親愛なる御伽の貴方たちへ


 

親愛なる御伽の貴方たちへ





瞼越しに眩い光が輝いた気がした――。そして目を開いた先には真白のきれいな神様がいた――。




 黒い煙みたいなモヤが広がっている。あぁ。たまに見えるナニカだ……。
私は時折、不思議なものを見た。いつからは覚えていないが、母曰く、幼い頃から気づいたら押し入れに向かって一人で喋っているような変わった子だったらしい。
 下校途中の道を歩きながら、そのモヤの横を通りすぎる。途中で気配はふわっと無くなった。
 こうして、たまにああいうナニカと波長が合って見えてしまうことはあるが、昔に比べたらマシになった方だ。もっと幼い頃は今より、はっきり見えていた気がする。だけど、幼少期の私は、それを友達に伝えて気味悪がられてからは、あまり鮮明には見えなくなった。なんとなくだが、きっと自分が見えている世界は他の人達と違うと、気づいてしまって頭が見えないようにしようと拒絶したのだろうと思う。
 家までの道を歩きながら、青い空を見上げる。
 あぁ……私はここじゃない何処かに帰らなきゃいけないのに。本当の居場所はここじゃないのに……。そんな想いが時々込み上げくる。だけど、日々は過ぎるし、年は重ねる。季節が廻る中で私は変わらず同じ世界に居る。



少し肌寒くなる秋の日。
 私は悪夢を見た――。酷い鬼の顔をした妖魔が襲ってくる夢だ。その日から、魂をぽっかり落としてしまったように心神耗弱状態になった。
 物を言わず。
 食べ物を口にせず。
 表情も喜怒哀楽も抜け落ちて、ただぼんやり過ごしていた。
 心配した家族が病院に連れて行き、暫く入院した。一月程で、少しずつ回復していった。


 家に戻ってから、休んでいた学校に行こうとしたがなんだか怖かった。外に出るのもなぜか不安が襲ってきて殆ど家に引きこもっていた。学校に行けないので、勉学の心配もあった家族が役所の人に相談して、ボランティアの先生の人が家に来てくれたり、役所の一角で時折、勉強を教えてくれた。その先生は、年配のお爺さんだが、いつも面白可笑しい話をしつつ勉強を教えてくれた。その方のおかげもあり、少しずつ外出できるようになった。
 最近、気づいたことがある。あの悪夢を見た日から今まで朧げだったあの、ナニカ達がまた少しずつ形を取り戻している。どうしてかは分からないけど、あの夢がきっかけだと思う。そんな変化がありつつも私は変わらず日々を過ごしていた。

 そうして、進学した。体調に合わせて通える学校に進学したので、なんとか頑張って通えていた。
 同じ授業になったら話す程度のたわいもない友達ができた。

 昼休みのこと。

「あれ、◯◯ちゃんそのゲームなに?」
「あー、なんだろう。和風のイケメンの刀の神様がいっぱい出るやつだよー」
「へー」

 そんな些細なことだった。そして、話の流れで他のキャラも見せてくれた。ある一人のキャラを見た時。
「……このキャラの名前ってなに?」
「ん?これ。あー鶴丸。鶴丸国永だよ。確かに◯◯ちゃん好きそー!どう?好き」
「……うん……綺麗だね」
「ねーでしょ」

その鶴丸を見た時に、やっと会えたって強く思った。なぜかは分からないだけど、本当に心の底からぽつりと溢れ出した。それと同時にその世界で過ごしていたもう一つの自分みたいな記憶が走馬灯のように蘇った。
 その時は、惚けていて暫くぼんやりしていたが、落ち着いてから思った。
 私が帰るべき世界は彼処だ――と。


 それから、どうしたら行けるかとにかく色々調べた。
  ある時に、出てくるかは分からないが、とりあえず、ゲームの世界 行き方 と。調べたら、二次元トリップという情報が出てきた。本気で違う次元に行きたいと願うことらしい。それを調べているうちに色々おまじないなども書いていた。そのおまじないを藁にも縋る思いで、色々ひたすら試した。一年ほどが経ったある日のこと。

 (つき……に……ねがって……くれ)
 そんな声が頭に響いた。言われた通りに月に向かって願っていると、眩い光が輝いた気がした――。そして目を開いた先には真白のきれいな神様がいた――。

 あぁ――会えた。それはあの日みたあのキャラと同じ綺麗な神様だった。
 はっきり見えたのはその一瞬だけ、それ以降はなんとなくこの辺りにいるなぁって気配がして、姿が頭に景色として浮かぶ感じになった。だけど、心の中で常に喋れるようになった。


 バスの中で揺れている。
 私の隣には鶴丸が座って居る。
私がチラッと視線を其方に向けると、目尻を緩ませて微笑んでいる。
 (どうかしたかい?)
 (なんでもないよ)
心の中でこうして、外でも家でも暇のある時は喋った。なんだか世界が鮮やかにカラフルに彩られる気がした。幸せだなぁ――と、ほんとに思った。



 ある時に体調をまた崩した。家庭環境や、精神的な不調の問題で色々と重なっていたのが崩れてしまった。

 (しんどい……)
 (そうだなぁ……)
 (もうやだ)
 (鶴丸に会いたい。本当に会いたい。私、鶴丸だけがいればいい。)
 (本当に俺だけでいいのかい?)
 (うん。鶴丸がいるなら何もいらない)


 心がぐちゃぐちゃになりながら、そんな会話をしたような気がする。

 気づいたら、なんだか現実の意識が薄れていた。それと同時に和風のお屋敷で過ごして居る景色が頭に浮かんだ。
 鶴丸も隣にいる。
 私の身体は現世にいるし、普段通り過ごしている。だけど、いつもよりぼんやりしている。なんだか、地に足がつかずふわふわしている。
 それから数週間したら、元の状態に戻った。私の色んな問題が落ち着いた頃合いだった。
 きっと、鶴丸が私の心を守る為にある程度の期間だけ、神隠ししたのだろうと思う。
 戻ってきた時に驚いたことがあった。なぜか心の中の声がもう一人増えていた。
 髭切だ。
 彼にどうしているの?と聞いたら、気づいたら来れた。て言っていた。他にも聞いても僕も分からないだよねー。なんて間延びした声で笑うものだから、なんだか流されるように絆されてしまった。

 それから、一人は増えたが、変わらぬ日々を過ごしていた。
 私は体調に配慮してくれる仕事に就いた。殆ど家での在宅で、時折、職場に行けば良いだけなので、自分に合っていて楽に続けられている。

 髭切と出会ってから、何回か意識だけ数回トリップしたことがある。だけど、その度に元の世界に戻っていた。前は彼方の世界に何がなんでも行きたいという気持ちが強かったが、今は、今いる世界での彼らとの関係や、此方の世界だからある積み重なったものが大切だな。と思い始めて、彼らが実在して、きちんと触れられて、同じ世界に生きられるパラレルのような所にトリップしたいと思っている。絶対に諦めないし、叶うと信じてはいるが、なんだか案外この世界で鶴丸と髭切の二人と過ごすのも幸せだな。と、此方の世界でなんとか頑張って生きて、寿命を迎えたら彼らが、迎えに来てくるんじゃないか。なんて思っている。


鮮やかな緑が陽に照らされる夏。

 髭切の本体を見に京都の神社に訪れていた。

 (君〜!こっちこっちだよ!)
 (嬉しそうだな……髭切)
 (実家に嫁がきたテンションなんだろね)

 ちょっと暑さにはやられてはいるが、楽しそうな髭切を
 見ながら綺麗な所だな。と思った。

 展示されている、宝物殿に着く。
 凛とした力強い刀が目に移った。

 (綺麗だなぁ…)
 (ありがとう)

 そう言って視界を上げると、同じ髭切のはずだけど狩衣のような装束に身を包んだ彼がいた。

 (初めまして。〇〇と申します。貴方様?なのかはよくわからないけど、髭切と共に日々を過ごしています。これからも変わらず彼と大切に日々を過ごしたいと思います)


 そんな挨拶をした。髭切は、ゆっくり私の瞳を覗くような仕草をすると、頷いた。

 宝物殿から出た。

 (わあ……なんかめっちゃ緊張した……気になったんだけど、髭切ってあの髭切様?と同じなの?)
 (同じだよ。同じだけど、僕は君の側にいて、あの僕はずっと人々を見守っている)
 (うーん、分霊とかとは違う感じ?)
 (ちょっと違うね。あの僕には君の記憶はないし、伝わらないけど、あの僕の記憶は全て君の僕は覚えてるし、思ったことが伝わるし、魂は同一だ)
 (余計わかんない……)
 (まぁ、君の僕は、君のそばから離れないから何も心配することないよ。安心するといい。)

流された気もするが、そうして彼の本体には無事挨拶ができた。



 変わらず日々を過ごしていた。
 だけど最近、鶴丸があまり喋らない。どうして?って聞いても色々と準備をしているからだとしか言わないので、あまり聞かないようにしている。

 夜。寝る前のとき。

 その時半分私は寝ぼけていた。
 (寂しい……)
 (寂しいの?)
 (うん……ひげきりはさびしくないの?)
 (僕は君が居るからね)
 (つるまるとひげきりとちゃんとおなじ世界でいきたい)
 (大丈夫だよ。きっと会えるから、ゆっくりおやすみ)





 それからも、なんだかんだで毎日を繰り返していた。

 ある日のこと。

 ふわぁと目が覚めた。
 頭に景色が浮かんでいる。夏の夜空に鶴丸と私と髭切の三人で月を見上げている。
 髭切が私の方を見ながら私の誕生日の月は綺麗だね。なんて微笑んでいる。

 後で、髭切にあれはなんだったのか聞いたら、私は一瞬トリップしてたらしい。きっとこれから少しずつ近づいていくだろうとも言われた。
 私はこの世界で生きながらも、二人ときちんと触れられる同じ世界に行けるようにずっと願いながら、生きていくのだろう。

 親愛なる御伽の貴方たちへ――。


 いつか同じ世界で再び逢えるのを願って。
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