丸に揚羽蝶



紡がれた。
胎の中の鼓動が聞こえた。
生命の音だ。
暖かい、温もり、柔らかい。
守らくては、この子は守る存在だ。
そして、永遠に。

そう希う。



「この子は、なんて名前?」

儚く、強く、美しい、一人の人の子に僕は聞いた。

「名前……名前ですか……なんて名が良いかしら」

クスクス笑う女子。蝶の家系の子。僕とは、本来なら合間見える事も無いはずの子だ。
だけど、この人の子は変わっていた。
魑魅魍魎が見えるし、挙句の果てには、刀に話し掛ける。
そう、刀の付喪神。源氏の重宝である。僕に。変わった人の子だ。その子が、好敵手である僕の家に嫁いできた。そうして、命を宿した。

「髭切様が名付けますか?」

僕に微笑む、蝶の子。名。名かぁ。

「僕?僕がかぁ。うーん。そうだね。このこの名は、***」


刻は流れる。
蝶は、幼き蝶を産んだ。
赤子とは言うけれど、白子。そんな呼び方でも良いくらい真っ白な子だった。
眼が合う。
凛とした瞳。射抜くような瞳。無垢な瞳。
白子。白子は、すくすくと成長した。
名を授けたのが遠い昔のようだ。
僕が名付けた名。僕の愛し子。僕が守るべき子。
この子も、蝶の子だけあって、視える子だった。

「きみ。***」
「なあに?髭切様」

白子が舌足らずな言葉を紡ぐ。
愛おしい。白子が僕の名を呟くだけで、鋼の心が満たされる。人の子とは、こんなに可愛らしいものなのか。

「君はどういう子になるのかなぁ」
「どういうこ?」
「うーん。君の未来はどうなるのかなぁって……」
「みらい?」
「君には難しいか……ふふっ。君は君ですくすく大きくなったらいいよ」
「すくすく?」
「そう。すくすく」

すくすくと言いながら、クスクス笑う白子。この子の行く末が幸せでありますように。一振の刀である僕は願った。

巡る。廻る。恵る。めくる。
季節が色を彩るように、瞬きもしないうちと錯覚するように。白子は成長した。すくすく成長した。木々が伸びるように。枝葉を伸ばすように。命の年を重ねた。
白子は、僕が視えている。だが、周りがそれを遮った。
深い朱の匂いがする。
白子が大きくなればなるほど、匂いは色濃くなる。
僕は、それがどういう言の葉で表せば良いのか分からなかった。

白子が本当に白に包まれた。
人の子なのに、物のように、命あるものなのに、それを壊すように。
遠い日の昔に僕が想った未来は果たしてこうだっただろうか。

「ねぇ。白子……君は幸せかい?君は君であるのかい?」

変わらぬ。あどけない寝顔で瞳を閉じているしらこは答えない。
うつろ。空ろ。夢現。

「髭切様……?」
「ああ。君の髭切だよ」

久しぶりにちゃんと話をした。思わず夢に入ってしまった。僕が夢枕に立つなんて。何をしているのだろう。何をしたいのだろう。

「髭切様……」

白子は微笑む。

「ねぇ。髭切様。私のお願い聞いてくれる?」
「なんだい。***」
「えっとね……」



明るい光に包まれる。
深い空から、広い空にうつる。


「髭切様……?」
「なんだい***」
「私の願いを叶えてくれてありがとう」


そう言って来世の君は笑った。
紡がれた。
生命の音がする。命の鼓動だ。この子の音が一番心地が良い。
また、音が弱くなる。
なんど僕は、その音を聞いたのだろう。
そうして、僕は願うのだ。
永遠になりますように。
そういのる。
刀がいのるように。ひともまたねがう。


丸に揚羽蝶。
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