短編
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「ハッピーサマー……バレンタイン?」
お昼休みに食堂にて友人たちと話に花を咲かせていると、聞きなれない言葉が聞こえてきた。
「そうそう!今年からうちの学校、夏にもバレンタインデーを開催するらしいよ」
「何でも前から、ファンクラブの方々が跡部様にチョコレートを一年に一度しかお渡しできないのはおかしい!と意見を申し立てていたらしく、それを耳にした跡部様が学園長に直談判して『ハッピーサマーバレンタイン』っていう行事を作らせたそうです」
「えっ、じゃあ学園公認のイベントってことなの?!」
意図せず大声で反応してしまった。跡部さんにだけ関わりのあることかと思ったら、まさか学園全体のイベントになるなんて。
「えっとねえ。その日は一日中授業が一切無くて、全館使ってブースも開いてー、お祭りみたいになるとかなんとか。放課後はキャンプファイヤーするってさ」
「生徒会主催でイベントも開催されるって聞きましたよ」
すごいよねー。さすが跡部様ですよねえ。と騒ぎ立てる友人達。
「あっ、詩織はもちろん鳳くんにあげるんだよね?バレンタインのチョコレート!」
「当日は昼休みと放課後、家庭科室を生徒の為に解放してくださるそうですし……折角の機会です。詩織も、鳳さんへ贈ってみたらどうですか?」
「た……確かに。せっかくのバレンタインだもんね」
長太郎くんの誕生日は二月十四日、本当のバレンタインデー。あのときはまだ付き合ってなくて、私が片思いしていただけだったから、簡単なチョコレートとお手紙しか渡せなかった。だけど今私たちは恋人同士。今なら前よりももっと気持ちを込めたチョコレートが作れる気がする。
「……決めた。私、長太郎くんに手作りチョコレート渡す!!」
大声で宣言したら、友達が頑張れ、応援してますよと激励してくれた。何だか気恥ずかしいけど、今までの感謝の気持ちを伝える最高のチャンスだ。ありがとう跡部さん……!と心中で手を合わせて崇める。
早速私たち三人は昼食を食べ終わると、どんなチョコレートを贈ったら長太郎くんが喜んでくれるかを探るため、図書館へとレシピ本を借りに向かった。
「え?ハッピーサマーバレンタイン……ですか?」
部活終わりに一人でロッカールームで着替えをしていると、急に向日先輩と忍足先輩にある話題を振られた。
「そーそー、跡部が企画したんだって。その日は一日中授業なしで、お祭り騒ぎなイベントするんだって!すげーよな!」
「まあ、俺ら正レギュラーは生徒会の手伝いで一日裏方で働きっぱなしやけどな」
「げ、マジかよ!くそくそっ跡部のヤツ!!」
ぷんぷん怒り出した向日先輩とそれを宥める忍足先輩。本当にこの二人は仲がいいなあ。先輩だけど、微笑ましく感じてしまう。
「あはは……でも学園が盛り上がりそうでいいですね。お手伝いも精一杯頑張りたいと思います」
「何だよ鳳ー、カノジョいるからって余裕ぶっちゃってさあ。羨ましいぜ」
「こら、岳人。妬みはカッコ悪いで」
「はぁ?勘違いすんなよ、別に妬んでねーし!」
「えっ?…………わ、ええ!?先輩たち、俺に恋人がいるって知ってたんですか?!」
穏やかだった心が一瞬にして荒れ模様に変わった。確かに俺には大切な人がいる。でも、詩織さんのことを先輩たちに話すのは何となく気恥ずかしくて、部活の中では宍戸さんと日吉にしか相談していない。
あの口が固くて信頼できる二人がペラペラと誰かに言いふらすわけがないのに。どこから情報が漏れたんだろう。俺はとても慌てていて、気が気ではなかった。
「んー。知ってたっていうか、何かもう周りにバレバレだったからな。お前ら」
「跡部目当ての女子らの大群から一人ぽつんと離れて、鳳のコト見とる嬢ちゃんがおったらなあ……」
「そりゃこっちだって察するよなー。よく部活終わりに二人で帰ってるの見かけてたし」
「そうやなあ」
あ、でも宍戸は必死に否定してたけどなー、テニス部の奴等は大体知ってると思う!と向日先輩が情報を付け加えてくれた。
(宍戸さん……ご迷惑おかけしてすみません!でも、ありがとうございます!)
ふと、そんなんじゃねーよ!違えよ!と否定する宍戸さんの姿が目に浮かんだ。本当に頼りになる先輩です、宍戸さん……!!
「そうだったんですね。えへへ、疑ってしまってすみません。びっくりしちゃって……」
一人で舞い上がってしまった心を落ち着かせるようにはにかむと、それを見た向日先輩は少し考え込んだと思ったら、急に大きな声を出した。
「つーかさあ夏だしよ!鳳からカノジョにバシッと好きだ!!って言ってやれよな!」
「お、ええやんそれ。ガツンと言ったれ鳳」
「ええっ?!」
お二人のテンションがどんどん上がってきたみたいで、あれよあれよと話を盛り立てられてしまう。
確かにせっかくのチャンス。ホワイトデーにお返しはしたけれど、あんな小さなお返しじゃ俺の気持ちは詩織さんに伝わりきってないかもしれない。でも、そんなに急に言われても……
恋愛話が苦手な俺が赤面して困っていると、急にロッカールームの扉が音を立てて勢いよく開いた。
「向日の言う通りだぜ、鳳!!」
「あ、跡部さん?!樺地も!」
「俺様がハッピーサマーバレンタインデーを企画したのも、雌猫共からの愛を享受するためだからな。お前にも大切な人がいるというのならばその覚悟、俺様たちに存分に見せつけてみろよ!なぁ、樺地?」
「ウス…………応援、してます……頑張ってください」
「二人とも……ありがとうございます!」
自信満々で話す跡部さんと、その後ろで微笑みながら佇む樺地。なんだか勇気を貰えた気がして、心がふわふわしてきた。
「跡部さん。俺、頑張ります!見守っていてください!」
「フッ、期待してるぜ」
ガシリと跡部さんと握手を交わしていると、後ろから忍足先輩が近寄ってきて、肩に手を置いた。
「なんや、アツいことになってきたなあ。分からんことあったらいつでも言うてな。相談乗るで」
「忍足先輩も……!はい、ありがとうございます!」
「おい鳳!侑士の恋愛テク、七割方ドラマと小説からだからあんま信用しすぎんなよ!」
「わっ。お前ら、まだいたのか?」
「しかもドア前で。危ないですよ……一体何してたんですか」
そのままロッカー前で和気あいあいと話し続けていると、試合後のクールダウンを終えた宍戸さんと日吉が戻ってきた。怪訝な顔をする二人をも巻き込んで、話はどんどん大きく、盛り上がっていった。
きたる八月十四日。
ついに氷帝学園で、ハッピーサマーバレンタインが開催される日がやってきた。
私たち一般生徒は朝一番に体育館に収集されて、跡部さんの堂々たる演説を聞いていた。この日を迎えることが出来た感謝をファンクラブの子たちに伝えた場面では四方八方から女子の嗚咽が聞こえてきて、跡部さんの人望の厚さを再認識した。
「ーー以上。いいかお前ら、今日という特別な日を全力で楽しめ!これは俺様から、開催に先立っての祝いだ。受けとれ!!」
パチンと指を鳴らすと、何処からともなくゴゴゴ、と轟音が聞こえてきた
「え、え?!何っ?」
「わっ……!ねえ岬さん、上見て、上!」
後ろのクラスメートに呼び掛けられて言われた通りに天井を見上げると、燦々と太陽が輝き、色とりどりのバルーンが空へと舞い上がる様を見せつけられた。
「ハッピーサマーバレンタイン……開幕だ!!」
跡部さんが開催宣言をした瞬間、後ろ手に控えていた吹奏楽部が演奏するファンファーレと、生徒たち歓声が体育館全体に鳴り響いた。
「えっ!まさか跡部さん、この為だけに体育館の天井を開閉式に作り替えたの……?!」
「うわ~すっごい豪華!スケール違うねえ」
「フフ。さすが、跡部様ですね」
口を開けたまま驚く私と違い、友人や周りのクラスメイトたちは飄々としている。皆、この学園に染まりすぎだと思って呆然としていると、いつのまにかセレモニーは終了していた。
「一般生徒はここで解散となります。各棟ごとに、パフォーマンス、ワークショップ、模擬店を開催していますので、ぜひご覧ください。午後五時からグラウンドにて行われる全校生徒参加のキャンプファイヤーまで、自由行動となります。また、テニス部はセレモニーの片付けの為、グランドピアノ前までに集まってください。繰り返します、一般生徒はーー」
「……あっ、長太郎くん」
体育館の外へ出ようと周りに流されて歩いていたら、皆と逆方向に進む彼の姿が見えて、目と目が合った。微笑んでみたら、笑顔で手を振ってくれた。嬉しくなって私も手を振り返そうとしたけれど、人の波に流されてそれは叶わなかった。
「よしっ。チョコレート作り、頑張ろう!」
少しだけでも顔を見ることが出来て良かった。長太郎くんへの思いを再確認できた気がしたから。ほわほわした気持ちのまま外へ出ると、待ち合わせをしていた友人たちと邂逅することができて、そのまま家庭科室のある特別教室棟へ向かうことになった。
「跡部様公式ファンクラブ、交友棟第三サロンにて限定小冊子を配布してます!この機会にぜひご覧くださーい!」
「本館廊下にて、歴代学校新聞を掲示してます!全一万三千紙もの展示で見応え抜群ですー!」
「本館では昼食を販売してますー!混み合いますのでパンフレットをお持ちの上、購入物を決めてからの来場をお願いしまーす!」
家庭科室までの長廊下では、看板を持った生徒たちがひしめき合っている。みんな笑顔で、とっても楽しそうな顔をしていたのが印象的だった。
「何か……イベントっていうか、本物の文化祭みたいな感じだね」
「そうだね~。でも授業受けなくて一日終えられるの、超嬉しいっ!」
「しかも、キャンプファイヤーの後に何やらサプライズがあるかもしれないという話も出ていますしね」
「えーーっ!それ本当?!」
「ファンクラブの方が仰ってましたからね、期待大です。……っと。詩織、着きましたよ」
「わっ、ありがとう!それにしても……本当にチョコ作り付き合ってもらっちゃってもいいの?二人とも、校舎見て回りたかったんじゃない?」
今更だけど、何から何まで付き合ってくれた友人たちにありがたさと申し訳なさを感じてしまう。おずおずと聞いてみたら、二人はキョトンとして顔を見合わせると、何故だか困ったように笑った。
「もう!詩織ったら……ここまで来てそんなこと言う?水臭いよーっ!」
「私たち、詩織と鳳さんが付き合い始めたって聞いたとき、本当に嬉しかったんですよ。少しくらいはお手伝いさせてください」
「二人とも……」
ここまで友人たちに思われていたなんて想ってもみなくて、目頭が熱くなってきた。
「もう、泣くのはまだ早いよー!ほらほら、早速作らないとすぐ放課後になっちゃう!」
「そうですよ。真っ赤な目で鳳さんに会う訳にはいかないでしょ?」
「うん……っ!」
ぐずり、と涙を拭って頬を軽く叩いて気合いを入れ直した。そうだ、まだ泣いてなんかいられない。二人の応援されてるんだ。最高のチョコレートを作って、長太郎くんに喜んでもらわなきゃ。
「ふふっ、良かった!それでこそ詩織だよ!」
「ええ。ところで詩織、どんなチョコレートを作るのかは決めたのですか?」
「あ、そうだよー!この前図書館で色々見たけど、結局決まらなかったもんね」
家庭科室に入って道具を中央のテーブルにかき集めながら、二人は尋ねてきた。
「うん。素敵なものがいっぱいあって悩んだんだけど……これにすることにしたんだ」
用意が終わって、持ってきたクリアファイルから一枚のレシピが書かれた紙を取り出して、二人に見せる。
「…………オランジェット?」
「うん。今真夏だし、溶けづらくて爽やかな感じがいいのかなあって思って。それと、長太郎くんだから。これ」
少しの照れ臭さを隠して、前日に冷蔵庫に入れておいたモノを取り出す。
「わ~!ホワイトチョコレート!似合うねえ」
「なるほど、それとこのアラザンで飾りつけるんですね」
「えへへ……うん」
「よし!早速作っちゃおー!」
褒められたと思ったら、じゃあ私はオレンジの水気取るね!なら私はオーブンの用意を、と私より先に友人たちが動き始めた。手際の良さにびっくりしながら、私もテンパリングの用意を始めた。
そうして時計とにらめっこしながら、失敗しないように慎重に。私たちのチョコレート作りは始まったのであったーー。
数時間後、ようやくチョコレートが完成した。
手前味噌だけど。出来上がったソレは、写真の見本よりも何倍もキラキラしていて、素敵なものに仕上がったと思った。
「……んっ、味もサイコーに美味しい!絶対喜んでくれるよ!」
「無事に出来上がって良かったです。あとは鳳さんに渡すだけですね」
「うん。二人とも、手伝ってくれて本当にありがとう!私だけだったらここまで綺麗に作れなかった」
「あはっ、言い過ぎ!詩織が思いを込めて作ったんだから、胸張りなよ!」
「その通りです。……そろそろ、キャンプファイヤーの時間ですね」
チラリと時計に目を向けると、時刻は四時三十分を指していた。
「わ、本当だー!詩織、早く片付けしよっ」
「うん!」
せかせかと道具を片付けて、チョコを入れた小箱を持った私たち三人は、急いでグラウンドへと向かった。
パチリ、パチリと小枝の音を鳴らして赤々と燃える炎がグラウンドの中央に在るのを見つめながら、私は学園長の話をぼんやりと聞いていた。学園長が立つ朝礼台の周りには、炎の赤と夕焼けの橙色に照らされた向日葵が咲き誇っている。
「綺麗……」
無意識の内に声を漏らしてしまっていた。不味いと慌てて口を手で覆ったけれど、いつの間にか学園長の話は終わっていたようで、みんな身を翻してキャンプファイヤーの方向へと歩いて行っていた。
「詩織、いよいよだね」
友人たちもそちらへ向かうようで、前方からやってきた。
「……うんっ私、頑張るよ。行ってくるね!」
自分に自信をつける為に笑って見せると、二人は微笑んでそのまま向こうへ歩いていった。
「よしっ。早速長太郎くんを呼び出さない、とーー」
…………何処に?そうだ、忘れてた!場所って一番大切なことなのに。チョコレートで頭が一杯になっていたせいで、呼び出す方法も場所も全く考えてなかった。
「わ、わ、わっ。どうしようっ、ええ、わ~……!!」
足を踏み出したり引っ込めたり。焦ってジタバタしてる私を不思議に思ってるのであろう。生徒たちは横目で見ながらどんどんキャンプファイヤーの方へ歩いていく。
早めに探しださなきゃ長太郎くんを見つけられなくなってしまう。混乱しながらも慌て続けている私の肩を、何者かに優しく叩かれた。
「詩織さん……?どうしたの?」
「ちょ……長太郎くんっ!!」
ありがたすぎる、何と探していた長太郎くんが自らやって来てくれた。安心して、ホッと息を漏らす。
「よかった……!あのね、長太郎くん。今ね、あのね、えっと……」
長太郎くんに伝えたいことがあるの。少し時間いいかな?
この一言が喉につかえて言えない。緊張してしまい、無言でぎゅっと目を瞑った私を見て、何を感じたんだろうか。長太郎くんはその瞬間、私の目線の高さまで屈んだと思ったら、微笑みながら口を開いた。
「詩織さん。あのね、話したいことがあるんだ。俺に着いてきてくれない?」
「えっ……?」
行こう、と右手を握られて、長太郎くんにしては珍しく、強引かつ足早に歩き始めた。どこへ、とかどうして、とか色々聞けず仕舞いで、私は足がもつれて転ばないように一生懸命長太郎くんの歩幅に合わせて歩いた。
「ここ……プール?」
手を引かれるがまま長太郎くんに着いていくと、案内された場はうちの学園内にあるプールだった。ここも数年前改築されたばかりで、三階建ての豪勢な造りになっている。
「うん、ここが一番綺麗に見れるだろうって跡部さんが教えてくれたから。お願いしてプールの鍵を借りたんだ。そろそろだと思うんだけど……」
手すりにつかまって、学園全体を見渡す。少しだけ冷たい夜風が気持ちいい。そのまま顔を上げて空を見つめていると、何かが一筋、キラリと光る。ヒュッと音が鳴ったと思ったら、その瞬間夜空に満開の花が咲いた。
「わあっ……花火だ!綺麗……!」
パン、パンと軽快に破裂音は鳴り響き続ける。大小、赤、橙、紫に黄色と様々な花火が空を彩っている。
「すごい……うん、すごいよ長太郎くん!すっごく綺麗!連れてきてくれて、ありがとう!」
「うん、喜んでもらえてよかった」
興奮したまま感謝を伝えると、長太郎くんはふわりと微笑んだ。再び空へと視線を向けて、夜空を眺めているとどちらからともなく、ぽつりぽつりと話し始めた。
「今日一日、本当あっという間だったよね。俺は先輩たちとイベント運営で走り回ってて気づいたらもう夕方だったけど、すごく楽しかったなあ。詩織さんはどうだった?」
「私も楽しかったよ。……うん、色々、楽しかった」
チョコの話は気恥ずかしくて、言えなくて。語尾を濁してしまった。
グラウンドに耳を傾けると、小さいながらも黄色い歓声がハッキリと聞こえてきた。パフォーマンスでもしているのかなあ。
「そっか!ならよかった。……あのね、」
急に長太郎くんがこちらに体を向けた。真剣な顔をしているけど、ちらりと耳を見てみると、ソコは真っ赤になっていた。
「ああ……恥ずかしいけどハッキリ言わなきゃ。あのね、詩織さん。本題なんだけど」
すう、と深呼吸をする音が鼓膜を刺激した。
「少しだけ、目を瞑ってくれるかな」
「うん……?」
「このサマーバレンタインデーで、俺から気持ちを伝えたいって思ってたんだ。でも、どうしていいのか分からなくて、言葉だけじゃきっと言い表せないから……これを受け取ってほしい」
パチリ、と頭上で聞こえた。長太郎くんからの言葉を待たずに反射的に目を開けると、手鏡で私の顔を映してくれていた。
「わあっ……!これ、向日葵の髪飾り……?」
「うん、キミに似合うと思って……詩織さん。これからもずっと、キミと一緒にいたい」
「長太郎くんっ……!」
じわりと涙が滲む。ダメだ、もう泣いてしまいそうだけど私も自分の気持ちを伝えなきゃいけないんだ。
「私も!!ちょうたろうくんにっ、大好きって伝えたいから、これ、受け取ってほしいっ……!」
「これは……?」
胸を押すように、箱を押しつけた。不意を突かれたようで、長太郎くんはキョトンとした顔をしている。
「チョコレート……私も気持ちいっぱい込めたから、もらってください……」
「……開けてもいい?」
恥ずかしくて長太郎くんの顔が見れない。下を向いたままこくりと頷くと、長太郎くんは音を立てて包装を解いていった。
ドン、パン、パラパラと、花火が私たちの静寂を埋める。顔が熱い、どうにも気持ちが落ち着かなくて、貰った髪飾りを撫でつける。
「これ……オランジェットだよね。とっても嬉しい……詩織さん。ちゃんとお礼したいから、こっち向いて?」
「っ、ちょっと待って。まだ恥ずかしいから」
「ダメ、俺が我慢できないから。ねえ、詩織さん。俺の目を見て」
優しく腕を捕まれて、顔を近づけられた。多分きっと、私は人に見せられないくらいに真っ赤になっているはずだ。顔を背けたいのに、何故だか動かせない。
「本当にありがとう……好き、大好き……」
めいっぱいの愛を囁かれながら、優しく抱きつかれた。長太郎くんの大きな体躯に包み込まれたと思ったら顔が近づいてきて、唇が重なる。まるで小鳥がするように何度かソレをついばむと、ゆっくりと唇が離れた。
「詩織さん、」
さらりと髪を撫でられた。火照った顔を冷ましたくて、頬に手を当てながら彼を見つめると、その瞳はどこか潤んでるようにも見えた。
「キミの口から直接聞きたいな、詩織さんが俺のことどう思ってるのか」
そう言うと、長太郎くんは屈んで手を耳に当てたと思ったら、小声で教えて?と囁いてきた。
ああ、もう。これだから長太郎くんは!
男らしくて格好よくて。でもすっごく優しくて、ふとした動作や笑った顔が可愛くて。そんなところが私はーー。
お昼休みに食堂にて友人たちと話に花を咲かせていると、聞きなれない言葉が聞こえてきた。
「そうそう!今年からうちの学校、夏にもバレンタインデーを開催するらしいよ」
「何でも前から、ファンクラブの方々が跡部様にチョコレートを一年に一度しかお渡しできないのはおかしい!と意見を申し立てていたらしく、それを耳にした跡部様が学園長に直談判して『ハッピーサマーバレンタイン』っていう行事を作らせたそうです」
「えっ、じゃあ学園公認のイベントってことなの?!」
意図せず大声で反応してしまった。跡部さんにだけ関わりのあることかと思ったら、まさか学園全体のイベントになるなんて。
「えっとねえ。その日は一日中授業が一切無くて、全館使ってブースも開いてー、お祭りみたいになるとかなんとか。放課後はキャンプファイヤーするってさ」
「生徒会主催でイベントも開催されるって聞きましたよ」
すごいよねー。さすが跡部様ですよねえ。と騒ぎ立てる友人達。
「あっ、詩織はもちろん鳳くんにあげるんだよね?バレンタインのチョコレート!」
「当日は昼休みと放課後、家庭科室を生徒の為に解放してくださるそうですし……折角の機会です。詩織も、鳳さんへ贈ってみたらどうですか?」
「た……確かに。せっかくのバレンタインだもんね」
長太郎くんの誕生日は二月十四日、本当のバレンタインデー。あのときはまだ付き合ってなくて、私が片思いしていただけだったから、簡単なチョコレートとお手紙しか渡せなかった。だけど今私たちは恋人同士。今なら前よりももっと気持ちを込めたチョコレートが作れる気がする。
「……決めた。私、長太郎くんに手作りチョコレート渡す!!」
大声で宣言したら、友達が頑張れ、応援してますよと激励してくれた。何だか気恥ずかしいけど、今までの感謝の気持ちを伝える最高のチャンスだ。ありがとう跡部さん……!と心中で手を合わせて崇める。
早速私たち三人は昼食を食べ終わると、どんなチョコレートを贈ったら長太郎くんが喜んでくれるかを探るため、図書館へとレシピ本を借りに向かった。
「え?ハッピーサマーバレンタイン……ですか?」
部活終わりに一人でロッカールームで着替えをしていると、急に向日先輩と忍足先輩にある話題を振られた。
「そーそー、跡部が企画したんだって。その日は一日中授業なしで、お祭り騒ぎなイベントするんだって!すげーよな!」
「まあ、俺ら正レギュラーは生徒会の手伝いで一日裏方で働きっぱなしやけどな」
「げ、マジかよ!くそくそっ跡部のヤツ!!」
ぷんぷん怒り出した向日先輩とそれを宥める忍足先輩。本当にこの二人は仲がいいなあ。先輩だけど、微笑ましく感じてしまう。
「あはは……でも学園が盛り上がりそうでいいですね。お手伝いも精一杯頑張りたいと思います」
「何だよ鳳ー、カノジョいるからって余裕ぶっちゃってさあ。羨ましいぜ」
「こら、岳人。妬みはカッコ悪いで」
「はぁ?勘違いすんなよ、別に妬んでねーし!」
「えっ?…………わ、ええ!?先輩たち、俺に恋人がいるって知ってたんですか?!」
穏やかだった心が一瞬にして荒れ模様に変わった。確かに俺には大切な人がいる。でも、詩織さんのことを先輩たちに話すのは何となく気恥ずかしくて、部活の中では宍戸さんと日吉にしか相談していない。
あの口が固くて信頼できる二人がペラペラと誰かに言いふらすわけがないのに。どこから情報が漏れたんだろう。俺はとても慌てていて、気が気ではなかった。
「んー。知ってたっていうか、何かもう周りにバレバレだったからな。お前ら」
「跡部目当ての女子らの大群から一人ぽつんと離れて、鳳のコト見とる嬢ちゃんがおったらなあ……」
「そりゃこっちだって察するよなー。よく部活終わりに二人で帰ってるの見かけてたし」
「そうやなあ」
あ、でも宍戸は必死に否定してたけどなー、テニス部の奴等は大体知ってると思う!と向日先輩が情報を付け加えてくれた。
(宍戸さん……ご迷惑おかけしてすみません!でも、ありがとうございます!)
ふと、そんなんじゃねーよ!違えよ!と否定する宍戸さんの姿が目に浮かんだ。本当に頼りになる先輩です、宍戸さん……!!
「そうだったんですね。えへへ、疑ってしまってすみません。びっくりしちゃって……」
一人で舞い上がってしまった心を落ち着かせるようにはにかむと、それを見た向日先輩は少し考え込んだと思ったら、急に大きな声を出した。
「つーかさあ夏だしよ!鳳からカノジョにバシッと好きだ!!って言ってやれよな!」
「お、ええやんそれ。ガツンと言ったれ鳳」
「ええっ?!」
お二人のテンションがどんどん上がってきたみたいで、あれよあれよと話を盛り立てられてしまう。
確かにせっかくのチャンス。ホワイトデーにお返しはしたけれど、あんな小さなお返しじゃ俺の気持ちは詩織さんに伝わりきってないかもしれない。でも、そんなに急に言われても……
恋愛話が苦手な俺が赤面して困っていると、急にロッカールームの扉が音を立てて勢いよく開いた。
「向日の言う通りだぜ、鳳!!」
「あ、跡部さん?!樺地も!」
「俺様がハッピーサマーバレンタインデーを企画したのも、雌猫共からの愛を享受するためだからな。お前にも大切な人がいるというのならばその覚悟、俺様たちに存分に見せつけてみろよ!なぁ、樺地?」
「ウス…………応援、してます……頑張ってください」
「二人とも……ありがとうございます!」
自信満々で話す跡部さんと、その後ろで微笑みながら佇む樺地。なんだか勇気を貰えた気がして、心がふわふわしてきた。
「跡部さん。俺、頑張ります!見守っていてください!」
「フッ、期待してるぜ」
ガシリと跡部さんと握手を交わしていると、後ろから忍足先輩が近寄ってきて、肩に手を置いた。
「なんや、アツいことになってきたなあ。分からんことあったらいつでも言うてな。相談乗るで」
「忍足先輩も……!はい、ありがとうございます!」
「おい鳳!侑士の恋愛テク、七割方ドラマと小説からだからあんま信用しすぎんなよ!」
「わっ。お前ら、まだいたのか?」
「しかもドア前で。危ないですよ……一体何してたんですか」
そのままロッカー前で和気あいあいと話し続けていると、試合後のクールダウンを終えた宍戸さんと日吉が戻ってきた。怪訝な顔をする二人をも巻き込んで、話はどんどん大きく、盛り上がっていった。
きたる八月十四日。
ついに氷帝学園で、ハッピーサマーバレンタインが開催される日がやってきた。
私たち一般生徒は朝一番に体育館に収集されて、跡部さんの堂々たる演説を聞いていた。この日を迎えることが出来た感謝をファンクラブの子たちに伝えた場面では四方八方から女子の嗚咽が聞こえてきて、跡部さんの人望の厚さを再認識した。
「ーー以上。いいかお前ら、今日という特別な日を全力で楽しめ!これは俺様から、開催に先立っての祝いだ。受けとれ!!」
パチンと指を鳴らすと、何処からともなくゴゴゴ、と轟音が聞こえてきた
「え、え?!何っ?」
「わっ……!ねえ岬さん、上見て、上!」
後ろのクラスメートに呼び掛けられて言われた通りに天井を見上げると、燦々と太陽が輝き、色とりどりのバルーンが空へと舞い上がる様を見せつけられた。
「ハッピーサマーバレンタイン……開幕だ!!」
跡部さんが開催宣言をした瞬間、後ろ手に控えていた吹奏楽部が演奏するファンファーレと、生徒たち歓声が体育館全体に鳴り響いた。
「えっ!まさか跡部さん、この為だけに体育館の天井を開閉式に作り替えたの……?!」
「うわ~すっごい豪華!スケール違うねえ」
「フフ。さすが、跡部様ですね」
口を開けたまま驚く私と違い、友人や周りのクラスメイトたちは飄々としている。皆、この学園に染まりすぎだと思って呆然としていると、いつのまにかセレモニーは終了していた。
「一般生徒はここで解散となります。各棟ごとに、パフォーマンス、ワークショップ、模擬店を開催していますので、ぜひご覧ください。午後五時からグラウンドにて行われる全校生徒参加のキャンプファイヤーまで、自由行動となります。また、テニス部はセレモニーの片付けの為、グランドピアノ前までに集まってください。繰り返します、一般生徒はーー」
「……あっ、長太郎くん」
体育館の外へ出ようと周りに流されて歩いていたら、皆と逆方向に進む彼の姿が見えて、目と目が合った。微笑んでみたら、笑顔で手を振ってくれた。嬉しくなって私も手を振り返そうとしたけれど、人の波に流されてそれは叶わなかった。
「よしっ。チョコレート作り、頑張ろう!」
少しだけでも顔を見ることが出来て良かった。長太郎くんへの思いを再確認できた気がしたから。ほわほわした気持ちのまま外へ出ると、待ち合わせをしていた友人たちと邂逅することができて、そのまま家庭科室のある特別教室棟へ向かうことになった。
「跡部様公式ファンクラブ、交友棟第三サロンにて限定小冊子を配布してます!この機会にぜひご覧くださーい!」
「本館廊下にて、歴代学校新聞を掲示してます!全一万三千紙もの展示で見応え抜群ですー!」
「本館では昼食を販売してますー!混み合いますのでパンフレットをお持ちの上、購入物を決めてからの来場をお願いしまーす!」
家庭科室までの長廊下では、看板を持った生徒たちがひしめき合っている。みんな笑顔で、とっても楽しそうな顔をしていたのが印象的だった。
「何か……イベントっていうか、本物の文化祭みたいな感じだね」
「そうだね~。でも授業受けなくて一日終えられるの、超嬉しいっ!」
「しかも、キャンプファイヤーの後に何やらサプライズがあるかもしれないという話も出ていますしね」
「えーーっ!それ本当?!」
「ファンクラブの方が仰ってましたからね、期待大です。……っと。詩織、着きましたよ」
「わっ、ありがとう!それにしても……本当にチョコ作り付き合ってもらっちゃってもいいの?二人とも、校舎見て回りたかったんじゃない?」
今更だけど、何から何まで付き合ってくれた友人たちにありがたさと申し訳なさを感じてしまう。おずおずと聞いてみたら、二人はキョトンとして顔を見合わせると、何故だか困ったように笑った。
「もう!詩織ったら……ここまで来てそんなこと言う?水臭いよーっ!」
「私たち、詩織と鳳さんが付き合い始めたって聞いたとき、本当に嬉しかったんですよ。少しくらいはお手伝いさせてください」
「二人とも……」
ここまで友人たちに思われていたなんて想ってもみなくて、目頭が熱くなってきた。
「もう、泣くのはまだ早いよー!ほらほら、早速作らないとすぐ放課後になっちゃう!」
「そうですよ。真っ赤な目で鳳さんに会う訳にはいかないでしょ?」
「うん……っ!」
ぐずり、と涙を拭って頬を軽く叩いて気合いを入れ直した。そうだ、まだ泣いてなんかいられない。二人の応援されてるんだ。最高のチョコレートを作って、長太郎くんに喜んでもらわなきゃ。
「ふふっ、良かった!それでこそ詩織だよ!」
「ええ。ところで詩織、どんなチョコレートを作るのかは決めたのですか?」
「あ、そうだよー!この前図書館で色々見たけど、結局決まらなかったもんね」
家庭科室に入って道具を中央のテーブルにかき集めながら、二人は尋ねてきた。
「うん。素敵なものがいっぱいあって悩んだんだけど……これにすることにしたんだ」
用意が終わって、持ってきたクリアファイルから一枚のレシピが書かれた紙を取り出して、二人に見せる。
「…………オランジェット?」
「うん。今真夏だし、溶けづらくて爽やかな感じがいいのかなあって思って。それと、長太郎くんだから。これ」
少しの照れ臭さを隠して、前日に冷蔵庫に入れておいたモノを取り出す。
「わ~!ホワイトチョコレート!似合うねえ」
「なるほど、それとこのアラザンで飾りつけるんですね」
「えへへ……うん」
「よし!早速作っちゃおー!」
褒められたと思ったら、じゃあ私はオレンジの水気取るね!なら私はオーブンの用意を、と私より先に友人たちが動き始めた。手際の良さにびっくりしながら、私もテンパリングの用意を始めた。
そうして時計とにらめっこしながら、失敗しないように慎重に。私たちのチョコレート作りは始まったのであったーー。
数時間後、ようやくチョコレートが完成した。
手前味噌だけど。出来上がったソレは、写真の見本よりも何倍もキラキラしていて、素敵なものに仕上がったと思った。
「……んっ、味もサイコーに美味しい!絶対喜んでくれるよ!」
「無事に出来上がって良かったです。あとは鳳さんに渡すだけですね」
「うん。二人とも、手伝ってくれて本当にありがとう!私だけだったらここまで綺麗に作れなかった」
「あはっ、言い過ぎ!詩織が思いを込めて作ったんだから、胸張りなよ!」
「その通りです。……そろそろ、キャンプファイヤーの時間ですね」
チラリと時計に目を向けると、時刻は四時三十分を指していた。
「わ、本当だー!詩織、早く片付けしよっ」
「うん!」
せかせかと道具を片付けて、チョコを入れた小箱を持った私たち三人は、急いでグラウンドへと向かった。
パチリ、パチリと小枝の音を鳴らして赤々と燃える炎がグラウンドの中央に在るのを見つめながら、私は学園長の話をぼんやりと聞いていた。学園長が立つ朝礼台の周りには、炎の赤と夕焼けの橙色に照らされた向日葵が咲き誇っている。
「綺麗……」
無意識の内に声を漏らしてしまっていた。不味いと慌てて口を手で覆ったけれど、いつの間にか学園長の話は終わっていたようで、みんな身を翻してキャンプファイヤーの方向へと歩いて行っていた。
「詩織、いよいよだね」
友人たちもそちらへ向かうようで、前方からやってきた。
「……うんっ私、頑張るよ。行ってくるね!」
自分に自信をつける為に笑って見せると、二人は微笑んでそのまま向こうへ歩いていった。
「よしっ。早速長太郎くんを呼び出さない、とーー」
…………何処に?そうだ、忘れてた!場所って一番大切なことなのに。チョコレートで頭が一杯になっていたせいで、呼び出す方法も場所も全く考えてなかった。
「わ、わ、わっ。どうしようっ、ええ、わ~……!!」
足を踏み出したり引っ込めたり。焦ってジタバタしてる私を不思議に思ってるのであろう。生徒たちは横目で見ながらどんどんキャンプファイヤーの方へ歩いていく。
早めに探しださなきゃ長太郎くんを見つけられなくなってしまう。混乱しながらも慌て続けている私の肩を、何者かに優しく叩かれた。
「詩織さん……?どうしたの?」
「ちょ……長太郎くんっ!!」
ありがたすぎる、何と探していた長太郎くんが自らやって来てくれた。安心して、ホッと息を漏らす。
「よかった……!あのね、長太郎くん。今ね、あのね、えっと……」
長太郎くんに伝えたいことがあるの。少し時間いいかな?
この一言が喉につかえて言えない。緊張してしまい、無言でぎゅっと目を瞑った私を見て、何を感じたんだろうか。長太郎くんはその瞬間、私の目線の高さまで屈んだと思ったら、微笑みながら口を開いた。
「詩織さん。あのね、話したいことがあるんだ。俺に着いてきてくれない?」
「えっ……?」
行こう、と右手を握られて、長太郎くんにしては珍しく、強引かつ足早に歩き始めた。どこへ、とかどうして、とか色々聞けず仕舞いで、私は足がもつれて転ばないように一生懸命長太郎くんの歩幅に合わせて歩いた。
「ここ……プール?」
手を引かれるがまま長太郎くんに着いていくと、案内された場はうちの学園内にあるプールだった。ここも数年前改築されたばかりで、三階建ての豪勢な造りになっている。
「うん、ここが一番綺麗に見れるだろうって跡部さんが教えてくれたから。お願いしてプールの鍵を借りたんだ。そろそろだと思うんだけど……」
手すりにつかまって、学園全体を見渡す。少しだけ冷たい夜風が気持ちいい。そのまま顔を上げて空を見つめていると、何かが一筋、キラリと光る。ヒュッと音が鳴ったと思ったら、その瞬間夜空に満開の花が咲いた。
「わあっ……花火だ!綺麗……!」
パン、パンと軽快に破裂音は鳴り響き続ける。大小、赤、橙、紫に黄色と様々な花火が空を彩っている。
「すごい……うん、すごいよ長太郎くん!すっごく綺麗!連れてきてくれて、ありがとう!」
「うん、喜んでもらえてよかった」
興奮したまま感謝を伝えると、長太郎くんはふわりと微笑んだ。再び空へと視線を向けて、夜空を眺めているとどちらからともなく、ぽつりぽつりと話し始めた。
「今日一日、本当あっという間だったよね。俺は先輩たちとイベント運営で走り回ってて気づいたらもう夕方だったけど、すごく楽しかったなあ。詩織さんはどうだった?」
「私も楽しかったよ。……うん、色々、楽しかった」
チョコの話は気恥ずかしくて、言えなくて。語尾を濁してしまった。
グラウンドに耳を傾けると、小さいながらも黄色い歓声がハッキリと聞こえてきた。パフォーマンスでもしているのかなあ。
「そっか!ならよかった。……あのね、」
急に長太郎くんがこちらに体を向けた。真剣な顔をしているけど、ちらりと耳を見てみると、ソコは真っ赤になっていた。
「ああ……恥ずかしいけどハッキリ言わなきゃ。あのね、詩織さん。本題なんだけど」
すう、と深呼吸をする音が鼓膜を刺激した。
「少しだけ、目を瞑ってくれるかな」
「うん……?」
「このサマーバレンタインデーで、俺から気持ちを伝えたいって思ってたんだ。でも、どうしていいのか分からなくて、言葉だけじゃきっと言い表せないから……これを受け取ってほしい」
パチリ、と頭上で聞こえた。長太郎くんからの言葉を待たずに反射的に目を開けると、手鏡で私の顔を映してくれていた。
「わあっ……!これ、向日葵の髪飾り……?」
「うん、キミに似合うと思って……詩織さん。これからもずっと、キミと一緒にいたい」
「長太郎くんっ……!」
じわりと涙が滲む。ダメだ、もう泣いてしまいそうだけど私も自分の気持ちを伝えなきゃいけないんだ。
「私も!!ちょうたろうくんにっ、大好きって伝えたいから、これ、受け取ってほしいっ……!」
「これは……?」
胸を押すように、箱を押しつけた。不意を突かれたようで、長太郎くんはキョトンとした顔をしている。
「チョコレート……私も気持ちいっぱい込めたから、もらってください……」
「……開けてもいい?」
恥ずかしくて長太郎くんの顔が見れない。下を向いたままこくりと頷くと、長太郎くんは音を立てて包装を解いていった。
ドン、パン、パラパラと、花火が私たちの静寂を埋める。顔が熱い、どうにも気持ちが落ち着かなくて、貰った髪飾りを撫でつける。
「これ……オランジェットだよね。とっても嬉しい……詩織さん。ちゃんとお礼したいから、こっち向いて?」
「っ、ちょっと待って。まだ恥ずかしいから」
「ダメ、俺が我慢できないから。ねえ、詩織さん。俺の目を見て」
優しく腕を捕まれて、顔を近づけられた。多分きっと、私は人に見せられないくらいに真っ赤になっているはずだ。顔を背けたいのに、何故だか動かせない。
「本当にありがとう……好き、大好き……」
めいっぱいの愛を囁かれながら、優しく抱きつかれた。長太郎くんの大きな体躯に包み込まれたと思ったら顔が近づいてきて、唇が重なる。まるで小鳥がするように何度かソレをついばむと、ゆっくりと唇が離れた。
「詩織さん、」
さらりと髪を撫でられた。火照った顔を冷ましたくて、頬に手を当てながら彼を見つめると、その瞳はどこか潤んでるようにも見えた。
「キミの口から直接聞きたいな、詩織さんが俺のことどう思ってるのか」
そう言うと、長太郎くんは屈んで手を耳に当てたと思ったら、小声で教えて?と囁いてきた。
ああ、もう。これだから長太郎くんは!
男らしくて格好よくて。でもすっごく優しくて、ふとした動作や笑った顔が可愛くて。そんなところが私はーー。