僕が「救けて」と言えるまで
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うーん、これはなかなかやってしまったかもしれないなあ。
親とか名前とか聞くの当たり前なんだろうけど、その当たり前が僕は一番困っちゃう。
「君、自分の名前は言えるかい?」
黒い人と話してた塚内さんが僕に聞く。
さっきも聞かれたけど名前かあ。
血鬼って名乗っていいの?
あれ。いいんだっけ?ダメなんだっけ?
またうーんと唸り始めた僕に、塚内さんは困ったように顔を顰める。
顰めたいのは僕だよ!
時間止めて逃げてもいいけど、この姿で変に勘繰られても困るんだよね。
この僕は、カニバルじゃないから。
「えっと、かん?」
あ、と思った時には遅い。
何か言わなきゃと思ってつい口をついて出てきたのは、あのお姉さんだった。
僕に個性をくれた、「かん」と呼ばれていた人。
「かん?それは名字かい?」
そう聞く塚内さんと、その後ろでピクリと反応する黒い人。
名字?
あ、どっちなんだろ。あれはお姉さんの名前なんだろうか、名字なんだろうか。
「お前、個性は」
黒い人が怖い顔で聞く。
個性。個性かあ。
あれはカニバルの個性だから言っちゃダメだよね。
じゃあ、ここで言える個性は
「血液操作、かな?」
ちょっと濁してみるけど、黒い人はさらに眉間の皺を濃くする。
大丈夫?あとついちゃうよ?
そのまま黒い人は塚内さんに何か耳打ちすると、どこかへ電話をかけ始める。
「ちょっと僕たちと来てくれるかい?なに、嫌なことはしないよ。君のことが心配だから、ちょっと話を聞くだけさ」
塚内さんはそういってウインクをする。
うわー、凄い良い人。警察は嫌いだけど、塚内さんは別かも。
結構、好きかもしれないなあ。
「塚内さん、少ししたらブラドが来ます。」
ぶらど?誰?
なんて考えてると、少し先に黒パーカーのフードを目深に被った人が目に入った。
その目は驚きに見開かれている。
あーあ、見つかっちゃった。
僕、またバカって言われちゃうよ。
「じゃあ行こうか」
警察に弔君が見られるわけにいかないからね。
僕は塚内さんの後を追いながら、後ろ手に弔君に手を振った。
お迎え、待ってるよ。
あー、あったかいお茶、めっちゃ美味しい。
ただいま、僕は塚内さんが出してくれたお茶を飲んでます。
あれから僕は警察署に連れていかれた。
僕がカニバルだってバレる心配はないんだけど、なんか落ち着かないよね。
早くお迎えこないかなー。
「塚内さん」
たぶん僕の調書を書いてる塚内さん。
その向こうからさっきの黒い人と、おっきい人が歩いてくる。
知らない人。
だけど、似てる。
「わざわざすまないね、ブラドキング」
ブラドキングと呼ばれた人の目は、あの優しいお姉さんにとっても似ていた。
表情には出さないように気を付けながら、僕はまたお茶をすすった。
「いや問題ない。しかし、その子供がどうかしたのか?」
なぜここにお姉さんに似てる人がいるんだろうか。
「こいつ、かんと名乗り、個性は血液操作だといったんだ」
黒い人の言葉に、ブラドキングさんが真っすぐに僕を見る。
でも僕の顔を見るなり、すぐに首を横に振った。
「俺の親族にはこんな子供はいない」
んー?と首を傾げる。
なんでこの人がそんなこというんだろう?
不思議そうにしていると、ああと塚内さんが気づいてくれた。
「彼はブラドキングというヒーローだよ。彼の個性が操血…君と同じ血を操る個性でね、さらに名字が管(かん)っていうから、イレイザーは君がブラドキングの親族だと考えたんだ」
へえと呟きながら、僕は確信する。
僕はこの人の親族じゃない。
でも、お姉さんがきっとそうなんだろうなと思った。
だってこの個性はお姉さんのだし、お姉さんは「かん」と呼ばれていたし、あの優しい目はお姉さんと一緒だもの。
「しかし違ったようだね。どうしたものか…」
「校長が雄英に連れてきてもいいと言っていたぞ」
ゆうえい?
「え、雄英?」
思わず口に出てしまった。
だってここでその名前が出てくると思わないじゃん。
ゆうえいって、雄英?雄英高校?
「彼らは雄英高校の教師でもあるんだよ」
え。教師?
待って。ブラドキングさんは良いとして、あの黒い人も?
じとっと黒い人を見ると、逆に睨み返されてしまった。
だってどう考えても教師っていう見た目じゃないじゃん…
3人が話しているのを見ながら、僕は足をぶらぶらと揺らす。
退屈だなー。帰りたいなー。弔君不機嫌かなー。
何気なく周りを見渡していると、ふと入口辺りにいる女性と目があう。
知らない人。
でも、あの雰囲気は知ってる。
「あ!お母さん!!」
僕は勢いよく立ち上がり、その女性の元へ走り出す。
そして思いっきり抱き着いた。
やっぱりその人からは、先生のところの匂いがする。
「もう、どこに行ってたの。心配したのよ?」
僕と同じ黒い髪に青い目の知らない女性は、優しく僕の頭を撫でる。
遅れてやってきた塚内さんが頭を下げる。
「あの、あなたは…」
「息子がご迷惑をおかけしました。この子の母です。」
申し訳なさそうに頭を下げる女性にならって、僕も慌てて頭を下げた。
「少し目を離したすきに一人でふらふらと歩いて行ってしまって…」
塚内さんは安心したように微笑んだ。
オカアサンは、ゆっくりと僕の肩を抱くとそれではと言って帰ろうとする。
「息子さん、自分の名前を言えなかったようですけど」
黒い人がそういうと、オカアサンはちらりと僕に視線を落とす。
そんな睨まないでよー。僕、名前なんてないもん。
ないというか、どれを名乗っていいかわからなかったんだよー。
「知らない方と話して、少し気が動転していたのよね。今はちゃんと言える?」
オカアサンが僕をじっと見る。
塚内さん、黒い人、ブラドキングさんの目を真っすぐに僕を見ている。
オカアサンの口が小さく動く。
僕はにっこりと微笑んで頷いた。
「神呪礼です」
神を呪う、僕の名前。
先生がつけてくれた、僕だけの名前。
「では私はここで」
警察署を出て暫く普通の親子のようににこやかに会話をしていたオカアサンは、すっと無表情になると踵を返す。
もう二度と会うことはない。
あれは、先生か黒霧が用意したであろう、知らない人だもの。
「お前なあ、バカなんじゃねえの」
首に手がかかる。
器用に中指だけを浮かした弔君が僕の後ろにいた。
「ねー、僕もびっくりしたんだよ?僕はただお散歩してただけなのにー」
ぶーと頬を膨らませる。
ゆっくり体重を預けると、弔君が溜息をついた。
「俺の目の届かないところにいってんじゃねえよ、バカ」
「ん…ごめんね、弔君」
僕は弔君の所有物。
先生の所有物。
二人だけが、僕を救ってくれたから。
ぬるま湯みたいなここが僕の居場所。