鶴杏鬼盛


鶴杏鬼盛
――縹――|縹《はなだ》


「貴方は咎人です」

幼き頃。ずっと親代わりで育てて貰った人はそう言った。

「貴方は神への生贄です」

幼き頃。私の師だったひとはそう言った。

「貴方はこの世の尊きものです」

幼き頃。私を天に羽ばたかせてくれた人はそう言った。

今。私は、審神者だ。
審神者とは、いちばん古い伝承。語源だと清庭。清い庭。サニワらしい。祭事で琴を弾くものの意味もあるらしい。
この世の審神者の定義は、眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる技を持つ。者のことらしい。
ひとつ選ばれる基準があるとしたら、物の心を励起する技をもつかどうかなのだろう。




蝶が彷徨っている。竜胆の花に留まる。 其れを雀が喰らった。

「きみ。「きみ」」

低い声と高い声が耳に木霊する。

「「主!!」」

意識が浮かび上がった。
暗い水底から、明るい清瀬の光にさらされるように。

「おはようきみ」
「おはようきみ」

同じ言葉を、まるっきり異なる声が囁く。

「何か夢でもみてたのかい?」

鳥の子色の髪に、黄昏のような瞳をした絶世の美男。今の名を髭切が私に問いかける。

「君はいつも虚ろ虚ろだなぁ……」

銀糸のような白髪に、蜂蜜のような琥珀色の瞳の白皙の青年が私に言葉を投げる。

「おはよう。鶴。髭切」

彼らは、人ではない。刀の付喪神だ。

「君はまた、なにか物思いに耽ってたのかい?」
「君は、此処から放たれることなんてないのになぁ」

綺麗な。この世のものではない鈍色が光る。
朱が刺す。

「愛おしいおれのきみ」
「愛おしい僕のきみ」

一つ一つの言の葉が絡みついて私の五体を縛り付ける。
金色に染められる。

「ねぇ。主。きみはひとではない。何に囚われているの?」
「なぁ。きみ。きみは何処にもいない。何が君を君をたらしめる?」
「「君は空っぽだよ」だ」

「きみに贈り物をやろう。ひとつは貝。ふたつは菊 」
「きみから奪ってあげよう。ひとつは杏。二つは真名」

あぁ。この器が、この流れる血が、この魂が怨めしい。

「そのかわりにひとつ捧げよう」
「盛なんてどうだい。神から祝福された処って意味がある」

嗚呼。忌々しい。因果が廻る巡る。
なんど。なんど繰り返そうと還ってしまう。

縹色。
咎人のいろ。

杏ハ喰らわれる。
さぞや美味であろう。
この二振りの神だけの為の供物なのだから。

「鶴。髭切。私は貴方たちが怨めしい」
「そうかそうか。愛おしいな」
「そうかい。哀しいねぇ」

――鶴杏鬼盛――
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