僕が「救けて」と言えるまで
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久しぶりの公安からの仕事に、俺は事務所を飛び立つ。
飛びながらメールを読んでいた。
(片喰類…公安が4年探してきた少年、か)
タイムヒーロー・ストップの個性を持つとされる彼を、公安は逃すわけにはいかなかったらしい。
(タイムヒーロー・ストップか。俺の先任の人だよな)
今現在公安所属のヒーローである自分の先任だった男。
4年ほど前にある組織を追っている最中に消息を絶った。
彼が最後に提出した資料にあったのが、“片喰類”という名前と綺麗な少年の顔写真だった。
ストップの個性は絶対停止。
体感時間を止めるそれは、かなりの強個性であり、公安は失うわけにはいかなかったらしい。
(いきなり現れたと思ったら雄英に入学して、しかも大怪我してたらそりゃ保護しろってなるよな)
名前は違うが願書にある顔写真は多少成長しているものの、片喰類本人だった。
戸籍も新しく作られていたが、大方有用性を見出した誰かに利用されていたのだろうとの見解だ。
(利用…ね。それをさらに脅して利用しようっていうんだから、ほんっと嫌になる)
俺の任務は少年の保護、説得もしくは脅迫をし、公安所属の狗になってもらうこと。
大きく見開かれた瞳。
澄んだ海みたいな青い目が綺麗だなと思いながら見つめていると、彼、類君はスプーンを落とした。
「あ、時間止めて逃げられても困るからちょっとだけお粥に薬を入れさせてもらったよ。大丈夫。ちょっとだけ体が痺れるだけだから」
我ながら15歳のいたいけな少年に何してんだと思う。
けど会長から、何をしても絶対に逃がさないようにとの命令だ。
「体の自由は聞かないかもしれないけど、耳も聞こえるし、喋れるでしょ?」
それでも類君は何を言っていいか分からないようで、視線を不安気に揺らすだけ。
「俺はウィングヒーロー・ホークス。公安所属のヒーローです」
お粥とスプーンをキッチンへ運びながら話を続けた。
「本当は俺もこんなことしたくないんだけど、上からの命令でね。今日は君と交渉をしに来たんだ」
違う。これは交渉という名の脅しだ。
「君がカニバルで、間違いないね?」
真っすぐ見つめた類君の瞳が、大きく揺れた。
呼吸が少しだけ荒くなる。
ビンゴだ。この同様の仕方は、ほぼ間違いないだろう。
警察から上がってきた資料で、“時が止まったかのようにカニバルが移動した”という記述があった。
カマかけだったけど、やっぱり彼がカニバルだ。
「本来であれば、俺は君に手錠をかけて逮捕しなければいけない。敵として処理しなければいけない。でも君がある条件を飲んでくれさえすれば、君の自由は約束するよ」
それは鳥籠の中での自由だけどね。
「じょう、けん」
「うん、君には公安の裏のお仕事をしてもらいたい。カニバルとして」
カニバルの被害者は殆どが公安にとっても目障りな奴ばかりだった。
ヒーローが悪時を働く、そんなのヒーロー社会の根源を揺るがす問題だ。
だから上は、カニバルの存在を有用視していた。
あえて公には追わなかった。
(それでも、俺は15歳の少年にこんな選択を迫るのが、正義だとは思えんけど)
俺の言葉に、類君はゆるゆると顔を上げる。
少量だったから、もう体の痺れは取れているはずだ。
「それは、僕に人を殺せってことですか」
「……カニバルとして、悪い人を捕まえてほしい」
あえて殺すという言葉は返さなかった。
俺はヒーローだ。人は殺さない。公安も、そういう命令は俺にはしない。
けどこの少年には違うだろう。
「もちろん君が望むのであれば、公安の仕事をしながら雄英に変わらず通ってもらって構わないよ」
類君は、自分の手を見つめて笑った。
諦めたような、安心したかのような、寂しい笑顔だった。
「いえ、いいです。僕にはあそこは眩しすぎる。」
彼の過去に何があったのか、片喰類という少年に。
おおまかなことは聞いている。
親からの虐待を受け、売られ、嬲られ、敵に襲われ、攫われた。
大人にいいように使われた少年を、さらに大人の身勝手で締め付けようというんだ。
(気持ちのいいものじゃ、ないな)
願わくば、誰かが彼を救ってくれますように。