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鬼さんこちら

女が一人、走っている。

息を切らせながら、走ってる。

森の中、木々を避けながら、走っている。

「はぁっ…はぁっ…」

満月に照らされた彼女の影は後ろに伸び、いびつに歪んでいた。

「ねぇ…ちょっと…休憩…しない…?」

息を切らせながら背後の闇に問う女。

『疲れたのなら休んだらいいよ。いい加減諦めなよ。』

闇はニヤリと笑う。

『もう、お腹ぺこぺこなんだ。そろそろ食べてもいいでしょ?』

「話が…違う…でしょ…」

舌舐めずりをする闇に女が青ざめる。

『僕たち妖が約束なんて守ると思う?…本当に愚かだね、人間って』

「愚か…だって?」

女は足を止め、振り返る。

そこには黒い霧のような妖。
名は『カゲフミ』

「それがどうしたってんのよ!!」

空気を揺らす声に、カゲフミは怯む。

「私には夢がある!目標がある!ただそれだけをひたすら追いかけてここまで来たの!」

その声は、その様子を眺めていた者のところまで響く。

「今はまだ坂道を登る途中なの!ここで倒れるわけにはいかないのよ!!」

女はそう叫び、カゲフミに向けて御札を投げた。

一時的に動きを封じるだけの弱い札だ。

その隙に踵を返し近くの祠に駆け込む女。

その土地の神を祀る祠。
妖たちはその祠を苦手とする。

実際に神が祠に住まうのは稀だが、人々の信仰心が妖を祓う力を与える。

「はぁっ…はぁっ…」

祠の中で倒れ込み、息を整える女。

「ここで…しばらく休もう…」

カゲフミが祠の周りを回る気配がする。

『ねぇ~出てきてよぉ。遊ぼうよぉ。』

「…はぁっ…はぁっ…」

『突撃しちゃうよぉ?…ここの祠、結構寂れてるし。』

「…っ!!しまったっ…」

信仰心の薄れた祠は、守りが弱くなる。

「……こうなったら…」

女は立ち上がり、今度は強い御札を手に取る。

「こんなことはしたくないんだけど…」

強制的に妖を浄化する、強い札。

「ごめん…カゲフミ…」

祠の扉に手をかけたその刹那、

「散れ」

地を這うような声が響いた。
それと同時に強い『気』を感じる。

この気は…只者じゃない…

『な…なんだよお前は!!』

カゲフミの声も狼狽える。

「貴様なぞに名乗る必要は無い。」

『…くっ…わかったよ!』

その声と同時にカゲフミの気配が消えた。

けれど、強い『気』は消えない。

…この扉の向こうに、何かいる。

体力を消耗してしまっている今の自分に、このような力の強い者を相手にすることはできない。

この扉は、開けてはいけない。

「おい。人間」

開けてはいけない。

「そこにいるのだろう。」

開けてしまえば、食われてしまう。

そう、思った。

「身体は大丈夫か」

「…え?」

淡々とした声色、しかし女の身を案じる言葉。

「…大丈夫…です。」

戸惑いながら返事をした女に、扉の向こうの声がかすかに笑う。

「そうか。…ならば良い」

気配が動く。

ここから去るのだろうか

「あ、あのっ」

「…なんだ」

また、気配が近づく。

「……ありがとうございました。」

たとえ、相手が人ならざる者でも

「…助けて頂いて。」

礼を忘れない。

「このご恩は…忘れません」

恩義は忘れない。

すると、扉の向こうがまた再び微かに笑う。

「気に入った。」

「え?」

声と共に、扉が開かれた。

目の前には、金髪赤眼の男。

「お前が住処に戻るまで、この俺が護衛をしてやろう」

こうして向かい合ってわかった。

「ありがとう…ございます」

目の前の男は、妖なんて低俗な者ではない。


彼は、鬼だ。

気高き、鬼だ。



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