君が生きた世界を守ろう
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電車に松と横並びになって座る
こんな状況は学生の頃にも無かったもので、少々違和感があるのは仕方ないとして
ずっと険しい顔をしている松に話しかける気になれず無音の空間
電車内でべらべらと話すタイプの人間でも無いので結局無音が続く
私自身は気まずいとか感じては居ないけれど、この男はどうなのだろうか
「…九条」
『んー?』
「何隠してんだ」
『…いっぱい』
「答えになってねぇんだよ」
『答える気無いからね』
「答えろよ」
『やだよ』
お互い正面は向いたまま
隣に居るお互いにしか聞こえないような声量で
多分松も答えが返ってくることは無いと分かっていて、そして何か隠して居ると言うことは確信して
久しぶりの再会を果たして、松からしたら逃げられて居たと思われても仕方ないような別れ方をして
「お前はいつもそうだよな」
『そうとは?』
「何でも隠すクセに隠しきれてねぇんだよ
気付いて欲しいのか?」
『…君達の洞察力が凄いだけだよ
現に気付いたのは君達だけだもの』
気付いて欲しいわけではない
多分生きていて欲しいと思ったから、思ってしまったからその感情が洩れてしまったのかもしれない
どうでもいい人間はたくさん居る
このまま時間が進んで、原作と言われる時間に突入したとしても、これから命を落とすだろう人間を目の当たりにしても、それを勘付かせない自信はある
君達が、どうでもいいと思える人間で無くなってしまっただけで
「お前はホント、昔から変な奴だよな」
『だと思う』
「認めんな」
『我儘だなぁ』
何て話してると、最寄り駅について
家まで送る、と言って聞かない松に早々に折れた私は、2人揃って駅へと降り立つ
駅近、と言う訳では無いが徒歩20分圏内なのでそこそこ立地はいい方だと思う
随分と遅い時間だけど明るいこの町をゆったりとした足取りで歩く
松田の足の長さじゃ遅すぎるだろう私の歩調でも、文句一つ無く付き合ってくれてるのは少し意外で
でも確かに、学生時代も2人と並んで歩けていたな、なんて思い出したりして
気遣いは案外出来る方なんだな、なんて失礼なことを考えたりして
「九条」
『ん?』
「お前を取り巻く環境は、何も変わってないのか?」
『…成人して働き始めたしね
あの人達と関わらなくたって、もう生きていけるようになったよ』
「…死にたいと、思わなくはなったか」
『別に昔から死にたいと思ってたわけではないよ
生きていたいとも思っていなかったけど』
「今も?」
『んー、そうだなぁ…』
確かに今はどうなんだろう
この生で得た同僚は何だかんだ付き合いやすくて、変わっているだろう私の性格でも嫌な顔をしないで一緒にいてくれる
友人、と呼べるような間柄にもなれるような人で
死なないで欲しいと思える人も出来て、家族のように扱ってくれる人達もいて
『皆が生きていてくれるなら、生きていたいな、とは思えるようになったかな』
こんな気持ちになることがあるなんて、自分でも驚きだ
でも、これは紛れもない本音
誰か1人でも欠けたら死ぬのか、と言われたらそうでも無いけど
皆が一緒に生きてくれるなら、存外悪いものでも無いような気がして
『最近はね、ちゃんと笑えること増えたんだよ』
「へぇ」
『酒好きな同僚がいてね、よく振り回されてる』
「九条も飲むのか?」
『私はそもそもお酒美味しくなくて好きじゃ無いから、付き合ってるだけ』
「付き合い、とか出来るようになったんだな」
『そうなの、随分人間らしくなったでしょ?』
「自分で言うのかよ」
そう言って笑う
少し格好つけたいつもの笑い方じゃ無い、優しい笑い方
こっちを見ているわけでは無いけど、少しだけ目線は逸れているけど、やんわりと優しく笑っている
こんな笑い方は初めて見たかもしれない
険しい顔や怒っている顔、ニヒル、という表現がよく似合う笑みは見たことあったけれど
この男、何だかんだ面倒見がいいモノだから口には出さなくても心配はされていたのかもしれない
確かに、私の過去は重いと言われても仕方ないもので
私のあの生き方は、心配されるに値するものだと言うことは客観的に見たらすぐに分かる
だから秀一さんにも、伊達にも見つかってしまったのだろうから
でもそうだな、端的に一言だけ言えることがある
前では、絶対に言えなかった言葉
『多分、私今楽しんでる』
生きていることを、この人生を楽しめている
私にとってそれは、天地がひっくり返っても有り得ないことだったのに
今が楽しくても昔が無くなるわけではない
私に植え付けられた人格は無くなることはないけれど
「そりゃよかった」
こんな私でも誰かを救えた
生きていて欲しいと思って、助けたいと思って、実際にそれが出来て
少しだけ、私は浮かれているのかもしれない
『だから、松も死なないでね』
「そう簡単にくたばるかよ」
『松は優しいからね』
「そんな出来た人間じゃねぇよ」
『お巡りさんが何言ってんだか』
「それ言うなら看護師もそうだろうがよ」
『確かに』
誰かを助けるのは私もそうだった
でもまぁ、私はなりたい明確な理由はないし志高いタイプでもないけど
私達はどうやら、らしくないことをしているらしい
それを自覚しているだけマシなのだろうか
『松はどうなの?人に聞いてばっかじゃん』
「…ホント人間らしくなったな」
『酷いな』
「お前は確かに昔から聞き手だけど、自分から聞くようなことしなかっただろ」
『…よく見てるねぇ』
「3年もほぼ一緒に居れば大体分かる」
『萩は私のこと全然分からないって言うけどね』
「アイツは難しく考えすぎるからな
深い所、本質を探ろうとするから分からなくなるんだよ」
『確かに…
松は直感で生きてます、ってタイプだよね』
「直感だって時としては必要なんだよ」
『それは分かるけども』
そう考えると、とことん真逆な2人なんだなコイツ等
友人は似たもの同士よりも反対なくらいの方が案外上手くいくというのは本当らしい
お互いが補い合えるのはいいことなのだろう
バランスが取れた2人だとも思う
『そう言えばさ』
「あ?」
『ガラ悪』
「うっせ、んだよ」
『松はさ、信じてたの?私の予言』
「あー…、どっちつかずだな」
『半信半疑って奴?』
「お前が言うなら有り得そうだけど、実際は有り得ねぇしな、っていう奴」
『リアリストだもんね』
信じてない、と言われる方が断然想像出来るのに、半分信じてくれていただけマシなのかもしれない
と言うか伊達もだけど、私が言うなら有り得るってどういう事なのだろうか
そう言えば秀一さんも似たような事言っていた気がするんだけど
そんな不思議ちゃんになったつもりは無いんだけどなぁ
まぁ、そのお陰で信じてもらえると言うのならそれはそれでいいのだけど
いや、ほんとはよくないのかもしれないけど私が気にしてないから大丈夫
『松の死に方格好良かったからなぁ、見せ場なくしちゃうね』
「映画のワンシーンみたいに言うな」
『上手いこと言うね』
「それ以上に格好いい場面作ってやるから、そんな不本意なワンシーンなんてカットしてしまえ」
『私映画監督かなんかなの?』
あまりにもテンポのいい会話に、目を合わせて笑ってしまう
映画のワンシーンか、あながち間違っていないこと言うんだな、この人は
私にとっては、正しくその通りなのだと言ってしまえば、この人はどんな顔するのだろうか
「九条こそ死ぬなよ」
『君達ほど危険な生き方してないけど』
「お前は自分が死にそうな場面に陥っても足掻こうともしないからな」
『断定的だ』
「違ぇのかよ」
『ううん、違わない』
伊達も松も、ほんとうによく人のことを見ている
伊達なんて中学生のたった1年間しか一緒に過ごしていないというのに
最早これは才能と言っても過言では無いだろう
そうで無ければ、私のようにチート級の基礎知識がある人間で無ければ到底説明できない
警察官になるべくしてなった人なんだ、とあっさり納得できる人ってなかなか居ないよな
『松は私に生きてて欲しいと思う?』
「好き好んで惚れた女に死んで欲しいとは思わねぇだろ」
『……ん?』
「あ?」
『だからガラ悪いって』
「うっせーよ」
今松の口から到底出そうに無い言葉が飛び出してこなかっただろうか
顔色一つ変わっていないからさっきのことなど無かったようにも思えるけれど
いっそ聞き間違いだと流してしまいたいくらい
無かったことにしてしまおうか、なんて考えてる事が分かっているかのように、手首を掴まれる
逃げるな、と言われているようで
そのくせ自分から口を割らないんだから、ホント質が悪い男である
『因みに聞くけど、これは流してもいい奴?』
「いいわけあるか」
『ですよねー』
大丈夫、分かってた
でも聞いてみたくてちょっとだけ悪ふざけも込めて
これでいいと言われたら、ホントに流してしまうつもりでも居たけど
こちらなど見ずに前を歩くこの男の後ろを大人しく付いていく
手を引かれているので、大人しくも何も無いのだけれど
まぁ、ふりほどけるくらいの力であることは間違いないけど
『…いつから?』
「高校ん時」
『ずっと?』
「うっせ」
『否定しないんだ』
「女と遊んでる時間も無かったからな」
『萩と違ってずっとフリーだったもんね』
「アイツは軽すぎんだよ」
なんだか段々話の趣旨がズレている気がする
いや、私が少々動揺しているのだろう、今起きている現実を受け止め切れていない気がする
それを分かっているのか否か知らないが、怒ることも無く付き合ってくれていると言うことだろうか
ちゃんと受け止めろよ、と暗に言われているような気もする
『…物好きだね』
「おー、俺もそう思うわ」
『もっと扱いやすい女はたくさん居るのに』
「否定はしない」
『松の顔なら選り取り見取りでしょうに』
「お前もな」
『私は顔だけで寄ってくる人間には興味のかけらもないので』
「同意」
あまりにも生産性の無い会話
そう言えば、この男私の前を歩いているが私の家の場所は知らないはず
つまり、今は寄り道真っ只中と言う事で
幸か不幸か、お互い明日は仕事が無いと言うことは確認が取れている
つまりは時間には猶予がありすぎていて
だからこんな回りくどいやり方をして、そうして回りくどいやり取りに付き合ってくれていると言うことでもある
うむ、逃げ場がない
『分かってると思うけど、私は松のことそう言う目で見た事なんて無いよ』
「知ってる」
『恋愛する気だってない』
「だろうな」
『そもそも、人を好きになる感情がよく分からない』
「子供かよ」
『子供なんだよ』
愛情を知らずに生きてきた
それが私の当たり前で
血が繋がっていたって、あの人達は他人で、何の感情も向けてくれはしなかった
恋愛初心者とも言えない程に、何も知らないのだ
周りがどれほど恋や愛に浮かれていたって、私には全く共感できなかった
興味も無かった
愛情は、私に必要のないものだったから
「手強いな」
『諦める?』
「出来るんならとっくに諦めてるわ」
『松も厄介な人だね』
「あー、確かにな」
そう言って笑う
今は笑うような場面では無かったような気もするんだけど
というか今世間一般的に言うならば告白現場というもので、だからやり取りされているこの会話すらホントは可笑しなもので
誰かがこの場面を見たとしても、これが告白現場だとは気付きもしないような、ある意味異様な空気感
これ、私が流そうとしたのもある意味正解だったのでは?なんて振り出しに戻ったりして
『酔ってる?』
「んな飲んでねぇよ」
『…本気なの?』
「…マジんなって告われて困るのはお前の方だろ」
全く以て図星なその言葉に、つい今までの軽口で返せなくなって言葉に詰まる
そこまで分かっていて、松は言葉を紡いだ
きっと私が受け入れることは無いと分かっていて、負け戦だと分かっていて
それでも、告げることを目の前の男は選んだのだ
それならば、向き合わないのも失礼だということは私にも分かる
今までのように適当に流してしまってはいけないことも
「別に返事は求めてねぇよ」
『…受け取って欲しいんだけど』
「無理」
『えー…、なんて我儘な』
「フラれんの分かってて受け取らねぇよ」
『分かってていったクセに』
「違ぇよ、これは宣戦布告」
『うっわ、ドラマの見過ぎじゃ無いの?』
「おーおー、覚悟しとけよ」
『え、やなんだけど』
「もう捕まってんだから腹くくれ」
『えー、このお巡りさん職権乱用してくるんですけど』
「捕まる方が悪い」
『何も悪いことしてないんですけど』
手首に回るこの手はどうやら手錠だったらしい
今更になって手を振ってその手から抜け出そうとしてみたけれど、今はもうびくともしない
痛くはないあたり、力加減は絶妙である
そんなとこだけ繊細にならなくてもいいのに、もっと他に気を配るべき事がコイツには絶対ある
諦めて脱力する
受け入れる気は、今のところない
けど未来がどうなるか分からないのは、私だって身を以て知っている
私が変わったようにコイツも変わるかもしれないし、私がこれ以上に変わるかもしれない
変わらないかもしれないし、それは誰にも分からない
そんな不毛で無為な時間を、私なんかに費やしていいはずがない
コイツは、そんな風に時間を無駄に過ごしていいような人間では無い
『4年後』
「あ?」
『私が予言した4年後が、タイムリミットとしよう』
「…ハッ、お前も粘るな」
『諦めてくれそうに無いから』
「大概もうお前に時間使ってんだけどな」
『これ以上無駄にさせないためだよ』
「無駄かどうかは俺が決めんだよ」
『自分勝手だなぁ』
そう言って苦笑を零せば、チラリ、と振り返ったこいつは挑発的に笑った
事勿れ主義と常々宣言している私である、今回も流されるとでも思っているのだろうか
普段の私なら張り合う方が面倒だし、取り合わないか簡単に折れるかの二択
逃げる、なんて面倒なことは態々しない、という確信があるに違いない
確かに逃げはしないだろう
取り合わない、ことはするだろうけど今回に関しては折れることは無い
私の感情が変わらない限り、タイムアップを迎える
恋愛は、ある意味トラウマに近い場所にあるモノだから
『と言う事で今日はそろそろ家に帰して貰ってもいい?』
「おー、言質取ったからな」
『怖いなー』
「思ってもねぇ事言うなよ」
『ほんとよく分かりますねぇ…』
ようやく解放された腕を見て、松の前に躍り出る
このまま家の場所を教えてしまうのもなんか微妙な気分だけど、此処でコイツが帰るとも思わない
無駄なやり取りはする気にもならないので、大人しく帰路に着く
そこからの会話は、先程のことなど無かったかのような世間話ばかり
私相手にはどのように関わるのが有効か、と言う事は流石に分かっているらしい
やりにくいなぁ…、なんて心の中だけで溜息を吐き出して空を見上げる
東京の狭くて明るい空には、星なんて殆ど見えやしなかったけど
きっとぼくには勿体無い感情
(君達には、君には、向けて欲しくなかった感情)
こんな状況は学生の頃にも無かったもので、少々違和感があるのは仕方ないとして
ずっと険しい顔をしている松に話しかける気になれず無音の空間
電車内でべらべらと話すタイプの人間でも無いので結局無音が続く
私自身は気まずいとか感じては居ないけれど、この男はどうなのだろうか
「…九条」
『んー?』
「何隠してんだ」
『…いっぱい』
「答えになってねぇんだよ」
『答える気無いからね』
「答えろよ」
『やだよ』
お互い正面は向いたまま
隣に居るお互いにしか聞こえないような声量で
多分松も答えが返ってくることは無いと分かっていて、そして何か隠して居ると言うことは確信して
久しぶりの再会を果たして、松からしたら逃げられて居たと思われても仕方ないような別れ方をして
「お前はいつもそうだよな」
『そうとは?』
「何でも隠すクセに隠しきれてねぇんだよ
気付いて欲しいのか?」
『…君達の洞察力が凄いだけだよ
現に気付いたのは君達だけだもの』
気付いて欲しいわけではない
多分生きていて欲しいと思ったから、思ってしまったからその感情が洩れてしまったのかもしれない
どうでもいい人間はたくさん居る
このまま時間が進んで、原作と言われる時間に突入したとしても、これから命を落とすだろう人間を目の当たりにしても、それを勘付かせない自信はある
君達が、どうでもいいと思える人間で無くなってしまっただけで
「お前はホント、昔から変な奴だよな」
『だと思う』
「認めんな」
『我儘だなぁ』
何て話してると、最寄り駅について
家まで送る、と言って聞かない松に早々に折れた私は、2人揃って駅へと降り立つ
駅近、と言う訳では無いが徒歩20分圏内なのでそこそこ立地はいい方だと思う
随分と遅い時間だけど明るいこの町をゆったりとした足取りで歩く
松田の足の長さじゃ遅すぎるだろう私の歩調でも、文句一つ無く付き合ってくれてるのは少し意外で
でも確かに、学生時代も2人と並んで歩けていたな、なんて思い出したりして
気遣いは案外出来る方なんだな、なんて失礼なことを考えたりして
「九条」
『ん?』
「お前を取り巻く環境は、何も変わってないのか?」
『…成人して働き始めたしね
あの人達と関わらなくたって、もう生きていけるようになったよ』
「…死にたいと、思わなくはなったか」
『別に昔から死にたいと思ってたわけではないよ
生きていたいとも思っていなかったけど』
「今も?」
『んー、そうだなぁ…』
確かに今はどうなんだろう
この生で得た同僚は何だかんだ付き合いやすくて、変わっているだろう私の性格でも嫌な顔をしないで一緒にいてくれる
友人、と呼べるような間柄にもなれるような人で
死なないで欲しいと思える人も出来て、家族のように扱ってくれる人達もいて
『皆が生きていてくれるなら、生きていたいな、とは思えるようになったかな』
こんな気持ちになることがあるなんて、自分でも驚きだ
でも、これは紛れもない本音
誰か1人でも欠けたら死ぬのか、と言われたらそうでも無いけど
皆が一緒に生きてくれるなら、存外悪いものでも無いような気がして
『最近はね、ちゃんと笑えること増えたんだよ』
「へぇ」
『酒好きな同僚がいてね、よく振り回されてる』
「九条も飲むのか?」
『私はそもそもお酒美味しくなくて好きじゃ無いから、付き合ってるだけ』
「付き合い、とか出来るようになったんだな」
『そうなの、随分人間らしくなったでしょ?』
「自分で言うのかよ」
そう言って笑う
少し格好つけたいつもの笑い方じゃ無い、優しい笑い方
こっちを見ているわけでは無いけど、少しだけ目線は逸れているけど、やんわりと優しく笑っている
こんな笑い方は初めて見たかもしれない
険しい顔や怒っている顔、ニヒル、という表現がよく似合う笑みは見たことあったけれど
この男、何だかんだ面倒見がいいモノだから口には出さなくても心配はされていたのかもしれない
確かに、私の過去は重いと言われても仕方ないもので
私のあの生き方は、心配されるに値するものだと言うことは客観的に見たらすぐに分かる
だから秀一さんにも、伊達にも見つかってしまったのだろうから
でもそうだな、端的に一言だけ言えることがある
前では、絶対に言えなかった言葉
『多分、私今楽しんでる』
生きていることを、この人生を楽しめている
私にとってそれは、天地がひっくり返っても有り得ないことだったのに
今が楽しくても昔が無くなるわけではない
私に植え付けられた人格は無くなることはないけれど
「そりゃよかった」
こんな私でも誰かを救えた
生きていて欲しいと思って、助けたいと思って、実際にそれが出来て
少しだけ、私は浮かれているのかもしれない
『だから、松も死なないでね』
「そう簡単にくたばるかよ」
『松は優しいからね』
「そんな出来た人間じゃねぇよ」
『お巡りさんが何言ってんだか』
「それ言うなら看護師もそうだろうがよ」
『確かに』
誰かを助けるのは私もそうだった
でもまぁ、私はなりたい明確な理由はないし志高いタイプでもないけど
私達はどうやら、らしくないことをしているらしい
それを自覚しているだけマシなのだろうか
『松はどうなの?人に聞いてばっかじゃん』
「…ホント人間らしくなったな」
『酷いな』
「お前は確かに昔から聞き手だけど、自分から聞くようなことしなかっただろ」
『…よく見てるねぇ』
「3年もほぼ一緒に居れば大体分かる」
『萩は私のこと全然分からないって言うけどね』
「アイツは難しく考えすぎるからな
深い所、本質を探ろうとするから分からなくなるんだよ」
『確かに…
松は直感で生きてます、ってタイプだよね』
「直感だって時としては必要なんだよ」
『それは分かるけども』
そう考えると、とことん真逆な2人なんだなコイツ等
友人は似たもの同士よりも反対なくらいの方が案外上手くいくというのは本当らしい
お互いが補い合えるのはいいことなのだろう
バランスが取れた2人だとも思う
『そう言えばさ』
「あ?」
『ガラ悪』
「うっせ、んだよ」
『松はさ、信じてたの?私の予言』
「あー…、どっちつかずだな」
『半信半疑って奴?』
「お前が言うなら有り得そうだけど、実際は有り得ねぇしな、っていう奴」
『リアリストだもんね』
信じてない、と言われる方が断然想像出来るのに、半分信じてくれていただけマシなのかもしれない
と言うか伊達もだけど、私が言うなら有り得るってどういう事なのだろうか
そう言えば秀一さんも似たような事言っていた気がするんだけど
そんな不思議ちゃんになったつもりは無いんだけどなぁ
まぁ、そのお陰で信じてもらえると言うのならそれはそれでいいのだけど
いや、ほんとはよくないのかもしれないけど私が気にしてないから大丈夫
『松の死に方格好良かったからなぁ、見せ場なくしちゃうね』
「映画のワンシーンみたいに言うな」
『上手いこと言うね』
「それ以上に格好いい場面作ってやるから、そんな不本意なワンシーンなんてカットしてしまえ」
『私映画監督かなんかなの?』
あまりにもテンポのいい会話に、目を合わせて笑ってしまう
映画のワンシーンか、あながち間違っていないこと言うんだな、この人は
私にとっては、正しくその通りなのだと言ってしまえば、この人はどんな顔するのだろうか
「九条こそ死ぬなよ」
『君達ほど危険な生き方してないけど』
「お前は自分が死にそうな場面に陥っても足掻こうともしないからな」
『断定的だ』
「違ぇのかよ」
『ううん、違わない』
伊達も松も、ほんとうによく人のことを見ている
伊達なんて中学生のたった1年間しか一緒に過ごしていないというのに
最早これは才能と言っても過言では無いだろう
そうで無ければ、私のようにチート級の基礎知識がある人間で無ければ到底説明できない
警察官になるべくしてなった人なんだ、とあっさり納得できる人ってなかなか居ないよな
『松は私に生きてて欲しいと思う?』
「好き好んで惚れた女に死んで欲しいとは思わねぇだろ」
『……ん?』
「あ?」
『だからガラ悪いって』
「うっせーよ」
今松の口から到底出そうに無い言葉が飛び出してこなかっただろうか
顔色一つ変わっていないからさっきのことなど無かったようにも思えるけれど
いっそ聞き間違いだと流してしまいたいくらい
無かったことにしてしまおうか、なんて考えてる事が分かっているかのように、手首を掴まれる
逃げるな、と言われているようで
そのくせ自分から口を割らないんだから、ホント質が悪い男である
『因みに聞くけど、これは流してもいい奴?』
「いいわけあるか」
『ですよねー』
大丈夫、分かってた
でも聞いてみたくてちょっとだけ悪ふざけも込めて
これでいいと言われたら、ホントに流してしまうつもりでも居たけど
こちらなど見ずに前を歩くこの男の後ろを大人しく付いていく
手を引かれているので、大人しくも何も無いのだけれど
まぁ、ふりほどけるくらいの力であることは間違いないけど
『…いつから?』
「高校ん時」
『ずっと?』
「うっせ」
『否定しないんだ』
「女と遊んでる時間も無かったからな」
『萩と違ってずっとフリーだったもんね』
「アイツは軽すぎんだよ」
なんだか段々話の趣旨がズレている気がする
いや、私が少々動揺しているのだろう、今起きている現実を受け止め切れていない気がする
それを分かっているのか否か知らないが、怒ることも無く付き合ってくれていると言うことだろうか
ちゃんと受け止めろよ、と暗に言われているような気もする
『…物好きだね』
「おー、俺もそう思うわ」
『もっと扱いやすい女はたくさん居るのに』
「否定はしない」
『松の顔なら選り取り見取りでしょうに』
「お前もな」
『私は顔だけで寄ってくる人間には興味のかけらもないので』
「同意」
あまりにも生産性の無い会話
そう言えば、この男私の前を歩いているが私の家の場所は知らないはず
つまり、今は寄り道真っ只中と言う事で
幸か不幸か、お互い明日は仕事が無いと言うことは確認が取れている
つまりは時間には猶予がありすぎていて
だからこんな回りくどいやり方をして、そうして回りくどいやり取りに付き合ってくれていると言うことでもある
うむ、逃げ場がない
『分かってると思うけど、私は松のことそう言う目で見た事なんて無いよ』
「知ってる」
『恋愛する気だってない』
「だろうな」
『そもそも、人を好きになる感情がよく分からない』
「子供かよ」
『子供なんだよ』
愛情を知らずに生きてきた
それが私の当たり前で
血が繋がっていたって、あの人達は他人で、何の感情も向けてくれはしなかった
恋愛初心者とも言えない程に、何も知らないのだ
周りがどれほど恋や愛に浮かれていたって、私には全く共感できなかった
興味も無かった
愛情は、私に必要のないものだったから
「手強いな」
『諦める?』
「出来るんならとっくに諦めてるわ」
『松も厄介な人だね』
「あー、確かにな」
そう言って笑う
今は笑うような場面では無かったような気もするんだけど
というか今世間一般的に言うならば告白現場というもので、だからやり取りされているこの会話すらホントは可笑しなもので
誰かがこの場面を見たとしても、これが告白現場だとは気付きもしないような、ある意味異様な空気感
これ、私が流そうとしたのもある意味正解だったのでは?なんて振り出しに戻ったりして
『酔ってる?』
「んな飲んでねぇよ」
『…本気なの?』
「…マジんなって告われて困るのはお前の方だろ」
全く以て図星なその言葉に、つい今までの軽口で返せなくなって言葉に詰まる
そこまで分かっていて、松は言葉を紡いだ
きっと私が受け入れることは無いと分かっていて、負け戦だと分かっていて
それでも、告げることを目の前の男は選んだのだ
それならば、向き合わないのも失礼だということは私にも分かる
今までのように適当に流してしまってはいけないことも
「別に返事は求めてねぇよ」
『…受け取って欲しいんだけど』
「無理」
『えー…、なんて我儘な』
「フラれんの分かってて受け取らねぇよ」
『分かってていったクセに』
「違ぇよ、これは宣戦布告」
『うっわ、ドラマの見過ぎじゃ無いの?』
「おーおー、覚悟しとけよ」
『え、やなんだけど』
「もう捕まってんだから腹くくれ」
『えー、このお巡りさん職権乱用してくるんですけど』
「捕まる方が悪い」
『何も悪いことしてないんですけど』
手首に回るこの手はどうやら手錠だったらしい
今更になって手を振ってその手から抜け出そうとしてみたけれど、今はもうびくともしない
痛くはないあたり、力加減は絶妙である
そんなとこだけ繊細にならなくてもいいのに、もっと他に気を配るべき事がコイツには絶対ある
諦めて脱力する
受け入れる気は、今のところない
けど未来がどうなるか分からないのは、私だって身を以て知っている
私が変わったようにコイツも変わるかもしれないし、私がこれ以上に変わるかもしれない
変わらないかもしれないし、それは誰にも分からない
そんな不毛で無為な時間を、私なんかに費やしていいはずがない
コイツは、そんな風に時間を無駄に過ごしていいような人間では無い
『4年後』
「あ?」
『私が予言した4年後が、タイムリミットとしよう』
「…ハッ、お前も粘るな」
『諦めてくれそうに無いから』
「大概もうお前に時間使ってんだけどな」
『これ以上無駄にさせないためだよ』
「無駄かどうかは俺が決めんだよ」
『自分勝手だなぁ』
そう言って苦笑を零せば、チラリ、と振り返ったこいつは挑発的に笑った
事勿れ主義と常々宣言している私である、今回も流されるとでも思っているのだろうか
普段の私なら張り合う方が面倒だし、取り合わないか簡単に折れるかの二択
逃げる、なんて面倒なことは態々しない、という確信があるに違いない
確かに逃げはしないだろう
取り合わない、ことはするだろうけど今回に関しては折れることは無い
私の感情が変わらない限り、タイムアップを迎える
恋愛は、ある意味トラウマに近い場所にあるモノだから
『と言う事で今日はそろそろ家に帰して貰ってもいい?』
「おー、言質取ったからな」
『怖いなー』
「思ってもねぇ事言うなよ」
『ほんとよく分かりますねぇ…』
ようやく解放された腕を見て、松の前に躍り出る
このまま家の場所を教えてしまうのもなんか微妙な気分だけど、此処でコイツが帰るとも思わない
無駄なやり取りはする気にもならないので、大人しく帰路に着く
そこからの会話は、先程のことなど無かったかのような世間話ばかり
私相手にはどのように関わるのが有効か、と言う事は流石に分かっているらしい
やりにくいなぁ…、なんて心の中だけで溜息を吐き出して空を見上げる
東京の狭くて明るい空には、星なんて殆ど見えやしなかったけど
きっとぼくには勿体無い感情
(君達には、君には、向けて欲しくなかった感情)