ラバーズ/アワーズ
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「夢子さん、悪ぃ!今度一緒にパーティーに同伴してくんねぇかな、イタリアで!」
「珍しいね、君が仕事関連で私に頼み事するの」
「何回か断ったんだけど、やっぱダメでさ…どうにかなんねぇかな?」
「…いいよ、有給余ってるし。申請してみる」
「サンキュ!恩に着るぜ!」
これが数ヶ月前の話。
無事に有給も受理され、久しぶりの長期休暇は恋人との初のイタリア渡航となった。
パスポートも卒業旅行以来使ってなかったけど、期限が切れてなくて良かった。
恋人の山本武とは、かれこれ10年来の仲である。
付き合い始めたのはお互い二十歳前後の数年前からではあるが、元々は中学野球部のマネージャーと後輩だった。武曰く、当時から私に気があったらしいが、部内恋愛はご法度だった為に必死で気持ちを隠していたとの事だが、それは定かではない(確かに武は私に懐いていた可愛い後輩だったし、思春期の男女にしては仲の良い先輩後輩だったとは思う)。
彼が高校を卒業した頃、OB会で再会した私たちは好きなバラエティ番組の話で意気投合し、距離を縮め、気が付けば隣にいるのが当たり前の居心地の良い存在になっていた。
まあちょいちょいデリカシーの欠けた発言をする男ではあるけれど生来の人柄で憎めない、一本筋の通ったなかなかに良い男であると私は思っている。
武はイタリアマフィアのボンゴレファミリーという組織の中で、10代目ボス(はなんと中学の時有名だったダメツナこと沢田くんらしい)の幹部として日本とイタリアを行き来する日々を送っている。他に私も知る誰それも実はマフィアで…なんて話も彼から聞いたが、よくは分からない。それ以上のことは彼は話さなかったし、私も聞かなかった。
そんな彼が仕事の場に今回初めて私を呼んだのだ。きっとのっぴきならない事情があるのだろうと、私は察している。
***
───イタリア、ローマ某所
落ち着いた色のブルーのドレスに身を包み、彼にエスコートされた先に待っていたのは、むせかえるような様々なタバコと異国の香水の匂い、そして黒づくめの男たち。いくら彼の所属する組織の現・幹部達が日本人が占めているとはいえ、東洋人の女がこの場にいるのがよほど珍しいのか、ジロジロと刺さる目線が痛い。
「今日はうち主催のパーティーだから大丈夫だとは思うけど、俺から離れないようにしてね」
慣れた手つきで私の肩を抱きながら、耳元でそう囁く。
そう言えば彼のスーツ姿を見るのは何度目かではあるけれど、こうして隣を歩くのは初めてだ。随分と着慣れてるのだろう、長身の彼にスラリとしたシルエットが良く似合う。付き合って何年も経つけれど、私の中の彼と言えば並盛でラフな格好で気崩している姿か、中学の頃のユニフォームを着て泥だらけになりながらグラウンドを駆ける姿が印象的であったので、あぁ、これが彼の今の主戦場のひとつで、彼はもう大人の男なのだと改めて思い知る。
「とりあえずツナんとこ挨拶行こうぜ。俺らのボスだからさ」と私を彼は沢田くんの元へと導く。沢田くんに軽く挨拶をすると「先輩、山本から聞きました。わざわざイタリアまで来てもらっちゃってすみません」と頭をペコペコ下げられた。
「おー!夢村!久しぶりだな!」
しばらく沢田くんたちと歓談していると、昔から変わらない大きな声で横から声を掛けてきたのは同級生の笹川了平だった。
「おー笹川くん!相変わらず声がデカくていいね!」
私は今、異国にいるはずなのに見知った面々が次々と現れるのでここは本当は並盛町なんじゃないかと錯覚するほどだ。
私はただただ中学時代の知り合いたちに挨拶をしているだけだったのだけど、その姿を見て周りがざわついているのが空気で分かった。だけど、当の本人たちが気にしていないようだったので私も気にしないことにした。
やはり見慣れない東洋人の女がいるのが気になるのか、その後に次々と色々な人たちが私たちの元へ挨拶へ訪れた。武は最初「横にいるだけでいい」なんて言っていたけれど、まあやはりそんな訳にはいかない。
そして気づいた。パーティーに同伴、と言われていたので私はてっきりパートナー同伴のパーティーなのだと思っていたけれど、どうやらそうではないらしいこと。結果的に私のお披露目のような場にはなっているけれど、武自身にそんなつもりは露ほどもない、ということだった。
人の波が少しおさまった頃だった。
「おーおー、夢子ちゃん。久しぶりだねぇ、元気だった?」
現れたのは無精髭を生やした気だるげな中年男性──
「シャマル先生」
並盛中で校医をしていたDr.シャマル。
野球部のマネージャーもしていたこともあり、保健室には何かと縁があった私とも関わりの深かった先生だ。
武からシャマル先生もマフィア関係者だとは聞いていたけど、この場にいるということはきっとそういうなのだろう。
「いや〜、ついに来ちゃったか」
「来ちゃいました」
「だよなぁ……来ちゃうよなぁ」
武を横目に彼はこう言った。
「聞いてはいたけど、よりにもよって夢子ちゃんの恋人が山本かぁ。おじさんちょっと残念」
「俺のどこがダメなんスか、シャマル先生」
「いや、あーうん、ジョーダン。冗談よ」
「あ、そうそう。時に2人とも、ちゃんと避妊はしてる?なんならおじさんがピル処方してあげよっか?」
「…先生、冗談は休み休み言ってください」
声をワントーン下げ、ジロリと睨みつけると、Dr.シャマルは1歩後ずさり降参とばかりに両手を顔の横に上げた。
「いや〜変わらないね〜、夢子ちゃんのこの冷たい視線。たまらないんだよな〜」
悦に入った顔もやりとりもあの頃と変わらずで懐かしさはあったが、嫌悪感も拭えないままだった。
「ま、何かあったらすぐに言いなよ。ここに保健室はないんだからね」と彼にしては珍しく真面目な顔をして言うと手のひらをヒラヒラとさせながら、いつものように女性の尻を追いかけてどこかへ消えてしまった。
「… 夢子さん、シャマルの扱い慣れてるね」
「中学時代、いやっっってほど関わってきたからね」
「ははっ、やっぱかっけーわ」
そう言って武は私を愛おしそうに見つめて笑うのだった。
***
少し落ち着いた頃だった。
「あ、やべ。呼び出されてる」
彼の携帯が幾度となく鳴っていた。
「ごめん夢子さん、俺ちょっと抜けなくちゃなんない───あ、ディーノさん!」
「どうした、山本」
「ディーノさん、悪いんだけど少しの間、夢子さんと一緒にいてやってくれない?」
「あぁ、別に構わねぇけど」
武が急ぎ足で私の事を託したのは、一時期、並盛中の女生徒を魅了させまくっていた、臨時教員のディーノ先生だった。
「あーその人、俺の嫁さんになる人だから手出さないでよね!」
去り際、彼が放った言葉で周囲の視線が一気に私へと集まる。当の私はと言えば、ディーノ先生の横でぽかんと口を開けているだけだった。
「……え?何?お前ら結婚するの??」
「いや、私も初耳…。ていうか今までそんな話、したことない……」
「あいつ、そういうとこあるよな…」
「はい……案外振り回すんですよね、人を」
そう言うと私はディーノ先生と顔を合わせて笑った。
「ところで久しぶりだな、夢子」
「はい、ディーノ先生もお元気そうで」
「もう先公じゃねーからディーノでいいよ」
「じゃあ………ディーノさん」
並中で先生やってたのはほんの一瞬だったから照れくさいぜ、とディーノさんはニカッと笑う。
「挨拶ばっかして疲れただろ」
「えぇ、まぁ、はい」
「多分俺といる間は話しかけてくる奴少ねーと思うから。良かったら今のうちに一緒にドルチェでも如何ですかsignorina?」
「……ふふ、喜んで」
わざとらしく手を差し出してくるので、こちらも負けじとわざとらしくその手に添える。
ディーノさんが勧めるドルチェはどれも本当に美味しかった。
「ディーノさんて本当にマフィアだったんですね」
「おう。これでも5000のファミリーを束ねるボスなんだぜ?怖ぇーか?」
「…怖がった方がいいんですか?」
「いや、そのまま普通にしてくれりゃいーよ」
なんて事ない世間話を続ける。
会場に入ってから随分と慌ただしかったので、しばらく振りに落ち着いた時間を過ごせてるな──と思ったのも束の間、ズカズカと革靴を鳴らしながら歩いてくる音と周りのパーティー参加者がざわつくのを感じた。
「……チッ。ずいぶん余裕そうじゃねぇか、跳ね馬」
気がつくとざらついた声色の、殺気立った長髪の男が近くに立っていた。
「レディとドルチェ楽しんでただけだぜ?」
ディーノさんは肩をすくめて言う。
長髪の男の視線がこちらに移る。今まで向けられていた視線の中で1番痛い。
「……テメェが山本の女か」
私は少し考えてから答えた。
「そう呼ばれてることが多いみたいですね」
ディーノさんが(バカッ お前……っ)と小声で呟いたように聞こえたが、私が山本武という男と付き合っているのは事実で、挨拶に来た関係者の面々にもそう呼ばれていたので否定のしようがない。
「女ァ…お前、どうしてここに呼ばれたか分かってんのか」
「まぁ、なんとなくは」
「…なんとなくでイタリアまで来る奴があるかァッ!!!」
男の怒号が飛ぶ。
会場内の空気が一気に凍りつき、そこかしこでカチャリという金属音がする──
「あースクアーロ!やっぱり俺のいない隙ついてくると思った!」
その時、少し遠くから間の抜けた、よく聞き慣れた声が聞こえた。
「山本武ィッ!テメェ、戻るのが遅ぇんだよォ!!」
「いやいや、俺に席外させたの絶対アンタっしょ」
武は小走りで私の元までやって来て、小さな声で「お待たせ」と言って肩を叩いた。
「山本ォ……お前、女にどういう教育施してんだァ」
「え?教育?してねーけど。夢子さんは元からこうだよ?」
長髪の男─スクアーロと呼ばれた男─は下を向き肩をふるふると震わせていたが、やがて低い声で笑い始めた。
「……ハッ」
短く、吐き捨てるような笑いだった。
「チッ……イカれてやがる」
そう言って顔を上げると、鋭い目で一度だけ私を見る。けれどそこにさっきまでの殺気はなく、値踏みするような視線が残るだけだった。
「……山本武ィ」
「ん?」
「連れてくるなら最初から言え。“話の通じる女”だってな」
「はは、だから言ったじゃん」
周囲の張り詰めた空気が、ゆっくりと解けていくのが分かった。
誰かが銃から手を離し、誰かが深く息を吐く。
スクアーロは舌打ちを一つして踵を返す。
「……用は済んだ」
そう言い残し、またズカズカと足音を響かせながら去っていった。
「ディーノさん、ありがとね。助かった」
「俺は何もしてねーよ」
ただ一緒にドルチェを楽しんでいただけだよ、な?と私にディーノさんが柔らかい笑みを向ける。
「いやーしかしさー、予想はしてたけど戻ってきたらスクアーロと夢子さんがハブ対マングースみたいになってんだもんなー。さすがにびびったわ」
「「は?」」
アハハと笑う武に私とディーノさんの声が重なる。武の素っ頓狂な発言が功を奏したのか、さっきまでの緊迫した空気はもう一切ない。
「おいおい、お前…それ褒めてるつもりか?」
「褒めてるって。だって夢子さん、スクアーロ前にしても全然怯まねーんだもん。やっぱかっけーよ」
「武ってかっこいいを最上級の褒め言葉だと思ってるとこあるよね」
「うん。俺、夢子さんのかっこいいとこが好きだからね」
公衆の面前で臆することなく武がそう言うので、柄にもなく私は少し恥ずかしくなって俯いてしまうのだった。
***
「ところでさ」
「ん?何?」
「さっきの嫁さん発言は、何?」
「あー…俺の希望的観測ってとこかな」
「希望的観測、ね」
「考えてくれる?」
「んー…考えといてあげるけど、後でまたちゃんと言ってよね、山本くん」
「…ウス、先輩」
そうしてイタリアの夜は更けていく────
「珍しいね、君が仕事関連で私に頼み事するの」
「何回か断ったんだけど、やっぱダメでさ…どうにかなんねぇかな?」
「…いいよ、有給余ってるし。申請してみる」
「サンキュ!恩に着るぜ!」
これが数ヶ月前の話。
無事に有給も受理され、久しぶりの長期休暇は恋人との初のイタリア渡航となった。
パスポートも卒業旅行以来使ってなかったけど、期限が切れてなくて良かった。
恋人の山本武とは、かれこれ10年来の仲である。
付き合い始めたのはお互い二十歳前後の数年前からではあるが、元々は中学野球部のマネージャーと後輩だった。武曰く、当時から私に気があったらしいが、部内恋愛はご法度だった為に必死で気持ちを隠していたとの事だが、それは定かではない(確かに武は私に懐いていた可愛い後輩だったし、思春期の男女にしては仲の良い先輩後輩だったとは思う)。
彼が高校を卒業した頃、OB会で再会した私たちは好きなバラエティ番組の話で意気投合し、距離を縮め、気が付けば隣にいるのが当たり前の居心地の良い存在になっていた。
まあちょいちょいデリカシーの欠けた発言をする男ではあるけれど生来の人柄で憎めない、一本筋の通ったなかなかに良い男であると私は思っている。
武はイタリアマフィアのボンゴレファミリーという組織の中で、10代目ボス(はなんと中学の時有名だったダメツナこと沢田くんらしい)の幹部として日本とイタリアを行き来する日々を送っている。他に私も知る誰それも実はマフィアで…なんて話も彼から聞いたが、よくは分からない。それ以上のことは彼は話さなかったし、私も聞かなかった。
そんな彼が仕事の場に今回初めて私を呼んだのだ。きっとのっぴきならない事情があるのだろうと、私は察している。
***
───イタリア、ローマ某所
落ち着いた色のブルーのドレスに身を包み、彼にエスコートされた先に待っていたのは、むせかえるような様々なタバコと異国の香水の匂い、そして黒づくめの男たち。いくら彼の所属する組織の現・幹部達が日本人が占めているとはいえ、東洋人の女がこの場にいるのがよほど珍しいのか、ジロジロと刺さる目線が痛い。
「今日はうち主催のパーティーだから大丈夫だとは思うけど、俺から離れないようにしてね」
慣れた手つきで私の肩を抱きながら、耳元でそう囁く。
そう言えば彼のスーツ姿を見るのは何度目かではあるけれど、こうして隣を歩くのは初めてだ。随分と着慣れてるのだろう、長身の彼にスラリとしたシルエットが良く似合う。付き合って何年も経つけれど、私の中の彼と言えば並盛でラフな格好で気崩している姿か、中学の頃のユニフォームを着て泥だらけになりながらグラウンドを駆ける姿が印象的であったので、あぁ、これが彼の今の主戦場のひとつで、彼はもう大人の男なのだと改めて思い知る。
「とりあえずツナんとこ挨拶行こうぜ。俺らのボスだからさ」と私を彼は沢田くんの元へと導く。沢田くんに軽く挨拶をすると「先輩、山本から聞きました。わざわざイタリアまで来てもらっちゃってすみません」と頭をペコペコ下げられた。
「おー!夢村!久しぶりだな!」
しばらく沢田くんたちと歓談していると、昔から変わらない大きな声で横から声を掛けてきたのは同級生の笹川了平だった。
「おー笹川くん!相変わらず声がデカくていいね!」
私は今、異国にいるはずなのに見知った面々が次々と現れるのでここは本当は並盛町なんじゃないかと錯覚するほどだ。
私はただただ中学時代の知り合いたちに挨拶をしているだけだったのだけど、その姿を見て周りがざわついているのが空気で分かった。だけど、当の本人たちが気にしていないようだったので私も気にしないことにした。
やはり見慣れない東洋人の女がいるのが気になるのか、その後に次々と色々な人たちが私たちの元へ挨拶へ訪れた。武は最初「横にいるだけでいい」なんて言っていたけれど、まあやはりそんな訳にはいかない。
そして気づいた。パーティーに同伴、と言われていたので私はてっきりパートナー同伴のパーティーなのだと思っていたけれど、どうやらそうではないらしいこと。結果的に私のお披露目のような場にはなっているけれど、武自身にそんなつもりは露ほどもない、ということだった。
人の波が少しおさまった頃だった。
「おーおー、夢子ちゃん。久しぶりだねぇ、元気だった?」
現れたのは無精髭を生やした気だるげな中年男性──
「シャマル先生」
並盛中で校医をしていたDr.シャマル。
野球部のマネージャーもしていたこともあり、保健室には何かと縁があった私とも関わりの深かった先生だ。
武からシャマル先生もマフィア関係者だとは聞いていたけど、この場にいるということはきっとそういうなのだろう。
「いや〜、ついに来ちゃったか」
「来ちゃいました」
「だよなぁ……来ちゃうよなぁ」
武を横目に彼はこう言った。
「聞いてはいたけど、よりにもよって夢子ちゃんの恋人が山本かぁ。おじさんちょっと残念」
「俺のどこがダメなんスか、シャマル先生」
「いや、あーうん、ジョーダン。冗談よ」
「あ、そうそう。時に2人とも、ちゃんと避妊はしてる?なんならおじさんがピル処方してあげよっか?」
「…先生、冗談は休み休み言ってください」
声をワントーン下げ、ジロリと睨みつけると、Dr.シャマルは1歩後ずさり降参とばかりに両手を顔の横に上げた。
「いや〜変わらないね〜、夢子ちゃんのこの冷たい視線。たまらないんだよな〜」
悦に入った顔もやりとりもあの頃と変わらずで懐かしさはあったが、嫌悪感も拭えないままだった。
「ま、何かあったらすぐに言いなよ。ここに保健室はないんだからね」と彼にしては珍しく真面目な顔をして言うと手のひらをヒラヒラとさせながら、いつものように女性の尻を追いかけてどこかへ消えてしまった。
「… 夢子さん、シャマルの扱い慣れてるね」
「中学時代、いやっっってほど関わってきたからね」
「ははっ、やっぱかっけーわ」
そう言って武は私を愛おしそうに見つめて笑うのだった。
***
少し落ち着いた頃だった。
「あ、やべ。呼び出されてる」
彼の携帯が幾度となく鳴っていた。
「ごめん夢子さん、俺ちょっと抜けなくちゃなんない───あ、ディーノさん!」
「どうした、山本」
「ディーノさん、悪いんだけど少しの間、夢子さんと一緒にいてやってくれない?」
「あぁ、別に構わねぇけど」
武が急ぎ足で私の事を託したのは、一時期、並盛中の女生徒を魅了させまくっていた、臨時教員のディーノ先生だった。
「あーその人、俺の嫁さんになる人だから手出さないでよね!」
去り際、彼が放った言葉で周囲の視線が一気に私へと集まる。当の私はと言えば、ディーノ先生の横でぽかんと口を開けているだけだった。
「……え?何?お前ら結婚するの??」
「いや、私も初耳…。ていうか今までそんな話、したことない……」
「あいつ、そういうとこあるよな…」
「はい……案外振り回すんですよね、人を」
そう言うと私はディーノ先生と顔を合わせて笑った。
「ところで久しぶりだな、夢子」
「はい、ディーノ先生もお元気そうで」
「もう先公じゃねーからディーノでいいよ」
「じゃあ………ディーノさん」
並中で先生やってたのはほんの一瞬だったから照れくさいぜ、とディーノさんはニカッと笑う。
「挨拶ばっかして疲れただろ」
「えぇ、まぁ、はい」
「多分俺といる間は話しかけてくる奴少ねーと思うから。良かったら今のうちに一緒にドルチェでも如何ですかsignorina?」
「……ふふ、喜んで」
わざとらしく手を差し出してくるので、こちらも負けじとわざとらしくその手に添える。
ディーノさんが勧めるドルチェはどれも本当に美味しかった。
「ディーノさんて本当にマフィアだったんですね」
「おう。これでも5000のファミリーを束ねるボスなんだぜ?怖ぇーか?」
「…怖がった方がいいんですか?」
「いや、そのまま普通にしてくれりゃいーよ」
なんて事ない世間話を続ける。
会場に入ってから随分と慌ただしかったので、しばらく振りに落ち着いた時間を過ごせてるな──と思ったのも束の間、ズカズカと革靴を鳴らしながら歩いてくる音と周りのパーティー参加者がざわつくのを感じた。
「……チッ。ずいぶん余裕そうじゃねぇか、跳ね馬」
気がつくとざらついた声色の、殺気立った長髪の男が近くに立っていた。
「レディとドルチェ楽しんでただけだぜ?」
ディーノさんは肩をすくめて言う。
長髪の男の視線がこちらに移る。今まで向けられていた視線の中で1番痛い。
「……テメェが山本の女か」
私は少し考えてから答えた。
「そう呼ばれてることが多いみたいですね」
ディーノさんが(バカッ お前……っ)と小声で呟いたように聞こえたが、私が山本武という男と付き合っているのは事実で、挨拶に来た関係者の面々にもそう呼ばれていたので否定のしようがない。
「女ァ…お前、どうしてここに呼ばれたか分かってんのか」
「まぁ、なんとなくは」
「…なんとなくでイタリアまで来る奴があるかァッ!!!」
男の怒号が飛ぶ。
会場内の空気が一気に凍りつき、そこかしこでカチャリという金属音がする──
「あースクアーロ!やっぱり俺のいない隙ついてくると思った!」
その時、少し遠くから間の抜けた、よく聞き慣れた声が聞こえた。
「山本武ィッ!テメェ、戻るのが遅ぇんだよォ!!」
「いやいや、俺に席外させたの絶対アンタっしょ」
武は小走りで私の元までやって来て、小さな声で「お待たせ」と言って肩を叩いた。
「山本ォ……お前、女にどういう教育施してんだァ」
「え?教育?してねーけど。夢子さんは元からこうだよ?」
長髪の男─スクアーロと呼ばれた男─は下を向き肩をふるふると震わせていたが、やがて低い声で笑い始めた。
「……ハッ」
短く、吐き捨てるような笑いだった。
「チッ……イカれてやがる」
そう言って顔を上げると、鋭い目で一度だけ私を見る。けれどそこにさっきまでの殺気はなく、値踏みするような視線が残るだけだった。
「……山本武ィ」
「ん?」
「連れてくるなら最初から言え。“話の通じる女”だってな」
「はは、だから言ったじゃん」
周囲の張り詰めた空気が、ゆっくりと解けていくのが分かった。
誰かが銃から手を離し、誰かが深く息を吐く。
スクアーロは舌打ちを一つして踵を返す。
「……用は済んだ」
そう言い残し、またズカズカと足音を響かせながら去っていった。
「ディーノさん、ありがとね。助かった」
「俺は何もしてねーよ」
ただ一緒にドルチェを楽しんでいただけだよ、な?と私にディーノさんが柔らかい笑みを向ける。
「いやーしかしさー、予想はしてたけど戻ってきたらスクアーロと夢子さんがハブ対マングースみたいになってんだもんなー。さすがにびびったわ」
「「は?」」
アハハと笑う武に私とディーノさんの声が重なる。武の素っ頓狂な発言が功を奏したのか、さっきまでの緊迫した空気はもう一切ない。
「おいおい、お前…それ褒めてるつもりか?」
「褒めてるって。だって夢子さん、スクアーロ前にしても全然怯まねーんだもん。やっぱかっけーよ」
「武ってかっこいいを最上級の褒め言葉だと思ってるとこあるよね」
「うん。俺、夢子さんのかっこいいとこが好きだからね」
公衆の面前で臆することなく武がそう言うので、柄にもなく私は少し恥ずかしくなって俯いてしまうのだった。
***
「ところでさ」
「ん?何?」
「さっきの嫁さん発言は、何?」
「あー…俺の希望的観測ってとこかな」
「希望的観測、ね」
「考えてくれる?」
「んー…考えといてあげるけど、後でまたちゃんと言ってよね、山本くん」
「…ウス、先輩」
そうしてイタリアの夜は更けていく────
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