大学生のキャラたちがゆっくりと青春する物語(TNS)
多分これが、アオハルって奴みたいです
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8月
丸2ヶ月間という長い長い夏休み
夏は日焼けする為ほぼサークルに顔出す気の無かった消極系女子であるウチは、バイトか課題の為に大学に通うかのほぼ二択の生活を送っていた
友達が居ないとかそんな訳ではない、決して
そして例のあの、悪く言えば男好き、よく言えばコミュ強のサークル仲間から、海へのお誘いが来た
サークルメンバーで海に行くから梨乃ちゃんもおいでー(^^)
お誘いなのに強制力しか感じない不思議
まぁ、その程度に屈する私ではない
と言うか海とか絶対行きたくない、焼けるし海水髪痛むし、何よりアトピーの肌を晒したくない、沁みるし
とか言ったとこで奴は折れない、絶対
と言うわけで
『ねぇ、部活の手伝い行ってもいい?球出しくらいなら出来るよ
後マネージャー業とか』
『どう言う流れでそうなったの?ん?』
「いいんじゃないかい?男子テニス部は女の子に飢えてる節があるし
ねぇ、手塚」
「?まぁ、手伝いの申し出を邪険にはしないだろう」
『何だろうこの噛み合ってるようで噛み合ってない会話
そして不二君相変わらずの順応性』
逃げ道確保のための画策を開始した次第である
暑いし、日焼けは嫌であるが、あのパリピの集まりのようなテニサーメンバーと海行くよりマシである
そのレベルで海が嫌いだ
高校の時誘われた時も自ら荷物番を申し出るレベルである
閑話休題
頼む立場として、取り敢えず事情を説明
手塚はイマイチ理解していなかったが、2人は納得したのか、あー…、と曖昧に唸っていた
それでこそ手塚である
『澪理もくる?』
『さんざん邪魔した挙句ボールに当たる未来しか見えない』
『…うん、ウチも見えたわその未来』
『だろう?』
「それは胸張って言うことなのかい?」
相変わらず不二くんは楽しそうに笑う
手塚は話に着いてこれてないのか、興味が無いのか相変わらずの鉄面皮である
お前は何が楽しくて生きているんだ
『じゃあ、澪理は部活終了後に合流して夕飯でも食べに行こ
仲間外れにして泣いても困るし』
『それくらいじゃ泣きません、凹むけど』
『凹むんかいww』
相変わらず一人では生きていけれない系女子である
真顔で言い切る澪理に取り敢えず笑って、海に行くと言う日のお手伝いを出来るか確認を取ってもらう
その話題が出て早々に行かない旨の連絡はしている
(例によってアイツから毎日のようにお誘いのメッセージが来るが)
「いいってさ」
『早くないか』
「華が欲しいみたいだよ、折角の夏だし」
『弾ける季節だよね』
『ねぇ、何そのCMみたいな返し』
だって夏ってそんなイメージじゃんね?うん、そうだね
もういい何も言うまい
流れるような3人のやり取りに一切関与してこない手塚
手塚にとって夏は大会のイメージしかないのだろうな、恐らく
そんなこんなでテニス部へ出張です
今回は折れてやらないからな、私がいつでも折れてやると思ったら大間違いだ
*****
『おー、室内コート!嬉しい!』
「タイミング良かったね」
『うん、有難い
暑い分には全然我慢出来る、よしやる気出た』
「やる気無かったのかい?」
『お?幸村、くんだっけ?』
「正解」
『海から逃げてここに来たからね』
「うん?」
小首を傾げた幸村くんに経緯を説明する
説明すると、やっぱり納得した様な顔をする為、テニサーがどう思われているのかが何となく分かった
説明が終わると流石だね、と言われた
何が流石だろうか、と思いつつもだろ?とドヤ顔で返すと笑われた
解せぬ
「あ、錦ちゃんや
ホンマに来たんやね」
『嘘や思っとったん?』
「ちゃうねんけど、部長が無駄に張り切って室内コートの方借りとったから、遊び感覚何やと」
『うん、それ初耳だかんね?』
「あ、せやった?」
『普段屋外なん?』
「せやねん
やから今日は真面目に仁王君も来とるやろ?」
『お前は真面目に参加せんかい』
「プピーナ」
『うわ、新種』
なんか無駄に集まってくんのやけど、何でやねん
真面目に練習しぃや
てか、他の人等どこやねん
なんて考えてると、糸目の柳くんが「ウォームアップのランニングを終えて帰ってきた所だ」と疑問の答えを下さった
うん、ウチ声に出してねぇよ?
てゆーか皆さんお早いお帰りで
息も乱れてないってどういう事ですか、人外って事ですか、おけ、把握
暫くすると他の部員さん達がチラホラと見えるようになり、やっぱり彼等は人外なのだと納得した
心外だな、と言われた
だからウチは声に出してねぇよ?
それから練習が始まり、ドリンクの準備(ボトル持参、タオルは自己で準備)
球出しや球拾い、簡単なラリーのお相手(確実にウチを動かすこと無く返球させるというコントロールの練習)
あの7人はやっぱり恐ろしいくらいの正確さだった、人外め
「お疲れ様」
『あ、お疲れー
やー、やっぱり部活なだけあってレベル高い
流石全国区のプレイヤーだねぇ』
「ありがとう」
「にしても、随分と意地悪な返球じゃったのう、梨乃ちゃん?」
『そう言う指示だったからね
みんなを走らせるの楽しかった、主に君と手塚とあそこでドヤ顔で見てくるキング様を』
「アーン?ドヤ顔なんかしてねぇだろうが」
『え、生まれ持った顔がそれなの?人に喧嘩売りそうな人生だね』
「「www」」
思った事を素直に伝えたら不二くんと幸村くんに笑われた
解せぬ
だって常にドヤ顔で人見てたら、絶対どっかで反感かってるよ?
何故だか知らないが自らをキングと称するこの男は女子から絶大な人気を誇っている
皆の目はどうなっているのだろうか
ちょっとイラッとしたであろう彼の様子に、もちろん態度を改めるようなウチではなく
『ウチが言うのもあれなんだけど、愛想というか愛嬌を覚えた方がいいかもね』
「「「wwwwww」」」
増えた
白石まで腹抱えて笑ってる
仁王は大笑いとはいかずとも口を押さえて笑ってるし、柳くんも何やら含みのある笑顔
変わらず鉄面皮なのはやっぱり手塚で
『うん、これは手塚もだね
ほら、にこーって笑ってご覧なさいな、ってそれはそれで恐怖だな』
「ちょ、もう、やめてww」
「あー、お腹痛い…ww」
「ほんま錦ちゃんおもろいわぁ…」
『えー、ウチ…?』
君等だって十分個性の塊みたいじゃん
面白さで言ったら絶対君達のが上だかんね?
ワナワナしてるキングはもう既に放置
話を振られた手塚は楽しそうだな、お前等、とかなんか見当違いのこと言ってる
君も笑われてるんだよ?ご存知?
そんなこんなで終わったテニス部の手伝い
遊ぶ時は遊ぶ、練習は真面目に、と言った切り替えの速さは全国を勝ち抜いてきた猛者たる所以だろう
終わり間際に澪理に連絡し、汗の処理と着替えを諸々済ませて不二くんと手塚と合流
『お待たせ』
「女の子を待つのは男の仕事だからね」
『おぅ…、イケメン怖い』
やめろよ
お前は顔だけでも人生勝ち組なのに性格まで良かったら太刀打ち出来ねぇだろうが
いや、勝つ気なんてないし、そもそも男じゃないから張り合う必要も無いんだけど
パタパタ、と扇子で風を作りながら汗を引かす
嫌、だいぶ処理はしたけども
「あ、そう言えば」
『そう言えば?』
「仁王だけずるいから、僕も呼んでいい?」
『……?あ、名前?』
「そう」
『あれ、いつもじゃないよ?からかってくる時だけ』
「うん、でも名前の方が仲良しっぽいでしょ?」
『前の引きずってる?』
「仲良しじゃないの?」
『いや、仲良いとは思ってるけど
ん、名前で呼ばれる方が慣れてるし、それでいーよ』
相変わらずにこにこ、としている為真意は読めない
仲良くなった期間で言えば手塚のが上ではあるが、手塚に名前呼ばれるのはなんか違う
手塚は錦が落ち着く、いやコイツはそんな事気にする質じゃないけども
そんな雑談をしていると澪理も合流、そのまま晩ご飯へ
今日は家とはちょっと離れた場所へ来ているため、いつもとは違うファミレスである
(大学生はいつでも金欠なのである)
今日の練習での出来事や課題の進み具合、夏の予定なんかをダラダラと話し
(今月は澪理のバースデーの為開けておくように忠告し)
あと、やっぱり澪理は名前呼びに過剰反応してた
アンタはそろそろ慣れなさい、ウチ男友達多い部類の人間だったでしょうがよ
『あー、今日は流石に疲れたからそろそろ帰ろー』
『そうだね、練習後だし』
「僕達からしたら普通のことなんだけどね、手塚」
「あぁ、今日は少し足りないくらいだ」
『このテニス馬鹿め』
電車で数駅分揺られ(メンズ2人だけなら走って帰るらしい、このストイック共)、夏と言えども既に暗くなった道を歩く
他愛もない話をしながら歩いていると目に入ったポスター
『へぇ、夏祭り』
『え、行きたい』
『ほれ、この辺でもやるんだって』
『え、梨乃行こう、浴衣着よう』
『何で疑問符ついてないのかね?』
『行くでしょ?』
『まぁ、行きますけど』
お祭り好きな澪理が乗り気である
浴衣は苦しいから好き好んで着たりしないが、まぁ、誰かと一緒なら着ないこともない
でも、祭りか
この辺って言ったら人多いよなぁ、ガラ悪いのも混ざりそうだし…
って事でやっぱりここは
『したら2人も一緒行こ?』
「浴衣は着ないけどいいかい?」
『構わないよ』
その流れが分かっていたかのような返しに笑う
手塚を見あげればこくり、と頷かれた為了承だろう
喋れよ、手塚
来週末にあるというお祭り
部活も休みらしく(祭りに行きたい人が多いらしい、そう言う緩さは大学らしい)、いつもの4人で行くことが決定した
*****
そうしてやってきた夏祭り当日
浴衣プラス下駄で歩きにくい事は分かっていた為、余裕を持って出発
待ち合わせ場所に近付くにつれ増えてくる人の数に若干嫌な予感がしながら、目的の場所を目指す
辿り着いた目的地
そこは予想通りと言うか予想を遥かに上回る程の人の数で
『うわー…』
誰も居ないのに思わず感嘆詞を口にする程には人で溢れていた
マジか、人混み嫌いなのに
至る所に浴衣のグループ
これはぐれたら合流だいぶ厳しそう
「あ、梨乃ちゃんこっち」
『ん?あ、お待たせー』
「浴衣だしこの人混みじゃ仕方無いよ」
『にしたって早いねぇ』
「女の子を待たせる訳にはいかないでしょ?」
『やめろよ、イケメン』
だから言ってるだろう?君達はその見た目で十分勝ち組なんだってば
そんな事されたら照れるだろう?
集合場所に誰かが先に来てるの落ち着かないんだよ、いつも大体一番だったから
じっと見詰めてくる手塚に気付き見上げる
おうおう、なんか文句でもあんのかい
「錦、か…?」
『錦だよ、お前も白石みたいなこと言うんかい
珍しく化粧もしてるし髪も上げてるし、浴衣だけど錦だよ』
「よく似合ってるよ、可愛い」
『みろ、これが模範解答だ』
「本心なのになぁ」
服装、髪型、化粧、それが変われば分かんなくなるって何
あぁ、でも高校でもあったなぁ、そんな事
そんなに変わりますか、そうですか、普段頑張れってことですね、分かります
なんてやり取りしていると澪理も合流
これまた気付かなかったらしい手塚は、ウチ等が声を掛けるまで反応が無かった
お前は何を見て判断してるのか問い質したい
『取り敢えず集まったし行こっか』
『お祭りテンション上がるね!何食べる?』
『何で食べるしか選択肢無いんですかね』
『お腹減ったから!』
『…うん、そうだね、あんたはそういう子だ』
色気より食い気、花より団子
今更何を言うつもりは無いが、無いんだけど少しは気にするべきだと思う
まぁ、それが澪理の魅力だと言われたらそうなのだろうけど
人で溢れ返っている参道は歩くので精一杯
周りの迷惑を気にしないで広がる大人数グループにイライラしながらも、取り敢えず澪理の腹を満たす為に色々見て回る
どこもかしこも並ばなければ買えないような混雑っぷりであるが、まぁ、それも醍醐味というもので
はしゃぐ澪理を先頭に、デカいから目印になるだろうとその横に手塚を配置
基本的後ろからついて歩きたいタイプのウチはその後ろで、必然的に横には不二くん
ガヤガヤと五月蝿い環境
歩けば誰かにぶつかる様な人混み
屋台からの様々な香り
夏特有の熱気
あ、ちょっとやばい、かも
「、っと、どうしたの?」
横を歩く不二くんの服の裾を掴む
既にウチの足は止まっていて、正直邪魔だろうけどそんなの気にしてられない
『…ごめん、ちょっと、やばい』
「顔色悪いね、気分悪い?」
『…ん、人気ないとこ、連れてって』
「うん、分かった
手塚、ってはぐれたか…」
マジかよ、定番じゃねぇか
なんて心の中では突っ込んでみるけど、声に出す元気は無くて
あ、お腹気持ち悪い、やっぱやばい奴や、これ
今すぐに座り込みたい気持ちを抑えて、不二くんに支えられ、肩を抱かれるようにして歩く
人の流れや、景色の流れすら気持ち悪くて足元しか見れない
と言うか、ほとんど何も見てない
暫くすると人の気配が消えて、ざわめきが遠くで聞こえる
少しひんやりとする石段に腰掛けて、ちょっとだけ気持ち悪さが落ち着く
「大丈夫?」
『ん、ごめん、人酔い
ウチ人よりそう言うの弱いから極力人混み避けてたんだけど、水差せなくて
あと、ちょっと舐めてた、都会の祭り』
「何か飲み物買ってくる間、一人でも大丈夫?」
『平気だよ、ありがとう』
心配そうな表情のまま、少しだけ微笑んで頭を撫でられる
そのまま立ち去った後ろ姿を見送って、膝に頭を埋める
気持ち悪い
嘔吐きそうになるのを抑えて空気を飲み込む
あー、久しぶりだわ人酔い
そんだけ人混み避けてた証拠なんだけども
気持ち悪さに涙が滲むのを自覚する
はぐれた澪理達の事とか考えなきゃいけないのに、頭が働かなくて
「お待たせ
大丈夫、じゃないよね…、飲める?」
『ちょっと、厳しいかなぁ…』
「だよね…」
ゆっくりと背中を撫でられる
参ったな、こんな弱ってるとこ見せるつもりなんか無かったんだけど
顔も上げられないし、ちょっとホントにどうしよ…
「大丈夫だよ、ゆっくりで
手塚には連絡したし、その内返信来ると思う
僕達は僕達で好きにまわるから、花火開始の時間に合流しようって言ってある
まだ時間あるから、大丈夫だよ」
『…そっか』
「いつ頃気付くかな、あの二人」
『抜けてるからなぁ…』
「ホントにね」
くすくす、と言う笑い声が届く
こっちが気にしないでいいように、と言う気遣いが有難いけど申し訳ない
吐き気はするけど、食べてないから吐くものがない
胃を取り出して丸ごと洗いたいと言う感覚は、今までに何度も味わってきた事
多少慣れたけど、やっぱり気持ち悪いことには変わりない
浴衣なのもいけない
帯の締め付けが、恐らく気待ち悪さを助長している
『ん、ごめんね』
「大丈夫?」
『ちょっとは落ち着いた』
「よくなるの?」
『んー、基本的人混み避けてるから
まぁ、なりやすいね』
「繊細だね」
『神経質なだけだよ』
はい、と差し出されたペットボトルを受け取る
冷たい液体が体の中を通っていく感覚はちょっと気持ちいい
あ、ウチ軽く脱水だったかも
今日の行動を振り返って健康管理が出来ていないことが発覚した
食生活と生活リズムについては不摂生なのは自覚しています
『ありがとう』
「この後合流出来そう?」
『んー、まぁ、多分大丈夫
澪理には内緒ね、気にし過ぎるから』
「…ん、分かった」
『ありがと』
人酔いの気持ち悪さは、人混みから外れ人の流れを見さえしなければ直ぐに落ち着くのだ
『不二くん、お腹減ってない?食べていいよ』
「匂い、平気?」
『ん、もう落ち着いたから』
「ホント?」
『ホントだよ』
くすくす、と笑いながら促すと既に調達していた唐揚げやら焼きそばやらを広げる
流石に油物やソースモノは食べる気しないため、東京〇ーキを数個摘んで食べる
ポツポツ、と会話をしながら遠い喧騒をBGMに静かな時間を過ごした
そしてそのまま集合時間になり、穴場だと言う人気の少ない場所で花火を楽しんで
まぁ、ちょっとしんどい思いをしたけどもなかなか楽しめた一日となった
*****
8月25日
我らがムードメーカー兼台風の目こと、琴原澪理のバースデーである
サプライズの類が苦手なウチは、予め我が家に手塚と不二くんを呼び付け澪理の家に押し掛ける準備をしている
(勿論澪理には当日押し掛けるから家に居ろとだけ言ってある、時間は知らせてない)
誕生日プレゼントと作っておいたケーキを持ち突入
『Happy birthday!!!よし、今日はお前が主役だ、澪理
ある程度の我儘ならきいてやろう』
『上から!しかもある程度!』
『あ、これプレゼントとケーキな』
『雑!でももらう、ありがとう!』
と言うウチ等のやり取りをくすくすと笑い、不二くん、手塚とプレゼントを渡していく
正直手塚が女子へのプレゼントに何を用意したのかめちゃくちゃ気になる
だって絶対無縁だったもん、コイツ
澪理に中身を聞くと、無難に文房具だった
手塚にしてはよくやった、と言うレベルだが普通過ぎて面白くない
主役である澪理の要望は、室内でダラダラカードゲームやボードゲームをして過ごしたいとの事だったので4人で大富豪をしたり王道のババ抜きをしたり、不二くんが持ってきた人生ゲームをしたり(これが結構盛り上がる)
まぁ、こんなのも学生らしくていいよな、なんて馬鹿みたいに笑いながら澪理生誕祭を楽しんだのであった
*****
8月の終わり、今までなら学校が再開して憂鬱になるそんな時期であるが、大学生というのは気楽なモノである
ホントいい暮らししてんな、大学生
日付は多分、まだ変わってない
夏の終わり、日中はまだまだ元気な太陽が虐めてくるが夜になればそれも落ち着き、意外と家の中より外の方が風があって涼しい
それを知ったのは、こうして夜中に散歩するようになった高校時代
昼間とは違った顔を見せる街を夜中に一人で歩くのが好き
音楽を聴きながらいつもは通らない道を選んで、目的地なんか決めずに、気の向くまま
地元にいた時は妹と2人で歩いてたりしたけど、流石にこんな時間に誰かを呼び出す訳にもいかず
まぁ、1人で何かする事が苦痛でないタイプであるためたまにこうやって散歩に行く
友人は夜中に危ない、といい口を酸っぱくするが一応それはウチも分かっているため大通り、街頭のある道しか選んでいないつもりだ
『!びっ、くりしたー…、不二くんかぁ』
不意に肩を叩かれ、思わず体が跳ねる
片耳のイヤホンを外しながらゆっくり振り向くとそこには見知った顔があって
「僕もびっくりしたよ、こんな時間にどうしたの?」
『散歩』
「散歩」
『うん、夏の夜って結構涼しくて気持ちいいでしょ?
不二くんこそどうしたの、って今日大会だったっけ?打ち上げ?』
「そう、やたら盛り上がってこんな時間
流石に1人は危ないよ、送るから帰ろう?」
『………平気、ありがとう
お疲れ様、気を付けて帰ってね』
バイバイ、とそのまま立ち去ろうとしたがやっぱりそれを許してくれるはずも無く腕を掴まれる
おかしいな、家の方向に向かって歩こうとしてるんだけど、一応
まぁ、帰るつもりは無いのだけれど
掴まれた腕は痛くはない
けどきっと、振りほどくことは出来ないくらいの強さで
「僕も行くよ」
『不二くん家の方向違うでしょ?』
「それくらいなんて事ないし、誤差みたいなものでしょ?」
『疲れてる人に悪いよ』
「…帰りたくないの?」
『…そうだよ、って言ったら見過ごしてくれるの?』
「…何かあったの?」
『なぁんにも』
この言葉に嘘はない
ホントに今日は何も無い一日だった
面白いほど、何にも
真っ直ぐ見詰めてくる不二くんに笑って返す
心配されてるのも分かるし、不二くんの言ってる事の方が正しいのも分かる
分かるけど、分かりたくない
これでウチに何かあってもそれは全部ウチの責任だし、不二くんが気に病むことは何も無い
僕は止めたのに、とウチを責めればいい
これは全部自業自得
彼に責任は何にもない
「……分かった
じゃあ、僕とドライブでも行こう」
『……はい?』
「免許、取ったんだ」
『いやいやいや、そうじゃなくてですね』
「帰りたくないんでしょ?僕もこのまま見過ごすつもりなんてない
だったら、一緒なら問題ないでしょ?」
『………えー?何、その暴論…』
思わず気が抜けて笑う
気を遣わせてしまった、そんな事分かっている
けど、今は帰りたくない気持ちの方が勝って
『じゃあ、海行きたい
夜の海、好きなんだ』
全部全部飲み込んでしまいそうな、真っ暗な海が
人間のちっぽけな悩みなんて大したことないと、全て飲み込んでくれそうな、そんな海が好き
その後不二くんの家まで行き車に乗り込む
若葉マークを付けた軽自動車を走らせて、何気ない会話
深入りしない、探りもしない、普通の会話
気まずさ何てものを感じさせないとても優しくて暖かい会話
暫く走らせて到着した海
ヒールを脱ぎ捨てて波打ち際まで歩き、そのまま足首まで海の中へ入っていく
冷たくて気持ちいい、火照った体の熱を奪って行くような、そんな感覚
『はー、気持ちいい…』
このまま沈んでしまえればどんなに楽になるだろうか
気分が落ちてしまった時は、そんな事ばかり考える
何もかもが嫌になって、投げ出したくて、息をするのも面倒になって
生きていたくないけど、死にたいと思う程の何かも無くて
『…何も無いんだよ、ホントに』
「…うん」
『何も無いから、困ってんだよ』
疑問の色を示す不二くんに気付きながらも、そちらを見ることはしない
何かを感じ取って付き合ってくれているのは分かっている
迷惑を掛けている
今のこの状況が余計、ウチを追い詰める
『こんなんでも、ウチだって女の端くれだからさ
やっぱり感情で生きる生き物なんだよ』
人より感情の制御が上手くなっただけ
昔はもっと分かりやすくって、人に八つ当たりしちゃう様な我儘な人間だった
それなりの月日を生きて、気持ちを抑え込むのに慣れただけ
強がることが上手くなっただけ
不満を飲み込む癖がついただけ、ただ、それだけ
『ちょっとずつ、日々の生活の中で感じた不満を飲み込み過ぎただけ
我慢して、抑圧して、ストレスだけ溜めて、それが毎日少しずつ溜まって、溜まって、今日何かの拍子に溢れたって言う、自然な物理現象だよ』
割りと思った事をすんなり口にするタイプの人間だと言うことは自負している
でも、それは相手を選んでいるし言っても許される、笑って流せるレベルの事を寄りすぐっているつもりだ
大切な人程、近しい人程、ウチは思った事を言えなくなるタイプだ
半人前の感情しか持ち合わせていないくせに、大切な人に嫌われる事だけは一人前に怖がっている、ただの臆病者
『何も無いんだ、特別な事は
ただウチのストレス処理能力が乏しいだけ、こんな事今までだって数え切れない程あった』
でも、大丈夫
慣れてるから、こんな事
大した事無いんだよ、特別嫌な思いをしただとか、喧嘩しただとか、傷付いたとか、そんな事
何も無い、何も無いから困るんだ
こうやって時間が風化して、小さくなったモノをまた飲み込めばいい
ウチが我慢して、割り切って、やり過ごせば問題なく終わるのならそれでいい
この消化不良の気持ちだって、時間が経てば消えていくから
そう思ってる筈なのに、我慢ばっかりしている何て嘆いてみたりして
ほんとめんどくさい
『家に居てもモヤモヤするだけだから、外に出てきただけ何だよ
大丈夫、今までもしてきたし街灯のある明るい大通りしか選んでないよ』
この消化不良の気待ちをぶつける場所がない
だから、気持ち悪くて仕方無いんだ
こんな事人に話したところで困らせるだけ
現に不二くんからの相槌さえ聞こえない
人にぶつけた所でどうにもならない
だって今自分がどんな気持ちなのかすら分からないんだから
憤っているのか、傷付いているのか、苦しいのか、泣きたいのか、叫びたいのか
それすら自分が分からないのに、どうして他人が解決出来ようか
『ごめんね、こんなくだらないことに付き合わせて
今度からは放っておいてくれていいから』
相変わらず、不二くんの顔は見れなかった
どんな表情をしているのか、確認するのが怖かったから
呆れられたくないから、離れていかれるのが怖いから、ウザいと思われたくないから
そんなことを考えるくらいには、大切になっているのだと漸く気付く鈍感なウチの感情
大丈夫、大丈夫だから
最早誰に言ってるのか分からない大丈夫を、心の中で呟いた
そうやって自分に言い聞かせて、奮い立たせないと今この場に立つことも出来ないから
大丈夫
また飲み込んでしまえば、いつものウチに戻れるから
そうやって誰にも悟られること無くいつも日常に戻って行ったでしょう?
今日もきっと上手くやれる、上手くやらなきゃいけない
自分を守るのは自分しか居ないのだから
『ありがとう、大丈夫だよ』
いつもこんな暗い気持ちで居る訳じゃないから
楽しいと思う事もたくさんあるし、それなりに充実した毎日だから
たまに疲れちゃう時ってあるでしょう?今がそれなだけ
「梨乃ちゃん」
『ん?』
「その“大丈夫だよ”、ちゃんと僕の目を見て言ってみて
そうしたら納得してあげる」
その言葉に反応して、背を向けていた彼を振り返る
凛とした声だと思った
いつもは隠されている青い蒼い瞳が真っ直ぐとウチを貫いていた
海みたいだ、なんて場違いな感想を抱いて、その目を見詰め返す
簡単だよ、大丈夫、なんて何度も言ってきた言葉何だから
自分を偽って嘘をつくことなんて、簡単なんだから
確かにそう思ってるのに、唇は震えるばかりで一向に音を発そうとしない
言葉が音になってくれない
「ねぇ、梨乃ちゃん」
『…何でだろ、ね』
「今梨乃ちゃんが言うべき言葉は、大丈夫なんかじゃ無いんじゃないかな」
強がることを知ってる筈なのに
自分の感情を押し殺す術を身に付けた筈なのに
一人で抱えることに慣れた筈なのに
なんでウチは今、目の前のこの人に触れているんだろう
逃げないでとでも言うかのように、シャツを掴んでいるのだろう
『あー…、駄目だなぁ、ウチ…』
紡いだ声は随分頼りなく聞こえた
震えているようにも聞こえて、何だか情けなくて
何だか目頭が熱くなってきた気がする
涙腺、緩い方じゃ無かったのに
何で今日に限ってこの人がここに居るんだろう
何でこの人はこんなにも柔らかくウチに触れるのだろう
何でそんなに優しく、言葉を紡ぐのだろう
「言ってごらん、“助けて”って」
頼ってもいいのだろうか
甘えてもいいのだろうか
助けを求めても、いいのだろうか
具体的に何をして欲しい、なんて事はなくて
曖昧で、抽象的で、むしろウチの気持ちの問題だから形なんて無くて
そんなに優しくしないで欲しい、一人で強がる事が出来なくなるから
そんなに優しい顔で見詰めないで欲しい、強がる自分が惨めに思えるから
そう、思うのに
『……、、もうやだ、たすけて、…』
その声はみっともなく震えていた
小さくて波の音にさえ掻き消されそうな声で
それなのに目の前の海の瞳を持つこの人は、殊更優しく笑うから
ガラス細工にでも触れるかのようにそっと、柔く触れるから
視界がぼやけて、綺麗な海が見えなくなる
それでもウチを包むぬくもりとか、香りとか、そんなものが“傍にいるよ”って訴え掛けてきて
優しい優しいぬくもりがそっと頭を撫でる
耳に届くのは波の音と、規則的な生きてる証
「大丈夫だよ」
あぁ、そうだったんだ
ウチはずっと誰かにそう言われたかったんだ
大丈夫だよ、って、頑張ってるよ、って、誰かに認められたかったんだ
自己否定の塊のクセして、承認欲求だけは強いんだからホント笑えない
けど今はそんな事どうでも良くなるくらいには、このぬくもりに浸っていたい
優しいあなたは恋をする
(誰も知らない始まり)
丸2ヶ月間という長い長い夏休み
夏は日焼けする為ほぼサークルに顔出す気の無かった消極系女子であるウチは、バイトか課題の為に大学に通うかのほぼ二択の生活を送っていた
友達が居ないとかそんな訳ではない、決して
そして例のあの、悪く言えば男好き、よく言えばコミュ強のサークル仲間から、海へのお誘いが来た
サークルメンバーで海に行くから梨乃ちゃんもおいでー(^^)
お誘いなのに強制力しか感じない不思議
まぁ、その程度に屈する私ではない
と言うか海とか絶対行きたくない、焼けるし海水髪痛むし、何よりアトピーの肌を晒したくない、沁みるし
とか言ったとこで奴は折れない、絶対
と言うわけで
『ねぇ、部活の手伝い行ってもいい?球出しくらいなら出来るよ
後マネージャー業とか』
『どう言う流れでそうなったの?ん?』
「いいんじゃないかい?男子テニス部は女の子に飢えてる節があるし
ねぇ、手塚」
「?まぁ、手伝いの申し出を邪険にはしないだろう」
『何だろうこの噛み合ってるようで噛み合ってない会話
そして不二君相変わらずの順応性』
逃げ道確保のための画策を開始した次第である
暑いし、日焼けは嫌であるが、あのパリピの集まりのようなテニサーメンバーと海行くよりマシである
そのレベルで海が嫌いだ
高校の時誘われた時も自ら荷物番を申し出るレベルである
閑話休題
頼む立場として、取り敢えず事情を説明
手塚はイマイチ理解していなかったが、2人は納得したのか、あー…、と曖昧に唸っていた
それでこそ手塚である
『澪理もくる?』
『さんざん邪魔した挙句ボールに当たる未来しか見えない』
『…うん、ウチも見えたわその未来』
『だろう?』
「それは胸張って言うことなのかい?」
相変わらず不二くんは楽しそうに笑う
手塚は話に着いてこれてないのか、興味が無いのか相変わらずの鉄面皮である
お前は何が楽しくて生きているんだ
『じゃあ、澪理は部活終了後に合流して夕飯でも食べに行こ
仲間外れにして泣いても困るし』
『それくらいじゃ泣きません、凹むけど』
『凹むんかいww』
相変わらず一人では生きていけれない系女子である
真顔で言い切る澪理に取り敢えず笑って、海に行くと言う日のお手伝いを出来るか確認を取ってもらう
その話題が出て早々に行かない旨の連絡はしている
(例によってアイツから毎日のようにお誘いのメッセージが来るが)
「いいってさ」
『早くないか』
「華が欲しいみたいだよ、折角の夏だし」
『弾ける季節だよね』
『ねぇ、何そのCMみたいな返し』
だって夏ってそんなイメージじゃんね?うん、そうだね
もういい何も言うまい
流れるような3人のやり取りに一切関与してこない手塚
手塚にとって夏は大会のイメージしかないのだろうな、恐らく
そんなこんなでテニス部へ出張です
今回は折れてやらないからな、私がいつでも折れてやると思ったら大間違いだ
*****
『おー、室内コート!嬉しい!』
「タイミング良かったね」
『うん、有難い
暑い分には全然我慢出来る、よしやる気出た』
「やる気無かったのかい?」
『お?幸村、くんだっけ?』
「正解」
『海から逃げてここに来たからね』
「うん?」
小首を傾げた幸村くんに経緯を説明する
説明すると、やっぱり納得した様な顔をする為、テニサーがどう思われているのかが何となく分かった
説明が終わると流石だね、と言われた
何が流石だろうか、と思いつつもだろ?とドヤ顔で返すと笑われた
解せぬ
「あ、錦ちゃんや
ホンマに来たんやね」
『嘘や思っとったん?』
「ちゃうねんけど、部長が無駄に張り切って室内コートの方借りとったから、遊び感覚何やと」
『うん、それ初耳だかんね?』
「あ、せやった?」
『普段屋外なん?』
「せやねん
やから今日は真面目に仁王君も来とるやろ?」
『お前は真面目に参加せんかい』
「プピーナ」
『うわ、新種』
なんか無駄に集まってくんのやけど、何でやねん
真面目に練習しぃや
てか、他の人等どこやねん
なんて考えてると、糸目の柳くんが「ウォームアップのランニングを終えて帰ってきた所だ」と疑問の答えを下さった
うん、ウチ声に出してねぇよ?
てゆーか皆さんお早いお帰りで
息も乱れてないってどういう事ですか、人外って事ですか、おけ、把握
暫くすると他の部員さん達がチラホラと見えるようになり、やっぱり彼等は人外なのだと納得した
心外だな、と言われた
だからウチは声に出してねぇよ?
それから練習が始まり、ドリンクの準備(ボトル持参、タオルは自己で準備)
球出しや球拾い、簡単なラリーのお相手(確実にウチを動かすこと無く返球させるというコントロールの練習)
あの7人はやっぱり恐ろしいくらいの正確さだった、人外め
「お疲れ様」
『あ、お疲れー
やー、やっぱり部活なだけあってレベル高い
流石全国区のプレイヤーだねぇ』
「ありがとう」
「にしても、随分と意地悪な返球じゃったのう、梨乃ちゃん?」
『そう言う指示だったからね
みんなを走らせるの楽しかった、主に君と手塚とあそこでドヤ顔で見てくるキング様を』
「アーン?ドヤ顔なんかしてねぇだろうが」
『え、生まれ持った顔がそれなの?人に喧嘩売りそうな人生だね』
「「www」」
思った事を素直に伝えたら不二くんと幸村くんに笑われた
解せぬ
だって常にドヤ顔で人見てたら、絶対どっかで反感かってるよ?
何故だか知らないが自らをキングと称するこの男は女子から絶大な人気を誇っている
皆の目はどうなっているのだろうか
ちょっとイラッとしたであろう彼の様子に、もちろん態度を改めるようなウチではなく
『ウチが言うのもあれなんだけど、愛想というか愛嬌を覚えた方がいいかもね』
「「「wwwwww」」」
増えた
白石まで腹抱えて笑ってる
仁王は大笑いとはいかずとも口を押さえて笑ってるし、柳くんも何やら含みのある笑顔
変わらず鉄面皮なのはやっぱり手塚で
『うん、これは手塚もだね
ほら、にこーって笑ってご覧なさいな、ってそれはそれで恐怖だな』
「ちょ、もう、やめてww」
「あー、お腹痛い…ww」
「ほんま錦ちゃんおもろいわぁ…」
『えー、ウチ…?』
君等だって十分個性の塊みたいじゃん
面白さで言ったら絶対君達のが上だかんね?
ワナワナしてるキングはもう既に放置
話を振られた手塚は楽しそうだな、お前等、とかなんか見当違いのこと言ってる
君も笑われてるんだよ?ご存知?
そんなこんなで終わったテニス部の手伝い
遊ぶ時は遊ぶ、練習は真面目に、と言った切り替えの速さは全国を勝ち抜いてきた猛者たる所以だろう
終わり間際に澪理に連絡し、汗の処理と着替えを諸々済ませて不二くんと手塚と合流
『お待たせ』
「女の子を待つのは男の仕事だからね」
『おぅ…、イケメン怖い』
やめろよ
お前は顔だけでも人生勝ち組なのに性格まで良かったら太刀打ち出来ねぇだろうが
いや、勝つ気なんてないし、そもそも男じゃないから張り合う必要も無いんだけど
パタパタ、と扇子で風を作りながら汗を引かす
嫌、だいぶ処理はしたけども
「あ、そう言えば」
『そう言えば?』
「仁王だけずるいから、僕も呼んでいい?」
『……?あ、名前?』
「そう」
『あれ、いつもじゃないよ?からかってくる時だけ』
「うん、でも名前の方が仲良しっぽいでしょ?」
『前の引きずってる?』
「仲良しじゃないの?」
『いや、仲良いとは思ってるけど
ん、名前で呼ばれる方が慣れてるし、それでいーよ』
相変わらずにこにこ、としている為真意は読めない
仲良くなった期間で言えば手塚のが上ではあるが、手塚に名前呼ばれるのはなんか違う
手塚は錦が落ち着く、いやコイツはそんな事気にする質じゃないけども
そんな雑談をしていると澪理も合流、そのまま晩ご飯へ
今日は家とはちょっと離れた場所へ来ているため、いつもとは違うファミレスである
(大学生はいつでも金欠なのである)
今日の練習での出来事や課題の進み具合、夏の予定なんかをダラダラと話し
(今月は澪理のバースデーの為開けておくように忠告し)
あと、やっぱり澪理は名前呼びに過剰反応してた
アンタはそろそろ慣れなさい、ウチ男友達多い部類の人間だったでしょうがよ
『あー、今日は流石に疲れたからそろそろ帰ろー』
『そうだね、練習後だし』
「僕達からしたら普通のことなんだけどね、手塚」
「あぁ、今日は少し足りないくらいだ」
『このテニス馬鹿め』
電車で数駅分揺られ(メンズ2人だけなら走って帰るらしい、このストイック共)、夏と言えども既に暗くなった道を歩く
他愛もない話をしながら歩いていると目に入ったポスター
『へぇ、夏祭り』
『え、行きたい』
『ほれ、この辺でもやるんだって』
『え、梨乃行こう、浴衣着よう』
『何で疑問符ついてないのかね?』
『行くでしょ?』
『まぁ、行きますけど』
お祭り好きな澪理が乗り気である
浴衣は苦しいから好き好んで着たりしないが、まぁ、誰かと一緒なら着ないこともない
でも、祭りか
この辺って言ったら人多いよなぁ、ガラ悪いのも混ざりそうだし…
って事でやっぱりここは
『したら2人も一緒行こ?』
「浴衣は着ないけどいいかい?」
『構わないよ』
その流れが分かっていたかのような返しに笑う
手塚を見あげればこくり、と頷かれた為了承だろう
喋れよ、手塚
来週末にあるというお祭り
部活も休みらしく(祭りに行きたい人が多いらしい、そう言う緩さは大学らしい)、いつもの4人で行くことが決定した
*****
そうしてやってきた夏祭り当日
浴衣プラス下駄で歩きにくい事は分かっていた為、余裕を持って出発
待ち合わせ場所に近付くにつれ増えてくる人の数に若干嫌な予感がしながら、目的の場所を目指す
辿り着いた目的地
そこは予想通りと言うか予想を遥かに上回る程の人の数で
『うわー…』
誰も居ないのに思わず感嘆詞を口にする程には人で溢れていた
マジか、人混み嫌いなのに
至る所に浴衣のグループ
これはぐれたら合流だいぶ厳しそう
「あ、梨乃ちゃんこっち」
『ん?あ、お待たせー』
「浴衣だしこの人混みじゃ仕方無いよ」
『にしたって早いねぇ』
「女の子を待たせる訳にはいかないでしょ?」
『やめろよ、イケメン』
だから言ってるだろう?君達はその見た目で十分勝ち組なんだってば
そんな事されたら照れるだろう?
集合場所に誰かが先に来てるの落ち着かないんだよ、いつも大体一番だったから
じっと見詰めてくる手塚に気付き見上げる
おうおう、なんか文句でもあんのかい
「錦、か…?」
『錦だよ、お前も白石みたいなこと言うんかい
珍しく化粧もしてるし髪も上げてるし、浴衣だけど錦だよ』
「よく似合ってるよ、可愛い」
『みろ、これが模範解答だ』
「本心なのになぁ」
服装、髪型、化粧、それが変われば分かんなくなるって何
あぁ、でも高校でもあったなぁ、そんな事
そんなに変わりますか、そうですか、普段頑張れってことですね、分かります
なんてやり取りしていると澪理も合流
これまた気付かなかったらしい手塚は、ウチ等が声を掛けるまで反応が無かった
お前は何を見て判断してるのか問い質したい
『取り敢えず集まったし行こっか』
『お祭りテンション上がるね!何食べる?』
『何で食べるしか選択肢無いんですかね』
『お腹減ったから!』
『…うん、そうだね、あんたはそういう子だ』
色気より食い気、花より団子
今更何を言うつもりは無いが、無いんだけど少しは気にするべきだと思う
まぁ、それが澪理の魅力だと言われたらそうなのだろうけど
人で溢れ返っている参道は歩くので精一杯
周りの迷惑を気にしないで広がる大人数グループにイライラしながらも、取り敢えず澪理の腹を満たす為に色々見て回る
どこもかしこも並ばなければ買えないような混雑っぷりであるが、まぁ、それも醍醐味というもので
はしゃぐ澪理を先頭に、デカいから目印になるだろうとその横に手塚を配置
基本的後ろからついて歩きたいタイプのウチはその後ろで、必然的に横には不二くん
ガヤガヤと五月蝿い環境
歩けば誰かにぶつかる様な人混み
屋台からの様々な香り
夏特有の熱気
あ、ちょっとやばい、かも
「、っと、どうしたの?」
横を歩く不二くんの服の裾を掴む
既にウチの足は止まっていて、正直邪魔だろうけどそんなの気にしてられない
『…ごめん、ちょっと、やばい』
「顔色悪いね、気分悪い?」
『…ん、人気ないとこ、連れてって』
「うん、分かった
手塚、ってはぐれたか…」
マジかよ、定番じゃねぇか
なんて心の中では突っ込んでみるけど、声に出す元気は無くて
あ、お腹気持ち悪い、やっぱやばい奴や、これ
今すぐに座り込みたい気持ちを抑えて、不二くんに支えられ、肩を抱かれるようにして歩く
人の流れや、景色の流れすら気持ち悪くて足元しか見れない
と言うか、ほとんど何も見てない
暫くすると人の気配が消えて、ざわめきが遠くで聞こえる
少しひんやりとする石段に腰掛けて、ちょっとだけ気持ち悪さが落ち着く
「大丈夫?」
『ん、ごめん、人酔い
ウチ人よりそう言うの弱いから極力人混み避けてたんだけど、水差せなくて
あと、ちょっと舐めてた、都会の祭り』
「何か飲み物買ってくる間、一人でも大丈夫?」
『平気だよ、ありがとう』
心配そうな表情のまま、少しだけ微笑んで頭を撫でられる
そのまま立ち去った後ろ姿を見送って、膝に頭を埋める
気持ち悪い
嘔吐きそうになるのを抑えて空気を飲み込む
あー、久しぶりだわ人酔い
そんだけ人混み避けてた証拠なんだけども
気持ち悪さに涙が滲むのを自覚する
はぐれた澪理達の事とか考えなきゃいけないのに、頭が働かなくて
「お待たせ
大丈夫、じゃないよね…、飲める?」
『ちょっと、厳しいかなぁ…』
「だよね…」
ゆっくりと背中を撫でられる
参ったな、こんな弱ってるとこ見せるつもりなんか無かったんだけど
顔も上げられないし、ちょっとホントにどうしよ…
「大丈夫だよ、ゆっくりで
手塚には連絡したし、その内返信来ると思う
僕達は僕達で好きにまわるから、花火開始の時間に合流しようって言ってある
まだ時間あるから、大丈夫だよ」
『…そっか』
「いつ頃気付くかな、あの二人」
『抜けてるからなぁ…』
「ホントにね」
くすくす、と言う笑い声が届く
こっちが気にしないでいいように、と言う気遣いが有難いけど申し訳ない
吐き気はするけど、食べてないから吐くものがない
胃を取り出して丸ごと洗いたいと言う感覚は、今までに何度も味わってきた事
多少慣れたけど、やっぱり気持ち悪いことには変わりない
浴衣なのもいけない
帯の締め付けが、恐らく気待ち悪さを助長している
『ん、ごめんね』
「大丈夫?」
『ちょっとは落ち着いた』
「よくなるの?」
『んー、基本的人混み避けてるから
まぁ、なりやすいね』
「繊細だね」
『神経質なだけだよ』
はい、と差し出されたペットボトルを受け取る
冷たい液体が体の中を通っていく感覚はちょっと気持ちいい
あ、ウチ軽く脱水だったかも
今日の行動を振り返って健康管理が出来ていないことが発覚した
食生活と生活リズムについては不摂生なのは自覚しています
『ありがとう』
「この後合流出来そう?」
『んー、まぁ、多分大丈夫
澪理には内緒ね、気にし過ぎるから』
「…ん、分かった」
『ありがと』
人酔いの気持ち悪さは、人混みから外れ人の流れを見さえしなければ直ぐに落ち着くのだ
『不二くん、お腹減ってない?食べていいよ』
「匂い、平気?」
『ん、もう落ち着いたから』
「ホント?」
『ホントだよ』
くすくす、と笑いながら促すと既に調達していた唐揚げやら焼きそばやらを広げる
流石に油物やソースモノは食べる気しないため、東京〇ーキを数個摘んで食べる
ポツポツ、と会話をしながら遠い喧騒をBGMに静かな時間を過ごした
そしてそのまま集合時間になり、穴場だと言う人気の少ない場所で花火を楽しんで
まぁ、ちょっとしんどい思いをしたけどもなかなか楽しめた一日となった
*****
8月25日
我らがムードメーカー兼台風の目こと、琴原澪理のバースデーである
サプライズの類が苦手なウチは、予め我が家に手塚と不二くんを呼び付け澪理の家に押し掛ける準備をしている
(勿論澪理には当日押し掛けるから家に居ろとだけ言ってある、時間は知らせてない)
誕生日プレゼントと作っておいたケーキを持ち突入
『Happy birthday!!!よし、今日はお前が主役だ、澪理
ある程度の我儘ならきいてやろう』
『上から!しかもある程度!』
『あ、これプレゼントとケーキな』
『雑!でももらう、ありがとう!』
と言うウチ等のやり取りをくすくすと笑い、不二くん、手塚とプレゼントを渡していく
正直手塚が女子へのプレゼントに何を用意したのかめちゃくちゃ気になる
だって絶対無縁だったもん、コイツ
澪理に中身を聞くと、無難に文房具だった
手塚にしてはよくやった、と言うレベルだが普通過ぎて面白くない
主役である澪理の要望は、室内でダラダラカードゲームやボードゲームをして過ごしたいとの事だったので4人で大富豪をしたり王道のババ抜きをしたり、不二くんが持ってきた人生ゲームをしたり(これが結構盛り上がる)
まぁ、こんなのも学生らしくていいよな、なんて馬鹿みたいに笑いながら澪理生誕祭を楽しんだのであった
*****
8月の終わり、今までなら学校が再開して憂鬱になるそんな時期であるが、大学生というのは気楽なモノである
ホントいい暮らししてんな、大学生
日付は多分、まだ変わってない
夏の終わり、日中はまだまだ元気な太陽が虐めてくるが夜になればそれも落ち着き、意外と家の中より外の方が風があって涼しい
それを知ったのは、こうして夜中に散歩するようになった高校時代
昼間とは違った顔を見せる街を夜中に一人で歩くのが好き
音楽を聴きながらいつもは通らない道を選んで、目的地なんか決めずに、気の向くまま
地元にいた時は妹と2人で歩いてたりしたけど、流石にこんな時間に誰かを呼び出す訳にもいかず
まぁ、1人で何かする事が苦痛でないタイプであるためたまにこうやって散歩に行く
友人は夜中に危ない、といい口を酸っぱくするが一応それはウチも分かっているため大通り、街頭のある道しか選んでいないつもりだ
『!びっ、くりしたー…、不二くんかぁ』
不意に肩を叩かれ、思わず体が跳ねる
片耳のイヤホンを外しながらゆっくり振り向くとそこには見知った顔があって
「僕もびっくりしたよ、こんな時間にどうしたの?」
『散歩』
「散歩」
『うん、夏の夜って結構涼しくて気持ちいいでしょ?
不二くんこそどうしたの、って今日大会だったっけ?打ち上げ?』
「そう、やたら盛り上がってこんな時間
流石に1人は危ないよ、送るから帰ろう?」
『………平気、ありがとう
お疲れ様、気を付けて帰ってね』
バイバイ、とそのまま立ち去ろうとしたがやっぱりそれを許してくれるはずも無く腕を掴まれる
おかしいな、家の方向に向かって歩こうとしてるんだけど、一応
まぁ、帰るつもりは無いのだけれど
掴まれた腕は痛くはない
けどきっと、振りほどくことは出来ないくらいの強さで
「僕も行くよ」
『不二くん家の方向違うでしょ?』
「それくらいなんて事ないし、誤差みたいなものでしょ?」
『疲れてる人に悪いよ』
「…帰りたくないの?」
『…そうだよ、って言ったら見過ごしてくれるの?』
「…何かあったの?」
『なぁんにも』
この言葉に嘘はない
ホントに今日は何も無い一日だった
面白いほど、何にも
真っ直ぐ見詰めてくる不二くんに笑って返す
心配されてるのも分かるし、不二くんの言ってる事の方が正しいのも分かる
分かるけど、分かりたくない
これでウチに何かあってもそれは全部ウチの責任だし、不二くんが気に病むことは何も無い
僕は止めたのに、とウチを責めればいい
これは全部自業自得
彼に責任は何にもない
「……分かった
じゃあ、僕とドライブでも行こう」
『……はい?』
「免許、取ったんだ」
『いやいやいや、そうじゃなくてですね』
「帰りたくないんでしょ?僕もこのまま見過ごすつもりなんてない
だったら、一緒なら問題ないでしょ?」
『………えー?何、その暴論…』
思わず気が抜けて笑う
気を遣わせてしまった、そんな事分かっている
けど、今は帰りたくない気持ちの方が勝って
『じゃあ、海行きたい
夜の海、好きなんだ』
全部全部飲み込んでしまいそうな、真っ暗な海が
人間のちっぽけな悩みなんて大したことないと、全て飲み込んでくれそうな、そんな海が好き
その後不二くんの家まで行き車に乗り込む
若葉マークを付けた軽自動車を走らせて、何気ない会話
深入りしない、探りもしない、普通の会話
気まずさ何てものを感じさせないとても優しくて暖かい会話
暫く走らせて到着した海
ヒールを脱ぎ捨てて波打ち際まで歩き、そのまま足首まで海の中へ入っていく
冷たくて気持ちいい、火照った体の熱を奪って行くような、そんな感覚
『はー、気持ちいい…』
このまま沈んでしまえればどんなに楽になるだろうか
気分が落ちてしまった時は、そんな事ばかり考える
何もかもが嫌になって、投げ出したくて、息をするのも面倒になって
生きていたくないけど、死にたいと思う程の何かも無くて
『…何も無いんだよ、ホントに』
「…うん」
『何も無いから、困ってんだよ』
疑問の色を示す不二くんに気付きながらも、そちらを見ることはしない
何かを感じ取って付き合ってくれているのは分かっている
迷惑を掛けている
今のこの状況が余計、ウチを追い詰める
『こんなんでも、ウチだって女の端くれだからさ
やっぱり感情で生きる生き物なんだよ』
人より感情の制御が上手くなっただけ
昔はもっと分かりやすくって、人に八つ当たりしちゃう様な我儘な人間だった
それなりの月日を生きて、気持ちを抑え込むのに慣れただけ
強がることが上手くなっただけ
不満を飲み込む癖がついただけ、ただ、それだけ
『ちょっとずつ、日々の生活の中で感じた不満を飲み込み過ぎただけ
我慢して、抑圧して、ストレスだけ溜めて、それが毎日少しずつ溜まって、溜まって、今日何かの拍子に溢れたって言う、自然な物理現象だよ』
割りと思った事をすんなり口にするタイプの人間だと言うことは自負している
でも、それは相手を選んでいるし言っても許される、笑って流せるレベルの事を寄りすぐっているつもりだ
大切な人程、近しい人程、ウチは思った事を言えなくなるタイプだ
半人前の感情しか持ち合わせていないくせに、大切な人に嫌われる事だけは一人前に怖がっている、ただの臆病者
『何も無いんだ、特別な事は
ただウチのストレス処理能力が乏しいだけ、こんな事今までだって数え切れない程あった』
でも、大丈夫
慣れてるから、こんな事
大した事無いんだよ、特別嫌な思いをしただとか、喧嘩しただとか、傷付いたとか、そんな事
何も無い、何も無いから困るんだ
こうやって時間が風化して、小さくなったモノをまた飲み込めばいい
ウチが我慢して、割り切って、やり過ごせば問題なく終わるのならそれでいい
この消化不良の気持ちだって、時間が経てば消えていくから
そう思ってる筈なのに、我慢ばっかりしている何て嘆いてみたりして
ほんとめんどくさい
『家に居てもモヤモヤするだけだから、外に出てきただけ何だよ
大丈夫、今までもしてきたし街灯のある明るい大通りしか選んでないよ』
この消化不良の気待ちをぶつける場所がない
だから、気持ち悪くて仕方無いんだ
こんな事人に話したところで困らせるだけ
現に不二くんからの相槌さえ聞こえない
人にぶつけた所でどうにもならない
だって今自分がどんな気持ちなのかすら分からないんだから
憤っているのか、傷付いているのか、苦しいのか、泣きたいのか、叫びたいのか
それすら自分が分からないのに、どうして他人が解決出来ようか
『ごめんね、こんなくだらないことに付き合わせて
今度からは放っておいてくれていいから』
相変わらず、不二くんの顔は見れなかった
どんな表情をしているのか、確認するのが怖かったから
呆れられたくないから、離れていかれるのが怖いから、ウザいと思われたくないから
そんなことを考えるくらいには、大切になっているのだと漸く気付く鈍感なウチの感情
大丈夫、大丈夫だから
最早誰に言ってるのか分からない大丈夫を、心の中で呟いた
そうやって自分に言い聞かせて、奮い立たせないと今この場に立つことも出来ないから
大丈夫
また飲み込んでしまえば、いつものウチに戻れるから
そうやって誰にも悟られること無くいつも日常に戻って行ったでしょう?
今日もきっと上手くやれる、上手くやらなきゃいけない
自分を守るのは自分しか居ないのだから
『ありがとう、大丈夫だよ』
いつもこんな暗い気持ちで居る訳じゃないから
楽しいと思う事もたくさんあるし、それなりに充実した毎日だから
たまに疲れちゃう時ってあるでしょう?今がそれなだけ
「梨乃ちゃん」
『ん?』
「その“大丈夫だよ”、ちゃんと僕の目を見て言ってみて
そうしたら納得してあげる」
その言葉に反応して、背を向けていた彼を振り返る
凛とした声だと思った
いつもは隠されている青い蒼い瞳が真っ直ぐとウチを貫いていた
海みたいだ、なんて場違いな感想を抱いて、その目を見詰め返す
簡単だよ、大丈夫、なんて何度も言ってきた言葉何だから
自分を偽って嘘をつくことなんて、簡単なんだから
確かにそう思ってるのに、唇は震えるばかりで一向に音を発そうとしない
言葉が音になってくれない
「ねぇ、梨乃ちゃん」
『…何でだろ、ね』
「今梨乃ちゃんが言うべき言葉は、大丈夫なんかじゃ無いんじゃないかな」
強がることを知ってる筈なのに
自分の感情を押し殺す術を身に付けた筈なのに
一人で抱えることに慣れた筈なのに
なんでウチは今、目の前のこの人に触れているんだろう
逃げないでとでも言うかのように、シャツを掴んでいるのだろう
『あー…、駄目だなぁ、ウチ…』
紡いだ声は随分頼りなく聞こえた
震えているようにも聞こえて、何だか情けなくて
何だか目頭が熱くなってきた気がする
涙腺、緩い方じゃ無かったのに
何で今日に限ってこの人がここに居るんだろう
何でこの人はこんなにも柔らかくウチに触れるのだろう
何でそんなに優しく、言葉を紡ぐのだろう
「言ってごらん、“助けて”って」
頼ってもいいのだろうか
甘えてもいいのだろうか
助けを求めても、いいのだろうか
具体的に何をして欲しい、なんて事はなくて
曖昧で、抽象的で、むしろウチの気持ちの問題だから形なんて無くて
そんなに優しくしないで欲しい、一人で強がる事が出来なくなるから
そんなに優しい顔で見詰めないで欲しい、強がる自分が惨めに思えるから
そう、思うのに
『……、、もうやだ、たすけて、…』
その声はみっともなく震えていた
小さくて波の音にさえ掻き消されそうな声で
それなのに目の前の海の瞳を持つこの人は、殊更優しく笑うから
ガラス細工にでも触れるかのようにそっと、柔く触れるから
視界がぼやけて、綺麗な海が見えなくなる
それでもウチを包むぬくもりとか、香りとか、そんなものが“傍にいるよ”って訴え掛けてきて
優しい優しいぬくもりがそっと頭を撫でる
耳に届くのは波の音と、規則的な生きてる証
「大丈夫だよ」
あぁ、そうだったんだ
ウチはずっと誰かにそう言われたかったんだ
大丈夫だよ、って、頑張ってるよ、って、誰かに認められたかったんだ
自己否定の塊のクセして、承認欲求だけは強いんだからホント笑えない
けど今はそんな事どうでも良くなるくらいには、このぬくもりに浸っていたい
優しいあなたは恋をする
(誰も知らない始まり)