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落第人生、転落忍生



乱太郎&伏木蔵の場合

♡♠︎♢♣︎
《猪名寺乱太郎と鶴町伏木蔵のスリル探し》

「すっごくスリルぅ〜」

「はいはい、スリル〜」


オオカワシティ西部。
民の憩いの場となっている自然公園に、影がふたつ。
一つは長く、一つは短い。
一人の青年と一人の少年が手を繋いで歩いていた。
それだけならば、ごく普通の風景だろう。
けれども、二人は泥だらけで、擦り傷だらけだ。


「らんたろー!次はあっちに行こう」

「待って、伏木蔵。土を落としてから行こう」


猪名寺乱太郎と、伏木蔵。
二人は、兄弟である。
兄弟と言っても、血の繋がりは無い。





猪名寺乱太郎には、前世の記憶がある。両親も前世の記憶を持っていて三人は幸せに暮らしていた。

乱太郎は、かつてと同じで絵を描くのが好きだ。
風景を描くのも好きだが、人間を描くのが一等好きだった
好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、コンクールでは何度も金賞を取っていた。
その功績で美術大学に推薦を貰い、この春から美大生だ。


伏木蔵と出会ったのは、高校二年生のころ。
自然公園でスケッチをしていた時のことだった。

「スリルぅ〜」

聞き覚えのあるセリフ。
声のした方を見れば、小学一年生くらいの男の子が、ジャングルジムから飛び降りようとしていた。

「えええええ!!!?」

身体が勝手に動いていた。

スケッチブックとコンテを放り出し、ジャングルジムへと駆ける。
かつて韋駄天と呼ばれていた。その足は健在だ。

重力に身を任せた少年を何とか受け止める。

「な、な、何やってるの!!?」

「わーぉ、すっごーくスリルぅ〜」


顔面蒼白な乱太郎に対し、少年は頬を上気させ恍惚の表情を浮かべていた。


これが二人の出会いだ。

少年の名は伏木蔵。
かつて同じ保健委員会に所属していた。
けれども彼には前世の記憶が無いようだ。

彼の名は伏木蔵。苗字は、無い。
孤児院で暮らしているらしい。



それから二人は自然と仲良くなった。
スリル探しと称して色々な場所に行った。
伏木蔵は一人では行けない川辺やちょっぴり危険な山道などに行くことができた。
乱太郎は色々な美しい景色、伏木蔵の様々な表情を描くことができた。


そうして、高校三年生の冬。


「父ちゃん。母ちゃん。お願いがあります。」




“美大に合格したら、伏木蔵を私の弟にしてください。”







桜の花びらが、ひらひらと舞う。
それを捕まえようと、9歳になった伏木蔵がパタパタと走り回る。


「ちゃんと前見て走らないと、転ぶよ」

「それはそれでスリルぅ〜」

「もう、怪我しても知らないよ」

「らんたろーは優しいから怪我しても治してくれるもん」


その時、走り回っていた伏木蔵が、どすんと何かにぶつかる。


「わわわっ!」


ぶつかった“それ”は間抜けな声をあげて側溝に足を突っ込んだ。

“それ”は人間だった。


乱太郎は自分顔から血の気が引いて行くのを感じた。
生まれ変わっても不運は変わらずか。


「ご、ごめんなさい!お怪我はありませんか!!?」

慌てて伏木蔵とぶつかった相手に駆け寄る。

「ああ、大丈夫だよ」


そう言ってこちらを振り返ったのは



「伊作…先輩」



かつて、自分があの学び舎に入った一年目にお世話になった保健委員長。
彼もこちらに気がついたようだ。

「…乱太郎…なのかい?」

「…はい」


返事をすると同時に抱きしめられた。
温かい。相変わらず善法寺伊作は温かかった。

久しぶり
元気だったかい?
今、幸せかい?

温もりがそう語りかけてくる心地がする。


「らんたろー?その人だあれ?」

伏木蔵の言葉に、伊作の身体がぴくりと跳ねる。
乱太郎はその背をとんとんと優しく撫でた。

「…小学生のときにお世話になった人だよ。」


ゆっくりと伊作から身体を離しながら、乱太郎は伏木蔵に伊作を紹介する。


「…初めまして。善法寺伊作です。」

「はじめまして!猪名寺伏木蔵です」



この出会いが、乱太郎と伏木蔵の日々を大きく変えた。




聞けば、伊作は闇医者をしているらしい。
闇医者という単語にピンと来ない。
そんな乱太郎を連れて、伊作は裏通りを歩いた。

そこは社会から見放されたスラム街だった。

伊作が闇医者を初めてからは、死亡率は徐々に下がってきているらしい。
廃教会を診療所代わりにしているそうだ。

その姿は、かつての保健委員長と変わらない。

その背を見て、乱太郎の胸は高鳴った。


“ああ、私も保健委員長だ。”

あれから乱太郎は六年間保健委員会に所属し、委員長も務めた。
この状況を見て、自然と言葉が口から零れ落ちた。


「私にも、お手伝いをさせてください」




それから、乱太郎は美大生の傍ら闇医者の助手として活動した。
そのことを伏木蔵に話すか迷ったが、あの図太さがあるから大丈夫だろう、と判断した。
闇医者の話を聞いた伏木蔵はとても喜んだ。さすがスリル好きなだけある。
それどころか、手伝うとまで言いだした。9歳にそんなことをさせるわけにはいかないので、カルテの整理整頓や、包帯や脱脂綿などの買い出しなどの雑用手伝いのみだ。しかもどれもが乱太郎の付き添い付きである。
あとは、毎日やってくる雑渡昆奈門の包帯替えだ。

「らんたろー」

今日も、包帯を買いに薬局へと足を運んでいる。

「どうしたの伏木蔵」

「ぼくね、大きくなったら伊作せんせーの助手になるの」

「……そっか」

「なんだかね、怪我した人を、ほうっておけないの」

「…伏木蔵は、優しいね。」

「そうかなぁ?…学校では酷い子って言われるよ」

「ううん。伏木蔵は優しい気持ちを持っているよ。ちゃあんとね。」


記憶は無くとも、彼は保健委員だ。
副委員長として乱太郎を補佐した。

卒業後、乱太郎は伏木蔵とコンビを組んだ。
誰もが驚いた中、伊作だけが“やっぱりね”と笑った。

二人は、戦場を駆ける医師となった。


兵士たちの傷を癒しながら、戦場の情報を得る。
それをかつての級友たちに知らせる。
それが二人の役目。

二人は、人を救うために必要な“優しい気持ち”を持っている。
伏木蔵は、変わり者で、スリルを好む。さらにドライで現実主義だから持っていないと思われがちだがそんなことはない。

伏木蔵は最善の選択をする。
軽傷、重傷、そして手遅れ。これらを即座に判断し重傷者を最優先する。
今の世でいう、トリアージ。
手遅れを切り捨てる速さから、酷い人間だと思われがちだ。

けれども、それは
全てを救うことができないと知っている彼の優しさだ。
全てを救うことはできないが、救える人間は全て救いたい。

乱太郎の目には伏木蔵は優しい人間に映る。


彼は、優しい。
十分、優しい。
それは本来保健委員長になるべきほどに。



「伊作先生の助手になれるように、頑張って修行しようね。伏木蔵。」

「うん!」


スリルに満ち溢れた日々の中で
青年と少年は成長していく。


少年が将来の夢を語ったこの日からちょうど一年後。
そこから物語は始まる。



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