君が生きた世界を守ろう
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私にとっては事件と言ってもいいあの日から、何かが劇的に変わったと言う事はない
私は元々連絡不精だし、それを知っているから松も頻回に連絡を寄越してくることは無い
私相手に勢いに任せてぐいぐい来ることは逆に不利だと言うことは重々分かっているとでも言いたげだ
それでもあの日の出来事は無かったことにしないように、大体月に2回ほど食事には誘われる
断る理由はあるようで無いので、向こうも家を知っているから迎えに来る
そうすれば私が断らないと確信しているから
そうして2人で食事することがあっても、分かりやすくその手の話をすることはない
萩や友人達との下らない会話や、上司への不満、愚痴、と言ったありふれた世間話
不意に沈黙が訪れることもあっても、それが気まずいと感じないのは昔から変わらない
あからさまに関係は変わっているはずなのに
4年という猶予はもしかしたら与えすぎてしまったのかもしれない
どうやら私が思っている以上に私のことを理解しているらしいこの男は、持久戦になっても勝てる自信がありそうだ
そんなこと私に気付かれたって、コイツはペースを変えることはしない
どうやって関わっていこうか、なんて既に計画されていたのかもしれない
突発的に見えたあの行動も、長い準備期間があったのだ
用意周到に準備されたものだったのかもしれない
そんなことに後から気付いてしまった時点で遅れを取っている
何の勝負だか、なんて思うがある意味似たようなものであることは間違いなくて
手を取ってしまうことは簡単だ
だってコイツは私の手の届く場所にいて、ずっと私に手を差し伸べているから
私が手を伸ばしてしまえば、あっさり触れる事は出来るし、私から触れてしまえばもうコイツは離してはくれない
簡単に想像出来るその光景に、どうしても尻込みしてしまう
知らない感情、私に必要ない感情、向けられる筈のない感情
それを知ってしまうと、自分がいかに空っぽな人間なのか思い知らされてしまいそうで
その感情を手にしてしまえば、失ったときの喪失感が怖くて
持たなければ失うことは無い
私はずっとそうして生きてきた
手の届く範囲の人間を救うことはしたけれど、私がそれを手にしたとは思っていない
只単純に傍にある、と言う感覚
何年も手が届かない場所にいた、それでもよかった
救えなかったとしても、それはそれで仕方ないと思っていた
その程度のことしか私はしていないから
それは結局自己保身
私が本気で救いたいと思って、本気で頑張って、それで叶わなかったときは怖かったから
失うことには慣れている
けれど、どうでもいい人間で無い人を失ったことはまだない
多分、その時の喪失感は計り知れない
失ってきたから、特別を失うことに臆病になっている
これは今生の弊害だ
前は特別なんて出来なかった、感情に触れてもそれに影響されるようなことは無かった
特別を知ると、それが無かった頃には当たり前だけど戻れない
だから愛情を拒んでいる
この感情だけは手に入れてしまってはいけないのだと
そんなこと、この男に言ったって仕方ないのだけど
「あ?んだよ」
『何でそんな口悪いの』
「今更俺がお行儀よく話しても気持ち悪ぃだろ」
『ご尤もで』
お酒は飲まないと言う事を知っているからか、食事に出掛けても酒類は口に含まない
その言い訳に出来るように車で迎えに来る
私合わせているわけでは無い、とでも言うかの様に
友人と呼んでもなんら遜色ない関わり方
今時中学生でもこんな交友はしていないことだろう
でも私からは踏み込む勇気なんてなくて
結局無為な時間を過ごしている、そうさせないための猶予だと決めたのに
揺らいでいる訳では無い
現にまた以前のように告白というものを受けたのならば、間髪入れず断ることは出来る
高校の頃に戻ったようなこの関係は、とても心地いい
はっきりしない関係のまま、と言う事に目を瞑ってさえいれば、こうして関わる時間は悪いものでは無い
人としては好きだ
そうで無ければ3年の月日を共に過ごすことなんて事はしない
救おうなんて思わない
ただ、紙面としての彼が脳裏を過ぎる
この好意はキャラクターとしての好意に過ぎないと囁く自分もいるし、それを否定出来ない自分もいる
1人の人間として関わってきていたつもりではあるけれど、そもそも紙面の基礎知識が無ければ高校での邂逅の際、すんなりとこの男を受け入れたかどうかは分からない
知っていたから
この男は悪い人間で無いと言うこと
多を守るために個を差し出せる、差し出してしまう人間だと知っていたから
私の知識が邪魔をする
私の過去が邪魔をする
覚えてしまった、手に入れてしまった
心地よさを、感情を、居場所を
何も知らなかった頃に何て戻れない、そんなこと痛いほど分かっている
向けられる優しさが、痛くて重くて、苦しくて潰されそう
そんなこと、この男は知らないのだろうけど
知られたくも、無いのだけれど
「そうだ、九条
萩がまたこの前の面子で飯に行きたいとさ」
『…萩と伊達だけなら分かるけど、あの2人も?』
「らしい」
『5人だけなら分かるけど、そこに私必要?』
「まぁ、男5人だけで飲んだってむさ苦しいだけだからな」
『それは否定しない』
「否定しろ、こんだけの顔面つかまえて」
『自分で言わないでよ、恥ずかしい奴だな』
「事実だろ」
『自分大好きかよ』
楽しそうに笑う松を目の前にして、水を口に含む
萩と伊達だけなら分かるけど、あの2人まで、と言うのはどういう事なのだろうか
あれかな、そろそろ潜入始まるから身辺整理、とか?一応連絡先を知ってしまっている立場だし
あぁ、そう考えたら有り得るような気がしてきた
そう言う事ならご飯くらい全然構わない
コイツ等、私に払わせてくれないから食費は浮く
コイツ等めっちゃ食うから、私の分は誤差の範囲内らしい
よく分からん
あの日からずっと何も無い時間を過ごして、もう半年以上
再会は寒かったのに、もう既に今は暑くて仕方ない時期になって来ている
日が落ちるのも遅くなったけれど、今は外はもう暗くって
それなりの時間になり、いつも通り家に送って貰う
何も変わらない、そのはずだったのだけれど
「九条、次休みいつ?」
『んー、明日から連勤だったはずだから…、5日後くらいかな、確か』
「っつーと、木曜辺りか?」
『あー、確かその辺、どうかした?』
もう少しで家に着く、そんなタイミングで切り出された話題
今月は今日で二度目の食事だった為、本来なら次があるとしたら来月の筈で
先程の話の流れで、あのメンバーで集まる話の方か、なんて勝手に思っていたけど
「んじゃ、そん時出掛けようぜ」
『…どこに?』
「九条が行きたいとこ、無いなら適当にドライブデート」
『…また似合わない言葉が飛び出してきたね』
「うっせ、忘れたとは言わせねぇぞ」
『そんな雰囲気にしてこなかったのは松の方じゃん』
「そんな雰囲気にして困るのは九条の方だろ」
またしても的確に図星を突いてきた松につい口を噤む
全く以てその通りなのではあるけど、肯定するのも何かまた違うような気がして
「たまには違う事しねぇと意味ねぇだろ」
そう言って楽しそうに笑ったこの男は、静かに車を停車させる
いつの間にか私の家に着いていたようで見慣れた風景を窓越しに確認する
そうして再び松に目をやると、楽しくて仕方ない、とでも言わんばかりの笑みを浮かべてこちらを見る姿
条件反射のように眉を顰めれば、更に楽しそうに笑うのだからこの男はよく分からないもので
「九条、逃げんなよ」
『そんな面倒な事しないよ』
「逃げた方が後から面倒な事にならねぇ可能性もあるのにか?」
『…何かする気なの?』
「いや?ただ俺が調子に乗るだけ」
『…松ってそんなこと言うような人間だっけ』
「九条は察しがよすぎるからな、言わなくても分かることが多い
だから態々口にしてないこともそれなりにある」
『…それは何となく感じ取ってはいますが』
「だからたまにはこうやって直球ストレートも効果的だろ?」
『…さぁ、どうでしょうかね』
「ほんっとお前は顔に出ねぇな、つまらん」
『面白みのある女では元から無いと思うけど』
「ご尤も」
そう言ってまた楽しそうに笑う
お酒は飲んでいないはずなのに、上機嫌と言う言葉がよく似合うその様子に少々疑問
それを態々問うたりはしないけれど
ハザードを付けて停車しているとは言っても、そう長いこと此処に留まるわけにも行かない
荷物を纏めて、忘れ物が無いか確認していると、また名前を呼ばれる
「気付いてるか知らねぇけど、断ったり嫌そうな顔しねぇから俺が調子に乗ってんだけど?」
『…断ったら聞き入れるの?』
「さぁな?断ってみれば?」
『別の案出されてまた押し問答になりそうだから嫌なんだけど』
「よく分かってんじゃん」
『それ分かってて言ってるでしょ?』
「嫌われたくはねぇから、大人しく引くかもしれないぜ?
昔と今では向けてる感情のデカさが違ぇからな」
あまりにも慣れないストレートな言葉に、どうにも今日は上手く言い返すことが出来ない
反論のしようが無いし、肯定するのも何か違う様な気もする
いろいろ考えることが面倒になって溜息を吐き出せば、再び笑った松の手が伸びてくる
思ったより優しく頭に触れたその手は、二度ほどそこで跳ねて、髪の流れに沿って滑っていく
「おやすみ」
『…おやすみ』
それだけ返し、車を降りる
程なくして走り出した車を見送って、エントランスへと足を向ける
最後に向けられた、柔らかな笑みが、どうにも脳裏から離れない
無駄にいい記憶力が、今は仇になってしまったようだ
触れた場所に残るぬくもりは、初めてで、居心地が悪くて仕方ない
誰かに頭を撫でられたこと何て無かった、あんなに優しく私を見た人なんて、今まで誰も居なかったのに
あぁ、やっぱり息苦しい
愛ではないし恋でもない
(名前の付けられない感情、知らない、知らなくていい感情)
私は元々連絡不精だし、それを知っているから松も頻回に連絡を寄越してくることは無い
私相手に勢いに任せてぐいぐい来ることは逆に不利だと言うことは重々分かっているとでも言いたげだ
それでもあの日の出来事は無かったことにしないように、大体月に2回ほど食事には誘われる
断る理由はあるようで無いので、向こうも家を知っているから迎えに来る
そうすれば私が断らないと確信しているから
そうして2人で食事することがあっても、分かりやすくその手の話をすることはない
萩や友人達との下らない会話や、上司への不満、愚痴、と言ったありふれた世間話
不意に沈黙が訪れることもあっても、それが気まずいと感じないのは昔から変わらない
あからさまに関係は変わっているはずなのに
4年という猶予はもしかしたら与えすぎてしまったのかもしれない
どうやら私が思っている以上に私のことを理解しているらしいこの男は、持久戦になっても勝てる自信がありそうだ
そんなこと私に気付かれたって、コイツはペースを変えることはしない
どうやって関わっていこうか、なんて既に計画されていたのかもしれない
突発的に見えたあの行動も、長い準備期間があったのだ
用意周到に準備されたものだったのかもしれない
そんなことに後から気付いてしまった時点で遅れを取っている
何の勝負だか、なんて思うがある意味似たようなものであることは間違いなくて
手を取ってしまうことは簡単だ
だってコイツは私の手の届く場所にいて、ずっと私に手を差し伸べているから
私が手を伸ばしてしまえば、あっさり触れる事は出来るし、私から触れてしまえばもうコイツは離してはくれない
簡単に想像出来るその光景に、どうしても尻込みしてしまう
知らない感情、私に必要ない感情、向けられる筈のない感情
それを知ってしまうと、自分がいかに空っぽな人間なのか思い知らされてしまいそうで
その感情を手にしてしまえば、失ったときの喪失感が怖くて
持たなければ失うことは無い
私はずっとそうして生きてきた
手の届く範囲の人間を救うことはしたけれど、私がそれを手にしたとは思っていない
只単純に傍にある、と言う感覚
何年も手が届かない場所にいた、それでもよかった
救えなかったとしても、それはそれで仕方ないと思っていた
その程度のことしか私はしていないから
それは結局自己保身
私が本気で救いたいと思って、本気で頑張って、それで叶わなかったときは怖かったから
失うことには慣れている
けれど、どうでもいい人間で無い人を失ったことはまだない
多分、その時の喪失感は計り知れない
失ってきたから、特別を失うことに臆病になっている
これは今生の弊害だ
前は特別なんて出来なかった、感情に触れてもそれに影響されるようなことは無かった
特別を知ると、それが無かった頃には当たり前だけど戻れない
だから愛情を拒んでいる
この感情だけは手に入れてしまってはいけないのだと
そんなこと、この男に言ったって仕方ないのだけど
「あ?んだよ」
『何でそんな口悪いの』
「今更俺がお行儀よく話しても気持ち悪ぃだろ」
『ご尤もで』
お酒は飲まないと言う事を知っているからか、食事に出掛けても酒類は口に含まない
その言い訳に出来るように車で迎えに来る
私合わせているわけでは無い、とでも言うかの様に
友人と呼んでもなんら遜色ない関わり方
今時中学生でもこんな交友はしていないことだろう
でも私からは踏み込む勇気なんてなくて
結局無為な時間を過ごしている、そうさせないための猶予だと決めたのに
揺らいでいる訳では無い
現にまた以前のように告白というものを受けたのならば、間髪入れず断ることは出来る
高校の頃に戻ったようなこの関係は、とても心地いい
はっきりしない関係のまま、と言う事に目を瞑ってさえいれば、こうして関わる時間は悪いものでは無い
人としては好きだ
そうで無ければ3年の月日を共に過ごすことなんて事はしない
救おうなんて思わない
ただ、紙面としての彼が脳裏を過ぎる
この好意はキャラクターとしての好意に過ぎないと囁く自分もいるし、それを否定出来ない自分もいる
1人の人間として関わってきていたつもりではあるけれど、そもそも紙面の基礎知識が無ければ高校での邂逅の際、すんなりとこの男を受け入れたかどうかは分からない
知っていたから
この男は悪い人間で無いと言うこと
多を守るために個を差し出せる、差し出してしまう人間だと知っていたから
私の知識が邪魔をする
私の過去が邪魔をする
覚えてしまった、手に入れてしまった
心地よさを、感情を、居場所を
何も知らなかった頃に何て戻れない、そんなこと痛いほど分かっている
向けられる優しさが、痛くて重くて、苦しくて潰されそう
そんなこと、この男は知らないのだろうけど
知られたくも、無いのだけれど
「そうだ、九条
萩がまたこの前の面子で飯に行きたいとさ」
『…萩と伊達だけなら分かるけど、あの2人も?』
「らしい」
『5人だけなら分かるけど、そこに私必要?』
「まぁ、男5人だけで飲んだってむさ苦しいだけだからな」
『それは否定しない』
「否定しろ、こんだけの顔面つかまえて」
『自分で言わないでよ、恥ずかしい奴だな』
「事実だろ」
『自分大好きかよ』
楽しそうに笑う松を目の前にして、水を口に含む
萩と伊達だけなら分かるけど、あの2人まで、と言うのはどういう事なのだろうか
あれかな、そろそろ潜入始まるから身辺整理、とか?一応連絡先を知ってしまっている立場だし
あぁ、そう考えたら有り得るような気がしてきた
そう言う事ならご飯くらい全然構わない
コイツ等、私に払わせてくれないから食費は浮く
コイツ等めっちゃ食うから、私の分は誤差の範囲内らしい
よく分からん
あの日からずっと何も無い時間を過ごして、もう半年以上
再会は寒かったのに、もう既に今は暑くて仕方ない時期になって来ている
日が落ちるのも遅くなったけれど、今は外はもう暗くって
それなりの時間になり、いつも通り家に送って貰う
何も変わらない、そのはずだったのだけれど
「九条、次休みいつ?」
『んー、明日から連勤だったはずだから…、5日後くらいかな、確か』
「っつーと、木曜辺りか?」
『あー、確かその辺、どうかした?』
もう少しで家に着く、そんなタイミングで切り出された話題
今月は今日で二度目の食事だった為、本来なら次があるとしたら来月の筈で
先程の話の流れで、あのメンバーで集まる話の方か、なんて勝手に思っていたけど
「んじゃ、そん時出掛けようぜ」
『…どこに?』
「九条が行きたいとこ、無いなら適当にドライブデート」
『…また似合わない言葉が飛び出してきたね』
「うっせ、忘れたとは言わせねぇぞ」
『そんな雰囲気にしてこなかったのは松の方じゃん』
「そんな雰囲気にして困るのは九条の方だろ」
またしても的確に図星を突いてきた松につい口を噤む
全く以てその通りなのではあるけど、肯定するのも何かまた違うような気がして
「たまには違う事しねぇと意味ねぇだろ」
そう言って楽しそうに笑ったこの男は、静かに車を停車させる
いつの間にか私の家に着いていたようで見慣れた風景を窓越しに確認する
そうして再び松に目をやると、楽しくて仕方ない、とでも言わんばかりの笑みを浮かべてこちらを見る姿
条件反射のように眉を顰めれば、更に楽しそうに笑うのだからこの男はよく分からないもので
「九条、逃げんなよ」
『そんな面倒な事しないよ』
「逃げた方が後から面倒な事にならねぇ可能性もあるのにか?」
『…何かする気なの?』
「いや?ただ俺が調子に乗るだけ」
『…松ってそんなこと言うような人間だっけ』
「九条は察しがよすぎるからな、言わなくても分かることが多い
だから態々口にしてないこともそれなりにある」
『…それは何となく感じ取ってはいますが』
「だからたまにはこうやって直球ストレートも効果的だろ?」
『…さぁ、どうでしょうかね』
「ほんっとお前は顔に出ねぇな、つまらん」
『面白みのある女では元から無いと思うけど』
「ご尤も」
そう言ってまた楽しそうに笑う
お酒は飲んでいないはずなのに、上機嫌と言う言葉がよく似合うその様子に少々疑問
それを態々問うたりはしないけれど
ハザードを付けて停車しているとは言っても、そう長いこと此処に留まるわけにも行かない
荷物を纏めて、忘れ物が無いか確認していると、また名前を呼ばれる
「気付いてるか知らねぇけど、断ったり嫌そうな顔しねぇから俺が調子に乗ってんだけど?」
『…断ったら聞き入れるの?』
「さぁな?断ってみれば?」
『別の案出されてまた押し問答になりそうだから嫌なんだけど』
「よく分かってんじゃん」
『それ分かってて言ってるでしょ?』
「嫌われたくはねぇから、大人しく引くかもしれないぜ?
昔と今では向けてる感情のデカさが違ぇからな」
あまりにも慣れないストレートな言葉に、どうにも今日は上手く言い返すことが出来ない
反論のしようが無いし、肯定するのも何か違う様な気もする
いろいろ考えることが面倒になって溜息を吐き出せば、再び笑った松の手が伸びてくる
思ったより優しく頭に触れたその手は、二度ほどそこで跳ねて、髪の流れに沿って滑っていく
「おやすみ」
『…おやすみ』
それだけ返し、車を降りる
程なくして走り出した車を見送って、エントランスへと足を向ける
最後に向けられた、柔らかな笑みが、どうにも脳裏から離れない
無駄にいい記憶力が、今は仇になってしまったようだ
触れた場所に残るぬくもりは、初めてで、居心地が悪くて仕方ない
誰かに頭を撫でられたこと何て無かった、あんなに優しく私を見た人なんて、今まで誰も居なかったのに
あぁ、やっぱり息苦しい
愛ではないし恋でもない
(名前の付けられない感情、知らない、知らなくていい感情)