長編なる予定

ひとりでに筆を進める。
 彼と君の。そして僕の。物語を書くのならばどのような言の葉を綴ったらいいのだろう。
一つは、愛の話。或いは悲劇。それか記録のようにただ事実を連ねるか。
いや、だがやはり幸せな結末として書きたいと思う。
 なにを果てさて文として溢れさせよう。いつかの君が見た時に少しでも希望となるような、寄り添えるような、とめどなく続いてく日々を照らす灯火となるように願いを込めて。

 なにが始まりか。そんなことを僕はもう忘れしまった。だけど、君越しに透かして見えた景色。その時の想い。温度だって僕は全て覚えている。
 幕開けとして書くならどこからが相応しいのだろう。筆をとり、紙に書いたその瞬間から、空想のように、だけどひとつの世界を創り出すように。入り乱れ、遡り、先へと飛び、廻るのだろう。

 そうだなぁ。悩ましくはあるけれど、ありふれた日々から、書物の紙を捲るようにその刻をなぞろう。



「息災か?」
 「相変わらずだよ」

 そんな言葉を僕に投げかけた彼を見遣る。彼は驚き好きなんて揶揄されてる妙ちくりんな刀だ。

 「言葉の通りの日々をお過ごしのようだな」
 「君はあいも変わらず刺激を求めるようだね」
 「髭切…君も昔から変わらず、少しいけ好かない奴だな」

 
 態とらしく、言ってのける白い刀に僕も同じように返す。彼とはこんな軽口がとめどなく溢れてくる。

 「それで?遥々ここまで足を運んだのはどういう要件だい?」
 「君に頼みたいことがあった」
 「なんだい?」
「そうさなぁ…どっから話したもんか」

 そう言って、彼は少し顔を顰めながら形の良い口を開いた。

 「人の子の話しさ」
 「ふーん。人の子」
 「ああ人の子の話だ。一言で言うとだな。色恋沙汰だ」
 「へぇ」
 「君、ちゃんと聞いてるかい?」
 「あぁ。聞いてる聞いてる」
 「同じ言葉を繰り返す奴は信用ならんと相場が決まってるんだが、まぁいいだろ。次に俺が言う言葉で君は驚愕に顔を染めるだろう」
 「そうかい」
 「単刀直入に言うとな。一人の人の子を神隠ししてしまった」
 「そうなんだ」
 「驚かないのかい!?」
 「いつかやると思ってたよ」
 「俺が驚きに顔を染まったぜ…」
 「で?それが僕にどう関係あるんだい?」
 「君にその子を看てほしい」
 「へぇ。僕は医者でもないし、君は神隠しするような人の子を僕に下げ渡すような薄情な刀なんだね」
 「いや、まぁ詳しく話を聞いてくれ…」
 
 
 



 
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