大学生のキャラたちがゆっくりと青春する物語(TNS)
多分これが、アオハルって奴みたいです
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10月初頭
私たちはある男に呼び出され、とある場所まで来ていた
なんて大仰な事を言ってみたが要は不二くんの招集により手塚の誕生会の作戦を練ってるだけなのだが
手塚を除く3人で集まってどんな誕生会にするか、あの手塚だからなぁ、なんてわちゃわちゃ言い合っていると
「僕ね、実はずっとやりたかった事があるんだ」
『…ほう、聞こうじゃないか』
「中高と周囲に阻止され叶わなかった、そうパイ投げ」
『…ふむ、全力で協力しようじゃないか』
「流石梨乃ちゃん、君ならそう言ってくれると信じていたよ」
『存分に盛り上げようじゃないか』
『ねぇ、そろそろ突っ込んでもいい?』
いいじゃないかパイ投げ
ウチがやられたら絶対キレるけど、人生で一回くらいはやってみたかった
しかも相手があの手塚とか、絶対不機嫌になるだろうなぁ
分かってても止めないけどさ
だって手塚の喜びそうなことって何?
登山?釣り?ちょっと流石に遠慮したい
てなわけで勝手にこっちが企画させてもらってる次第である
大丈夫手塚、本体はちゃんと守るから!
『パイはウチ作るね』
「ありがとう
場所は僕の家を提供するよ
手塚、パイ投げなんて無縁だからビニールシート敷いててもきっと気付かないだろうし」
『もう手塚君ホント一回怒った方がいいと思う』
『そういう澪理だって楽しんでるでしょー』
『うっ…』
ガチでキレるようなら本気で謝るけど、そもそも手塚が本気で怒るイメージは正直ない
手塚にはちゃんと替えの服を持ってくるように言っておかなきゃだな
そんな事言われてもきっと疑いもしないだろうなぁ
そんな事を考えながら、主にウチと不二くんで計画を立てていく
澪理は自分の中の良心と好奇心と戦っているよう
こんなもんは楽しんだモン勝ちだよ
そんなこんなで10月7日
天然というか俗離れした手塚国光の誕生日である
当日手塚を呼び出した時間よりも早くに集まってパイ作り(と言っても主にクリームだが)
わちゃわちゃと飾り付けをして、ケーキやらご飯やらを作っていればあっという間に時間は過ぎて
「あ、そろそろ手塚が来る時間だね」
『うわー、マジだ
カメラセットしよう、カメラ!』
「任せて」
『ねぇ、ホントにするの…?』
『ここまで来てやらないなんて選択肢ないでしょ』
『うぅ…、ごめんね手塚君』
罪悪感と葛藤している澪理は取り敢えず放置し、ウチも腕まくりしてスタンバイ
ちなみに手塚が来たら不二くんが誘導し、本体の安全を確保したところでウチがパイを投げる作戦である
うん、本体の安全確保は大事だよな
手塚は背が高いから、不二くんにお願いした(不二くんも投げたがっていたが)
そうしてチャイムが鳴り響きつい笑いそうになる顔を引き締める
不二くんは相変わらず綺麗な微笑みを称えたまま迎えに行き、そして…
『手塚!はぴばー!』
眼鏡を外したことを確認し、思い切り顔目がけてパイを投げる
べちゃっ、という音が響いて一瞬の沈黙
ずるり、と滑り落ちてくる紙皿がビニールシートの敷かれた床に落ちた
不二くんとハイタッチをしてる横で澪理が笑えばいいのか心配すればいいのか分からないらしい
なんか変な顔をしてうろうろしてる
「手塚、替えの服は持ってきただろう?シャワー浴びておいでよ」
『そーそー、後片付けはしとくから
出てきたらパーティーしようねぇ』
「…あぁ」
呆然と、と言うか現状が理解出来ていないらしい手塚は背中を押されるままに浴室へ
そして簡単に片付けを終わらして録画した動画を見て改めて大爆笑
顔面真っ白だが、相変わらず仏頂面である
手塚、このままだとホントウチ等のおもちゃになっちゃうよ?
「…何なんだ、今のは」
しばらくして浴室から出てきた手塚の声は流石に不機嫌だった
まぁ、あれで怒らないのは余程のパリピだろう
まーまー、手塚怒んないで、と不二くんが笑いながら言うが怒るのはまぁ、至極当然と言うか覚悟はしていた為別になんの苦痛でもない
『手塚があんまりにも俗離れしてるからさぁ
これが常識的なパーティーなんだよって教えてあげようかと思って』
ちょっと常識のある人間ならすぐ様、んなわけあるか、と突っ込みが入りそうなものだが
手塚にはそれを判断する材料がないのか一瞬思い悩んだ末に
「…本当か、琴原」
『んなわけないじゃん』
手塚も知恵を付けたようである
この中で一番正しい答えをくれるであろう人物が誰か、ということに気付き始めた
手塚の横でケラケラ笑い腹を抱えてる不二くんをギロリと睨み(その視線には発案者はお前だろう、という言葉が隠されていた)、そして大きな溜め息
それで許してくれるのだから、この男も何となくノリというものを学び始めたのだろう
ごめんごめん、と目尻に溜まった涙を拭いながら軽く謝る不二くんを再び睨み、そして溜め息
言ったところで聞かないだろう、という副音声が聞こえてきた
『楽しかった?』
「…楽しそうに見えるか?」
『いつもと同じ仏頂面にしか見えない
でも、怒ってはないでしょ?』
「…はぁ」
目の前で分かりやすく溜め息を吐かれ頭を小突かれる
ちなみに不二くんは拳骨だった
澪理は手塚に謝りに行って、今度は私もパイ投げされると宣言した為来年の澪理の誕生日にする事が決まった
そんなこんなで久し振りに大学生らしいはっちゃけた1日を過ごしましたとさ
*****
『うむ…、何着ていこう』
1人部屋の中、タンスから洋服を引っ張り出して並べては首を傾げる
初デートドキドキ感溢れるこの状況を否定したいのに、あながち間違っていない為何ともむず痒い
それもこれも全てあのイケメンのせいである
~回想~
「ねぇ梨乃ちゃん、今度の土曜日って空いてるかい?」
『土曜?んー、バイトは無かったはずだけど、どしたん?』
「良かった、じゃあ僕とデートしよう」
『…ん?』
あの不二さん?疑問詞ついてないんですけど、決定事項なんですか、これ?
目の前で相変わらずにこにこ、と綺麗に笑うイケメンはウチの疑問なんて気にもしないで集合場所と時間を告げる
一応その情報を頭にインプットするにはしたが、ちょっとお姉さん納得して無いんですけど
なんて問答無用で話を進めるこの人に言ったところで仕方無いんだろうけど
「結構動くと思うから、ヒールでもいいけど履きなれた靴にしといてね?」
『…Oui』
「何でフランス語?
あぁ、でもおしゃれして来てくれると嬉しいな」
『…Ja』
「今度はドイツ語だね
プレゼント、付けてきてくれたらもっと嬉しい」
『…Si』
「イタリア語かな?
じゃあ、土曜日楽しみにしてるからね」
『ねぇ、不二くんって何者なの?』
「人間だよ?」
『うん、そうなんだけどね』
違う、ウチが聞きたいのはそういう事じゃない
日本男児にあるまじきストレートさだよね、って事が言いたい訳であってね?
イギリスのレディファーストでも身に付けてきたの?
上にお姉さん居るからってそこまで身に付くものなの?ん?
約束だけ取り付けて爽やかに立ち去る不二くんを、軽く放心状態で見送ったのであった
~回想終了~
という訳で、ウチは今頭を悩ましている次第である
さっきから考え過ぎて、オシャレってなんだっけ?と概念的な事まで考え始めてしまっている
ふっ、罪な男だな
いやいや、ふざけてる場合じゃ無くてだね
付き合ってる訳でも無いのにあまり気合いが入り過ぎてるのも何かあれだし、オシャレを求められた手前あまりラフ過ぎるものも考え物
のクセ結構動くとはどう言った了見だ、コノヤロウ
後に不二くんから文化祭に出展する写真を撮りに行きたいと言う目的は知らされたが、イマイチ合点がいってないぞ、ウチは
それならば何でウチを誘う、と言うかデートと明言するでない
お前はその顔を自覚した上で言葉を発しろ、コノヤロウ
『…何か色々考えるのめんどーになってきたな』
振り回されてるのがなんか妙に気に食わない
そこまで真に受けてやる必要も義務もウチには無いではないか、本来は
と漸くその考えに思い至って肩の荷がおりた
白の七分袖ワンピに太めの黒のベルトを合わせ、デニムのジャケット
黒タイツに黒の革靴とシンプルだが動きやすいコーデ
『…ふむ、こんなものだろう』
漸く決まった明日のコーデ
散らかった洋服達を再びタンスにしまいながら、何だかんだ浮かれてる自分が恥ずかしくなった
いやうん、あんなイケメンの横に並んで出掛けるんだから、それなりに身なりを整えないとね
なんて誰にするでもなく心の中で言い訳する
目覚ましのアラームをセットし、布団に潜った後も明日の髪型なんか考えてて、ちょっと自分を殺したくなった
そして翌日
セットした時間よりも少し早く目が覚めて、のそのそ、と簡単に朝ごはんを食べる
零れる欠伸を思い切り零し、徐々に覚醒する脳内でこの後の予定を組み立てる
ご飯が終わり使った食器などを片付けて着替え
顔を洗い歯磨きをして、髪のセットに取り掛かる
と言ってもそれはそんな時間のかかるものではなくて
くるりんぱを2連したハーフアップにもらったヘアアクセを付けて、髪を巻いていく
かなりキツく巻いても、少し解せばちょうどいいゆるふわになるので、この髪はホント強情だ
スプレーで固めて軽く前髪をセットすれば完成
そして、それが終わればメイクである
自慢じゃないが、大学に入るまで化粧のけの字も知らないで生きていた為、デビューしてまだたったの6ヶ月
しかも、普段からすっぴんで過ごしている為、メイクなんてほぼしない
つまり何が言いたいかと言うと、慣れてない上に物凄く時間が掛かるのだ
まぁ、基本的にナチュラル、ブラウンベースのメイクであるから、化粧をして化ける程顔は変わらない
今は秋である為、刺し色にちょっとオレンジを足して、深い赤の口紅を塗って終了
あぁもうホント、これ毎朝やってるみんな尊敬するわ
と、そろそろいい時間になった為、鞄に諸々突っ込んで家を出る
移動は主に不二くんの車らしいが、こういう場合ってガソリン代を渡した方がいいのであろうか?
なんて事を考えながら、マンション周囲の駐車可能スペースへ向かえば見慣れないが見覚えのある車が停まっている
ウチに気付いたらしい不二くんが片手を上げ、運転席から降りてくる
『ごめん、遅かった?』
「ううん、僕が思ったより早く着いただけ」
『なら良かった』
「じゃあ行こうか、助手席乗ってね」
『はーい』
言われて助手席側に回り込み腰掛ける
シートベルトを付けて、終わったよと不二くんの方を見ればすでにこっちを向いていて
「ふふ、ホントに付けてきてくれたんだ
可愛い、よく似合ってるよ」
なんの躊躇いもなく伸びてきた手がそっとヘアアクセに触れ、そのままの流れでキツく巻いたけど、すでに緩くなってしまった髪を滑り
綺麗に綺麗に微笑んで、何も無かったかのように車を走らせ始めた
…ホントこの男は
そういうとこな!!いい加減にしなさいよ!
いまいちこの男の行動の真意が読めない
まぁ、そんな深く考えてないんだろなぁ、この男は
イケメンは何してもイケメンという真理を見せ付けられているようだ
『どこ行くの?』
「動物園」
『動物園』
「動く被写体って言う条件で好きな物を撮るみたいなんだけどね」
『なるほど、だから動物』
「水族館にも行きたくて」
『おぉ、ハードスケジュール』
「だから車」
『確かに便利だよねぇ』
「梨乃ちゃんは取らないの?」
『今はあんまり必要性を感じないかなぁ』
「まぁ、都会じゃね」
なんて他愛もない会話をしていると目的地へ到着する
ぐっと大きく背伸びをして、固まった体を解すと不二くんの後ろについて入場口へ
放っておくとこのイケメンは勝手にチケットを買うだろうから見張っておかないと
まぁ、いろいろ省略するが普通に動物園楽しかった
この年で動物園ってどうなんだろうとはちょっとばかし思ったけど、意外と楽しかった
ふれあいコーナーで戯れる子供がとても可愛かった
軽くお昼を済ませ車で向かうは水族館
こっちは普通に水族館好きなウチからしたら楽しみである
ただ水槽のあの分厚さのせいで酔って気持ち悪くなる事があるだけで
好きなんだよ、好きなんだけど、どうにも弱いんだよあの手のモノは
中に入って順路に従って進む
水槽の中自由に泳ぐ魚達を目で追って、あれはなんて言う魚だろうとか、変な顔だとか、2人で話しながら
『ねぇ、不二くん』
「どうしたの?」
『あのペンギン、サービス精神旺盛だねぇ
さっきからピクリとも動かん』
「僕のテーマ的には有難くないんだけどね」
『素人には有難い話です』
なんて話しながらペンギンをパシャリ
澄まし顔で立ってるのもまたなんか可愛らしい
イルカのショーはいつもあのテンションにはついていけないけど楽しみ
不二くんも躍動感のある写真を撮れてご満悦の様子
確かに水族館で速く動くものって限られてるよな
『んー、楽しかった!』
「梨乃ちゃん、いるか好きなの?」
『まぁ、水族館の一大イベントじゃん?』
「一番楽しそうだった」
『…つまんなさそうだった?』
「そういう訳じゃないけど、今日一番分かりやすかった」
『あー、ウチあんまり顔に出ないからねぇ』
「後、最初はちょっと緊張してた?」
『……それは気付いても言わないのが礼儀』
「ふふ、ごめんね?」
でもちょっと嬉しくて、なんて笑いながら言うんだからこの男はどうなってんだ
ここまでスマートな同い年(しかも男)がいて溜まるかとも思うが目の前に居るんだから仕方無い
男女仲は基本的にいい方
女特有の空気感が苦手で、昔はホント男友達と居る方が多いくらい
成長するにつれて馴染む方法を身に付けてそこそこ女社会に慣れた
不二くんと仲は悪くない、気が合う方だという自覚もある
流石にこの歳になればわざわざデートと銘打たれ男女2人だけで出掛ける事の意味くらい分かるし、深読みしてしまうのも仕方ない事だと思う
別に好意的に見られることは悪いことでは無い
人の目にそれなりによく映ってるという事はウチの努力が実を結んだ結果
ただ自己評価が低くて、自分の事が何より嫌いな人間としてはむず痒くて、何だか落ち着かない
こんなウチの心境なんて、この男は気にも留めないのだろうけど
『で、本来の目的は達成出来そうなの?』
「うん、大丈夫」
『そ、なら見てないとこ見に行こう』
気付いても向こうから触れてこない限りは知らない振りさせてもらう
自ら触れるつもりはない
これは、精一杯の予防線
踏み込んで、拒絶されるのが何より怖いから
じわり、じわり迫ってくる予感に気付かない振りをしてさり気無く後退り
申し訳ないけど、今のウチには踏み込むだけの勇気なんて、ない
何かを訴え掛けてくる様なそんな視線なんて、ウチは知らない
木枯らしが運ぶもの
(明言されないのなら、知らないのと同じよね)
私たちはある男に呼び出され、とある場所まで来ていた
なんて大仰な事を言ってみたが要は不二くんの招集により手塚の誕生会の作戦を練ってるだけなのだが
手塚を除く3人で集まってどんな誕生会にするか、あの手塚だからなぁ、なんてわちゃわちゃ言い合っていると
「僕ね、実はずっとやりたかった事があるんだ」
『…ほう、聞こうじゃないか』
「中高と周囲に阻止され叶わなかった、そうパイ投げ」
『…ふむ、全力で協力しようじゃないか』
「流石梨乃ちゃん、君ならそう言ってくれると信じていたよ」
『存分に盛り上げようじゃないか』
『ねぇ、そろそろ突っ込んでもいい?』
いいじゃないかパイ投げ
ウチがやられたら絶対キレるけど、人生で一回くらいはやってみたかった
しかも相手があの手塚とか、絶対不機嫌になるだろうなぁ
分かってても止めないけどさ
だって手塚の喜びそうなことって何?
登山?釣り?ちょっと流石に遠慮したい
てなわけで勝手にこっちが企画させてもらってる次第である
大丈夫手塚、本体はちゃんと守るから!
『パイはウチ作るね』
「ありがとう
場所は僕の家を提供するよ
手塚、パイ投げなんて無縁だからビニールシート敷いててもきっと気付かないだろうし」
『もう手塚君ホント一回怒った方がいいと思う』
『そういう澪理だって楽しんでるでしょー』
『うっ…』
ガチでキレるようなら本気で謝るけど、そもそも手塚が本気で怒るイメージは正直ない
手塚にはちゃんと替えの服を持ってくるように言っておかなきゃだな
そんな事言われてもきっと疑いもしないだろうなぁ
そんな事を考えながら、主にウチと不二くんで計画を立てていく
澪理は自分の中の良心と好奇心と戦っているよう
こんなもんは楽しんだモン勝ちだよ
そんなこんなで10月7日
天然というか俗離れした手塚国光の誕生日である
当日手塚を呼び出した時間よりも早くに集まってパイ作り(と言っても主にクリームだが)
わちゃわちゃと飾り付けをして、ケーキやらご飯やらを作っていればあっという間に時間は過ぎて
「あ、そろそろ手塚が来る時間だね」
『うわー、マジだ
カメラセットしよう、カメラ!』
「任せて」
『ねぇ、ホントにするの…?』
『ここまで来てやらないなんて選択肢ないでしょ』
『うぅ…、ごめんね手塚君』
罪悪感と葛藤している澪理は取り敢えず放置し、ウチも腕まくりしてスタンバイ
ちなみに手塚が来たら不二くんが誘導し、本体の安全を確保したところでウチがパイを投げる作戦である
うん、本体の安全確保は大事だよな
手塚は背が高いから、不二くんにお願いした(不二くんも投げたがっていたが)
そうしてチャイムが鳴り響きつい笑いそうになる顔を引き締める
不二くんは相変わらず綺麗な微笑みを称えたまま迎えに行き、そして…
『手塚!はぴばー!』
眼鏡を外したことを確認し、思い切り顔目がけてパイを投げる
べちゃっ、という音が響いて一瞬の沈黙
ずるり、と滑り落ちてくる紙皿がビニールシートの敷かれた床に落ちた
不二くんとハイタッチをしてる横で澪理が笑えばいいのか心配すればいいのか分からないらしい
なんか変な顔をしてうろうろしてる
「手塚、替えの服は持ってきただろう?シャワー浴びておいでよ」
『そーそー、後片付けはしとくから
出てきたらパーティーしようねぇ』
「…あぁ」
呆然と、と言うか現状が理解出来ていないらしい手塚は背中を押されるままに浴室へ
そして簡単に片付けを終わらして録画した動画を見て改めて大爆笑
顔面真っ白だが、相変わらず仏頂面である
手塚、このままだとホントウチ等のおもちゃになっちゃうよ?
「…何なんだ、今のは」
しばらくして浴室から出てきた手塚の声は流石に不機嫌だった
まぁ、あれで怒らないのは余程のパリピだろう
まーまー、手塚怒んないで、と不二くんが笑いながら言うが怒るのはまぁ、至極当然と言うか覚悟はしていた為別になんの苦痛でもない
『手塚があんまりにも俗離れしてるからさぁ
これが常識的なパーティーなんだよって教えてあげようかと思って』
ちょっと常識のある人間ならすぐ様、んなわけあるか、と突っ込みが入りそうなものだが
手塚にはそれを判断する材料がないのか一瞬思い悩んだ末に
「…本当か、琴原」
『んなわけないじゃん』
手塚も知恵を付けたようである
この中で一番正しい答えをくれるであろう人物が誰か、ということに気付き始めた
手塚の横でケラケラ笑い腹を抱えてる不二くんをギロリと睨み(その視線には発案者はお前だろう、という言葉が隠されていた)、そして大きな溜め息
それで許してくれるのだから、この男も何となくノリというものを学び始めたのだろう
ごめんごめん、と目尻に溜まった涙を拭いながら軽く謝る不二くんを再び睨み、そして溜め息
言ったところで聞かないだろう、という副音声が聞こえてきた
『楽しかった?』
「…楽しそうに見えるか?」
『いつもと同じ仏頂面にしか見えない
でも、怒ってはないでしょ?』
「…はぁ」
目の前で分かりやすく溜め息を吐かれ頭を小突かれる
ちなみに不二くんは拳骨だった
澪理は手塚に謝りに行って、今度は私もパイ投げされると宣言した為来年の澪理の誕生日にする事が決まった
そんなこんなで久し振りに大学生らしいはっちゃけた1日を過ごしましたとさ
*****
『うむ…、何着ていこう』
1人部屋の中、タンスから洋服を引っ張り出して並べては首を傾げる
初デートドキドキ感溢れるこの状況を否定したいのに、あながち間違っていない為何ともむず痒い
それもこれも全てあのイケメンのせいである
~回想~
「ねぇ梨乃ちゃん、今度の土曜日って空いてるかい?」
『土曜?んー、バイトは無かったはずだけど、どしたん?』
「良かった、じゃあ僕とデートしよう」
『…ん?』
あの不二さん?疑問詞ついてないんですけど、決定事項なんですか、これ?
目の前で相変わらずにこにこ、と綺麗に笑うイケメンはウチの疑問なんて気にもしないで集合場所と時間を告げる
一応その情報を頭にインプットするにはしたが、ちょっとお姉さん納得して無いんですけど
なんて問答無用で話を進めるこの人に言ったところで仕方無いんだろうけど
「結構動くと思うから、ヒールでもいいけど履きなれた靴にしといてね?」
『…Oui』
「何でフランス語?
あぁ、でもおしゃれして来てくれると嬉しいな」
『…Ja』
「今度はドイツ語だね
プレゼント、付けてきてくれたらもっと嬉しい」
『…Si』
「イタリア語かな?
じゃあ、土曜日楽しみにしてるからね」
『ねぇ、不二くんって何者なの?』
「人間だよ?」
『うん、そうなんだけどね』
違う、ウチが聞きたいのはそういう事じゃない
日本男児にあるまじきストレートさだよね、って事が言いたい訳であってね?
イギリスのレディファーストでも身に付けてきたの?
上にお姉さん居るからってそこまで身に付くものなの?ん?
約束だけ取り付けて爽やかに立ち去る不二くんを、軽く放心状態で見送ったのであった
~回想終了~
という訳で、ウチは今頭を悩ましている次第である
さっきから考え過ぎて、オシャレってなんだっけ?と概念的な事まで考え始めてしまっている
ふっ、罪な男だな
いやいや、ふざけてる場合じゃ無くてだね
付き合ってる訳でも無いのにあまり気合いが入り過ぎてるのも何かあれだし、オシャレを求められた手前あまりラフ過ぎるものも考え物
のクセ結構動くとはどう言った了見だ、コノヤロウ
後に不二くんから文化祭に出展する写真を撮りに行きたいと言う目的は知らされたが、イマイチ合点がいってないぞ、ウチは
それならば何でウチを誘う、と言うかデートと明言するでない
お前はその顔を自覚した上で言葉を発しろ、コノヤロウ
『…何か色々考えるのめんどーになってきたな』
振り回されてるのがなんか妙に気に食わない
そこまで真に受けてやる必要も義務もウチには無いではないか、本来は
と漸くその考えに思い至って肩の荷がおりた
白の七分袖ワンピに太めの黒のベルトを合わせ、デニムのジャケット
黒タイツに黒の革靴とシンプルだが動きやすいコーデ
『…ふむ、こんなものだろう』
漸く決まった明日のコーデ
散らかった洋服達を再びタンスにしまいながら、何だかんだ浮かれてる自分が恥ずかしくなった
いやうん、あんなイケメンの横に並んで出掛けるんだから、それなりに身なりを整えないとね
なんて誰にするでもなく心の中で言い訳する
目覚ましのアラームをセットし、布団に潜った後も明日の髪型なんか考えてて、ちょっと自分を殺したくなった
そして翌日
セットした時間よりも少し早く目が覚めて、のそのそ、と簡単に朝ごはんを食べる
零れる欠伸を思い切り零し、徐々に覚醒する脳内でこの後の予定を組み立てる
ご飯が終わり使った食器などを片付けて着替え
顔を洗い歯磨きをして、髪のセットに取り掛かる
と言ってもそれはそんな時間のかかるものではなくて
くるりんぱを2連したハーフアップにもらったヘアアクセを付けて、髪を巻いていく
かなりキツく巻いても、少し解せばちょうどいいゆるふわになるので、この髪はホント強情だ
スプレーで固めて軽く前髪をセットすれば完成
そして、それが終わればメイクである
自慢じゃないが、大学に入るまで化粧のけの字も知らないで生きていた為、デビューしてまだたったの6ヶ月
しかも、普段からすっぴんで過ごしている為、メイクなんてほぼしない
つまり何が言いたいかと言うと、慣れてない上に物凄く時間が掛かるのだ
まぁ、基本的にナチュラル、ブラウンベースのメイクであるから、化粧をして化ける程顔は変わらない
今は秋である為、刺し色にちょっとオレンジを足して、深い赤の口紅を塗って終了
あぁもうホント、これ毎朝やってるみんな尊敬するわ
と、そろそろいい時間になった為、鞄に諸々突っ込んで家を出る
移動は主に不二くんの車らしいが、こういう場合ってガソリン代を渡した方がいいのであろうか?
なんて事を考えながら、マンション周囲の駐車可能スペースへ向かえば見慣れないが見覚えのある車が停まっている
ウチに気付いたらしい不二くんが片手を上げ、運転席から降りてくる
『ごめん、遅かった?』
「ううん、僕が思ったより早く着いただけ」
『なら良かった』
「じゃあ行こうか、助手席乗ってね」
『はーい』
言われて助手席側に回り込み腰掛ける
シートベルトを付けて、終わったよと不二くんの方を見ればすでにこっちを向いていて
「ふふ、ホントに付けてきてくれたんだ
可愛い、よく似合ってるよ」
なんの躊躇いもなく伸びてきた手がそっとヘアアクセに触れ、そのままの流れでキツく巻いたけど、すでに緩くなってしまった髪を滑り
綺麗に綺麗に微笑んで、何も無かったかのように車を走らせ始めた
…ホントこの男は
そういうとこな!!いい加減にしなさいよ!
いまいちこの男の行動の真意が読めない
まぁ、そんな深く考えてないんだろなぁ、この男は
イケメンは何してもイケメンという真理を見せ付けられているようだ
『どこ行くの?』
「動物園」
『動物園』
「動く被写体って言う条件で好きな物を撮るみたいなんだけどね」
『なるほど、だから動物』
「水族館にも行きたくて」
『おぉ、ハードスケジュール』
「だから車」
『確かに便利だよねぇ』
「梨乃ちゃんは取らないの?」
『今はあんまり必要性を感じないかなぁ』
「まぁ、都会じゃね」
なんて他愛もない会話をしていると目的地へ到着する
ぐっと大きく背伸びをして、固まった体を解すと不二くんの後ろについて入場口へ
放っておくとこのイケメンは勝手にチケットを買うだろうから見張っておかないと
まぁ、いろいろ省略するが普通に動物園楽しかった
この年で動物園ってどうなんだろうとはちょっとばかし思ったけど、意外と楽しかった
ふれあいコーナーで戯れる子供がとても可愛かった
軽くお昼を済ませ車で向かうは水族館
こっちは普通に水族館好きなウチからしたら楽しみである
ただ水槽のあの分厚さのせいで酔って気持ち悪くなる事があるだけで
好きなんだよ、好きなんだけど、どうにも弱いんだよあの手のモノは
中に入って順路に従って進む
水槽の中自由に泳ぐ魚達を目で追って、あれはなんて言う魚だろうとか、変な顔だとか、2人で話しながら
『ねぇ、不二くん』
「どうしたの?」
『あのペンギン、サービス精神旺盛だねぇ
さっきからピクリとも動かん』
「僕のテーマ的には有難くないんだけどね」
『素人には有難い話です』
なんて話しながらペンギンをパシャリ
澄まし顔で立ってるのもまたなんか可愛らしい
イルカのショーはいつもあのテンションにはついていけないけど楽しみ
不二くんも躍動感のある写真を撮れてご満悦の様子
確かに水族館で速く動くものって限られてるよな
『んー、楽しかった!』
「梨乃ちゃん、いるか好きなの?」
『まぁ、水族館の一大イベントじゃん?』
「一番楽しそうだった」
『…つまんなさそうだった?』
「そういう訳じゃないけど、今日一番分かりやすかった」
『あー、ウチあんまり顔に出ないからねぇ』
「後、最初はちょっと緊張してた?」
『……それは気付いても言わないのが礼儀』
「ふふ、ごめんね?」
でもちょっと嬉しくて、なんて笑いながら言うんだからこの男はどうなってんだ
ここまでスマートな同い年(しかも男)がいて溜まるかとも思うが目の前に居るんだから仕方無い
男女仲は基本的にいい方
女特有の空気感が苦手で、昔はホント男友達と居る方が多いくらい
成長するにつれて馴染む方法を身に付けてそこそこ女社会に慣れた
不二くんと仲は悪くない、気が合う方だという自覚もある
流石にこの歳になればわざわざデートと銘打たれ男女2人だけで出掛ける事の意味くらい分かるし、深読みしてしまうのも仕方ない事だと思う
別に好意的に見られることは悪いことでは無い
人の目にそれなりによく映ってるという事はウチの努力が実を結んだ結果
ただ自己評価が低くて、自分の事が何より嫌いな人間としてはむず痒くて、何だか落ち着かない
こんなウチの心境なんて、この男は気にも留めないのだろうけど
『で、本来の目的は達成出来そうなの?』
「うん、大丈夫」
『そ、なら見てないとこ見に行こう』
気付いても向こうから触れてこない限りは知らない振りさせてもらう
自ら触れるつもりはない
これは、精一杯の予防線
踏み込んで、拒絶されるのが何より怖いから
じわり、じわり迫ってくる予感に気付かない振りをしてさり気無く後退り
申し訳ないけど、今のウチには踏み込むだけの勇気なんて、ない
何かを訴え掛けてくる様なそんな視線なんて、ウチは知らない
木枯らしが運ぶもの
(明言されないのなら、知らないのと同じよね)