落第人生、転落忍生
左右コンビの場合
♡♠︎♢♣︎
《尾浜勘右衛門と竹谷八左ヱ門の防衛戦線》
尾浜勘右衛門には前世の記憶がある。
かつての彼は忍者であった。
現在の彼には幼馴染がいる。
その幼馴染とは、かつての友人。
しかし、その友人、不破雷蔵には前世の記憶が無かった。
勘右衛門はそれでも雷蔵の友人になった。本質は変わらない彼の隣は居心地が良かった。
カフェを開くと言い出した雷蔵に賛同した。
全てはこの健やかな日々を守るため。
そして、勘右衛門はついに前世の記憶を持つ者と再会する。
かつての級友、久々知兵助だ。
勘右衛門はすぐさま兵助を雷蔵に紹介し、三人でカフェを開いた。
この暖かな日々を守ろうと思った。
だけど…この暖かな日々は、少し退屈だった。
思い出すのは、かつての戦乱。
そんなある日、“かつての姿”の雷蔵と出会った。
その姿をする人物は、勘右衛門の知る中で1人しかいない。
鉢屋三郎だ。
三郎は、雷蔵に記憶が無いのを知ると、酷く傷ついた様子だった。
そりゃそうだ。かつての2人は愛し合っていたのだから。
勘右衛門は三郎をカフェに招き入れた。
その姿は、“竹谷八左ヱ門”
ずきり、と胸が痛む。
彼とはまだ、会えていない。
三郎は、カフェの常連客となった。
もちろん、八左ヱ門の姿を借りて。
雷蔵には声をかけない。ただ静かにコーヒーを飲んで帰る。そんな毎日。
しかし、驚きの展開を見せた。
なんと雷蔵が八左ヱ門の姿をした三郎に恋をしたのだ。
雷蔵の瞳は、八左ヱ門の奥にいる三郎を映したのだ。
勘右衛門はからかいながらも応援した。
この賑やかな日々を守るため。
ある夜、雷蔵は三郎のために新メニューを考えたいと言い出した。
彼は三郎のことを“竹谷さん”と呼ぶ。
愛おしそうにその名を呼び、頬を染め、思いを馳せている。
「…本当に好きなんだな、“竹谷さん”のこと」
「……うん」
「…………………がんばれよ」
「…うん」
勘右衛門は前世からの幼馴染に背を向け歩く。
その心は、未だ再会できていない友へと向けられていた。
「なんだよ…“竹谷さん”って…。あいつは…あいつは…三郎なのに…」
三郎の気持ちを思うと、居ても立っても居られない。
勘右衛門は、皆の笑顔を守りたい。そう思った。
“彼”もきっとそうする。と思いながら。
やがて、兵助が最愛の斉藤タカ丸と再会した。
それとほぼ同時期に三郎から「盗賊団を始めないか」と誘われた。
勘右衛門は血湧き肉踊る感覚に襲われた。
断る理由は無かった。
退屈な日々は色を変えることになる。
そうして、ある日。出会った。
竹谷八左ヱ門には前世の記憶がある。
かつての彼は忍者であった。
現在の彼には部下がいる。
その部下とは、かつて年上であり後輩であった男。
しかし、その男、斉藤タカ丸は女になっていた。
名をタカ子と言い、抜群の美貌とグラマラスな体型そして温和な性格で誰からも愛されていた。
八左ヱ門にとっても彼女は大事な部下。
一度関わったら最後まで面倒を見るのが性分だ。
彼女が唯一、自分にだけ打ち明けてくれた、右腕が義手であるという秘密も、守る。
手の届く範囲のものは全て守ると決意した。
やがて、新しい部下が増えた。
その名は、平滝夜叉姫。前世の記憶がある。
彼女は自尊心の中に脆さがあり、かなり危なっかしい。同じ女性警備官であるタカ子が支えているおかげで、今のところは落ち着いている。
ほとんどが男性で構成される警備部で、この2人はかなり窮屈な思いをしているだろう。
絶対に守ってみせると誓った。
「班長…あのね…話があるの」
「どうしたタカ丸」
「…へーすけくんに会ったの」
お気に入りのスカートを犠牲にバスジャック犯を捕らえた日、タカ子はかつて愛し合っていた久々知兵助に再会したらしい。
懐かしい友人の名に顔が綻ぶ。
と、同時に気づいた。
「……腕のこと、話していないのか?」
彼女の顔色が冴えない。
「…うん。私、性別も職業も何もかも変わっちゃった…その上…腕がこんななのに…へーすけくんとまた一緒にいて良いのかな…って」
「…兵助は気にしないと思うぞ」
八左ヱ門は、真っ直ぐタカ子を見据える。
かつての親友は、愛する者の姿形が違えども、その愛を手放す男ではない。
「…兵助は、豆腐料理が好きだ。どんな料理でも、豆腐の本質が変わらないかぎり、好きだと言っていた。……俺が見るに、お前の本質は変わらず“斉藤タカ丸”であると思う。だから大丈夫だ!」
「…ありがとう…!」
八左ヱ門の助言どおり、2人は無事に恋人となり、婚約をし、同棲を始めた。
だが、まだ安心できない。彼女はまだ兵助に義手のことを言い出せないでいるのだ。
それから八左ヱ門は、裏通りでの人脈作りの中で、中在家長次の切り盛りする情報屋や潮江文次郎率いる何でも屋、善法寺伊作が始めた闇医者など、かつての知人と再会していった。
その度にふと頭をよぎるのは、かつての同級生たち。
まだ、再会はできていない。
そしてある日、滝夜叉姫の抱える闇に触れてしまった。
彼女は、かつて愛していた男と再会したにもかかわらず、記憶が無いふりをした。
そして酷く動揺し倒れてしまった。
その事情は八左ヱ門もタカ子も知らない。
だが、守ってやらねばと思った。
そうして、ある日。出会った。
「…おわっ!?わわわわっ!」
「こらっ!かん!!」
勘右衛門は、買い出しの帰り道。
持っていた紙袋を突き破り、買ってきたものがぼとりと落ちた。
八左ヱ門は、飼っている犬の散歩中。
紙袋が破損してこぼれ落ちてきたものに犬が駆け寄ろうとするのを抑えている。
そして足元に転がってきたレモンを拾い上げる。
「…これ、落としましたよ」
「あ、ありがとうございます」
手渡されたレモン越しに目が合う。
驚愕に見開かれる目。
「八左ヱ門!!」
「勘右衛門!!」
「わふっ!!」
三郎の変装よりゴツイな八左ヱ門。
めちゃくちゃ背が高いな勘右衛門。
これが、尾浜勘右衛門と竹谷八左ヱ門の再会だ。
その日の晩。カフェの閉店後。
勘右衛門は八左ヱ門の自宅にいた。
「…この犬、何?」
「プーリー」
「なんで飼ってんの?」
視線の先には、モップのような毛をした黒い犬。
勘右衛門を警戒した目でじっと見ている。
「ああ、以前に動物の密輸組織を検挙した時に、押収した動物たちの里親を募集したんだけどな…」
八左ヱ門がソファに座ると、すかさず犬が飛んできて膝の上に乗る。
「と、まあこんなふうに、こいつだけやけに俺に懐いてしまってな。最後まで面倒見ることにした」
頭を撫でられている犬は幸せそうだ。
「かん、飯食うか?」
「おー」
「わん」
八左ヱ門の呼びかけに、犬と勘右衛門が同時に返事をする。
不思議そうに顔を見合わせる1人と1匹。
「…勘右衛門、“かん”はその犬の名前だ」
笑いを噛み殺しながら告げられた事実に勘右衛門は目を吊り上げる。
「紛らわしい名前つけんなよ!!」
「だって、てっきりお前だと思ったんだよ!!」
「なんでだよ!」
「いや、毛の質が明らかに勘右衛門だろ!!!」
「俺はこんなモップじゃねえよ!」
「だって!やけに俺に懐くから!!」
「ばっ…バッカヤロウ!!」
ひとしきり小競り合いを終えた2人は、お互いに近況報告をした。
そこで明らかになる、心配事。
「雷蔵に記憶が無いのか…」
「タカ丸さん…警備官か…」
勘右衛門はなぜか、三郎が八左ヱ門の姿をしていることが言えなかった。
八左ヱ門は、タカ丸が義手であることを伏せたままだ。
「2人で見守っていきますか、八左ヱ門。」
「そうだな。よろしく頼むぜ、勘右衛門。」
あくまでこれは、己の守りたいものを守るための共同戦線だ。
盗賊と警備官。
共闘関係にあれど、仲間では無い。
「飯、食うか?かん」
「おー、いただくわ」
「わん!」
「だから、犬の名前だってば」
「紛らわしいよ。お前今日から“ぷー”な。プーリーだから、ぷー」
「がう」
「何だよその反抗的な目はー!!」
仲間では無いが、戦友というのだろう。
この共同戦線が張られたこの時から、物語は動き出す。