太陽は燃えているか
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店の外に出た瞬間、繁華街には繁華街なりの澄んだ空気があるんだと思い知る。さっきまでのタバコや揚げ物やアルコールの匂いで充満していた密室と比べるとずっとマシだ。
しかし毎度のことだけど、始発までまだ少し時間があるという時間に、カラオケ店を追い出されるというのは実に理不尽である。
「あ〜〜〜、太陽が黄色いぜよ…」
「さっきまで太陽が燃えているって歌ってた奴が何言ってんの」
「いや、太陽しか被ってないし、意味わからんし」
「ははっ、確かに」
元々鋭い目つきを目を更に鋭くしながら、隣で仁王がぐっと伸びをして首を鳴らす。
「仁王がイエモン好きだと思ってなかった」
「まあ周知させる必要ないと思っとったし」
「うーわ、ひねくれ方がロックバンドオタク」
「うるさいわ。俺も夢村がイエモン好きだと思ってなかった」
「まあ、周知させる必要ないと思ってたし?」
「何じゃ、こだまか?」
「いいえ、誰でも」
さっきまで一緒にはしゃいでた同級生たちより少し離れたところを二人で並んで歩きながら、あまりのくだらなさに思わず顔を見合わせて笑う。
「えー二人、何笑ってんのー?」
前の方を歩いていた同級生が、くるっと振り向きながら言う。まだテンションが高いのか、声がやけに大きい。
「えー秘密」
「そ、二人だけの秘密じゃ」
「何だそれエロいなー」
「おん。俺と夢村はエロいんじゃ」
そう言って仁王はドヤ顔で私の肩を抱くので、私も負けじと仁王の肩に頭を預けつつ決め顔をすると、
「いやいや、怪しすぎるわ」
と同級生はニヤつきながら踵を返し、また前のグループへと戻っていった。
残されたのは、肩を抱かれたままの私と、何事もなかったみたいな顔をしている仁王だけだ。
「…ねえ、いつまで肩抱いてるの?」
「ちょっと寒いし、ええじゃろ」
「あーうん…確かに寒いけど。仁王は皮下脂肪なさすぎなんだよ、少し太れ」
「食っても太らんぜよ」
「今ね、全女子を敵に回したよ、仁王」
「それは困ったのう、俺は全女子の味方なのに」
「ていうかさ、私別にエロくないんですけど」
「でもあんな音楽聴いてる女がエロくない訳ないやろ」
「その理論でいくと仁王だって」
「俺は健全な男子だからエロいんじゃなくスケベなの」
「やだーもうスケベ離して〜」
口ではそんな事を言いながらも、仁王の手はなかなか離れない。
早朝の冷たいビル風から守ってくれているのか、ただのノリの延長なのか、その辺りは判別不明だ。
「仁王ー!夢子ちゃーん!俺ら朝マックしに行くけど、どうするー?」
「俺ら牛丼食べに行くからいいわー」
仁王が即答する。私の意思確認とかは、ない。
「じゃあここでさよならか…っていうかいつまで夢子ちゃんの肩抱いてんだよ!」
「夢村が寒いっつってなかなか離してくれんのよ」
「はぁ!? 逆だからね!?逆!」
思わず声が裏返る。
前の方で「このままホテル行くなよ〜」と茶化す声がして、笑いながら皆が手を振る。
わいわいした一団が信号を渡っていくのを見送りながら、ふと気づく。
さっきまで“みんなの一部”だったはずの私たちは、いつの間にか「仁王と夢子」のセットで扱われている。
それが、少しだけくすぐったくて。
少しだけ、悪くないと思ってしまったのは内緒だ。
「ねえ、私牛丼食べに行くなんて一言も言ってないけど」
「何じゃ、行かんのか」
「…いや、行くけど。牛丼って聞いたら食べたくなった」
「じゃろ?よし、行こ」
***
「仁王、何にするの?」
「…んー、頭まわらん。いつもので」
「いつもので通じるの、常連さんだけなんだよなぁ」
小声でつっこみながら、タッチパネルで注文を入れる。
仁王は牛丼並と生卵、味噌汁。私は牛丼並とサラダ、温玉。
会計を済ませて、番号札をテーブルに置いた。
ふと横を見ると、仁王がじっと私を見ている。
「なに?」
「いや……普通に眉毛無くなってんなって思って」
「うっ……」
カラオケの途中、顔がベタベタなのが嫌になって思わず洗面台で顔を洗ってしまっていたのだった。ウォータープルーフって書いてあったのにな。もう何も信じられない。
「ええよ、眉毛ない夢見も可愛い」
***
「お待たせしましたー、牛丼並でーす」
トレイの上に、湯気をあげる丼ぶりが二つ。
ふわっと甘辛い匂いが立ち上る。
七味を軽く振って、紅生姜を少しだけのせる。
仁王はと言えば、容赦なく紅生姜の山を作っていた。
「それ、紅生姜丼じゃない?」
「かけすぎ部じゃからの。これが美味いんだって。いただきます」
一口目で、身体が「これだ…!」と言っている。
夜通し騒いだあとに、しょっぱくてあったかいものが胃に落ちていく感覚。
背中の方からじんわり生き返っていく。
「はー……世界、優しい……」
思わず呟くと、隣で仁王が笑った。
「オール明けの牛丼は世界を救う」
「なんか名言っぽい」
「よし、論文書こ。『深夜カラオケ後における牛丼の救済効果について』」
「それ教授に怒られるやつ」
そんなくだらない話をしながら、黙々と箸を動かす。
合間に彼の横顔をこっそり盗み見ると、前髪が汗で少し額に張り付いていた。
「ねえ、仁王」
「ん?」
「仁王がゼミの飲み会に来ると思わなかった」
「まーたまにはの。正直、昨日も途中で『もう帰りてえ』って10回くらい思ったけど」
「じゃあ帰ればよかったのに」
「……あんま、帰りたくなかったからなぁ」
そう言って、彼はあっさりと卵を割る。
卵黄がとろりと流れて、牛肉に絡んでいく。
「なんで?」
「えー……気づかんフリするん、ひどくない?」
「え?」
「俺、夢村とまだ喋り足りんかったもん」
さらっと、平常運転のテンションで言うから、
一瞬、聞き間違いかと思う。
「最近、発表の準備で忙しかったし。夢見と班違かったし。今日やっと、いっぱい喋れたから。まだ帰りたくないなーって思ってた」
そういう”理由”を、わざわざ言葉にしてくれるところが、仁王の優しさだ。
ただ、それが照れ隠しなのか、それともただの素直さなのか、判断がつかない。
「まぁ、そういうことじゃき。これからも仲良くしてな」
「……牛丼おかわりしよかな」
「現実逃避やめてもらってええ?」
呆れたみたいに笑いながらも、仁王は箸を止めない。
紅生姜まみれの牛丼をかき込みながら、ふっと視線だけこちらに向けてくる。
(こんな面白い女、俺が逃す訳ないじゃろ)
口には出さず、心の中だけでそう付け足して。
太陽は燃えているか
しかし毎度のことだけど、始発までまだ少し時間があるという時間に、カラオケ店を追い出されるというのは実に理不尽である。
「あ〜〜〜、太陽が黄色いぜよ…」
「さっきまで太陽が燃えているって歌ってた奴が何言ってんの」
「いや、太陽しか被ってないし、意味わからんし」
「ははっ、確かに」
元々鋭い目つきを目を更に鋭くしながら、隣で仁王がぐっと伸びをして首を鳴らす。
「仁王がイエモン好きだと思ってなかった」
「まあ周知させる必要ないと思っとったし」
「うーわ、ひねくれ方がロックバンドオタク」
「うるさいわ。俺も夢村がイエモン好きだと思ってなかった」
「まあ、周知させる必要ないと思ってたし?」
「何じゃ、こだまか?」
「いいえ、誰でも」
さっきまで一緒にはしゃいでた同級生たちより少し離れたところを二人で並んで歩きながら、あまりのくだらなさに思わず顔を見合わせて笑う。
「えー二人、何笑ってんのー?」
前の方を歩いていた同級生が、くるっと振り向きながら言う。まだテンションが高いのか、声がやけに大きい。
「えー秘密」
「そ、二人だけの秘密じゃ」
「何だそれエロいなー」
「おん。俺と夢村はエロいんじゃ」
そう言って仁王はドヤ顔で私の肩を抱くので、私も負けじと仁王の肩に頭を預けつつ決め顔をすると、
「いやいや、怪しすぎるわ」
と同級生はニヤつきながら踵を返し、また前のグループへと戻っていった。
残されたのは、肩を抱かれたままの私と、何事もなかったみたいな顔をしている仁王だけだ。
「…ねえ、いつまで肩抱いてるの?」
「ちょっと寒いし、ええじゃろ」
「あーうん…確かに寒いけど。仁王は皮下脂肪なさすぎなんだよ、少し太れ」
「食っても太らんぜよ」
「今ね、全女子を敵に回したよ、仁王」
「それは困ったのう、俺は全女子の味方なのに」
「ていうかさ、私別にエロくないんですけど」
「でもあんな音楽聴いてる女がエロくない訳ないやろ」
「その理論でいくと仁王だって」
「俺は健全な男子だからエロいんじゃなくスケベなの」
「やだーもうスケベ離して〜」
口ではそんな事を言いながらも、仁王の手はなかなか離れない。
早朝の冷たいビル風から守ってくれているのか、ただのノリの延長なのか、その辺りは判別不明だ。
「仁王ー!夢子ちゃーん!俺ら朝マックしに行くけど、どうするー?」
「俺ら牛丼食べに行くからいいわー」
仁王が即答する。私の意思確認とかは、ない。
「じゃあここでさよならか…っていうかいつまで夢子ちゃんの肩抱いてんだよ!」
「夢村が寒いっつってなかなか離してくれんのよ」
「はぁ!? 逆だからね!?逆!」
思わず声が裏返る。
前の方で「このままホテル行くなよ〜」と茶化す声がして、笑いながら皆が手を振る。
わいわいした一団が信号を渡っていくのを見送りながら、ふと気づく。
さっきまで“みんなの一部”だったはずの私たちは、いつの間にか「仁王と夢子」のセットで扱われている。
それが、少しだけくすぐったくて。
少しだけ、悪くないと思ってしまったのは内緒だ。
「ねえ、私牛丼食べに行くなんて一言も言ってないけど」
「何じゃ、行かんのか」
「…いや、行くけど。牛丼って聞いたら食べたくなった」
「じゃろ?よし、行こ」
***
「仁王、何にするの?」
「…んー、頭まわらん。いつもので」
「いつもので通じるの、常連さんだけなんだよなぁ」
小声でつっこみながら、タッチパネルで注文を入れる。
仁王は牛丼並と生卵、味噌汁。私は牛丼並とサラダ、温玉。
会計を済ませて、番号札をテーブルに置いた。
ふと横を見ると、仁王がじっと私を見ている。
「なに?」
「いや……普通に眉毛無くなってんなって思って」
「うっ……」
カラオケの途中、顔がベタベタなのが嫌になって思わず洗面台で顔を洗ってしまっていたのだった。ウォータープルーフって書いてあったのにな。もう何も信じられない。
「ええよ、眉毛ない夢見も可愛い」
***
「お待たせしましたー、牛丼並でーす」
トレイの上に、湯気をあげる丼ぶりが二つ。
ふわっと甘辛い匂いが立ち上る。
七味を軽く振って、紅生姜を少しだけのせる。
仁王はと言えば、容赦なく紅生姜の山を作っていた。
「それ、紅生姜丼じゃない?」
「かけすぎ部じゃからの。これが美味いんだって。いただきます」
一口目で、身体が「これだ…!」と言っている。
夜通し騒いだあとに、しょっぱくてあったかいものが胃に落ちていく感覚。
背中の方からじんわり生き返っていく。
「はー……世界、優しい……」
思わず呟くと、隣で仁王が笑った。
「オール明けの牛丼は世界を救う」
「なんか名言っぽい」
「よし、論文書こ。『深夜カラオケ後における牛丼の救済効果について』」
「それ教授に怒られるやつ」
そんなくだらない話をしながら、黙々と箸を動かす。
合間に彼の横顔をこっそり盗み見ると、前髪が汗で少し額に張り付いていた。
「ねえ、仁王」
「ん?」
「仁王がゼミの飲み会に来ると思わなかった」
「まーたまにはの。正直、昨日も途中で『もう帰りてえ』って10回くらい思ったけど」
「じゃあ帰ればよかったのに」
「……あんま、帰りたくなかったからなぁ」
そう言って、彼はあっさりと卵を割る。
卵黄がとろりと流れて、牛肉に絡んでいく。
「なんで?」
「えー……気づかんフリするん、ひどくない?」
「え?」
「俺、夢村とまだ喋り足りんかったもん」
さらっと、平常運転のテンションで言うから、
一瞬、聞き間違いかと思う。
「最近、発表の準備で忙しかったし。夢見と班違かったし。今日やっと、いっぱい喋れたから。まだ帰りたくないなーって思ってた」
そういう”理由”を、わざわざ言葉にしてくれるところが、仁王の優しさだ。
ただ、それが照れ隠しなのか、それともただの素直さなのか、判断がつかない。
「まぁ、そういうことじゃき。これからも仲良くしてな」
「……牛丼おかわりしよかな」
「現実逃避やめてもらってええ?」
呆れたみたいに笑いながらも、仁王は箸を止めない。
紅生姜まみれの牛丼をかき込みながら、ふっと視線だけこちらに向けてくる。
(こんな面白い女、俺が逃す訳ないじゃろ)
口には出さず、心の中だけでそう付け足して。
太陽は燃えているか
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