いいひと



「良い人の貴方が大っ嫌い」

大学の校内の人気の少ない一角にその声は響き渡ってた。
その罵声にも近しい言葉を投げかけれられた相手。源 髭切は、その言葉に硬直していた。

源 髭切。彼は、一言で現すならば十全美人。いわば、非の打ちどころのない完璧な人物である。思わず、ため息が出るようなほどに美しい。甘いクリーム色の髪に、黄昏の瞳。鼻筋の通った鼻、形の良い唇、すらっとした手足に引き締まった躰。その容貌に数多の女性は色めき立つ。そして、学業も常に成績優秀。家柄もどこかの財閥の息子らしい。
そしてなによりも彼の雰囲気に女性は魅力される。いつも微笑を顔に浮かべ、のんびりとした優しい声で話し、女性に対する態度も柔らかい。
そんな彼は、学内では『いいひと』として、有名である。
彼は、何をされても怒らない。無理難題な都合の良い頼みごとをされても断らず、女性からの熱烈なアプローチにも優しく対応する。

そんな彼に私は、名前を名乗るのも烏滸がましい。日陰モブの私は、なぜか気に入られていた。
私の記憶の中での彼との最初の出来事は、男女の出会いの場である。
人数合わせの合コンに無理やり連れてこられた私は、ずっと俯いて黙っていた。
そんな私のどこを気に入ったのか分からないが、次の日に大学の構内で出会った時に、あ!君。と、話しかけられて追いかけてきたのだが、私は徹底的に無視をして逃げた。

それから、来る日も来る日も話しかけられては逃げている。
ある日は、授業の移動中。
ある日は、学食を食べている最中。
ある日は、下校の途中。

彼は、いったいなぜ私なんかに話しかけて来るのだろう。彼みたいに天の上の人の考えていることは分からないが、私は彼の事が嫌いだ。
彼を見ていると自分の心の中で不快感が出る。
なぜなら、彼は昔の私にそっくりなのだ。
幼少期の私は、彼と同じ『いいひと』だった。
いつも友達には、にこにこと顔に笑みを浮かべて、何を言われても怒らないいいひと。否、都合のいい人だった。
でも、ある時から私はいいひとをやめた。
それは、あることがあったからなのだが、まぁ。思い出したくない事だから振り返らないでおこう。

今日は、とうとう彼に追い詰められてしまった。
大学の敷地内の通路を歩いていると彼に見つかったので、逃げていたのだが私の目前に広がるのは大きな壁である。逃げ場がない。

「ねぇ。君。どうして、僕を避けるの?何かしちゃったかな」

彼のその言葉に私は、俯く。
そして、顔を上げ口を開いた。

「いいひとの貴方が大っ嫌い」



源 髭切。僕は、いいひとらしい。
僕が、生まれた家は大きな財閥だった。
幼いころから、とにかく家にとって恥じないような人間になることを求められた。
だから、僕が笑っていれば、いいひとであれば全てが上手いように回るそう思っていたし、そうして生きてきた。
大学にはいって、暫くたったとき、友達の誘いで男女の集まりに参加した。
そこに、彼女はいた。
一言で言ったら不愛想なつまらない子である。
だけど、そんな不愛想なつまらない子の事が何故か妙に気になった。
自分で、考えてみて思ったのは僕の周りにいる女の子とは違うからかもしれない。
女の子というのは、僕が一微笑みでもすれば、頬を薄桃色に染める。積極的な女の子なら、僕にアプローチしてくるし、それが普通だと思っていた。
だから、そんな彼女の事がきになって彼女を見かけたときには話しかけていた。まぁ、無視をされて逃げられるのだが。
今日は、とうとう彼女を追い詰めた。
そして、ずっと気になっていたことを問いかける。
すると、俯いていた顔を上げると彼女はこう言った。

――良い人の貴方が大っ嫌い――と。 

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