源氏様と出られない部屋



見渡す限りどこまでも白い景色。
そして、密室。
一人の審神者の少女と二振りの刀は閉じ込められていた。
通称、出られない部屋。

事は、少し前に遡る――



「髭切、膝丸、二人は何が食べたい?」
「んー。僕は何でも良いかなぁ」
「俺も、主が食べたいものが食べたい」

献立の相談に、そう返す二人に私は苦笑した。
この、二振りに聞いたらそうなるよなぁ。という感じである。

私と、この二振り、膝丸と髭切はちょっと特殊な間柄である。
まず、審神者である私には、この膝丸と髭切の二振りしか刀剣男士が居ない。
どういう事か、事情を少しお話するとこうである。

私は、ちょっと前まではどこにでもいる一般人だった。
ある日、突然時の政府と名乗る方が来て、あれよ。あれよ。という間に気づいたら審神者になっていたのである。
そして、いざ。刀剣男士を顕現というとき、私は霊力が暴走してしまい、ありったけの霊力を鍛刀に注ぐと、ぶっ倒れた。
そして、その汗水を流して神降ろししたのが、髭切と膝丸の二振りである。
私は、その二振りを顕現させたのが人生のピークであり、クライマックスだった。
何故なら、私はその二振りを鍛刀した後、一切の刀剣男士を神降ろしすることが出来なくなったのである。
それを、時の政府の担当に告げると「でしょうね」の一言だった。私は、最初から精々刀剣男士二振りを顕現させるくらいの霊力しかないのに、審神者にさせられたようだ。
それを聞いて私は、怒りを通り越して、すん……と冷静になったのと、何か憑き物が落ちた気がした。なんというか、全てがどうでも良くなったというか。うん。もう、どうにでもなれ。なるようにしかならない。となったのである。
そして、そんな私に対して二振りはというと、主ガチ勢になってしまった。
きっと、審神者に顕現させられたと思ったらその審神者がぶっ倒れて、意識を取り戻して担当に電話した後。とってもすっきりとした笑顔をしていたからであろう。言いなれば、死ぬ前に人が、生前の姿が嘘だったように優しくなる。あの現象に近い。それは、心配になるし、怖いし、自分の守るべき主である審神者がそうなったのだから、主ガチ勢になってしまうのも頷けるであろう。
まぁ。とは言っても主ガチ勢には、色んな主ガチ勢がある訳で、家の二振りはと言うと、とにかく過保護というか激甘なのである。
まず、つい先日の話でもしよう。
私が、演練に二人と出た時に、厄介な審神者がいて絡まれてしまった。そんな私に、二人は駆けつけると、私からは後ろの二人の表情は見えなかったのだが、その絡んできた審神者は、二人の顔を見ると一目散に逃げてしまった。
きっと、私には想像は出来ないが、それは、それはもう、恐ろしい顔をしていたのだろう。相手の審神者の事を考えると少し同情する。南無南無である。
そして、そんな二人と私は万屋街に来ていた。
昼餉を偶にはどこかで食べようかという話になったのである。
暫く、江戸時代のような街並みの道を歩いていると、「そこの審神者様方!こちらのお茶屋に寄りませんか?」と、声を掛けられた。視線を遣ると、一人の印象の薄い男の人が居た。その男の後ろには、ちょっと、和風だが大正浪漫チック風の素敵なお茶屋さんがあった。

「どうする?髭切、膝丸」
「君が良いなら僕はどこでもいいよ」
「兄者と同じく、君が行きたいのならば俺はいい」
という訳で、そのお茶屋さんに足を踏み入れようとする。したとき――白い光に包まれて、私達は気づいたら、さっきまでと違う、知らない所にいた。
そして、その白い部屋の真ん中の床に一枚の紙が置いてある。
ペラリと捲ると、そこにはこう書いていた。それは、――ここは出られない部屋です。貴方たちには二振りと接吻を交わさないと出られません。と、書いていた。やられた――あの、印象の薄い男は政府の者だったのだろう。きっと、認識錯誤の術かなにかでも掛けていたのだろう。あるときに聞いたことがある。政府は、時折、審神者たちに実験のように何かをしている事があると。その中には出られない部屋というのも聞いていた。

「どうする……?髭切、膝丸……」
「どうするも何も、しないと出られないんでしょ?」
「それは君。もうやるしかないのではないのか」

両名の反応に、うん……そうだな……と、私は覚悟を決める。
目を瞑る。

「どっちからでもドンと来い……!」

私は、やけくそでそう言葉を吐く。

そうして、ふにゃりと唇に柔らかいものが触れる。
目を開けると、薄緑の髪に、琥珀色の瞳をした膝丸がいた。
あ……、彼からなのか、なんだかちょっぴり意外である。
そして、そんな事を考えてる間に、一瞬で唇は離れた。
幼子同士の口づけのようでなんだか可愛らしい程である。
よし……!この調子ならいけそうである。次は、髭切だ。
そして、私はもう一度、目を閉じた。

ふにゃりと柔らかい唇が触れる。そして、髭切のクリーム色のふわふわした髪が頬に触れて少し擽ったい。
よし、そろそろ終わるだろうと目を開けた時、がっしりと肩を掴まれた。掴まれた?
そして、また髭切の端正な顔が近づいてくる。
すると、さっきまでの可愛らしい口付けから一転、ちゅっ……ちゅっ!……と食むように角度を変えて口付けをしていた。
ん……?んん?私は、一体何が起きているのだ?そう思っていると息が苦しくなってきた。それで、髭切の胸板を叩く。

がチャリ――どこかで、錠の開く音がした。

「あ、空いたね。出ようか。弟丸。君」
「そうだな。兄者」

颯爽と何事もなかったかのように出口へと向かう二人の様子に私は、えっ?私が可笑しいのか……状態である。
扉は開いたが、それと共に私達の関係も、今まで見えていなかった何かが開いた気がした。
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