君が生きた世界を守ろう
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タイムリミットまであと約一週間
引きこもりがちな私ではあるが、今日は珍しく家を出て駅ビルで買い物をしていた
そんな珍しいことをするからだろうか、こんな事に巻き込まれてしまうなんて
なんとも言えない感情を抱えながら取り出した携帯で、もう見慣れた、けれど私から滅多に掛けることのない番号を呼び出して発信ボタンを押す
暫くのコールの後、機械越しに聞こえた声は少し荒立っていて、なるほど、この状況を警察は把握しているのだろうと言うことを察する
『忙しいのは分かった、けど多分それに関する事だと思うよ』
そう告げると、電話越しなのに息を呑む音が耳に届いた
*****
特に何か用事があったわけではない
少しだけ落ち着かない気持ちを持て余して、家にいてもきっと落ち着くことはないのだろうと考え、それならば、といつもはあまり行かないような場所へと足を運んだ
ただそれだけのことだった
ぶらぶら、と駅ビル内を見て回り、気になったものは購入し、と一人でのショッピングはそれなりに充実していた
オプションの様なナンパは軽く躱しつつ、一人でゆったりとした時間を過ごし、気が付けば数時間
そろそろ帰ろうか、何て考えその前に、とトイレに向かった
用を済ませて手を洗う
その時、隅の方に置かれた紙袋が目に入った
誰かの忘れ物だろうか?そんなことを思いながら紙袋の縁に指を掛けて中を覗き込む
そこにあったのは綺麗にラッピングされた小包、何てモノではなく
無機質な、黒い物体
実物を見たことは無い、これがそうであると言う確証を持つ為の材料を、私は持ち合わせて居ない
けれど、これはそういう物だ
この物体1つで、人の命を容易く奪ってしまえるもの
ただの直感、けれどそれを確かめるための術を幸運なことに私は持っている
その道のエキスパートと、知り合いなのだ
少し早くなった鼓動には気付かない振りをして、そっと離れる
この近くに他の客が居ないか確認だけして電話をしよう、そう考えて出入り口に向かって歩を出した、その瞬間
たった一つの脱出口を塞ぐように、爆音が響いてガラガラ、とコンクリートの塊が落ちてくる
その勢いに飛ばされて、壁に背中をぶつける
飛んできた破片が、運悪く足の上に落下してきて少々、いやかなりのダメージ
皮膚を裂いて流れてきた赤い液体、爆発の影響で照明の消えた暗いその場所で、携帯の明かりだけを頼りに患部を見る
幸い骨には支障が無いが、それなりの深さの傷
水で洗い流したいが、電気同様使用できず、手持ちのストールを巻き付けて圧迫止血
困った事になったなぁ、と思い、私の脱出口を奪ったそれと同じものだと思われるそれを再度確認する
そこに鎮座するその物体はうんともすんとも言わず、素知らぬ顔
連動して爆発するようなモノでなくてよかった、とひとまずは思うべきか
こうなってしまっては仕方ない、と当初の予定通り目的の人物に連絡することとする
そして、冒頭に戻る
《…九条、詳しく説明してもらえるか》
『ん、駅ビル五階の女子トイレ
紙袋が置いてあって中身を覗くと、恐らくアンタが取り扱ってるブツらしきものが見えて
近くに他の客がいて、電話の内容聞かれてパニックになっても嫌だったから、ちょっと確認しようと出入り口に近付いたら小爆発
瓦礫で入り口塞がれて、直径15cmくらいの穴があるくらいかな、トイレに閉じ込められた感じ
因みに負傷した』
《どれくらい》
『右足の裂傷くらい
破片で小さな切り傷はあるけど、大きなのはそれくらい
背中ぶつけて痛いけど
処置は簡単にしてるから、これに関しては大丈夫』
一先ず安堵したような溜息が聞こえて、口元に笑みが浮かぶ
こんな状況なのに、私も随分呑気なものだな
この場にいるのが私だけだからだろうか
取り敢えず、危険な目に遭っているのが自分だけ、と言う状況は私にとっては身軽なもの
『それで、そっちはどんな状況なの?
あ、因みにブツにタイマー的なものはなさそう
紙袋を軽く引っ張っただけで、物自体は動かしてないよ
そもそも本物かどうか、自体疑ってたけどその様子じゃ本物なんだろうね』
《んでそんな落ち着いてんだよ》
『焦ってパニックになって、話も通じないような状況の方がよかった?』
《そうは言ってねぇだろ》
『巻き込まれてしまったものは仕方ないよ
それで私はどうしたら良い感じなのかな?』
至って普通のことを聞いた筈だった
ただ救助を待てば良いのならそうするし、こちらで何かすることがあるのならば指示に従う
幸いなことに、と言うべきなのかタイムリミットはなさそうなので時間に追われることはない
ただ盗聴器か、監視カメラの類いはついているのだろうけど
そうじゃなきゃ、あのタイミングでの爆発は都合がよすぎる
遠隔操作、と言う可能性もある
本当は通話もよくないのだろうけど、これだけ話してて何もアクションが起きていないと言うことは、別の目的があると言うことで
《落ち着いて聞いてくれ》
『大丈夫、得意』
《ふざけてんじゃねぇよ》
『ふざけてないよ、本気』
ちょっと、いやかなり変わった立場に居る人間ではあるけれど一般人である事には変わりないので
こんな事件に巻き込まれる、ましてや当事者になるなんてそんなこと考えながら生活なんかしていない
いつも通りを装うことで、焦りを押し殺しているだけに過ぎない
そんな不安を感じ取ったのか、松の舌打ちが耳を掠める
そっちが焦ってどうするんだ、落ち着けよ本職
それは口に出すことはなかったけれど、小さく笑ってやれば漸く口を開く
《その駅ビルに爆弾を仕掛けた、って言う声明が今日の昼過ぎに入った
そして同時に、どっか別の場所に仕掛けた、ってのも》
『…私の予言とよく似てるね
他の場所は?まだ分かってない感じ?』
《…どこに仕掛けたのか、何カ所あるのかはまだ
暗号が送られてきているから、今虱潰しにしてるけど、まだ時間は掛かる》
『…そう』
《んで、ついさっき追加の声明だ
簡単に言や、一人と大勢を選べって奴》
『…そこまでそっくりにしなくても良いのにねぇ』
ドクン、ドクン
早くなった鼓動が大きく耳の中に響く感覚
私が変えた運命が、私の元に巡ってきたかの様なこのシチュエーション
何でこんな中途半端な時期に清算するようなことが起こるのか
起きるのならば、全てが終わった後ではないのか
だから多分これは、ただの偶然
この約一週間後には、あの呪われた11月7日にはあの事件が起きるはずで
そう、言い聞かせて
速くなる呼吸を、意識して落ち着かせる
この機械越しの男に気付かれないように、少しだけ離して、細く息を吐き出す
『…じゃあ、下手にこっち触らない方がいいかなぁ
多分盗聴器か監視カメラかついてるよ、これ』
《はっ!?おま、それはもっと早く…!》
『こんだけ話してゆったりしてても何もしてこないって事はカメラの方かな
それとも何もする気が無いのか、分かんないけど』
《っとにお前は…!
まぁいい、その爆弾、カメラで映せるか?》
『ここ暗いからちゃんと分かるかなぁ…
取り敢えずやってみる』
《動かすなよ、紙袋破いて中身だけ見える様にしたらそれでいい》
『分かってるよ、そこまで無鉄砲じゃない』
痛む足を引きずりながら、距離を取っていたそれに近付く
洗面台に携帯を置いて慎重に紙袋を破いていく
ふと、爆弾の影にメッセージカードの様な物がある事に気付く
それを恐る恐る手に取ると、機械的な文字が並んでいて
『“…タイムリミットは日没
巻き込まれた可哀想な市民の君に選択肢をあげよう
一緒に置いてある青と赤の2つのスイッチ
青いものはその爆弾の停止装置であると同時に、ここ以外に仕掛けた爆弾の起爆装置でもある
赤いものは反対にそこの爆弾の起爆装置であり、その他の爆弾の停止装置だ
自分自身をとるか、その他顔も知らぬ大勢をとるか、君が決めると良い
日没までに私を見つけることがなければ、両方とも爆発させよう
では、健闘を祈る”』
読み上げた丁寧な説明文
何か思っていたより大変なことになっているようだ
何てそんなことを他人事の様に思っていると、ダンッ、と何かを叩きつけた様な音が耳に届く
《…九条絶対に、何にも触らずその文章と爆弾を映せ
絶対にだぞ》
『…そんな死に急いでないよ、私』
ビデオ通話に切り替えて、指示通りに触らずにそのメッセージカードと爆弾を映していく
見える限りの全貌を
この時期の日没はどれくらいだっただろうか
けれど決して長くはないはず
16時はまだ明るい、17時を過ぎてくる頃には段々と暗くなっていたような印象
大体17時半といったところか
ちらりと時計を見る
時計の針はちょうど15時を指していた
後2時間半くらいか…
『一応の確認なんだけどさ
一人と大勢を選べって言ってるくらいだからこの駅ビルの避難は済んでると思って良いんだよね?』
《…変なこと考えんじゃねぇぞ》
『一応だって言ってるじゃん
言ったでしょ、死に急いでないって』
そうやって笑ってみても返事は返ってこない
多分、肯定なのだろう
避難が済んでいないのならば、それは私を引き留める要因になる
それなのにそれを言わないということは
つまりそう言う事である
『おっけ、了解
ずっと通話繋いでたら充電無くなるからもう切るね』
《あ、おい!》
『ばいばい』
そう言って一方的に通話を切る
その勢いのまま電源も落としてしまうと、辺りは暗闇
少しすれば目が慣れてきてある程度は見えるけれど暗いことには変わりなくて
腕時計が時を刻む音だけが届く
時間は分かる
30分経ったら電源入れてみようかな、1時間が良いかな
今電源入れたら鬼電掛かってきそうだし、充電を考慮した意味なくなっちゃうし
ばいばい、はよくなかったかな
押すならば、赤いもの
これが本当のことが書かれている確信はないのでそんな賭けみたいなことはしない
こんなこと書いといて、自分一人だけ助かろうとした罰、みたいな感じで逆だった、なんて事も有り得そうだし
『伊達が言ってたこと、当たってるかもなぁ
拳銃じゃなくて爆弾だけど』
確実に縮まっていくタイムリミット
このメッセージカードが本当のことが書かれていて時間までに解体が終わらなければ私は
スイッチ、押そうとも思わなかったかな
どこで誰がどんな目に遭っても気にならない、気にしない、どうでもいい
それが私であっても
きっと今までの私なら、そうだった
それでも今は、押すなら赤、だとか考え始めている
それでも私の死を選ぶことには変わりないけれど
もし、万が一、そこに松や萩が居たら、何て考えてしまうから
解体中に爆発に巻き込まれる、なんて折角変えた未来が今になって襲ってくるなんて笑えない
君達を助けられるなら、この命も惜しくない
産まれてきたことに意味さえ与えられそうで、私はそれでも満足だ
けれどずっと頭の片隅に居座る特徴的な髪型の男
ここ最近私の頭を悩ませる原因となっているその男がどうしても過ぎってくる
怒るかな、悲しむかな、呆れるかな、何て他人の評価を気にしてしまっている
そんなものどうでもいいと思っていたのに
折角、変わりたいと思えたのに
貴方の隣で生きてみたいと思えたのに
幸せというものに、手を伸ばしてみたいと思ったのに
そんな未来を手放してしまわないために、私はただ信じて待つだけ
彼に言われたように、絶対この爆弾にもスイッチにも触らない
それでここで命を終えたとしても、幸せなんて大それたものを望んでしまった罰だと受け入れられる
まだ、幸せを手にする前だから
何もせず過ごす時間は長い
トイレの床には座りたくなくて、行儀は悪いけれど洗面台に腰掛けている
1時間待とうと思っていたのに、結局暇になって45分で電源を入れてしまった
よく耐えた方だと思う
そこにはやはり鬼のような着信の数と、1つのメッセージ
それを開く前に震えた携帯
表示された名前は、先程まで思い浮かべていたふわふわ頭でなくさらさらの方
…こっちはいっか
『もしもし』
《繋がった!九条ちゃん、大丈夫!?大人しくしてる!?》
『その言われ方なんか嫌…』
《だってじんぺーちゃんが…!》
『松がどんな風に言ったか知らないけど、私は何もする気無いよ
多分カメラついてるし、指示もらって解体してもバレちゃったらドカンされるし』
《それならよかった…、いや全然よくないんだけど
それより九条ちゃん、あと3つだからね!そこのを合わせると4つだけど…》
『あれ、何カ所あるか分かったんだ?』
《5カ所だった、2つは解体した
あと3つもちゃんと場所は分かってる、今そっちにはじんぺーちゃん向かってるから
犯人の居場所も当たり付けてるし、相貌も分かったみたいだから
ちゃんとじっとしてるんだよ》
『この45分で何があった』
まぁ、そうか
昼過ぎに犯行予告があって今だもんな
解読さえ終わってしまえば、この優秀なエキスパート達が解体するなんてあっという間か
ただ、犯人の相貌割り出せたんか凄いな
監視カメラ映ってたんかな、間抜けな
まぁ、ここの爆弾にもカメラがついてるなら解体できないし、犯人取り押さえる方が早いのかな
《…九条ちゃん》
『んー?』
《死なないでね》
『…死なないよ、死にたいわけじゃないからね』
そう言って切れた通話
大丈夫、信じてるよずっと
知ってるから、正義感に溢れた男達だって言うことは、私が一番
どれくらいの時間が経っただろうか
余りにも進みが遅い時計を見るのは何かがすり減る気がして鞄の奥底に沈めた
ふと外が騒がしくなって、少しずつ瓦礫が撤去されているようだ
あぁ、漸く終わるのか
壁に預けていた頭を起こして、音がする方を見遣る
少しずつ光が差し込む範囲が増えてきて、外の音が大きくなっていく
暗闇に慣れた目には、光が辛い
目を逸らして少しずつ光に目を慣らしていく
暫くして人が通れるような穴が空くと数人がなだれ込んできて
「九条!」
「九条ちゃん!」
『松に…、萩も』
萩はこちらの姿を確認すると、素早く解体に取りかかる
何と時間になると勝手に起爆する装置が組み込まれていたらしい
一人は確実に持って行く作戦だったのか
そんなことを考えていると、目の前に松が立つ
暗くて本来なら見えない表情が、暗闇に慣れてしまった目はしっかりと捉えて
泣きそうな、しかし安堵が浮かぶ苦しげな顔
『…ごめんね』
そう呟くと、ぬくもりに包まれる
いつか知ったこの人間の香りとぬくもりに、生きていると言うことを実感して、そして
私も、安堵したのだ
生きていてよかった、初めてそう思えたの
間違えるなんてことしないから
(だって、貴方が与えてくれた変化だから)
引きこもりがちな私ではあるが、今日は珍しく家を出て駅ビルで買い物をしていた
そんな珍しいことをするからだろうか、こんな事に巻き込まれてしまうなんて
なんとも言えない感情を抱えながら取り出した携帯で、もう見慣れた、けれど私から滅多に掛けることのない番号を呼び出して発信ボタンを押す
暫くのコールの後、機械越しに聞こえた声は少し荒立っていて、なるほど、この状況を警察は把握しているのだろうと言うことを察する
『忙しいのは分かった、けど多分それに関する事だと思うよ』
そう告げると、電話越しなのに息を呑む音が耳に届いた
*****
特に何か用事があったわけではない
少しだけ落ち着かない気持ちを持て余して、家にいてもきっと落ち着くことはないのだろうと考え、それならば、といつもはあまり行かないような場所へと足を運んだ
ただそれだけのことだった
ぶらぶら、と駅ビル内を見て回り、気になったものは購入し、と一人でのショッピングはそれなりに充実していた
オプションの様なナンパは軽く躱しつつ、一人でゆったりとした時間を過ごし、気が付けば数時間
そろそろ帰ろうか、何て考えその前に、とトイレに向かった
用を済ませて手を洗う
その時、隅の方に置かれた紙袋が目に入った
誰かの忘れ物だろうか?そんなことを思いながら紙袋の縁に指を掛けて中を覗き込む
そこにあったのは綺麗にラッピングされた小包、何てモノではなく
無機質な、黒い物体
実物を見たことは無い、これがそうであると言う確証を持つ為の材料を、私は持ち合わせて居ない
けれど、これはそういう物だ
この物体1つで、人の命を容易く奪ってしまえるもの
ただの直感、けれどそれを確かめるための術を幸運なことに私は持っている
その道のエキスパートと、知り合いなのだ
少し早くなった鼓動には気付かない振りをして、そっと離れる
この近くに他の客が居ないか確認だけして電話をしよう、そう考えて出入り口に向かって歩を出した、その瞬間
たった一つの脱出口を塞ぐように、爆音が響いてガラガラ、とコンクリートの塊が落ちてくる
その勢いに飛ばされて、壁に背中をぶつける
飛んできた破片が、運悪く足の上に落下してきて少々、いやかなりのダメージ
皮膚を裂いて流れてきた赤い液体、爆発の影響で照明の消えた暗いその場所で、携帯の明かりだけを頼りに患部を見る
幸い骨には支障が無いが、それなりの深さの傷
水で洗い流したいが、電気同様使用できず、手持ちのストールを巻き付けて圧迫止血
困った事になったなぁ、と思い、私の脱出口を奪ったそれと同じものだと思われるそれを再度確認する
そこに鎮座するその物体はうんともすんとも言わず、素知らぬ顔
連動して爆発するようなモノでなくてよかった、とひとまずは思うべきか
こうなってしまっては仕方ない、と当初の予定通り目的の人物に連絡することとする
そして、冒頭に戻る
《…九条、詳しく説明してもらえるか》
『ん、駅ビル五階の女子トイレ
紙袋が置いてあって中身を覗くと、恐らくアンタが取り扱ってるブツらしきものが見えて
近くに他の客がいて、電話の内容聞かれてパニックになっても嫌だったから、ちょっと確認しようと出入り口に近付いたら小爆発
瓦礫で入り口塞がれて、直径15cmくらいの穴があるくらいかな、トイレに閉じ込められた感じ
因みに負傷した』
《どれくらい》
『右足の裂傷くらい
破片で小さな切り傷はあるけど、大きなのはそれくらい
背中ぶつけて痛いけど
処置は簡単にしてるから、これに関しては大丈夫』
一先ず安堵したような溜息が聞こえて、口元に笑みが浮かぶ
こんな状況なのに、私も随分呑気なものだな
この場にいるのが私だけだからだろうか
取り敢えず、危険な目に遭っているのが自分だけ、と言う状況は私にとっては身軽なもの
『それで、そっちはどんな状況なの?
あ、因みにブツにタイマー的なものはなさそう
紙袋を軽く引っ張っただけで、物自体は動かしてないよ
そもそも本物かどうか、自体疑ってたけどその様子じゃ本物なんだろうね』
《んでそんな落ち着いてんだよ》
『焦ってパニックになって、話も通じないような状況の方がよかった?』
《そうは言ってねぇだろ》
『巻き込まれてしまったものは仕方ないよ
それで私はどうしたら良い感じなのかな?』
至って普通のことを聞いた筈だった
ただ救助を待てば良いのならそうするし、こちらで何かすることがあるのならば指示に従う
幸いなことに、と言うべきなのかタイムリミットはなさそうなので時間に追われることはない
ただ盗聴器か、監視カメラの類いはついているのだろうけど
そうじゃなきゃ、あのタイミングでの爆発は都合がよすぎる
遠隔操作、と言う可能性もある
本当は通話もよくないのだろうけど、これだけ話してて何もアクションが起きていないと言うことは、別の目的があると言うことで
《落ち着いて聞いてくれ》
『大丈夫、得意』
《ふざけてんじゃねぇよ》
『ふざけてないよ、本気』
ちょっと、いやかなり変わった立場に居る人間ではあるけれど一般人である事には変わりないので
こんな事件に巻き込まれる、ましてや当事者になるなんてそんなこと考えながら生活なんかしていない
いつも通りを装うことで、焦りを押し殺しているだけに過ぎない
そんな不安を感じ取ったのか、松の舌打ちが耳を掠める
そっちが焦ってどうするんだ、落ち着けよ本職
それは口に出すことはなかったけれど、小さく笑ってやれば漸く口を開く
《その駅ビルに爆弾を仕掛けた、って言う声明が今日の昼過ぎに入った
そして同時に、どっか別の場所に仕掛けた、ってのも》
『…私の予言とよく似てるね
他の場所は?まだ分かってない感じ?』
《…どこに仕掛けたのか、何カ所あるのかはまだ
暗号が送られてきているから、今虱潰しにしてるけど、まだ時間は掛かる》
『…そう』
《んで、ついさっき追加の声明だ
簡単に言や、一人と大勢を選べって奴》
『…そこまでそっくりにしなくても良いのにねぇ』
ドクン、ドクン
早くなった鼓動が大きく耳の中に響く感覚
私が変えた運命が、私の元に巡ってきたかの様なこのシチュエーション
何でこんな中途半端な時期に清算するようなことが起こるのか
起きるのならば、全てが終わった後ではないのか
だから多分これは、ただの偶然
この約一週間後には、あの呪われた11月7日にはあの事件が起きるはずで
そう、言い聞かせて
速くなる呼吸を、意識して落ち着かせる
この機械越しの男に気付かれないように、少しだけ離して、細く息を吐き出す
『…じゃあ、下手にこっち触らない方がいいかなぁ
多分盗聴器か監視カメラかついてるよ、これ』
《はっ!?おま、それはもっと早く…!》
『こんだけ話してゆったりしてても何もしてこないって事はカメラの方かな
それとも何もする気が無いのか、分かんないけど』
《っとにお前は…!
まぁいい、その爆弾、カメラで映せるか?》
『ここ暗いからちゃんと分かるかなぁ…
取り敢えずやってみる』
《動かすなよ、紙袋破いて中身だけ見える様にしたらそれでいい》
『分かってるよ、そこまで無鉄砲じゃない』
痛む足を引きずりながら、距離を取っていたそれに近付く
洗面台に携帯を置いて慎重に紙袋を破いていく
ふと、爆弾の影にメッセージカードの様な物がある事に気付く
それを恐る恐る手に取ると、機械的な文字が並んでいて
『“…タイムリミットは日没
巻き込まれた可哀想な市民の君に選択肢をあげよう
一緒に置いてある青と赤の2つのスイッチ
青いものはその爆弾の停止装置であると同時に、ここ以外に仕掛けた爆弾の起爆装置でもある
赤いものは反対にそこの爆弾の起爆装置であり、その他の爆弾の停止装置だ
自分自身をとるか、その他顔も知らぬ大勢をとるか、君が決めると良い
日没までに私を見つけることがなければ、両方とも爆発させよう
では、健闘を祈る”』
読み上げた丁寧な説明文
何か思っていたより大変なことになっているようだ
何てそんなことを他人事の様に思っていると、ダンッ、と何かを叩きつけた様な音が耳に届く
《…九条絶対に、何にも触らずその文章と爆弾を映せ
絶対にだぞ》
『…そんな死に急いでないよ、私』
ビデオ通話に切り替えて、指示通りに触らずにそのメッセージカードと爆弾を映していく
見える限りの全貌を
この時期の日没はどれくらいだっただろうか
けれど決して長くはないはず
16時はまだ明るい、17時を過ぎてくる頃には段々と暗くなっていたような印象
大体17時半といったところか
ちらりと時計を見る
時計の針はちょうど15時を指していた
後2時間半くらいか…
『一応の確認なんだけどさ
一人と大勢を選べって言ってるくらいだからこの駅ビルの避難は済んでると思って良いんだよね?』
《…変なこと考えんじゃねぇぞ》
『一応だって言ってるじゃん
言ったでしょ、死に急いでないって』
そうやって笑ってみても返事は返ってこない
多分、肯定なのだろう
避難が済んでいないのならば、それは私を引き留める要因になる
それなのにそれを言わないということは
つまりそう言う事である
『おっけ、了解
ずっと通話繋いでたら充電無くなるからもう切るね』
《あ、おい!》
『ばいばい』
そう言って一方的に通話を切る
その勢いのまま電源も落としてしまうと、辺りは暗闇
少しすれば目が慣れてきてある程度は見えるけれど暗いことには変わりなくて
腕時計が時を刻む音だけが届く
時間は分かる
30分経ったら電源入れてみようかな、1時間が良いかな
今電源入れたら鬼電掛かってきそうだし、充電を考慮した意味なくなっちゃうし
ばいばい、はよくなかったかな
押すならば、赤いもの
これが本当のことが書かれている確信はないのでそんな賭けみたいなことはしない
こんなこと書いといて、自分一人だけ助かろうとした罰、みたいな感じで逆だった、なんて事も有り得そうだし
『伊達が言ってたこと、当たってるかもなぁ
拳銃じゃなくて爆弾だけど』
確実に縮まっていくタイムリミット
このメッセージカードが本当のことが書かれていて時間までに解体が終わらなければ私は
スイッチ、押そうとも思わなかったかな
どこで誰がどんな目に遭っても気にならない、気にしない、どうでもいい
それが私であっても
きっと今までの私なら、そうだった
それでも今は、押すなら赤、だとか考え始めている
それでも私の死を選ぶことには変わりないけれど
もし、万が一、そこに松や萩が居たら、何て考えてしまうから
解体中に爆発に巻き込まれる、なんて折角変えた未来が今になって襲ってくるなんて笑えない
君達を助けられるなら、この命も惜しくない
産まれてきたことに意味さえ与えられそうで、私はそれでも満足だ
けれどずっと頭の片隅に居座る特徴的な髪型の男
ここ最近私の頭を悩ませる原因となっているその男がどうしても過ぎってくる
怒るかな、悲しむかな、呆れるかな、何て他人の評価を気にしてしまっている
そんなものどうでもいいと思っていたのに
折角、変わりたいと思えたのに
貴方の隣で生きてみたいと思えたのに
幸せというものに、手を伸ばしてみたいと思ったのに
そんな未来を手放してしまわないために、私はただ信じて待つだけ
彼に言われたように、絶対この爆弾にもスイッチにも触らない
それでここで命を終えたとしても、幸せなんて大それたものを望んでしまった罰だと受け入れられる
まだ、幸せを手にする前だから
何もせず過ごす時間は長い
トイレの床には座りたくなくて、行儀は悪いけれど洗面台に腰掛けている
1時間待とうと思っていたのに、結局暇になって45分で電源を入れてしまった
よく耐えた方だと思う
そこにはやはり鬼のような着信の数と、1つのメッセージ
それを開く前に震えた携帯
表示された名前は、先程まで思い浮かべていたふわふわ頭でなくさらさらの方
…こっちはいっか
『もしもし』
《繋がった!九条ちゃん、大丈夫!?大人しくしてる!?》
『その言われ方なんか嫌…』
《だってじんぺーちゃんが…!》
『松がどんな風に言ったか知らないけど、私は何もする気無いよ
多分カメラついてるし、指示もらって解体してもバレちゃったらドカンされるし』
《それならよかった…、いや全然よくないんだけど
それより九条ちゃん、あと3つだからね!そこのを合わせると4つだけど…》
『あれ、何カ所あるか分かったんだ?』
《5カ所だった、2つは解体した
あと3つもちゃんと場所は分かってる、今そっちにはじんぺーちゃん向かってるから
犯人の居場所も当たり付けてるし、相貌も分かったみたいだから
ちゃんとじっとしてるんだよ》
『この45分で何があった』
まぁ、そうか
昼過ぎに犯行予告があって今だもんな
解読さえ終わってしまえば、この優秀なエキスパート達が解体するなんてあっという間か
ただ、犯人の相貌割り出せたんか凄いな
監視カメラ映ってたんかな、間抜けな
まぁ、ここの爆弾にもカメラがついてるなら解体できないし、犯人取り押さえる方が早いのかな
《…九条ちゃん》
『んー?』
《死なないでね》
『…死なないよ、死にたいわけじゃないからね』
そう言って切れた通話
大丈夫、信じてるよずっと
知ってるから、正義感に溢れた男達だって言うことは、私が一番
どれくらいの時間が経っただろうか
余りにも進みが遅い時計を見るのは何かがすり減る気がして鞄の奥底に沈めた
ふと外が騒がしくなって、少しずつ瓦礫が撤去されているようだ
あぁ、漸く終わるのか
壁に預けていた頭を起こして、音がする方を見遣る
少しずつ光が差し込む範囲が増えてきて、外の音が大きくなっていく
暗闇に慣れた目には、光が辛い
目を逸らして少しずつ光に目を慣らしていく
暫くして人が通れるような穴が空くと数人がなだれ込んできて
「九条!」
「九条ちゃん!」
『松に…、萩も』
萩はこちらの姿を確認すると、素早く解体に取りかかる
何と時間になると勝手に起爆する装置が組み込まれていたらしい
一人は確実に持って行く作戦だったのか
そんなことを考えていると、目の前に松が立つ
暗くて本来なら見えない表情が、暗闇に慣れてしまった目はしっかりと捉えて
泣きそうな、しかし安堵が浮かぶ苦しげな顔
『…ごめんね』
そう呟くと、ぬくもりに包まれる
いつか知ったこの人間の香りとぬくもりに、生きていると言うことを実感して、そして
私も、安堵したのだ
生きていてよかった、初めてそう思えたの
間違えるなんてことしないから
(だって、貴方が与えてくれた変化だから)