胡蝶は包まれる
胡蝶は、包まれる
とくとく。ポコポコ。音がする。
まるで海の底みたいな――優しさに溢れたおと。
「あれ?」
一人の少女がなにか違和感を感じて腹部を触る。
ナニカがいる気がする。
「どうかしたの?」
「どうかしたのかい?」
そう。一人の少女に話しかけるのは、眞白の太刀。二振。
一振りは、名に鶴を冠する太刀。鶴丸国永。
もう一振りは、来歴に鬼を斬った伝承を持つ太刀。髭切。
「鶴丸……髭切……なんかお腹が変……」
「うーん?唯の腹痛じゃないのかい?」
「君は、食いしん坊だからなあ」
「そうなのかなぁ……」
少女は、刀の付喪神が見える。神妙な人の子だ。
現世で、この鶴丸国永と髭切と日々を過ごしている。
穏やかで幸せに満ち溢れた日々だ。
ある時のことである。
あるゲーム。ある遊戯をしていると走馬灯が頭を駆け巡った。それは、信じられないような事だが信じるしかないし、それはホントだと。少女自身が一番分かった。
まるで夢物語だ。
審神者。
審神者とは、いちばん古い伝承。語源だと清庭。清い庭。サニワらしい。祭事で琴を弾くものの意味もあるらしい。
この世の審神者の定義は、眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる技を持つ。者のことらしい。
ひとつ選ばれる基準があるとしたら、物の心を励起する技をもつがどうか。……と。いうのが基準なのだろう。
まぁ。この少女がそう思っているかは分からないが、少なくとも刀を刀として在るがままに。それが、この人の子の口癖のようなものだった。
此処からは、一つの物語だと思って聞いてくれ。
あれ?物語が語りかけていると思うかい?私はカタリ。語り部だからカタリ安直だと思うかな。すまない。このお話は、語りかける物語なんだ。子守唄だとでも思って聞いてくれ。字が、子守唄。中々面白いだろう?
さあ。始まりはじまり。
朝。目が覚める。
やはり、ナニカいる気がする。
「おはよう「おはよう」」
ニコリと、微笑む綺麗な眞白の太刀二振。
「おはよう」
少女も。寝ぼけながらも微笑み返す。最早、身に染み付いている。
少女が、いや。少女という歳でもないのだろうか。
いつも通りの日々を送る。
仕事から帰る。青い鳥。絡繰の向こうを覗いている。
「あ!!!!」
「ん?どうしたの?」
「抜丸だって!!」
少女の驚く姿に二人は、目を合わす。
「抜丸かあ……平家の刀だって!!」
「ふーん。そっかあ。良かったね」
「ふむ。平家か。君は嬉しいだろうな……」
「うん!なんだか家族が増えた気分……」
「君は可愛いねぇ」
「君は可愛いなあ」
和やかである。ぽわぽわ空間。幸せ空間である。
少女は、平家に由縁のある人の子だった。だから、尚更なのだろう。
「家にも来てくれるかなぁ」
「きっと。来てくれるよ」
「どうだろうなあ。来てくれたら嬉しいな」
そうやって変わらない日々は過ぎる。
少女にとっては、当たり前の日々。
他から見たら異質な日々。
だけど、幸せな日々。
朝、目が覚める。
綺麗な朱。朱色?
「おはよう」
ニコリと綺麗な子が微笑む。
少女は、私は。脳内が可愛いで埋め尽くされた。
なんだこの子は可愛い。
とても可愛い。
尊い。好き。
あれ?私。知らない内に産んだのかな?
次第に、頭が覚めてきて現実を確認する。
あ。現実だ。私は、毎日。記憶がリセットされる。何故かは分からない。だけど大切なこと。忘れちゃいけない事は覚えてる。記憶が消えるのは怖い。明日の私は私だろうか。と、日々。不安に、いや、不安なんて優しい。底知れない闇に包まれる。
だけど、日々は過ぎるのだ。世のは廻る。それがこの世の理。
「あ、鶴丸!髭切!」
「おはよう」
「おはよう」
「うん。おはようって……そうじゃなくて!この子だれかな?」
「うーん。とりあえず、スマホ見てご覧?」
「スマホ?スマホってなに?」
「ほら君。そこの枕元の絡繰だ……」
「絡繰?」
鶴丸と、髭切の言った通りに視線を向けると黄色いもの。
絡繰があった。これが、スマホか。
あ、覚えてる。というか思い出した。現代っ子の命の奴だ。
とりあえず、頭が考えるより、身体が動く。
私の身体さん賢いよなあ。器の持ち主である私が覚えてないのに身体さんは、動いてくれる。
手が勝手に動いてあるアプリを開く。
綺麗な刀の付喪神。お爺ちゃん。三日月がアイコンになってる。
思考が停止した。
なるほど、良く分からないが分かったぞ。新刀剣男士ってやつだな。
赤神の綺麗な神様。
そして、私の前にいる綺麗な赤髪の神様。
よっし。今日の私。頑張れ。って気合を入れる。
「えっと、おはよう……」
「おはよう」
綺麗な声だ。透き通るような、優しくて、暖かくて、何処か懐かしくて、だけどその懐かしさを私は思い出せない。また、忘れてしまった。雲を掴むような感覚に陥る。サ――と消えゆくような。そうそれは――「✳︎✳︎✳︎」
赤髪の子が名を呼ぶ。
「誰の名前?」
そう言った瞬間。両隣の鶴丸と髭切が苦しげな顔をする。
まただ。またその顔だ。私は憶えないのに、その代わりに鶴丸と髭切が悲しむ。
私の心臓がキュっと痛んだ。
「えっと……私の名前かな?」
「うん✳︎✳︎✳︎」
赤髪の子が微笑む。可愛い。可愛いしか考えられない。……と、いけない。限界オタクって奴だな。覚えてるぞ……どうでもいい事だけ良く覚えてる安本丹な頭。
「えっと君の名前は?」
私が名前があるように、この赤髪の子にも名前がある筈だ。聞いたら、赤髪の子は、目をパチリと閉じたり、開いたりさせた。
無言。
静寂。
私は、耐えられなくなって
「キョウちゃん!!キョウちゃんはどうかな?」
「キョウちゃん?」
首を傾げる赤髪の子。否、今からキョウちゃん。というか、キョウちゃんにする。
「なんでキョウちゃんなの?」
髭切が私に問いかける。
なんで、なんでかあ……それは、「えっとね。さっきの✳︎✳︎✳︎って、私の名前?から一字取ったのとね。今日出会ったからキョウちゃん!あと、綺麗な赤髪だから」
「赤髪だったらキョウなのかい?」
「えっ……?」
「「え?」」
私と、鶴丸と髭切は、顔を見合わせる。
鶴丸が無意識か……と、ポツリと呟いた。良く分からないが多分大丈夫だろう。昨日の私がなんかしたんだね。昨日の私を蹴ればいいのかしら。無理だけど。なんて、脳内ツッコミする。
そうして、朝日は登った。
一日が始まる。
「えっと何したら良いのかな?」
鶴丸と髭切に、今度は私が問いかける。
「そうだなぁ」
シャコシャコ。歯を磨いている。朝の身支度というやつらしい。
色々、鶴丸、髭切、キョウちゃんと喋った。
私の説明?を聞いた。
どうらや、私は記憶喪失ではないが、記憶がリセットされる体質のような物らしい。病気ではないそうだ。というか、病名貰おうと思ったらいっぱい付けれるような人間が私だそうだが、根本的な原因が、奇妙な事だから、お医者さんに行っても解決出来ないそうなので、大丈夫だそうだ。というか、昨日までの私が生きてたんだから、きっと今日の私は大丈夫だろう。知らんけど。
「で、どうするんだい?」
鶴丸が私に話しかける。
「どうするの?」
髭切を見た。なんか分かんないけど、鶴丸と髭切は覚えてる。忘れない大切なことに含まれてるのだろう。随分と難儀な身体だなあ。と、その持ち主の意識の主の私は思った。
起きて、数時間経って、分かった事がある。
私は、とても楽観的だ。
普通、記憶無かったらもっと混乱する気がする。なんかトレンディドラマとかで見た気がする。知らんけど。
たぶん、知らんけど。というのはこの子。私の口癖?というか、地方の方言。訛り的な奴の気がする。
私の前にいるキョウちゃんを見る。
可愛い。とりあえずこんな可愛い子がいるなら天国だろうから大丈夫だろう。昨日の私が死んでたのなら、もしかしたら此処は極楽浄土?……「違うよ。現実だ」
髭切が言うならそうなんだろう。うん。そう思うことにする。髭切はいつだって髭切だ。髭切は、髭切という生命体。髭切オブザイヤー髭切。髭切の中の髭切。
だめだ。髭切がゲシュタルト崩壊しそう。
白い刀を考えよう。
ってあれ?皆んな白い。あれ?白いってなに?「白いの代表は俺だ!」
ふむ。鶴丸が白いのね。確かに白い。
鶴丸国永そんなに白くなって苦労したのね……「多分、君。今、俺に失礼ながら事思ってるだろう」
「ちがうよー」
「そうか……」
チョロい。チョロ丸。可愛い。「君……」
髭切が、私の前を手をパタパタさせて視界を遮る。あ、ごめん。鶴丸と私の世界。マイワールドに旅立ってた。ごめんやで髭切。いつもありがとう。家の髭切は世にも珍しい
お世話する髭切だ。きっと主がこうだからこうなったんだ。私は、彼が居ないとまともに日常生活を送れない。いつも感謝かんしゃ。いや、マジで。
あ。キョウちゃんを忘れてた。
「キョウちゃん。とりあえず、これから宜しくね!」
そうして、私は笑った。
一日、キョウちゃんと過ごして分かった事がある。この子は可愛い。ベストオブザイヤー可愛いだ。
え、マジで可愛い。何して可愛い。存在に感謝!五体投地。
そうして、一日の終わりが迫ってくる。
0時にもう少し、したらなってしまう。タイムリミットだ。私は、寝たら忘れるのだ。
「キョウちゃん……」
「✳︎✳︎✳︎」
可愛いキョウちゃんが哀しげな顔をする。お別れしたくない。寂しい。また、あの感覚だ。闇が迫っくる音がする「キョウ「キョウ」」
鶴丸と髭切が、キョウちゃんの名前を呼ぶ。赤神の綺麗な神様の名前は、本当の名前は抜丸って言うらしい。
抜丸……抜丸かあ。せめて今日の私は覚えていよう。
「キョウちゃん。またね……」
「うん。またね✳︎✳︎✳︎」
そう言って、私は眠った。暗い、くらい、黒い。闇。
朝。目が覚める。
あれ?朱。赤髪の子?ん?なんとなくデジャヴ。既視感が
「おはよう」
「おはよう」
そう言って、赤髪の神様は微笑んだ。
一日が始まる。
朝日は、登った。
どうかな。面白い物語でしょう?あ、私はカタリ。ちょっとは覚えてくれたかな。
この少女は、大切な事は忘れない。きっと、そう……忘れないということは……。一つ、素敵なお話をしましょう。私が知ってるお話で大好きなお話なんだけどね。ある蟲って生き物の話。
生まれては1日で死んでいく蟲に寄生されて、
一日きりの生涯をおくる蟲の時間に同調して夜に年老いて死ぬ女の子のお話。
台詞であったの。
「一日一日、一刻一刻が息を呑むほど新しくていつも心の中がいっぱいだった」
きっと、この少女にはきっとこの世が綺麗に見えてるのだわ。
そうでしょう。主。このカタリは、我。抜丸。
主の語り部。
美しい朝がきた。
お空は綺麗だ。
世は廻る。回る。恵る。円る。
世界は、今日も美しい。君がそれを忘れるな。
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