僕が「救けて」と言えるまで
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あれから数週間。
僕は黙々と公安の仕事をこなした。
ホークスがヒーローだからこそ手の出しにくい人を殺した。
住むところは公安が用意したところを転々とした。
学校には退学届けが提出されたらしい。
ひと悶着あったみたいだけど、公安からの指示だったから受理されたんだって。
僕の耳にはGPSが埋め込まれた。
これでも敵だからね。
居場所がすぐにわかるようにだって。
雄英では体育祭が行われた。
テレビで見たかつてのクラスメイトは、みんな真っすぐにヒーローを目指してた。
眩しくて、すぐにテレビを消してしまった。
「今日もこれで、仕事は終わり」
目の前で事切れる人を見る。
公安を裏切った人だって。
先生からも弔君からも接触はなかった。
裏切った僕を殺しに来るかと思ったけど。
「僕は何をしてるんだろ」
分からない。
けど、いいように使われるのは気持ちが楽だった。
自分で考えなくていいから。
あの頃と同じ。
先生に言われたことだけやって、何も考えずに笑っていたあの頃と。
「さむい」
もう夏に近づいてきたのに、僕は身を縮めてしゃがみこんだ。
手が冷たい。
僕は、何をしているんだろう。
「見つけた」
急にした声に、思わず武器を構える。
個性を使おうとして、それが使えないことに気づいた。
「あいざわ…せんせ」
髪を逆立てた相澤先生がいた。
怒ってるような、安堵しているような、変な顔だった。
「逃げようなんて思うなよ。お前の個性は消せる」
捕まえに来たんだろうか。
カニバルを。
僕は諦めたように武器を捨てて、手を上にあげた。
「僕は捕まえられませんよ」
僕は捕まらない。捕まっても、きっとすぐに開放される。
僕のことは公安の管轄だから。
先生には無理だ。ヒーローは、公安の管轄だもの。
先生の髪が下がる。
「捕まえる?なにバカなこと言ってんだ。俺は連れ戻しに来たんだよ」
「え?」
思わずバカみたいな声が出た。
連れ戻す?どこに?
「切島や上鳴、飯田がお前を探し回っている。飯田に委員長の票を入れたのお前らしいな?あいつ、まだ期待に応えられてないって言ってたぞ」
「なんで、だって僕は…」
僕は退学したはずだ。
なのになんで、探すの?
「お前はまだ俺の生徒だ。校長がお前の退学届けを受理していない」
え?だって公安の人言ってた。
届けは無事処理されたって…
「不合理だといったんだがな。公安に逆らっても、いいことはない」
それでも、と先生は言葉を続けた。
「俺はもう一度、お前に会わなきゃいけない。会って、言わなきゃならんことがあった」
先生が僕の目の前にしゃがむ。
目線を合わせて、少しだけ笑った。
「あの時お前が救けてくれなきゃ、俺は右腕までも折られるところだった」
思い出すのは、ずいぶん前に感じるUSJでのこと。
「自分が大怪我することはわかってたんだろう。なんで、俺を救けた?」
大怪我するなんてことに頭が回らなかった。
だってあの時は本当に無意識で…
「僕、何も考えられなくて…ただ先生が壊れちゃうって思ったら、考えるより先に体が動いてて…」
「これは受け売りだがな、トップヒーローは逸話の最後をこう締めくくるぞ」
---考えるより先に体が動いてたって---
先生の優しい手が僕の頭にのせられる。
あの時と同じ温かい手。
僕が壊されたくなかった、先生の右手。
「ありがとう。俺はお前に救けられた。あの時間違いなく、お前は俺のヒーローだったよ」
---お母さんとお父さんみたいな、ヒーローに!!---
4歳より前のこと。
僕の夢は、みんなと一緒のヒーローだった。
でも両親に絶望して、ヒーローに絶望して、いつしかその夢は失われていた。
自分の血にまみれた個性が嫌で、こんなんじゃヒーローになんかなれるわけないって思った。
だから偽善でもいいから、悪い人を捕まえたかったんだと思う。
だって誰も僕の伸ばした手は、掴んでくれないから。
僕がいままでしたことは消えない。なくならない。
僕が壊したものは、戻らない。
でも、これからは?
「僕…僕は」
「片喰類…ちゃんと言葉にしろ。手を伸ばせ。」
言葉…あの日届かなかった…
僕の、片喰類の、言葉。
「俺は抹消ヒーロー・イレイザーヘッド」
黄色のゴーグルがきらりと光る。
「覚えておけ。お前を救う、ヒーローの名だ」
先生が伸ばしたその手に、ゆっくりと手を重ねる。
僕の頬を、温かいものが流れていく。
「…救けて、ヒーロー」
世界は平等じゃない。
それは齢4歳で知る、世界の摂理。
救われるもの、救われないもの。
傷つけるもの、傷つけられるもの。
笑うもの、泣くもの、笑いながら泣くもの。
これは僕が、救けを求めるまでの物語。
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