカードを括らせその後に続くと不思議そうな顔をするが何も言わない
他人にも、恐らく自分にも大した興味が無いのであろう
大人しく俺の横に腰掛け電車に揺られるその瞳には、相変わらず何も映っていない
ただぼんやりと、この鉄の箱が目的地に着くのを待っている
話題に困る、と言いながら話しかけようとすらしない
周りの人間など空気だとでも言うかのような無関心
暫くして目的の駅に電車が停まる
窓の外を見て駅名を確認する所からこの辺に慣れていない事は分かる
そしてそのまま駅構内へと身を躍らせる
それに続いて俺も降りると、チラリと振り返るとそのまま歩き始める
微かに届く潮の香りに、最初言っていたように本当に海が目的だったと言うことを知る
辺りを見渡しながら携帯片手に目的の海を探す様子から、やはりこの辺の地理に明るくない事は伺い知れる
かと言って教えてやるつもりもないが
そうしてゆっくり歩いて辿り着いた目的地
時期外れのこの場所に人影なんてものは無くて
さく、さく、と砂浜を踏みしめて波打ち際まで歩いていく腕を掴む
二の腕辺りを掴んだはずの手は一周してしまう程細かった
『……人が見てる前で海に飛び込んだりしませんよ』
「そうか?」
『それにこんな浅瀬で溺れたりなんか、そんな器用な事出来ません』
「人間、やろうと思えば3cmの水たまりでも溺死できるもんでな」
『…へぇ、その辺の水たまりで自殺でもされたら迷惑ですねぇ』
「そうだな」
淡々と返されていく言葉達
のらりくらり、本心には僅かにも触れさせないような言葉達
するり、手を離すとそのまま背を向けて波打ち際まで歩いて行く
ピタリ、と止まった足は僅か数瞬で、そのまま海の中へと足を進める
『…ふふ、冷たい』
「3月だからな」
『こんな中で溺れたら苦しいし寒いだろうなぁ』
「そうだろうな、お勧めはしない」
『お勧めの方法なんてあるんです?』
「…言葉の綾だ」
くすくす、と小さく笑った少女は、砂辺まで自分の足で戻ってきた
そのまま濡れた靴を脱いで、裸足で俺の元までやってくると、真っ黒な瞳で見上げてくる
『あの、一つ質問いいですか?』
「…なんだ」
『死にたい理由も無くて、でも生きていたい理由も無い人間は、どうあるべきだと思いますか?』
音の乗らない言葉
無色透明なその言葉は、正しく目の前に居る少女そのままで
じっと、瞬きもせずに見上げてくる瞳
何も期待していない、答えなんて求めていないような瞳
静寂が痛いほど
波の音だけがずっと響いている
『冗談です』
ふっと笑った少女は、目を逸らすとそのまま背を向けて波打ち際に沿ってゆっくりと歩いて行く
俺もその背中を追いかけるように、追い抜かないように、殊更ゆっくりと歩く
『お兄さん、お名前は?』
「…赤井秀一、お前は?」
『九条桜雪』
ざくざく、足音を響かせ、間を埋めるかのように、どうでもいいことのように投げかけられた質問
素直に答え、同じように投げかけた質問にも簡潔に返ってくる
ざくざく
時々波が足に掛かって、冷たさから逃げるように少し離れて、また寄って
『私が死ぬかと思いました?』
「…可能性としては有り得ると思いはしたな」
『この世界で私を知る人が居ないから、死のうかと思ったんですよ』
「…どういう事だ?」
『さて、どういう事でしょう』
巫山戯たように、意味の分からない言葉を投げかけてくる桜雪と名乗った少女
くるり、と振り返ったその表情からは、真意を読み取ることは出来なかった
『どう思います、お兄さん』
口元に描いた弧は、計算されたような作り物めいた笑みで
この角度なら、どんな風に見えるか、そんなことを分かっているかのような笑み
『私を知ってる人は居ないと思ったんですよ
でも、電車に揺られている間に気付いた事があって』
「何に気付いたんだ?」
『秘密です』
くるり、再び背を向けた少女は、再び歩き始める
相変わらず、ゆっくりとした歩調のままで
自分から話を振っておきながら、答える気など最初から無いような態度
『お兄さんは、こんな時間にどうして外に居たんです?ご家族、怒りません?』
「その言葉、そのままお前に返そう」
『残念、私には怒ってくれるようなご家族がいないんですよねぇ』
笑みを含んだような声
背を向けているから、表情は見ることは叶わない
けれど、無表情であるだろう事は、何故か分かってしまっていて
怒ってくれるような家族が居ない
それは少女に関心がなく何をしても何も言われないという意味か、文面通り存在しないのか
『お兄さん』
ピタリ、止まった足
釣られるように俺の足も止まり、続く言葉を静かに待った
『帰る場所があるなら、ちゃんと大事にした方がいいと思いますよ』
なんて、ね
そう言って小さく笑った後に再び海の中へと足を進める
膝上くらいまで入って行った足は、そこでピタリと止まった
否、俺が止めたのだが
『風邪引きますよ、お兄さん』
「その言葉そのまま返そう」
『さっきから全然受け取ってくれませんねぇ』
掴んだ腕に力を込めて、砂辺まで引き戻す
抵抗する様子無くされるがままのこの少女は、本当に自身のことがどうでもいいのだろう
生きようが死のうが、なんの感情も湧かない
そんな風に振る舞っているだけの人間ではない
それは、本能的に察した何か
『お兄さん』
「なんだ」
『これじゃ電車乗れませんね』
「………やってくれるな」
『何のことでしょう?』
くすくす、と笑う少女の腕を離す
溜息を吐いて携帯を取り出した俺の姿を見て、どこか満足げに笑った
僕の居場所は無いでしょうから
(だから私1人消えたって、世界は変わらず回り続ける)
遮光のカーテンの隙間から窓の外を眺めると、随分と日は高いとこにあって目を細める
そのままカーテンで陽射しを遮れば、真っ暗とまではいかずとも暗くなる部屋でベッドから身を起こした
休みの日は、特に予定がない限り昼過ぎまで寝る
予定なんてほぼ無いけど
友達と言えるような間柄の人間も居ないのだし
冷蔵庫の中を覗いて、今日は買い出しかな、と思いながら顔を洗う
身支度を整え、チョコレートを一粒口に含み外へ出れば、あまりの眩しさに引き返したくなった
………、はて、何か寒い…?
今の暦は一応秋と言える(実質秋なんてものは無いが)
まだ暑いくらいだったのに、急に寒くなるものか、と一旦家の中に引き返す
基本的に寒がりなので、寒いと思ったら我慢ならない
携帯を取り出してこれからの天気を調べようとして
『3月…?』
ちょっと待とう、意味が分かんない
10月が急に3月になる意味が分かんない
ネットニュースを開き、過去のニュースを辿っていくと
『米花町…?』
知らない場所の筈なのに、聞き覚えがあり過ぎる地名
超大作もいいとこの、普段アニメなんて見ないような人でも知っているその物語に登場する…
混乱する頭を落ち着かせる為に、出掛ける予定なんて投げ出して家に戻る
そう言えば家の中にも違和感しかない
どれだけ寝ぼけていたのだか、と呆れしか無いが現状把握のため家中を見て回る
1DKだったはずの部屋が2LDKになっている事になぜ気付かないんだ、私
取り敢えず落ち着いて
正しく情報を集めるために家探しをしなければ
自分の家を家探しなんて変な気分だけど、しょうがない
混乱はしているがどこか冷静な自分が嫌な予感を囁いているが今は聞かない振りをした
──────
───
─
惨敗した
家探しを終えて出てくる物証にもう溜息すら出ない
結論から言うと、トリップと言うやつらしい、どんなSFだよ
寝て起きたらトリップしてました?
ちょっと意味分かんない、ついてけない
ぐるぐる、ぐるぐる、頭は回転しまくって、そして考えるのを放棄した
元の世界に残してきたなって思うものは無い
未練もない
私物はざっと見た感じ全てあった、生活には困らない
私の戸籍と、次の職場があるのなら何だっていい
大きく深呼吸をして、再び出掛ける準備に掛かる
冷蔵庫の中は空っぽなのだ、どの道買い出しは必要
まぁ、そんなに食に重きも置いてないし、基本的にそんなに食べないんだけど
全てに於いてどうでもいい
目を閉じてそのまま永遠に開かなくなると言われても何とも思わない
あぁ、そうなのかって、どこか他人事
十中八九、あの特殊な幼少期のせいで、十分に感情と言うものが育たなかったからだろう
特に何も興味をもてなかった私は、成人して持て余したお金は割りと漫画や小説に注ぎ込んだ
あれ等は感情表現が豊かだ、裏の読み合い何かも出来るいい参考書
だから、この世界のことも知っている
一体今がいつなのか、なんて知らないけど
無闇矢鱈に犯罪率の高いこの米花町で、上手く生き抜く事は出来るのだろうか
いやまぁ、死んだって構わないけども
………、え、何か幼い?
そう言えば家探し中におかしな物見なかったっけ…?
玄関で靴を履き、さぁ外へ、という直前
鏡に映し出された自分が、どうにも違和感しかなかった
嫌な予感が再来して、靴を脱ぎ捨て室内へ戻る
クローゼットを開け放ったそこに、見慣れた、と言えばおかしな話であるが、制服が掛かっていて
…退行トリップと言うやつですか、これ
中学時代の制服にそっくり何ですけど…
あまりの非常事態に、何かもうどうでも良くなった
どうせこの世界でも当たり障りなく、なるべく存在を消して生きていくだけ
と言うか、いっそこのまま消えてしまってもいいんじゃないだろうか
前の世界では人が一人消えると多少問題があった
けど、今この世界では関わりのある人なんて一人として居ないのだから
死にたいと思う程のこともなくて、惰性で生きてきた
逆に言うと生きたい理由も無くて
じゃあ、もういいかな
どこがいいかな、見つからない場所
私一人でも行けるような場所
あぁ、そうだ海がいい
全てを飲み込んでしまう、あの海が
思い立ったが吉日とは言わないが、この世界で関わりが出来てしまう前に消えてしまった方がいい
どうせ私は要らない人間なのだから
*****
side.A
家を抜け出し暗がりを歩く
まだ電車も動いているこの時間帯は、人も疎らに居る
まぁ、俺くらいの歳の奴等は居ないようだが
そんな中、ふと1人の少女を見かけた
スラリ、としたそのラインに、幼いながらも整った顔立ち
酔っ払い達が卑下た目で彼女を見ているという事に、きっと気付いて居ない
携帯を片手にきょろきょろしている様子は、正しく道に迷ったようで
恰好の獲物だ
「おい」
『…?私です?』
「お前以外周りにいるか?」
『…居ませんねぇ』
くるり、と周りを見渡した後、ふんわりと笑う
この場に不釣り合いなその笑みは、どこか作り物めいていた
何か?とでも言わんばかりにこちらを見上げるその瞳に感情が映らない
人形のようだ、そんな事を思った
「こんな時間に女が一人出歩くものじゃない」
『海に行きたくて』
「…は?」
『夜の海、好きなんです』
投げ掛けた俺の言葉と微妙に噛み合ってない返答
イキナリ話し掛けてきた俺に対し、多少不思議そうにしながらも淡々と返事を返す
好きな物を語っているにしては、何の色も見せないその声に、表情に、嫌な予感がする
もしかしてコイツは…
「なら、俺も行こう」
『…え』
「帰る気は無いようだしな、1人よりマシだろう」
『…えーと』
「俺が居たら困る事でもあるのか?」
『…話題?』
「…ふ、確かにそれは困りそうだ」
こてん、と首を傾げた拍子に真っ直ぐな黒髪が肩を滑る
戸惑いながらも返された言葉に思わず笑ってしまった
この時期のこんな時間に、1人海に行こうとする幼い彼女
俺より年下であろう目の前の少女は、少し細すぎる気がした
俺に気にせずさっさと切符を買って電車に乗り込んでいく
ICカードを括らせその後に続くと不思議そうな顔をするが何も言わない
他人にも、恐らく自分にも大した興味が無いのであろう
大人しく俺の横に腰掛け電車に揺られるその瞳には、相変わらず何も映っていない
ただぼんやりと、この鉄の箱が目的地に着くのを待っている
話題に困る、と言いながら話しかけようとすらしない
周りの人間など空気だとでも言うかのような無関心
暫くして目的の駅に電車が停まる
窓の外を見て駅名を確認する所からこの辺に慣れていない事は分かる
そしてそのまま駅構内へと身を躍らせる
それに続いて俺も降りると、チラリと振り返るとそのまま歩き始める
微かに届く潮の香りに、最初言っていたように本当に海が目的だったと言うことを知る
辺りを見渡しながら携帯片手に目的の海を探す様子から、やはりこの辺の地理に明るくない事は伺い知れる
かと言って教えてやるつもりもないが
そうしてゆっくり歩いて辿り着いた目的地
時期外れのこの場所に人影なんてものは無くて
さく、さく、と砂浜を踏みしめて波打ち際まで歩いていく腕を掴む
二の腕辺りを掴んだはずの手は一周してしまう程細かった
『……人が見てる前で海に飛び込んだりしませんよ』
「そうか?」
『それにこんな浅瀬で溺れたりなんか、そんな器用な事出来ません』
「人間、やろうと思えば3cmの水たまりでも溺死できるもんでな」
『…へぇ、その辺の水たまりで自殺でもされたら迷惑ですねぇ』
「そうだな」
淡々と返されていく言葉達
のらりくらり、本心には僅かにも触れさせないような言葉達
するり、手を離すとそのまま背を向けて波打ち際まで歩いて行く
ピタリ、と止まった足は僅か数瞬で、そのまま海の中へと足を進める
『…ふふ、冷たい』
「3月だからな」
『こんな中で溺れたら苦しいし寒いだろうなぁ』
「そうだろうな、お勧めはしない」
『お勧めの方法なんてあるんです?』
「…言葉の綾だ」
くすくす、と小さく笑った少女は、砂辺まで自分の足で戻ってきた
そのまま濡れた靴を脱いで、裸足で俺の元までやってくると、真っ黒な瞳で見上げてくる
『あの、一つ質問いいですか?』
「…なんだ」
『死にたい理由も無くて、でも生きていたい理由も無い人間は、どうあるべきだと思いますか?』
音の乗らない言葉
無色透明なその言葉は、正しく目の前に居る少女そのままで
じっと、瞬きもせずに見上げてくる瞳
何も期待していない、答えなんて求めていないような瞳
静寂が痛いほど
波の音だけがずっと響いている
『冗談です』
ふっと笑った少女は、目を逸らすとそのまま背を向けて波打ち際に沿ってゆっくりと歩いて行く
俺もその背中を追いかけるように、追い抜かないように、殊更ゆっくりと歩く
『お兄さん、お名前は?』
「…赤井秀一、お前は?」
『九条桜雪』
ざくざく、足音を響かせ、間を埋めるかのように、どうでもいいことのように投げかけられた質問
素直に答え、同じように投げかけた質問にも簡潔に返ってくる
ざくざく
時々波が足に掛かって、冷たさから逃げるように少し離れて、また寄って
『私が死ぬかと思いました?』
「…可能性としては有り得ると思いはしたな」
『この世界で私を知る人が居ないから、死のうかと思ったんですよ』
「…どういう事だ?」
『さて、どういう事でしょう』
巫山戯たように、意味の分からない言葉を投げかけてくる桜雪と名乗った少女
くるり、と振り返ったその表情からは、真意を読み取ることは出来なかった
『どう思います、お兄さん』
口元に描いた弧は、計算されたような作り物めいた笑みで
この角度なら、どんな風に見えるか、そんなことを分かっているかのような笑み
『私を知ってる人は居ないと思ったんですよ
でも、電車に揺られている間に気付いた事があって』
「何に気付いたんだ?」
『秘密です』
くるり、再び背を向けた少女は、再び歩き始める
相変わらず、ゆっくりとした歩調のままで
自分から話を振っておきながら、答える気など最初から無いような態度
『お兄さんは、こんな時間にどうして外に居たんです?ご家族、怒りません?』
「その言葉、そのままお前に返そう」
『残念、私には怒ってくれるようなご家族がいないんですよねぇ』
笑みを含んだような声
背を向けているから、表情は見ることは叶わない
けれど、無表情であるだろう事は、何故か分かってしまっていて
怒ってくれるような家族が居ない
それは少女に関心がなく何をしても何も言われないという意味か、文面通り存在しないのか
『お兄さん』
ピタリ、止まった足
釣られるように俺の足も止まり、続く言葉を静かに待った
『帰る場所があるなら、ちゃんと大事にした方がいいと思いますよ』
なんて、ね
そう言って小さく笑った後に再び海の中へと足を進める
膝上くらいまで入って行った足は、そこでピタリと止まった
否、俺が止めたのだが
『風邪引きますよ、お兄さん』
「その言葉そのまま返そう」
『さっきから全然受け取ってくれませんねぇ』
掴んだ腕に力を込めて、砂辺まで引き戻す
抵抗する様子無くされるがままのこの少女は、本当に自身のことがどうでもいいのだろう
生きようが死のうが、なんの感情も湧かない
そんな風に振る舞っているだけの人間ではない
それは、本能的に察した何か
『お兄さん』
「なんだ」
『これじゃ電車乗れませんね』
「………やってくれるな」
『何のことでしょう?』
くすくす、と笑う少女の腕を離す
溜息を吐いて携帯を取り出した俺の姿を見て、どこか満足げに笑った
僕の居場所は無いでしょうから
(だから私1人消えたって、世界は変わらず回り続ける)