僕が「救けて」と言えるまで
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「ねえ知ってる?僕ね、悪い人が嫌いなの」
---ぐちゅぐちゅ---
水音が真っ暗なビルに響く。
目を見開いたまま恐怖にがくがく震える男は、何が起こったのか分からなかった。
いつも通りに帰宅していると、子供に呼び止められた。
真っ暗な闇の中で真っ黒な服の変なマスクをつけた子供が、にっこりと笑った。
目にかかるくらい伸びた前髪の奥で、赤い目がきらりと光る
「悪いことはダメなんだよ。おじさんもわかってるよね」
知らない。こんな子供の知り合いはいない。
なんで自分がこんなことになっているのかも、分からない。
「……なん、で…おれ、が」
ひゅーひゅーと喉が変な風になる。
それでも必死に絞り出した声で赤い目が愉快そうにほそまる。
「わからない?おじさん、悪いことしたからこうなってるんだよ?」
ガキが手についた血を舐める。
俺の体の感覚は、もうない。
「おじさんを壊してほしいって僕お願いされたの。だからね、壊すんだ。」
「ぐっっっっっ」
にっこりと笑ったガキの手が俺の体に沈む。
勢いよく引き抜いた手の中には、まだどくんどくんと動く赤い塊があった。
「さようなら、おじさん」
僕のターゲットは、年齢も、性別も、みーんなバラバラ。
ただ一つの共通点は法では裁けない悪事を働いていること。
それは僕が出した条件だった。
僕は壊すのは、悪い人だけ。
あいつらと同じ、壊す人、だけ。
あいつらと同じ、傷つける人、だけ。
そして僕は笑う。
間違っていないと言い聞かせて。
「おじさーん、これちょっともらうね」
くすくすと笑って真っ赤に染まったおじさんを見る。
おじさんは、もう動かない。
おじさんは「ごーかんま」ってやつだったんだって。
女の子がたくさん壊れたって資料に書いてあった。
ヒーローのくせに、酷いことするよね。
赤い塊…おじさんの心臓を持ちながら、反対の手でマスクの口の部分のチャックをあける。
既に歯はギザギザになってる。
僕は捕食時だけ歯が鮫のようにとがる。
肉を食いちぎりやすいようになるんだ。
---ぶちっ…ぐちゃっ---
肉を食いちぎる音が響く。
「うえ、やっぱり慣れないや」
口の中に広がる生臭さに、すぐに吐き出す。
これは僕の痕跡を残す行為。
僕が来たぞ、逃げられると思うなよ。
震えろ、恐怖しろ。
ヒーローを裁く、カニバルを。
おじさんの手をお腹の上にもってきて、その上に心臓を置く。
そしたら複数の足音が聞こえてきた。
「へえ」
凄いな。僕を見つける人がいるなんて、少し警察を侮ってたみたい。
僕は口角を上げる。
笑え。
「動くな!!!」
僕の目の前に、銃を構えた人が現れた。
「すまないね、イレイザーヘッド」
「いえ、相手の個性が分からない分、備えすぎということはないですよ」
ぼさぼさの髪の彼がゴーグルをつけながら答える。
彼はイレイザーヘッド。
今回、個性不明のカニバルを追うにあたって、個性・抹消の彼に協力を仰いだのだ。
異形系でなければ、彼の個性が有効だと思ったから。
「それで、本当にここに…?」
数十分前。
僕は複数人のカニバルのターゲットになる可能性のある者に目星をつけ、監視を行っていた。
そのうちの一人の男が、この付近で消えたとの情報が入ったんだ。
「確証はない。けれどここ近辺で人気がなく、犯行をしやすいのはこのビルだけだ」
数年前から無人でなったこのビルに近寄る者は少ない。
カニバルが誰にも目撃されていないことを考えると、この近辺にはこのビルしかなかったのだ。
数人の警官が銃を構える。
イレイザーヘッドも首元の布に手をかけた。
『うえ、やっぱり慣れないや』
最上階から届く声に、僕たちは無言で目を見合わせ頷く。
カニバルかどうかはわからない。けど、誰かが上にいる。
一歩階段を上がることに血の匂いが濃くなる。
ばんっと勢いよく扉を開け、銃をそちらに向けたまま叫んだ。
「動くな!!!」
瞬時にイレイザーヘッドの髪が逆立つ。
彼が個性を発動している証拠だ。
「……え」
思わず間抜けな声が出た。
真っ赤な血の海が広がっている。
そこには男が倒れており、そのすぐそばに人が立っている。
華奢な体、低い身長。
片方だけ見える赤い瞳。
「凄い凄い。僕が仕事中にたどり着けるようになったんだねえ!」
この場に不釣り合いな高い声。
それは、子供だった。
「ッッッッッ」
その場の全員が息を飲む。
月明りに照らされた子供の口元は、真っ赤に染まっていた。
あいたチャックの向こう側の口が、さらに言葉を続ける。
「最近ね、見つけるの早いなーって思ってたんだ。誰かが僕のこと大好きで、調べてくれてるんだって」
イレイザーヘッドの髪がおりる。
彼の個性発動時間には限りがある。
それを横目で見て視線を戻した瞬間、数メートル離れたところにいたはずの子供が、僕の隣にいた。
「!?!?!?!」
驚きで体が動かない。
いつの間に移動したんだ!?
「ふーん、塚内さんって言うんだね」
なぜかその手の中には僕の警察手帳。
胸ポケットにしまっていたはずのそれが、なぜか子供の手の中にあった。
「なっ!?」
イレイザーヘッドの声が耳に届いた瞬間、子供はまるで瞬間移動をしたかのように彼の後ろにいた。
「あなたに見られると、僕、使えなくなっちゃうの。だからあんまり見ないで、ね?」
ピクリとも動かないイレイザーヘッド。
その背中には、大振りのダガーナイフが突きつけられている。
「大丈夫だよ。あなたたちは悪いこと、してないでしょ?」
赤い目が細められる。
鮫のようなギザギザの歯が見えた。
「壊してってお願いされてないから、僕は壊さないよ。悪い子にはなりたくないもん」
鼻歌を歌いながら楽しそうに話す子供に、僕たちは一歩だって動けなかった。
イレイザーヘッドが人質に取られているのもそうだが、彼の純粋なまでの狂気にあてられていた。
「……君が、カニバルかい」
声が震える。
絞り出した声がとても小さなものだったが、その子にはちゃんと聞こえたようだ。
「そうだよ、僕が人食い鬼・カニバル。初めまして。塚内さん」
マスクの下で笑った顔がとても無邪気で、僕たちは絶句した。
悪意はない。殺気も。
相変わらずナイフは突きつけられているものの、殺すつもりはない、と思う。
「お前はなんのために人を殺す」
静寂の中、声を上げたのはイレイザーヘッドだった。
ナイスを突き付けられた彼は、視線を真っすぐ前に向けたまま問う。
「悪い人だからだよ。それだけ。あなたたちと同じでしょ?」
「俺達は違う。殺さない。生かして、罪を償わせることが、正義だ」
きょとんと首を傾げる。
「じゃあ、正義で裁けない悪はどうするの?ヒーローや警察が裁いてくれない悪はどうするの?」
心底不思議そうに、ハンニバルは問う。
「おじさんはたくさんの女の子を壊したよ?でも裁かれなかった。なんで?」
その言葉に僕は拳をぐっと握りしめた。
確かにそこで事切れている男は、複数の性犯罪を犯していた。
ただ明確な証拠がなく、被害者達も詳細について語らなかった。
そのため警察は動けず、彼は裁かれなかった。
彼がヒーローだということも、事件を公にできない理由だったかもしれない。
性犯罪の被害者が話さないケースは多い。
それにより、加害者が裁かれないケースも。
それに、と言葉を続ける。
冷たい、声。
先ほどまでの無邪気な子供の声とは違う。
地を這うような、身震いするほどまでの声。
「ヒーローは、誰が裁いてくれるの」
カニバルが小さく唸る。
ダガーが少しだけイレイザーヘッドの体に食い込んだ。
少しだけ顔を歪めた彼は、それでも言葉を続ける。
「それでも、人を殺すことは悪だ。お前にとっては正義なのかもしらんが、それは間違った正義だ」
ぷるぷるとナイフを持つ手が震える。
怒っているのか、悲しんでいるのか、その感情が読み取れない。
「……間違ってるとか、正しいとか、悪とか、正義とか、誰が決めてるんだよ」
声も震えていた。
ごぽりと彼の口から液体のようなものが吐き出される。
「それなら…間違っているのは、世界の方だ」
その言葉を最後に、カニバルは僕たちの前から姿を消した。
「ごほっごほっ…うえ」
愛しい人形が返ってきた。
血まみれのその体をくの字に曲げながら、口の中の液体を吐き出す。
「ああ、帰って来たね。大丈夫かい?」
優しく頭を撫でてやると、彼はのろのろと顔を上げた。
可愛そうに。酷く傷ついた顔をしているね。
「せん、せ」
ゆっくりと動くと、私の体に抱き着く。
華奢なその体を抱きとめ、そのマスクをとってやる。
瞳は青に戻り、歯も普通の人のそれに戻っていた。
「どうしたんだい、君があんなに声を荒げるなんて珍しいじゃないか」
全て見ていた。
彼が何を言われたのかも。
「せんせ……僕、間違ってるの?」
不安に瞳が揺れている。
ああ困ったな。
僕の可愛い小鬼に、余計な事を言うのはやめてほしいなあ。
まだ少しばかり精神的に不安定なんだ。
「大丈夫さ、血鬼。君は間違ってなんかいないよ」
間違っていないとともう一度呟くと、血鬼はゆっくりと息を吐き出す。
可愛い、僕の血鬼。
「両親は君を捨てた。ヒーローが君を捨てた。警察も、誰も助けにきてくれなかった。君に救いの手を差し出したのは、誰だったんだい?」
虚ろな目が、空を見つめる。
「せんせい、と、とむらくん」
「そうだ。だから僕たちの言葉だけ聞いていればいいんだよ。」
さらさらと指通りの良い黒髪を弄ぶ。
「僕の可愛い血鬼。何も間違っていないさ。間違っているのは、世界の方だ」
そう囁くと、安心したように彼は目を閉じた。
さあ夢を見なさい。
君の、血にまみれた原点を。